たくさんの感想ありがとうございます。
付けるに越したことはないなと思ったのでA組21人タグの追加させていただきました。ご指摘感謝です。
無数のビル群が立ち並ぶ市街地演習場の中でも一際開けた空間となっている広場の中央で、五条枢は一人、自身の背後に鎮座する巨大な張り子を見上げていた。
「(『核兵器』って言うだけあって、思ってたよりもデカいな……)」
オーダーメイドで仕立てられた、前世の記憶に深く刻み込まれているものと同じ漆黒のハイネックの制服。驚くほど軽く伸縮性に富んだその特殊生地の感触を改めて確かめながら、枢は軽くアキレス腱を伸ばしたり、肩や首を回して入念なストレッチを行いつつ呆れたように思考する。
大人が両手を広げても到底抱えきれないほどの巨大なミサイル状のオブジェ。今回の戦闘訓練において、
「(まさか、一発目からやることになるとは思わなかったけど)」
首の筋を伸ばしながら、枢の脳裏にほんの十数分前の出来事が過る。
オールマイトから『一対二十の戦闘訓練』という衝撃の宣言がなされ、グラウンドの入り口は一時驚愕と混乱に包まれた。何とか落ち着きを取り戻し、再び今回の戦闘訓練の詳しいルール説明を受けた後、オールマイトは1-Aの生徒たちにこう問いかけたのだ。
『五条少年との戦いを一番最初に持ってくるか、それとも最後に持ってくるか。君たちで決めたまえ!』
これに対して、クラスの意見は見事に真っ二つに割れた。
爆豪勝己や轟焦凍といった枢を明確にライバル視している面々は、昨日の個性把握テストで見せつけられた圧倒的な成績を前にしても決して怯むことなく「一番最初にやらせろ」と即答し、五条枢という強者を前に強い闘争心を燃やしていた。
一方で、緑谷出久や八百万百といった面々は、まずは通常の二対二の訓練をこなして実戦の空気に慣れ、その上で枢との戦いを最後に回して少しでも対策を練る時間が欲しいと主張した。圧倒的な格上と断じた相手に無策で挑む愚を嫌う、理にかなった慎重な判断である。
「今すぐブッ飛ばす!」「冷静になるべきですわ!」と、互いの主張がぶつかり合い議論は平行線を辿ったが、最後はオールマイトが用意した『くじ引き』という、極めてアナログかつ公平な方法によって順番が決められ───結果、一番最初に『五条枢vsその他の1-A生徒』という前代未聞の対戦カードが組まれることになったのだ。
「(まぁ、俺としてはどっちでもいいけどさ)」
仮に一番最後であれば、高みの見物を決め込んで全員の戦いぶりをじっくりと観察し、それぞれの“個性”や戦闘スタイルを把握してから戦うことができる。
反対に、一番最初にやるというのであれば、今から相対する二十人の同級生たちは誰一人として疲労しておらず、全く消耗していない『万全の100%の状態』で自分に向かってくるということでもある。
彼らがどのような手段と連携で自分を楽しませてくれるのか……枢の口端が僅かに吊り上がった、その直後だった。
『───五条少年。聞こえるかい』
耳元に装着された小型通信機から、モニタールームで観戦しているであろうオールマイトの低く響く声が、僅かなノイズ混じりに聞こえてきた。
「聞こえてますよー。どうしました?」
『間もなく訓練開始の時間だから、それを伝えにね。……あと一つ。君の実力は高く評価しているが、幾ら一対二十のハンデがあると言ってもやり過ぎは厳禁だぞ。彼らはまだヒーローの卵なのだからね』
通信機越しのその忠告に、枢はアイマスクの奥で可笑しそうに目を細めた。
オールマイトは、枢がもしも本気を出して“個性”を乱発すれば、この広大な市街地演習場ごと生徒たちを更地に変えてしまう危険性があることを危惧しているのだろう。しかし、枢だって今回の戦闘訓練はあくまで
「分かってますよ。俺だって同級生をミンチにする趣味はありませんから」
通信機越しに軽く返しながら、枢は胸中で密かに嗤う。
やり過ぎ厳禁、全く以てその通りだ。しかし、果たして彼らは、思わず自分がやり過ぎてしまうくらいに楽しませてくれるのだろうか、と。
昨日の個性把握テストの後、教室に引き返す道すがらに上鳴や芦戸たちに「五条ってどんな個性なの?」と聞かれた際、枢は「無限を現実に持ってくる能力だよ」と簡単に明かしてはいた。
しかし、その抽象的すぎる説明で「む、無限?」と目を丸くして首を傾げていた彼らが、能力の真髄を理解できたとは到底思えない。
