谷中逆ナン物語   作:君脇玲

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22.目覚めの兆し

奈良の山奥。

 

倒れた竹が風に揺れていた。

 

桐原と向かい合うのは、黒獅子幹部――

 

地獄案内姉妹・由香と千香。

 

その少し後ろには、谷中と空本。

 

しかし谷中は動けなかった。

 

目の前にいるのは女性。

 

拳を握ることさえできない。

 

由香は優しく笑う。

 

「まだ戦えないの?」

 

「本当に優しい人。」

 

千香も静かに続ける。

 

「でも、その優しさは弱さよ。」

 

二人が同時に飛び出す。

 

桐原が迎え撃つ。

 

ガァン!!

 

衝撃が山に響く。

 

一対二。

 

それでも桐原は一歩も引かない。

 

掌底。

 

蹴り。

 

投げ。

 

無駄のない動きで二人を押し返していく。

 

しかし。

 

肩には先ほど受けた傷。

 

呼吸も少しずつ乱れていた。

 

「先生!」

 

谷中が叫ぶ。

 

「来るな!」

 

桐原は鋭く言い放つ。

 

「お前はまだ戦う時じゃない!」

 

その瞬間だった。

 

由香が不敵に笑う。

 

「だったら。」

 

「先に弟子を壊しましょう。」

 

千香の姿が消える。

 

「しまっ!」

 

谷中が振り向く。

 

しかし遅かった。

 

短剣が胸元へ迫る。

 

避けられない。

 

その瞬間――

 

ドンッ!!

 

「先生!!」

 

桐原が谷中を突き飛ばした。

 

短剣は桐原の肩を深く切り裂く。

 

さらに由香の蹴りが腹部へ突き刺さる。

 

ガァァン!!

 

桐原は竹林へ吹き飛ばされ、その場に膝をついた。

 

「先生!」

 

谷中と空本が駆け寄る。

 

桐原は苦しそうに笑う。

 

「……無事か。」

 

「どうして……。」

 

「弟子を守るのは。」

 

「師匠の役目だからな。」

 

その言葉とともに、桐原は片膝をついたまま息を整える。

 

谷中の胸が締めつけられる。

 

(守られてばかりだ。)

 

(何もできない。)

 

その時だった。

 

胸ポケットの懐中時計が、小さく震えた。

 

カチッ。

 

止まっていた針が、わずかに動く。

 

淡い金色の光が時計から漏れ始める。

 

「……?」

 

谷中は時計を見つめた。

 

鼓動が速くなる。

 

身体の奥で、何かが静かに目を覚まそうとしていた。

 

風が止む。

 

竹林が静まり返る。

 

桐原はその光を見つめ、小さくつぶやく。

 

「……始まったか。」

 

由香も表情を変える。

 

「この気配……。」

 

千香が一歩後ろへ下がる。

 

「何……?」

 

谷中自身にも分からない。

 

ただ胸の奥が温かくなり、身体を包むような感覚だけがあった。

 

「先生……。」

 

桐原は静かに言う。

 

「まだだ。」

 

「その力は、今は使うな。」

 

「え?」

 

「まだ、お前には早い。」

 

その瞬間。

 

奈良の山一帯を黒い霧が包み込んだ。

 

「!」

 

霧の奥から、一人の黒いローブの人物が姿を現す。

 

顔は見えない。

 

由香と千香は同時に頭を下げた。

 

「申し訳ありません。」

 

黒いローブの人物は何も答えない。

 

ただ右手を静かに上げる。

 

黒い霧が姉妹を包み込む。

 

「待って!」

 

谷中が走る。

 

しかし霧は一瞬で晴れた。

 

そこには誰もいない。

 

残されていたのは、一枚の**黒い獅子の紋章が刻まれた黒い羽**だけだった。

 

桐原は羽を拾い上げる。

 

「……やはり。」

 

「動き始めたか。」

 

谷中は尋ねる。

 

「先生。」

 

「今の人は?」

 

桐原は羽を見つめたまま答える。

 

「今はまだ知る必要はない。」

 

「だが、一つだけ覚えておけ。」

 

「黒獅子は、お前が思っている以上に深い闇を抱えている。」

 

谷中は懐中時計を握り締める。

 

わずかに動いた針。

 

胸の奥で生まれた温かな力。

 

それが何なのか、まだ誰にも分からない。

 

だが確かに――

 

何かが動き始めていた。

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