実力教室大爆破   作:EXTERMINATION

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第二話 避難区域

茶柱と真嶋の表情は、先ほどまで以上に険しくなっていた。

 

ただ校内で爆発が起きたというだけではない。

かつてこの学校を退学した一人の生徒が抱えていた怨念が、

ここまで巨大な悪意へ膨れ上がり、今や学校そのものを崩壊させようとしている。

その現実を、二人は教師として真正面から突きつけられていた。

 

山内春樹は、かつて彼らが指導する立場にあった生徒だった。

 

問題行動が多く、成績にも恵まれず、

最後にはクラスの判断によって切り捨てられた。

 

実力主義を掲げるこの学校では、

退学そのものが異常な処分というわけではない。

だが、制度として正しかったかどうかと、

一人の人間が受けた痛みが消えるかどうかは別の話だった。

 

その痛みを見落とした結果が、今の惨状へ繋がっているのだとすれば、

教師として何も感じないはずがない。

 

真嶋は苦い表情のまま立ち上がり、教室に残る生徒たちを見回した。

 

「全員を体育館へ移動させる」

 

その判断に、堀北が即座に反応した。

 

「この装置はどうするんですか?」

「ここへ残す。無理に動かすことはしない」

「ですが、このまま放置するのも危険ではありませんか?」

「動かす方が遥かに危険だ。

構造も作動条件も分かっていない以上、運搬中に何が起こるか判断できない」

 

真嶋の判断は妥当だった。

 

残り時間は既に短くなっている。

今から未知の装置を運び出そうとすれば、それだけで新たな危険を生む。

ならば装置から生徒を遠ざけ、少しでも被害を抑える方が現実的だった。

 

茶柱も生徒たちの前へ出て、厳しい声で続けた。

 

「ただし、移動は慎重に行う。

廊下と階段については、教師たちが先行して安全を確認している。

絶対に走るな。前の人間を押すな。勝手に列を離れるな。分かったな?」

 

教室のあちこちから、小さな返事が返ってきた。

 

だが、声に力はない。

 

誰もが早くこの教室から離れたいと思っているはずだった。

それでも身体が思うように動かないのは、

移動した先が安全だという保証がどこにもないからだ。

 

この教室には危険な装置がある。

 

だが、廊下に別の仕掛けがないとは限らない。

階段に置かれている可能性もあれば、

体育館そのものが次の標的になっている可能性もある。

 

どこへ行けば助かるのか分からない。

 

その恐怖が、生徒たちの足を重くしていた。

 

平田は教室の前へ出ると、全体へ落ち着いた声をかけた。

 

「男子は左右へ分かれて、女子と体調の悪い人を間に挟もう。

歩く速度は遅くてもいいから、誰かが転んだらすぐに全員で止まって。

声を掛け合って、絶対に一人にしないようにしよう」

 

平田の指示を聞くと、軽井沢もすぐに女子生徒たちをまとめ始めた。

 

「ほら、立てる?無理なら肩を貸すから、遠慮しないで言って」

 

櫛田も不安を隠しながら、柔らかな笑顔を作り直した。

 

「大丈夫だよ。一人で行くわけじゃないから。みんなで一緒に移動しよう」

 

その笑顔は、普段ほど自然ではなかった。口元には僅かな震えが残っている。

 

それでも、恐怖で動けなくなっている生徒にとって、

誰かが自分を見てくれているという事実は大きかった。

 

堀北は教室の後方へ回った。

 

「私は最後尾に残るわ」

「危険だぞ」

 

オレが言うと、堀北は迷うことなく答えた。

 

「誰かが取り残される方が危険よ」

 

堀北らしい返答だった。

 

自分が安全な位置へ移動するよりも、

クラス全体が欠けずに動けることを優先している。

以前の彼女であれば、自分一人の合理性を最優先していたかもしれない。

 

だが、今は違う。

 

茶柱も堀北を一瞬だけ見た。

 

教師としては、生徒を最後尾へ残すことに反対すべきなのかもしれない。

それでも彼女は何も言わず、静かに頷いた。

 

今の堀北には、クラスを支える役目がある。

 

それを、茶柱も理解していた。

 

オレたちは教室を出て、教師たちの誘導に従いながら廊下へ進んだ。

 

そこには、既にいつもの学校の面影がほとんど残っていなかった。

 

白い壁には爆発の衝撃によって細かな亀裂が入り、

天井の継ぎ目からは埃が落ちている。

非常灯は不規則に赤く明滅し、

遠くからは生徒の泣き声や教師の怒号が絶え間なく響いていた。

 

鼻を突く焦げた臭いが煙とともに流れ、

複数の集団が急ぎながらも転ばないよう慎重に移動している。

 

