実力教室大爆破   作:EXTERMINATION

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第三話 安全地帯崩壊

器具庫から鳴り続ける電子音は、

先ほど教室で聞いたものよりも遥かに大きく感じられた。

 

実際の音量に、それほど違いはないのかもしれない。

 

だが、今ここにいる人数が違う。

 

体育館の床には数百人の生徒が集まり、

その中には教師や負傷者、泣き崩れている者、友人の手を離せずにいる者もいる。

 

そして多くの人間が、ようやくこの場所なら安全かもしれないと信じかけていた。

 

その全員の前で、赤い表示が容赦なく時間を減らしている。

 

【00:09:42】

 

既に十分を切っている。

 

その事実が、体育館全体を一瞬で凍りつかせた。

 

「嘘……」

 

誰かが、小さく呟いた。

 

その声が、恐怖の導火線になった。

 

「ここは安全だって言ったじゃん!」

「本当に爆弾があるの!?」

「逃げろ!」

「早く外へ出ないと!」

 

一人の生徒が立ち上がる。

それに引きずられるように、周囲の生徒たちも次々と腰を上げた。

体育館の床へ座っていた大勢の視線が、正面入口へ集中する。

この人数が一斉に入口へ殺到すれば、装置が作動するより先に事故が起きる。

 

オレがそう判断したのと、ほぼ同時だった。

 

「動くな!」

 

茶柱の怒声が、体育館全体を叩いた。

鋭く重い声によって、何人かの生徒が反射的に足を止める。

茶柱は壇上近くまで進み、逃げようとする生徒たちを睨みつけた。

 

「今ここで走れば、誰かが転ぶ。転んだ人間は後ろから踏まれる。

押し合いになれば、装置が動く前に死人が出る。

自分たちのパニックで仲間を傷つけるつもりか!」

 

その言葉で、体育館の動きが一瞬止まった。

だが、恐怖そのものが消えたわけではない。

 

入口付近の男子生徒が、震えながら叫ぶ。

 

「でも、ここにいたら爆発するんだろ!?」

「逃げなきゃ死ぬじゃないですか!」

「早く行かせてくれよ!」

 

その声に煽られ、周囲の人間も再び揺れ始める。

 

そこで一之瀬が壇上へ駆け上がった。

彼女は乱れた呼吸を押さえながら、体育館全体へ向けて声を張る。

 

「みんな、聞いて!逃げること自体は間違ってない。

でも、今すぐ全員が走ったら、絶対に怪我をする人が出る!」

 

一之瀬は必死に続けた。

 

「先生たちと私たちで順番を決めて誘導するから、お願い。勝手に走らないで!」

 

一之瀬の声は、茶柱の命令とは違う。

強制するのではなく、相手へ呼びかける声だった。

 

それが届く人間もいる。

 

立ち上がりかけていた女子生徒が足を止め、

別の生徒は友人の腕を掴んで「少し待とう」と言った。

 

茶柱の厳しさと、一之瀬の優しさ。

 

その両方があったことで、群衆は崩壊寸前のところで辛うじて踏みとどまった。

 

「三年、動け!」

 

今度は南雲の声が飛んだ。

 

彼は既に状況を把握し、次の行動へ切り替えている。

 

「正面入口を三列に分けろ!負傷者と一年生を優先し、

二年生は中央で待機させろ!三年生は壁際を通って外へ出て、通路を確保しろ!」

 

指示は速く、内容も具体的だった。

 

三年生たちの反応も早い。

 

普段から南雲に統率されているだけあり、

不満を口にする者がいても、今は誰も命令そのものには逆らわなかった。

 

生徒会長という肩書きではなく、実際に多数の人間を動かす力がそこにある。

 

「坂上先生!」

 

南雲が叫ぶ。

 

「正面入口の誘導をお願いします!」

「分かった!」

 

坂上はすぐに入口へ走った。

 

「動ける男子は手を貸せ!負傷者を最優先で外へ出す!」

 

星之宮は泣き崩れている生徒の肩を支え、必死に立ち上がらせようとしていた。

 

「大丈夫だからね。立てそう?無理なら私に体重を預けていいから」

 

