実力教室大爆破   作:EXTERMINATION

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第九話 爆炎からの逃走

中央管理棟から離れた旧実習棟は、

普段であれば生徒がほとんど近づかない場所だった。

 

そこには古い教材や使われなくなった備品、

設備更新のたびに行き場を失った機材が押し込められている。

高度育成高等学校の華やかな表側から切り離された、いわば学校の裏側だった。

 

しかし今、その地下倉庫では、赤い非常灯よりも不吉な光が明滅していた。

 

部屋の中央に鎮座しているのは、巨大な黒い装置だった。

通常の教室で見つかった仕掛けとは、明らかに規模が違う。

重々しい本体は床へ固定され、壁の内部を走る配線へ接続されていた。

その周囲にも複数の補助装置が配置されており、一つの機器ではなく、

地下倉庫全体を利用した巨大な構造物のように見える。

 

その装置を前にしていたのは、

七瀬翼、天沢一夏、宝泉和臣、宇都宮陸、椿桜子の五人だった。

 

七瀬は乱れかけた呼吸を整えながら、装置の全体像へ視線を巡らせた。

 

「……これが、本命に近い仕掛けの一つということですね」

 

声そのものは落ち着いていた。

 

だが、完全に平静でいられるはずもない。頬には汗が滲み、

装置を見つめる瞳にも隠しきれない緊張が宿っている。

 

天沢は七瀬の隣に立ち、いつものような軽い笑みを浮かべた。

 

「うわぁ。思ったよりずっと大きいねぇ」

 

装置の端から端まで眺めた後、場違いなほど軽い調子で続ける。

 

「これがまともに動いたら、旧実習棟がかなり大変なことになりそう」

 

「そんなことを軽く言わないでください」

 

七瀬が思わず睨むと、天沢は悪びれる様子もなく肩を竦めた。

 

「だって、深刻そうに言ったところで小さくなってくれるわけじゃないでしょ?」

 

二人の後方では、宝泉が壁へ背中を預けながら苛立たしげに舌打ちしていた。

 

「いつまで眺めてやがる。止められんのか、止められねぇのか、さっさとはっきりしろ」

 

宇都宮が冷ややかな視線を向ける。

 

「黙っていろ。お前が喚くたびに、こちらの判断が鈍る」

 

宝泉の目つきが一瞬で変わった。

 

「あ?今、何つった?」

 

宇都宮は一歩も退かない。

 

「耳まで悪いのか。邪魔だと言った」

 

その一言で、地下倉庫の空気が急激に張り詰めた。

 

宝泉の肩が僅かに動き、宇都宮も目を細める。

両者の間には、いつ拳が飛び出してもおかしくないほど剥き出しの敵意が生まれていた。

 

七瀬は慌てて二人の間へ割って入る。

 

「やめてください!今はそんなことをしている場合ではありません!」

 

宝泉は、自分よりずっと小柄な七瀬を見下ろした。

 

「どけ」

「どきません」

 

七瀬は真正面から言い返した。

 

「ここで二人が争えば、危険になるのは私たちだけではありません。

周囲にいる生徒たちまで巻き込まれるかもしれないんです」

 

宝泉が鋭い目で見つめてくる。

それでも七瀬は視線を逸らさなかった。

 

「それでも続けるつもりなら、先に私を押し退けてください」

 

怖くないわけではない。

それでも、七瀬の声にも姿勢にも震えはなかった。

宝泉はしばらく彼女を見下ろした後、つまらなそうに鼻を鳴らす。

 

「チッ。威勢だけは一人前だな」

 

宇都宮も宝泉から視線を外した。

 

「こんなことに時間を使う方が無駄だ」

 

少し離れた場所では、椿が携帯端末の画面と壁面へ残された設備図を見比べていた。

 

「喧嘩、終わった?」

 

感情の起伏をほとんど感じさせない声だった。

椿は四人の返答を待つことなく、装置の側面にある小さな表示へ目を向ける。

 