校舎全体が、巨大な生き物のように軋んでいた。

 

「走るな!」

 

階段付近から、坂上数馬の怒鳴り声が響いた。

 

彼は避難しようとする生徒たちの前に立ち、

普段の授業中よりも遥かに険しい表情で誘導を続けている。

 

「前の人間を押すな!足元を見ろ!誰かが転んだら、その場で全員止まれ!」

 

恐怖に支配された状況では、穏やかな声だけでは群衆を止められないこともある。

 

坂上の強い声は、今だけは生徒たちの行動を繋ぎ止める

救命ロープのような役割を果たしていた。

 

少し離れた壁際では、

星之宮知恵が座り込んだ女子生徒の背中を優しくさすっている。

 

「大丈夫だからね。ゆっくり息を吸って、それから吐いて。

急がなくていいから、私の声だけ聞いて」

 

普段の軽い調子は消えていた。

 

それでも星之宮の声には柔らかさが残り、

泣きじゃくっていた生徒は少しずつ呼吸を取り戻していった。

 

その隣では、一之瀬帆波が別の生徒集団をまとめていた。

 

「押さないで!順番に進めば大丈夫だから、怪我をしている人を先に通して!」

 

一之瀬の声は、混乱した廊下でもよく通った。

 

彼女自身も恐怖しているはずなのに、その声には周囲を安心させる力がある。

一之瀬が立っているだけで、その周辺の混乱は目に見えて小さくなっていた。

 

やがて彼女はこちらの姿に気づき、僅かに表情を緩めた。

 

「あ、綾小路くん!」

 

顔色は青い。

 

それでも、瞳の奥にある意志までは折れていなかった。

 

「そっちは無事だった?」

「今のところはな」

「みんな体育館へ集めているんだけど、人数が多くて……」

 

一之瀬は、そこで一度言葉を詰まらせた。

 

周囲には泣いている生徒がいる。

呼吸を乱している者もいれば、友人の腕へ縋りついたまま動けなくなっている者もいた。

 

「みんな、すごく怖がってる」

「当然だ」

「うん」

 

一之瀬は唇を噛み、短く息を整えた。

 

「でも、ここで私たちまで怖がって動けなくなったら駄目だよね」

 

その言葉はオレたちへ向けられたものでもあり、

自分自身へ言い聞かせるための言葉でもあるように聞こえた。

 

その時、廊下の向こうから別の集団が近づいてきた。

 

先頭を歩いているのは龍園翔で、

その後ろには石崎大地、伊吹澪、山田アルベルトが続いている。

 

龍園は煙の漂う廊下を、普段とほとんど変わらない足取りで進んでいた。

 

「随分と景気よく燃えてんな」

「龍園くん」

 

一之瀬が眉を寄せる。

 

「生徒を余計に怖がらせるようなことを言わないで」

「事実を言っただけだ」

 

龍園は薄く笑った。

だが、その目は笑っていない。

 

彼は廊下の壁や天井、避難経路、生徒の流れを細かく確認している。

ただ惨状を楽しんでいるのではなく、どこに危険があり、

どこへ動けば生き残れるのかを見極めようとしていた。

 

「おい、綾小路」

 

龍園がこちらへ視線を向ける。

 

「お前らの教室にも置かれてたか?」

「ああ」

「残り時間は?」

「教室を出た時点で、15分を切っていた」

「なら、その教室はもう終わりだな」

 

龍園が平然と言い放つと、近くにいた軽井沢が顔を強張らせた。

 

「ちょっと、そういう言い方やめてよ……!」

「現実を見ろ」

 

龍園は冷たく返した。

 

「解除できねぇなら、そこから離れるしかない。

泣こうが祈ろうが、減っていく数字は止まらねぇ」

 

言い方は冷酷だったが、内容は間違っていない。

 

堀北は不愉快そうに龍園を睨んだ。

 

「あなたは何をしているの?」

「情報を集めてる」

「あなたが?」

「俺を何だと思ってんだ」

 

龍園は鼻で笑った後、声を僅かに落とした。

 

「三か所ほど見てきたが、仕掛けが置かれてる場所には共通点がある」

 

その言葉に答えるように、背後から坂柳有栖の声が聞こえた。

 

「避難経路ですね」

 

全員が振り返る。

 

坂柳は杖をつきながら、神室真澄と橋本正義に付き添われてこちらへ歩いてきていた。

 

校内全体が混乱している中でも、彼女だけは妙に落ち着いて見える。

 

「階段や渡り廊下、食堂前、そして体育館周辺。

人間が逃げようと考える場所へ、あえて恐怖を配置しているのでしょう」

 

龍園は満足そうに笑った。

 

「やっぱり気づくか」

「ええ」

 

坂柳は穏やかな笑みを浮かべながら続けた。

 

