甲龍歴423年◯月◯日
色々とあったが落ち着いたので書いていこうと思う。
魔法陣を抜けた先は、凄まじいほどに開けた空間だった。
少しの浮遊感の余韻を楽しむ間もなく、目に広がったのは、大きな体躯をした魔物だ。
大きさは王竜と同程度かそれ以上。
緑の鱗とずんぐりとした胴体、そこから、何本もの首が生えている。
そうヒュドラと呼ばれる魔物だ。
そして、もう一方。
僕、兄さん、パウロが真っ先に目線に収めたのはヒュドラから見て背後にある魔力結晶に閉じ込められた母ゼニスだ。
「ゼニス!」
真っ先に叫んだのはパウロだ。
なぜ、あんな場所に?
そもそも、生きているのか?
僕の疑問が簡潔する前にパウロが言葉を紡いだ。
「……ッ…………ふぅー。みんな聞いてくれ。ゼニスがどうなっているのかは疑問としてもっとこう。どの道、あのデカブツを倒さない限りゼニスの容体は分からない」
パウロの方を見れば、拳を深く握りしめ唇に噛み跡が残っていた。本来ならすぐにでも駆け出したいのだろうが、それを抑え、パーティーのリーダーとして無理に冷静さを演じていることが目に見えて分かった。
それに意外そうな顔をしている元パーティーメンバーの三人。
こうやって冷静に現状を見れるパウロに何か思うところがあったのかも知れない。
「あのデカブツを倒し、ゼニスを救出する。力を貸してくれ」
短い沈黙のあと、ギースが息を吐き、軽く肩を震わせる。
「……はぁ、ここまで来て引き返す選択はねぇだろ?」
「ここまで来ておいて………なんて考えれませんわ。誰のためにわざわざこんなところまであなたと来たと思ってますの?」
「なんだ。つまらんことを聞くな。もとよりそのつもりだ」
エリナリーゼは剣と盾を抜きながら短く頷き、タルハンドは斧を構えた。
「援護は任せてください」
「僕もサポートをします」
ロキシーさんは杖を握り直し、兄さんはすでに魔力を練り始めている。
「まずは、どうしましょう。父さん」
僕がそう聞くと、パウロはすぐに解を投げてくる。
「ああ、まずはあの魔物にどこまで効くかどうかを試したい」
斬撃はもちろん、魔法についての懸念だ
上位の魔物の場合、魔力を無効化する反魔力(アンチ・マジック)の防御を持つものがいるとか。
この情報は、冒険者の頃に培ったものではなく最近本で知ったものだとか。
「まず、俺とレイが斬り込む。次に、ロキシー、ルディ、タルハンドは俺とレイが奴の間合いに入る前に魔法を使ってみてくれ。エリナリーゼはルディとロキシーの2人の防御を。ギース。もしものことがあればいつでも煙幕を投げる準備をしておいてくれ」
各々にこの場での最適解を伝えたあと、パウロは短く息を吸った。
「行くぞ」
俺とパウロが同時に踏み込んだ。
無論、俺の方が速い。
斬撃の光の太刀を放つ。
緑の鱗に剣先が食い込み、4つの首の両断に成功した。そう確かに成功した。
ほぼ同時に、パウロの斬撃よりも速く後方から魔法が放たれた。
ロキシーさんの精密な氷の中級魔術。
ヒィィィィン!
着弾の寸前、ガラスを引っかくような耳障りな音が響いた。ヒュドラは無傷。
次は兄の土魔術、岩砲弾(ストーンキャノン)。
ヒュドラに着弾する。
ヒィィィン!