「終わったなら、本題に入った方がいいと思う」

 

天沢が楽しそうに笑った。

 

「椿ちゃんは相変わらずマイペースだねぇ」

「焦っても、見えるものは増えないから」

 

椿は淡々と答えた後、装置の側面から壁へ伸びる配線を指差した。

 

「これ、単純に時間だけで動くものじゃない。他の場所にある仕掛けとも繋がってる」

 

七瀬の表情が強張る。

 

「連動しているということですか?」

「たぶん」

 

椿は設備図へ目を落としたまま答える。

 

「これだけ止めても、別の場所が反応する可能性がある」

 

宇都宮が眉を寄せた。

 

「最初から、処理しようとした人間を引っかける構造ということか」

「その可能性は高い。でも、ここを放置すれば旧実習棟が危ない」

 

宝泉は巨大な本体を睨みつけた。

 

「結局、やるしかねぇんだろ」

 

天沢が軽く手を叩く。

 

「分かりやすくて助かるね。宝泉くんにも一度で伝わったみたい」

 

宝泉のこめかみが僅かに動いた。

 

「おい、天沢」

「冗談だよ。半分くらいは」

「天沢さんも煽らないでください!」

 

七瀬がすぐに釘を刺す。

 

天沢は楽しそうに笑っていたが、その目は既に装置の細部を追っていた。

軽口を叩きながらも、見るべきところは決して見落とさない。

 

それが天沢一夏という少女だった。

 

地下倉庫の中には、湿気と熱気の入り混じった嫌な空気がこもっている。

 

停電によって通常の照明は失われ、赤い非常灯だけが薄暗い室内を照らしていた。

壁には古い配線が這い、床には使われなくなった工具や部品が散乱している。

天井からは時折埃が落ち、遠くでは別の校舎から伝わってくる低い衝撃音が響いていた。

 

ここも安全な場所ではない。

 

むしろ、山内が学校中へ仕掛けた罠の中でも、

特に大きなものの一つだと考えるべきだった。

 

七瀬は深く息を吸い、自分を落ち着かせる。

 

「役割を分けましょう」

 

全員が七瀬へ視線を向ける。

 

「椿さんは、装置全体と他の場所との連動を確認してください。

天沢さんには、表示や周辺機器の細かい変化を見てもらいます。

宇都宮くんは、倉庫周辺の設備と退路の確認をお願いします」

 

そこまで一気に言った後、七瀬は宝泉を見る。

 

「宝泉くんは……」

 

宝泉が顎を上げる。

 

「何だ」

 

七瀬は僅かに言葉を選んでから続けた。

 

「重い物を動かす作業と、万が一の時に進路を開く役をお願いします」

 

宝泉の口元が、ほんの少しだけ歪んだ。

 

「最初から、そう言やいいんだよ」

 

宇都宮が冷たく言い放つ。

 

「考える必要のない役なら、お前には最適だな」

 

宝泉が即座に一歩踏み出した。

 

「テメェ、今ここで潰されてぇのか?」

 

宇都宮も視線を逸らさない。

 

「できるものなら、やってみろ」

 

再び空気が張り詰める。

七瀬は堪えきれず声を張り上げた。

 

「いい加減にしてください!」

 

その声は、地下倉庫の壁へ鋭く反響した。

普段の七瀬からは想像しにくいほど強い声だったため、

宝泉も宇都宮も僅かに動きを止める。

 

七瀬は二人を交互に睨んだ。

 

「あなたたちが互いを嫌っていることは分かっています。

でも今は、それより優先しなければならないことがあります」

 

彼女は巨大な装置へ目を向ける。

 

「ここで失敗すれば、被害を受けるのは私たちだけでは済みません。

だから、せめて今だけは協力してください」

 

先に視線を逸らしたのは宇都宮だった。

 

「……分かっている」

 

宝泉も不満そうに舌打ちする。

 

