前作も出来次第出していくのでご心配なく。ちゃんと執筆はしております。
#1
海は好きかと問われると、間違いなく余は首肯する。
陸軍大国である祖国で生まれ育った余からすれば、この感性は少々奇怪にも思われる事だろう。だが同じ様な嗜好の者どもが多くいた事が、余にとって暁光であった。
「
艦橋で方々とした顔でその艦艇を見上げていると、後ろから話しかけられて振り返る。彼女が纏っているのは縁が金糸で縫われた黒のジャケットに、裏地が赤布のスカート、足元はブーツと白黒ストライプのニーハイソックス。腰には革ベルトが巻かれて、レイピアが下ろされていた。
彼女達はドイツ国内最大級の海洋学校である、ヴィルヘルムスハーフェン海洋校の制服を纏っていた。
「全乗組員、乗込完了」
「うむ」
ゆっくりとした余裕ある口調で彼女は頷くと、艦橋で彼女は指示を出す。
「出港準備」
「出港準備!前部員、両鎖詰方!」
制服と同色の制帽を被る副艦長が指示をすると、他のセーラー服を纏う乗組員達がテキパキと動き出す。そして笛が鳴らされる。
「出港用意、錨上げ!」
副艦長の指示で生徒達でもある乗組員は甲板で巻き取られていく。
「立錨、起錨…正錨!」
甲板から巻き取られていく巨大な鉄の物体を確認し、同時に水面下から上がってくる錨に水を当てて余分な汚れを落としていく。幸い、まだ艦艇が投錨をしてそれほど時間が経っていなかったことで汚れもひどいものではなく、簡単に錨は船体に収められていく。
「主錨収容!」
「副錨も収容完了」
そして前甲板で錨が巻き取られたのを旗信号を使って伝達すると、箱型の操舵艦橋で彼女は軽く頷いてから指示を出す。
「舫放て。出港!両舷前進微速!赤黒無し。針路一二〇度」
「航海長、頂きました。両舷前進微速、赤黒無し。針路一二〇度」
主舵を握る航海長は復唱をすると、手元の
「他艦艇の様子は?」
「異常ありません。艦長」
「うん、宜しい」
そこで艦橋から見える他艦艇の光景に満足そうに頷くと、他の乗組員達はそんな様子を見て『相変わらずだなぁ』と気にも止めることはなかった。
その時、齢一〇となった少女は昔から面倒を見てくれた女中から長々とした忠告を受けていた。
「宜しいですか、お嬢様?」
「あー、うん。分かった」
少女は頷くと、その受け答えを聞いた女中は小さくため息を吐いた。
「お嬢様はこれからの生活は今までとまるで違われる生活を送るでしょう。御当主様はからは『くれぐれも気をつける様に』とも言われております。その事をお忘れなく」
「寄宿学校を蹴って入ったのよ?覚悟はしている」
「…」
その時、彼女の真っ直ぐと見つめる眼差しは確固たる意志を持っており、余人が見れば思わず引き寄せられてしまう様な独特の魅力があった。
それが代々の血筋である事を女中も理解すると、向かい席で座っていた彼女は窓をノックし、外で待機していた執事がドアを開けた。
「どうかお気を付けて」
「ええ、ありがとう」
丁寧な所作でショーファーカーを降りると、彼女はそこで舗装された道路を歩く。
「すぅ…ふぅ…」
そこで鞄も持って一つ深呼吸をすると、改めて振り返る。
「行ってきます」
一礼をして彼女はここまで送ってくれた家族に感謝をすると、アレクサンドラ・イレーネはゆったりとした所作で歩き出す。
「…」
この場所からでもよく見える景色につい気分も良くなる。
場所はヴィルヘルムスハーフェン海洋準備校。一〇歳より始まる中等教育を担当し、国内最大級の海洋学校であった。
「本物の海だ…」
そこで太陽が反射して煌めく大洋を前に彼女は気分が高揚してくる。
実家は家の前に湖があるだけで内陸にあり、幼い頃から海に憧れを持っていた彼女はついに海洋学校の門戸を叩いたのであった。
「しかし首席じゃないか、まあそうだろうな…」
軽く肩を落としつつも、念願の海を前に彼女はそんな些細な問題も吹き飛んでしまう。
「おっ、良い席だ」
そこで海沿いのベンチが空いていたので、彼女はその席に座って海を眺めていた。
「綺麗…」
今まで感じたことのない潮の香り、太陽の熱。何も彼女からしてみれば新鮮さで満ち溢れていた。
「…」
その景色に見惚れてしまっていると、その時に彼女は話しかけられた。
「あの…すみません」
「?」
そこで彼女に話しかけてきた少女は、自分と同じ制服を纏っていた。
「その、同級生でしょうか?」
「ええ、今年入学する生徒です」
アレクサンドラは頷くと、聞いた少女は顔を明るくした。
「すみません。入学式の会場をお聞きしても宜しいですか?」
「勿論です。何なら一緒にどうでしょう?」
「おぉ、ありがとうございます!」
少女は嬉しげに感謝をすると、アレクサンドラは立ち上がって移動しようとする。
「あっ、鞄…」
「おっと」
幸いにもすぐに少女は置き忘れかけた鞄のことを指摘すると、アレクサンドラは軽く笑いながら鞄を持つ。
「いけないいけない」
ついついいつ持ってくれる人がいるから忘れそうになってしまう。そう思いながら彼女は入学式の会場まで歩く。
