着々と遠洋演習への航海が近づく中で、プリンツ・アーダルベルトは母校のヴィルヘルムスハーフェン校を離れて遠くエッカーンフェルデの地で訓練を行っていた。
「突入用意!」
そこで黒い目出し帽を被った砲術員のカーリン・ワルサーが指示を出すと、安全帯を装備していた他の生徒達は手慣れた様子で壁を伝うように降下を行うと、一度蹴って数メートル落下をした後に足元のガラスを確認すると、足を曲げて思い切り飛び上がってから蹴って履いていた軍用ブーツを使ってガラスを一撃で粉砕してから中に突入を開始する。
「突撃せよ!」
「手榴弾、投擲せよ!!」
室内に突入を行った彼女達はそのまま突撃銃や汎用機関銃を持って制圧を開始する。安全ピンを外して閃光弾と発煙弾を投げ込むと、視界を遮ってから突入を開始していく。そして鍵のかかったドアの蝶番を散弾銃で撃ってドアブリーチングを行って突入を行う。
「前クリア!」
「右クリア!」
「左クリア!」
「後クリア!」
四人一組で組んで、彼女達は突撃銃を握って訓練施設に指定された屋内施設の制圧を行う。
「ふむ…」
そしてその様子を監視カメラを介して確認していた指導教官は頼もしげに見ていた。
「この二ヶ月の修練で皆よくやってくれているな」
「日頃の教官の指導の賜物です」
その傍で立っていたアレクサンドラが言うと、指導教官である警察の特殊部隊から派遣された男は笑った。
「ふはははっ。いやはや、正直舐めていたよ。まさか女学生がここまで腕を上げるとはね」
「恐れ入ります」
自慢のクラスメイトが両手を広げて褒められている事に彼女は安堵と嬉しさの笑みを見せる。
二ヶ月間の訓練と三ヶ月の艦艇の改装、この一ヶ月の差はヘリコプターを使った実際の習熟訓練を行う予定であった。
「基本的に降下訓練は飛行船で行われてきたのと同じ方法だ。今度君たちの艦載機に追加されるヘリコプターとの相性も良いだろう」
「はい。洋上でのホイストを用いた救難訓練を行う予定となっています」
アレクサンドラはそう話し、彼女達の艦載機に選ばれたのはFa 223の
元々巨大な格納庫を有していたアーダルベルトなどでは、その余裕を持った設計によって多めに機体が積み込まれていた。
ただ、格納庫が船体中央にある影響で起重機を使って機体を後部甲板に移動させる必要や内火艇の配置なども変える必要が出てくるなど、かなり面倒な改装をする羽目になっていた。
「正直、ヘリコプターは我々の方でもまだ確立した運用が決まっていない。逐一君たちに訓練結果を送ろう」
「ありがとうございます」
そこで教官からの提案に頭を下げると、彼はそんな彼女に笑って言った。
「その代わり、君たちも何かあったら報告書を提出してくれ」
「分かりました」
彼女の礼儀正しくも、風格のある雰囲気を見て教官の男は感心していた。
「(皇帝の血族はやはり皇帝であるな…)」
当時は噂にもなったホーエンツォレルン家の血筋の者が海洋学校に入学をした話。
ドイツ革命による混乱で退位をさせられることとなったドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は、オランダに亡命をする際に多額の私財を貨車に乗せて亡命したことが国民の心象を悪くさせたことで、ドイツ帝室は失われてしまった。
そして国内に多く残余していた皇帝の一族の一人が彼女だ。
「(やれやれ、王党派も最近は勢い付いていると言うし、面倒な事になるから海洋学校に逃げてきたか…)」
昨今の民主主義政治の腐敗による政府への失望と共に湧いて出てきた自国第一主義思想と王政復古の動き。一度は途絶えてしまったドイツ皇帝を迎え入れようと言う動きはヴァイマル共和国の時代からあった。
そうした政治の諸々の問題から逃れるための彼女は国際的な学校である海洋学校に進学を決めたのだろう。全寮制であり、外界から隔絶した空間を得られるその場所は、十六歳に迎えるべきデビュタントを控える貴族の御子息・御令嬢の逃げ場としても人気であった。
実際、ダートマス校なども今まで王室関係者を向かえ入れてきた経験も持ち合わせた由緒正しい海洋学校でもあった。
王政復古の動きがあり、面倒な事となる前に海洋学校に逃げ込んだ判断は間違いではなかったに違いないと教官は感じながら訓練の様子を見ていた。
そして施設の制圧訓練を終え、纏っていた装備品を外していく生徒達。
「あっつ〜」
「疲れた〜…」
彼女達は降下猟兵の装備を落下傘以外は全て同等の装備をしており、そのために防弾プレートやプロテクターなどを戦闘服の上に着込んでいた。
今は一〇月半。一ヶ月間の基礎海洋実習を終え、その後の二ヶ月間の特別実習も佳境を迎えつつあった。
「大丈夫そうか?」
「艦長…!」
そこでアレクサンドラが話しかけて来たので、全員がその方を見た。
彼女は以前より少し伸びたとは言え、まだまだ身長が一四〇代後半であった為に彼女は積極的な訓練参加ができなかった。
「はい、おかげさまで何とか形にはなりそうです」
そこで話しかけられたハイデマリー達は、この訓練に参加したくてうずうずしている様子のアレクサンドラを見て微笑ましいと思うと同時、恐ろしくもあった。
「(艦長が剣を持つと見てるこっちが怖いんですよね…)」
そこで彼女達はアレクサンドラの持っている黒い鞘のレイピアを見る。
彼女の大叔父…現在のホーエンツォレルン家当主から贈られたと言うその剣は、訓練時は模擬刀を使うのだが、彼女は剣術において他を圧倒する技前を有していた。何で突撃銃装備の私たちを相手に大立ち回りができるの?
