谷中逆ナン物語   作:君脇玲

4 / 22
4.消えた舞妓

石川での不思議な出会いを経て、谷中涼太と空本公平は次なる目的地――京都へとやって来た。

 

 石畳の道。

 

 朱色の鳥居。

 

 町家が並ぶ風情ある街並み。

 

 花見小路では舞妓が静かに歩き、観光客たちはその姿に足を止め、夢中で写真を撮っている。

 

「やっぱり京都って特別だな。」

 

 谷中は思わず見入っていた。

 

 観光案内のパンフレットを開くと、一人の舞妓が大きく掲載されている。

 

『日本一の舞妓 梶原 月(かじわら るな)』

 

「日本一の舞妓か。」

 

「せっかくだし、一目見てみたいな。」

 

 空本もうなずく。

 

「日本一って言われるくらいだから、相当すごい人なんだろうな。」

 

 二人は梶原が所属するお茶屋を訪ねることにした。

 

 しかし――。

 

 店の中は異様なほど静まり返っていた。

 

「すみません。」

 

 谷中が声を掛ける。

 

 奥から一人の女性が姿を現した。

 

 どこか疲れ切った表情。

 

 目元は赤く腫れている。

 

「……あなたたちは?」

 

「旅をしている谷中です。」

 

「日本一の舞妓・梶原さんに会いたくて来ました。」

 

 その言葉を聞いた瞬間、女性は静かに目を伏せた。

 

「……梶原には、もう会えません。」

 

「え……?」

 

 谷中と空本は顔を見合わせる。

 

 女性は小さく息をつき、深く頭を下げた。

 

「私は梶原の師匠――古市美和子(ふるいち みわこ)です。」

 

 その声はかすかに震えていた。

 

「実は数日前……。」

 

「梶原は、何者かに連れ去られました。」

 

 店の空気が一気に張り詰める。

 

「警察には?」

 

 空本が冷静に尋ねる。

 

 古市は静かに首を横へ振った。

 

「もちろん相談しました。」

 

「ですが、手掛かりは何もありません。」

 

「目撃者もいない。」

 

「まるで……最初から存在しなかったかのように。」

 

 谷中は拳を握り締めた。

 

「そんな……。」

 

 古市は二人を真っすぐ見つめる。

 

「旅をしている方なのでしょう。」

 

「日本中を巡っていると伺いました。」

 

 しばらく沈黙が流れる。

 

 そして古市は、もう一度深く頭を下げた。

 

「本来なら……。」

 

「旅人の方にお願いすることではありません。」

 

「ですが……。」

 

「もう、頼れる人がいないんです。」

 

 その言葉に、空本も思わず息をのむ。

 

「俺たちが……探す?」

 

 古市は静かにうなずいた。

 

「理由はありません。」

 

「ですが、あなたたちなら……。」

 

「そんな気がするのです。」

 

 谷中は何も言わなかった。

 

 旅に出た理由は、逆ナンされるため。

 

 誰かを助けるためではなかった。

 

 それでも。

 

 目の前で必死に涙をこらえる古市を見ていると、見て見ぬふりなどできなかった。

 

 谷中はゆっくりとうなずく。

 

「分かりました。」

 

「俺たちが、梶原さんを探します。」

 

 古市の瞳に、わずかな希望の光が宿る。

 

「……ありがとうございます。」

 

 店を出る二人。

 

 夕暮れの京都は、昼間の賑わいが嘘のように静かだった。

 

 谷中は空を見上げる。

 

 旅に出た理由は、逆ナンされるためだった。

 

 けれど今は、その理由が少しだけ変わり始めていた。

 

 誰かを助けたい。

 

 その想いが、胸の中で静かに芽生え始めていた。

 

     ◇

 

 ――その頃。

 

 京都のどこか。

 

 灯り一つない薄暗い部屋。

 

 一人の黒い影が静かに口を開く。

 

「例の舞妓は。」

 

 その問いに、もう一つの影が答える。

 

「問題ない。」

 

「計画は順調だ。」

 

 しばらく沈黙が流れる。

 

 やがて闇の中から、小さな笑い声が響いた。

 

「そうか。」

 

「ならば……始めよう。」

 

 京都の夜風が、静かに吹き抜ける。

 

 谷中たちはまだ知らない。

 

 この誘拐事件が、日本中を揺るがす戦いの始まりになることを――。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。