『───“個性”が、使えないんだ……!!!』
USJの広大な天蓋の下。遥か上方の出入り口付近から響き渡ったのは、絶望に染まりきった生徒たちの悲痛な叫びだった。
セントラル広場の中央でその声を聞き留めた死柄木弔は、顔に張り付いた手首の隙間から、ひどく満足げにその口角を三日月のように歪ませる。
十中八九、黒霧が自身から手渡された保険───『個性破壊弾』を使用したのだろう。そして生徒たちのあの悲鳴から察するに、ドクターが用意したというその未知の弾丸は、死柄木からしても半信半疑ではあったが、見事にその凶悪な機能を果たしたらしい。
「くくっ、いいねぇ……さて、今頃黒霧が散らしたガキどもも、何人かは俺が連れてきた奴らに嬲られてる頃合いかな───」
死柄木はカリカリと首筋を引っ掻きながら、自身の足元で血の海に沈んでいる男へと視線を落とした。
「───どう思う、イレイザーヘッド」
その視線の先。
そこには、つい先程まで数十人もの
右肘を死柄木の“個性”でボロボロに崩壊させられ、さらには彼が対平和の象徴用として連れてきた異形の改造人間───『脳無』の丸太のように太い腕によって、頭蓋骨が砕けんばかりの力で冷たいアスファルトに額を抑えつけられ、ピクリとも動けなくなっている相澤消太の無惨な姿があった。
「流石は脳無だ。幾らお前が相手の“個性”を消せるって言っても、ここまで素の力がかけ離れてたらプロヒーローでもこんな簡単に倒せるんだからさ」
死柄木が勝ち誇ったように見下ろす中。
相澤は、脳無の圧倒的な膂力に顔面をアスファルトにめり込ませられながらも、ギリッと血の滲む歯を食いしばり必死に思考を回していた。
「(どうりで『抹消』が通じない訳だ……ッ、素の身体能力がオールマイト並みってことかよ……!)」
相澤の『抹消』は、相手の個性因子を一時的に停止させる強力無比な能力ではあるものの、肉体そのものがバケモノじみた強度に改造されている脳無が相手では全くの無意味だった。
自身では手も足も出なかった、目の前に存在する圧倒的な暴力の塊。相澤は、なぜ死柄木たちが最高峰の警備を誇るこの場所へここまで大胆不敵な襲撃を企てたのか、その最大の要因を身を以て理解した。
こいつらは、本気でオールマイトを殺すつもりでここに来たのだ。
そして、このまま自分が倒れてしまえば、オールマイトが不在である今、この圧倒的な暴力の矛先は間違いなく残された生徒たちへと向かってしまう。
「(さっきの悲鳴からして、入り口で生徒を守っていた13号もやられている可能性が高い……あいつらは無事なのか……!?)」
未だに響き続ける出入り口での攻防音。その音に混じるように聞こえてきた、麗日の悲痛な叫びや飯田の困惑の声。
加えて、死柄木が嬉々として語ったUSJの各地に散らされた生徒たちの安否も相俟って、相澤の額からは血液と共に大量の冷や汗が流れ落ちていた。
「なぁ、イレイザーヘッド。オールマイトはいつ頃来るのか教えてくれよ」
相澤の顔の前でゆっくりとしゃがみ込み、死柄木は下卑た笑みを隠さずに言葉を投げかけた。
彼の表情は、既に自分たちの勝利を確信しきっているかのようだった。たとえ今オールマイトが来たところで何も問題ない、むしろ早く来て絶望に顔を歪める様を見せてくれと言わんばかりの、心底から舐め切った態度。
「大人しく口を割るなら、あんたのお気に入りの生徒くらいは見逃してやるからさ」
「……誰が、お前らなんかの……ッ」
「ああ、そう」
反抗的な目を向ける相澤を鼻で笑い、死柄木はわざとらしく天を仰いで首を傾げた。
「それじゃあ、ここに集まったガキどもを皆殺しにして待ってることにするよ。その方が平和の象徴の矜持も傷つけられて一石二鳥だしな」
「ッ……!?」
その言葉の直後。
死柄木の赤い瞳が、スッと自身の背後───広場に隣接する『水難ゾーン』の方向へと向けられる。
その視線の動きを追うように、相澤が痛みに耐えながら僅かに顔を上げた先。
