実力教室大爆破   作:EXTERMINATION

12 / 13
第十二話 誰が山内春樹を壊したのか

中央管理棟へ続く地下階段は、高育が表向きには見せない裏側そのものだった。

 

明るく清潔に整えられた地上階とは異なり、

地下には冷たく湿った空気が沈んでいる。

壁も床も無機質なコンクリートで造られ、

等間隔に設置された非常灯だけが赤い光を明滅させながら、

薄暗い空間を不気味に染め上げていた。

 

遠くからは、重い機械が低く唸る音が響き続けている。

 

非常電源や大型換気設備、

冷却装置をはじめとした無数の機械が稼働し、この学校全体を支えている。

それは、巨大な建物を生かし続ける心臓の鼓動にも似ていた。

 

だが今、その鼓動は正常ではない。

 

一定だったはずの駆動音は時折不規則に揺らぎ、

どこかでは金属が軋む音も聞こえている。

まるで学校そのものが傷つき、苦しみながら呼吸を続けているようだった。

 

「湿気が気持ち悪ぃな」

 

階段を下りながら、龍園翔が低い声で呟いた。

 

普段よりも声量が抑えられているのは、彼もこの場所を警戒しているからだろう。

 

地下は地上に比べて逃げ道が少ない。

狭い通路の中で爆発が起きれば、

衝撃も熱も逃げ場を失い、被害はさらに大きくなる。

 

しかも、ここを最後の舞台として選んだのは山内春樹だ。

 

自分たちを追い詰める場所としては、最悪に近い。

 

鬼龍院楓花は、コンクリート壁に沿って伸びる配線を観察しながら歩いていた。

 

「電源系統の多くが地下へ集中している。

この一帯を破壊されれば、学校機能の大部分が停止するだろうな」

 

高円寺六助は、こんな薄暗い地下空間にいても妙な余裕を失っていなかった。

 

「舞台としては悪くないねぇ。

この湿気さえなければ、もう少し美しい場所として評価できたのだが」

「いや、俺はもう帰りたいっす……」

 

後ろを歩いていた石崎大地は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

伊吹澪が呆れたように横目で見る。

 

「まだ言ってるの?」

「だって地下だぜ!?閉鎖空間に爆弾って、嫌な言葉しか揃ってねぇじゃねぇか!」

 

龍園は振り返りもせずに言った。

 

「なら、一人で地上へ戻るか?」

 

石崎は一瞬だけ口を閉ざした。

 

誰もいない階段の上を見た後、すぐに首を横へ振る。

 

「……一人で帰る方がもっと嫌っす」

 

その答えを聞き、龍園の口角がほんの僅かに動いた。

 

完全な笑みではない。

それでも石崎がそう答えることを、最初から分かっていたような反応だった。

 

オレは階段を下りながら、胃の奥に残り続けている違和感へ意識を向けていた。

 

やはり消えていない。

 

痛みと呼ぶほど強いものではなく、吐き気があるわけでもない。

ただ、胃の壁へ小さな異物が貼りついているような感覚が、朝からずっと残っていた。

 

山内の異常な監視精度と、こちらの反応に対する速すぎる返答。

 

どこにいてもすぐ近くから見られているような視線。

 

それらを踏まえれば、仮説は既にほぼ形になっている。

 

あとは、それを確定させる材料が一つ足りなかった。

 

その時、地下通路のスピーカーからノイズが流れ、校内放送が始まった。

 

『おー』

 

山内春樹の声だった。

 

しかし、これまで聞いてきた声とは少し違う。

僅かに掠れ、疲労か興奮、あるいはその両方が混じっていた。

 

『来たな』

 

誰も返事はしなかった。

 

『地下は好きか?ここ、学校の裏側って感じがするだろ。

表みたいに綺麗じゃないけど、この学校はこういう場所が動かしてるんだよ』

 

龍園が低く吐き捨てる。

 

「お前も表には出られない人間だったと言いてぇのか」

 

『ハッ』

 

山内が短く笑う。

 

『少なくとも、俺は表側の人間じゃなかったな。お前も同じだろ、龍園』

 

龍園は答えなかった。

 

だが、その沈黙は否定というより、ある意味では肯定に近かった。

 

やがて階段を下り切ると、その先には長い地下通路が伸びていた。

 

両側の壁には大型の配電盤が並び、

天井には無数の配線や配管が複雑に走っている。

 

赤い警告灯の下を白い蒸気が薄く漂い、

床の奥からは重い機械の駆動音が響いていた。

 

