六眼と無下限持って生まれたけど何か世界観が違う   作:杏鷲

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 初投稿です。
 原作と大差ありませんが、一応無下限と六眼がヒロアカ仕様になってるのでご注意ください。



第一話

 

 春の暖かな日差しが降り注ぐ四月。新たな始まりを祝福するかのように咲き誇る桜の木々が、微かな風に揺られて淡い桃色の花びらを散らしている。

 僅かに開かれた窓の隙間から滑り込んだ春の風が、少年の透き通るような白髪をふわりと揺らした。

 

 新学期を迎えた教室は、特有の熱気と喧騒に包まれている。久しぶりの再会を喜ぶ者、新しいクラスメイトに自己紹介をする者、これからの学校生活に胸を躍らせる者。思い思いに周囲と言葉を交わし笑顔を弾けさせる同級生たちの姿を、窓際の席に座る少年───五条(ごじょう)(かなめ)は頬杖をつきながら静かに見据えていた。

 

 その瞳は、この世のあらゆる美しさを凝縮したかのような深く澄み渡ったマリンブルーの宝玉。見る者を一瞬で魅了し、同時に底知れぬ畏怖すら抱かせる特異な碧眼。

 喧騒から一歩引いた特等席で、枢はまるで舞台上の演劇を観賞する観客のように、目の前の光景を淡々と眺めながら心の中で独白する。

 

「(前世の自分の人生を一言で表すなら……退屈って言葉が一番適切かな)」

 

 彼は所謂″転生者″と呼ばれる存在。

 前世の記憶を鮮明に保ったまま、全く別の世界に生まれ落ちた不可思議な魂───それこそが、五条枢という少年の正体であった。

 

 彼の前世は絵に描いたような凡庸な人生だった。

 当たり前の日常を謳歌するのに困らないごく一般的な中流家庭に生まれ落ち。これといって叶えたい夢もなく、血を吐くような努力を要する目標を持つこともなく、ただ流されるがままに毎日を生きてきた。

 勉強も、部活も、青春の象徴である恋愛も。所属していたグループの中で浮かない程度に器用にこなし、波風を立てず、目立たず、平均点を取り続けることだけが彼の日常だった。

 

 本来であれば、その平坦なレールの先に仕事という新たな分野が加わり、やがては家庭を持ち、老い、平凡に死んでいく筈だった。

 しかし、その退屈な人生は唐突な終わりを迎えた。

 成人して間もない、まだ酒の味もろくに分からないような年齢だった。深夜の交差点、信号無視で突っ込んできた飲酒運転のトラック。ブレーキ音と凄まじい衝撃、ひしゃげる鉄の音。気がつけば体は宙を舞いアスファルトに叩きつけられていた。

 痛みを感じる暇すらなかった。ただ、急速に熱を失っていく体の中で、生死の境を彷徨った果てに意識は暗い底へと沈んでいったのだ。

 

 そして次に目覚めた時、彼は″五条枢″という新たな名を与えられ、赤ん坊としてこの世界に生を受けていた。

 

「(……まぁ、前世とは大分様相の異なる世界だけども)」

 

 枢は小さく息を吐き、改めて周囲へと視線を配る。

 彼の″目″───常人とは比較にならない情報処理能力を誇るその碧眼には、クラスメイトたちの体内を巡るエネルギーの機微すらもが鮮明に映し出されていた。

 視界に飛び込んでくるのは、多種多様な″個性″と称される超常の力だ。

 

 前の席に座る男子生徒は、興奮するたびに頭部をネオンサインのようにピカピカと発光させている。談笑する生徒の中には、くしゃみと共に口から小さな火炎を吹き上げる者がいる。会話に身振り手振りを交える女子生徒の手は、感情に合わせてゴムのように伸縮し、時には人間の頭よりも巨大化していた。さらに、全身が岩石で覆われている者や、爬虫類のような鱗と尻尾を持つ異形の容姿をした者までいる。

 

 前世の常識に照らし合わせれば、ここは狂気の沙汰としか思えない世界だろう。

 世界総人口の約八割が、何らかの特異体質───″個性″を持つ超人社会。挙げ出したらキリがないほどに、この世界は前世の常識とは比較することすら烏滸がましい″異能″に満ち溢れていた。

 

「(それで言うと、俺も人の事とやかく言える立場じゃないか)」

 

 自嘲気味に心の中で呟きながら、枢は己の掌を見つめる。

 彼の内側に眠る力、生まれついての異常性(ギフテッド)

