六眼と無下限持って生まれたけど何か世界観が違う   作:杏鷲

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 たくさんのお気に入り、そして評価と感想ありがとうございます。
 ここまで伸びるとは思ってもいなかったので大変励みになります。



第二話

 

 長いようで短かった中学三年生という時間も残り僅かな、柔らかな春の陽気が顔を出し始めた二月の終わりのこと。

 この国の誰もが知る国内最高峰のヒーロー育成機関、国立雄英高等学校。その威容を誇る巨大な正門の前には、全国から集まった数多の受験生たちの波が押し寄せていた。

 

 誰もが緊張に顔を強張らせ、不安を紛らわせるように参考書を読み込んだり、ぶつぶつと公式を反芻したりしている中、その波から完全に浮いている一人の少年───五条枢の姿があった。

 

 春の微風に透き通るような白髪を揺らしながら、枢は感慨深そうな眼差しで独特な形の巨大な校舎を見上げている。

 雲一つない青空に向かってそびえ立つガラス張りの威容。テレビの向こう側でしか見たことのなかったその景色を前にして、枢の胸中にあるのは不安でも緊張でもなく、ひたすらに凪いだ確信だけであった。

 

「(春からここに通うことになるのか。……駅からちょっと迷ったし、通学経路はもう少し頭に入れとかないとな)」

 

 枢の思考は、すでに自分が合格することを大前提として進んでいる。落ちるかもしれないという疑念は、文字通り一ミリたりとも彼の脳内には存在していなかった。

 傍から見れば、それは身の程を知らない傲慢な少年の現実逃避に映るかもしれない。しかし、枢にとってそれは単なるこれまでの実績に基づく、極めて客観的な事実でしかないのだ。

 

 そもそも前世の記憶を持つ彼からしてみれば、如何に天下の雄英高校と言っても高校受験の出題範囲の域を出ない以上、既に前世で一度経験して生まれながらに土台が出来てることを踏まえれば、合格点を取れて当たり前の内容でしかない。

 加えて、枢には孤児院からの独り立ちという明確な将来設計があった。いずれ施設を出てヒーローという職業で自立し、高額納税者ランキングに名を連ね誰にも干渉されない自由な生活を手に入れる。その目標のために、枢は幼い頃から勉学を欠かさなかった。

 

 結果として、雄英高校の一般入試に向けた全国模試の判定は常に余裕のA判定。そのため筆記試験に関しては、わざわざ徹夜で詰め込むような真似をする必要すらなかった。

 あとは、午後に控えている実技試験で順当に結果を残すだけである。

 

「(入試要項通りなら特に問題ないでしょ)」

 

 そしてその実技試験も、枢には他の追随を一切許さない圧倒的な″個性″───『無下限』と、それを十全に扱うための『六眼』がある。

 筆記は完璧。実技においては、仮にどんな内容であっても自分が落ちるビジョンすら想像できない。これで過信するなという方がむしろおかしな話だろう。

 

 悲壮感すら漂わせる周囲の受験生たちを他所に、枢はまるで近所のコンビニにでも立ち寄るかのような軽い足取りで、試験会場となる雄英の校舎へと足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広大な校舎内を歩き、指定された受験番号の教室へと辿り着く。

 階段教室のように傾斜のついた広い講義室には、すでに多くの受験生たちが着席し、張り詰めた沈黙の中で鉛筆を走らせる音や、神経質に貧乏揺すりをする音だけが響いていた。

 

 自分の受験番号が記されたシールが貼られている座席を見つけ、枢は静かに腰を下ろす。そして長い脚を持て余すように少しだけ前に投げ出し、ぐるりと教室全体を見渡した。

 

「(まぁ、分かっちゃいたけど……やっぱり推薦枠じゃないと人でいっぱいだな)」

 

 ふと、そんな考えが脳裏を過る。

 雄英高校には、一般入試とは別に圧倒的な実績や有望な個性を持つ一部の学生だけが挑める推薦入試という制度が存在する。もしその枠に選ばれていれば、こんな窮屈な場所で筆記試験など受ける必要はなかったことだろう。

 