「命拾いしたな」

 

宇都宮が即座に返す。

 

「それはこちらの台詞だ」

「おい」

「はいはい、そこまでにしてね」

 

今度は天沢が二人の間へ軽く割って入った。

 

「続きは全員で生き残ってからにしようよ」

 

その時、椿が残り時間の表示へ目を向けた。

 

「残り十二分」

 

その一言によって、全員の顔つきが変わった。

巨大な装置を前にして、十二分という時間はあまりにも短い。

 

七瀬は全員を見回す。

 

「始めましょう」

 

それ以降、しばらくは誰も余計なことを口にしなかった。

 

椿は設備図と表示から必要な情報を拾い、

天沢は微細な変化を見逃さないよう周辺へ視線を走らせる。

宇都宮は壁際の設備を確認しながら、

異常が起きた場合に使える退路を頭へ入れていった。

宝泉は倒れた棚や重い機材を移動させ、装置の周囲に作業できる空間を確保する。

七瀬は全員の動きを把握し、情報を繋ぎ、

焦りによって判断が乱れそうになる空気を抑えていた。

 

五人は、それぞれ性格も能力も異なっている。

 

普段から信頼し合っているわけではなく、むしろ組み合わせとしては最悪に近い。

それでも今だけは、それぞれの長所が不思議なほど噛み合っていた。

 

「そこは触らない方がいい」

 

椿が装置を調べたまま告げる。

手を伸ばしかけていた宝泉の動きが止まった。

 

「俺に命令すんな」

「触ってもいいけど、何が起きても知らない」

「……チッ」

 

宝泉は素直に手を引く。

その様子を見ていた天沢が笑った。

 

「宝泉くん、意外と聞き分けがいいんだね」

「殺すぞ」

「今は困るかなぁ」

 

宇都宮が呆れたように低く言う。

 

「お前には緊張感というものがないのか」

 

天沢は振り向いた。

 

「ちゃんと緊張してるよ?」

「そうは見えない」

「顔に出にくいだけ」

 

そう答えた天沢は再び装置へ視線を戻した。

その横顔から、先ほどまで浮かんでいた軽い笑みが少しだけ消えている。

 

七瀬は、それを見逃さなかった。

 

天沢も理解している。

 

目の前にある装置が、本当に危険なものだということを。

彼女は恐怖を感じていないのではなく、冗談と笑顔で覆い隠しているだけなのだろう。

 

やがて、椿が小さく呟いた。

 

「分かった」

 

七瀬がすぐに反応する。

 

「構造が見えたんですか?」

「うん。たぶん、これだけを止めても意味がない」

 

椿は周辺の表示を見ながら説明した。

 

「本体より先に、他の場所との繋がりを切り離さないといけない。

順番を間違えると、別の仕掛けが反応する」

「では、本体はどうするんですか?」

「連動を外した後なら、止められると思う」

 

宝泉が露骨に顔をしかめた。

 

「面倒くせぇ仕組みだな」

 

宇都宮が冷たく返す。

 

「理解できないなら、黙って指示に従え」

 

宝泉が鋭く睨む。

 

「テメェ、マジで一発殴らせろ」

 

七瀬は二人の間へ両手を出した。

 

「だから!今は!喧嘩を!しないでください!」

 

一語ずつ区切るように強く言ったため、天沢が小さく笑う。

 

「七瀬ちゃん、すっかり先生みたいだね」

 

七瀬はすぐに天沢へ目を向ける。

 

「天沢さんも、人のことを言えません」

「はぁい」

 

その時、装置の表示が大きく切り替わった。

 

【00:05:00】

 

残り五分。

 

赤いランプの光が強くなり、地下倉庫全体へ低い電子音が鳴り始める。

 

七瀬の背筋を、冷たい感覚が走った。

 

「急ぎましょう」

 

椿が頷き、次々に指示を出していく。

 

