昼休みの喧騒が嘘のように引き潮となり、広大な雄英高校の校舎は午後の授業を告げるチャイムと共に静寂に包み込まれていた。
大半の生徒たちがそれぞれの教室や実技の演習場へと散っていく中。主を失った机と椅子が整然と並ぶ1-A組の教室に、一人の少年が気怠げな足取りで足を踏み入れた。
「(……全然既読つかないな)」
窓から差し込む午後の陽光が教室の床に四角い影を落とす中、最後列の自席へと向かいながら、五条枢は片手に持ったスマートフォンの画面をぼんやりと眺めていた。
メッセージアプリのトーク画面。そこに表示されているのは、担任である相澤消太宛てに送った『今向かってます』という短いメッセージだ。しかし、送信してからそれなりの時間が経過しているにも関わらず、横には既読のマークが一向につく気配がない。
「(流石に授業中だし、携帯なんて見てる暇ないか)」
相澤は教師である以前に、無駄を嫌う合理的なプロヒーローだ。訓練中に携帯をいじっているような真似はしないだろうと、枢はあっさりと自己完結してスマートフォンをポケットに滑り込ませた。
彼が今向かうべき場所は、午後のヒーロー基礎学の舞台となっている『USJ』───ウソの災害や事故ルームと呼ばれる、雄英の敷地のはずれにある巨大な演習施設である。
恐らく相澤か生徒の誰かが用意してくれていたのだろう、自席の横に置かれていたコスチューム入りのアタッシュケース。それを手に取ると、枢は誰もいない静かな教室を後にして、更衣室へと向かうべく一人で廊下を歩き始めた。
「(それにしても……危篤、ねぇ)」
カツ、カツと、長い脚が静かな廊下に規則正しい足音を響かせる。
アイマスク越しの視界で窓の外の景色を流しながら、枢は自身が今日の授業に遅刻することになった、その直接的な原因を静かに想起していた。
───それは、今朝がたのこと。
すっかり自分の部屋に居つくようになってしまった少女、壊理。枢が用意した布団の隅で丸くなって静かな寝息を立てる彼女を起こさないよう、枢は細心の注意を払いながら身支度を整え、日課としている早朝のランニングへと出かけた。
そして澄んだ朝の空気を肺に満たし、“個性”を扱う資本となる身体づくりの一環として走り込みを終え、施設に帰還した直後だった。
『枢くん……っ! 病院から連絡があったの、所長が……!』
玄関の扉を開けるなり血相を変えて飛び出してきたのは、所長代理を務める女性職員だった。
いつもは穏やかで子供たちの面倒見が良い彼女が、青褪めた顔で涙ぐみながら告げたその言葉。それは、以前より体調を崩して入院生活を送っていた孤児院の所長の容態が急変し、『危篤状態』に陥ったという緊急の知らせであった。
『(ふぅん……)』
その報告を受けた時の枢の内心の反応は、傍から見れば信じられないほどに冷めたものだった。
取り乱す女性職員をなだめつつ、言われるがままに所長が入院している総合病院へと足を運び、集中治療室のガラス越しに無数の管に繋がれて人工呼吸器の音だけを響かせる初老の男の姿を見つめていた時も。枢の心は、凪いだ水面のように微塵も揺れ動いてはいなかった。
「(施設の人たちって俺と所長をまるで実の親子みたいに扱ってくるけど……別に俺、あの人のことを親代わりだなんて思ったこと一度もないのに)」
廊下を歩きながら、枢は内心で小さく肩を竦めた。
確かに自分をあの孤児院で育ててくれたことや、これまで特に不自由なく生活できるように衣食住を保障してくれたことに対する『恩義』は感じている。彼がいなければ、親に捨てられた自分はもっと面倒な道を歩むことになっていたかもしれない。
しかし、それ以上の感情───例えば『愛情』や『家族としての絆』といったものを、枢は彼に対して一切抱いていなかった。
なぜなら枢の『六眼』は、物心ついた頃から全てを見透かしてしまっていたからだ。
