六眼と無下限持って生まれたけど何か世界観が違う   作:杏鷲

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 誤字報告感謝です。自分では全然気づかない誤字してる時あったりするので、本当に助かります。
 あと、凄い今更なんですけどA組21人? ってタグは追加した方がいいんですかね。一応捏造設定とかオリジナル展開とか付けてはいるんですけど……。




第七話

 

 太陽の光が乱反射する無数のビル群。

 雄英高校が誇る広大な市街地演習場ことグラウンドβ。その入り口に集結した生徒たちを見渡し、No.1ヒーローたるオールマイトは深く満足げな息を吐き出していた。

 

「いいじゃないか、皆! カッコイイぜ!!」

 

 色とりどりの、各々の夢と“個性”の結晶であるコスチュームに身を包んだ二十一人の生徒たち。

 どこか自身の面影を感じさせるウサギの耳のようなマスクを被った緑谷出久をはじめ、手榴弾を模したような独創的な装甲を纏う爆豪勝己、プロヒーローの兄に倣うような甲冑姿の飯田天哉等々───一人ひとりが放つ、未完成でありながらも眩いばかりの未来へのエネルギー。彼らを見ているだけで、オールマイト自身の内に燻る『残り火』すらもが温められるような気がしていた

 

 だが、その色鮮やかな集団の中で、オールマイトの視線はある一人の少年に引き付けられ静かに固定される。

 

「(来たな、五条少年)」

 

 他の生徒たちがヒーロー然としたド派手な装いであるのに対し、彼一人だけがどこかの古風な高校の制服のような、漆黒のハイネックの上下に身を包んでいる。そして、最早彼の代名詞とも言える顔の半分を覆い隠すあのアイマスク。

 一見すれば、それはヒーローらしからぬ出で立ちであることは明白だ。しかし、歴戦の強者であるオールマイトの肌は、その黒一色の少年の立ち姿から尋常ではない強者の気配をビンビンと感じ取っていた。

 

 教室で対面した時、あのアイマスク越しの双眸に自身の全てを見透かされたような、背筋を薄ら寒い指でなぞられるような感覚をオールマイトは忘れていない。

 入試の映像も、そして昨日の相澤からの報告にも全て目を通している。

 彼は、雄英高校の長い歴史においても類を見ない『別格』の新入生であった。

 

「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか!?」

 

 甲冑姿の飯田が、ピンと手を挙げて大声で問いかけてくる。その声で、オールマイトは内心の思考を切り上げると特大の笑みを顔面に張り付けた。

 

「いいや、もう少し歩みを進める! 今回は屋内での対人戦闘訓練さ!!」

 

 マントを翻し、オールマイトは生徒たちに向かってよく通る声で高らかに宣言する。

 

「ヴィラン退治は主に屋外で見ることが多いだろう? だが、統計で見れば、凶悪なヴィランの出現率は屋内の方が高いのさ! 監禁、軟禁、裏商売……。このヒーロー飽和社会において、真に賢いヴィランは屋内に潜む!」

 

「「「おおー……!」」」

 

「そこで君たちには、これから『ヒーロー組』と『(ヴィラン)組』の二チームに分かれてもらい、二対二の屋内戦を行ってもらう!!」

 

 オールマイトの説明は続く。

 ルールは至ってシンプルだ。(ヴィラン)組がアジトの屋内に『核兵器』を隠しているという想定のもと、ヒーロー組は制限時間内にその核兵器を回収するか、あるいはヴィラン二人を捕縛テープで捕らえること。反対に(ヴィラン)組は、時間まで核兵器を守り抜くか、ヒーロー二人を捕縛すれば勝利となる。

 

「基礎訓練もまだなのに、いきなり実戦ですか?」

 

「基礎が通じるかを知るための実戦さ! ただし、今回相手にするのは壊せばいいだけのロボットじゃない。相手も同じ人間だということを忘れるなよ?」

 

 オールマイトがそう締めくくった瞬間、待ってましたとばかりに生徒たちから矢継ぎ早に質問が飛び交い始めた。

 

「ブッ飛ばしてもいいんスか?」と血気盛んな爆豪が拳を鳴らす。

「相澤先生の時みたいな除籍とかってあるんですか?」と麗日が不安そうな表情を浮かべる。

「チームはどうやって分けるのですか!?」と飯田が真剣な声音で尋ねる。

 

「(んあーっ、聖徳太子!!)」

 

 四方八方からの質問攻めにオールマイトは内心で悲鳴を上げながら、密かにカンペの仕込まれた手帳を取り出そうと懐に手を入れた。

 