普段の軽い口調は消えている。

それでも、彼女の持つ柔らかさまでは失われていなかった。

 

真嶋は器具庫の前に残り、赤い表示と装置の外観を慎重に確認している。

鬼龍院はその横で、まるで冷静に盤面を見るような目をしていた。

 

堀北がオレの隣へ来る。

 

「どうするの?」

「この人数を全員外へ出すには時間が足りない」

「もう十分もないものね」

「入口で流れが詰まれば、それだけで終わる」

 

すると坂柳が、少し離れた場所から静かに口を開いた。

 

「問題は、それだけではありません」

 

彼女は杖の先を床へ軽くつき、器具庫へ視線を向ける。

 

「山内くんは、この仕掛けを完全に隠そうとはしませんでした」

 

堀北が問い返す。

 

「どういう意味?」

「本当に多くの人間を巻き込みたいだけなら、

もっと見つかりにくい場所へ置けばよかったはずです。

しかし彼は、鬼龍院先輩ほどの観察力があれば気づける違和感を残した」

 

坂柳は小さく微笑む。

 

「つまり、これは一つの問題です。

限られた時間の中で、ここへ集まった人間をどう救うのか。

彼は、それを見ようとしているのでしょう」

 

堀北の顔が不快そうに歪んだ。

 

「本当に悪趣味ね」

「ええ。ただし、彼がこちらの行動を見たいと考えているなら、

その性質を利用することもできます」

「利用する?」

「山内くんへ見せる動きと、実際に人を救うための動きを分ければいいのです」

 

オレは坂柳を見る。

 

彼女もこちらを見ていた。

 

考えている方向は近い。

 

「避難の流れを二重にする」

 

オレが言うと、堀北がすぐに反応した。

 

「外へ出す流れを作りながら、体育館内でも器具庫から距離を取らせるということ?」

「そうだ。全員を外へ出すことだけに拘らず、危険が集中する場所から離せばいい」

「でも、どれくらい離せば安全なのか分からないわ」

「だから真嶋先生に、装置の規模を判断してもらう必要がある」

 

オレは器具庫へ目を向けた。

真嶋は装置を観察しているが、直接触ろうとはしていない。

解除手順の分からないものを不用意に扱わないのは当然だった。

 

「龍園」

 

オレは少し離れた場所にいる龍園へ声をかけた。

龍園は壁へ背中を預け、退屈そうに見せながら周囲を観察している。

 

「何だ」

「体育館裏の搬入口は使えるか?」

 

龍園は口角を上げた。

 

「さっき確認した。鍵はかかってるが、扉そのものは壊れてねぇ」

「開けられるか?」

「誰に聞いてんだ」

 

龍園が笑うと、後ろにいた石崎が顔を引き攣らせた。

 

「え、俺らが行くんすか?」

「当たり前だろ」

「でも、ここに爆弾があるんすよ!?」

「だから急ぐんだよ」

 

伊吹が呆れたように龍園を見る。

 

「相変わらず頭がおかしいわね」

「褒めんな」

「褒めてない」

 

龍園はアルベルトへ顎をしゃくった。

 

「行くぞ」

 

体育館の裏口が使えるようになれば、避難経路は一つ増える。

正面入口だけへ集中している流れを分散できれば、

それだけで事故が起こる可能性は下がる。

 

「堀北」

「何?」

「一之瀬、軽井沢、櫛田、平田へ伝えろ。避難する生徒を三つに分ける」

 

オレは可能な限り簡潔に説明した。

 

「負傷者は正面入口へ向かわせる。

歩ける生徒は左右へ分けて待機させ、

恐怖が強くて動けない者は教師と一之瀬の近くへ集める」

 

堀北はすぐに頷いた。

 

「あなたはどうするの?」

「真嶋先生と一緒に、危険が及ぶ範囲を確認する」

「……無茶はしないで」

 

堀北が珍しく、そんな言葉を口にした。

 

オレは一瞬だけ彼女を見る。

 

「努力する」

「信用できない返事ね」

 

堀北はそう言い残し、体育館中央へ走っていった。

平田は男子生徒たちを集め、通路を確保しようとしている。

 

「椅子や荷物を壁際へ寄せて!人が通れる幅を作って、前の人との間隔も空けよう!」

 