「天沢さん、そちらの変化を見て」

「分かった」

「宇都宮くんは壁側の表示を確認して」

「既に見ている」

「宝泉くん、その箱を少しだけ動かして」

 

宝泉が不満そうに聞き返す。

 

「少しって、どれくらいだよ」

「大きく動かしすぎない程度」

「曖昧すぎんだろ」

「だったら好きに動かしてもいいけど」

 

椿が無表情のまま付け加える。

 

「何か起きるかもしれない」

「……チッ」

 

宝泉は苛立ちながらも、大柄な身体からは想像できないほど慎重に箱を動かした。

 

天沢が横目でその様子を眺める。

 

「へぇ。宝泉くん、意外と細かい作業もできるんだ」

「うるせぇ」

 

宇都宮が冷たく口を挟む。

 

「褒められて照れるな」

「誰が照れてんだ」

「耳が赤い」

「ぶっ殺すぞ」

「そこまでです!」

 

七瀬が即座に会話を止める。

 

それでも、その短いやり取りによって、張り詰めすぎていた空気がほんの少しだけ緩んだ。

 

極限状態の中では、互いを罵る会話すら、

五人の呼吸を合わせるためのリズムになり始めていた。

 

表示は容赦なく進んでいく。

 

【00:03:12】

 

残り三分。

 

椿の額には汗が浮かんでいた。

 

普段はほとんど表情を変えない彼女が、明らかな緊張と集中を見せている。

 

天沢も、もう笑ってはいなかった。

 

七瀬は浅くなりそうな呼吸を整え、

宇都宮は扉側と装置を交互に確認しながら退路を計算する。

 

宝泉は両拳へ力を込め、何かあればすぐに動けるよう身構えていた。

 

「あと少し」

 

椿が低く言う。

 

「次に、全体の反応を揃える」

 

宝泉が尋ねた。

 

「失敗したらどうなる?」

 

椿は感情を交えず答える。

 

「今から走っても、たぶん間に合わない」

 

地下倉庫へ、石のように重い沈黙が落ちた。

 

七瀬は一瞬だけ目を閉じる。

 

恐怖は消えない。

 

だが、それに支配されるわけにはいかなかった。

 

すぐに目を開き、強い声で言う。

 

「成功させます」

 

表示は残り一分を切ろうとしていた。

 

電子音の間隔が短くなり、焦燥感を煽るように室内へ響き続ける。

 

天沢が装置の一部を凝視した。

 

「今」

 

椿が頷く。

 

「宝泉くん」

「分かってる」

「宇都宮くん」

「問題ない」

「七瀬さん」

「はい」

 

五人の動きが、同じ瞬間へ重なった。

 

誰か一人だけの力ではない。

 

椿の判断。

天沢の観察力。

宇都宮の冷静さ。

宝泉の力と度胸。

 

そして、全員の動きを一つへ繋ぐ七瀬の統制。

 

普段なら反発し合うはずの五人の能力が、その瞬間だけ完全に噛み合っていた。

 

表示が残り十秒を示す。

 

電子音はさらに速くなり、

七瀬には自分の鼓動さえ耳の奥で大きく響いているように感じられた。

 

宝泉が苛立たしげに低く唸る。

 

「まだかよ」

 

宇都宮が鋭く言う。

 

「動くな」

 

天沢は装置を見つめたまま、小さく笑った。

 

「大丈夫」

 

残り時間が尽きる直前、椿が静かに告げる。

 

「今」

 

次の瞬間、赤い表示が消えた。

鳴り続けていた電子音も、同時に止まる。

地下倉庫へ、信じられないほど深い静寂が落ちた。

 

「……止まったんですか?」

 

七瀬が小さく呟く。

巨大な装置のランプはすべて消え、本体も完全に沈黙している。

 

一見すれば、処理は成功したように思えた。

しかし、その安堵は僅かな時間しか続かなかった。

壁の奥から、これまでとは異なる小さな音が聞こえてきた。

 

椿の顔色が変わる。

 

「違う」

 

彼女は壁面の表示へ視線を走らせた。

 

「別の場所が反応した」

 

天沢も瞬時に周囲を見回す。

 

「一つじゃない。複数あるね」

 

宇都宮が叫んだ。

 

「全員、ここから離れろ!」

 

その直後、旧実習棟の上階で凄まじい轟音が炸裂した。

 

旧実習棟の上階で、空気そのものが破裂したような轟音が炸裂した。

 

――ドオオオオォォォンッ!!