『ワープ』や『引力』という、テストで見せた表面的な事象のことは流石に警戒しているだろうが……まず間違いなく、枢の『不可侵』に対する対策や突破口は皆無だろうと予想できた。
最後まで思考を巡らせていた緑谷や、『創造』という“個性”故に何らかの対策を編み出して来そうな八百万辺りであればもしかしたら……という期待が僅かに残っているくらいだろうか。
「(制限時間いっぱいまで適当に拠点で座っててもいいけど……それじゃ流石に面白くないだろうし───)」
アイマスクの下で碧眼を細め、枢はニィッと口角を吊り上げる。
開始直後にいきなり『蒼』で全員を吸い寄せて一網打尽にすることもできるが、それではただの作業となってしまって無粋極まりない。
しばらくは同級生たちの出方を窺い、彼らが二十人がかりでどのような連携や作戦を仕掛けてくるのか、その観察に務めてもいいだろう。
余裕綽々といった様子で、枢は凝りを解すように首を軽く鳴らした。
「(───それに、特に緑谷の“個性”とかは気になってたんだよね)」
枢の脳裏に、あのモサモサとした緑色の髪の少年の姿が過ぎる。
常にオドオドとしていて、一見すると何処にでもいる気の弱そうな少年。しかし、枢の『六眼』は、緑谷出久という人間の内に秘められた異常な“個性”の奔流をはっきりと視認していた。
その未熟な器に到底収まりきらないほどの、あまりにも爆発的で、暴力的なまでに膨大なエネルギーの塊。
それは一見すると単純なパワー型の増幅系の“個性”のようにも見えたが、その規模たるや、かつてテレビ越しに、あるいは先程教室で直接目にしたオールマイトの“個性”に匹敵する……いや、どこか根本的な部分で似通っている性質が多々見受けられたのだ。
「(まるでオールマイトの“個性”をそのまま譲渡されたような……もうちょい観察すれば分かりそうなんだよね)」
彼があの膨大なエネルギーをどのように扱うのか。そして、オールマイトとの間にどのような繋がりがあるのか。
個人的な知的好奇心として、枢は現在、緑谷出久という存在に最も強い注目を向けていた。
『───準備はいいかい、少年少女!』
そんな思考を断ち切るように、グラウンドβの全域に設置された無数のスピーカーから、オールマイトの高らかな声が響き渡る。
演習場の外縁部で、今か今かと待機しているであろう二十人のヒーロー組。そして、中央の開けた広場で、巨大な核兵器と共に待ち受ける一人の
『これより、第一回! 対人戦闘訓練を開始する!!』
その開始の合図が鳴り響いた───直後のことだった。
普通であれば、
二十人もの強力な“個性”を持った敵が四方八方から押し寄せてくることを考えれば、自ら防衛拠点から離れることなど本来であれば自殺行為に等しい。
だが───五条枢は、そんな常識の枠に収まる様な普通の人間ではなかった。
「さてと───」
ストレッチを終え、楽しげな笑みを溢した枢は、当然のように背後にある巨大な『核兵器』に背を向ける。
モニタールームでその様子を監視カメラ越しに見ていたオールマイトが思わず目を見開いた、次の瞬間。枢は、自身の前方の空間と座標を『蒼』によって圧縮した。
「───ヒーロー狩りと行こうか」
大気が一瞬だけ悲鳴を上げ、先程まで核兵器の前に確かに立っていたはずの白髪の少年が蜃気楼のように忽然と掻き消える。
自陣に引きこもって相手を待つのではなく、自ら二十人のヒーローたちを蹂躙するために。
数多の有精卵たちの中でも屈指の怪物。そのアイマスクの奥に隠されたマリンブルーの双眸が、開始の宣言と共にひどく楽しげに細められたのだった。
☆
太陽の光がアスファルトをジリジリと焦がす市街地演習場。
その入り口付近にあたる外縁部には、色とりどりのコスチュームに身を包んだヒーロー科1-A組の生徒二十人が集合し、重苦しい緊張感の中で待機していた。
二十人対一人。
数字だけを見れば圧倒的にヒーロー側が有利な状況だ。しかし、彼らの表情に余裕の色はない。この場に立つ誰もが、昨日の個性把握テストで見せつけられた“五条枢”という一人の少年の圧倒的な“個性”を脳裏に焼き付けていたからだ。
「無限を操るって、実際どんな力なのかさっぱりなんだけどさ───」
金髪に黒い稲妻模様の入った少年、上鳴電気が不安げに頭を掻き毟りながら口を開く。
「取り敢えず、あの50メートル走の時の『ワープ』みたいな移動と、反復横跳びとかボール投げとかでやってた『引力』っぽいのが“個性”ってことでいいの?」