そして通路の最奥には、巨大な防爆扉が見える。

 

扉の向こうが中央設備室なのだろう。

 

おそらく、山内はそこにいる。

 

鬼龍院が数歩進んだところで、突然立ち止まった。

 

「待て」

 

その声に全員が足を止める。

 

鬼龍院は通路の床へ視線を落とした。

 

「……圧力感知式だな」

 

石崎の顔から、一気に血の気が引いた。

 

「またっすか!?」

 

鬼龍院が床の一部を指差す。

 

一見すれば、どこにでもあるコンクリートの通路だった。

しかし注意深く見れば、一定の範囲だけ色合いと質感が僅かに異なっている。

 

「感圧プレートが埋め込まれている。踏み込めば、何かが作動する可能性が高い」

 

伊吹が眉を寄せる。

 

「横から迂回できないの?」

「無理だな」

 

鬼龍院は通路全体を見渡した。

 

「左右の幅が足りない。

ここを越えるには、仕掛けを止めるか、床を踏まずに突破するしかない」

 

龍園が低く笑う。

 

「なら簡単だ。突破すりゃいい」

 

鬼龍院は冷たい目で返した。

 

「お前一人なら好きにすればいいが、失敗すれば他の人間まで巻き込まれる」

 

その時、高円寺が天井を見上げた。

 

「なるほど。上を使うのかい?」

 

鬼龍院も同じ場所へ視線を向ける。

天井近くには、配線用のダクトと細いメンテナンスフレームが渡されていた。

 

高円寺は楽しそうに笑った。

 

「床を踏むことで作動するなら、床を踏まなければいいだけのことだねぇ」

 

石崎が目を見開く。

 

「いや、無理だろ!?俺たちは忍者じゃねぇんだぞ!」

「安心したまえ。美しい私が先導しよう」

 

龍園が鼻で笑う。

 

「落ちんなよ」

「落下を前提に話すのはやめてもらえるかな」

 

高円寺は軽く膝を曲げると、助走もなしに跳躍した。

片手で鉄製フレームを掴み、そのまま身体を引き上げて天井近くへ移動する。

 

やはり、常人の範囲を明らかに超えた身体能力だった。

 

高円寺は上から悠然と笑う。

 

「さあ、来たまえ。実に簡単だよ」

「簡単じゃねぇよ!」

 

石崎の叫びが地下通路へ響く。

 

しかし、他に選択肢はなかった。

 

まずアルベルトが高円寺に続き、

その後を龍園、伊吹、鬼龍院、オレの順に上がっていく。

最後に残った石崎は、半泣きになりながらフレームへ手を伸ばした。

 

「うわぁぁぁっ!」

 

眼下には感圧式の床が広がっている。

 

少しでも手を滑らせて落下すれば、何が作動するか分からない。

手のひらには汗が滲み、それがさらに恐怖を増幅させていた。

 

「石崎」

 

龍園が低い声で呼びかける。

 

「喚くな」

「だ、だって!」

「うるさくすると落ちるぞ」

「それが怖いって言ってるんすよ!」

 

その時だった。

 

通路の奥で短い電子音が鳴り、小さな赤いランプが点灯した。

 

光自体は弱い。

 

だが、この地下空間にいる全員の背筋を凍らせるには十分だった。

石崎の右足の先が、ほんの僅かに感圧エリアへ触れている。

本人すら気づかないほど小さな接触だった。

 

しかし、山内の仕掛けはその一瞬を見逃さなかった。

 

「止まれ」

 

鬼龍院の低い声が、地下通路へ鋭く響いた。

 

全員が動きを止める。

 

非常電源や換気装置、冷却ファンが発する低い駆動音だけが、重苦しく耳へ残った。

 

学校の心臓部は、何も知らないように不気味な呼吸を続けている。

 

続いて小さな作動音が鳴った。

 

通路奥にある壁面配電盤の一角で、黒い小型装置が起動していた。

 

「……っ!」

 

伊吹が目を見開く。

 

――ドガァァァァァァンッ!!

