谷中逆ナン物語   作:君脇玲

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6.悪法の支配

夜の八坂神社。

 

 静まり返った境内に、冷たい風が吹き抜ける。

 

 谷中涼太と空本公平は、人質となった舞妓・梶原月を前に、黒獅子・四悪の一人――天山大和と対峙していた。

 

 天山は杖をゆっくりと持ち上げ、小さく笑う。

 

「じゃあ、始めようか。」

 

 その瞬間。

 

 無数の札が夜空へ舞い上がった。

 

裁きの免罪符(レッドカード)。」

 

 一枚の札が谷中へ向かって飛ぶ。

 

 札に刻まれていた文字は――

 

『禁』

 

「くっ!」

 

 避けようとした、その瞬間だった。

 

 全身が鉛のように重くなる。

 

「な、何だ……!?」

 

 足が動かない。

 

 腕も持ち上がらない。

 

 まるで見えない鎖で全身を拘束されたようだった。

 

「動けない……!」

 

 天山は静かに歩き始める。

 

「その札に書かれた法は絶対だ。」

 

「一度裁かれたら、逆らえない。」

 

「だったら!」

 

 空本が一直線に飛び出した。

 

「俺がやる!」

 

 天山は表情一つ変えない。

 

 もう一枚の札を指先で弾く。

 

「『退』

 

 

 札が淡く光る。

 

 次の瞬間。

 

 見えない衝撃が空本を吹き飛ばした。

 

「ぐあっ!」

 

 体が石畳を転がり、そのまま鳥居へ激突する。

 

「空本!」

 

 谷中は叫ぶ。

 

 助けようとしても身体は動かない。

 

 天山はゆっくり谷中の前まで歩いてくる。

 

 まるで散歩でもしているかのような余裕だった。

 

「力だけじゃ勝てない。」

 

「この世界は、そういうふうにできてる。」

 

 天山は新たな札を取り出す。

 

『縛』

 

「悪法――裁きの免罪符。」

 

 札が谷中の胸へ貼り付いた。

 

「があっ!」

 

 全身へ激しい痛みが走る。

 

 膝から崩れ落ち、呼吸すらまともにできない。

 

「谷中!」

 

 空本は傷だらけの身体で立ち上がる。

 

 何度倒されても前へ進もうとする。

 

 だが。

 

 天山は最後の一枚を放つ。

 

『拒』

 

「悪法――裁きの免罪符。」

 

 透明な壁が現れ、空本を容赦なく弾き返した。

 

「くっ……!」

 

 二人は立ち上がることすらできない。

 

 圧倒的だった。

 

 これまで旅で出会った誰とも違う。

 

 実力も。

 

 経験も。

 

 戦いそのものの格が違っていた。

 

 天山は二人を見下ろし、小さく笑う。

 

「期待したほどじゃないな。」

 

「少し、がっかりした。」

 

 谷中は歯を食いしばる。

 

「まだ……終わってない。」

 

「ほう?」

 

「絶対に……梶原さんを助ける。」

 

 天山は少しだけ目を細めた。

 

「その目は嫌いじゃない。」

 

「だから、お前を試した。」

 

 谷中は顔を上げる。

 

「試した……?」

 

「ああ。」

 

「谷中涼太。」

 

「お前が、どんな人間なのか。」

 

「その答えは、少しだけ見えた。」

 

 その時だった。

 

 ゴーン――。

 

 遠くの寺から鐘の音が響く。

 

 夜の京都に、重く静かな音が広がる。

 

 天山は空を見上げ、小さく息をついた。

 

「……時間か。」

 

 梶原のもとへ歩み寄り、縛られていた縄をほどく。

 

 静かに地面へ座らせると、そのまま背を向けた。

 

「今日はここまで。」

 

「目的は果たした。」

 

「待て!」

 

 谷中が叫ぶ。

 

「目的って何だ!」

 

 天山は足を止めた。

 

 振り返ることなく答える。

 

「考えろ。」

 

「答えを見つけるのは、お前だ。」

 

 数歩歩き、肩越しに谷中を見る。

 

「次に会う時は――」

 

「もう少し楽しませてくれ。」

 

 黒い風が境内を吹き抜ける。

 

 無数の札が夜空へ舞い上がった。

 

 思わず目を閉じる。

 

 風が止み、目を開ける。

 

 そこにはもう、天山の姿はなかった。

 

 静寂だけが残る。

 

 谷中は震える腕で地面を押し、ゆっくり立ち上がった。

 

「……逃げられた。」

 

 悔しさに拳を握る。

 

 空本も立ち上がり、苦笑する。

 

「完敗だな……。」

 

 その言葉を否定できる者はいなかった。

 

 梶原は無事、古市美和子のもとへ帰ることができた。

 

 しかし、この夜。

 

 谷中たちは初めて知る。

 

 日本の闇で暗躍する組織――黒獅子。

 

 そして、その頂点に立つ四悪。

 

 彼らの力は、自分たちの想像をはるかに超えていた。

 

 この敗北が、谷中涼太という青年を大きく成長させる第一歩となることを――

 

 まだ、誰も知らなかった。

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