「再来週から編入生達と合流をして、編入生達と合同で訓練にあたる」
「はい。噂は予々聞いています」
そこで彼女達は頷くと、今度の改装で新たに加えられると言う新型機の話を小耳に挟んでいた。
「どうですか?」
「凄かったぞ?まあ、あれは直接見て皆で驚いたほうが良かろう」
彼女はそう言い、げっそりして帰って来たエーリカと反対に快活さを発揮していた。むしろ子供の様にはしゃいでいた。
「へぇ、そんなに珍しいんですか?」
「ああ、詳しくは言わんが、我々が降下訓練を行う理由もよくわかる」
彼女はそう言い、聞いていた者達の興味を駆り立てた。
訓練施設ではホイストの使用方法も徹底して教育がされていた。
「ホイスト降ろします!」
救助訓練の一環で要救助者役の生徒を担架などに縛りながらプールでホイストを吊り下げて持ち上げていく。
「海は波が荒いぞ、潮に流されるな!」
教官の叱責が飛びながら優秀な彼女達は訓練通りに任務をこなしていく。
導入される事となるヘリコプターの運用方法は各形式に沿う形である為、ホイスト降下の訓練を行っていた。
「上げて」
そこでハンドサインを確認してクルーチーフはホイストを巻き上げていく。そして要救助者と共に生徒達は回収された。
「そろそろ遠洋実習の配置が決まりますね」
「ああ、そろそろ発表だ」
「何処を経由して向かうんでしょうね…」
訓練施設の食堂で食事を摂りながら彼女達は言う。
ここは潜水艦基地と言うこともあり、船乗りの多くは男性だ。確かに潜水艦の本場とは言え、潜水艦の乗組員は多くが男性であるため、その中で女子が食事をとると言うのは、まるで花園を覗き込んでいる様な気分であった。
「…あっ。マリアから、学校から連絡だそうです」
その時、アンネリーのタブレットに一通のメッセージが届いた。内容は今し方発表された遠洋航海の行き先である。
「…艦長、我々はハワイに遠洋航海する事になりました。途中の寄港地は横須賀もありますね」
「おお!そうかそうか」
そこで連絡を聞いたアレクサンドラは嬉しそうに笑みを浮かべて頷いた。
ドイツのヴィルヘルムスハーフェンから日本の横須賀まで、大凡二ヶ月の航海である。向こうの入学式の四月に合わせる様に航路が策定され、二月から遠洋航海に向かう事となる。
「他の艦艇は?」
「ビスマルクは別で行くみたいですね。…あっ、近い日にアドミラル・グラーフ・シュペーが出港ですね」
「おお、ではカッツヒェンと一緒に行けるのか…」
さらなる吉報を前に彼女は心底嬉しそうにする。
テアと共に日本に行くと言うのであればこれほど心強いことはないし、何より友人達と長い航海に出られるというのは楽しい。
「『虎に翼』とはこの事だな」
「何です?それ」
「古い中国の諺だ。強いものに、更に強いものが加わる事を指す」
「ああ、テアとザーシャがいたら確かに最強ですね」
そこでアンネリーが言うと彼女達は脳裏で二人の顔を並べる。
抜群の戦闘の才能を持ったテアと、人心掌握が得意なアレクサンドラ。
どちらも別ベクトルで才能があり、その事を認識したエーリカ達はお互いに顔を見やる。
「「(二人が合わさるのは危険ね)」」
そして二人で同じ結論に達していた。
自分達の副艦長、書記という彼女と接することの多い役職を奪われるわけにはいかなかった。
アーダルベルトと共に日本に行く事となった話は無論、ヴィルヘルムスハーフェン校でも聞いていた。
「そうか、ザーシャと同じか」
ローザから報告を聞いて彼女は嬉しそうに笑みを見せると、その事を見ていたミーナは少しやきもちを焼いていた。
「(くそぅ…私ではなくザーシャといることの方が嬉しそうにしている…!!)」
無論、彼女とて海洋準備校からの仲である。ミーナも気兼ねなく相談できる親しい友人として今後も仲良くしたい。しかしテアとの関係となると話は別である。
「(何としても二人が一緒の艦を動かす事になるのは阻止しなければ…!!)」
彼女は確固たる意志を持って自分の副艦長としての立場を盤石なものにしなければならないと思っていた。
しかし、彼女達の誤算といえば、別に両艦長は艦長の立場を譲る気はないと言うことだろう。
テアはミーナを、アレクサンドラはエーリカやアンネリーを心の底から信頼できる親友である為、安心して艦を任せることができていた。少なくともこの環境を変える気は、彼女達はさらさら無かった。
その絶妙な認識のズレが、両艦の一部艦橋要員の行動に如実に出る様になっていった。