 

耳を引き裂くような爆音が、地下通路を真正面から殴り潰した。

通路側面の配電盤が内側から弾け飛び、

鉄板が紙切れのように歪みながら宙へ吹き上がる。

同時に、白青色の火花が爆発的に噴き出し、

まるで雷雨のようなスパークが地下空間全体へ降り注いだ。

圧縮された爆風が横方向から叩きつけられ、

通路の空気そのものが巨大な壁となって全員へ襲いかかる。

 

「ぐっ!!」

 

伊吹が咄嗟に天井フレームへ身体を押しつける。

だが衝撃は凄まじく、鉄骨そのものが悲鳴を上げるように軋みながら大きく揺れた。

爆風によって蒸気管が破裂し、超高温の白い蒸気が噴水のように吹き上がる。

熱風が地下通路を一気に駆け抜け、肌へ突き刺さる灼熱に石崎の顔が引き攣った。

 

「うわぁぁぁぁっ!!」

 

石崎の悲鳴が反響する。

その直後、天井配線が連続して破裂した。

 

火花が豪雨のように降り注ぎ、

赤い非常灯と青白いスパークが交互に地下通路を染め上げる。

壁際へ固定されていた金属パネルが吹き飛び、

回転しながら床へ激突し、凄まじい金属音を地下全体へ響かせた。

さらに遅れて、爆発の衝撃がコンクリート壁を震わせ、

細かな亀裂が蜘蛛の巣のように走っていく。

 

熱と煙、火花、蒸気が混ざり合い、酸素を奪うほど重い爆風が通路を満たした。

 

もはやここは設備通路ではない。

 

逃げ場のない圧殺空間へ変わっていた。

 

爆風で石崎の手が滑った。

 

「石崎!」

「す、すいません!」

「謝ってる暇があったら登れ!」

 

石崎は涙目になりながら、必死にフレームへ身体を引き上げる。

 

爆発の余波で切れた配線が垂れ下がり、そこから火花が散っていた。

通路全体へ焼けた金属の臭いと煙が広がっていく。

 

鬼龍院が状況を見極めながら叫んだ。

 

「感圧した瞬間に起爆する仕組みではない!

複数の装置を順番に作動させる連鎖型だ!私たちは奥へ誘導されている!」

 

その直後、床へ落ちた火花が感圧プレート付近で弾けた。

地下通路の別のランプが赤く点滅し、奥から新たな装置の起動音が鳴り始める。

 

山内は一度の爆発でこちらを仕留めるつもりではない。

 

少しずつ恐怖を与え、精神と体力を削りながら、

地下のさらに奥へ誘い込もうとしている。

 

『どうだ?』

 

放送を通じて、山内の声が響いた。

 

『地下って嫌だろ。逃げ場はないし、爆発すれば圧力もすげぇ。怖いよな』

 

石崎は本気で震えながら答えた。

 

「怖ぇよ……」

 

『だろ?』

 

山内は満足そうに笑った。

 

『でも、綾小路は怖くないんだよな』

 

そこで声色が変わった。

 

執着と苛立ちが露骨に滲み始める。

 

『昔からそうだった。お前だけはいつも冷静で、

人が壊れても、人が消えても、全部見てるだけだった』

 

龍園の目が鋭くなる。

 

オレは何も答えない。

 

『でも、今は違う。今度はお前が見られる側だ』

 

胃の奥が再び重くなった。

 

山内の声を聞くたびに、そこにある異物感が強く意識される。

 

『気づきかけてるんだろ?でも、認めたくないんだ』

 

山内は笑った。

 

『だって気持ち悪ぃもんな。自分の身体の中から見られてるなんてさ』

 

石崎が固まる。

 

「……は?」

 

伊吹も眉を寄せ、鬼龍院の視線がこちらへ向いた。

 

龍園は低く呟く。

 

「やっぱりか」

 

高円寺だけが、興味深そうに笑っている。

 

「フッフッフ」

 

石崎は完全に話へついていけず、困惑した顔で周囲を見回した。

 

「え、ちょっと待ってくれ。何の話だ?」

 

山内の笑い声が地下通路へ響く。

 

『綾小路。朝のヨーグルト、美味かったか?』

 

その瞬間、すべてが繋がった。

 

朝食後から続く胃の違和感。

 

山内の異常な監視精度。

 

死角や停電、煙の中でも失われなかった、近すぎる視線。

 

そして今の言葉。

 

ヨーグルトに混入されていたのは、液体状の小型カメラだったのだろう。

 

胃壁へ一時的に吸着し、限られた時間だけ映像や反応を送信する装置。

 

山内は、オレの体内からこちらを見ていた。

 

『気づいた顔したな』

 

山内は心底嬉しそうに笑った。

 

『その顔だよ。俺が見たかったのは』

 

龍園が不快そうに吐き捨てる。

 

「マジで最悪だな」

 

伊吹も露骨に引いている。

 

「普通、そこまでやる……?」

 

鬼龍院は冷静に分析した。

 

「技術協力者が存在するな。山内一人で用意できる装置とは考えにくい」

 