 

爆発の衝撃が建物全体を内側から殴りつけ、

地下倉庫の天井が悲鳴を上げるように激しく軋む。

 

次の瞬間、照明器具が大きく揺れ、固定金具が耐え切れずに砕け、

蛍光灯が火花を散らしながら床へ落下した。

 

天井の継ぎ目から大量の埃とコンクリート片が

雪崩のように降り注ぎ、地下空間が一瞬で白く濁る。

 

さらに遅れて、上階の床そのものが歪むような鈍い振動が伝わり、

棚に積まれていた古い備品が次々と崩れ落ちて激しい金属音を響かせた。

 

爆風で押し出された熱気が地下倉庫へ流れ込み、

焦げた木材と火薬の臭いが喉を焼くように広がっていく。

 

壁際の配管が震え、ボルトが弾け飛び、

赤い非常灯が不規則に点滅しながら地下空間を不気味に照らし出した。

 

その爆発は単なる一発ではない。

 

旧実習棟そのものが、

上から順番に崩れ始めている――そう錯覚するほど凶悪な揺れだった。

 

七瀬が大きくよろめく。

 

宝泉は反射的に彼女の腕を掴んだ。

 

「何してやがる!立て!」

「はい!」

 

――ドゴオオオォォォッ!!

 

鼓膜を殴り潰すような爆音が、旧実習棟の内部を真正面から貫いた。

次の瞬間、廊下側の扉が外側へ大きく膨らみ、

金属そのものが悲鳴を上げるように歪む。

扉の隙間から灼熱の爆風が一気に吹き込み、

赤黒い炎が獣の牙のように地下倉庫へ食らいついた。

熱気だけで皮膚が焼けるような感覚が走り、七瀬たちの髪と制服が激しく煽られる。

 

天井の蛍光灯が連続して破裂し、火花が雨のように降り注ぎ、

床へ散ったガラス片が爆風で一斉に跳ね上がった。

 

火災警報が耳を裂くような高音で鳴り響き、

倉庫の壁そのものが巨大な生き物の内臓のように軋みながら震える。

 

さらに遅れて、上階から重量物が崩れ落ちる轟音が響き、

コンクリートの粉塵が白煙となって地下空間へ雪崩れ込んできた。

 

壁際へ積まれていた古い机や棚が衝撃で横倒しになり、

鉄製ラックが床を滑る凄まじい金属音が地下倉庫中へ反響する。

 

炎の光が赤く明滅しながら地下通路を染め上げ、

その光景はまるで建物そのものが内側から焼き裂かれているようだった。

 

旧実習棟全体が、巨大な何かに噛み砕かれるように激しく震え続けていた。

 

「走れ!」

 

宇都宮が叫ぶ。

 

五人は一斉に地下倉庫を飛び出した。

 

廊下は既に白い煙で濁り、奥の壁には炎が広がり始めている。

天井からは細かな破片が降り続け、立ち止まって状況を確認する余裕もなかった。

 

宝泉が先頭へ出る。

 

「邪魔な物は俺がどかす!」

 

彼は倒れた棚を蹴り退け、通路へ飛び出していた古い机を肩で押しのけていく。

 

宇都宮が後方から怒鳴った。

 

「無闇に壊すな!退路まで塞がる!」

「うるせぇ!塞がったら、また開けりゃいい!」

「だから脳筋だと言っている!」

「テメェ、後で覚えてろ!」

 