「───先生」

 

 その喧騒を、すっと凪ぐように切り裂いたのは、ひどく落ち着き払った緊張感の欠片もない涼やかな声だった。

 ピタリと生徒たちの声が止み、視線が声の主へと集まる。

 ポケットに片手を突っ込んだまま、首を僅かに傾げている五条枢だ。

 

「そもそもさ、このクラス二十一人いるでしょ。二対二でチーム分けしたら絶対に一人は余るんだけど」

 

 至極当然の数学的な疑問。

 その言葉に八百万が「私も同じことをお聞きしようと思っておりました」と同意を示せば、他の生徒たちも「確かに」「どうすんだろ」と顔を見合わせ始めた。

 

「(よくぞ聞いてくれた、五条少年!!)」

 

 オールマイトは内心でガッツポーズを決めながら、ニカッと笑みを深め、ビシッ! と五条枢その人を指差した。

 

「良い着眼点だ五条少年! その余った一人こそが……他でもない、君なのだよ!!」

 

「……え、俺?」

 

「いかにも! 君の実技試験の映像、そして昨日の個性把握テストの記録、全て見させてもらったよ」

 

 オールマイトの声のトーンが一段階下がり、底知れぬ凄みを帯びたものに変わる。

 

「入試を圧倒的な成績で突破しただけあって、君は“個性”の扱い方が抜群に上手い。無限を操る強力無比な“個性”は当然として、他者を巻き込まないための微細なコントロール技術……。正直に言って、そのままプロの世界に放り込んでも即座に通用するレベルまで研ぎ澄まされているという印象を受けたよ」

 

 No.1ヒーローたるオールマイトからの、この上ない最大級の太鼓判。

 その言葉に、周囲のクラスメイトたちからは「おー……!」という感嘆のどよめきと、「まぁ、昨日のアレを見せられれば納得だよな」という深い同意の声が零れた。

 入学二日目にして誰もが五条枢の実力を認めている。だからこそ、拳を握る音や歯軋りをする音こそ響けども、誰もオールマイトの評価に異論を挟む者はいなかった。

 

「それ故に……五条少年。今回、君には『特別ルール』でこの訓練に参加してもらう」

 

「特別ルール?」

 

「ああ。───君には、一人で(ヴィラン)組を務めてもらう! これは私だけの独断ではない。君たちの担任である相澤くんも交えて決定した、君のための特別カリキュラムだ!」

 

 つまり、一対二のハンデ戦。

 常人であれば不公平だと声を上げるかもしれない。だが、相手は昨日の個性把握テストで、ただ一つの種目を除いてトップの成績を叩き出した天才だ。クラスメイトたちも「なるほど、それならバランスが取れるかも」と納得顔を浮かべていた。

 

 当の枢自身も、そんなオールマイトの言葉を受けても全く動じる様子を見せない。

 

「へぇ、一人で(ヴィラン)組。……まぁ、別にいいですよ。その方が気楽だし」

 

 肩を竦め、あっさりと、それこそ休日の予定でも受け入れるかのように気軽に承諾する枢。

 しかし、話はそれだけで終わるはずがなかった。

 

 オールマイトの顔に悪戯を企む子供のような、いや、ヒーローらしからぬニヤリとした不敵な笑みが浮かび上がる。

 彼は五条から視線を外すと、今度は出久や爆豪をはじめとする、残りの二十人の1-Aの生徒たち全体をぐるりと見渡した。

 

「五条少年。君は何か、勘違いをしていないかな?」

 

「……ん?」

 

「私が一人で(ヴィラン)組を務めてもらうと言ったのは、ヒーロー組の二人を相手にしろという意味ではないぞ」

 

 ゴクリ、と。

 誰かが生唾を飲み込む音が、静まり返ったグラウンドに響いた。

 

「この超人社会において、(ヴィラン)は常に徒党を組むとは限らない。時にはたった一人で国を揺るがすほどの、災害指定クラスの強大な(ヴィラン)が出現することもある。……プロの世界では、そうした理不尽に対して複数のヒーローが束になって制圧にあたるのが定石なのだよ」

 

 オールマイトは両手を大きく広げ、空気を震わせるほどの特大の声量で告げた。

 

「加えてもう一つ! 先程、凶悪な(ヴィラン)の出現率は屋内の方が高いと言ったが……彼らが屋外に出ないとは一言も言っていないからね! 規格外の(ヴィラン)を前にして、戦場が屋内に限定される保証などどこにもない!」