「これは、単純に多くの人間を傷つけるためだけの配置ではありません。

逃げようとする者を追い込み、選択肢を奪うための配置です」

 

堀北が目を細める。

 

「どういう意味?」

「山内春樹は、この学校全体を一つの教室へ変えようとしているのです」

 

坂柳は赤く明滅する非常灯を見上げた。

 

「逃げ場がなく、全員が評価され、失敗すれば居場所を失う空間。

彼にとって今回の事件は復讐であると同時に、

自分が味わった恐怖を再現する行為なのでしょう」

 

一之瀬が苦しそうに眉を寄せた。

 

「でも、こんなことは絶対に間違ってる」

「ええ」

 

坂柳は即答した。

 

「間違っています。ただし、間違った人間の感情は、

時として正しい理屈よりも読みやすく、同時に厄介です」

 

その時、廊下の先で激しい怒号が上がった。

 

「押すなって言ってるだろ!」

「早く通せよ!」

「このままじゃ爆発するんだぞ!」

 

階段前で避難しようとする生徒たちが揉み合いになり、整っていた列が崩れ始める。

 

一人の生徒が押され、危うく足を滑らせかけた。

 

平田はすぐにそちらへ走った。

 

「止まって!一度、全員止まって!」

 

だが、恐怖で視野が狭くなった生徒たちは、平田の声を聞こうとしない。

 

そこへ茶柱の怒声が飛んだ。

 

「動くな!」

 

その一声によって、廊下全体の動きが一瞬だけ止まった。

 

茶柱は階段の前まで歩き、列を押し崩そうとしていた男子生徒の胸倉を掴む。

 

「お前が前の人間を押せば、その人間が転ぶ。

転べば後ろの列が詰まり、全員が逃げられなくなる。

自分だけが助かろうとして、全員を巻き込むつもりか?」

 

男子生徒は顔を青ざめさせ、何度も頷いた。

 

茶柱はすぐに手を離す。

厳しい対応だった。

だが、この状況では必要な厳しさでもあった。

 

一之瀬は茶柱の言葉で怯えた生徒たちへ、すぐに柔らかな声をかけた。

 

「大丈夫。今、一度止まれたから、ちゃんと進めるよ。

もう一度ゆっくり列を作ろう。みんなで行けば大丈夫だから」

 

茶柱の強さと、一之瀬の優しさ。

 

どちらか一方だけでは、恐怖に支配された集団を動かすことは難しい。

両方があったからこそ、列は再び少しずつ動き始めた。

 

オレたちは教師の誘導に従い、体育館へ向かった。

しかし、体育館が近づくにつれて、胸の奥に別の違和感が生まれていく。

 

人が多すぎる。

 

体育館が避難区域として指定されている以上、

生徒が集まること自体は当然だった。

 

それでも、密集の度合いが異常だった。

 

泣き声や叫び声、教師の指示、負傷者を運ぶ生徒たちの足音が重なり、

体育館前は既に限界へ近づいている。

 

「ここが、本当に安全な場所なの……?」

 

軽井沢が不安そうに呟いた。

 

誰も答えなかった。

 

今の状況では、安全という言葉ほど頼りないものはない。

 

体育館の中では、星之宮と坂上が生徒を落ち着かせながら、座る位置を分けていた。

 

一之瀬はすぐに避難誘導へ戻り、

泣いている一年生らしき女子へ声をかける。

平田も男子生徒たちの誘導に加わり、

櫛田と軽井沢は座り込んだ女子たちを励ましていた。

 

「大丈夫だからね」

「先生たちもいるから」

「水、飲めそう?」

「呼吸をゆっくり整えよう」

 

彼らは危険な装置を止めているわけではない。

 

犯人と戦っているわけでもない。

 

それでも、確かに人の命を救う行動だった。

 

人間は恐怖だけでも判断を誤る。

 

パニックによって転倒し、押し合いになり、それだけで命を失うこともある。

 

だからこそ、誰かを支える人間が必要になる。

 

その時、体育館の壇上へ南雲雅が上がった。

 

三年生たちの視線が一斉に集まる。

 

南雲はマイクを使うことなく、広い体育館全体へ届く声で指示を出した。

 

「三年生は班を分ける。第一班は北棟、第二班は食堂周辺、

第三班は体育館の外周確認、第四班は負傷者の搬送に回れ。

発見した情報は、必ず生徒会を経由して共有しろ。個人判断で触るな」

 

指示は速く、迷いがなかった。

 

普段は鼻につくほどの支配力も、この状況では異様な頼もしさを持っている。

 

三年生たちは、南雲の指示を受けると即座に動き始めた。

 

人数と組織力。

 

南雲の真価は、こういう状況でこそ発揮されるのだろう。

 