罵り合いながらも、二人の動きは噛み合っていた。

宝泉が力で前方を切り開き、宇都宮が崩落と火の位置から安全な進路を選ぶ。

天沢は横から飛んできた破片を素早くかわしながら、七瀬の背中を押した。

 

「七瀬ちゃん、右!」

「はい!」

 

椿は走りながら携帯端末の表示を確認する。

 

「左の階段は駄目。そっちは熱が強すぎる」

 

宇都宮は迷わず進路を変更した。

 

「非常階段へ回る!」

 

その直後、背後の廊下で三度目の大きな爆発が起きた。

 

逃げ込んできたばかりの廊下側で、空気そのものが膨れ上がった。

 

――ゴォォォォォォンッ!!

 

轟音と同時に、廊下の奥から赤黒い爆炎が一気に噴き上がり、

まるで巨大な火竜が口を開いたように通路全体を飲み込んでいく。

 

爆風が床を猛スピードで走り抜け、

散乱していたガラス片や金属破片が弾丸のように壁へ叩きつけられ、

激しい火花が視界いっぱいに散った。

 

七瀬の長い髪が凄まじい熱風で後方へ引き千切られそうなほど煽られ、

背中へ突き刺さる灼熱に思わず息が止まりそうになる。

 

振り返る余裕などない。

だが見なくても分かった。

炎が、本当に追ってきている。

 

廊下の天井を舐め回しながら、赤い爆炎が生き物のようにうねり、

逃げる五人の背中へ牙を剥いて迫ってくる。

 

火災によって割れた窓ガラスが熱圧で次々と弾け飛び、

耳障りな破砕音が連続して地下通路へ反響した。

 

さらに天井配管が爆風で裂け、蒸気と火花が噴き出し、

白煙と炎が混ざり合った地獄のような熱波が通路全体を呑み込んでいく。

 

床そのものまで爆風で波打つように震え、

旧実習棟全体が内側から崩壊していく感覚が足裏を通して伝わってきた。

 

背後から迫る炎は、もはや単なる火災ではない。

獲物を追い立てる巨大な怪物そのものだった。

 

「急げ!」

 

宝泉が怒鳴った。

それは恐怖による悲鳴ではない。

生き残るために、全員を前へ進ませる声だった。

 

非常階段へ続く扉が見える。

 

しかし、その手前には崩れた大型ロッカーが横倒しになり、進路を塞いでいた。

 

宇都宮が顔を歪める。

 

「塞がっている!」

 

宝泉が前へ出た。

 

「どけ」

「無理だ。簡単に動かせる重さじゃない」

「無理かどうかは、俺が決める」

 

宝泉はロッカーへ両手をかけた。

 

全身へ力を込めると、床を擦る重い音とともに金属製のロッカーが僅かに動いた。

 

「おおおおおっ!」

 

完全に退かせることはできない。

それでも、人が一人ずつ通れるほどの隙間が生まれた。

 

宇都宮が叫ぶ。

 

「先に行け!七瀬、椿、天沢!」

 

七瀬は宝泉を見て躊躇した。

 

「宝泉くんはどうするんですか?」

「いいから行け!」

 

宝泉が怒鳴る。

天沢が七瀬の手を掴んだ。

 

「行こう」

「でも……!」

「宝泉くんは、あれくらいじゃ死なないよ」

「勝手に殺すんじゃねぇ!」

 

宝泉が叫び返す。

 

七瀬たちは順番に隙間を抜けていった。

宇都宮も続こうとした瞬間、天井の一部が崩れ、大きな破片が彼の進路へ落ちてくる。

 

「宇都宮くん!」

 

七瀬が叫ぶ。

 

宇都宮は反応したものの、完全には避けきれない。

その直前、宝泉が横から飛び込み、宇都宮の襟を掴んで力任せに引き倒した。

 

大きな破片が、二人の目の前へ激しい音を立てて落下する。

 