軽井沢は女子生徒たちの間を動き回っていた。

 

「立てる人は手を上げて!無理ならそのまま座ってていいから、

勝手に走らないで!置いていったりしないから!」

 

声は震えている。

それでも、相手へ届いていた。

普段の強気な口調が、今は逆に周囲へ安心感を与えている。

 

櫛田は泣いている生徒の前へしゃがみ、両手でその手を包み込んでいた。

 

「怖いよね。分かるよ。でも今、一緒に動けたら助かるから。私と一緒に行こう?」

 

相手の目を見て、自分は見捨てられていないと思わせる。

それは櫛田が持つ大きな強みだった。

 

体育館の壁際には、椎名ひよりもいた。

ひよりは震えて動けなくなっている下級生の隣へ座り、落ち着いた声で話しかけている。

 

「大丈夫です。今、先生や先輩たちが動いてくれていますから、

まずは呼吸をゆっくり整えましょう」

 

彼女は大声を出さず、慌ただしく走り回りもしない。

ただ隣に座り、相手の呼吸へ自分の声を重ねていく。

身体能力が高いわけでも、装置を止められるわけでもない。

それでも、ひよりは確かに誰かを救っていた。

 

オレは器具庫へ近づいた。

真嶋がすぐに振り向く。

 

「近づきすぎるな」

「装置の規模は分かりますか?」

「外から見える範囲だけなら、体育館全体を破壊するほどではないと思う」

 

真嶋は苦い表情で続けた。

 

「だが、器具庫周辺は危険だ。中の器具や扉が飛べば、破片もかなり広く散る」

「器具庫から距離を取れば、生き残れる可能性は上がる」

「断言はできん」

「今は断言を求めている状況じゃありません」

 

真嶋は唇を強く結んだ。

その時、鬼龍院が口を開いた。

 

「これは本命ではないだろう」

 

真嶋が彼女を見る。

 

「どういう意味だ?」

 

鬼龍院は赤い表示から視線を動かさず答えた。

 

「ここへ置いた目的は、大勢を一度に傷つけることではない。

体育館から生徒を追い出し、別の場所へ移動させるための仕掛けだ」

 

坂柳も静かに頷く。

 

「私も同感です。山内くんが一度の爆発ですべてを終わらせたいなら、

ここまで回りくどいことはしないでしょう」

 

坂柳は体育館の出入口へ目を向けた。

 

「彼が望んでいるのは恐怖の連鎖です。体育館から生徒を追い出し、

移動した先でまた次の問題を与えるつもりなのかもしれません」

 

オレも同じ可能性を考えていた。

体育館から外へ出た生徒は、別の安全区域へ移動する。

だが、その先にも新たな仕掛けが用意されているとしたらどうなる。

 

安全だと信じる。

 

危険を発見する。

 

次の場所へ逃げる。

 

そして、そこでもまた恐怖を与えられる。

 

その繰り返しで、山内は学校全体を巨大な迷路へ変えようとしている。

 

「南雲先輩」

 

オレは壇上付近にいる南雲へ声をかけた。

南雲はすぐにこちらへ顔を向ける。

 

「何だ、綾小路」

「避難先を確認するため、三年生の情報収集班を先行させてください。

体育館から逃げた先に、次の仕掛けがある可能性があります」

 

南雲は一瞬だけ目を細めた。

 

すぐに意図を理解したのか、僅かに笑う。

 

「逃げた場所に次の爆弾か。確かに悪趣味な考えだな」

 

南雲は即座に三年生へ指示を出した。

 

「北棟班は先行しろ!食堂方面は一度避け、

校舎外周と中庭を優先して確認する!

