五条枢の大胆不敵、あるいは傲岸不遜ともとれる選手宣誓を経て、雄英体育祭の熱狂は早くも一つの頂点に達していた。
スタジアムを包み込む数万人の観客から降り注ぐのは、怒号のような歓声と、これから始まる波乱のショーへの期待。
そんな割れんばかりの喧騒の中、演台に立つミッドナイトは若人たちの放つ闘気と青春特有の青臭い熱に当てられたのか、両手で自身の頬を包み込み、熱い吐息を漏らしながら身悶えするような仕草を見せていた。
『あぁ、若人の青春って感じで素敵ね……! でも、アオハルもそこそこに早速第一種目、いわゆる予選の競技の発表よ!』
陶酔から一転、ミッドナイトが手にした鞭を空中で鋭く振るうと、彼女の背後に設置された巨大モニターの画面が切り替わる。
現れたのは数々の競技名が記載されたデジタルのルーレット。それが目にも留まらぬ速度で回転を始め、スタジアム中の視線がその行方を固唾を呑んで見守る。
やがて、回転が徐々に緩やかになり、赤い矢印が一つの枠を指し示して停止した。
『毎年多くの者が涙を飲む、運命の第一種目は───これよ!!』
電飾の瞬きと共にモニターへデカデカと表示された文字は、『障害物競走』。
その競技名を読み上げると同時に、ミッドナイトは妖艶な笑みを浮かべながらルールの詳細を説明し始めた。
コースはスタジアムの外部に設けられた、外周約四キロメートルに及ぶ長距離トラック。
そこをヒーロー科、普通科、サポート科、経営科の計十一クラス、総勢三百名を超える一年生全員で争う総当たりレースであること。
そして何より特筆すべきは、雄英高校の校風である『自由』を体現したその競技規定。
『コースさえ守るなら、何をしたって構わないわ!』
ミッドナイトのその言葉は単なる徒競走ではないことを意味している。“個性”の使用はもちろんのこと、他者への妨害、罠の設置、蹴落とし合いすら容認される、過酷なサバイバルレースの開幕宣言であった。
その無慈悲なルールを聞き、スタートラインに着くよう指示された生徒たちの間に肌を刺すような緊張感が走る。
すでに枢の宣誓によって導火線に火をつけられている1-Aの生徒たちは、並み居る他クラスの連中など眼中にないとばかりに闘志を剥き出しにして前を見据えていた。
しかし、そんな殺気すら帯びた集団の最後尾。誰よりも後ろのポジションに陣取った枢だけは、周囲の熱気から完全に孤立したような空気を纏い、心ここにあらずといった様子で雲一つない快晴の空を見上げていた。
「(障害物競走ってのは大方予想通りだからいいとして……。エリちゃんはちゃんと見てくれてるかな)」
スタートを知らせるシグナルが赤く点灯しカウントダウンが始まってもなお、枢の思考は今日も今日とて不安そうに自身を孤児院から送り出した小さな少女、壊理へと向けられていた。
この二週間の間、体育祭というものがどういう行事なのか、テレビの向こうで自分が何をするのか、枢は壊理にも理解しやすい言葉を選んで説明を重ねてきた。彼女もまた、枢がテレビに映るのならと、他の子供たちと一緒に食堂のモニターを見ることを約束してくれた。
だが、今朝孤児院を出発する際。玄関先で見送ってくれた壊理の小さな両手は、枢の制服の裾を白くなるほど強く握り締めて離そうとしなかった。
───ちゃんと、帰ってくるよね?
