一〇月末。
二ヶ月間の特別演習を修了したアーダルベルト乗組員達は、そこで訓練施設を後にしてノルトホルツ航空基地に移動する。
「おぉ…」
バスで移動し、何個も作られている飛行船格納庫に偽装される様に格納されていた機体を見て思わず彼女達は見上げる。
「これがヘリコプター…」
「凄く大きな翼ね」
「本当に浮き袋無しで飛べるの?」
その機体を見て彼女達は好き勝手にそんな事を話していた。
まあ目の前の機体を見ていたらそんな事を思うのも無理はないだろう。何せ飛行船以外に空を飛ぶ手段を彼女達は見た事ないのだから。
「諸君」
そこで二回ほど手を叩いてクラスメイト達の注目を集めさせると、そこでアレクサンドラは言う。
「本日より、我がプリンツ・アーダルベルトに編入生が配属される」
彼女はそう言うと、彼女達の視線を集めさせる。
「航空科、当艦の航空長を担当するエリーミル・ミルヒだ。航空長、挨拶を」
「はっ」
そこで一歩下がって一人の女生徒がヴィルヘルムスハーフェン校の士官服を纏って挨拶をする。
「航空科、航空長を拝命する事となったエリーミル・ミルヒです。本日よりよろしくお願いします」
彼女はそう話し、他の生徒達を見る。既存のクラスメイト達も予め知らされていた新しいクラスメイト達に興味津々で見ており、新しい科に期待の眼差しを向けていた。
新しく配属されるクラスメイトは二〇名。何も機体整備や燃料・弾薬の補給、航空管制などを担当する生徒達で構成されていた。
「この後、諸君達にはこのヘリコプターに乗ってもらう。この一ヶ月で習熟訓練を行う」
彼女は淡々とクラスメイト達に話すと、この二ヶ月の特訓の成果を活かす機会だと意気込んでいた。
「どうぞ、お足元にお気をつけて」
そして艦載機に選ばれた機体に彼女達は制服姿のまま乗り込んでいく。何せ飛行船を使った訓練こそあったが、こうしてヘリコプターに乗るのはほぼ全員が初めてであった。
「すご〜い」
「椅子は硬いわね」
「旅客便じゃないんだから諦めなさい」
彼女達はそう言いながら機内を見上げて様々な場所をジロジロと見ていた。そして乗り込める最大収容人数である八名が乗り込むと、彼女達は空に慣れる目的で次々と離陸を行っていく。
「パイロット六名、整備員兼補給員九名、航空管制五名、以上二〇名。お世話になります」
「うむ、出港前に機体は起重機で格納庫に格納。即応可能な様に一機は後部甲板で露天駐機とするが、構わないか?」
「大丈夫です。露天駐機中は塩害対策シートを被せます」
エリーミルはそう答えると、離陸して行ったヘリコプターを見上げる。機内ではワーワーと浮き袋無しで離陸をしたヘリコプターに阿鼻叫喚している様が無線で確認できた。
「航海中、甲板にはドラッヘとコリブリを一機づつ常駐させます」
「頼んだ。一ヶ月の習熟訓練の後、我々は年明けに
「ヤーパンとは、また遠い場所ですね」
そこでその場所を聞いてエリーミルは苦笑すると、そこでアレクサンドラは言う。
「遠洋実習はハワイまでだ。良いものだぞ?」
「ええ、学業の最中で海外に行けますからね」
その中で最も人気なのが日本を通る反時計回りの航路だ。極東の地にある国で、留学先で用意されている中では最も長い航海をすることになるためだ。
航路はくじ引きで決められ、艦長が直接クジを引く。なお、特別実習中であったアレクサンドラ達はロッテンベルクが代打で引いており、アーダルベルトは横須賀行きのチケットを手に入れていた。
あいにく同じ目的地であるシュペーとは出港日時は変更されていたが、やりようはあった。
「我々はシュペーが出港する前日に出る」
そこで学校側から支持された出港日時を前にエーリカはすぐに察した。
「…なるほど、洋上で遭遇ですか?」
「そんな所だ。そしたら学校側もそれほど言うことはあるまい?」
偶然を装っての同行を提案したアレクサンドラに聞いていたエーリカは苦笑混じりにため息をついた。まあ、確かにそれであれば
「分かりました。航海科にその様に航路策定をさせておきましょう」
「うむ、良くやってくれたまえ」
彼女は頷くと、離陸をして行ったヘリコプターを前に感嘆して驚愕しているクラスメイト達を見ていた。
これから彼女達は今までは飛行船や訓練施設で培った技術をそのままヘリコプターに応用し、慣れるための転換訓練と習熟訓練を行う手筈であった。
改装を加えられた艦艇にアレクサンドラ達乗組員が帰還したのは、その一ヶ月後のことであった。
「久々の
ヘルミーナが歓喜しながら乾ドックに浮かんでいるアーダルベルトを見て言った。彼女達はキール近郊の造船所の乾ドックで改装を終えたばかりのアーダルベルトを見る。
「改装内容は副砲の換装と対空電探の更新、艦尾の改造と
まだ注水作業も始まっていない乾ドックの前でアンネリーが言うと、聞いていたエーリカが首を傾げた。
「またどうしてカタパルトを?ヘリコプターには使えないわよ」