怪しい物を見つけても絶対に触るな!位置と外見だけを共有しろ!」

 

統制された三年生たちが、一斉に体育館を離れていく。

 

こうした局面では、人数そのものが力になる。

一人の優秀な人間だけでは、学校全体の確認はできない。

今の南雲には、多数の人間を迷いなく動かせるだけの力があった。

 

その時、体育館の裏側から大きな音が響いた。

 

生徒たちが一斉に悲鳴を上げる。

 

しかし、爆発ではなかった。

 

龍園たちが、搬入口の扉を力ずくでこじ開けた音だった。

 

「開いたぞ!」

 

石崎の声が響く。

 

龍園は制服についた埃を払いながら戻ってきた。

 

「裏口は使える。ただし、外へ出た先の通路は狭い。一度に大勢を流すな」

「十分だ」

 

オレは頷いた。

 

これで避難経路は正面と裏口の二つになった。

さらに、体育館内で器具庫から離れて待機する者を加えれば、

流れを三つに分散できる。

 

表示は既に、残り五分余りを示していた。

体育館全体へ、さらに強い緊張が走る。

 

一之瀬が声を張った。

 

「正面入口は負傷者と一年生を優先します!

歩ける人は左右へ分かれてください!

裏口は二年生と三年生の一部が使います!絶対に走らないで!」

 

茶柱も続けて怒鳴る。

 

「列を乱すな!前の人間を押した者は、その場で移動を止める!」

 

その怒声が体育館へ響いた、まさに次の瞬間だった。

 

――ドゴォォォォンッ!!!!

 

腹の底を殴りつけられるような爆音が、校舎全体を揺るがした。

体育館の窓ガラスが激しく震え、天井の照明が軋み、床が地震のように跳ねる。

数秒遅れて、遠くの校舎側から黒煙が吹き上がるのが見えた。

 

2年Bクラスのある校舎棟。

複数の窓が内側から爆散した。

 

ガシャァァァンッ!!

 

火炎と破片が外へ噴き出し、赤黒い炎が教室内部を舐め回すように広がっていく。

爆風でカーテンが燃え上がり、砕けた机や紙片が火の粉と共に空へ舞った。

体育館の生徒たちは、まるで時間が止まったようにその光景を見つめる。

 

至るところから泣き声と怒号が上がった。

 

「あああああぁぁぁぁっ!!」

 

その一声で、体育館全体が崩壊した。

 

「嫌だ!」

「死ぬ!本当に死ぬって!」

「次はここなんだろ!?」

 

恐怖が一瞬で伝染していく。

 

出口へ走ろうとする生徒もいれば、その場へ座り込んで泣き出す者もいる。

耳を塞いだまま身体を震わせる一年生もいた。

 

爆発の衝撃で、天井から吊り下げられた照明は今も大きく揺れ続けている。

体育館そのものが崩れ落ちるのではないかという錯覚が、

全員の恐怖をさらに膨らませていた。

 

軽井沢は顔を青ざめさせながら叫ぶ。

 

「みんな、押さないで!」

 

しかし、その声は恐怖の波に飲み込まれそうになる。

 

櫛田も泣き出しそうな顔で、必死に周囲へ呼びかけていた。

 

「大丈夫だから!一度止まって!」

 

それでも、人間は実際の爆発を目にした瞬間、理性よりも本能へ従う。

 

つい先ほどまで残っていた、もしかすれば助かるかもしれないという希望が、

炎に包まれた校舎を見たことで一気に崩れ落ちたのだ。

 

解除できなければ、本当に何かが壊れる。

 

その事実を、誰もが理解してしまった。

 

坂上は入口で生徒を捌き、星之宮は動けない負傷者へ肩を貸している。

平田は男子生徒たちを使いながら通路を維持し、

軽井沢と櫛田は恐怖に支配された女子生徒たちを支えていた。

ひよりは泣き出した下級生を立たせ、南雲は三年生へ指示を飛ばし続ける。

龍園は裏口側で流れを乱そうとする生徒を睨み、

鬼龍院は周囲の新たな違和感を探し続けていた。

坂柳は全体を俯瞰し、堀北は崩れ始めた列を一つずつ正している。

 

オレは、器具庫の表示へ目を向けた。

 

【00:04:07】

 

今の流れが維持できれば、大半の生徒は危険が集中する場所から離れられる。

 

だが、全員ではない。

 

体育館の中央付近で、一人の女子生徒が床へ座り込んでいた。

 

恐怖で足に力が入らなくなり、立ち上がれないらしい。

 

一之瀬がそれに気づき、駆け寄ろうとした。

しかし、移動する生徒たちの流れが邪魔をして前へ進めない。

 

「待って!」

 