「御名前は?」
「あっ、エーリカ・アレクセーエヴナ・ロジェストヴェンスキーです」
「あら、ロシア系なの?」
名前からすぐに彼女は察して聞くと、彼女は頷く。
「はい。祖先はロシア革命で亡命した元貴族です」
「あぁ、なるほど」
彼女の由来を聞き、アレクサンドラは頷いてから自己紹介をする。
「余はアレクサンドラ・イレーネという。宜しく」
「アレクサンドラさんですね。初めまして」
「余のことはザーシャって呼んでも構わないのだぞ?」
アレクサンドラは言うと、エーリカは彼女は数回頷いて聞いた。
「なるほど…ではザーシャさん、とお呼びしても?」
「余はどんな呼び方でも嬉しいぞ」
二人はそんな事を言いながら入学式の会場に入ると、そこでは賑わいを見せていた。
「おお…」
「もう友達作りが始まっているんですね。ここは海沿いで、それなりの貴族の御令嬢も通う学校ですし」
「へぇ、そうなのか」
そこて全く知らない様子の彼女にエーリカは首を傾げた。
「知らなかったのですか?」
「余は元々海が見たくて入った所だ。この学校の詳しい事情は知らぬ所でな」
アレクサンドラはその為にそこら辺の常識が欠けているかも知れないと言った。
「そんな言うほどですか?」
「無論だ。余は小学校に通っていないのでな」
「え?」
「余の家は家庭教師だった」
「あぁ、そう言う事ですか」
彼女の事情を知り、その時彼女は『余程のお金持ちの家の子なんだな』と察した。少なくとも小学校を学校に行かずとも卒業できるほどの家庭教師によるマンツーマンとなると、それなりの教育費がかかるのは目に見えて理解できた。
「は…?小突く必要はないだろう」
「旧貴族のアルノー家に楯突く気?無礼な態度は謹んだ方がいいわよ」
「ハハハ、流石
待機所で多くの生徒達が談笑と交流をしている中、ある場所でその言葉が耳に付いた。その方を見ると、長髪の金髪の少女同士が睨み合っていた。
入学前に喧嘩なんてされたら面倒だし気分も悪くなる。その様に感じた。
「あっ」
そこでアレクサンドラは手元に持った筆箱から消しゴムを落とした。飛んで行ったのは睨み合っていた二人の方だ。
「すみません。消しゴムが飛んできませんでしたか?」
そしてすかさず彼女は睨み合っていた二人の間に入って聞くと、睨み合っていた二人がまるで猫の喧嘩の様に見えてしまった。
「あっ、これですか?」
「あぁ、それです。ありがとう」
そこで別の茶髪のショートヘアの生徒から落とした消しゴムを受け取ると、そこでアレクサンドラは聞いた。
「一体どうしたのかね?」
「あっ、さっきミーナさん…こちらの方にあの方が小突いてしまって…」
「なるほど…」
そこで今にも喧嘩になりそうな様子にアレクサンドラは言う。
「失礼、御二方のお名前をお聞きしても宜しいだろうか?」
その睨み合いに真正面から突っ込んでいったことに少女はやや驚くと、まだ余人の話を聞く余裕のあった小突かれたほうの金髪少女が言う。
「ヴィルヘルミーナ・ブラウンシュヴァイク・インゲノール・フリーデブルクだ。…すまないが今野暮用で話したいことがあるんだ」
「ええ、私もですわ」
すると前を大きく見せた金髪少女の方が先に言う。
「リーゼロッテ・フォン・アルノーよ。この方と
その名前を聞いた時、アレクサンドラは軽く手を合わせて言う。
「おぉ、アルノー家のお方ですか」
「あら、我が家の事をご存知で?」
「勿論。これでも貴族のお方とは…」
その時、教室でチャイムが鳴った。
『新入生の皆さん。入学式が始まりますので、甲板に集まってください』
その放送を耳にしてアレクサンドラは言う。
「おっと、もう入学式ですか。ではこれで失礼」
またどこかでお会いしましょう。と言って彼女は教室を後にすると、茶髪の少女や、リーゼロッテの側にいたツインテールの金髪の少女も安堵していた。
その後、入学式が始まった事で甲板に生徒達は集まっていた。
「おぉ…あれが…」
「五年後に私達が乗るだろう
その沖合では多数の学生艦が錨を下ろして停泊しており、他に甲板に上がった生徒達も目を大きくさせていた。
「ビスマルクにヴュルテンベルク…」
「向こうにはH級もおるぞ!」
そこで甲板に上がったアレクサンドラとエーリカは他の生徒達と同様に目を輝かせており、入学の挨拶もそこそこに学生艦を見ていた。
『学長、ありがとうございました。続きまして新入生代表の挨拶です』
そこでアナウンスの通りに教壇に一人の生徒が立った。
「ほぅ、彼奴が…」
主席で入学をした生徒、噂では数十年ぶりに満点で入学試験を突破した天才だ。既に上級生の間では『妖精』なる渾名があるとか。
『新入生代表のテア・クロイツェルだ』
確かに、その名の通りに小柄な体つきだ。だが雰囲気からして違うのは明白だった。そしてこんなハレの日にどの様な演説を作ったのかと期待した。
『私から話すことは、
ガクッと、アレクサンドラは肩を落とした。