「ここは…?」
その店の前でテアは首を傾げていた。今日は私服姿でドーバー海峡を越えた先の国に入国を果たしていた。
ユーロスターに乗り込み、ユーロトンネルを越えた先のロンドンで彼女は車を使って移動していた。
「うむ。余も行きつけにしておる店だ」
二人はヴィルヘルムスハーフェン校から珍しく外出をしており、テアはここまでずっとアレクサンドラについて来ていた。
そしてテアは不服ながらもミーナ達にも蓑巻きにされて学校から強制的に連れ出されてしまった。…いや、正確には追い出されたという方が近いだろう。
「『Holland & Holland』…?」
「競技銃や猟銃を専門に取り扱うイギリスの名門店だ。ハンドメイドで作ってくれる」
店名を呼んでテアは首を傾げていると、アレクサンドラはそう説明をして店内に入った。
「お待ちしておりました。アレクサンドラ様」
そして店に入ると、直後に一張羅のスリーピーススーツに身を包んだ男が出迎え、テア店内の装飾に目を奪われていた。
「本日は、そちらのお客様ですな?」
「ああ、なるべく早く仕上げてくれ」
「畏まりました」
一礼をしてその人物はテアを見ると、彼女は初めての景色ばかりで困惑気味にアレクサンドラに話しかけた。
「今から何をするんだ?」
「ん?ゲームをしに向かう準備だ」
「ゲーム?猟銃を使ってか」
彼女はそう言い、店内に並べられていた散弾銃やライフル銃を見て首を傾げた。
「まさか狐狩りか?」
「うーむ、少し違うな。
「…鹿狩りか」
テアはすぐにこの国の文化を思い出しながら反応する。この国は貴族の文化の中に狐狩りというブラッド・スポーツがあるが、その内容というのはキツネを生きたまま引き裂いたり、布を使って高い他界をしたりと残虐であったために今では法律で禁止された遊びである。
彼女のそんな懸念にアレクサンドラは即答して答えた。
「楽しいぞ?風を読んで、音を聞く。これもまた一種の戦術だ」
「だからと言って王侯貴族の遊びに私が混ざるなど…」
彼女はそう言い、今回の
「そう重く考えるでない。元々は余とセレナしか参加して来ておらんかったからな。遊びの友人が増えることは嬉しいことだ」
「…だったら君のところの副艦長を呼べばよかっただろう」
「生憎、誘ったのだが用事で来れなくてな…」
彼女はそう言い肩を落としていた。
元々、彼女のクレー射撃の腕前は超一流であることは調べればわかる話だ。
「本日は狩猟用でしょうか?」
「ああ」
そこで彼女はテアを見て質問をする。
「水平が良いか?上下が良いか?」
「…好きにしろ」
テアはさっぱり分からなかったため、全て経験者のアレクサンドラに任せると、彼女はそこで次々とテアの体格を見てから注文を行っていく。
「此方を」
「ああ…」
彼女は胡桃で作られた銃床を受け取ると、そこで肩に当てて照準を合わせる。しかし流石に身長が小さすぎるのが理由で用意された銃床はやや使いずらい印象であった。
「此方の方が良いのではないか?」
「…すまない」
そこで別の猟銃を選んでもらうと、流石と言うべきか彼女は体格に合う猟銃を選択していた。
「装飾は此方の方が良かろう」
「畏まりました」
頷いてガンスミスは銃を受け取ると、機関部の装飾もカタログにあったものを選択していた。
「仕上がりは三日後となります」
「了解した」
そして猟銃ができる期間を聞いて頷くと、テアは恐る恐る聞いた。
「しかし態々銃をハンドメイドなど…」
「何を言うか。初めての狩猟は華やかであるべきだろう?」
彼女はそう話すと、代金を簡単にカードで支払った。
「余からの恩賜だ。受け取らなければ不敬だと思いたまえ」
「…そもそも私を連れ出すなと申しておく」
彼女はジト目で返すと、二人は店を後にする。
店の外では二人が乗った黒塗りの高級車があり、そこに乗って彼女達は目的地まで移動する。
「毎年この時期は鹿の狩猟解禁でな、セレナとこの時期は猟をするのだ」
「…私は初めてだぞ?」
「安心せい、余が教えてやるとも」
車は彼女が仕立てたショーファーカーに乗り込み、テアにとっては初めての経験が多かった。
そもそも母親が家を空けることが多く、家政婦に育ててもらったと言う認識が強かった彼女はこうした貴族のスポーツシューティングなど初めてであった。…と言うかこんな場所に普通は誘われることがないのだとテアは納得する。
「久しぶり、アレックス」
「うむ、今年も世話になるぞ」
そして車が止まると、そこでセレナが出迎えた。
アレクサンドラはプロイセン国王、ひいてはドイツ皇帝の子孫であるためにかつて『ヨーロッパの母』と言われたヴィクトリア女王の血筋でもある。そのためイギリス王室との関係もあるのだろうとテアはセレナとアレクサンドラが手を合わせているのを見て考えていた。
「そしてお久しぶりです。テアさん」
「ああ…今日はすまないな」