 しかし、枢はすぐに自嘲するような小さな笑みを溢した。

 推薦入試の枠をもらうためには、著名なプロヒーローからの直接の推薦や名門中学校からの強力な後押し、あるいは相応の家柄や社会的地位といった後ろ盾が必要不可欠になる。

 身寄りのない児童養護施設出身の自分では、どれほど個性が強力であったとしても土台無理であることは火を見るよりも明らか。

 自分の社会的立ち位置の弱さを冷静に受け入れ、枢は小さく息を吐きだした。

 

「(持ってきといて正解だったよ)」

 

 やがて、彼はブレザーの胸ポケットに手を入れると、そこから折りたたまれた愛用の黒いアイマスクを取り出し光を完全に遮断する分厚い漆黒の布を広げる。枢は躊躇いなくそれを自身の両目を覆うように装着し、リラックスするように深く背もたれに体を預けた。

 

 周囲の受験生たちが、突如としてアイマスクを着け始めた白髪の少年にギョッとした視線を向けるが、当の枢は全く気にする素振りを見せない。

 しかし、彼がよりにもよってこの場所でアイマスクを着用するのには明確な理由があった。

 

「(ちょっと仮眠でも取るか……)」

 

 枢の持つ特異な双眸───『六眼』は、異形型の個性と同じくオンオフの切り替えができない常時発動型の能力である。

 瞼を閉じようが、視界を遮ろうが、その碧眼は世界に満ちるありとあらゆる個性因子の情報と残滓を高精細なサーモグラフィーのように可視化して絶えず脳内へ送り込み続ける。

 特に、この教室のように多種多様な″個性″を持った人間が密集している空間は六眼にとって最悪の環境だった。あちらからは発火能力者の熱源が、こちらからは強化系能力者の体の力みが、後ろからは異形型の″個性″の脈動が───そんな膨大な情報量が色彩を持ったノイズとなって視界を極彩色に埋め尽くすのだから、文字通り目に毒である。

 

 もちろん、十年以上この眼と付き合ってきた枢の脳がその程度の情報量で疲弊しきってしまうようなことはない。しかし、午後から実技試験という実戦を控えている以上、無駄なリソースを割いて脳を疲れさせるのは下策だ。少しでも視覚情報を物理的に遮断し、万全の状態で試験に臨むために体を休めておくのに越したことはない。

 

 時計の針の音だけが、教室内に等間隔で響いている。

 試験の開始時刻まで、まだ三十分近くの猶予があった。

 

「(……アラームかけとこ)」

 

 暗闇の中でアイマスク越しに携帯を操作し、枢が意識を浅い眠りへと落とし込もうとした直後のことだった。

 

「───隣、座ってもいいかな?」

 

 ふと、頭上から声が降り注いだ。

 ひどく芝居がかった、どこか貴族めいた優雅さを取り繕うような少年の声。

 

 枢は背もたれに体を預けたまま、アイマスクを指先で僅かにずらし、片目だけを覗かせた。

 視界の先に立っていたのは、眩しいほどの金髪を綺麗に切り揃え、自信に満ちた笑みを浮かべている一人の少年だった。少年は、枢が長い脚を投げ出して道を塞ぐ形になってしまっている奥の空席を指差している。

 

 しかし、その少年───青山優雅を視界に捉えた瞬間。

 思わず、枢の『六眼』がすっと細められた。

 

 枢の眼は、青山の纏う個性因子の機微を一瞬にして解析し、脳内に叩き込んでいた。

 

「(……なんだ、コイツの″個性″?)」

 

 周囲の受験生たちが持つ″個性″は、どれも肉体という器にしっかりと根付き、血肉の一部として循環しているのが視える。

 だが、目の前に立つ金髪の少年のそれは明確に異なっていた。

 まるで、本来その″個性″を受け入れるための配線が存在しない機械に、無理やり別の規格のバッテリーをねじ込み、強引に電流を流しているかのような歪さ。

 肉体と″個性″が致命的に噛み合っていない。″個性″が彼自身の体から漏れ出し、本人の肉体すらも蝕んでいるかのような、不自然極まりないエネルギーの形。

 

 そして何より枢の目を細めさせたのは、その不自然にねじ込まれた個性の根源から、ほんの僅かに、ごく微量に漂う泥のような暗い残滓だった。

 それが何なのか枢には分からない。しかし、決して生まれ持った自然なものではないという確信だけが『六眼』を通して枢の網膜をチリチリと焼いた。

 