龍園はその様子を見ながら、鼻で笑った。

 

「さすがは会長様だな」

「嫌味を言っている場合ではないわ」

 

堀北が咎める。

 

「分かってるさ」

 

龍園は体育館の入口付近へ目を向けた。

 

「ただ、気に食わねぇだけだ」

 

その視線の先には、人混みから少し離れた場所に立つ鬼龍院楓花の姿があった。

鬼龍院は他の避難者に混じろうともせず、体育館の天井や壁をゆっくりと見回していた。

まるで、体育館という空間全体を測っているようだった。

 

南雲が彼女へ声をかける。

 

「鬼龍院、お前も班へ入れ」

「断る」

 

返答は即座だった。

 

南雲の眉が僅かに動いたが、鬼龍院は意に介さず歩き始める。

 

「集団で動けば、目に入る情報まで集団へ合わせることになる。私は私の目で探す」

 

そう言って体育館の端へ向かいかけた鬼龍院は、数歩進んだところで足を止めた。

視線は、壁際にある器具庫へ向いている。

マットや支柱などが保管されているだけの、体育館ではありふれた場所だった。

鬼龍院は器具庫の前まで近づくと、扉へ触れずに立ち止まった。

 

「南雲」

「何だ」

「この体育館は、本当にすべて確認済みなのか?」

 

南雲の表情が変わる。

 

真嶋もすぐに器具庫へ近づいた。

 

「何か気づいたのか?」

 

鬼龍院は扉を見たまま答える。

 

「匂いが違う」

「匂い?」

「ここだけ、埃や古い器具の匂いではない」

 

その一言を聞き、オレも器具庫へ意識を向けた。

 

確かに、周囲へ漂っている焦げ臭さとは別に、僅かに人工的な匂いが混じっている。

 

真嶋は慎重に扉へ近づいた。

 

「全員、そこから離れろ」

 

その声に、近くの生徒たちがざわめく。

茶柱は即座に全体へ指示を飛ばした。

 

「体育館中央から離れろ!走らず、壁際へ移動しろ!」

 

一之瀬も生徒たちの間へ入り、混乱を抑えながら誘導する。

 

「みんな、ゆっくり動いて!走らないで、前の人を押さないで!」

 

南雲も三年生へ向けて声を張った。

 

「外周班は入口を確保しろ!搬送班は負傷者を優先して動かせ!」

 

龍園の顔から笑みが消えた。

坂柳も、器具庫へ向けて目を細める。

 

真嶋が慎重に扉を開いた。

その瞬間、暗い器具庫の奥に赤い光が見えた。

デジタル表示が、残り時間を刻んでいる。

 

【00:09:58】

 

体育館の空気が凍りついた。

誰かが悲鳴を上げる。

安全区域とされていた体育館にも、危険な装置が置かれていた。

つまり、安全な場所など最初から存在していなかった。

 

校内放送が起動し、山内の笑い声が体育館全体へ流れた。

 

『見つけるの、思ったより早かったな。さすが鬼龍院先輩』

 

鬼龍院は表情を変えず、ただ赤い表示を見つめている。

 

『でも、そこって避難区域なんだろ?

みんなが安心できると思った場所で、先生たちが守ってくれると信じた場所だ』

 

山内は、愉快そうに続けた。

 

『だから、そこへ置いたんだよ』

 

一之瀬の顔が青ざめる。

 

『人間ってさ、安心した瞬間が一番壊れやすいんだよ』

 

その言葉とともに、体育館全体へ恐怖が広がった。

しかし、今度はすぐに集団が崩壊することはなかった。

 

茶柱がいた。

星之宮と坂上がいた。

平田、一之瀬、軽井沢、櫛田が周囲の生徒たちを支えている。

 

南雲は三年生を動かし、龍園は入口と避難経路を睨み、

坂柳は全体の意図を読み取ろうとしていた。

 

鬼龍院は危険を見つけ、堀北は列の乱れを抑えようとしている。

 

そしてオレは、器具庫の奥で減り続ける赤い数字を見つめていた。

 

山内の狙いは明確だった。

 

逃げ場を奪い、安全だという認識を壊し、周囲の人間を疑わせる。

 

そのうえで、誰が本当に実力を示せるのかを試すつもりなのだ。

 

『さあ、次の問題だ』

 

山内の声が体育館へ響く。

 

『ここにいる全員を、十分以内に救ってみろ』

 

そこで放送が切れた。

 

器具庫の中から、規則的な電子音が響き始める。

 

残り時間は、十分を切っている。

 

今度の対象は、一つの教室ではない。

 

教師や負傷者を含めた、数百人の生徒が集まる避難区域だった。

 

本当の混乱は、ここから始まろうとしていた。

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