 

「即ち! 今回、五条少年との戦闘においてのみ舞台を屋内に限定せず、このグラウンドβ全体……『屋外』も含めた全域を戦場とする!! 更に、彼の対戦相手となるのは───君たち二十人全員(・・・・・)だ!!」

 

 しん、と。

 グラウンドβの入り口に、時が止まったかのような完全なる静寂が落ちた。

 

 一対二ではない。

 一対二十。そして、屋外を含む広大なフィールド戦。

 五条枢という一人の(ヴィラン)に対して、残りの1-Aの生徒全員がヒーローとして立ち向かう前代未聞のレイドバトル。

 

 一秒、二秒。

 脳がその意味を理解した直後。

 

「「「えええええええええっ!?!?!?」」」

 

 大半の1-A生徒の喉から、鼓膜が破れんばかりの驚愕の絶叫が弾け飛んだ。

「嘘だろ!?」「アイツ一人で俺たち全員を相手にするのかよ!?」「いくらなんでもムチャクチャだろ!!」と目を白黒させる生徒たち。

 

 その阿鼻叫喚の騒ぎの中。

 流石の枢もこの展開は全く予想だにしていなかったのだろう。アイマスクの下で、その隠された碧眼を丸くして固まっていた。

 しかし、それはほんの一瞬のこと。

 

「(……一対二十? 俺一人に対して、このクラスの全員が束になってかかってくる……?)」

 

 己の中で、何かがふつふつと沸き立つ音を聞いた。

 退屈な前世。持て余し続けた今世。

 常に手加減を強いられ、壊さないようにとブレーキをかけ続けてきた自分に対して、この最高峰のヒーロー科に所属するヒーローの卵たちが、入学二日目にして遠慮なく全員(・・)で捻じ伏せに来るというのだ。

 

「ははっ……」

 

 枢の口から、思わず歓喜の笑い声が零れ落ちる。

 肩を震わせ、徐々にその笑みは三日月のように深く、酷薄で、どこまでも楽しげなものへと変わっていく。

 

「───面白くなってきたじゃん」

 

 アイマスクの奥で青い炎を燃え上がらせた白髪の少年は、獲物を前にした肉食獣のような笑みを溢すと、これから始まる戦闘訓練に向けてその牙を静かに剥き出しにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽の光など決して届くことのない、冷たく無機質な地下空間。

 鼻を突くのは高濃度の薬品の匂いと、微かに漂うオゾンの香り。薄暗い部屋の中央に鎮座する巨大な生命維持装置からは、シュコー……シュコー……と、人工的に空気を送り込む機械音が規則正しく鳴り響いていた。

 

 その巨大な機械の群れに無数のチューブで繋がれ、玉座のような医療用チェアに深く腰掛けている男───かつてこの国の裏社会を完全に支配し、今なお暗闇の中から日本を侵蝕し続ける諸悪の根源“オール・フォー・ワン(AFO)”は、自身の顔の前に展開されたモニター越しに、ドクターと呼ばれる自身の側近“氏子達磨”と通信を繋いでいた。

 

『世間は随分と浮かれ騒いでおるようじゃな。平和の象徴が、あろうことかあの雄英高校で教鞭を執るなどと』

 

 モニター越しの氏子が、白衣のポケットに手を突っ込みながらひどく楽しげに、そして嘲るような声で嗤う。

 今朝方からメディアを最も騒がせているニュース───それは、No.1ヒーローであるオールマイトが今年度から雄英高校の教師として赴任したという大々的な報道だった。

 

「ふふ……彼らしいといえば彼らしい、実に愚かな選択だ」

 

 生命維持用の黒いマスクの奥から、AFOは嗄れているがどこか酷く穏やかな声音を返す。

 彼にとってオールマイトは、自身をこの無惨な姿へと追いやり、長きに渡って築き上げた己の地位を崩壊させた忌まわしき仇敵である。しかし、今やAFOの声音に激しい怒りや焦燥はない。そこにあるのは、盤上の駒が己の思惑通りに動いているのを確認した時の絶対的な支配者としての余裕だけであった。

 

『それにしても、あの小僧は随分と気が急いておるようじゃ。オールマイトが雄英にいるという情報を聞きつけるや否や、今すぐにでも襲撃して平和の象徴を引き摺り下ろしてやると息巻いておるよ』

 