そこには、死柄木に気付かれているとは露知らず、担任である相澤を助けようと水面に潜みながら必死に隙を窺っている三人の生徒───峰田実、蛙吹梅雨、そして緑谷出久の姿があった。
「(どうしてあいつらが、こんなところに……!!)」
相澤が内心で驚愕と絶望の声を上げた、その気配を察知したのだろう。
死柄木は「まずはコイツらからだ」とばかりにニンマリと口角を吊り上げると、相澤が制止の声を上げる暇すら与えず、一息の間にその細い身体を反転させた。
瞬きをするよりも早い、ぞっとするほどの尋常ではないスピード。
死柄木の姿は、次の瞬間には水辺から顔を出していた蛙吹の眼前へと到達し、その五本の指を大きく広げた右手を、無慈悲に彼女の顔面へと伸ばしていた。
相澤は、死柄木のその『手』が触れただけで、対象をボロボロに罅割れさせ、文字通り崩壊させる恐るべき力を持つことを身を以て味わっている。自身の右肘の皮膚と筋肉が塵となって崩れ落ちたあの悍ましい感覚。
あれが、ヒーロー科の生徒とは言えまだ十五歳の少女の顔に触れればどうなるか。一瞬で頭蓋骨まで崩壊し、確実に死に至ることは明白だった。
「(やらせてたまるかッ!)」
脳無が上から頭を抑えつける万力の如き力に、相澤は火事場のバカ力で首の筋肉を軋ませて強引に顔を上げ、血塗れの視界で死柄木の両手を真っ直ぐに睨み据えた。
瞳孔が開き、血走った眼球が死柄木の姿を捉える。
『抹消』。
直後、死柄木の五本の指が蛙吹の顔面にピタッと触れた。
出久と峰田の時間が止まり、蛙吹が死を覚悟した瞬間。
「…………ハハッ」
しかし、蛙吹の顔が崩壊することはなかった。
死柄木が不思議そうに自身の指先を見つめ、そして、背後で自分を睨みつけているボロボロのプロヒーローへと視線を戻した。
「本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド」
死柄木は皮肉気に、だが心の底から感心したような声でそう告げた。
しかし、そんな称賛の言葉とは裏腹に、二度目はないと言わんばかりに冷酷な指示を下す。
「やれ、脳無」
「ガァ……!?」
指示を受けた脳無が、相澤の顔面を掴んでいた巨大な手を高く持ち上げ、そのままアスファルトに向かって全力で振り下ろした。
顔面が地面に激突し、視界が真っ赤に染まる。相澤の頭蓋の奥で、意識の糸がブツリと切れる音がした。
「起きた時に、もう一度俺に同じ目ができるか楽しみにしてるよ」
今にも完全に意識を失ってしまいそうなほどに朦朧とする視界の中。
相澤の目に最後に映ったのは、恩師の窮地に我を忘れ、死柄木への反撃のために水面から飛び出して自壊覚悟の渾身の一撃を放とうとする緑谷出久の姿。
そして、その捨て身の一撃を、相澤の上から瞬時に移動した脳無が、その鋼の肉体で軽々と防いでしまった絶望の光景だった。
「(緑谷……ッ!)」
出久の拳は脳無の『ショック吸収』という“個性”の前に完全に無力化され、反撃の手段を失い無防備となった出久、蛙吹、峰田の三人へ向け、死柄木が「今度こそ」とばかりに再び『崩壊』の手を伸ばす。
「(万事休すか……ッ)」
身体は指先一つとして動かせない。もはや『抹消』を使う気力すら残されてはいない。
相澤が、守るべき生徒たちが殺される光景を前に、不甲斐ない自分たち大人の無力さを呪い、そのまま絶望と共に意識を深い闇へと落としそうになった、その時───
───突如、大気を震わせるほどの凄まじい轟音が木霊する。
USJの天蓋の一部が、空間ごと抉り取られたかのように粉々に吹き飛ばされたのだ。
「「「ッ!?」」」
鼓膜を劈くような凄まじい爆音と、上空から降り注ぐ大量のガラスの雨。
突然の事態に死柄木の伸ばしかけた手が止まり、出久たちも思わず頭上を見上げる。
血と土埃に塗れた相澤も、震える顔で辛うじてその音の発生源───ぽっかりと開いた天井の穴へと視線を向けた。
そして、そこに現れた『存在』を視認した瞬間。相澤は内心で教師としての途方もない不甲斐なさと、どこか安堵にも似た笑みを浮かべ、今度こそ静かに意識を手放した。
