器具庫から鳴り続ける電子音は、
先ほど教室で聞いたものよりも遥かに大きく感じられた。
実際の音量に、それほど違いはないのかもしれない。
だが、今ここにいる人数が違う。
体育館の床には数百人の生徒が集まり、
その中には教師や負傷者、泣き崩れている者、友人の手を離せずにいる者もいる。
そして多くの人間が、ようやくこの場所なら安全かもしれないと信じかけていた。
その全員の前で、赤い表示が容赦なく時間を減らしている。
【00:09:42】
既に十分を切っている。
その事実が、体育館全体を一瞬で凍りつかせた。
「嘘……」
誰かが、小さく呟いた。
その声が、恐怖の導火線になった。
「ここは安全だって言ったじゃん!」
「本当に爆弾があるの!?」
「逃げろ!」
「早く外へ出ないと!」
一人の生徒が立ち上がる。
それに引きずられるように、周囲の生徒たちも次々と腰を上げた。
体育館の床へ座っていた大勢の視線が、正面入口へ集中する。
この人数が一斉に入口へ殺到すれば、装置が作動するより先に事故が起きる。
オレがそう判断したのと、ほぼ同時だった。
「動くな!」
茶柱の怒声が、体育館全体を叩いた。
鋭く重い声によって、何人かの生徒が反射的に足を止める。
茶柱は壇上近くまで進み、逃げようとする生徒たちを睨みつけた。
「今ここで走れば、誰かが転ぶ。転んだ人間は後ろから踏まれる。
押し合いになれば、装置が動く前に死人が出る。
自分たちのパニックで仲間を傷つけるつもりか!」
その言葉で、体育館の動きが一瞬止まった。
だが、恐怖そのものが消えたわけではない。
入口付近の男子生徒が、震えながら叫ぶ。
「でも、ここにいたら爆発するんだろ!?」
「逃げなきゃ死ぬじゃないですか!」
「早く行かせてくれよ!」
その声に煽られ、周囲の人間も再び揺れ始める。
そこで一之瀬が壇上へ駆け上がった。
彼女は乱れた呼吸を押さえながら、体育館全体へ向けて声を張る。
「みんな、聞いて!逃げること自体は間違ってない。
でも、今すぐ全員が走ったら、絶対に怪我をする人が出る!」
一之瀬は必死に続けた。
「先生たちと私たちで順番を決めて誘導するから、お願い。勝手に走らないで!」
一之瀬の声は、茶柱の命令とは違う。
強制するのではなく、相手へ呼びかける声だった。
それが届く人間もいる。
立ち上がりかけていた女子生徒が足を止め、
別の生徒は友人の腕を掴んで「少し待とう」と言った。
茶柱の厳しさと、一之瀬の優しさ。
その両方があったことで、群衆は崩壊寸前のところで辛うじて踏みとどまった。
「三年、動け!」
今度は南雲の声が飛んだ。
彼は既に状況を把握し、次の行動へ切り替えている。
「正面入口を三列に分けろ!負傷者と一年生を優先し、
二年生は中央で待機させろ!三年生は壁際を通って外へ出て、通路を確保しろ!」
指示は速く、内容も具体的だった。
三年生たちの反応も早い。
普段から南雲に統率されているだけあり、
不満を口にする者がいても、今は誰も命令そのものには逆らわなかった。
生徒会長という肩書きではなく、実際に多数の人間を動かす力がそこにある。
「坂上先生!」
南雲が叫ぶ。
「正面入口の誘導をお願いします!」
「分かった!」
坂上はすぐに入口へ走った。
「動ける男子は手を貸せ!負傷者を最優先で外へ出す!」
星之宮は泣き崩れている生徒の肩を支え、必死に立ち上がらせようとしていた。
「大丈夫だからね。立てそう?無理なら私に体重を預けていいから」
