灰灯の墓守は死者の願いを燃やせない   作:灰を拾う旅人

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国を三日で殺さない方法

「先に、できないことを決める」

 

 セインは地下地図へ三本の線を引いた。

「暁炉を今すぐ止める。ノエだけを引き抜く。リナだけを引き抜く。どれも王都の結界を落とし、国中の地方炉を逆流させる」

 

「じゃあ二人とも三日燃やすのか」

「燃やさず、流れだけを調整させる。ノエが自分の願火を使い、リナへの圧力を半分引き受けている」

 

「同じだろ」

「同じではない。彼女は今、自分で接続の深さを選んでいる。だが三日を過ぎれば、選べなくなる」

 

 腹が立つ。

 

 セインへではない。時間へだ。三日しかないと言われるたび、姉ちゃんが安全弁を開けた理由が近くなる。待てば死ぬ。だから一人でやる。

 

「三日で、国中の炉を変える方法は」

「ある」

 

 セインは六枚の古い炉図を広げた。

 

 第一の鐘で村の生者が故郷を結び直した。第二で名前を戻した。第三で記憶を本人へ選ばせた。第四で恐怖を引き受けた。第五で罪とその後の関係を分けた。

 

 青い線は、王都の地下まで来ている。

 

「七鐘は、白炉の制御装置じゃなかったのか」

「違う」

 セインが初代の設計書を示す。

「長夜後、始祖セルカたちが、各地の小さな弔いを国の結界へ束ねるために作った社会手順だ」

 

「社会手順?」

「炉へ何を入れるかだけではない。誰が決め、誰が記録し、誰が責任を持つか。技術だけで結界を作れば、強い願いを持つ者が弱い者の分まで選ぶ。その失敗を防ぐ七つの約束だった」

 

 炉辺、名前、選択、恐れ、許し。

 

 機械を動かす鍵ではなく、人を燃料へ変えない順番。

 

「白炉は、その鐘を名剥ぎの刃へ使い直した」

 ガランが言う。

「約束を省き、音の力だけで願火を切った」

 

 嫌な仕組みは、昔の正しいものを壊すより、便利な部分だけ使う。

 

「残りは記録と、明日だ」

 俺は地図を見る。

「第六の鐘は王都記録院。消された名を公に戻す。第七は暁炉の中だ」

 

「第六鐘を鳴らせば、国中の願火へ名を戻す道が開く」

 セインが三日分の欄を作る。

 

 一日目。白炉が消した名と過負荷命令を公開し、地方炉へ記録路を接続する。

 

 二日目。市民が、死者の名と、自分が明日したいことを各地の灰鐘へ登録する。結界を死者の最後の願いから、生者の続く願いへ少しずつ移す。

 

 三日目。暁炉の出力を落とし、七鐘の網へ切り替える。

 

「失敗したら」

 ティルが聞く。

「結界の薄い地域から虚獣が入る」

「何人死ぬ」

「分からない」

「王子様でも分からないって言うんだな」

「分かるふりをして決めれば、白炉と同じになる」

 

 セインは地図の中央、暁炉へ手を置いた。

「私は国民へ危険を話し、選ばせる。移行を拒む地域には、三日分の願火備蓄を残す」

「全員が拒んだら」

「暁炉を止められない」

 

 俺の望む答えを選ばせる計画ではない。

 

 死者を燃やし続ける地域が残るかもしれない。それでも情報を隠して正しいほうへ押すことはできない。

 

「役割を分ける」

 セインが言う。

「ガランは原本を持って王宮法廷へ。私が国王と大臣を集める。ティルは共同火葬場へ戻り、市民の声砂路を記録院へつなげ」

 

「俺は?」

「第六鐘を鳴らす」

 

「一人で?」

「違う。記録院にある名は六百万を超える。君一人で読めば、最初の百人で三日が終わる」

 

 樹都で同じ失敗をしかけた。

 

「王都中へ渡す」

「そうだ。私は王家の通信塔を開く。君は、名をどう記録するかを人々へ渡せ」

 

 セインへ任せるのは怖い。

 