所長が自分を見る時の、あの微かに震える瞳。表面上は穏やかな笑顔を取り繕っていても、その奥底に張り付いている、得体の知れないバケモノに向けられる『恐れ』を孕んだ眼差しを。
訳アリの子供たちが集まるこの孤児院を長年まとめ上げているだけあって、所長は人格者であり、職員や他の子供たちからの信頼が非常に厚いことは、今朝の所長代理の女性の涙を見てもよく分かっていた。
しかし、そんな彼でさえ、『六眼』と『無下限』という圧倒的な才能を持って生まれた五条枢という存在を、心の底では理解しきれず、本能的に畏怖していたのだ。
自分を恐れている人間の死に目に立ち会ったところで、一体どんな顔をして悲しめばいいというのか。
だからこそ、所長が危篤状態になったからといって、枢にとっては「へぇ、そうなんだ」という、目の前の光景をただありのままの事実として受け入れる程度の認識でしかなかったのである。
「(───ていうか、あの“個性”でもあそこまで悪化するってことは、よっぽどの症状だったんだろうな)」
枢の思考は悲哀ではなく、所長の持つ“個性”への純粋な考察へと移っていった。
所長の持つ“個性”───『
最適化出来る上限こそあれども、気温の変化や毒物、そして病原菌といったものに対しても肉体が自動で適応していくため、およそ病気という概念とは無縁に思えるような“個性”である。
それにも関わらず、彼は不治の病に倒れ、今まさに命の灯火を散らそうとしている。
病院のガラス越しに『六眼』で視た所長の肉体は、個性因子の働きが極端に弱まり、細胞の再生が完全に追いつかなくなっていた。
どれほど環境に順応できる力を持っていようとも、細胞そのものの寿命───寄る年波から来る『老い』という絶対的な法則からは逃れられなかったのだろう。
「(……まぁ、今考えても仕方ないか)」
過去と他人の命の限界に思考を巡らせるのをやめ、枢は目前の目的へと意識を切り替える。
更衣室でヒーローコスチュームへの着替えを済ませた彼は、校舎の裏口を抜け、雄英の広大な敷地内に設置されているバスの停留所へと辿り着いた。
「───バス、おっそ」
相澤が手配してくれているというUSJ行きのバス停で立ち止まり、枢は携帯に送られた予定の時刻を確認する。
しかし、記載されたその時間を過ぎても、一向にバスがやって来る気配がなかった。
遅刻した自分が言えた義理ではないと自覚しつつも、流石にここまで待たされると枢としても嘆息せざるを得ない。
「時間通りに来てくれないと困るよー」
ぽつりと苦言を呈し、枢はバス停のベンチに腰を下ろして周囲を見渡した。
そして、そう言えば入学初日も似たような状況だったっけ、と個性把握テストの終了間際に到着する羽目になってしまったことを思い出した枢は、『蒼』による空間圧縮を使ってしまえば一瞬で目的地に着くのにと、当時と同じように軽く肩を竦めてみせた。
「流石に、ここで“個性”使うのは私的使用の範疇に含まれるかな……」
幾ら雄英の敷地内と言えど、教師の許可なく“個性”を使用するのは原則として許されていない。
不便だなぁ、と愚痴を零しつつ。しかし枢の胸中には、どことなく不穏な気配が漂っていた。
「……でも、先生が時間を伝え間違えるとも思えないんだよね」
合理性の体現者とも言える相澤が、度々こんな初歩的なミスをするだろうかと問われれば間違いなくノーだ。
もちろん、相澤もプロヒーローや教師である以前に一人の人間である以上、ミスを犯すことはあるだろう。しかしそれを加味してなお、枢の胸に巣食う暗雲が晴れることはなかった。
「走るか」
それに、これ以上待っていては折角のヒーロー基礎学が終わってしまうかもしれない。
そう判断した枢は、ベンチからスッと立ち上がった。
