谷中逆ナン物語   作:君脇玲

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20.奈良への急行

山奥の診療所。

 

朝日が差し込み、静かな時間が流れていた。

 

診療室では神田が静かに眠り続け、その隣のベッドでは河北冠も意識を失ったままだった。

 

田中とモッティーは旅支度を整えながら、これからのことを話し合っていた。

 

「三人目……。」

 

田中は懐中時計を見つめる。

 

裏蓋に刻まれた文字。

 

『三人目へ』

 

神田が命懸けで託した写真。

 

河北が守り続けた懐中時計。

 

そして桐生が向かったという”三人目”。

 

すべてが一つにつながり始めていた。

 

「先生なら、きっと三人目に会える。」

 

モッティーが静かに言う。

 

「ああ。」

 

「でも、俺たちも追いかけないと。」

 

その時だった。

 

「……う。」

 

小さな声が診療室に響く。

 

「河北さん!」

 

田中たちは慌てて駆け寄る。

 

河北はゆっくりと目を開けた。

 

「ここは……。」

 

「寿和さんの診療所です。」

 

田中が安心したように笑う。

 

河北は辺りを見回し、小さく息を吐いた。

 

「そうか……。」

 

「助かったんじゃな。」

 

寿和も穏やかに微笑む。

 

「命に別状はありません。」

 

「まだ無理はできませんが、もう安心してください。」

 

河北はゆっくり身体を起こした。

 

「田中。」

 

「はい。」

 

「時計は……。」

 

田中はすぐに胸ポケットから懐中時計を取り出す。

 

「ちゃんとあります。」

 

河北はそれを見て安心したように目を閉じた。

 

「よかった。」

 

「その時計だけは……。」

 

「必ず三人目へ届けるんじゃ。」

 

「はい!」

 

田中は力強くうなずく。

 

その時だった。

 

診療所の扉が勢いよく開いた。

 

「寿和先生!」

 

一人の青年が息を切らしながら飛び込んでくる。

 

「大変です!」

 

寿和は落ち着いた様子で尋ねる。

 

「何があったんですか?」

 

青年は荒い息を整えながら答えた。

 

「奈良で事件です!」

 

「黒いローブを着た集団が、一人の男性を襲っています!」

 

部屋の空気が一変する。

 

「その人の名前は分かるか?」

 

河北が真剣な表情で尋ねる。

 

「名前までは……。」

 

青年は首を横に振る。

 

「ですが、その人は最後に……。」

 

『私は桐生だ。』

 

そう名乗っていました。」

 

その瞬間。

 

寿和と河北はほぼ同時に顔を上げた。

 

「桐生……!」

 

二人の声が重なる。

 

田中は思わず前へ出た。

 

「先生が!?」

 

河北の表情が険しくなる。

 

「まずい……。」

 

寿和も静かにうなずく。

 

「間違いありません。」

 

「桐生さんです。」

 

モッティーが拳を握る。

 

「急がないと!」

 

河北は田中をまっすぐ見つめた。

 

「田中。」

 

「はい!」

 

「もう迷う時間はない。」

 

「桐生を助けに行け。」

 

「そして。」

 

「時計を三人目へ届けるんじゃ。」

 

田中は大きくうなずいた。

 

「分かりました!」

 

寿和は棚から小さな包みを取り出し、田中へ手渡す。

 

「応急処置用の薬です。」

 

「道中で役に立つでしょう。」

 

「ありがとうございます!」

 

寿和は優しく微笑んだ。

 

「あなたたちは、まだ傷が完全には治っていません。」

 

「決して無理はしないでください。」

 

「はい。」

 

河北は最後に静かに言った。

 

「田中。」

 

「時計だけは肌身離すな。」

 

「その時計は。」

 

「未来をつなぐ希望じゃ。」

 

田中は懐中時計を胸ポケットへしまう。

 

「必ず届けます。」

 

モッティーが笑う。

 

「行こう。」

 

「ああ!」

 

二人は診療所を飛び出した。

 

山道を駆け下りる。

 

目指す先は――奈良。

 

桐生を助けるため。

 

そして、三人目へ懐中時計を届けるため。

 

寿和は静かに二人の背中を見送った。

 

「間に合ってください……。」

 

河北も小さく目を閉じる。

 

「桐生。」

 

「お前なら、きっと耐えてくれる。」

 

二人の願いを乗せるように、一陣の風が山々を吹き抜けた。

 

その頃、奈良では――。

 

誰も知らない場所で、新たな戦いの幕が静かに上がろうとしていた。

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