同様に、すわオールマイトが天井を破って駆けつけてきたのかと、死柄木が警戒心を露わにして顔を上げる。しかし、吹き飛んだ天蓋の中心、太陽の光を背にして空中に浮遊しながら自分たちを見下ろしていたのは、筋骨隆々の金髪の男ではなかった。
「……なんだ、ありゃ」
死柄木が怪訝な声を漏らす。
そこにいたのは、漆黒のコスチュームに身を包んだ、長身の白髪の少年。
「五条、くん……?」
出久の震える声が静寂に響く。
五条枢。彼は普段顔の半分を覆っているアイマスクを完全に外し、その下に隠された宝石のような、背景の澄み渡った空よりも蒼く澄んだ『六眼』を剥き出しにしていた。
誰もが疑問と驚愕、そして困惑と歓喜に包まれる中。
空中に佇む枢の氷のような冷徹な視線が、死柄木と脳無、そして地に伏している相澤へとゆっくりと向けられる。
「───そういうことね」
拡声器も使っていないのに、その声は広場にいる全員の鼓膜へ直接響くように、極めてクリアに、そして重々しくUSJの空気を震わせた。
その声に含まれた絶対的な強者のプレッシャーに、死柄木は思わず一歩後退すると、傍らに立つ脳無にいつでも指示を出せるように身構える。
「随分派手にやってくれたじゃん」
連絡手段を絶たれ、孤立無援の密室となっていたUSJ。
☆
USJの遥か上空、分厚い特殊ガラスで覆われていた天蓋が凄まじい轟音と共に吹き飛ばされた。
その眼下、USJの出入り口付近の巨大な扉の前では、未知の銃弾───『個性破壊弾』を撃ち込まれ、物心ついた時から共にあった“個性”を使えずに呆然と立ち尽くす飯田天哉と、彼を庇うように悲痛な表情で取り囲む麗日お茶子や障子目蔵ら数名の生徒たちが、
しかし、天蓋を吹き飛ばす爆音と頭上から降り注ぐ大量のガラス片の雨に、その場にいた全員の動きがピタリと停止した。
黒霧もまた、展開していた黒紫色の靄を揺らめかせ、遥か上空にぽっかりと開いた穴へと金色の双眸を向けている。
太陽の光を背にして、粉々に砕け散った天蓋の中心から、まるで重力という概念から切り離されたかのように現れた一つの影。
「(長身と白髪、そして……首元に垂れ下がった漆黒のアイマスク。間違いない……ッ)」
黒霧の眼差しが驚愕に見開かれた。
あの少年こそが今回の襲撃の直前、脳無の創造主である氏子達磨───ドクターが名指しで危惧し、オールマイト以上の『理不尽』だと断言して撤退を勧告してきた存在、五条枢。
「五条……!?」
「五条くん! 助けに来てくれたんや……!」
同様にUSJの天蓋を見上げていた障子や麗日たちが、目を丸くしながらも、その絶望的な状況に差し込んだ一筋の光明に歓喜と安堵の入り混じった声を漏らす。
その生徒たちの反応を聞き、黒霧はドクターの施した足止めが既に突破されたのだと悟った。
「(時間切れ、ですか)」
黒霧は内心で深い嘆息を吐いた。
ドクターがあの脳無をして「万に一つも勝機はない」とまで語った化け物が、今この盤面に降り立ってしまった。これ以上この場に留まるのは極めて危険だと判断した黒霧は、即座にドクターの忠告に従うべく、広場にいる死柄木弔の元へと自身をワープさせ撤退を促そうと、“個性”を起動しかけた。
しかし───
「まずはお前からだ」
「ッ!!?」
───その声は、黒霧のすぐ横、耳元から直接鼓膜を震わせるように響いた。
ハッと靄の奥の視線を巡らせた瞬間、黒霧の眼前、文字通り鼻先とも呼べる至近距離に、先程まで遥か上空の天蓋に浮遊していたはずの白髪の少年が立っていたのだ。
発動の予備動作はおろか、空気を切り裂く風切り音すらも感じさせない、完全なるゼロフレームの移動。
自身の“個性”である『ワープゲート』ですら、靄を展開して空間と空間を繋ぐという僅かなプロセスを必要とする。だが、目の前の少年はその連続性を完全に無視し、瞬きをするよりも早くこの場に出現したのだ。
自分とは次元の違う空間移動の手腕を突きつけられ、黒霧は限界まで目を見開き、驚愕と戦慄を露わにした。
「くっ、舐めるな……!!」