普段の軽い口調は消えている。
それでも、彼女の持つ柔らかさまでは失われていなかった。
真嶋は器具庫の前に残り、赤い表示と装置の外観を慎重に確認している。
鬼龍院はその横で、まるで冷静に盤面を見るような目をしていた。
堀北がオレの隣へ来る。
「どうするの?」
「この人数を全員外へ出すには時間が足りない」
「もう十分もないものね」
「入口で流れが詰まれば、それだけで終わる」
すると坂柳が、少し離れた場所から静かに口を開いた。
「問題は、それだけではありません」
彼女は杖の先を床へ軽くつき、器具庫へ視線を向ける。
「山内くんは、この仕掛けを完全に隠そうとはしませんでした」
堀北が問い返す。
「どういう意味?」
「本当に多くの人間を巻き込みたいだけなら、
もっと見つかりにくい場所へ置けばよかったはずです。
しかし彼は、鬼龍院先輩ほどの観察力があれば気づける違和感を残した」
坂柳は小さく微笑む。
「つまり、これは一つの問題です。
限られた時間の中で、ここへ集まった人間をどう救うのか。
彼は、それを見ようとしているのでしょう」
堀北の顔が不快そうに歪んだ。
「本当に悪趣味ね」
「ええ。ただし、彼がこちらの行動を見たいと考えているなら、
その性質を利用することもできます」
「利用する?」
「山内くんへ見せる動きと、実際に人を救うための動きを分ければいいのです」
オレは坂柳を見る。
彼女もこちらを見ていた。
考えている方向は近い。
「避難の流れを二重にする」
オレが言うと、堀北がすぐに反応した。
「外へ出す流れを作りながら、体育館内でも器具庫から距離を取らせるということ?」
「そうだ。全員を外へ出すことだけに拘らず、危険が集中する場所から離せばいい」
「でも、どれくらい離せば安全なのか分からないわ」
「だから真嶋先生に、装置の規模を判断してもらう必要がある」
オレは器具庫へ目を向けた。
真嶋は装置を観察しているが、直接触ろうとはしていない。
解除手順の分からないものを不用意に扱わないのは当然だった。
「龍園」
オレは少し離れた場所にいる龍園へ声をかけた。
龍園は壁へ背中を預け、退屈そうに見せながら周囲を観察している。
「何だ」
「体育館裏の搬入口は使えるか?」
龍園は口角を上げた。
「さっき確認した。鍵はかかってるが、扉そのものは壊れてねぇ」
「開けられるか?」
「誰に聞いてんだ」
龍園が笑うと、後ろにいた石崎が顔を引き攣らせた。
「え、俺らが行くんすか?」
「当たり前だろ」
「でも、ここに爆弾があるんすよ!?」
「だから急ぐんだよ」
伊吹が呆れたように龍園を見る。
「相変わらず頭がおかしいわね」
「褒めんな」
「褒めてない」
龍園はアルベルトへ顎をしゃくった。
「行くぞ」
体育館の裏口が使えるようになれば、避難経路は一つ増える。
正面入口だけへ集中している流れを分散できれば、
それだけで事故が起こる可能性は下がる。
「堀北」
「何?」
「一之瀬、軽井沢、櫛田、平田へ伝えろ。避難する生徒を三つに分ける」
オレは可能な限り簡潔に説明した。
「負傷者は正面入口へ向かわせる。
歩ける生徒は左右へ分けて待機させ、
恐怖が強くて動けない者は教師と一之瀬の近くへ集める」
堀北はすぐに頷いた。
「あなたはどうするの?」
「真嶋先生と一緒に、危険が及ぶ範囲を確認する」
「……無茶はしないで」
堀北が珍しく、そんな言葉を口にした。