『さぁ?』

 

山内は明確な答えを避けた。

だが、その反応は肯定に近い。

 

カメラは、まだ体外へ排出されていない。

 

つまり、山内は今この瞬間も、オレを通してこちらを見ている。

 

ならば、利用することもできる。

 

『綾小路。今、何か考えたな?』

 

山内が笑う。

 

『でも無駄だ。お前が何をしようが、俺には全部見えてる』

 

「そうか」

 

オレは、ここへ来て初めて山内へ答えた。

 

『あ?』

 

「なら、見ていろ」

 

その一言で、地下通路の空気が僅かに変化した。

 

龍園は口角を吊り上げ、高円寺も楽しそうに笑う。

鬼龍院は静かに目を細めた。

 

オレは山内へ見せるため、意図的に視線を動かした。

 

右側の壁、左側の配電盤、天井を走る配線、そして奥の防爆扉。

 

『……何してる』

 

山内の声に、初めて迷いが混じった。

見ているというのなら、見せてやればいい。

本当の目的ではなく、偽の情報と偽の狙いを。

 

そして今度は、山内自身をこちらの望む方向へ誘導する。

 

 

地下通路の空気は、爆発によって完全に変わっていた。

 

余熱が籠もり、焼けた配線の臭いと、

破裂した蒸気管から噴き出す白煙が狭い空間へ充満している。

 

赤い非常灯が断続的に明滅する中、

学校の地下設備区画は、もはや管理区域としての姿を失っていた。

 

巨大な機械と炎、無数の仕掛けが絡み合う異常な戦場となっている。

 

龍園は天井フレームへぶら下がったまま、低く舌打ちした。

 

「チッ……派手にやりやがる」

 

視線の先では、吹き飛んだ配電盤から今も火花が散っている。

青白いスパークが通路を照らすたび、全員の影がコンクリート壁へ大きく揺れた。

 

石崎は完全に涙目になっていた。

 

「し、死ぬ……!」

「まだ死んでねぇだろ」

 

龍園が吐き捨てる。

 

「落ち着け」

「こんな状況で落ち着けるわけないじゃないっすか!」

「喚くな」

「無茶言わないでくださいよぉ!」

 

伊吹はフレームへ身体を押しつけたまま、鬱陶しそうに息を吐いた。

 

「うるさい。騒いでまた踏み外したら、本当に終わるわよ」

「うっ……」

 

石崎はその言葉を聞くと、本気で黙った。

 

鬼龍院は地下通路の奥を見据え、高円寺は今の惨状すら楽しむように笑っている。

 

「フッフッフ。舞台装置としては嫌いではないねぇ」

「好き嫌いで語るな」

 

龍園が低く返した。

 

オレは会話へ加わらず、通路の最奥へ目を向けていた。

 

中央設備室へ続く防爆扉。

 

その向こうに、山内春樹がいる。

 

そして今、山内はオレが体内カメラの存在へ気づいたことも理解している。

 

朝食のヨーグルトへ混入された液体状の小型カメラによって、

半日ほどの限定的な体内監視を行う。

 

そこまでして山内は、綾小路清隆を見続けていた。

 

『いい顔してたなぁ』

 

山内の声が地下空間へ響く。

 

『自分の身体の中から見られてたって気づいた瞬間のお前、最高だったわ』

 

龍園が露骨に顔をしかめる。

 

「ストーカー野郎が」

 

『褒め言葉として受け取っておくよ』

 

山内は笑った。

 

だが、その笑いには明らかな疲労が混じっている。

 

長時間にわたる監視と、校内各所に仕掛けた装置の管理。

そして極度の精神的興奮。

 

山内自身も、既にかなり消耗している。

 

『綾小路。どうだ?見られる側になった気分は』

 

オレは答えなかった。

 

『嫌だろ。身体の内側まで覗かれて、どこへ行っても逃げ場がなくて、気持ち悪いよな』

 

山内の声が少しずつ鋭くなる。

 

『でも、俺はずっとそうだった。この学校にいる間、ずっと誰かに値踏みされて、

見下されて、必要か不要かを決められて、最後には捨てられた』

 

龍園が鼻で笑う。

 

「それで学校ごと吹き飛ばすのか?」

 

『違げぇよ』

 

山内の声が低くなる。

 

『綾小路だ。俺が見たかったのは、お前なんだよ』

 

地下通路の空気が静まった。

 

『お前だけは、ずっと選ぶ側だった。人を切る側で、人を見る側で、

人を壊す側だった。だから今度は、お前が観察されればいいと思った』

 