一之瀬が叫ぶ。

 

堀北も動こうとする。

その瞬間、龍園が苛立たしげに舌打ちした。

 

「石崎!」

「はい!?」

「あいつを運べ!」

「え、俺が!?」

「早くしろ!」

 

石崎は顔を引き攣らせながらも、すぐに女子生徒へ向かって走り始めた。

だが途中で別の生徒とぶつかり、足を止められる。

 

残り時間は、既に三分台へ入っていた。

 

まずい。

 

オレが動こうとした時、それより先に平田が走っていた。

 

「大丈夫!」

 

平田は女子生徒の前へしゃがみ込み、落ち着いた声で尋ねる。

 

「立てる?」

「無理……足が動かない……」

「分かった。じゃあ、僕が運ぶ」

 

平田は迷うことなく女子生徒を抱き上げた。

 

その顔にも恐怖はある。

 

それでも、誰かが困っていると分かれば身体が先に動く。

それが平田洋介という人間の本質だった。

 

「道を空けて!」

 

軽井沢が周囲へ叫ぶ。

 

「平田くんを通して!」

 

櫛田も声を張った。

 

「お願い、そこを空けて!」

 

周囲の生徒たちが、僅かずつ道を作る。

 

平田は走ることなく、

それでも可能な限り速い歩調で女子生徒を運び、器具庫から距離を取った。

 

表示は、残り二分余りまで減っている。

器具庫周辺には、ほとんど人が残っていなかった。

それでも真嶋だけは、最後まで装置の前へ残っていた。

 

「先生」

 

オレは声をかける。

 

「もう離れてください」

「最後まで状態を確認する必要がある」

「今は生き残る方が先です」

 

真嶋は悔しそうに顔を歪めた。

教師として、危険なものを放置して逃げることへ強い抵抗があるのだろう。

だが、知識も手段もない状態で残り続けても、できることには限界がある。

 

茶柱も遠くから叫んだ。

 

「真嶋!下がれ!」

 

真嶋は歯を食いしばり、ようやく器具庫から離れた。

残り時間が一分半を切ると、体育館の空気は極限まで張り詰めた。

 

もう大声を出す者はいない。

 

誰もが指示された場所へ移動し、器具庫から少しでも遠ざかろうとしている。

ただ離れ、ただ時間が過ぎるのを待ち、何も起きないことを祈るしかなかった。

 

一之瀬は最後まで避難列の後方に残っている。

 

「もう少しだから!あと少し進んで!」

 

軽井沢が不安そうに叫んだ。

 

「一之瀬さんも早く来て!」

「うん!」

 

それでも一之瀬が動けない生徒を確認しようとすると、堀北が彼女の腕を掴んだ。

 

「あなたが残ってどうするの」

「でも、まだ誰かが――」

「いいから来なさい!」

 

堀北は珍しく、強引に一之瀬の腕を引いた。

一之瀬は驚いたように目を見開いたが、すぐに頷いて堀北とともに移動した。

 

表示は残り一分を切っている。

 

全員が器具庫から可能な限り距離を取った。

しかし、体育館内にはまだ多くの生徒が残っている。

 

完全な避難は不可能だった。

 

真嶋の判断通り、被害が器具庫周辺だけに留まることを信じるしかない。

 

その時、山内の声が放送から響いた。

 

『へぇ。意外とやるじゃん』

 

誰も答えない。

 

『でもさ、安全だと思った場所に危険があるって分かった時、どんな気分だった?』

 

山内は楽しそうに問いかける。

 

『怖かっただろ?なあ、怖かったよな?』

 

池が拳を握り締める。

 

須藤も歯を食いしばり、スピーカーを睨んでいた。

 

『俺は、ずっと怖かったよ』

 

山内の声から、一瞬だけ笑いが消えた。

 

『明日がなくなるって分かった時も、学校から消えるって決まった時も、

誰にも必要とされてないって気づいた時も、ずっと怖かった』

 

声が僅かに揺れた。

 

だが、それはすぐに乾いた笑いへ戻る。

 

『だから、まだ終わりじゃない。これは始まりだ』

 

残り時間が十秒を切った。

 

体育館全体が息を止めたように静まり返る。

 

泣いている者がいる。

 

目を閉じ、耳を塞いでいる者もいる。

 

誰もが、それぞれの方法で訪れる瞬間へ耐えようとしていた。

 

――次の瞬間。

 

轟音が、体育館そのものを内側から殴りつけた。

 

ドゴォォォォォォンッ!!!!