 それは神が気まぐれに起こした奇跡か、はたまた悪魔が仕組んだ悪戯か───何にしても、五条枢という人間に備わってしまった力は、周囲の有象無象の″個性″とは明確に一線を画す、その潜在能力を十全に引き出せば単独での国家転覆(・・・・・・・・)すら容易に果たせてしまうほどの強力無比な代物であった。

 

「(……もう十年も経ったんだよな)」

 

 窓外の空を見上げながら、枢はかつての記憶を反芻する。

 自身がこの街にやってきてから、早いもので丁度十年が経過していた。

 

 四歳という一般的な子供が″個性″を発現させる年齢。自身の力が顕現したあの日のことを、枢は今でも鮮明に覚えている。

 空間が歪み、家の中のあらゆる物が宙に漂い、絶対的な不可侵の領域が構築されたあの瞬間───実の両親が枢に向けた目は、愛する我が子を見るものではなく、得体の知れない化け物を見るような絶望に染まっていた。

 

 その常軌を逸した力に本能的な恐怖を覚えたのか。はたまた、突然変異としか思えない真っ白な髪と、一族の血筋をまるで感じられない宝石のような碧眼という容姿に生理的な忌避感を抱いたのか。

 理由は定かではないが、結果として枢は個性の発現と同時に両親から見限られこの町の孤児院へと預けられることになった。

 

 しかし不思議なことに、当時の、そして今の枢の胸中に、親に捨てられたという怒りや悲しみといった負の感情は一切湧き上がらなかった。

 それは、彼が前世の記憶を持っていることに起因している。

 枢からしてみれば、彼の両親と呼べる存在は今もなお前世で自分を真っ当に育て上げてくれたあの二人だけであり、いくら新しく血を分けた親だと言っても転生して間もない数年程度の時間で、そう簡単に本当の親だと割り切れるものではなかったからだ。

 

 だからこそ、むしろ枢個人としては早々に自分を捨てて手放してくれた今世の両親には感謝している程であった。

 親子の情を演じるという変な気遣いをする必要がなくなったことは彼にとって大きな救いであり、同時に預けられた孤児院での生活も決して悪いものではなかったことも大きい。

 

 孤児院の大人たちは、自身が問題行動を起こさなければ高校卒業までの資金はしっかり援助してくれると確約してくれたため、自分の時間と自由を確保しつつ必要最低限の庇護を受けられるのなら、前世の記憶を持つ枢からすれば願ったり叶ったりの環境でしかなかったのだ。

 

「校内での個性使用は原則禁止だぞー、ほら座った座った」

 

 ガラガラと教室の前方の扉が開き、担任の教師が入ってくる。

 朝のホームルームが始まり、出席が取られた後、教師の手から最前列の生徒へと一枚のプリントが束になって渡された。

 

「えー、新学期早々だがお前らももう三年生だ。そろそろ自分の将来について真剣に考える時期だからな。週末までにその進路希望調査書を提出するように」

 

 後ろへ後ろへと回されてきたプリントを受け取り、枢は手元に視線を落とす。

 進路希望調査書と印字されたコピー用紙。第一志望から第三志望までを書き込む空欄が、彼に未来の選択を迫っていた。

 

 前世の彼ならここで大いに悩んだだろう。自分の学力で行ける無難な高校はどこか。家から通いやすい場所はどこか。普段つるんでいる友達はどこに行くのか。そんな下らない理由で、適当な普通科の高校を選んでいたに違いない。

 

 だが、今は違う。

 この世界には、前世の世界とはかけ離れた″個性″という超常の力と、それを仕事の一環として扱うとある職業が存在しているのだ。

 そして自分にはその職業に必要不可欠な″個性″が宿っており、後に孤児院から独り立ちしなければいけない現状も加味すれば、己が進むべき進路はただ一つしかないことは明白。

 

「(ほんとに退屈しないよ、この世界は───)」

 

 迷いは一切なかった。

 枢はシャープペンシルを手に取ると、第一希望の欄に流れるような美しい文字で力強く、そして迷いなくペンを走らせる。

 

 『雄英高校 ヒーロー科』

 

 この国の誰もが知る、最高峰の″ヒーロー″育成機関。数多の超人たちが集い、血と汗を流し、時には命を懸けて理想を追い求める場所。

 

 書き終えた紙を机の隅に置き、枢は再び窓の外へと視線を向ける。

 桜並木が立ち並ぶ美しい春の景色と、その向こうに広がる果てしない青空。これから始まるであろう波乱万丈な未来を予感させるその景色を眺めながら、マリンブルーの瞳の奥に確かな熱を宿し、彼は静かな笑みを溢すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽の光が届かない無機質な地下空間。