山内は、抑えていた感情を吐き出すように続ける。

 

『お前がどんな顔で焦って、どんな顔で失敗して、

最後にどんな顔で絶望するのか。俺はずっと見たかった』

 

その声に含まれているものは、もはや学校への復讐心だけではない。

 

綾小路清隆に対する執着や羨望、怒り、そして強烈な劣等感が絡み合っている。

 

山内春樹は、オレという存在に異常なほど囚われていた。

退学した後の山内は、ただ自暴自棄になっていたわけではないのだろう。

 

むしろ逆だ。

 

自分を切り捨てた人間たちを見返すため、必死に情報を集め、頭を使った。

オレの行動を調べ、学校設備の構造を把握し、爆発物と監視方法を用意した。

退学してからの時間を、山内は執念に近い計画へ注ぎ込んでいたのだ。

勉強が得意だったわけでも、冷静に物事を考えられる人間でもない。

それでも、自分を見下した相手へ一矢報いるという目的のためだけに、

山内は持てる知恵を絞り出した。

 

オレを観察するための異常な方法も、校内構造を利用した仕掛けも、

すべてはどうすれば綾小路清隆を追い詰められるかという一点から逆算されている。

 

だからこそ、この事件は単なる爆破事件ではない。

 

山内春樹という人間の、歪みきった執念そのものだった。

 

「くだらねぇな」

 

龍園が低い声で言った。

 

『あ?』

 

「結局、お前は学校に復讐してるふりをして、綾小路しか見えてねぇじゃねぇか」

 

放送の向こうが一瞬静まった。

 

龍園は構わず続ける。

 

「退学になったのが悔しいのも、周りから見捨てられたのが悔しいのも分かる。

だが、お前は全部を綾小路のせいにしてるだけだろ」

 

山内の声が消え、地下通路には機械の駆動音だけが残る。

 

鬼龍院が小さく呟いた。

 

「図星らしいな」

 

『……うるせぇ』

 

山内の声は、先ほどよりも低くなっていた。

 

『お前に何が分かる』

 

「分かるさ」

 

龍園は口角を僅かに吊り上げる。

 

「俺も、人間を捨てる側だからな」

 

その言葉には、妙な重みがあった。

 

龍園は暴力と恐怖で人を支配する。

 

使えないと判断すれば切り捨てる一方で、自

分に必要だと思った人間は徹底して使い続ける。

 

山内とは似ているようで、決定的に異なる存在だった。

 

『綾小路』

 

山内が再びオレの名を呼んだ。

 

『お前、自分がどれだけ人間を壊してきたか分かってるか?』

 

オレは黙って聞く。

 

『坂柳も、堀北も、一之瀬も、全部お前に振り回されてる。

お前は結局、人を道具としてしか見てねぇんだよ』

 

その言葉で、周囲の空気が僅かに変わった。

 

石崎ですら口を閉ざし、伊吹も視線を落とした。

 

山内の言い方は極端だ。

 

だが、完全な嘘ではない。

 

綾小路清隆という人間は、他者を合理的に扱う。

 

必要なら利用し、状況によっては切り捨てる。そこに感情を持ち込まない。

 

だからこそ、山内の執着はその部分へ向かったのだろう。

 

「……そうかもな」

 

オレは静かに答えた。

 

放送の向こうで、山内が笑う。

 

『認めるのかよ』

 

「否定しても意味がない」

 

『ハッ』

 

山内は乾いた笑いを漏らした。

 

『でも、今は違う。今のお前は変わったよな』

 

その言葉に、オレは僅かに目を細める。

 

『昔のお前なら、もっと簡単に切ってたはずだ。

白波も、佐藤も、山村も、寛治も。でも今回は誰も切らなかった。なんでだ?』

 

地下通路が静まり返った。

 

誰も会話へ割り込まない。

 

オレは少しだけ考えてから答えた。

 

「必要があったからだ」

 

『は?』

 

「今のオレには、他人が必要だった」

 

山内が黙る。

 

「龍園、鬼龍院、高円寺。それに堀北や坂柳たちも含めて、

一人では処理しきれない状況だった」

 

僅かに間を置き、続ける。

 

「だから、使った」

 

龍園が喉の奥で笑った。

 

「相変わらず素直じゃねぇな」

 

だが、完全な嘘ではない。

 

綾小路清隆は変わりつつある。

 

以前なら、何もかも一人で抱え込み、自分だけで処理しようとした。

 

今は違う。

 