オールマイトに匹敵する怪物だと忠告されてはいた。しかし、黒霧の心のどこかには「所詮はまだヒーローの卵、ただの学生に過ぎない」という油断と驕りがあった。
彼がどれほどの力を持っていようと、自身の“個性”でUSJとは全く異なる遠方の場所へと強制的にワープさせてしまえば済む話だ。黒霧は即座に靄を肥大化させ、枢の長身を丸ごと包み込もうと、巨大な魔手へと変化させた。
黒い靄が枢の視界を完全に奪い、その全身を飲み込もうと迫った、その瞬間。
「ッ……!?」
黒霧の身体に、凄まじい引力が襲い掛かった。
先程相対したプロヒーロー、13号の『ブラックホール』を彷彿とさせるような、空間そのものを一箇所に強制的に収束させる圧倒的な引力───『蒼』。
だが、13号のものとは決定的に違う点があった。それは、周囲の瓦礫や生徒たちを一切巻き込むことなく、靄でカモフラージュしていた黒霧の実体部分だけを、ピンポイントで正確無比に引き寄せたことである。
「(私の“個性”と同じような力ではなかったのか……!?)」
空間を転移する力ではなく、空間そのものを引き寄せる力。
黒霧がその力のメカニズムに驚愕し、戦慄の思考を巡らせようとしたが、彼に許された時間はそこまでだった。
ボギュッ、と凄まじい引力で前屈みに引き寄せられた黒霧の腹部に、枢の無慈悲な右拳が深々と突き刺さった。
貫通こそしなかったものの、その一撃は黒霧の全身の骨と臓腑を激しく軋ませ、肺の中の空気を一滴残らず強制的に吐き出させるほどの、圧倒的で理不尽な暴力を伴う攻撃だった。
「ガ、ハッ…………」
黒霧の金色の瞳が光を失い、枢の全身を包み込もうとしていた靄が弾けるように霧散していく。
そのまま崩れ落ちた
「委員長、こいつの拘束と通報よろしく」
「え……」
たった一撃。
つい先程まで自分たちを絶望の淵に追い詰めていた強敵を、瞬きの間には無力化してしまった光景に思わず唖然とする生徒たち。
そんな中、枢からの言葉を受けた飯田は、一瞬自分が何を言われたのか分からないというように呆けたような声を漏らした。
“個性”を奪われ、絶望に打ちひしがれ、何もできない無力な自分。そんな自分を、五条枢は『委員長』と呼んだのだ。その言葉にハッとした飯田は、個性が使えなかろうと自分にはまだクラスの代表として為すべき使命があるのだと気付かされ、強く歯を食いしばって力強く頷きを返した。
「ッ……ああ、任せてくれ!」
「さすが」
そんな飯田の瞳に再び灯った強い光を見て、枢は満足そうに口角を上げて笑みを浮かべた。
そして入り口の事態を彼らに託すと、枢はそのまま広場の中央で待ち構える首魁───死柄木弔の元へと、再び『蒼』による空間圧縮を用いて姿を消した。
「(……黒霧?)」
一方、眼前の水面に潜む学生たちから意識を外し、脳無を侍らせて上空から現れた謎の少年の動向を注意深く窺っていた死柄木は、顔に張り付いた手首の奥で怪訝そうに眉を顰めていた。
自身の優秀な参謀であり、いつでも逃げ道を用意してくれるはずの黒霧の気配が、突如としてUSJの入り口付近から完全に消失したのだ。
やられたのか? と思わず死柄木が舌打ちを零したのも束の間。
「随分と派手にやられたねー、先生」
「は───ッ!?」
天蓋から出入り口へと消えたかと思えば、今度は死柄木のすぐ真後ろ。脳無に頭蓋を砕かれ、血の海に沈んで意識を失っている相澤の前へと、枢が唐突に出現したのだ。
余りに神出鬼没なその行動に、死柄木は「黒霧みたいなワープの“個性”か?」と即座に思考を巡らせる。
しかし、そんな死柄木の警戒を他所に、枢は血塗れの担任の惨状を見下ろした後、水面から顔を出して呆然とこちらを見据えている出久、蛙吹、峰田の三人へと視線を向け、心底呆れたように言葉を告げた。
「何ボーっとしてんのさ。今のうちに向こうでみんなと合流してきなよ」
アイマスクを外し、その透き通るような碧眼───『六眼』を露わにした枢の素顔を初めて目にした彼らは、そのあまりの存在感に一瞬驚愕の念に囚われた。