オレは一瞬だけ彼女を見る。
「努力する」
「信用できない返事ね」
堀北はそう言い残し、体育館中央へ走っていった。
平田は男子生徒たちを集め、通路を確保しようとしている。
「椅子や荷物を壁際へ寄せて!人が通れる幅を作って、前の人との間隔も空けよう!」
軽井沢は女子生徒たちの間を動き回っていた。
「立てる人は手を上げて!無理ならそのまま座ってていいから、
勝手に走らないで!置いていったりしないから!」
声は震えている。
それでも、相手へ届いていた。
普段の強気な口調が、今は逆に周囲へ安心感を与えている。
櫛田は泣いている生徒の前へしゃがみ、両手でその手を包み込んでいた。
「怖いよね。分かるよ。でも今、一緒に動けたら助かるから。私と一緒に行こう?」
相手の目を見て、自分は見捨てられていないと思わせる。
それは櫛田が持つ大きな強みだった。
体育館の壁際には、椎名ひよりもいた。
ひよりは震えて動けなくなっている下級生の隣へ座り、落ち着いた声で話しかけている。
「大丈夫です。今、先生や先輩たちが動いてくれていますから、
まずは呼吸をゆっくり整えましょう」
彼女は大声を出さず、慌ただしく走り回りもしない。
ただ隣に座り、相手の呼吸へ自分の声を重ねていく。
身体能力が高いわけでも、装置を止められるわけでもない。
それでも、ひよりは確かに誰かを救っていた。
オレは器具庫へ近づいた。
真嶋がすぐに振り向く。
「近づきすぎるな」
「装置の規模は分かりますか?」
「外から見える範囲だけなら、体育館全体を破壊するほどではないと思う」
真嶋は苦い表情で続けた。
「だが、器具庫周辺は危険だ。中の器具や扉が飛べば、破片もかなり広く散る」
「器具庫から距離を取れば、生き残れる可能性は上がる」
「断言はできん」
「今は断言を求めている状況じゃありません」
真嶋は唇を強く結んだ。
その時、鬼龍院が口を開いた。
「これは本命ではないだろう」
真嶋が彼女を見る。
「どういう意味だ?」
鬼龍院は赤い表示から視線を動かさず答えた。
「ここへ置いた目的は、大勢を一度に傷つけることではない。
体育館から生徒を追い出し、別の場所へ移動させるための仕掛けだ」
坂柳も静かに頷く。
「私も同感です。山内くんが一度の爆発ですべてを終わらせたいなら、
ここまで回りくどいことはしないでしょう」
坂柳は体育館の出入口へ目を向けた。
「彼が望んでいるのは恐怖の連鎖です。体育館から生徒を追い出し、
移動した先でまた次の問題を与えるつもりなのかもしれません」
オレも同じ可能性を考えていた。
体育館から外へ出た生徒は、別の安全区域へ移動する。
だが、その先にも新たな仕掛けが用意されているとしたらどうなる。
安全だと信じる。
危険を発見する。
次の場所へ逃げる。
そして、そこでもまた恐怖を与えられる。
その繰り返しで、山内は学校全体を巨大な迷路へ変えようとしている。
「南雲先輩」
オレは壇上付近にいる南雲へ声をかけた。
南雲はすぐにこちらへ顔を向ける。
「何だ、綾小路」
「避難先を確認するため、三年生の情報収集班を先行させてください。
体育館から逃げた先に、次の仕掛けがある可能性があります」
南雲は一瞬だけ目を細めた。
すぐに意図を理解したのか、僅かに笑う。
「逃げた場所に次の爆弾か。確かに悪趣味な考えだな」
南雲は即座に三年生へ指示を出した。
「北棟班は先行しろ!食堂方面は一度避け、
校舎外周と中庭を優先して確認する!