また、嫌な音が聞こえた。
僕から見ても、確実に着弾しているように見えたが、やはり無傷。
その後のタルハンドの魔法にも無傷だ。
その直後だった。
「うおおぉぉらあああぁぁ!」
すごい気迫と共に、パウロが間合いに入った。
ただ、それは、ヒュドラにとっても好都合。
首をヘビのように動かした攻撃を行う。
だが、パウロは難なく回避、そのまま、右手の剣でヒュドラの首を叩き切った。
そのまま、パウロはもう一つの首を刈り取る。
左の剣は長さが足りないものの、回転力を活かした要領でパウロは一気に二つの首を刈り取ったのだ。
ここで、ヒュドラはパウロを狙うことに切り替えたのだろう。パウロの周りを残りの首で囲み首を鞭のように払う。
それを防ぐ術は、パウロにはない………が。
僕がいる。
パウロの前に降り立ち、剣を構え、水神流の「流」で受け流しカウンターの要領で一つの首を斬り裂くことに成功した。
「父さん、すみません!」
「うおっ」
そのまま、パウロの首根っこを掴み地面を踏み、空間を踏み込み、兄やロキシーのいる後方に撤退する。
ヒュドラの追撃が来ないように斬撃の雨を降らせながら全員がいる後方に戻ってきた。
パウロを降ろし、ヒュドラを見れば、なんと、斬ったはずの断面から、緑色の肉芽が即座に膨れ上がる。
息を呑む間もなく、切り落とされた首が、まるで最初からそこにあったかのように全てが元通りになっていく。
しかも、ただ戻るだけではない。再生した首の目が、明らかにこちらを見据えていた。
これは、と思い直ぐ様、ギースに煙玉を投げる様に言う。ギースは疑問は持ったのだろうが何も聞かずにおうとだけ返事をしてくれた。
スピリットフローによって、ヒュドラの9つの喉に魔力が集まっていくことが確認できた。
王竜との戦いから魔力の収縮は火炎放射だと分かっていた。
つまり、9つの首による魔力の火炎放射だと。
「ギースさん!」
「分かってる!」
既に振り被ったギースがいる。ギースはそのまま、煙玉をヒュドラの前に目掛けてベストなタイミングで放り投げた。
瞬間、煙が立ち込め、ヒュドラの火炎放射が一次的に停止する。
「兄さん!」
僕の意図が伝わったのだろう。兄さんはヒュドラとの間に微細な濃霧を作り出してくれる。
そう、目眩ましである。
「撤退です!背後は気にせず魔法陣に入ってください!」
僕が殿を務め、ほかの人たちが入り終わったのを確認して僕も魔法陣に乗り込んだ。
一度の戦闘はここで終わったのだ。
転移して、落ち着ける場所で円形になってみんなで座った。
「さて、状況を整理するぞ」
始めに言葉を出したのはリーダーであるパウロだった。
「あのデカブツの後ろ………水晶の中にいたのは間違いなくゼニスだ。なんであんなところになんて考えても分からない。誰かあの水晶をなんとかできる術を知っているやつはいるか?」
パウロの言葉に答えたのはロキシーだ。
「こほん。あの、ゼニスさんの結晶化ですが。なんとかできると思います」
「ッ……本当か!?」
これまで、冷静に物事を見ていたパウロの声が数弾高くなる。無理に自分自身を律しリーダー然と振る舞っていたことが目に見えて分かっていたので当たりまえと言えば当たりまえなのだが。
「はい。たまに、強力な魔力付与品がああして魔力結晶に閉じ込められている事があるそうですが、ガーディアンを倒すと結晶化が溶けて、中身が取り出されると聞いたことがあります………おそらくではありますがゼニスさんもその要領で助けられるのではないかと」
それを補強するように、エリナリーゼも言う。
「わたくしも今のゼニスと似たような事になっている人物を一人知っていますけど、ちゃんと今も生きていますわ」
ロキシーのは、嘘ではないのだろうが、エリナリーゼの方は少し引っかかった。多分、こちらは嘘だろう。
数週間ぐらい、一緒に探索した中でもあり彼女の性格上でここで嘘をつき場を和ませようとしてくれたのだろう。
「………………そうか。だったら、次はヒュドラについてまとめよう」
そのまま、ヒュドラについてまとめていく。
ドラゴンの一種。
何本もの頭を持つドラゴンで、群れないが単体では最強クラスの力を持っている。魔大陸のどこかに生息している。
現在確認されているだけでも、3種類ほど。
鱗の色で区別されていて、白色、灰色、金色の種類がある。
緑色の鱗を持つのは見たことがないという。
またもや、ロキシーが心当たりがあったらしい。
魔石多頭竜(マナタイトヒュドラ)。
全身を魔力を吸収する魔石の鱗で覆った、悪魔の竜。
第二次人魔大戦の頃に目撃され、大陸の消滅と共に絶滅した。
とされていたらしい。