 氏子の口から出たのは、AFOが現在手塩にかけて育て上げている後継者───死柄木弔の動向だった。

 オールマイトに対する無軌道な殺意と、その身に秘めた純粋な破壊衝動だけで動いている未成熟な悪意。彼が計画したのは、日本一のセキュリティを誇るヒーロー育成機関の敷地内へ、授業の隙を突いて襲撃を仕掛けるというあまりにも無謀で幼稚な策であった。

 

『───まぁ、まず間違いなく失敗に終わるじゃろうな』

 

 死柄木が立てた計画に対し、氏子は身内であるにも関わらずひどく冷淡で、客観的な評価を下した。

 

『いくら平和ボケしているとはいえ、相手は天下の雄英じゃ。並のヴィランを何十、何百と集めたところで、オールマイトらプロヒーローの前に数分で鎮圧されるのがオチじゃろうて。……じゃが、ワシが手塩にかけて調整した“脳無”───対平和の象徴として生み出したあの改人の実戦テストの場としては、丁度いい舞台かもしれんな』

 

 死柄木の計画が失敗することを前提としながらも、自らの研究成果である改造人間の性能を試せることに、氏子は醜悪な笑みを深めていた。

 そんな側近の残酷な打算を聞いてもAFOが咎めることはない。むしろ彼は、そんな氏子に同調するように口端を歪めた。

 

「ふふ、何度でも失敗すればいいさ。そのために僕らがいるんだからね」

 

 AFOの言葉には、まるで我が子の成長を温かく見守る親のような、ひどく歪んだ愛情を孕んでいた。

 最初から完璧な(ヴィラン)など存在しない。死柄木弔には、敗北と絶望の味を噛みしめて、確とその意味を理解して貰う必要がある。己の無力さを痛感し、なぜ失敗したのかを考え、さらに深い憎悪をその魂に刻み込むための準備期間とも言える。

 巨大な壁にぶつかり無様に敗走することすらも、彼を完全なる器へと育て上げるためのプロセスに過ぎない。AFOはそう考えていた。

 

しかし───。

 

『……そうは言うがな、友よ。ワシは今でもあの小僧を、君の真なる後継の器としては認めておらんのだよ』

 

 モニター越しの氏子がふと笑みを消すと、ひどく真剣な、そしてどこか熱に浮かされたような声音で口を開いた。

 

『確かに死柄木弔には君の持ち得ない破壊への執着がある。君に対する従順さという点も問題ないじゃろう。しかし……生物としての完成度、そしてあの底知れぬ異常性において、やはり彼の『特異点』───五条枢こそが、君の後継()として最も相応しいとワシは確信しておる』

 

 五条枢。

 その名が出た瞬間、薄暗い地下室の空気がほんの僅かに、だが確実に重さを増した。

 

 氏子の目は、研究者特有の狂気と探求心でギラギラと爛れていた。彼がこれほどまでにあの白髪の少年に執着するのには、明確な理由が存在する。

 氏子達磨が長年提唱し続けてきた一つの学説───『個性特異点』。

 世代を重ねるごとに混ざり合い、複雑化し、より強大になっていく“個性”という超常の力。それがいずれ人間の肉体という器のキャパシティを超え、自らの力に耐えきれずに自滅し、ひいては人類そのものが滅びを迎えるという破滅の理論。

 氏子はその理論の証明と、破滅を乗り越えるための研究に文字通り生涯を捧げてきた。

 

『無限を現実に具現化するなどという、神をも冒涜するような最高峰の“個性”。並の人間であれば、その力の片鱗を発動した瞬間に脳髄が焼き切れ、肉体はその“個性”に耐えきれず自壊するのは自明の理。……しかし、あの少年はどうじゃ?』

 

 氏子の口調が、徐々に興奮を帯びて早口になっていく。

 

『自身の“個性”を原子レベルで精密操作し、そこに内包された莫大な情報を絶えず処理し続ける特異な双眸『六眼』! そして、その“個性”と『六眼』に完全に適応している肉体と精神! アレはワシが危惧した終末論を、いとも容易く、己の身一つで超克してしまっている完全無欠の存在じゃ!!』

 

 ハァ、ハァ、と息を荒げながら、氏子はモニターに張り付くようにして己の欲望を吐き出した。

 

『ああ……今すぐにでもあの肉体を引き裂いて弄繰り回してやりたい! あの『六眼』がどうやって情報を処理しているのか、あの身体がどうやって“個性”の自壊を防いでいるのか! 解剖して、解析して、全てをこの手で解き明かしてみたい……!!』

 