怪しい物を見つけても絶対に触るな!位置と外見だけを共有しろ!」
統制された三年生たちが、一斉に体育館を離れていく。
こうした局面では、人数そのものが力になる。
一人の優秀な人間だけでは、学校全体の確認はできない。
今の南雲には、多数の人間を迷いなく動かせるだけの力があった。
その時、体育館の裏側から大きな音が響いた。
生徒たちが一斉に悲鳴を上げる。
しかし、爆発ではなかった。
龍園たちが、搬入口の扉を力ずくでこじ開けた音だった。
「開いたぞ!」
石崎の声が響く。
龍園は制服についた埃を払いながら戻ってきた。
「裏口は使える。ただし、外へ出た先の通路は狭い。一度に大勢を流すな」
「十分だ」
オレは頷いた。
これで避難経路は正面と裏口の二つになった。
さらに、体育館内で器具庫から離れて待機する者を加えれば、
流れを三つに分散できる。
表示は既に、残り五分余りを示していた。
体育館全体へ、さらに強い緊張が走る。
一之瀬が声を張った。
「正面入口は負傷者と一年生を優先します!
歩ける人は左右へ分かれてください!
裏口は二年生と三年生の一部が使います!絶対に走らないで!」
茶柱も続けて怒鳴る。
「列を乱すな!前の人間を押した者は、その場で移動を止める!」
その怒声が体育館へ響いた、まさに次の瞬間だった。
――ドゴォォォォンッ!!!!
腹の底を殴りつけられるような爆音が、校舎全体を揺るがした。
体育館の窓ガラスが激しく震え、天井の照明が軋み、床が地震のように跳ねる。
数秒遅れて、遠くの校舎側から黒煙が吹き上がるのが見えた。
2年Bクラスのある校舎棟。
複数の窓が内側から爆散した。
ガシャァァァンッ!!
火炎と破片が外へ噴き出し、赤黒い炎が教室内部を舐め回すように広がっていく。
爆風でカーテンが燃え上がり、砕けた机や紙片が火の粉と共に空へ舞った。
体育館の生徒たちは、まるで時間が止まったようにその光景を見つめる。
至るところから泣き声と怒号が上がった。
「あああああぁぁぁぁっ!!」
その一声で、体育館全体が崩壊した。
「嫌だ!」
「死ぬ!本当に死ぬって!」
「次はここなんだろ!?」
恐怖が一瞬で伝染していく。
出口へ走ろうとする生徒もいれば、その場へ座り込んで泣き出す者もいる。
耳を塞いだまま身体を震わせる一年生もいた。
爆発の衝撃で、天井から吊り下げられた照明は今も大きく揺れ続けている。
体育館そのものが崩れ落ちるのではないかという錯覚が、
全員の恐怖をさらに膨らませていた。
軽井沢は顔を青ざめさせながら叫ぶ。
「みんな、押さないで!」
しかし、その声は恐怖の波に飲み込まれそうになる。
櫛田も泣き出しそうな顔で、必死に周囲へ呼びかけていた。
「大丈夫だから!一度止まって!」
それでも、人間は実際の爆発を目にした瞬間、理性よりも本能へ従う。
つい先ほどまで残っていた、もしかすれば助かるかもしれないという希望が、
炎に包まれた校舎を見たことで一気に崩れ落ちたのだ。
解除できなければ、本当に何かが壊れる。
その事実を、誰もが理解してしまった。
坂上は入口で生徒を捌き、星之宮は動けない負傷者へ肩を貸している。
平田は男子生徒たちを使いながら通路を維持し、
軽井沢と櫛田は恐怖に支配された女子生徒たちを支えていた。
ひよりは泣き出した下級生を立たせ、南雲は三年生へ指示を飛ばし続ける。
龍園は裏口側で流れを乱そうとする生徒を睨み、
鬼龍院は周囲の新たな違和感を探し続けていた。
坂柳は全体を俯瞰し、堀北は崩れ始めた列を一つずつ正している。
オレは、器具庫の表示へ目を向けた。
【00:04:07】
今の流れが維持できれば、大半の生徒は危険が集中する場所から離れられる。
だが、全員ではない。
体育館の中央付近で、一人の女子生徒が床へ座り込んでいた。
恐怖で足に力が入らなくなり、立ち上がれないらしい。
一之瀬がそれに気づき、駆け寄ろうとした。
しかし、移動する生徒たちの流れが邪魔をして前へ進めない。