 ノエを器と呼び、十二年燃やそうとした。救った人数で罪を相殺できると思っている。今もどこかで、少ない犠牲なら選ぶかもしれない。

 

「俺が通信塔も」

「君は王族の印章を持っているのか」

「ない」

「近衛兵を動かせるか」

「無理だ」

「では私へ任せろ」

 

 正しい。腹立たしい。

 

「裏切ったら」

「君は私を止めればいい。そのためにガランへ原本を渡し、記録を市民へ分ける。一人を信じなくても進む計画にする」

 

 俺のことをよく分かってきた。

 

「分かった。通信塔は任せる」

 

 口にしただけで、背中の荷が少し軽くなる。その軽さへ罪悪感が追いつきかけたが、持たなかった。

 

 軽くなっていい。空いた手で、別のものを持てる。

 

     *

 

 王都記録院は、暁炉の北にある黒い塔だった。

 

 死者の名を保管する建物なのに、正面には一つも名前がない。入口には番号札の棚だけが並ぶ。

 

 セインの命令で扉が開く予定だった。

 

 俺とティルが着いた時、内側から煙が出ていた。

 

「燃やしてる!」

 

 窓を割る。黒い記録紙が炎へ投げ込まれている。白灰班が証拠隠滅を始めていた。

 

「第六鐘は最上階だ!」

 ティルが館内図を指す。

「俺は消火栓を開ける!」

「一人で行くな」

「じゃあ誰が止めるんだよ!」

 

 怒鳴り返し、ティルは一度止まった。

「俺が行っていいか」

 

 聞いた。

 

「行け。三分で戻らなければ、俺が行く」

「分かった」

 

 ティルが床下の水管へ潜る。俺は階段を上がった。

 

 煙で肺が痛む。左手を壁へついても感触が薄く、体の傾きが分からない。ハドの槍を杖にする。

 

 二階の書庫では、番号だけの記録束が燃えている。

 

 七一〇四二。幼い男児。北区。願火適性二。

 

 九三三一八。女。織工技能。

 

 名は別の索引にある。その索引から先に燃やされていた。番号だけ残せば、誰の記録か二度と分からない。

 

「水が出るぞ!」

 

 ティルの声。天井の管から水が降り、炎を抑える。

 

 白灰班が奥から現れた。灰面の隊長が火のついた剣を構える。

「大葬卿の命令だ。名は混乱を生む。記録を残すな」

 

「命令だったでは済まないぞ」

 

 ハドの槍で剣を受ける。脇腹へ痛みが走る。一人目の足を払い、二人目の腕へ灰灯を押し当てた。

 

 灰灯に五本の線がある。炉辺、名、選択、恐れ、許し。青い火が願火剣から名剥ぎの白い炎だけを引きはがす。

 

「名前を言え!」

「灰衣に名は不要だ!」

「不要だと思うなら、俺が勝手につけるぞ。焦げ面一号!」

 

「ふざけるな! 俺はドロスだ!」

 

 怒りで名乗った。

 

「ドロス。今、記録を燃やしたのはお前だ!」

 

 青い火が腕へ巻きつく。自分の名で行動へ結ばれ、剣の願火が消えた。

 

 次の兵は自分から名乗る。名を呼ばれると弱る術ではない。名があれば、誰が何をしたか残る。それを恐れている。

 

 白灰班を退け、最上階へ上がる。

 

 第六の鐘は巨大な索引機の中にあった。鐘面を針が走り、死者の名を番号へ置き換えている。

 

 オルセウスの声が塔内放送へ流れた。

 

『国民へ告ぐ。反逆者カイ・リュゼと元審問官ガランが、暁炉停止を企てている。炉を止めれば、三日後に結界は消える』

 

 本当の一部分だ。

 

『王国を守るため、記録院を閉鎖する。名を戻せば願火は不安定となり、過去の愛着が現在の命を奪う。家族を愛する者は、死者を公共の火へ渡してほしい』

 

 うまい。

 

 愛しているなら手放せ。死者を個人へ戻す者は、生者を危険へさらす身勝手な人間だと決めつける。

 