そんな上鳴からの問いかけに、周囲の生徒たちも同意するように頷き合う。緑谷出久もまたブツブツと呟きながら自身の思考を整理していたが、彼らの中心に立っていた推薦入学者の少女───八百万百が、真剣な面持ちで首を横に振った。
「いいえ、それだけだとは思えませんわ」
彼女の凜とした声が、生徒たちの視線を集める。
「もしも五条さんの“個性”がその言葉通り無限を操るものであるなら……何か、まだ私たちの知らない強力な手札を隠し持っていると考えるべきです。ただし、一か所にまとまって動けばあの強力な引力で一網打尽にされてしまう危険性がありますから、そちらも考慮して作戦を立てませんと」
八百万の推察は極めて冷静で理にかなっていた。その言葉を受けた上鳴たちも、終始余裕を崩さずにいた枢の雰囲気を思い返し「確かに……」と深く同意の相槌を打つ。
「その上で、まず大前提として。私たちは幾つかの班に分かれ、五条さん自身の確保ではなく、あくまでルール上の勝利条件である『核兵器』の確保に重点を置いて動くべきだと考えますわ」
まだ互いの“個性”すら明確に把握出来ていない現状において、オールマイトから太鼓判を押されるほど能力の扱いに長けた枢との真っ向勝負は余りにもリスクが高すぎる。加えてこちらは二十人という数の有利がある以上、それを最大限活かすために枢本人ではなく『核兵器』を第一に狙う。
八百万のその的確な方針に、出久たちから異論や反論が出るはずもなかった。
モニタールームから監視カメラ越しにその様子を窺っていたオールマイトも、事前に意思統一を図り作戦を練るのは実際のチームアップでも非常に大事なことだと、見事なリーダーシップを発揮する八百万を目にして流石は推薦組と感嘆の念を漏らしていた。
そして、八百万を中心とした話し合いの結果、すぐさま二十人のチーム分けが決定した。
「五条と核の索敵か……分かった、任せてくれ」
「っし、いっちょやってやろうぜ!」
まず、障子の“個性”である『複製腕』を活かし、五条と『核兵器』の正確な居場所を探し出すことを目的とした
「よーし、頑張るぞー!」
「ケロ……葉隠ちゃん、その、服はどうしたのかしら」
「脱いだ!!」
次に、『索敵班』からの情報を元に姿を潜めて行動し、核兵器の居場所が判明次第確保へと動き出す
「五条くんの“個性”は無限を操るってことだけどでもどうしたらその“個性”でワープや引力を発生させることが出来るんだろう普通に考えたら無限っていう仮想の質量みたいなもので攻撃する“個性”だと思うんだけどそうじゃないとしたらやっぱり数学的な無限を操るって考えた方がいいのかなでもそうだとしたら───」
「……緑谷、完全に自分の世界入っちまったな」
「取り敢えず、やってみれば何とかなるって!」
そして、枢と遭遇した際に足止めを担い、他の班の援護や囮として柔軟に動くための
大まかな作戦と即席とは言え一先ずの陣形が組み上がり、彼らの間に少しだけ安堵の空気が流れた、その時だった。
「おーい爆豪、轟! 軽く連携とか考えたいし、ちょっとこっち来てくれよ!」
『遊撃班』に割り当てられた切島が、作戦会議の輪から離れた場所で佇んでいる二人の少年へ向かって声をかける。
爆豪勝己と轟焦凍。彼らは、まるで自分は一人で戦うと言わんばかりに周囲との関わりを絶ち、我関せずと背を向けていた。
「邪魔すんじゃねぇ。俺一人であのクソ目隠しをぶっ潰すんだよ」
「時間の無駄だ」
爆豪はその三白眼を凶悪に釣り上げて切島を睨み返し、轟もまた、冷ややかな視線と共に拒絶の意思を示すのみであった。
そのあまりにも協調性のない態度に、切島をはじめとする生徒たちは思わず絶句する。
モニタールームのオールマイトも「勝気が強すぎるのも考えものだね……」と、大きなため息を隠せずにいた。
『だが、仲間割れをしてる時間はないんだぜ有精卵ども───』
切島が二人を説得しようと足を踏み出すが、しかしモニタールームが指し示す時間は彼の説得を待ってはくれなかった。
『───これより、第一回! 対人戦闘訓練を開始する!!』
無情にも、グラウンド全域にオールマイトの訓練開始の宣言が響き渡る。
お世辞にもチーム一丸とは言えない、不和を抱えたままのスタート。八百万が遊撃班の間に生じた亀裂を視認し、歯噛みしつつもリーダーとして今できる最善の指示を出そうと口を開いた。
「っ……仕方ありません。それでは、各自持ち場へ───」
その、瞬間だった。
「作戦会議は終わったかな?」
頭上から、ひどく間延びした、それでいて場違いなほどに楽しげな聞き覚えのある声が降ってくる。
「え?」
