漂流をし、様々な経験を積むこととなったロッテンベルクからの課題。そこで多くの生徒は海の恐ろしさを実感していた。
そんな中でプリンツ・アーダルベルトやアドミラル・グラーフ・シュペーでは苦労が乗組員の結束に転化していた。
「ほほ〜…」
海上基地の一室、そこでエーリカや他のプリンツ・アーダルベルトクラスの生徒たちは基地内の視聴覚室に招集されていた。
「これから何をするの?」
「え、聞いていないの?」
そこで集められた生徒達の中で砲術員のハイデマリー・エアハルトが隣にいたヨハンナ・フォン・ザウアーに聞くと、彼女は驚いていた。
「だって連絡見てなかったから…」
「ちゃんと確認しなさいよ。全く…」
ヨハンナは呆れて溜息を吐くと、そこで部屋の中ではプリンツ・アーダルベルトの生徒達だけが集められていたことに気がつく。
「何をするんだろう?」
「親睦会って話だけどね」
そこで集められた生徒達は部屋の中で料理が用意されていたのを見る。
これらは給糧員のウルズラ・フォン・マイヤー、グレーテル・フォン・シュモラー、マクシーネ・ヴェーバーの三名が料理を提供してくれていた。
「諸君、よく来てくれた」
すると視聴覚室の教壇に立ってアレクサンドラは仁王立ちで話しかける。
「先の後悔では諸君らに迷惑をかけたこと、済まなかった」
彼女はそう言ったところで頭を下げた。
「お詫び、というわけではないのだが…。このような時期でなければこの催しはできなかったのでな」
長机に用意されたのはメットやザウマーゲン、
「これ、南部の料理だ…!」
「すごい、
「すまない。余の故郷の料理ばかりを用意してもらった」
アレクサンドラはそう言い、北部ドイツ出身の生徒が多い中で南部ドイツの料理を提供したことに、彼女達は物珍しい目で見ていた。
「南部料理ってこんなにじゃがいもを使うんだね」
「小麦も一杯。さすが農地が多いだけありますわね」
この海上基地では取り寄せるのも苦労する南部の淡水魚の料理に目を丸くしていた。
「今日は無礼講。余の奢りだ。好きに呑み食いをしてくれ」
「「「「「おぉ…!!」」」」」
彼女から言われ、集められた生徒達は食堂に行かなくて正解だったと痛感する。
そして次々とジョッキに注がれたビールが提供される。ドイツでは一六歳よりビール・ワインなどの醸造酒の購入が認められていた。受け取った側はこんな量を一体何処で運んできたのかと疑問に思った。
「うわ、高そうなワインだよ」
「これは南部ドイツの銘柄…」
彼女達は用意された酒瓶を見て、それがリースリングを使ったラインガウ産の高級白ワインだと分かる。
「(これは…)」
その白ワインの産地を見てベルタは一瞬驚くが、理解した様子でそっと酒瓶を机に戻す。
ヴィエルヘルムスハーフェン校には『夜勤がない日の一八時以降に酒は二杯まで』と言う校則があり、彼女達は基本的に酒類を大量にジョッキで飲めるビールが大人気であった。しかしこの数日は海洋実習も無いので彼女達は思う存分に呑み食いが可能であった。
艦内の酒保でも瓶ビールが売られており、夕食後に飲む生徒もいた。
『ビール純粋令』と言う法律でドイツでは『ビールは、麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とする』と言う法令文によって国内のビールの品質は一定になるように定められていた。約一リットルあたりの価格制限も設けられており、故意に破れば罰則規定もあった。
「では諸君。
「「「「「
「ミーナ達は呼ばなくて良かったんですか?」
そこでアンネリーが聞いてくると、アレクサンドラは首を横に振った。
「今日は余の話をしたいからな。あまり気を使わせるのも悪かろう?」
「…絶対今からでも伝えたほうがいいような気がしますけれどね」
彼女はそう言い、ややジト目でアレクサンドラを見ていた。
「艦長」
するとアンネリーと入れ替わるようにベルタが話しかけてきた。
「このワインは、ロバート ヴァイル醸造所のワインです。こんな上物、どうやって仕入れたのですか?」
その顔はやや苦笑気味に笑っていた。彼女は分かっていてこの質問をしたのだ。するとアレクサンドラもそれを分かっていて態とらしく返す。
「ふむ、機関長ほどの理解力があればどうなのだ?」
「さぁ?私はこのワインが運ばれた理由が点で分かりませぬ」
ベルタの後ろではアンネリーも笑いを堪えるように肩を震わせていた。
「ここで作られた『グレーフェンベルガーアウスレーゼ1893年』はドイツ皇帝、ヴィルヘルム2世がこよなく愛したワインでも著名なのだがなぁ…」
彼女はそう言うと、そこで二回ほど手を叩いて全員の注目を集めさせる。
「傾注、諸君に聞いてもらいたい事がある」
最初にそう話すと、アレクサンドラは生徒達を見た。
その日、プリンツ・アーダルベルト、アドミラル・グラーフ・シュペー、ヴュルテンベルクの三隻が洋上で投錨していた。
ヴュルテンベルクはバイエルン級戦艦の四番艦。
泥沼に長引いた欧州動乱に終止符を打つために帝政ドイツが海軍軍拡である艦隊法に基づいて建造を進めた軍艦の最後の艦級である。