 

器具庫の鉄扉が爆風で外側へ吹き飛び、

まるで紙切れのように宙を回転しながら床へ叩きつけられる。

衝撃波が空気を圧縮し、体育館全体の窓ガラスが一斉にビリビリと悲鳴を上げた。

爆風に押し出された大量のマットや支柱が弾け飛び、

床を滑る金属音が耳を裂くように響き渡る。

白煙が一気に噴き出し、器具庫周辺を濁流のように飲み込んだ。

 

視界が真っ白に染まり、熱気を帯びた風が生徒たちの髪と制服を激しく揺らす。

女子生徒の悲鳴が重なり、誰かが転倒し、

床へ滑った破片が火花を散らしながら体育館中央まで飛んでくる。

天井から吊り下げられていた照明が大きく揺れ、埃が雪のように降り注いだ。

火薬の焦げ臭さが一瞬で館内へ充満し、

喉を焼くような刺激臭に何人もの生徒が激しく咳き込む。

器具庫の内部では、吹き飛ばされた棚が横倒しになり、

燃え始めたマットの炎が赤黒く煙を上げていた。

 

つい数分前まで避難区域だった体育館は、

爆発によって完全に戦場のような光景へ変わっていた。

 

悲鳴と怒号が交錯し、耳鳴りによって周囲の声が遠く聞こえる。

 

それでも、体育館そのものが崩れることはなかった。

 

危険が及んだ範囲は限定されている。

 

真嶋の判断は正しかった。

 

いや、正確には山内が最初から、その程度の規模に調整していたのだろう。

 

全員を消すためではない。

 

恐怖を心へ刻み込むための爆発だった。

 

「怪我人を確認しろ!」

 

煙の中で、茶柱の声が響く。

 

「全員、勝手に動くな!負傷した者は声を出せ!」

 

星之宮も、涙を浮かべながら叫んでいた。

 

「大丈夫!?痛いところがある人は手を上げて!」

 

一之瀬もすぐに立ち上がり、周囲を見回す。

 

「みんな、大丈夫!?」

 

平田は抱えていた女子生徒を安全な場所へ下ろし、

他に倒れている者がいないか確認している。

 

軽井沢は咳き込みながらも、近くにいた女子生徒の手を離さなかった。

櫛田は顔を青ざめさせながら、必死に周囲を安心させる表情を作ろうとしている。

煙の向こうでは、龍園が燃える器具庫を見ながら笑っていた。

 

「やっぱり、全滅させるつもりじゃなかったか。悪趣味な野郎だ」

 

坂柳は静かに首を横へ振った。

 

「いいえ、単なる脅しではありません。これは警告です」

 

オレも同じことを考えていた。

 

山内には、本当に多くの人間を巻き込むことができる。

 

だが、今回はそうしなかった。

 

理由は簡単だった。

 

この学校へいる人間を、まだ長く苦しめるためだ。

 

体育館の危機は終わった。

 

しかし、十二時間という制限時間は、まだ始まったばかりだった。

 

そして再び、校内放送が起動する。

 

ノイズの後に、山内の声が響いた。

 

『第二問、合格』

 

山内は満足そうに笑う。

 

『じゃあ、次へ行こうか』

 

体育館にいる全員が、スピーカーへ顔を向ける。

 

『北棟三階。そこには、誰かが踏んだまま動けなくなってる仕掛けがある』

 

体育館の空気が再び凍りついた。

 

『動けない生徒が一人。制限時間は二十分』

 

山内は楽しむように、ゆっくりと言葉を続ける。

 

『助けるか、見捨てるか。お前らの実力で選べよ』

 

そこで放送は切れた。

 

爆発の煙が残る体育館で、誰もすぐには言葉を発することができなかった。

 

安全地帯は、既に崩壊した。

 

そして山内春樹が用意した試験は、さらに次の段階へ進もうとしていた。

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