見上げてくる赤い瞳は、微かな恐怖と不安に揺らいでいた。
どれだけ『ただの運動会のようなものだ』と説明しても、長年地下室に幽閉されオーバーホールの冷酷な実験によって幾度も身体を切り裂かれてきた彼女にとって、他者と“個性”を使って争う場というのは流血と痛みを伴う暴力の象徴でしかないのだ。
自分の絶対的な庇護者である枢が、もしかしたらあのような凄惨な目に遭うのではないか。あるいは、戦いの果てに自分の元へ帰ってこなくなるのではないか。
その痛切な不安を読み取った枢は、言葉を重ねて誤魔化すような真似はせず、ただ安心させるように彼女の真っ白な頭を優しく撫でるだけに留めた。
どれだけ言葉を尽くそうとも彼女の心に深く刻まれた恐怖は容易には消えない。ならば、自分がすべきことは一つだけだ。
「(テレビの前で怯えてるあの子にカッコ悪い姿は見せられない。……誰よりも圧倒的で、傷一つ負わない最強の姿を見せつけてやらないとね)」
枢の唇の端に、自然と柔らかい笑みが零れる。
宣誓で『不可侵』を使わないと宣言したのは他者を見下すためだけではない。最大の防御札を捨てた状態であっても、誰一人として自分に敵わないという絶対的な実力差を見せつけるための計算し尽くされた演出。
それこそが、壊理の抱く根源的な恐怖を払拭するための、枢なりの優しさであった。
「位置について……!!」
三つ目のシグナルが点灯し、ミッドナイトの声がスタジアムに響き渡る。
前傾姿勢を取り、“個性”の暴発寸前まで力を高める二百人の生徒たち。
「スタート──────!!」
最後のシグナルが緑色に変わった瞬間、生徒たちの群れが怒涛の勢いで前方へと殺到した。
スタジアムから外部コースへと続くゲートは一つのクラスがまるまる通るには申し分ない広さを持つものの、流石に二百人以上の人間が一斉に雪崩れ込むとなれば、そこは余りにも狭すぎるボトルネックと化す。
「うおぉぉっ!?」
「押すな、前が詰まってる!」
ゲートの入り口で生徒たちが押し合い圧し合いとなり、怒号と悲鳴が交錯する。
そんな中、先頭集団から凄まじい冷気が噴き出したかと思うと、瞬く間に分厚い氷の壁が周囲の生徒たちの足を床ごと凍りつかせ、拘束していった。
推薦入試組である轟焦凍の、躊躇いのない広範囲制圧。
だがそれにいち早く反応し、氷を砕き、あるいは上空を飛び越えて追随していく爆豪や緑谷といったA組の面々の姿も見える。
「(まずはあそこが最初のふるいってわけね)」
怒号と共に駆け出し、あるいは氷に足を取られて阿鼻叫喚の様相を呈している眼前の生徒たちの姿を眺めながら、枢は最後尾の定位置から一歩も動くことなく呆れたように肩を竦めた。
誰もいなくなったスタートライン。ただ一人立ち止まったままの枢を、演台の上に残ったミッドナイトが訝しげな眼差しで見つめている。
「ミッナイ先生。さっき、コースさえ守れば何してもいいって言ってたよね?」
枢が振り返り、気怠げな声で言葉を投げかけた。
「ええ。……分かっているとは思うけど逆走とかは論外よ」
「んなつまんないことしないって」
何か意図があるのだろう。そう判断したミッドナイトが、実況席で戸惑いの声を上げているプレゼント・マイクやざわめき始めた観客たちの反応を一度思考の端に追いやり、冷静に対応する。
彼女の確答を得た枢は、アイマスクの下の碧眼を細めて不敵な笑みを浮かべると、スタジアムの上部に設置され、大モニターへと映像を送り出しているメインカメラへ向けてその右手を大きく広げてみせた。
「五分」
マイクを通さずとも、その声はカメラの集音マイクに拾われ、スタジアム全体へと響き渡った。
「それまでは俺ここから一歩も動かないから。運営の人たち、俺の“個性”について検証の用意とかしてないなら今のうちに急いで準備しといてよ」
挑発的、という表現すら生温い。
それは他競技者への冒涜そのものであり、大会運営そのものを嘲笑うかのような極上のエンターテインメント。
その内容に、困惑していたプレゼント・マイクや観客たちだけでなく、傍らで様子を見守っていたミッドナイトまでもが驚愕に目を見開いた。
『お、おいおいイレイザー! あいつ本当に動かないつもりか!? いくらなんでも五分もハンデをやったら予選落ち確定だぜ!?』
実況席でマイクを握るプレゼント・マイクが、思わず立ち上がって隣の解説席へと身を乗り出した。
その隣には、全身を包帯で巻かれた痛々しい姿の相澤消太が強制的に連行された解説役として深いため息を零している。