ここから目的地であるUSJまでは、敷地内とはいえ大体3キロメートルほどの距離がある。一般の高校生であれば走るには少し億劫な距離だが、毎朝欠かさずその倍以上の距離を走り込んでいる枢の身体能力を以てすれば、息一つ乱さずに数分で踏破できる距離だ。
「どうせ待ってても来る気配ないしね」
枢は、着替えたばかりの自身のヒーローコスチュームの着心地を改めて確認した。
ハイネックの漆黒のジャケットに、動きやすい細身の黒いパンツ。その首回りのゆとりや肩の可動域に問題がないことを確かめると、軽くアキレス腱を伸ばし、手首と足首を回して簡単な準備運動を済ませる。
「───よし」
アイマスクの位置をピシッと整え、枢は遥か先に見える巨大なドーム状の施設───USJのシルエットを見据え、誰もいないアスファルトの道を一人、疾風のようなスピードで駆け出していくのであった。
☆
「「「───13号先生!!?」」」
飯田天哉や麗日お茶子たちの悲痛な叫びが、USJの広大な天蓋の下に木霊し、絶望的な残響となって響き渡った。
彼らの視線の先。出入り口へと続く巨大な扉の前には、信じがたい、そして見たくもない凄惨な光景が広がっていた。
つい数十秒前、「僕がこの
彼女の指先から放たれた『ブラックホール』は、あらゆる物質をチリへと変える強力無比な“個性”だった。しかし、眼前に立ち塞がる
黒霧は展開した『ワープゲート』を瞬時に13号の背後へと繋ぎ、『ブラックホール』の引力を13号自身へと向けさせたのだ。自身の放った強大な力によって背中から肉体を抉られ、宇宙服のような防護コスチュームをズタズタに引き裂かれた13号は、血飛沫を上げながら無惨にも地に伏してしまっていた。
「プロヒーローと言っても、所詮は災害救助がメインのヒーロー……残念ですが、あなたでは私を止められませんよ、13号」
黒紫色の靄を揺らめかせながら、黒霧はひどく冷酷で事務的な声でそう言い放った。
プロヒーローを難なく、それも自身の“個性”を逆手に取るという手品のような手腕で撃退してみせたその圧倒的な実力差に、飯田たちの額には滝のような冷や汗が浮かび上がる。
彼がこの場に現れた際に告げた、『平和の象徴を殺すための礎になってもらう』という死の宣告。それが決して虚勢でもハッタリでもなく、純度100%の悪意に基づいた事実であることを、飯田たちは身を以て思い知らされていた。
「走れ! 飯田ッ!!」
愕然と立ち尽くす生徒たちを再び『ワープゲート』で飲み込もうと、黒霧が黒紫色の靄を大きく広げようとしたその瞬間。
共に黒霧の“個性”から逃れていた障子が、13号の意を汲むように腹の底から叫び声を上げ、猛然と飛び出していった。
「実体がなくとも、こうすれば身動きは取れない筈だ!」
障子は自身の“個性”である『複製腕』を限界まで展開し、広がる黒霧の靄の身体を外側から強引に覆い隠すようにして拘束を試みる。
それに呼応するように、「俺たちもやるぞ!」と砂藤や瀬呂も黒霧の動きを止めるべく駆け出し、後方では麗日や芦戸が倒れた13号の止血と介抱に必死に当たっていた。
「(くっ……! みんな……!!)」
仲間たちが自分のために作ってくれた、一瞬の隙。
飯田の胸中に、激しい葛藤と申し訳なさが渦巻く。プロヒーローが倒れ、クラスメイトが本物の
しかし、USJ内部は
このままでは広場で孤軍奮闘している相澤も、いずれは百を超える敵の群れに押し潰されてしまうだろう。誰かが外に出て校舎で待機する他の教師陣へこの事態を知らせなければ、敵たちの思惑通りに事が進んでしまうのは明白だ。
そしてその役目は、この場で最も足の速い『エンジン』の“個性”を持つ自分にしか果たせない。この前のホームルームで、クラスの代表たる学級委員長を任されたばかりではないか。
「すぐに助けを呼んでくる!! だから、必ず持ち堪えてくれ……ッ!!」
飯田は血が滲むほどにギリッと唇を噛み締め、強い決意の込められた言葉を振り絞ると、入り口の重厚な扉へ向けて全速力で駆け出した。
