アレクサンドラに誘われた事で半ば強制的に遊猟に参加させられたテア。
誘ったアレクサンドラと、主催者のセレナはどちらも高貴な血筋を持っており、同時に彼女達は射撃のプロでもあった。
教え方も上手く、初めて猟銃を扱ったテアも兎と鴨を仕留める戦果を上げることができていた。
「…」
森の中でアレクサンドラはテアと共に歩いていた。
「持とうか?」
「いや、まだ大丈夫だ」
テアはそこで断って自分の猟銃を背負ったまま足元が不安定な森の中を歩く。彼女の銃は今回の遊猟に誘った時にアレクサンドラが作らせた代物だ。流石、貴族はやることが違うと内心で思いつつも、狩猟免許が必要ないイギリスは流石だと思っていた。
「昨日はボウズだったのは残念だったわね」
そう言いながらセレナが話しかけて来たので、そこで彼女は首を横に振る。
「元々、私は銃の腕前が褒められたものではないから逆に安心している」
するとそこで補足をする様にブリジット達が言う。
「と言うより、セレナ様とザーシャが上手すぎるんですよ」
「ああ、全くもって同感だな」
レンにも大いに頷かれ、言われた二人は『当然』と言い返した。
「何年やって来ていると思っているんですか」
「この狩場は何年も使って来ておるからな」
二人はそう言いながらお互いに猟銃を持って歩く。
遊猟を始めておおよそ一週間。かなりの数の鹿や兎、鴨などを数えながら夜はそれらを熟成させたジビエや丸焼きに舌鼓を打っていた。
「いや、だとしても上手いだろう」
「クレー射撃で競い合うだけはありますよね」
レンとブリジットはそう話しながら、その手に小銃を握っていた。二人は自前で狙撃眼鏡も持ち込んでおり、今までに鹿二頭と兎四羽、鴨三羽を落としていた。
「クレー射撃の投射機も持ち込んで良いか許可を取っている最中なのだがな…」
「あっ、アレックスはまだ出ていないんですね」
セレナはそこでクレー射撃を練習できる設備の設置にやや驚く。
「セレナの方は?」
「出ましたよ。おかげでヴァンガードに機械を持ち込めました」
「羨ましい…ロッテンベルク校長もその様にして欲しいものだが…」
本気で悩んでいる様子でアレクサンドラは言っていた。
「あっ、そういえば聞きましたよ。マストに旗揚げたって」
「…余は認めておらんぞ?」
苦虫を百匹ほど噛み潰した様な表情でアレクサンドラは言うと、セレナは返す。
「いやぁ、アレックスはホーエンツォレルン家の一員なんですし、学校でも話題になっているならもう遅いんじゃないんですか?」
「そんな事はない。学外にまで余のことを知らしめされたら面倒だろうが」
「もう遅いと思う」
そこで痛烈にテアがツッコミを入れて最近は回数の減ったクローナの絡みを振り返る。
「最近はクローナから絡まれる回数が明らかに減った気がするぞ」
「嘘…」
「良い事ではないか。面倒事が消えたぞ?」
「差し詰め皇帝の末裔の後光と言ったところなのかしら?」
移動は馬を使っている彼女達は、実に優雅に狩猟を楽しんでいた。これでもまだ十五、六の乙女達であり、同年代の一般的な女性と比べると随分と男勝りな部分も見受けられていた。
「で、誰が一番獲ったんだ?」
「多分アレックスだと思う」
レンの質問にセレナが答えると、彼女はバインダーを取り出して戦果を確認していく。
「…うん、鹿四頭、兎五羽、鴨六羽だね」
「流石だな」
「もっと褒めたまえ」
テアに言われて気を良くして言うと、少しテアは彼女の煽てて調子に乗るところが変わらないところだなと思っていた。
「…そろそろかな」
そこでセレナは地図と睨めっこをして狩場に到着をすると、馬を降りた。
その頃、ヴィルヘルムスハーフェン校の食堂では三人が座っていた。
「艦長達は大丈夫でしょうか…」
「送り出していて今更ですか?」
学校ではアンネリーが不安がにすると、エーリカが言った。
「これで何とかなってほしいものだが…」
その反対でミーナもそう吐露して食堂で食事を摂っていると、彼女達の携帯が鳴った。
「…あっ」
そこで携帯を見て彼女達は安堵した笑みを浮かべる。
「大丈夫そうですね」
「そうらしい」
ミーナも安堵した様子でテアとアレクサンドラがお互いに自撮りの形で、その背中に仕留めたであろう鹿と共に写っている写真を見た。その様子は実に楽しげで、振り向きざまに撮られた片手で猟銃を傾けていたテアは不意打ちなのだろう、素の表情だった。
「「「(か、可愛い…!!)」」」
その時、三人はお互いの艦長の顔を前に顔面がすごいことになっていた。
その後、何度も狩場を巡って遊猟で鹿などを仕留めていくと、一行は館に帰還する。
「ふぅ、流石に疲れた…」
そこでテアは猟銃を片付けてから部屋のソファに倒れる。
遊猟はスポーツとは言え馬に跨って移動をしたり、狩場まで徒歩で移動する為にどうしても体格の小さなテアは疲れてしまっていた。これでも縄跳びで体力には自信がある方であっと言うのにだ。
「今日は大戦果だったな。カッツヒェン」
「…まあ、後で悲惨なことになったが」
テアは話しかけて来たアレクサンドラにそう返して昼間に自分が撃った鹿を思い出す。仕留めた後に運悪く胃袋を穴を開けてしまったことで凄まじい悪臭で悶絶してしまったのは大変だった。