『……マイク。逆に言えば、今までの雄英体育祭において一年で障害物競走を五分以内で踏破した奴はいるか?』
『え? いや、流石に四キロのコースに障害物込みだぜ。歴代でもそんな速さでゴールした奴は……もしかして、五分ってそういうこと!?』
『見てりゃ分かる』
相澤は短くそう答えると、観客たちの戸惑いと非難の眼差しに射貫かれながらも、スタートラインの芝生の上へ平然と腰を下ろしあぐらをかいている枢の姿を視界に捉えた。
あの一見すると愚行にしか見えない振る舞いを眺めながら、相澤の脳裏には、ここ二週間の間、早朝や昼休みの演習場で行ってきた仮免対策のための特別授業の記憶が蘇っていた。
『(救助活動という観点から見れば、五条の倫理観や要救助者への精神的ケアには俺が思っていたよりも遥かに難があった。だが……こと戦闘面や課題解決のプロセスに関しては、俺の想像をさらに超えていた)』
“個性”の出力調整などという次元の話ではない。
素の身体能力の高さ、咄嗟の状況判断速度、そして何より、常人の思考の枠組みを容易く飛び越えてみせる場当たり的で自由な発想力。
『六眼』という特異体質によってもたらされる膨大な情報処理能力が、五条枢という人間を他の生徒たちとは全く異なる次元の生物へと昇華させている。
『(オールマイトという圧倒的な
USJでの立ち回りを見ても、すでにプロとして最前線に放り込んでもなおお釣りがくるほどの実力。
それを思えば、先程の「玉座から引き摺り下ろしてみろ」という不遜な宣誓も、決して虚勢や見栄などではなく己の絶対的な優位性を正確に把握した上での事実の提示に過ぎない。
相澤は教師としての客観的な評価として一定の納得を示しつつも、それはそれとして、全国中継される公共の場でヘイトを買うような振る舞いをするのは控えるべきだと、体育祭が終わったら反省文の二、三枚でも書かせてやるかと内心で嘆息した。
「───よし、五分経った」
スタジアムが困惑と苛立ちに包まれる中、電光掲示板のタイマーがあっという間に五分という時間を刻み終えた。
芝生に腰を下ろしていた枢がむくりと立ち上がり、体操服の土を軽く払い落とす。そして首の骨を鳴らすような軽いストレッチを済ませると、実況席に座るプレゼント・マイクへ向けて直接声を張り上げた。
「マイクー! 今ってみんなどの辺いんの?」
『マイク先生だ!! ええい、お前が休んでいる間にレースはもう終盤だぜ! トップを走る轟が、今ちょうど最終関門である地雷原に辿り着いたところだ! ここからトップ争いに加わるのはいくらお前でも流石に厳しいんじゃねぇのか!?』
「はは、実況上手いね」
マイクからの情報を聞き、トップはやはり轟か、と枢は口元に楽しげな弧を描いた。
そんな彼が期待と不信感が入り混じる観客たちの視線を一身に浴びる中。
五条枢という存在がどれほど規格外の存在であるか、テレビの向こうで不安を抱えている小さな少女へ、そして全国のプロヒーローたちへ知らしめてやろうと、ついに枢がその圧倒的な“個性”の片鱗を行使した。
「『蒼』」
周囲の空間から、引力が特異な歪みを生み出す。
次の瞬間。枢の身体が、重力という世界の理から完全に解き放たれたかのように、音もなく空宙へと浮かび上がった。
足場のない虚空を踏み締め地上数メートルの高さで静止するその姿に、スタジアムを埋め尽くす観客たちが息を呑み、静まり返る。
「んじゃ、ミッナイ先生」
宙に浮いたまま、枢は演台のミッドナイトへ向けて片手を軽く振った。
「多分カメラの検証やら何やらで慌ただしくなると思うから、後はよろしく」
「え?」
ミッドナイトがその言葉の意図を理解出来ず疑問の声を漏らした、まさにその刹那。
空を圧するような空間の圧縮と、爆発的な解放。
瞬きをする暇すら与えぬその一瞬の間に、五条枢の姿はスタジアムの虚空から跡形もなく掻き消え、後には不自然に巻き起こった一陣の突風だけが呆然と立ち尽くすミッドナイトの髪を揺らしていた。
☆
スタジアムの敷地外周に設けられた特設コース。その各所に設置された無数のスピーカーから実況席の熱狂がリアルタイムで吐き出される。
鼓膜を揺らすその声を聞く度、爆豪勝己のこめかみには、怒りで破裂せんばかりに太い血管が浮かび上がっていた。
『お、おいおいイレイザー! あいつ本当に動かないつもりか!? いくらなんでも五分もハンデをやったら予選落ち確定だぜ!?』
「(ッ……ク、ソがァッ……! どこまで舐めプすりゃ気が済むんだ、あの目隠し野郎……!!)」