しかし。
「なるほど。……どうやら、この中ではあなたが最も厄介そうだ」
ズォッ、と。
障子の強靭な腕による拘束の隙間からすり抜けるようにして、黒霧の靄が形を変える。砂藤の力任せの突進と瀬呂のテープを靄の部分で無力化し受け流した黒霧は、瞬時に『ワープゲート』を展開し、全力で走る飯田の目の前へと突如としてその姿を現した。
「なっ……!?」
飯田が驚愕に目を見開く。
黒霧の金色の双眸は、飯田の“個性”の源であり、ふくらはぎから飛び出しているマフラーのような排気管───『エンジン』の部分へと真っ直ぐに向けられていた。
『ワープゲート』による吸引から間一髪で逃れた周囲の生徒たちの“個性”を、黒霧は先程の攻防で粗方確認し終えている。
その結果導き出された結論は、圧倒的な機動力を誇るこの眼鏡の少年───飯田天哉を逃せば、彼がすぐさま本校舎へと駆け込み、オールマイトだけでなく雄英の教師陣というプロヒーローの集団をこのUSJに呼び寄せてしまうという最悪の展開だった。
彼を外へ逃がすことは自分たちの敗北に直結する。黒霧は即座に飯田を最優先排除目標に設定し、彼を完全に飲み込むべく、今までで最も巨大なワープゲートを口を開けた獣のように展開した。
「くっ、そ……! 止まれない……ッ!」
トップスピードに乗ってしまっていた飯田のエンジンでは、眼前に突如として現れた黒い壁の前で急ブレーキをかけることは不可能だった。
このままでは、どこに繋がっているのかも分からない暗黒の空間へと飲み込まれてしまう。
飯田がその未来を覚悟し、ギュッと目を閉じた、その時だった。
「飯田くん!!」
鈴を転がすような、それでいて確かな決意に満ちた少女の声がUSJに響いた。
飯田が目を開けると、そこには瀬呂のテープによって背中を引っ張られ、猛烈な推進力を得て空中を飛び込んでくる麗日の姿があった。
彼女は、黒霧の注意が完全に飯田へと向いているその一瞬の死角を突き、一直線に黒霧の実体部分へと肉薄したのだ。
パシッ。
麗日の小さな指先が、黒霧の剥き出しの肉体───靄に隠れきれていない、首筋の金属プロテクターの部分に触れることに成功した。
「なっ、これは……!?」
常に冷静沈着だった黒霧の声に、初めて明らかな狼狽が混じった。
麗日お茶子の“個性”、『
その発動条件は、指先の肉球で対象に触れること。その条件をクリアした彼女の“個性”が発動し、黒霧の肉体が重力から完全に解放された。
実体部分がコントロールを失ってフワリと宙に浮き上がったことで、飯田を飲み込もうとしていた『ワープゲート』も上へとズレ、その肉体に引っ張られるように天井付近へと浮かび上がっていく。
「今のうちにッ!!」
「(ありがとう、麗日くん、みんな……!!)」
目の前に立ち塞がっていた黒い壁が消え、出口へと続く活路が開かれた。
飯田は心の中で友の決死のファインプレーに深い感謝を述べ、『エンジン』の出力を最大まで引き上げると、そのまま出口の巨大な扉を突き破らんばかりの勢いで駆け抜けようとした───その、瞬間だった。
「……やはり、保険を持ってきておいて正解でしたね」
重力を失い、宙に浮き上がりながらも。
黒霧は決して焦燥に駆られてはいなかった。自分たちの勝利を、そしてオールマイトの死を確信しているが故に、彼の声には絶対的な余裕が滲んでいた。
対峙する生徒たちの誰の耳にも届かず、虚空に溶けていったその冷酷な呟きと共に。黒霧の靄の中からスッと現れた右手が握っていたのは、鈍い光を放つ黒塗りの『拳銃』だった。
その銃口の照準が、背を向けて走る飯田の脚───コスチュームの装甲に守られていない太ももの裏側へと、正確無比に定められる。
日本で暮らす普通の高校生にとって、それはあまりにも非日常的で、無縁であるはずの殺戮の道具。
パンッ!!