 凍りつくような冷たい碧眼に射抜かれ、青山の笑みが一瞬だけ、本当にごく僅かに引き攣ったように硬直する。

 全てを見透かされるような、底知れぬ恐怖。自身の奥底に隠し持っている最大の秘密(・・・・・)の蓋を無理やりこじ開けられそうになるその感覚に、青山の背筋に冷たい汗が伝った。

 

 しかし、その緊張は一秒と保たずに霧散する。

 

「───ああ、ごめんごめん」

 

 枢は瞬時に先程までの氷のような視線を消し去り、人好きのする柔らかな笑みを浮かべた。

 彼はアイマスクを元の位置に戻して目を隠すと、背もたれから体を離し「通っていいよ」と言わんばかりに、今度は通り道の邪魔にならないよう机に深く突っ伏し、本当にそのまま仮眠を取り始めてしまった。

 

 他人の事情など、今の枢にはどうでもいいことだった。

 少し奇妙な個性を持った奴がいる、ただそれだけのこと。自分の邪魔をしないのならそれでいい。

 

 道が開き、静寂を取り戻した座席の横で。

 青山優雅は自身の席へと腰を下ろすまでの間、机に突っ伏して微動だにしない真っ白な髪の少年へと、ただ静かに、何かを恐れるような視線を送り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これと言った波乱も何もなく筆記試験が無事に終了し、昼休憩の後に午後からの実技試験についてプレゼント・マイクから説明を受けた受験生たちは、雄英高校が誇る広大な実技試験会場へと場所を移していた。

 

 巨大な壁に囲まれた模擬市街地演習場。その入り口前に設けられた待機エリアの片隅で、五条枢は中学校の窮屈な学生服から、持ち込んでいた動きやすい服装へと着替えを済ませていた。

 身に纏うのは、黒と白を基調としたシンプルな装い。鍛え上げられたしなやかな筋肉のシルエットを隠すことなく拾うタイトな黒シャツに、足運びを阻害しないゆったりとした白のボトムスだった。

 

 枢は首元を軽く鳴らしながら、先程のオリエンテーションでプレゼント・マイクから説明された試験のルールを脳内で反芻する。

 

 曰く、この演習場の中に三種類の″仮想敵″が多数配置されていること。それぞれ強さに応じて1ポイント、2ポイント、3ポイントと点数が割り振られており、受験生たちは自身の持つ″個性″を駆使してそれらを行動不能にし、制限時間内にどれだけポイントを稼げるかを競うのが今回の試験内容。

 そして当然ながら、ヒーローを志す者として他の受験生への攻撃や妨害行為はご法度であり、アイテムの持ち込みに関しては事前に申請が通っているものであれば自由とのこと。

 

 要するに、いかに素早く、いかに効率よく敵を殲滅できるかという、純粋な戦闘能力が問われる至ってシンプルなルールだった。

 

「(……ま、問題はないか)」

 

 脳内でルールの確認を終えた枢は、筆記試験の際にも着用していた漆黒のアイマスクを外すと、改めてその碧眼越しに周囲を見据える。

 

 分散されたとはいえ、演習場前にはまだまだ人だまりと呼べるほどの受験生たちがひしめき合っている。皆一様に顔を強張らせ、これから始まる戦闘への期待と興奮で息を荒くしていた。

 そんな彼らの姿に肩を竦めながら、枢は小さく息を吐き出す。

 

 枢の内に宿る″個性″───『無下限』の特性上、出力を高めれば高めるほどその影響範囲は爆発的に拡大し、周囲の受験生ごと容赦なく″仮想敵″を削り取ってしまう。

 もしもこの密集地帯で、あるいは他の受験生が戦っているすぐ側で″個性″を解放すれば、最悪の場合、彼らを巻き込んでミンチにしてしまいかねない。

 

「(まだまだ本家(・・)みたいな精密操作が出来る訳じゃないし……他の子たちには悪いけど、速攻で終わらせるしかないか)」

 

 故にこそ、枢は心の中でひっそりと謝罪の言葉を呟く。

 もしも指先一つで一切の狂いもなく『無下限』を支配できる『彼』のような神業があれば、群衆の中でも的確に仮想敵だけを間引くことだって可能だろう。ただ、今の枢にはまだそこまでの絶対的な練度はない。

 