他人を使い、同時に頼り、任せることを合理性として受け入れている。

 

山内はしばらく沈黙した。

 

やがて、力を失ったような声で吐き捨てる。

 

『……やっぱり気持ち悪ぃな、お前』

 

そこには、先ほどまでの勢いがなかった。

 

山内の中にある綾小路清隆の像と、今のオレの行動がずれ始めている。

 

『まあいい。だったら最後まで来いよ。地下設備室で待ってる』

 

そこで放送は切れた。

 

鬼龍院が静寂の中で口を開く。

 

「かなり揺らいでいるな」

「ああ」

 

「山内が作り上げた綾小路像が、崩れ始めている」

 

龍園が笑った。

 

「お前、山内の中じゃ最後の敵みたいな扱いだったんだろうな」

「迷惑な話だ」

 

高円寺が優雅に笑う。

 

「誰かにそこまで執着されるというのは、悪い気分ではないだろう?」

「全く嬉しくない」

 

その時、通路の奥にある防爆扉の横で、赤いランプが点灯した。

 

短い電子音が二度鳴る。

 

鬼龍院の目が鋭くなった。

 

「来るぞ」

 

次の瞬間、通路側面を走っていた高圧配管が、

内部から圧力へ耐えきれなくなったように一斉に膨れ上がった。

 

金属が悲鳴を上げるような軋みが地下通路へ響き、配管そのものが裂ける。

 

――バァァァァンッ!!

 

爆発的な破裂音と同時に、超高温の白色蒸気が横殴りに噴き出し、

まるで巨大な圧力砲のような衝撃が地下空間を薙ぎ払った。

 

蒸気の勢いだけで周囲の空気が激しく歪み、

吹き飛んだ金属片が壁や床へ凄まじい勢いで叩きつけられ、

火花が連続して弾け飛ぶ。

 

灼熱の蒸気は通路を埋め尽くすように一気に広がり、

視界が真っ白に染まると同時に、

皮膚を焼き剥がすような熱気が全身へ突き刺さった。

 

蒸気に巻き込まれた天井フレームがギギギッと不吉に軋み、

熱膨張した鉄骨同士が擦れ合って赤い火花を撒き散らす。

 

さらに遅れて、破裂した配管内部から猛烈な振動が伝わり、

地下通路そのものが地震のように激しく震え始めた。

 

壁面へ固定されていた制御パネルが衝撃で吹き飛び、

配線が千切れ、青白いスパークが豪雨のように地下空間へ降り注ぐ。

 

熱風と蒸気と火花が混ざり合ったその空間は、

もはや通路ではなく、巨大な圧力釜の内部そのものだった。

 

そして、その蒸気の向こうで、最奥の防爆扉がゆっくりと開き始めた。

扉の内側から流れてきた空気は、それまでの校内とは明らかに違っていた。

 

機械油と焼けた配線の臭いを含む熱気が漂い、

大型冷却設備や非常電源、通信制御盤の駆動音が絶え間なく響いている。

 

学校という巨大な箱を動かすための内臓が、

赤い非常灯の下で不気味に脈動していた。

 

その中央に、無数のモニターへ囲まれた山内春樹が立っていた。

 

制服は乱れ、顔色も悪い。

目の下には濃い隈ができ、頬も以前より痩けている。

 

それでも目だけは異様に光っていた。

 

興奮と執着、焦燥が混ざり合い、

長時間張り詰め続けた精神が限界寸前で燃えているような目だった。

 

「よう」

 

山内が笑った。

 

「やっと来たな」

 

設備室へ響く声は、放送越しに聞いていたものとは違う。

生の息遣いと、抑えきれない微かな震えが混ざっている。

 

それが余計に不気味だった。

 

龍園がゆっくりと設備室へ踏み込む。

 

「随分と派手にやってくれたな、クソ野郎」

 

山内は肩を竦めた。

 

「楽しかったぜ。学校中が大騒ぎになって、

泣く奴も叫ぶ奴も、必死に助け合う奴も全部見えたからな」

 

そして、その視線がオレへ向いた。

 

「特にな」

 

山内の背後には、大量のモニターが並んでいた。

 

北棟や南棟、体育館、避難経路をはじめ、

校内各所の監視映像が無数の画面へ映し出されている。

 

その中で、中央に置かれた一つだけ大きなモニターは、他とは異なる映像を流していた。

 

映っているのは、綾小路清隆の視界だ。

 

オレが今見ている光景が、そのまま画面へ表示されている。

 

石崎は本気で引いた顔をした。

 