 一研究者としての、あまりにも純粋で悍ましい渇望。

 死柄木弔という『作られた悪意』よりも、五条枢という『生まれながらの異常者』こそが、氏子にとっては至高の芸術品に映っていたのだ。

 

 そんな氏子の熱狂的な演説を静かに聞き流していたAFOは、失われた顔の半分を虚空へと向け小さく肩を竦めた。

 

「だが、君にはそれが出来なかった。僕たちはこれまで彼に手を出せなかった……それが現実だろう?」

 

『ッ……』

 

 その静かな一言が、氏子の狂騒に冷水を浴びせた。

 五条枢の方が後継として相応しいと、そう言葉で言うのは簡単だ。しかし現実問題として、それが可能であれば、初めて孤児院で彼を発見した時点で、AFOと氏子は既にその身柄を拉致し手術台の上に縛り付けていたはずなのだ。

 

 AFOの脳裏に、遠く離れた木陰から一人の少年に視線を向けられた時の、あの根源的な死の気配が蘇る。

 

「時期が悪かった……あるいは、それすらも運命だったのかもしれないね」

 

 死柄木弔の育成に奔走し、その中で宿敵オールマイトに敗れたことで大半の部下と“個性”を失い、失意の果てにAFOは五条枢という子供の存在を知った。

 

 手を出さなかったのではない。手を出せなかったのだ。

 何故なら、その時には既に五条枢は己の“個性”を明確に自覚し、『不可侵』と呼ばれる絶対領域を展開できるようになってしまっていたから。

 加えて『六眼』と呼ばれる、あらゆる“個性”の構造を暴く特異な眼をも宿していたことから、『変装』や『洗脳』と言った類の搦め手も通じない。一度でもその碧眼に自身を捕捉されてしまえば容易に“個性”を奪うことが出来なくなるのは明白で、仮に運良く奪えたとしても、その『六眼』という演算装置がなければ、自らの脳を焼き切るだけの手に負えない代物と来た。

 

 故にこそ魔王は、自身の傷が癒えるまで、あるいは全ての準備が整うまで、彼が育っていくのを安全圏から観察し続けることしかできなかったのだ。

 

「───だからこそ、ようやく動き出せる」

 

 しかし、AFOの口元に浮かんだ笑みは、決して諦めや敗北感からくるものではなかった。

 むしろ、途方もない時間をかけて育て上げて来た種がいよいよ発芽の時を迎えようとしているような、そんな暗い期待感に満ちた表情であった。

 

「彼に見せてあげようじゃないか」

 

 AFOの嗄れた声が、ひどく甘く、暗い歓喜に濡れて地下室に響く。

 彼が五条枢を雄英高校へと進学させ、これまで野放しにしていたのには明確な理由がある。

 触れられないのなら、触れられるだけの『器』と『対抗手段』を、時間をかけて造り上げればいいだけの話。

 

 AFOはゆっくりと、生命維持装置に繋がれた痛々しい右腕を持ち上げ、背後にある巨大な空間へと指を向けた。

 

「君が心血を注いで調整してくれた脳無(ハイエンド)たち。その中でも、特別に五条枢()のためだけに用意した、とびきりのプレゼントをさ」

 

 その言葉に呼応するように、薄暗い地下室の奥でカチリと一つの照明が点灯する。

 青白いライトに照らし出されたのは、床から天井まで届くほどの巨大な円柱型の培養槽。ぶくぶくと気泡を立てる緑色の培養液の中心で、巨大な『何か』が浮遊していた。

 

 隆起した悍ましい筋肉の鎧。脳髄が剥き出しになった異形の頭部からは左右二対の翼(・・・・・・)が生え、その後頭部は蛇の尻尾(・・・・)のように不気味に伸びている。

 その怪物の全身を覆う皮膚はまるで新雪のように、あるいは死装束のように、一切の淀みがない───純白(・・)

 

 それは、氏子がUSJ襲撃に向けて調整している漆黒の個体とは、明らかに次元の異なる存在だった。

 

 五条枢の持つ『無下限』と称される絶対不可侵の“個性”。

 それに届き、それを引き裂き、彼を絶望の淵へと引きずり下ろすためだけに───ありとあらゆる“個性”を重ね合わせ生み出された、何重にも改造を施された究極の対抗兵器。

 

 培養液の中で微睡む神聖さすら帯びた真っ白な脳無を見つめながら、オール・フォー・ワンは己の顔の傷痕を歪め、ただニンマリと、どこまでも邪悪に口端を吊り上げるのだった。

 

 





 ??「見覚えのある脳無マコね~」

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