「待って!」
一之瀬が叫ぶ。
堀北も動こうとする。
その瞬間、龍園が苛立たしげに舌打ちした。
「石崎!」
「はい!?」
「あいつを運べ!」
「え、俺が!?」
「早くしろ!」
石崎は顔を引き攣らせながらも、すぐに女子生徒へ向かって走り始めた。
だが途中で別の生徒とぶつかり、足を止められる。
残り時間は、既に三分台へ入っていた。
まずい。
オレが動こうとした時、それより先に平田が走っていた。
「大丈夫!」
平田は女子生徒の前へしゃがみ込み、落ち着いた声で尋ねる。
「立てる?」
「無理……足が動かない……」
「分かった。じゃあ、僕が運ぶ」
平田は迷うことなく女子生徒を抱き上げた。
その顔にも恐怖はある。
それでも、誰かが困っていると分かれば身体が先に動く。
それが平田洋介という人間の本質だった。
「道を空けて!」
軽井沢が周囲へ叫ぶ。
「平田くんを通して!」
櫛田も声を張った。
「お願い、そこを空けて!」
周囲の生徒たちが、僅かずつ道を作る。
平田は走ることなく、
それでも可能な限り速い歩調で女子生徒を運び、器具庫から距離を取った。
表示は、残り二分余りまで減っている。
器具庫周辺には、ほとんど人が残っていなかった。
それでも真嶋だけは、最後まで装置の前へ残っていた。
「先生」
オレは声をかける。
「もう離れてください」
「最後まで状態を確認する必要がある」
「今は生き残る方が先です」
真嶋は悔しそうに顔を歪めた。
教師として、危険なものを放置して逃げることへ強い抵抗があるのだろう。
だが、知識も手段もない状態で残り続けても、できることには限界がある。
茶柱も遠くから叫んだ。
「真嶋!下がれ!」
真嶋は歯を食いしばり、ようやく器具庫から離れた。
残り時間が一分半を切ると、体育館の空気は極限まで張り詰めた。
もう大声を出す者はいない。
誰もが指示された場所へ移動し、器具庫から少しでも遠ざかろうとしている。
ただ離れ、ただ時間が過ぎるのを待ち、何も起きないことを祈るしかなかった。
一之瀬は最後まで避難列の後方に残っている。
「もう少しだから!あと少し進んで!」
軽井沢が不安そうに叫んだ。
「一之瀬さんも早く来て!」
「うん!」
それでも一之瀬が動けない生徒を確認しようとすると、堀北が彼女の腕を掴んだ。
「あなたが残ってどうするの」
「でも、まだ誰かが――」
「いいから来なさい!」
堀北は珍しく、強引に一之瀬の腕を引いた。
一之瀬は驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いて堀北とともに移動した。
表示は残り一分を切っている。
全員が器具庫から可能な限り距離を取った。
しかし、体育館内にはまだ多くの生徒が残っている。
完全な避難は不可能だった。
真嶋の判断通り、被害が器具庫周辺だけに留まることを信じるしかない。
その時、山内の声が放送から響いた。
『へぇ。意外とやるじゃん』
誰も答えない。
『でもさ、安全だと思った場所に危険があるって分かった時、どんな気分だった?』
山内は楽しそうに問いかける。
『怖かっただろ?なあ、怖かったよな?』
池が拳を握り締める。
須藤も歯を食いしばり、スピーカーを睨んでいた。
『俺は、ずっと怖かったよ』
山内の声から、一瞬だけ笑いが消えた。
『明日がなくなるって分かった時も、学校から消えるって決まった時も、
誰にも必要とされてないって気づいた時も、ずっと怖かった』
声が僅かに揺れた。
だが、それはすぐに乾いた笑いへ戻る。
『だから、まだ終わりじゃない。これは始まりだ』
残り時間が十秒を切った。
体育館全体が息を止めたように静まり返る。
泣いている者がいる。
目を閉じ、耳を塞いでいる者もいる。
誰もが、それぞれの方法で訪れる瞬間へ耐えようとしていた。
――次の瞬間。
轟音が、体育館そのものを内側から殴りつけた。
ドゴォォォォォォンッ!!!!