 しかし、それはあくまで周囲に人がいたら(・・・・・・・・)の話である。

 試験開始の開幕直後であれば、手前側に配置された仮想敵を狩ることは難しくとも、他の受験生がまだ到達していない市街地の最奥部にいる仮想敵ならば、誰を巻き込む心配もなくまとめて一掃することができる。

 枢は視線を走らせ『六眼』の機能を使って周囲の受験生たちの″個性″を瞬時に解析した。

 

「(……瞬間移動系の″個性″持ちはいないっぽいな)」

 

 であれば、あとは合図を待つだけだ。

 枢が軽く伸びをして、アキレス腱を伸ばすような仕草を見せた───その直後だった。

 

「───ハイ、スタートー!」

 

 演習場の上空に設置された巨大なスピーカーから、プレゼント・マイクの試験開始の合図が唐突に鳴り響いた。

 事前のカウントダウンも何もない、あまりにもいきなりのスタート宣言。周囲の受験生たちが「えっ?」と困惑と驚愕に目を丸くして足の裏を地面に縫い付けられている中、枢の体はすでに反応していた。

 

 実戦にカウントダウンなど存在しない。

 その理屈を当然のように理解していた枢は、誰よりも早く″個性″を発動する。

 

 座標を圧縮し、自身を引き寄せる″個性″の応用。

 周囲の受験生たちの目に映ったのは、白髪の少年が一瞬にしてブレて消滅したかのような不可解な現象だっただろう。

 一気に市街地の最奥部───まだ誰も足を踏み入れていない高層ビルが立ち並ぶエリアの遥か上空へと瞬間移動した枢は、重力から解放されたようにフワリと空中に留まり、眼下のストリートを徘徊する無数の″仮想敵″を見下ろした。

 

「建物とか壊したら減点になるかもだし、取り敢えず出力は最低で」

 

 独り言のように静かに呟き、枢は右手をスッと前方に掲げる。

 

 

 術式順転『蒼』───。

 

 

 その言葉が紡がれた瞬間、枢の掲げた指先のすぐ上に、周囲の空間を捻じ曲げるような深海の如き掌大の球体が出現した。

 それは五条枢の″個性″である『無下限』がもたらす事象。無限を具現化する本来の能力を、さらに強化したことで人為的に発生させた『収束』の力。

 先程の瞬間移動もこの力の応用であったが、今、枢の頭上に生み出された『蒼』には、周囲のあらゆる対象を強制的に引き寄せるブラックホールにも似た強烈な引力が発生していた。

 

「おー、大量大量」

 

 枢がマリンブルーの双眸を細めた次の瞬間、眼下の市街地で地獄のような光景が繰り広げられた。

 

 ギャリギャリギャリッ、と鼓膜を劈くような凄まじい金属の軋み音。

 『蒼』の圧倒的な引力に捉えられた数十体もの″仮想敵″たちが、地面を削りながら宙へと浮き上がり、中心の球体に向けて一斉に吸い寄せられていく。

 更にそんな″仮想敵″を巻き込みながら、アスファルトを突き破って引き抜かれた標識、へし折れた電柱、放置されていた廃車までもが宙を舞い、空中で仮想敵の鋼鉄のボディと激しく衝突し、文字通り圧し潰されながら行動不能と化していった。

 

 1ポイント、2ポイント、3ポイントの仮想敵が入り乱れ、巨大なスクラップの塊となって空中で圧縮されていく。

 そして試験開始から数分と経つ頃には、枢の頭上にあった掌ほどの小さな球体だった『蒼』は、数多の仮想敵の残骸と瓦礫の山を根こそぎ呑み込み、今や見上げるほどの隕石もかくやと言わんばかりの、圧倒的な質量を持った鉄屑の球体と化していた。

 

「───んー、取り敢えず100ポイントくらいは行ったかな」

 

 残骸の数をざっと目算し、枢は現在の自分のポイントを弾き出す。

 合格ラインをとうに超えていることは明らか。これ以上は、後からやってくる他の受験生たちの獲物まで全て奪ってしまうようで流石に気が引ける。

 そう考えた枢が、適当な空き地にでもこの巨大なスクラップの塊を捨てて試験を終わらせよううと背中を向けた───その瞬間だった。

 

 突如として、市街地全体を揺るがすような大地震が巻き起こる。

 そして地鳴りと共にアスファルトが広範囲にわたって爆発的に捲れ上がり、土煙を上げて地中から『何か』が出現した。

 