カタパルトが装備された事に疑問を感じていると、その訳をアンネリーは説明した。
「また後に技術廠が発明した試作品を発射する為だそうです。来年の春頃には完成する予定らしく、その時に我が艦など改装を終えた艦艇に装備をしたいとかで」
「え?実験艦にでもするつもりなの?」
「それだけ技術廠が勢い付ているということだ」
そこで次々と掛かられたタラップを使って乗船していく生徒達を見ながらアレクサンドラが言う。
外見からわかりやすい変化としては、艦首はバルバスバウと新型の水中探信儀が備えられ、艦尾はトランサムスターンに改造されてヴァンガードの様に切り立った船尾が取り付けられていた。
日本の様な海洋国家でない我が国が三ヶ月でこれほどの改装ができたとなると、予め予定されていたのだと言うのがよく伺えた。
「副砲が
「対空機関砲も
今まではエリーザだけであった電測員が実質的に六名まで増員された事を前にエーリカは苦笑していた。
「射撃管制室、航空管制室は一纏りにされてある。仕事はしやすいだろう」
「だと良いのですが…」
そこで彼女達も一度下ろした荷物を持って乗り込みを行う。
「おっと」
その時、キャリーケースに右舷魚雷発射管担当のヒルデ・シュマイサーがぶつかってしまった。
「あっ。ご、ごめんなさい艦長」
「大丈夫だ。怪我はしていないか?」
そこでアレクサンドラはキャリーケースよりも先にぶつかった生徒の方に注意が入っていた。
「ん?」
そこでアンネリーはそのキャリーケースから落ちた物を手に取って首を傾げた。丁寧に折り畳まれたその布は、アンネリーが手に取ると広がってしまった。
「あっ、馬鹿…」
その瞬間、アレクサンドラはアンネリーが手に取った物を見てギョッとなって振り返った。
「え?何これ…」
「うわっ、初めて見た…」
そこで感心した様にそれを見ていたエーリカとヒルデは驚いてその物を見ていた。
「旗?」
「しかもホーエンツォレルン家の家紋までありますよ」
その正体は旗。白の下地に黒の十字旗、交差部分は黒縁白円の上にライヒスアドラーの紋様が刺繍され、その背景にはリシマキア・アレキサンダーの紋章が象られていた。
「ザーシャ、これは…」
「余の旗だ」
その旗を前にアレクサンドラは諦めた様にため息を吐く。
「余に与えられたものでな。上級学校に進む際に渡されたのだ。一応、余の座乗艦としてお父上が学校長から許可を取り付けていたのだが…」
「へぇ…」
そこでアレクサンドラは旗を回収しようとすると、アンネリーは旗を掴んで離さなかった。再度アレクサンドラは旗を引っ張ると、その力は強まる。
「…おい、何を考えている?」
そこで旗を返そうとしない彼女に目元を暗くするアレクサンドラ。
「…エーリカ」
「は〜い」
アンネリーは親友を呼ぶと、彼女は朗らかに笑みを浮かべてスッとアレクサンドラの背後をとって直後に彼女を背中から羽交締めにする。
「ヒルデ!足!」
「は、はい!!」
「何をする!やめろ馬鹿!!」
そこで暴れ出す彼女であったが、直後に足を持ち上げられて彼女は宙ぶらりんに持ち上げられる。
「フリーデ!どこにいる!?」
彼女は叫ぶと、そこで先に乗り込んでいたフリーデは呼ばれて首を傾げた。
「どうした?」
その直後、彼女は言う。
「これ!マストに持ってって!!」
「え?何これ?」
いきなり彼女に渡された旗を見て彼女は首を傾げると、その旗を見て理解した様子で頷いた。
「早く!!」
「おう、まかせろ!」
そこで大騒ぎで階段を駆け上がってくる音を後ろに聞きながら彼女は艦橋上の射撃指揮所まで駆け上がると、そのままマストに駆け上がって旗を急いでくくり付ける。
「このアホンダラァアア!!」
艦橋では五名の羽交い締めを受けてマストに駆け上がろうとするアレクサンドラを抑え込んでおり、一部は目元に丸い大痣が出来上がっている乗組員もいた。
「艦長!抑えてください!」
「アホか貴様ら!スタイリッシュに問題を起こすなぁあああ!!」
「敬意の証ですよ!」
「マイン・カイザー、絶対揚げた方がいいですって」
「ヴァンガードの艦長だって自前の揚げたじゃないですか!」
「馬鹿タレ!向こうは現行!こっちは退位済だろうが!!」
柄にもなく彼女は大声をあげて怒鳴ると、伝声管を使って返答があった。
『旗揚げました!』
「よし!」
「ド阿呆!」
そこで彼女は怒鳴りながら拘束を振り解いで射撃指揮所まで駆け上がると、そこで掲揚された自分の旗を見上げた。
「あぁ…畜生…!!」
射撃指揮所の上、しかも本来は校旗が掲げられる場所の一つ下に旗が掲げられていた。彼女はそこで梯子を登ろうとしたが…。
「…」
足が震えていた。彼女はこのような吹き曝しの場所で高所恐怖症を発症してしまっていた。
「畜生めーっ!!」
どう足掻いでも旗を回収できないことに彼女は盛大に悪態を吐いて叫んだ。