爆豪は両掌から爆炎を噴射し、その推進力で空中を跳躍しながら砕け散らんばかりに奥歯を噛み締めた。
第一関門『ロボ・インフェルノ』。入試で受験生たちを絶望させた巨大仮想敵の群れも、彼にとってはただの鉄屑の山に過ぎなかった。正面から迫る巨大な装甲を徹甲弾のごとき爆撃で粉砕し、手こずる有象無象の生徒たちを余所にいち早く死地を抜け出す。
続く第二関門『ザ・フォール』。谷底に張り巡らされた綱渡りのセクションすら爆豪には無意味な障害だった。ロープに足をつくことすらせず、連続爆破の反動を利用して暗い谷底の上空を一直線に飛翔し容易く突破してみせた。
そして現在。爆豪の眼前に、第三関門にして最終関門である広大な『地雷原』が広がっていた。
無数のセンサー式地雷が埋め込まれた危険地帯。その手前で、彼はついに先頭をひた走っていた背中───轟焦凍の姿を視界に捉える。
だが、首位に肉薄したという事実にもかかわらず爆豪の顔に歓喜の色は欠片もない。彼の脳内を支配し腸を煮えくり返らせているのは、最後尾で未だに動かず自分たちを嘲笑っているであろう、あの忌々しい白髪の同級生へのどす黒い怒りだけであった。
選手宣誓の場で放たれた、自分たちなど歯牙にもかけない傲慢な言葉。
ただの虚勢であれば鼻で笑って一蹴していただろう。だが、五条枢の持つ実力は虚勢などという生易しいものではない。
入試におけるトップの成績。個性把握テストで見せつけられたデタラメな数値。そして───戦闘訓練において手も足も出ずにあしらわれ、為す術もなく意識を刈り取られた、忘れもしないあの屈辱。
圧倒的な実力差を見せつけられ、己が紛れもない敗者であると自覚させられる。誰よりも一番を目指し勝利に固執する爆豪にとって、その現実は自尊心をズタズタに引き裂くほどの苦痛だった。
だからこそ彼は血の滲むような思いでリベンジを誓い、今日この日までひたすらに己の“個性”と向き合い、限界を超えた出力の向上に努めてきたのだ。
雄英体育祭という全国中継される絶好の大舞台。
何万もの観客の目を前に、あの憎き目隠し男を完膚なきまでに叩き潰し、自らが最強であることを証明する。
その執念だけで牙を研ぎ澄ませてきた爆豪にとって、『不可侵』を縛るだけに飽き足らず、第一種目から五分間ものハンデという『舐めプ』をかます枢の姿はプライドを極限まで逆撫でする許容しがたいものだった。
「(だったら俺が、てめェの鼻を明かしてやるよッ)」
後から追いついてこようが関係ない。ぶっちぎりのトップで駆け抜け、格の違いを魂にまで刻み込んでやる。
殺意にも似た決意を胸に固めた爆豪は、地雷原という特殊な地形で後続に道を作らまいと、あえて速度を落としてもたついていた轟の隙を逃さなかった。
強烈な爆破と共に空気を蹴りつけ、一気に首位へと躍り出る。
「こんなもん俺には関係ねェんだよ! おい半分野郎、てめェも宣戦布告する相手間違えてんじゃねェぞ!!」
すれ違いざま、爆豪は轟へ向けて怒声と敵意を叩きつけた。
控室で轟が緑谷に対して行った宣戦布告への強烈な意趣返し。自分を差し置いて別の何かに執着するその態度は、爆豪の神経を逆撫でするには十分すぎた。
「ッ、爆豪……!?」
不意を突かれ、目を見張る轟。
その反応を置き去りにし、爆豪は地雷原の上空を飛翔しながら勝利への渇望を喉の奥から絞り出した。
「勝つのは俺だああぁぁぁ!!」
ニトログリセリンに似た掌の汗を限界まで着火させる。
連続する爆発の反動が推進力となり、爆豪の身体を前方へと弾き飛ばしていく。空を征く彼にとって地中の地雷など何の脅威でもない。後続を置き去りにすべく、彼は野獣のような咆哮を上げた。
「後続だ何だ言ってる場合じゃねぇかッ……俺だって、負けるつもりはねぇぞ爆豪!」
上空を突き進む爆豪の姿に、轟は後続への影響を考慮して封じていた自らの“個性”をついに解放した。
右半身から噴出した凄まじい冷気が踏みしめる地雷原の表面だけを瞬時に氷結させていく。起爆センサーを凍てつかせて無力化しながら、轟は氷の軌跡を描いて爆豪を猛追する。
空を駆ける爆炎と、大地を滑る氷結。
一年生とは思えない二人の激しいデッドヒートに観客が息を呑み、会場の熱気が限界まで高まった、その瞬間。
「「ッ!!?」」
『おおっと後方で大爆発!? 何だあの威力は───!!』
プレゼント・マイクの実況が空気を震わせた刹那。
二人の背後、地雷原の入り口付近から、周囲の空気を丸ごと叩き割るような巨大な爆発音が轟いた。