 鼻を突く高濃度の薬品の匂いと共に、薄暗い部屋の中央に鎮座する巨大な生命維持装置からは、シュコー……、シュコー……と、人工的に空気を送り込む無機質な機械音が、まるで巨獣の寝息のように規則正しく鳴り響いていた。

 

 その巨大な機械の群れに無数のチューブで繋がれ、玉座のような医療用チェアに深く腰掛けている男───否、かつて男であった『何か』が、そこには居た。

 顔の上半分は悍ましい傷痕によって完全に失われ、目も、鼻も、表情すらも読み取ることはできない。辛うじて残された口元には、生命を繋ぐための黒いマスクが重々しく装着されている。

 

「───そうかい、彼が雄英にねぇ……」

 

 生命維持マスクの奥から漏れ出たのは、嗄れているがどこか穏やかで、聞く者の背筋を凍らせるような静かな声音だった。

 男の顔の前に展開された複数のモニター。その中の一つの画面には、安っぽいスーツの上から白衣を羽織った、神経質そうな中年男性の姿が映し出されている。

 男性は、ドクターと呼ばれる自身の側近である医師『氏子(うじこ)達磨(だるま)』が裏で資金援助を行い、経営を操っている数多のダミー施設───その内の一つである児童養護施設の所長であった。

 

『は、はい……。先程、学校側から配布された進路希望調査書の控えを確認したのですが、間違いありません。第一志望から第三志望まで全て雄英高校と……』

 

「ふふ、彼らしいといえば彼らしい選択だ。それで? 君は一体何をそんなに怯えているんだい?」

 

『そ、それは……! あのような怪物をこれ以上野放しにしておくのは危険ではないかと……! しかもよりによって、ヒーロー科の最高峰たる雄英などに進学されては、あなたの計画に支障をきたす事態になりかねません! 今のうちに、氏子先生の力で脳無(のうむ)の素体にしてしまうか、あるいは───』

 

「───口を慎みたまえよ、所長くん」

 

 一切の怒気を孕まない、ひたすらに平坦な一言。

 しかし、モニター越しの男性はビクンと肩を跳ねさせ、顔面を蒼白にして口を噤んだ。画面越しでさえ伝わる、絶対的な魔王としてのプレッシャー。

 

「君の仕事は、彼に何一つ不自由のない生活を与え、丁重に保管(・・)することだ。彼が望むのであれば、雄英高校への進学資金だろうが何だろうが全て惜しみなく援助してやりなさい」

 

『か、かしこまり、ました……!』

 

 通信が切れ、モニターが黒く沈む。

 薄暗い地下室に、再びシュコー……という機械音だけが響き渡る中、男は残された口元の端を微かに歪め、嗤った。

 

「(雄英高校、か……。なるほど、これほど都合のいい話はないね)」

 

 男の脳裏に、彼が持つ独自の情報網からもたらされた一つの事実が過ぎる。

 かつて己をこの無惨な姿へと追いやり、自身もまた取り返しのつかない重傷を負った平和の象徴たる仇敵───オールマイト。

 そのオールマイトが、自身の衰えを悟り、己の″個性″を受け継がせるための後継者探しに奔走しているという情報である。さらには、来年度から雄英高校に教職として赴任し、若い芽の中から直接器を見繕おうとしているという確度の高い噂まで耳にしていた。

 

 男にとって、オールマイトの動向は常に注視すべき事象である。

 そんな仇敵が赴く場所に、自身が長年目をかけている至高の器(・・・・)が自ら飛び込んでいくというのだ。盤上の駒が、己の意図を超えて完璧な配置へと収まっていくような奇妙な高揚感。

 まさに渡りに船。男は、運命というものがもし存在するのなら、それは確実に自分に微笑んでいるのだと確信した。

 

 同時に、男の意識が五年前のあの日に遡る。

 自身が唯一、魂の底から震え上がるような恐怖と敗北感を味わわされた日のことだ。

 

 発端は、氏子からの興奮冷めやらぬ報告だった。

 

『友よ、とんでもない検体が施設に運ばれてきおったぞ! 神の御業としか思えない、物理法則を無視した規格外の″個性″じゃ!』

 

 氏子から共有されたその能力のデータを見た男は、即座に強烈な所有欲に駆られた。

 数多の個性を奪い、自身の力としてきた彼にとって、それは是が非でも己のコレクションに加えたい究極の力に思えたからだ。

 

 男は完治とは程遠い体を押し、厳重な偽装を施して氏子が経営する孤児院へと視察に向かった。

 あわよくば、その場で能力を奪ってもいいかと画策しながら。

 

