夜の八坂神社。
静まり返った境内に、冷たい風が吹き抜ける。
谷中涼太と空本公平は、人質となった舞妓・梶原月を前に、黒獅子・四悪の一人――天山大和と対峙していた。
天山は杖をゆっくりと持ち上げ、小さく笑う。
「じゃあ、始めようか。」
その瞬間。
無数の札が夜空へ舞い上がった。
「
一枚の札が谷中へ向かって飛ぶ。
札に刻まれていた文字は――
『禁』
「くっ!」
避けようとした、その瞬間だった。
全身が鉛のように重くなる。
「な、何だ……!?」
足が動かない。
腕も持ち上がらない。
まるで見えない鎖で全身を拘束されたようだった。
「動けない……!」
天山は静かに歩き始める。
「その札に書かれた法は絶対だ。」
「一度裁かれたら、逆らえない。」
「だったら!」
空本が一直線に飛び出した。
「俺がやる!」
天山は表情一つ変えない。
もう一枚の札を指先で弾く。
「『退』
札が淡く光る。
次の瞬間。
見えない衝撃が空本を吹き飛ばした。
「ぐあっ!」
体が石畳を転がり、そのまま鳥居へ激突する。
「空本!」
谷中は叫ぶ。
助けようとしても身体は動かない。
天山はゆっくり谷中の前まで歩いてくる。
まるで散歩でもしているかのような余裕だった。
「力だけじゃ勝てない。」
「この世界は、そういうふうにできてる。」
天山は新たな札を取り出す。
『縛』
「悪法――裁きの免罪符。」
札が谷中の胸へ貼り付いた。
「があっ!」
全身へ激しい痛みが走る。
膝から崩れ落ち、呼吸すらまともにできない。
「谷中!」
空本は傷だらけの身体で立ち上がる。
何度倒されても前へ進もうとする。
だが。
天山は最後の一枚を放つ。
『拒』
「悪法――裁きの免罪符。」
透明な壁が現れ、空本を容赦なく弾き返した。
「くっ……!」
二人は立ち上がることすらできない。
圧倒的だった。
これまで旅で出会った誰とも違う。
実力も。
経験も。
戦いそのものの格が違っていた。
天山は二人を見下ろし、小さく笑う。
「期待したほどじゃないな。」
「少し、がっかりした。」
谷中は歯を食いしばる。
「まだ……終わってない。」
「ほう?」
「絶対に……梶原さんを助ける。」
天山は少しだけ目を細めた。
「その目は嫌いじゃない。」
「だから、お前を試した。」
谷中は顔を上げる。
「試した……?」
「ああ。」
「谷中涼太。」
「お前が、どんな人間なのか。」
「その答えは、少しだけ見えた。」
その時だった。
ゴーン――。
遠くの寺から鐘の音が響く。
夜の京都に、重く静かな音が広がる。
天山は空を見上げ、小さく息をついた。
「……時間か。」
梶原のもとへ歩み寄り、縛られていた縄をほどく。
静かに地面へ座らせると、そのまま背を向けた。
「今日はここまで。」
「目的は果たした。」
「待て!」
谷中が叫ぶ。
「目的って何だ!」
天山は足を止めた。
振り返ることなく答える。
「考えろ。」
「答えを見つけるのは、お前だ。」
数歩歩き、肩越しに谷中を見る。
「次に会う時は――」
「もう少し楽しませてくれ。」
黒い風が境内を吹き抜ける。
無数の札が夜空へ舞い上がった。
思わず目を閉じる。
風が止み、目を開ける。
そこにはもう、天山の姿はなかった。
静寂だけが残る。
谷中は震える腕で地面を押し、ゆっくり立ち上がった。
「……逃げられた。」
悔しさに拳を握る。
空本も立ち上がり、苦笑する。
「完敗だな……。」
その言葉を否定できる者はいなかった。
梶原は無事、古市美和子のもとへ帰ることができた。
しかし、この夜。
谷中たちは初めて知る。
日本の闇で暗躍する組織――黒獅子。
そして、その頂点に立つ四悪。
彼らの力は、自分たちの想像をはるかに超えていた。
この敗北が、谷中涼太という青年を大きく成長させる第一歩となることを――
まだ、誰も知らなかった。