地雷単体では到底起こり得ない異常なまでの爆風のうねり。その余りの激しさと衝撃に、首位を争っていた二人が思わず後方へ振り返ると───。
「追い、ついたああぁぁぁ!!」
「「
立ち昇る土煙と爆炎を切り裂き、爆風を背に受けて弾丸のように宙を舞う緑谷出久の姿があった。
その手には、第一関門で粉砕された仮想敵の分厚い装甲板が握り締められている。それを盾代わりにし、一箇所にかき集めた地雷を意図的に連鎖起爆させることで爆発の威力を上方向への凄まじい推進力へと変換したのだ。
自らの身を危険に晒す、泥臭くも執念に満ちた奇策。瞬時にからくりを理解した二人の眼前に迫った緑谷は、上空で身体を捻り、手にしていた重い装甲板を今度は前方へ広がる地雷原へ向けて躊躇いなく振り下ろそうとしていた。
その動作の意味を察知し、二人は驚愕に瞠目する。
「もういっかいっ───大、爆速ターボ!!!」
「こんのクソナード……ッ!!」
爆発を推進力に変えるという自身のお株を奪うかのような行動。爆豪は激しい苛立ちを隠せなかったが、彼を迎撃している暇など与えられてはいなかった。
緑谷の振り下ろした装甲板が地雷原に激突し、先程と同規模の巨大な連鎖爆発が再び巻き起こる。
二人を妨害するように膨れ上がった二度目の爆風。至近距離からの衝撃波に呑まれ、爆豪は空中でバランスを崩し、轟もまた氷結の足場を砕かれて大きく体勢を崩してしまった。
その僅かな、しかし致命的な隙を突き、爆発の反動で前方へと吹き飛ばされた緑谷出久が、誰も予想だにし得なかった首位へと躍り出たのだ。
「(地雷原突破! かっちゃんと轟くんが体勢を崩してる今しかチャンスはない!!)」
スタジアムへと続く最終トンネルの手前。
爆風の衝撃でコンクリートの上を無様に転がりながらも、緑谷は役目を終えた装甲を放り捨て痛みなど感じていないかのように即座に立ち上がった。
そして両足に持てる全ての力を込め、トンネルの奥のゴールへと向かって一目散に駆け出す。
「ハァ、ハァ、ハァ───!!」
激しい息遣いの中、脳裏を過ぎるのは二週間前の仮眠室で憧れの存在───オールマイトと交わした一つの約束。
『───次世代のオールマイト、君という平和の象徴の卵が来たってことを世の中に知らしめてほしい』
無個性の自分に“個性”を譲渡してくれた恩師。
その期待に応えるため。そして与えられた『ワン・フォー・オール』の重責を果たすため。
「(僕が来たってことを世間に知らしめる……かっちゃんにも、轟くんにも、そして……五条くんにだって、負けてたまるか……!!)」
後継者として託された己の役割を、この雄英体育祭という最高の舞台で必ず完遂してみせる。
緑谷の瞳にはかつて己を弱者だと蔑んでいた気弱な少年の面影はなく、真のヒーローを目指す者の確かな決意の炎が宿っていた。
薄暗いトンネルを抜け、眩い光を放つスタジアムの芝生が見えた瞬間。緑谷はついにトップでゴールを果たすのだと、自らの劇的な勝利を確信した。
『序盤も序盤の障害物競走! 一体誰がこの展開を予想出来た!? 今、一番にスタジアムへ帰ってきたのはこの男───』
光射す道を抜け、数万の観客が待つスタジアムへ緑谷がその姿を現した時。
歓喜と達成感が全身を包み込もうとした、まさにその刹那だった。
「───え……?」
緑谷の視界に飛び込んできたのは、無人のゴールラインなどではなかった。
『五分というあり得ねぇハンデを経て、誰よりも遅くスタートしておきながら! しかし誰よりも早く会場へと帰還した規格外!!』
鼓膜を劈くような大歓声の中、プレゼント・マイクの絶叫がスタジアムの空気をビリビリと震わせる。
「や」
信じられないものを見るかのように足を止めた緑谷の数メートル先。
そこには、額に汗一滴流さず、体操服に泥一つ付着させていない、常軌を逸した白髪の少年が立っていた。
『五条枢だァアアア───!!!』
観客席から降り注ぐ、爆発的な熱狂と驚愕のどよめき。
五分間という絶望的なハンデを背負いながら、どのような手段で障害物を突破したのかすら理解させないまま。いつの間にか先頭でゴールテープを切った枢が、緑谷を悠然と待ち受けていたのだ。
片手を軽く上げ気さくに声をかけてくる枢。そのあまりにも底知れぬ圧倒的な余裕を前にして───泥に塗れ、全力で死線を潜り抜け、肺を焼きながら走ってきた緑谷は、息も絶え絶えにただ唖然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。