床へ転がった宇都宮は、僅かに息を呑んだ。

 

宝泉が上から見下ろす。

 

「貸し一つだな」

 

宇都宮は悔しそうに睨み返した。

 

「頼んだ覚えはない」

「死にかけてたくせに、口だけは元気だな」

「お前に助けられたという事実が、一番不愉快だ」

「なら、次は放っておいてやる」

「その前に、こちらがお前を見捨てる」

「上等だ」

 

二人は再び睨み合う。

 

その背後からは、既に炎と煙が迫っていた。

 

七瀬が悲鳴に近い声を上げる。

 

「喧嘩している場合ですか!」

 

宝泉と宇都宮は同時に舌打ちした。

 

そして、今度もほとんど同時に走り始める。

 

五人は非常階段へ飛び込んだ。

 

階段内部には煙が充満し、金属製の手すりも熱を帯びている。

足元には細かな破片が散らばり、急いで下りれば転倒する危険もあった。

 

それでも、立ち止まるという選択肢はない。

 

上階からは炎が流れ込むような音が聞こえ、

旧実習棟の廊下全体が燃え広がっていることを伝えていた。

 

天沢は段を飛ばしながら軽やかに進み、

椿は必要以上に速度を上げず、無駄のない動きで下りていく。

 

七瀬は息を切らしながらも遅れず、

宇都宮は足場の状態を確認しながら全体の進路を選んでいた。

 

宝泉は最後尾につき、

後方から落ちてくる小さな破片を肩や腕で受け流しながら進む。

 

やがて、一階出口の先に外の光が見えた。

 

ようやく建物の外へ出られる。

 

そう思った直後、旧実習棟の内部で、

空気そのものが弾けるような轟音が響いた。

旧実習棟の内部で、空気そのものが爆ぜた。

 

――ドオオオオオォォォォッッ!!

 

耳を引き裂くような轟音が階段内部を突き抜け、

次の瞬間、背後から真紅の爆炎が一気に噴き上がった。

 

炎は階段の踊り場を飲み込みながら猛烈な速度で駆け下り、

まるで灼熱の濁流のように五人へ襲いかかる。

 

圧縮された爆風が背中へ叩きつけられ、

空気が肺ごと押し潰されるような衝撃に七瀬の身体が前方へ吹き飛びかけた。

 

非常階段の鉄製手すりが熱で赤く軋み、

階段脇の窓ガラスが連続して粉砕され、

鋭い破片が火花を散らしながら宙へ舞い上がる。

 

炎の熱圧で天井の配線が次々と破裂し、

火花と黒煙が吹き出しながら通路全体を真っ赤に染め上げた。

 

壁際へ積もっていた埃や紙片が爆風で巻き上がり、

一瞬で燃え上がって、火の粉の嵐となって階段を流れ落ちてくる。

 

熱気はもはや熱いという次元ではなく、

皮膚そのものを焼き剥がそうとするほど凶暴で、

呼吸をするだけで喉の奥が焼けるように痛んだ。

 

さらに遅れて、上階部分が崩落する轟音が響き、

コンクリート片が階段を跳ねながら雪崩のように落下してくる。

 

背後から迫る爆炎は、

旧実習棟そのものが崩壊しながら吐き出した死そのものだった。

 

「飛べ!」

 

宇都宮の叫びに合わせ、五人は一斉に出口へ飛び込んだ。

 

七瀬は地面へ肩から転がる。

天沢はその隣へ身を投げ、椿も膝をつきながら建物の外へ出た。

宇都宮は勢いを殺すように地面を転がり、すぐに後方を振り返る。

宝泉は最後に非常口から飛び出し、

背後から押し寄せた熱風を受けながら地面へ転倒した。

 

その直後、非常階段の扉が炎に包まれる。

黒煙が空へ立ち上り、旧実習棟の窓が次々と割れ、火の粉が周囲へ舞い散った。

 