しかしすぐさま我に返った出久は、眼前に立つ敵の異常性を伝えるべく、必死に声を張り上げた。
「五条くん駄目だ! その
「脳無」
出久の警告の言葉を遮るように、死柄木が低く冷酷な声で命じた。
死柄木の視線は枢から一切外すことなく、背後で耳障りな声で喚く出久たちを『黙らせる』べく、脳無を嗾けたのだ。
「ったく……」
その丸太のような豪腕が容赦なく出久へと振り下ろされる。
反応すらできず、水辺でただその死の質量が迫り来るのを見つめることしかできない出久、蛙吹、峰田。再び自身の絶対的な死を明確に認識し、絶望に瞳孔が収縮した、その瞬間。
「言わんこっちゃない」
空気を切り裂くほどの衝撃波がUSJの広場を吹き抜ける。
しかし、出久たちが痛みを感じることはなかった。
彼らの眼前には自分たちを庇うように立つ枢の背中があり、『蒼』による高速移動で脳無よりも更に速く動いた枢が、脳無の放ったその豪腕を事も無げに受け止めていたからだ。
いや、正確には『受け止めて』すらいない。
脳無の巨大な拳は、枢の体の数センチ手前で、見えない壁に阻まれたかのように完全に静止していた。
空間を無限に分割し、近づくものを永遠に届かせない絶対の防壁───『不可侵』。
その力の前ではどれほどの怪力を持っていようが全くの無意味であることは、戦闘訓練で彼と対峙した出久たちが誰よりも認知していた。
「ご、五条ォォォッ!!」
死の淵から生還した峰田が、大粒の涙を流して歓喜に咽び泣く。
その光景を後目に、枢は未だに瞠目して硬直している出久へ向けて億劫そうに首を傾げた。
「怪我してんだからさっさと行きなって。……これ以上いられても、邪魔なだけだからさ」
「え……っ、わ、わあっ!?」
出久たちが返事をする暇もなく、枢は片手を軽く振った。
直後、強烈な引力が彼らを包み込み、出久、蛙吹、峰田の三人、そして血の海に倒れ伏していた相澤の身体を見えない巨大な手で掴み上げるようにして宙へと浮かせると、そのまま後方の安全地帯である入り口の階段付近へと強制的に撤退させたのだ。
「あ、ああ……ごめんなさい、お父さん……」
彼らを安全圏へと吹き飛ばし、「やっと静かになった」と小さく嘆息しながら枢が前を見据えれば。
そこには、フラフラとした覚束ない足取りで、アスファルトの地面に落ちた『切断された手首』を拾い集める死柄木の姿があった。
先程、枢が脳無の攻撃を阻むために出久たちの前へ高速移動した際、彼はついでとばかりに死柄木の顔面に掌底の一撃を入れていたのだ。
その衝撃で死柄木の顔を覆っていた手首───彼が『お父さん』と呼び、病的に執着している異常な装飾品が剥がれ落ちてしまったらしい。
「……人の趣味にとやかく言うつもりはないけどさ」
ブツブツと何かに謝罪しながら手首を拾い、自身の顔に再び装着し直す死柄木。
その異様で猟奇的な姿に、彼を庇うように再び距離を取って立ち塞がる脳無も忘れずに視界の端に収めながら、枢は呆れたように苦笑交じりの言葉を零した。
「流石に、そのファッションセンスはないでしょ」
顔、肩、腕。全身に死人の手首を纏い、狂気を撒き散らす敵の首魁。
そんな死柄木に対し、枢はまるで休日の街角でダサい服を着ている同級生をからかうかのような、圧倒的な余裕と軽薄さを持って笑いかけた。
「───で、お前は何だよ、クソガキ」
顔に手首を戻した死柄木が、指の隙間からどす黒い殺意と苛立ちを露わにして、血走った眼球で枢を睨み据える。
自分のゲームをことごとく邪魔し、極め付けには攻撃まで当ててきた見知らぬイレギュラー。
そんな死柄木の怒気に対し、枢は嘲笑するように、どこまでも不敵な笑みを深く刻んだ。
「五条枢。ブーメラン刺さってるけど大丈夫そ?」
セントラル広場の中央で、全く質の異なる二つの殺気とプレッシャーが激しく衝突し、USJの空気をビリビリと震わせる。
対するは、最強の理不尽と称される『無下限』と『六眼』の持ち主、五条枢。
USJという絶望の箱庭で、魔王に見初められた二人の後継者が、今ここに相まみえるのであった。