 俺は鐘舌を索引機へ差し込んだ。

「セイン、聞こえるか!」

 

『通信塔は開いた』

 王子の声が返る。

『王都と、第一から第五の鐘がある地域へ届く』

 

 俺の前に、番号だけの記録が六百万ある。

 

 一人で読まない。

 

「王都のみんな、記録院が燃やされてる! 死んだ家族の名を知ってる人は、紙へ書いて火のそばで呼んでくれ。家族がいない人は、隣の家の名前を聞いてくれ!」

 

 共同火葬場から、ザックの老婆の声が返る。

『ザック・ユラ! パンを焦がした亭主!』

 

 樹都からは、願火を選び直した家族。

 

『ミナ・レク。息子たちを腹いっぱいにしたかった母親!』

 

 水都の橋から、記憶を送った人々。

 

『グレイ・セルド。夢見香にされた幸福を、妻へ返した人!』

 

 ハルヴァ砦から、サラの声。

 

『ハド・メイル。死ぬのが怖いと名乗り、それでも壁へ立った兵!』

 

 声が記録院へ集まる。

 

 索引機の番号へ名前が戻る。一つの番号に複数の候補がある。間違いもある。だから記録へ話者の名と、覚えている出来事を併記する。

 

「分からない名前は、分からないと残せ! 勝手に同じ人へするな! 後で照らし合わせる!」

 

 火災はまだ広がっている。

 

 俺は読める札を拾い続けた。三階で梁が落ちる音がする。

 

「カイ、出るぞ!」

 ティルが腕を引く。

「まだ記録が」

「外に何千人も来てる!」

 

 窓を見る。

 

 共同火葬場から歩いてきた市民が、桶と紙を持って塔を囲んでいた。消火する者、濡れた記録を運ぶ者、名を写す者。

 

 俺がここで焼け死んで守る必要はない。

 

「この階を任せる!」

 

 近くの記録官へ札を渡し、第六鐘へ戻る。

 

「消された名を、都合のいい番号に戻さない。分からないことまで作らない。誰が何をしたか、王家も院も俺たちも、名前つきで残す!」

 

 鐘舌を回した。

 

「鳴れ、記録の鐘!」

 

 第六の音が王都を震わせた。

 

 索引機の針が止まる。切り離されていた名前、願い、使用先が、青い糸で結び直された。

 

 白い街灯の一本ごとに、燃えている願火の名が浮かぶ。

 

 王宮を照らす塔へ、何千人もの名。

 

 噴水を光らせている子供の願い。

 

 貧民区から徴収されたロアン・ミテの火もあった。妻へ返したいという声が上がり、青い糸が共同火葬場へ伸びる。

 

 セインが王家通信塔から宣言する。

 

『王国暁炉は、死者の名を剥ぎ、無断で結界へ使用してきた。王家監督官として、記録を隠した責任を認める。三日後、暁炉を停止し、参加を選んだ地域から共同弔い網へ移行する』

 

 歓声だけではない。

 

『炉を止めるな!』

 

『子供を虚獣へ食わせる気か!』

 

『死者より生者を守れ!』

 

 反対の声も通信塔へ返る。

 

 セインは切らなかった。

 

『危険はある。参加しない地域へは三日分の備蓄を残す。判断材料と経過は、すべて公開する』

 

 選ぶのは、これからだ。

 

 ノエと姉ちゃんを助けるために始めた計画が、二人だけを選ぶ命令にならないように。

 

 鐘の青い光が消えた後、濡れた記録束が足元へ落ちた。

 

 表紙に、自分の名前がある。

 

『カイ・リュゼ』

 

 補助核候補の記録かと思った。

 

 違う。

 

『八年前、灰雨被災者。年齢十一。心肺停止、死亡確認』

 

 死亡時刻、灰雨の日の夕刻。

 

 その下に赤い追記があった。

 

『リナ・リュゼ接続時、願火分与により再点火。生存を秘匿』

 

 俺は八年前、一度死んでいる。

 

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