「うわ……マジでストーカーじゃねぇか……」

 

伊吹も眉を顰める。

 

「ここまで来ると、普通に怖いわね」

 

山内は自嘲するように笑った。

 

「だろ?俺もやってて思ったよ。かなりキモいなって」

 

その笑いには、自嘲と疲労、そして狂気が入り混じっていた。

 

鬼龍院は山内ではなく、設備室全体を観察している。

 

「中央制御盤、配電系統、冷却設備、監視装置。すべてここへ集中しているのか」

「そうだよ」

 

山内が答える。

 

「学校の裏側は、全部ここで繋がってる」

 

高円寺は設備室を見回しながら微笑んだ。

 

「最後の舞台としては悪くない。薄暗く、醜く、何もかも歪んでいる」

 

そして山内へ視線を向ける。

 

「実に君らしい場所だねぇ」

 

山内の目が僅かに細くなった。

 

「高円寺。俺、お前のこと本当に嫌いだわ」

「光栄だねぇ」

 

高円寺は全く動じていない。

 

その時、設備室奥にある巨大モニターが点灯した。

校内マップの上へ、複数の赤い光点が表示される。

 

鬼龍院の目が鋭くなった。

 

「まだ仕掛けが残っているな」

「当然だろ」

 

山内は笑う。

 

「これで全部終わりなわけねぇじゃん。ただ、本命はここだ」

 

山内は親指で背後を示した。

 

そこには巨大な制御装置へ接続された、大型の爆発物が設置されている。

教室などで見てきたものとは、明らかに規模が違う。

 

無数の配線が学校のインフラへ繋がり、

専用の冷却装置と非常電源が組み込まれていた。

 

大型の時限表示には、残り時間が示されている。

 

【03:12:48】

 

山内は軽い口調で言った。

 

「これが吹き飛べば、中央管理棟は終わりだ。

周辺設備も巻き込むから、まだ避難できてない奴がいれば、結構死ぬかもしれないな」

 

その言い方は異様に軽い。

 

だが、軽く口にしなければ自分を保てないのかもしれない。

 

山内自身も、既に相当壊れている。

 

龍園が目を細めた。

 

「それで、俺たちを呼びつけて何をするつもりだ?」

 

山内の目が、再びオレへ向く。

 

「決まってるだろ。綾小路と話すためだよ」

 

設備室の空気が重くなる。

 

山内は最初から一貫している。

 

学校全体を巻き込みながら、最後には必ず綾小路清隆へ戻ってくる。

 

この復讐の中心には、常にオレがいた。

 

「なぁ、綾小路」

 

山内が笑う。

 

「見てて面白かったぜ。お前が焦ってる顔も、

人を助ける顔も、答えに迷ってる顔も、前のお前なら絶対に見せなかった」

 

オレは黙って聞いていた。

 

「変わったよな、お前」

 

龍園が小さく鼻を鳴らす。

 

山内は構わず続けた。

 

「昔のお前なら、もっと簡単に誰かを切ってた。

必要なら見捨ててたはずだ。でも今は違う。……なんでだ?」

 

オレは少しだけ考えた。

 

そして答える。

 

「変わったからだろうな」

 

山内が笑った。

 

だが、その笑いはどこか苦しそうだった。

 

「人間って、そんな簡単に変われるのかよ」

「簡単ではない」

「じゃあ、何があったんだよ」

「時間だ」

 

山内が黙る。

 

「環境や人間関係、積み重ねてきた経験によって、人間は少しずつ変わる」

「……ハッ」

 

山内は顔を歪めた。

 

「だったら俺は何なんだよ。俺は変われなかったって言いてぇのか?」

 

龍園が低く言う。

 

「少なくとも、お前はずっと綾小路だけを見てたな。

学校でもなく、自分自身でもなく、綾小路だけだ」

 

山内の顔が引き攣る。

 

「うるせぇ」

「図星か?」

「黙れよ、龍園!」

 

山内の怒声が設備室へ響き、モニター群が呼応するように赤く点滅した。

 

彼の精神は既にかなり危うい。

 

鬼龍院は設備室を見回しながら、オレへ小さく声をかけた。

 

「綾小路」

「ああ」

「時間を稼げ」

 

オレは僅かに頷いた。

 

鬼龍院は既に設備室の構造を読み始めている。

高円寺も同じように視線を動かし、龍園も意図へ気づいていた。

 

山内の注意をオレへ向け続ければ、その間に三人が動ける。

 

見られているのは、こちらだけではない。

 