ドイツ最初の超弩級戦艦でもあり、ビスマルク級を始めとするドイツ艦艇の箱型艦橋と違って三脚型の艦橋が特徴的であった。
欧州動乱は泥沼化し、長引いたことによる戦費拡大、重税、国家の疲弊によってほぼ同時にフランスとドイツで革命が勃発。一九一四年より勃発した欧州動乱は最終的には両国の休戦・講和によって引き分けという形で集結した。
ロシア革命による共産化の波もまた、両国に講和を促す要因となった。
「状況はどうなっている?」
「絶好調な様子ですよ。マイン・カイザー」
そこで少し茶目っけにアンネリーが言うと、呆れたように溜息を吐いてアレクサンドラは甲板に出て柵に近寄る。
「ミーナさんがトップです」
そして海面を見ると、凄まじい速度で爆走する四台のスキッパーを見た。
「よしっ、あと一周!見ていてください!艦長!」
「ちょっと!飛ばし過ぎでしてよ!今日はスキッパーの試運転でしょう!」
首位を走るミーナに二番手のリーゼロッテが叫ぶ。彼女達はスキッパーの試運転をしていたのだが、いつの間にか試運転が本気のレースに目的が変わってしまい、競艇のようになっていた。
「なんだ負けている言い訳か?リーゼロッテ?」
「なっ、もう許しませんわ!」
クローナとテア以上に煽り耐性が無いミーナとリーゼロッテは簡単に挑発に乗ってスキッパーをぶつけていきそうな勢いで接近していた。
「おっ?仲間割れか?シュペー組?」
「ではお先に」
そこでヴュルテンベルク艦長のレン・シュテーゲマンとエーリカが脇をスッと加速してすり抜けていく。
「レン!エーリカ!しまった…!!」
ミーナは他所身をしていて追い越されたことに驚愕をする。
「行かせるか!」
そこで彼女はスキッパーを加速さえて追従をする。
「おっ?ついてくるかミーナ」
「凄い凄い」
そこで感心した様子で二人はミーナの操縦するスキッパーを見ると、レンはそこでミーナのスキッパーの後部座席に座っていたレターナに話しかけた。
「そういやレターナもスキッパーの免許持っているんだろう?士官とか目指せばよかったのに。艦長になって艦を自由に動かすのは楽しいぞ」
「アハハ!私は自由人だから性に合わないんだよ」
彼女はニィッと笑って彼女に返すと、エーリカがそこに乗っかるように操縦席のミーナに聞いた。
「ミーナが艦長を目指さなかったのはなぜ?」
「私は着いて行くと決めた艦長がいるからな」
そう言い彼女は甲板に立つテアを一瞥する。
「…なるほど」
昔から変わらないなぁ、と見事な忠誠心に思わず聞いたエーリカも対抗心を燃やしてしまう。
するとミーナはテアが『勝って』という口元の動きを読唇術で確認した。
「だからこの勝負、艦長の為に譲る気はない!!」
その言葉を受け、ミーナはスキッパーを加速させる。
「まったく、忠誠宣言は時代遅れじゃないか!?」
「見上げた忠誠心ですことで」
レンは呆れ、エーリカは感心してミーナを見た。
「よしっ、獲っ…」
そこでミーナは前を見た。
「なっ」
「まぁ、これがドイツ艦ね。大きいですわ~」
その時、目の前に白い大型クルーザーが停泊していた。
「ミーナ!」
「(まずいぶつかる!!)」
後ろでレターナが叫んだことでミーナはブレーキをかけ、機体を滑らせたことで急制動を行う。
しかし船は急には停まれない。横にドリフトをしながらミーナはスキッパーを止めるが、軽くゴツンとクルーザーにぶつけてしまった。
「…!!」
ぶつかったクルーザーを見上げてミーナ達は震える。
「ふぅ…」
そして静寂。衝突して大事にならなかったことに安堵する。
「ギリギリセー…『ドボン』「お嬢様ー!!」」
が、水に落ちた音と悲鳴が聞こえて大騒ぎである。
「ありゃー」
ミーナも『やっちまった…』と後悔した。
「フフ、フォールしちゃった。まるでウォーターも滴る良いレディーだわ」
「(何を言うのか此奴は…)」
アレクサンドラは訝しんで水浸しの少女を見て、英語で話していることから確実に
「ハハ…いや、怪我がなくて本当に良かった」
そんな彼女の言い方にミーナも思わず苦笑してしまう。
「船もぶつけてすまなかったな」
「No problem!イギリスの船は丈夫なのが取り柄なのよ?」
「こちらこそ勝手に近づいて申し訳ありませんでした」
ミーナに水浸しの少女と、彼女の執事のように付き従っていた少女が言った。
「見た事の無い制服ですけど、もしかして…」
そこでローザが見たことのない制服を見て聞くと、彼女達は答える。
「イギリスのダートマス校から来ました。ブリジットと申します」
スカートをつまんで一礼をして自己紹介をする彼女。
「この子は召使い兼友達のキャビアちゃん」
「キャリー・ピアレットです!」
そこで紹介された黒髪の少女は反論するように本名を明かす。なるほど、黒い髪の毛だからキャビアね…。すると紹介されたキャリーは言う。
「ブリジット様はイギリスの由緒正しい貴族、シンクレア家のご息女でありますので。無礼のないように」
「ってことは現役の貴族?すげぇ〜」
「…」
レターナは感心した様子で見ていた。この海域にいたプリンツ・アーダルベルトには多くの貴族が乗っていたことで、驚き具合はそれほどでもなかった。代わりに旧貴族のリーゼロッテはなんとも言えない渋い表情をしていた。