弱点で言えば、魔法攻撃をゼロ距離で撃ちこめば通用するとか。
ここまではいい。
次の懸念点は再生力について。
斬られた部位から一秒も掛からずに再生する速度にはなす術がないと言い合う。
だが、ここで兄がこう伝えた。
「ヒュドラの首は火で炙れば再生しない、と聞いたことがあります」
その言葉にギース、エリナリーゼ、パウロが続く。
「なるほど、傷口を焼く、か」
「松明は持ってきていませんけど、傷口なら鱗で魔術が弾かれる心配もありませんね」
「試してみる価値はあるか」
うんうんと頷き意見がまとまりそうな雰囲気が出始めた時に僕はある案を出した。
「すみません。一つ提案があるのですが構いませんか?」
なんだと言われたので答える。
それは、単純明快で脳筋な答えだ。
「要するには、再生される前にすべての首を斬り落とせばいいということですよね?」
その言葉にギースが反応する。
「…………何を言い出すかと思えば。それが出来たら苦労は……」
ギースは俺を静かに見つめ言葉を続けた。
「できるのか?」
俺は視線を逸らさずに続けた。
「はい。僕にはそれが出来ます。スピリット・フローで確認した限り、首の再生には魔力が集中するタイムラグがあります。あの間隔を突いて、一気に全部を落とす。それが最も確実です」
「……おい。まさかとは思うが」
「はい。僕一人であのヒュドラを倒します」
空気が、わずかに張り詰めた。
パウロの眉間に深い皺が寄る。
ギースが低く息を吐き、エリナリーゼが目を細めた。兄さんは何も言わずに俺を見ている。
「レイ。お前、今何て言った?」
「………えっと、僕一人でヒュドラを相手するということを。他の方は後方で待機してください。必要なら煙幕と撤退の補助だけお願いします」
「馬鹿野郎! 一人で死地に送り込むことなんてできるかよ!」
パウロの声が、初めて大きくなった。
拳が震えている。怒りというより、抑えきれない焦りと恐怖が混ざった声だ。
「率直に言えば、今の父さんたちでは、足手まといです。僕との実力差ぐらいは熟練の冒険者として分かっているはずです」
俺はできるだけ平坦な声で言った。
感情を乗せると、余計に角が立つ気がしたから。
「ゼロ距離の魔法以外は通用しないとなると兄さんとロキシーさんを危険に晒すことになります。それなら、接近戦で再生に追いつける火力と速度を持っている僕がアレを倒すのが一番でしょう。父さんや皆さんを庇うために動きを制限されたら、逆に危険が増します。誰も守る必要がない僕なら確実に殺れます」
「だからって……!」
「合理的にです。父さん。感情を抜きにして考えてください。誰かが負傷するリスクを最小限にして、母さんを助ける確率を最大化する。これは、そのための選択です」
沈黙が落ちた。
パウロは歯を食いしばり、床を睨んでいる。
誰もすぐに口を開かない。
兄さんが小さく息を吸い僕に言う。
「出来るんですね?」
「もちろん。伊達にここまで武者修行をしてきたわけではないので。………言ってはなんですが、一応、王竜を一対一で倒したんですよ?僕は」
「……分かった。何かあったらすぐに呼んでください」
その言葉にギースが小さく呟いた。
「……確かに、理屈じゃ、レイモンドの言ってる方が正しいわな。俺らが前に出てもかえって足枷にしかなんねぇ」
エリナリーゼ、タルハンドは静かに頷く。
ロキシーさんは俯いたまま、何かを考え込んでいる。
パウロは長い息を吐き、顔を手で覆った。
そのまま、しばらく動かない。
「……クソが」
低く漏れた声は、誰に向けられたものでもなかった。
「父さん………」
「分かった。この際だ。お前に頼む。情けねぇ親父ですまねぇが、ここはお前に任せる」
父さんは立ち上がって僕の肩を叩いた。
「それをわかった上で、言わせてもらう。親の言うべき事じゃねえとは思ってるけどな、いいか」
「うん」
視線を真正面から受け止める。
「死んでも母さんを助けろ」
パウロはそう言った。
息子に向かって。
死んでも、と。
もとより、死ぬつもりはない。
まだ、やり残したことがあるから。
答えは決まってる。
「はい!」
そうして、立ち上がる。
ヒュドラとの最終決戦が始まったのだ。
戦いが始まった。
大きな部屋にどっしりと構えるヒュドラ。
後ろにある魔力結晶。
その中に閉じ込められているのは、やはり紛れも無く母さん。
ヒュドラは僕たちの姿を見かけると、ゆっくりと体を起こす。
「レイ!」
背後にいる父さんの声が聞こえた。
僕を除く全員がいる。
勝負は一瞬で決める。
レイドから賜った構え、剣神に教えてもらった踏み込み、水神から教えてもらった思考。
