山奥の診療所。
朝日が差し込み、静かな時間が流れていた。
診療室では神田が静かに眠り続け、その隣のベッドでは河北冠も意識を失ったままだった。
田中とモッティーは旅支度を整えながら、これからのことを話し合っていた。
「三人目……。」
田中は懐中時計を見つめる。
裏蓋に刻まれた文字。
『三人目へ』
神田が命懸けで託した写真。
河北が守り続けた懐中時計。
そして桐生が向かったという”三人目”。
すべてが一つにつながり始めていた。
「先生なら、きっと三人目に会える。」
モッティーが静かに言う。
「ああ。」
「でも、俺たちも追いかけないと。」
その時だった。
「……う。」
小さな声が診療室に響く。
「河北さん!」
田中たちは慌てて駆け寄る。
河北はゆっくりと目を開けた。
「ここは……。」
「寿和さんの診療所です。」
田中が安心したように笑う。
河北は辺りを見回し、小さく息を吐いた。
「そうか……。」
「助かったんじゃな。」
寿和も穏やかに微笑む。
「命に別状はありません。」
「まだ無理はできませんが、もう安心してください。」
河北はゆっくり身体を起こした。
「田中。」
「はい。」
「時計は……。」
田中はすぐに胸ポケットから懐中時計を取り出す。
「ちゃんとあります。」
河北はそれを見て安心したように目を閉じた。
「よかった。」
「その時計だけは……。」
「必ず三人目へ届けるんじゃ。」
「はい!」
田中は力強くうなずく。
その時だった。
診療所の扉が勢いよく開いた。
「寿和先生!」
一人の青年が息を切らしながら飛び込んでくる。
「大変です!」
寿和は落ち着いた様子で尋ねる。
「何があったんですか?」
青年は荒い息を整えながら答えた。
「奈良で事件です!」
「黒いローブを着た集団が、一人の男性を襲っています!」
部屋の空気が一変する。
「その人の名前は分かるか?」
河北が真剣な表情で尋ねる。
「名前までは……。」
青年は首を横に振る。
「ですが、その人は最後に……。」
『私は桐生だ。』
そう名乗っていました。」
その瞬間。
寿和と河北はほぼ同時に顔を上げた。
「桐生……!」
二人の声が重なる。
田中は思わず前へ出た。
「先生が!?」
河北の表情が険しくなる。
「まずい……。」
寿和も静かにうなずく。
「間違いありません。」
「桐生さんです。」
モッティーが拳を握る。
「急がないと!」
河北は田中をまっすぐ見つめた。
「田中。」
「はい!」
「もう迷う時間はない。」
「桐生を助けに行け。」
「そして。」
「時計を三人目へ届けるんじゃ。」
田中は大きくうなずいた。
「分かりました!」
寿和は棚から小さな包みを取り出し、田中へ手渡す。
「応急処置用の薬です。」
「道中で役に立つでしょう。」
「ありがとうございます!」
寿和は優しく微笑んだ。
「あなたたちは、まだ傷が完全には治っていません。」
「決して無理はしないでください。」
「はい。」
河北は最後に静かに言った。
「田中。」
「時計だけは肌身離すな。」
「その時計は。」
「未来をつなぐ希望じゃ。」
田中は懐中時計を胸ポケットへしまう。
「必ず届けます。」
モッティーが笑う。
「行こう。」
「ああ!」
二人は診療所を飛び出した。
山道を駆け下りる。
目指す先は――奈良。
桐生を助けるため。
そして、三人目へ懐中時計を届けるため。
寿和は静かに二人の背中を見送った。
「間に合ってください……。」
河北も小さく目を閉じる。
「桐生。」
「お前なら、きっと耐えてくれる。」
二人の願いを乗せるように、一陣の風が山々を吹き抜けた。
その頃、奈良では――。
誰も知らない場所で、新たな戦いの幕が静かに上がろうとしていた。