五人はしばらく地面に倒れたまま、荒い呼吸を繰り返していた。

 

七瀬は震える腕で身体を起こし、周囲を見回す。

 

「……皆さん、生きていますか?」

 

天沢は仰向けに倒れたまま、薄く笑った。

 

「たぶん、大丈夫」

 

椿は煤の付いた頬を手で拭いながら、燃え上がる旧実習棟を見つめる。

 

「大きい方は止めた。でも、繋がっていた方までは全部止められなかった」

 

宇都宮は息を整えながら答えた。

 

「それでも十分だ。被害を旧実習棟だけに抑えられた。

あの装置が完全に動いていれば、周辺の校舎まで巻き込まれていた可能性がある」

 

宝泉もゆっくりと立ち上がる。

制服は煤と埃で汚れ、腕には細かな擦り傷ができていた。

それでも、その目の鋭さは少しも失われていない。

 

「おい、宇都宮」

「何だ」

「さっきの借り、忘れんなよ」

 

宇都宮は冷淡に返す。

 

「借りだとは認めていない」

 

宝泉のこめかみが再び動いた。

 

「テメェ……」

 

七瀬はまた二人の間へ立った。

 

「だから、今はやめてください!」

 

天沢が地面へ座り込んだまま笑う。

 

「七瀬ちゃん、今日はそればっかり言ってるね」

 

椿も小さく頷いた。

 

「でも、必要な役目だと思う」

 

七瀬は深くため息を吐いたが、否定はしなかった。

 

背後では、旧実習棟が炎に包まれている。

 

巨大な装置は止めた。

 

しかし、連動していた爆発までは完全に防げなかった。

 

完全な勝利ではない。

 

それでも最悪の事態は避けた。

 

その時、遠くから校内放送が聞こえてきた。

 

流れてきたのは山内の声ではない。

 

南雲雅の声だった。

 

『旧実習棟方面で爆発を確認した。現場にいる生徒は応答しろ』

 

七瀬はゆっくりと立ち上がる。

煤と埃で汚れた顔を上げ、放送へ応えるように声を張った。

 

「こちら七瀬です。大型の仕掛けは停止させました。

ただし、旧実習棟では火災が発生しています」

 

一度、隣にいる四人を確認する。

 

「私たちは全員、生存しています」

 

数秒の沈黙があった。

やがて、南雲の短い返答が聞こえる。

 

『了解した。よくやった』

 

その言葉を聞いた瞬間、七瀬はようやく肩の力を抜いた。

 

宝泉は燃え続ける旧実習棟を睨みながら、低い声で呟く。

 

「犯人の野郎。次は俺が直接ぶっ潰す」

 

宇都宮が即座に答えた。

 

「お前が行けば、余計に状況が悪くなる」

「あ?」

「事実を言っただけだ」

 

二人の視線が再びぶつかる。

今にも次の喧嘩が始まりそうな空気だった。

だが今度は、七瀬が止めるより先に天沢が口を開いた。

 

「はいはい。続きは、全部終わって平和になってからにしてね」

 

椿は燃える旧実習棟を見上げたまま言う。

 

「まだ事件は終わってない」

 

七瀬も静かに頷く。

 

「はい。綾小路先輩たちも、きっと本命へ向かっています」

 

炎と黒煙を背にして、七瀬は残る四人を見回した。

 

「私たちも、今できることを続けましょう」

 

五人はゆっくりと立ち上がる。

互いを完全に信頼しているわけではない。

仲が良いわけでもなく、少しでも均衡を崩せば、

再び衝突しかねない危うい組み合わせだった。

 

それでも、この瞬間だけは全員が同じ方向を見ていた。

 

爆炎に包まれようとしている学校を、もう一度元の場所へ引き戻すために。

 

そして、山内春樹が学校中へ広げた悪意を、最後まで止めるために。

一日一話で三作品を投稿するのは多いですか?

  • いいぞ、どんどんやれ
  • 多い!読みきれない
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