今度はオレたちが、山内の行動と感情を観察している。

 

だが山内は、自分が話すことへ夢中になり、その変化に気づいていなかった。

 

「なぁ、山内」

 

オレは静かに呼びかける。

 

「お前は、本当は学校を壊したかったわけじゃないだろ」

 

山内の目が揺れた。

 

「……は?」

「お前が見たかったのは、自分を見捨てた人間たちがどんな顔をするのか、それだけだ」

「違う」

「違わない」

 

オレは山内の目を見たまま続ける。

 

「お前はずっと、自分を見てほしかっただけだ」

 

その瞬間、山内の表情が大きく崩れた。

 

怒りと羞恥、悔しさが一気に混ざり合う。

 

「ふざけんな……違う。俺は、お前らに復讐するために――」

「それも違う」

 

オレは遮った。

 

「お前は確認したかっただけだ。自分が消えた時、誰かが困るのか。

誰かが悲しむのか。誰かが自分を止めようとしてくれるのかを」

 

山内の呼吸が乱れる。

 

龍園が低く笑った。

 

「図星すぎんだろ」

「黙れ!」

 

山内が叫び、設備室の空気が震えた。

 

その隙に、鬼龍院は静かに設備側へ移動している。

高円寺も反対側から歩き、龍園は山内の視線を引きつけ続けた。

 

「結局何だったんだ?テメェは、綾小路に構ってほしかっただけじゃねぇのか」

「違う!」

 

山内は怒鳴った。

 

だが、その声には先ほどまでの勢いがない。

 

怒りの奥から、別の感情が見え始めていた。

 

「俺は……俺はちゃんといたんだよ!」

 

設備室が静まり返る。

 

山内の目に涙が滲んだ。

 

「クラスにも、学校にも、友達の中にも、俺はちゃんといたんだ……!」

 

声が震え、瞳に溜まった涙が落ちそうになる。

 

「なのに……退学した瞬間、全部消えたんだ」

 

山内は俯いた。

 

「最初からいなかったみたいに、全部終わった」

 

その声は、もはや学校を支配した犯人のものではなかった。

 

見捨てられた一人の少年の声だった。

 

龍園も、伊吹も、石崎も黙っている。

 

誰もすぐには言葉を返せなかった。

 

その時、設備室の奥から鬼龍院の声が聞こえた。

 

「見つけた」

 

高円寺も微笑む。

 

「実に分かりやすい場所へ隠していたものだねぇ」

 

中央制御盤の裏側に、大型装置へ繋がる基幹配線が集められていた。

 

あれが本命の接続部分だ。

 

鬼龍院は慎重に配線を確認する。

 

「時間稼ぎは十分だ」

 

山内の目が見開かれた。

 

ようやく周囲の動きへ気づいたのだ。

 

だが、既に遅い。

 

龍園が一気に距離を詰める。

 

「よそ見してんじゃねぇよ」

 

山内は反射的に後退した。

 

その瞬間、高円寺が設備の上部へ跳躍する。

 

常識では考えられない高さまで身体を持ち上げ、

配線ラックを片手で掴むと、そのまま天井側へ回り込んだ。

 

「なっ……!?」

 

山内の顔が歪む。

 

鬼龍院が制御盤へ手をかけた。

 

「綾小路!」

「ああ」

 

オレも動き、山内の視線を遮るように正面へ出る。

 

「終わりだ」

 

山内が後ずさる。

 

「来るな……!」

 

その手には、小型の起爆スイッチが握られていた。

 

中央に赤いボタンがあり、その上へ震える指が置かれている。

 

「来るな!」

 

山内の声は完全に崩れていた。

 

龍園が低く問いかける。

 

「押せるのか?」

「……っ!」

「本当に押せるなら、お前はとっくに押してる」

 

山内の呼吸が乱れる。

 

「違う……俺は……!」

 

その時、高円寺が設備の上から告げた。

 

「終わりだねぇ」

 

高円寺は迷うことなく、基幹配線の一部を引き抜いた。

 

同時に、鬼龍院が中央制御盤の安全機構を切り替える。

 

大型時限表示が激しく点滅した。

 

【03:02:13】

 

短い警告音が繰り返される。

 

そして、赤い数字はそのまま停止した。

 

設備室を支配していた電子音が消え、重い機械の駆動音だけが残される。

 

中央管理棟の地下設備室で、事件の中核となる爆弾は完全に沈黙した。

一日一話で三作品を投稿するのは多いですか?

  • いいぞ、どんどんやれ
  • 多い!読みきれない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。