乾いた、しかし耳を劈くような発砲音が、USJのドーム内に冷酷に木霊した。
「「「
銃声。そして、激しく崩れ落ちる友の姿。
クラスメイトが銃で撃たれたという驚愕の事実に、麗日や瀬呂たちは最悪の未来を脳裏に思い描き、顔面を死人のように蒼白にして絶叫した。
撃たれた飯田は、背後からの物理的な衝撃に足の動きを止められ、激しく縺れさせてアスファルトの床を派手に転がった。
「うっ……!」
しかし。
数メートル転がった後、飯田は転がった痛みに呻きつつも、ムクリと起き上がった。
その表情に浮かんでいたのは、死への恐怖でも銃弾による激痛への苦悶でもなく、拳銃で撃たれたというのに『何ともない』自身の身体に対する、純粋な困惑だった。
「(なん、だ……?)」
血は出ていない。肉が抉られたような激痛もない。
ただ、太ももの辺りに、小さな注射針でも刺さったような微かなチクリとした感触があっただけだ。
その事実に呆気にとられているのは飯田だけではない。彼が起き上がったのを見た麗日や障子たちも、「外れた……?」と信じられないものを見るような目を向けている。
「くっ、とにかく、一刻も早く助けを───!」
奇跡的に銃弾が逸れたのだと無理やり思考を切り替えた飯田。
彼は再びふくらはぎの『エンジン』を吹かし、扉の向こうへと駆け出そうと足に力を込めた。
しかし。
「…………え?」
いつもなら、意識した瞬間に排気管から火を吹き、爆発的な推進力を生み出してくれるはずの自慢の“個性”。
それが、全く作動しないのだ。
まるで、最初からそんな機能など自身の身体に備わっていなかったかのように。
「(なんだ、これは……“個性”が使えない……!?)」
物心ついた時から共にあり、自身の誇りでもあったその力が、まるで根底から消え去ってしまったかのような絶対的な違和感。
身体の半分をもがれたような喪失感に襲われ、飯田は背後に本物の敵が迫る死地であるということも完全に忘れ、その場に呆然と立ち竦んでしまった。
「飯田……!? どうした、早く行け!!」
皆が己の身を危険に晒してまで活路を開いたというのに、なぜか扉の前でピタリと立ち止まってしまった飯田に対し、障子がただならぬ気配を感じ取って眉を顰め、鋭く叫んだ。
その声にハッと我に返った飯田だったが、彼は震える手で自身のふくらはぎの排気管に触れながら、信じられない現実を口にするしかなかった。
「ち、違うんだ、障子くん……! 僕の、“個性”が……!!」
飯田の声は、恐怖と絶望でひどく震えていた。
「“個性”が、使えないんだ……!!!」
「「「!!?」」」
飯田の口から絞り出されたその絶望的な宣告に、その場にいた生徒全員が驚愕に目を見開き、息を呑んだ。
“個性”が使えない。それは、ヒーローを目指す彼らにとって、死と同義とも言えるほどの絶対的な絶望。
相澤の『抹消』のように一時的なものなのか、それとも───。未知の兵器による攻撃に、生徒たちの心は恐怖で完全に支配されていく。
麗日の“個性”が解除されたことを察知し、自身をワープさせて再び地上へと降り立った黒霧。
彼は、絶望のどん底へと叩き落とされた生徒たちの惨状を見下ろしながら、ただ一人、その金色の双眸をひどく愉快気に細めていた。
「(ドクターの用意した『個性破壊弾』……。どうやら、しっかり機能しているようですね)」
出口は再び閉ざされた。外部との連絡手段も絶たれた。
平和の象徴を殺すための箱庭は、今ここに完成しつつある。
希望の光を一切許さない、どこまでも深く、どこまでも黒い絶望と混沌の空気が、USJ全体を確かに飲み込もうとしていた。