大阪の街。
本来なら活気に満ちているはずの道頓堀は、異様な静けさに包まれていた。
街中のたこ焼きは次々と銀色の玉へ姿を変え、人々は絶望している。
その光景を見下ろす一人の男。
黒獅子の軍師――鬼算・大原。
「さあて。」
「遊びの続きといこか。」
大原は黒い扇子をゆっくりと開いた。
谷中は拳を握る。
「大阪は、お前のおもちゃじゃない。」
「春花さんの店も。」
「この街も守る!」
空本も谷中の隣へ並ぶ。
「二人で行くぞ!」
「おう!」
二人は同時に駆け出した。
しかし――。
「甘いわ。」
大原が静かに笑う。
カラン。
カラン。
道路一面に転がる銀色の玉が、小さく震え始めた。
「鬼算――。」
大原は扇子を大きく振る。
「
その瞬間。
大阪中の銀色の玉が一斉に宙へ浮かび上がった。
「なっ……!」
谷中と空本は思わず足を止める。
無数の銀色の玉が空を埋め尽くしていた。
「行け。」
指を鳴らす。
轟音。
銀色の玉が銃弾のような勢いで二人へ襲い掛かった。
「うわっ!」
「くっ!」
二人は必死に避ける。
玉は壁を砕き、看板を貫き、地面へ無数の穴を穿つ。
「これ全部……たこ焼きかよ!」
空本が叫ぶ。
「せや。」
大原は愉快そうに笑う。
「大阪中のたこ焼き全部、ワシの武器や。」
「ふざけるな!」
谷中が一気に距離を詰める。
渾身の右ストレート。
しかし。
大原は半歩だけ身体をずらした。
「読めとる。」
拳は空を切る。
直後。
鋭い蹴りが谷中の腹へ突き刺さる。
「ぐあっ!」
谷中は勢いよく吹き飛ばされた。
「谷中!」
空本が飛び込む。
拳。
蹴り。
連続攻撃。
それでも大原は紙一重ですべてをかわしていく。
「悪ない。」
「でも、考えが全部見えとる。」
黒い扇子が一閃。
空本も大きく吹き飛ばされた。
「くっ……!」
二人とも傷だらけだった。
大原は肩をすくめる。
「天山が警戒するほどでもないな。」
「もう終わりや。」
その言葉を聞いた瞬間。
谷中の脳裏に、京都での敗北がよみがえる。
動けなかった自分。
何も守れなかった夜。
悔しさだけが胸を締めつけた。
「……違う。」
谷中はゆっくり立ち上がる。
「今回は違う。」
空本も立ち上がり、笑った。
「谷中。」
「こいつは頭で戦う。」
「ああ。」
「だったら。」
空本は拳を握る。
「考える暇を与えなきゃいい。」
谷中も笑う。
「作戦変更だ。」
「……は?」
大原が眉をひそめる。
次の瞬間。
二人は一直線に飛び出した。
作戦はない。
駆け引きもない。
ただ、全力で突っ込む。
「何やその戦い方!」
大原は慌てて銀色の玉を操る。
しかし。
「谷中!」
「任せろ!」
谷中は飛んでくる銀色の玉を避けずに突き進む。
腕に当たる。
肩に当たる。
身体中へ激痛が走る。
それでも止まらない。
「なっ!?」
「そんな無茶苦茶な!」
「うおおおおお!!」
その隙に空本が背後へ回り込む。
「もらった!」
「しまっ!」
大原は咄嗟に振り返る。
しかし。
空本は笑った。
「引っかかった!」
「!」
大原の視線が完全に空本へ向いた。
その一瞬。
真正面から谷中が飛び込む。
「これが――!」
全身全霊の一撃。
「俺たちの答えだぁぁぁぁ!!」
拳が大原の腹へ深く突き刺さった。
轟音。
大原の身体が大きく吹き飛び、石畳を何度も転がる。
黒い扇子が宙を舞った。
「がはっ……!」
立ち上がろうとする。
しかし足に力が入らない。
大原は空を見上げ、小さく笑った。
「……負けや。」
「勢いだけで計算を崩されるとはな。」
静かに息を吐く。
「せやけど。」
「人生、負けっぱなしやない。」
「次はワシが笑う番や。」
そう言い残し、大原は静かに意識を失った。
その瞬間だった。
街中の銀色の玉が、一斉に光を放つ。
「見ろ!」
空本が叫ぶ。
銀色の玉は次々と熱々のたこ焼きへ戻っていく。
店先。
鉄板。
皿の上。
大阪中から歓声が上がった。
「戻った!」
「たこ焼きや!」
「助かった!」
街に笑顔が戻る。
春花の店にも再び活気が戻っていた。
春花は鉄板いっぱいにたこ焼きを焼きながら笑う。
「谷中くん!」
「ありがとう!」
山村も穏やかに微笑んだ。
「大阪は救われたな。」
谷中は照れくさそうに頭をかく。
「みんなのおかげですよ。」
春花はゆっくり谷中へ近づく。
「でも。」
「一番頑張ったんは、谷中くんや。」
「え?」
春花は少しだけ背伸びをした。
そして――。
チュッ。
谷中の右頬へ、優しくキスをした。
「!!?」
時間が止まる。
谷中は顔を真っ赤にしたまま固まっていた。
「え……?」
「えぇぇぇぇぇぇーーーっ!!?」
空本は腹を抱えて大笑いする。
「はははは!」
「逆ナンじゃないけど、旅に出て初めて女性からキスされたじゃねぇか!」
「ち、違っ……!」
「これは、その……!」
谷中は頬を押さえたまま何も言えなくなる。
春花は照れ笑いを浮かべた。
「これは、お礼。」
「また大阪に来てな。」
谷中は照れながら、小さくうなずく。
「あ、はい……!」
店中が笑いに包まれた。
大阪らしい、温かな笑い声だった。
◇
静かな部屋で、一人の男が窓の外を眺めていた。
天山。
その手には一枚の札が握られている。
「大原が敗れたか。」
驚く様子はない。
ただ、小さく笑った。
「谷中。」
「思ったより楽しめそうだ。」
天山は札を指で弾く。
札は静かに宙を舞い、夜風へ溶けるように消えていった。
大阪で勝利を収めた谷中と空本。
しかし、その先には、黒獅子のさらなる脅威が待ち受けていることを、まだ二人は知らなかった――。