そこでセレナはテアと会釈をすると、彼女も頷く。
「今日は貴女が来ると言うので友人も来ていますよ」
「テアちゃ〜ん♪」
「…ブリジット」
そこで早速紹介をする前に知った顔が姿を見せた。無論、召使のキャリーも一歩後ろで立って会釈をしてきた。
「今日は狩猟でしょう?セレナ様とザーシャも出るって言うし、結構楽しみなの〜」
ブリジットはそう話すと、テアはそこで聞いた。
「上手いのか?」
「うーん…ザーシャは分かんないけど、セレナ様が褒める程度だからよっぽどだと思うよ?」
ブリジットはそう話し、そこで次々と降ろされていく荷物を見ていく。
「二人は仲が良いのだな」
「そりゃあ、話じゃあ十歳の頃から二人で狩猟期間は遊猟をしている訳だしね」
「な、なるほど…」
テアは話を聞いて思わず海洋準備校の頃の彼女を思い出して『何処にそんな時間があったのだ?』と首を傾げていた。
「狩猟のことはさっぱり分からん…」
「大丈夫!私も全然分かんないから」
「…だからあれほど馬に乗る練習をとご当主様から…」
元気良く言った彼女にブリジットは呆れていた。
「レンとは話しているのか?」
「勿論!レン様のお話をしない日なんて無いわ」
ブリジットはそう答えると、キャリーはその後ろで疲れた様子を見せていた。これだと多分、墓穴を掘ったのだろうとすぐに察した。
「ほら、行きますよブリジット様。明々後日から遊猟をするんですから」
「あーん、レン様のお話がしたいのに〜」
「別に後から到着するから問題ないだろう」
「まあ、待ち遠しいですわ」
お熱な様子のブリジットにテアはやや冷めた目で見ていた。
「すまない、遅れた」
するとその時に話しかけてきたのは
「レン様〜!!」
その直後にブリジットは黄色い声を出しながらレンに抱きつくと心底嬉しそうにしていた。
「…」
その様子を見て途端にテアは何か辛い食べ物か、甘いもの以外の食べ物が欲しくなってしまった。先にアレクサンドラ達は屋敷に入ってしまっており、これは追いかけたほうが良いだろう。
「行きますよ、ブリジット様。セレナ様がたをお待たせするわけには行きませんから」
「行こうか。今日は楽しい遊猟らしいからな」
「はーい!勿論ですわ」
そこでブリジットも頷いて屋敷の中に入ると、そこで遊猟の為の準備をしていく。
「十日間だったか?」
「はい。セレナ様の御領地でですわ」
レンの質問にブリジットが頷くと、彼女はそこで招待をされたことに苦笑気味にする。
「本当に私なんかがきても良かったのか…」
「勿論でございますわ。レン様ならお似合いですもの」
この建物で宿泊をする事になる為、着替えなども準備していたレン達は屋敷の与えられた部屋のドアを開ける。
「あ、レン」
「おう、今日は誘ってくれてすまないな」
そこでは早速荷物を広げているアレクサンドラの姿があり、彼女はレンを見て顔を上げていた。
「カッツヒェン」
「何だ?」
するとテアは呼ばると、手招きをされた。
「ふむ…これは如何だろうか?」
彼女はそこで狩猟用の服を彼女から譲り受ける。
狩猟用のノーフォークジャケットはほぼ新品で、もらった側のテアは困惑しながら試着をさせられた。
「ふむ、余の物でも動かせそうだな」
「ほ、本当に貰ってもいいのか?」
「ああ、余は新調したからの」
「…そうか」
新調した理由を察して内心でテアは恨めがましくアレクサンドラを見た。
「(ああ、こりゃ思ったよりも重症かもしないな…)」
そしてその様子を見てレンは改めて数日前に届いたエーリカからのメッセージを思い出す。
『突然の連絡をして申し訳ありません。
実は至急でシュテーゲマン艦長に我がイレーネ艦長とクロイツェル艦長の間を取り持っていただきたく…』
そこでは事前にアレクサンドラが狩猟に誘うから断らないでほしいと言うのと、最近の二人の事情について話していた。初めこそ身長でそれほどかと笑っていたが、今の二人の雰囲気を見て予想以上に深刻であることを理解する。
「しかし、流石だな。こんな時期に狩猟をするとは」
「余の趣味でな。他にもエーリカなどを誘ってみたのだが、生憎と予定が合わなくてな」
「そうか、それは残念だな」
レンは全ての事情を知っていたので、この艦長しかいない環境にやや顔を引き攣らせる。後でクローナが知ったら大騒ぎになるだろうなと見たくも無い、限りなく予想できた未来余地を前に彼女は内心でため息を漏らした。
ここに副長達がいないのは、出来れば艦長達で過ごす時間を強制的に作りたいからだ。それで何とか関係の修復ができないかと模索したのだ。
提案したのはアンネリー。狩猟で誘われたところでテアやレンを誘うのはどうかと提案したのが始まりだった。
「レンは、射撃の腕前は?」
「人並みにはできると思うぞ?」
「ではテアの銃が届いたら本格的にやってみようかの」
彼女は頷くと、先ほど準備させた猟銃のことをテアは思い出していた。