出久が、八百万が、切島が───。二十人の生徒全員が弾かれたように顔を上げ、その声を追うように上空へと視線を向ければ。
そこには太陽の逆光を背負い、まるで重力という概念が存在しないかのように、学校の屋上ほどの高さの空中で
「なっ……!?」
「ご、五条くん……!?」
出久たちの口から、信じられないものを見るような掠れた声が零れ落ちる。
彼らが今いるのは演習場の外縁部。ヒーロー側のスタート地点、すなわち本陣である。
対する枢は
それにも関わらず、枢は開始の合図と共に防衛対象を置き去りにして、自ら敵陣のど真ん中へと姿を現したのである。
大半の生徒たちが、枢のその余りにも予想外な行動を前に根本的な定石と前提が崩れ去ったと驚愕し、呆然と立ち尽くしていたが───しかし、そんな異常事態の中でただ一人だけ、獰猛な笑みを深めた存在がいた。
「ハッ! 探す手間が省けたぜ、クソ目隠し野郎!!」
爆豪勝己である。
彼は仲間たちが目を白黒させる中、“個性”を使用して掌から強烈な爆発を生み出し、その推進力を利用して上空の枢へとロケットのように一直線に飛び上がった。
先手必勝。索敵だの隠密だの知ったことかと言わんばかりに、爆豪は己の力を証明すべく空中で体を捻り、全体重と遠心力、そして今出せる最大火力の爆破を乗せた大振りの右拳を、無防備に佇んでいる枢の顔面へと放つ。
「(いけ、かっちゃん……!)」
そんな幼馴染の迷いのない姿に、出久は思わず息を呑む。
爆豪の動きは完璧だった。奇襲に対する反応速度、空中の相手を正確に捉える爆破の軌道、そして明確な殺意すらも乗せた全霊の一撃。どれをとっても彼の対応は一級品であり、その一撃がまともに入ればいくら枢といえども無傷では済まないことは、火を見るよりも明らかだった。
対して枢には、その一撃を防ぐ素振りも、ましてや迎撃に“個性”を行使する動きも見られなかった。彼はポケットに片手を突っ込んだまま、迫り来る爆豪の拳を笑みを携えたまま受け入れようとしている。
その姿に誰もが「入った!」と確信し、爆豪自身も確かな手応えを予感して勝利の笑みを溢そうとして───
「───は?」
空気を劈くような爆音と共に放たれた爆豪の右拳。
しかし、その拳が枢の顔面を捉えることはなかった。
言葉の主は、他でもない爆豪自身である。
そして、そこから一拍遅れるようにして、地上の出久たちヒーロー組の口からも全く同様の言葉が次々と零れ出した。
「うそ……だろ……」
彼らの視線の先。
そこには、完全に入ったと誰もが確信した爆豪の渾身の一撃が、枢の顔面から数センチ離れた空中で、まるで見えない壁にでも阻まれるかのようにビタリと完全に停止している光景が映し出されていた。
防がれたのではない。避けられたのでもない。ただ、そこにあるはずの空間が永遠に引き延ばされたかのように、拳がそれ以上
空中で停止したまま、信じられないというように目を見開く爆豪。
そんな彼を見据え、五条枢は静かに口端を上げると、涼やかな声で宣告した。
「いい反応だけど……残念。その“個性”じゃ俺には届かないかな」
直後、爆豪の視界が急転する。
「ッ!?」
空中で停止していたその体が、まるで目に見えない巨大な手に首根っこを掴まれたかのように凄まじい勢いで枢の懐へと引き寄せられる。
そしてそれに合わせるようにして、先のお返しと言わんばかりに放たれた枢の右拳が、引き寄せられる爆豪の鳩尾へと寸分の狂いもなく突き刺さった。
「ガ、ハッ───」
ボギュッと、肺から強制的に空気が押し出される生々しい音が演習場の空に響き渡る。
たった一撃。
強烈な引力と打撃のコンボをまともに食らった爆豪は、胃液を吐き出しながら白目を剥き、そのまま糸の切れた操り人形のように地上へと落下していく。
「かっちゃん!?」と言う出久の悲鳴と共に飯田に受け止められた爆豪だったが、彼はその腕の中でピクリとも動かず、完全に意識を失っていた。
「……あれ、ちょっとやり過ぎちゃった?」
沈黙が支配する演習場で、空中に佇む白髪の少年だけがそんな言葉を零す。その言葉とは裏腹に全く悪びれる様子もなく頭を掻きながら。
五条枢に次いで、雄英の実技試験ではトップクラスの成績を誇っていた爆豪勝己。
そんな彼が何も出来ず、たった一撃で戦闘不能に追い込まれてしまったという事実を前に、出久を始めとする残り十九人の1-Aの生徒たちの顔が一瞬にして戦慄に染まるのだった。
最初の蒼パンチの被害者はかっちゃんでした。
次回は待望の葉隠ちゃん回になりそうです。