無窮に至りて全てを裂く。
スピリットフローによって魔力の収縮を知覚。
9つの首による魔力暴発。
問題はない。
発動前に斬ればいいのだからと。
引きつける。
ヒュドラの内部で魔力が収束していく。
まだ。
今振り返って見れば、このときは、ある意味。
極限の集中状態だったのだと思う。
何もかも視えていて、何もかもが鈍足に感じていた。
ヒュドラの喉奥で渦巻く魔力が、臨界点に達する瞬間。
——今だ。
右足で地を空間を踏み込む。
音が消える。
視界の端で動く九つの首が、まるで静止画のように固定される。
剣を抜く。
いや、抜いたのかどうかも分からない。
ただ、剣が「在る」位置から「斬る」位置へと移動したのだ。
「無窮一閃」
一条の光がヒュドラの首に走る。
緑の鱗を、肉を、骨を、魔力の核を。
何一つとして抵抗を許さず、ただ真っ直ぐに裂く。
音が戻ってきたのは、その直後だった。
ズズズッ……という、肉が滑り落ちる鈍い音。
九つの首が、ほぼ同時にまっすぐに切断され、重い音を立てて床に落ちる。
再生のための肉芽が盛り上がろうとしない、すでに核となる首は全て失われていたから。
赤色の断面が、虚しく痙攣したあと、力なく弛緩する。
ヒュドラの巨大な胴体が、バランスを失って前方に崩れた。
地響きと共に、部屋全体が小さく揺れる。
静かな時間が流れた。
「…………は?」
後方から聞こえたのは誰の声だったろうか。
今、これを書いている自分自身にも分からないが斬った直後、誰かの声が聞こえたのは確かだ。
ヒュドラに近づき、動きが無いことを確認したあと後ろを振り返る。
みんなはじっと僕を見つめていた。
「終わったんだな………レイ」
最初に声をかけてきたのは父さん。
どこか、気の抜けたような声色だった。
なぜだろうか。ヒュドラは地に伏せ僕も、みんなが生きているというのにどこか納得してないようなそんな複雑な顔をしている。
「まぁ………その。なんだ。よくやった。ゼニスのところに行くぞ」
肩をポンと叩かれ、父さんは僕の横を過ぎ母さんの元へ歩み寄った。
結論から言えば、母さんは生きていた。
意識はないが、浅い呼吸はしていたので多分生きているのだろう。
どこか後味の悪さを感じながら、僕たちは、奥にあった宝石や金目になりそうなものを回収して、2日かけて迷宮都市ラパンにある拠点に戻ってきた。
これで、家族全員の安否が分かったというわけである。
このゼニス救出では、誰一人欠けること無くここに帰ってこれたのだ。
予定通り、兄さんは妻であるシルフィさんとの子供の顔が見れるだろうし、ノルンには母さんであるゼニスと再会できる。エリナリーゼも恋人であるクリフさんに会うことができ結婚式を挙げれるだろう。
父さんも一息つける。
うん。今日は良い事づくしであった。
早めに休憩を取ることにしよう。
甲龍歴423年◯月◯日
母さんが目を覚ました。
残念なことに、兄やリーリャ、パウロ、僕の顔を見て首を傾げたのだ。
声を出そうにも、あっ、うぇ、うー、という単語しか話せなくなっていた。
言葉を失くしたらしい。
ただ、僕が分かったのは記憶は確かなのだろうこと。
なぜ、そう思ったのか。
父さんを見ると、少しだけ表情が変わり抱擁をしたのだ。
僕、兄、リーリャへの反応もあったから。
そこから分かるに記憶喪失ではないのではと僕は考えた。
伝える手段が無いだけなのではと。
試しに、母さんと2人で会話する時間を用意してもらい言葉と文字での会話を試みた。
まずは、言葉で。
これは首を傾げられただけ。
次に文字で。
これも首を傾げられただけ。
そこから、軽く考えてみるがわからない。
表情が変わらないので表情から読み取ろうにもである。
はてさて、本当に母さんは僕の思った通りなのだろうか。
疑問はつきない。
とはいえ、今後のことについても考える必要があるだろう。
蛇足
パウロ生存。
理由としては、強さが帝級以上神級未満のレイモンドがヒュドラ相手に苦戦するところが想像できなかったから。
あとは単純に、孫たちを抱っこするパウロが見たかったからです。
原作の相違点として、自分自身を律することが出来ている。
ただ、感情的には今すぐに駆け出したかった。
レイモンドの強さを疑っていたわけではなく、単純にゼニスの救出をたった一人に任せたくなかっただけです。
ルーデウスについて。
パウロの死というものを経験しないので後々にそれが原因で何かしら詰みポイントが起こるのかも。そこは………まぁ、レイモンドがなんとかするでしょう。
あとは。
二次創作の醍醐味ということで原作との違いを出しながら楽しんで執筆していきます。