 それは、これまで目にして来た仮想敵とは全く次元の異なる大きさの、周囲のビル群すらも優に見下ろすほどの異常なサイズを誇る″巨大仮想敵″。

 もうもうと立ち込める粉塵の中から姿を現したその威容を見て、枢は説明会でのプレゼント・マイクの言葉を思い出した。

 

「(ああ、あれがマイクの言ってたお邪魔虫(0ポイント)か)」

 

 得られるポイントはゼロ。倒す意味はなく、各会場に一体配置されているギミックのようなものだと説明されていた障害物。

 ″巨大仮想敵″は、まるで怪獣のように無作為にその剛腕を振るい周囲のビルを紙切れのように薙ぎ払って市街地を荒らし回り始めており、後方からはそんな″巨大仮想敵″の姿に気づいたのか、他の受験生たちが悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。

 

 そして、上空に浮遊している枢の存在に、その巨大な機械の赤い複眼がギョロリと向けられた。

 

『標的補足』

 

 静かで無機質な機械音声が響いたかと思うと、巨大仮想敵は一切の躊躇なく、空中の枢に向かってビルを粉砕したその剛腕を大上段から振り下ろしてきた。

 圧倒的な質量と速度。如何に強力な″個性″を持った人間であろうと、まともに喰らえば全身の骨が砕け散り、ただでは済まない必殺の一撃。

 

 しかし、枢の口元には一切の焦燥も恐怖も浮かんでいなかった。

 彼は迫り来る死の影を見上げながら、ただ微動だにせず空中に留まり続けていた。

 

 ビタッ、と。

 

 巨大な鋼鉄の拳が枢の体を完全に叩き潰す、ほんの数センチ手前。

 まるでそこに見えない壁でも存在するかのように、猛烈な勢いで振り下ろされた巨大仮想敵の剛腕が完全に停止した。

 

 衝撃音すらない。風圧すら届かない。

 それは『無下限』が持つニュートラルな力───『不可侵』。

 枢に近づくものは、彼に到達する前に無限の距離を分割され続け決して触れることはできない。如何なる物理法則の暴力であろうと、何人たりとも術者を害することは不可能と称される無敵の力。

 

 微動だにせずプルプルと拳を震わせている″巨大仮想敵″を前に、枢は『六眼』を細めて静かに笑った。

 

「どうせだし、こいつも掃除しとこうかな」

 

 ″巨大仮想敵″を倒しても得られるポイントはない。しかし、すでに十分にポイントを稼ぎ終え、暇を持て余していた枢にとっては関係のない話だ。

 

 枢は自身の頭上で未だに凄まじい引力を放ちながら滞空している、隕石のような『蒼』のスクラップ球体に意識を向けた。

 眼下には、巨大仮想敵の出現によってメチャクチャに荒れ果てた市街地が広がっている。そして、周囲に他の受験生の姿は完全にない。

 

 丁度いいや、と言わんばかりに。

 枢は口角を吊り上げ、悪戯を思いついた子供のような無邪気な笑みを溢した。

 

「術式反転『赫』───なんて」

 

 言葉とは裏腹に、彼が放ったのは『無下限』のもう一つの力ではない。

 自身の頭上に浮かぶ超質量の『蒼』を、そのまま巨大仮想敵の頭部に向けて勢いよく射出したのだ。

 

 ズドォォォォンッ!!!

 

 『蒼』という名の隕石が、巨大仮想敵の顔面に真っ向から直撃する。

 凄まじい衝突音と共に、鋼鉄の装甲がひしゃげ、内部の回路が爆発して火花を散らす。『蒼』をぶつけられた″巨大仮想敵″は、その巨体を大きくのけぞらせると、バランスを崩して大破しながら自らが作った瓦礫の山へと轟音を立てて押し倒されていった。

 

 地響きが収まり、舞い上がった土煙が春風に流されていく。

 完全に沈黙し、ピクリとも動かなくなった巨大仮想敵の残骸を上空から見下ろしながら、枢は満足そうに笑みを浮かべた。

 

 その圧倒的な余裕を孕んだ笑みを祝福するかのように。

 

『終了──────!!』

 

 プレゼント・マイクの試験終了を告げる高らかな合図が、破壊の痕跡が残る演習場の空に大きく響き渡った。

 

 

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