 施設から数百メートル離れた、木々が生い茂る小高い丘の上。常人であれば、肉眼で人の顔を判別することなど不可能な距離。

 男は木陰に潜み、自身の持つ索敵系の個性を複数掛け合わせ、庭で遊ぶ子供たちの群れの中からその少年の姿を探し───そして、すぐに見つかった。

 

 周囲の有象無象の子供たちとは、纏っている空気が根本的に違う。

 透き通るような美しい白髪。端正という言葉では陳腐に思えるほどの、人間離れした造形美を持つ幼い顔立ち。

 そして何より、彼が最も欲した『力』の源泉。

 

 しかし───次の瞬間、男の全身の毛穴が開き、心臓が早鐘のように鳴り始めた。

 

 距離にして数百メートル。男は完全に気配を殺し、木々の暗がりの中に身を潜めていた。

 だというのに、庭の隅に立っていたその少年───五条枢が、ふと顔を上げ、自身が潜む方角を真っ直ぐに見据えたのだ。

 

 交差する視線。

 この世のあらゆる美しさを凝縮したかのような、深く澄み渡ったマリンブルーの宝玉。

 その瞳に、自身の姿が完全に視認されている(・・・・・・・・・・)という事実を、男は理屈ではなく魂で理解させられた。

 

『───俺に何か用?』

 

 声など聞こえるはずもない。

 だが、その特異な碧眼に見据えられた瞬間、男の脳裏にそんな少年の声が直接響いたような錯覚に陥った。

 全身から滝のような冷や汗が噴き出す。男の内にある数多の″個性″たちが、本能的な警鐘をガンガンと鳴らし立てていた。

 

(奪えない。触れることすら叶わない。もし今、あの力に手を伸ばせば───確実に、僕が死ぬ)

 

 当時、オールマイトとの死闘の傷が癒えきっていなかったとはいえ、男は依然として世界最強のヴィランであった。

 しかし、たった九歳の少年の視線一つで、男は絶対的な力の差を、格の違いを突きつけられたのだ。

 

 男はその時、氏子の報告書に書かれていた能力の全容を正しく理解した。

 少年に宿る異常性。それは、空間を操る『無下限』という個性だけではない。その真髄は、個性を原子レベルで精密操作し、世界の情報すべてを見通すことのできる『六眼(りくがん)』と呼ばれるあの特異な碧眼にこそあるのだと。

 

 アレは、ソフトウェアとハードウェアのようなものだ。

 どれほど優れた規格外のアプリケーション(個性)であっても、それを処理できるスーパーコンピューター(六眼)がなければ起動すらしない。ただ個性を奪取しただけでは、あの無法とも呼べる完全無欠の力は扱えない。凡人の脳では、その膨大な情報処理に耐えきれず瞬時に廃人となるだろう。

 

 あの『眼』は、奪うことができない。

 肉体に、あるいは魂に強固に紐づいた天からの授かりもの。

 だからこそ、男は即座に諦め、少年に向かってただ静かに会釈だけを返し、その場から逃げるように立ち去ったのだ。

 

「(……だが、今は違う)」

 

 地下室の闇の中、男は失われた顔を虚空へ向けた。

 あの屈辱から五年。男は五条枢のことをただ指を咥えて見ていたわけではない。

 六眼というハードウェアごと奪うことができないのなら、自身の精神そのものを、あの無限を操る″個性″に耐えうるほどの究極の器へと落とし込めばいい。

 

 そのための研究は、氏子と共に順調に進んでいる。

 自身の後継者として育て上げているとある少年。彼の育成と並行して進めている、新たなる肉体の再誕計画。

 全ての準備が整い、自身が完全なる魔王として新たな肉体を得て復活したその暁には、あの『無下限』という至高の力もついに己のコレクションに加えることができる。

 

 雄英高校という、ヒーロー社会の最も眩い光の中で、彼がどれほどの経験を積み、どれほどその力を研ぎ澄まそうとも構わない。

 むしろ、最高級の肥料を与えられて育つ果実のように、その力が極限まで高まることを男は望んでいた。

 大切に、大切に孤児院で囲い込み、彼が何不自由なく成長するように見守り続けたのは、全てはその収穫の時のためなのだから。

 

 男───オール・フォー・ワンは、生命維持装置に繋がれた痛々しい右腕をゆっくりと持ち上げ、暗闇の天井に向けて何かを掴み取るように強く握りしめた。

 

「立派に育ってくれたまえ、五条枢───君は、僕の物だ」

 

 這い寄るような漆黒の欲望が、薄暗い地下室の冷たい空気に静かに溶け込んでいった。

 

 

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