器具庫の鉄扉が爆風で外側へ吹き飛び、
まるで紙切れのように宙を回転しながら床へ叩きつけられる。
衝撃波が空気を圧縮し、体育館全体の窓ガラスが一斉にビリビリと悲鳴を上げた。
爆風に押し出された大量のマットや支柱が弾け飛び、
床を滑る金属音が耳を裂くように響き渡る。
白煙が一気に噴き出し、器具庫周辺を濁流のように飲み込んだ。
視界が真っ白に染まり、熱気を帯びた風が生徒たちの髪と制服を激しく揺らす。
女子生徒の悲鳴が重なり、誰かが転倒し、
床へ滑った破片が火花を散らしながら体育館中央まで飛んでくる。
天井から吊り下げられていた照明が大きく揺れ、埃が雪のように降り注いだ。
火薬の焦げ臭さが一瞬で館内へ充満し、
喉を焼くような刺激臭に何人もの生徒が激しく咳き込む。
器具庫の内部では、吹き飛ばされた棚が横倒しになり、
燃え始めたマットの炎が赤黒く煙を上げていた。
つい数分前まで避難区域だった体育館は、
爆発によって完全に戦場のような光景へ変わっていた。
悲鳴と怒号が交錯し、耳鳴りによって周囲の声が遠く聞こえる。
それでも、体育館そのものが崩れることはなかった。
危険が及んだ範囲は限定されている。
真嶋の判断は正しかった。
いや、正確には山内が最初から、その程度の規模に調整していたのだろう。
全員を消すためではない。
恐怖を心へ刻み込むための爆発だった。
「怪我人を確認しろ!」
煙の中で、茶柱の声が響く。
「全員、勝手に動くな!負傷した者は声を出せ!」
星之宮も、涙を浮かべながら叫んでいた。
「大丈夫!?痛いところがある人は手を上げて!」
一之瀬もすぐに立ち上がり、周囲を見回す。
「みんな、大丈夫!?」
平田は抱えていた女子生徒を安全な場所へ下ろし、
他に倒れている者がいないか確認している。
軽井沢は咳き込みながらも、近くにいた女子生徒の手を離さなかった。
櫛田は顔を青ざめさせながら、必死に周囲を安心させる表情を作ろうとしている。
煙の向こうでは、龍園が燃える器具庫を見ながら笑っていた。
「やっぱり、全滅させるつもりじゃなかったか。悪趣味な野郎だ」
坂柳は静かに首を横へ振った。
「いいえ、単なる脅しではありません。これは警告です」
オレも同じことを考えていた。
山内には、本当に多くの人間を巻き込むことができる。
だが、今回はそうしなかった。
理由は簡単だった。
この学校へいる人間を、まだ長く苦しめるためだ。
体育館の危機は終わった。
しかし、十二時間という制限時間は、まだ始まったばかりだった。
そして再び、校内放送が起動する。
ノイズの後に、山内の声が響いた。
『第二問、合格』
山内は満足そうに笑う。
『じゃあ、次へ行こうか』
体育館にいる全員が、スピーカーへ顔を向ける。
『北棟三階。そこには、誰かが踏んだまま動けなくなってる仕掛けがある』
体育館の空気が再び凍りついた。
『動けない生徒が一人。制限時間は二十分』
山内は楽しむように、ゆっくりと言葉を続ける。
『助けるか、見捨てるか。お前らの実力で選べよ』
そこで放送は切れた。
爆発の煙が残る体育館で、誰もすぐには言葉を発することができなかった。
安全地帯は、既に崩壊した。
そして山内春樹が用意した試験は、さらに次の段階へ進もうとしていた。
一日一話で三作品を投稿するのは多いですか?
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いいぞ、どんどんやれ
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多い!読みきれない