「あの雄は体格が大きかった。良かったぞ。可食部はそれほど減らない」
「…そもそも私は鹿も兎も、鴨も初めて食べた」
「どうだった?」
テアは聞かれて、ここ数日の夕食を振り返って感想を呟く。
「…美味しかった。エルフリーデに作ってもらえるなら欲しいくらいには」
「レシピはいるかい?」
「ああ、貰えるなら」
そこでテアはいくらか持ち帰ることができるように整えてくれた肉類を前に楽しみに笑顔を浮かべる。
「アレックス、クロイツェルさん。準備が出来たよ」
「ん、今行く」
そしてセレナに呼ばれて二人は休憩を終えてから食堂に向かうと、そこで彼女達は今日の夕食である燻製鴨肉のローストが提供された。
無論、王族の関係者の貴族の家ということもあり、ブリジットもいつものあのほんわかとした雰囲気とは打って変わって丁寧な所作で食事をとっており、貴族としての風格が出ていた。
「明々後日には帰るわけですか…」
「ああ、そろそろ遠洋実習に出かける準備もしなければならぬからな」
「ははっ、もうそんな時期ですか…」
「早いものだ。親善試合から三ヶ月以上経ってしまった」
ブリジットはレンと別れることに悲しげに吐露しており、聞いていたキャリーがため息を吐いていた。レンはそこですっかり見覚えのある雰囲気になったアレクサンドラとテアを見て内心で安堵していた。
「しかし驚きましたよ」
屋敷のバルコニーではセレナとテアが話しており、満点の星空の下でセレナが言った。
「何がだ?」
そこで何がだろうかと首を傾げたテアに彼女は部屋の中で座っていたアレクサンドラを一瞥してから言う。
「いや、アレックスは基本的に人の事を渾名で呼ぶなんてしてこなかったの。扱いに差が出てしまうと言う理由でね」
「…」
外の時、テアは直後に他に彼女の呼んでいる時の呼び方を振り返る。確かに彼女は名前呼びが基本であった。
「…本当だな」
「ええ、だから貴女の事を渾名で呼んだ時は驚いたんです」
セレナはそう話し、そんな彼女の仕草から推測をする。
「多分、アレックスが一番心を開いているのはクロイツェルさんなんじゃないかな…?」
自覚しているかどうかはさておいて、とセレナは言って次に部屋の中でレンやブリジットと談笑しているアレクサンドラを見た。
「…そうか」
テアはそこで納得があった様子で明かす微笑みを浮かべると、セレナに言った。
「ありがとう。お陰で納得がいった」
「それなら何よりです」
テアの反応にセレナは安堵も交えた様子で微笑んで頷いた。
そして三日後、テア達がヴィルヘルムスハーフェン校に帰る日がやってくる。
「余った肉類は後で冷凍して送っておきますね」
「すまない。色々と迷惑をかける」
セレナにテアが言うと、彼女達は荷物をまとめて帰国準備を整え終えていた。
「それから、この子もすまんな」
「いえいえ、一番大人しい子ですから、アレックスには似合うんじゃないかな?」
セレナはそう言い検疫済みの書類をアレクサンドラに渡しながら言った。
「レン様、また必ずお会いしましょう!!」
ブリジットはそう言ってレンの手を握って言っていると、その事にレンも微笑んで頷く。
「ああ、また会おう。ブリジット」
本人は素なのか意図的なのか、ブリジットの情緒をブレイクしてしまっていた。
「アレで大丈夫なのか?」
「多分…」
その様子を見てアレクサンドラとセレナはやや不安が勝ってしまうと、一抹の不安を感じつつも彼女達は荷物を持って海峡横断船に乗り込む。
「どうだった?」
「楽しかった、と思う…?」
レンの質問にテアは少し疑問系になって返したので彼女は苦笑してしまった。
「で、ザーシャとはどうなんだい?」
「…身長が伸びた事は許せない。だが生理現象はどうしようもないとして諦めた」
「…そうか」
レンは少し強がっているようにも見えた彼女の仕草に微笑ましく見た。
「カッツヒェン、レン」
「「?」」
するとそこでアレクサンドラが話しかけて来て二人は振り返ると、そこで彼女は言う。
「写真をまとめておいた。送っても良いか?」
「ああ、貰えるか?」
「私にも送ってくれ」
そこで二人はこの遊猟の最中にセレナやアレクサンドラなどが撮った写真を受け取る。
なお、後にこれらの写真は彼女達の艦の乗組員達の間に流出し、影で高値で取引をされるなどの大惨事を引き起こすこととなる。特に人気だったのは三人のツイード服であると言う。
「しかし良かった。ヴィルヘルムスハーフェン校に直接帰れる船舶があるとは」
「運行日数が限られているから滅多に乗れないのだがな」
アレクサンドラは言うと、海峡横断船はイギリスのサウザンプトンからドイツのヴィルヘルムスハーフェンまで移動する。
「「「お帰りなさい。ザーシャ(テア)」」」
そして民間区画の岸壁でエーリカ達が帰ってきた三人を出迎えると、最後にジルケがその後ろから姿を表した。
「カッツヒェン」
「うむ」
そこで下船をする際、アレクサンドラはテアの手をとってタラップを伝った。
「「「!!?」」」
その仕草を見てミーナ達は目を見開いて驚愕した。
「テア…?」
「ミーナ。…楽しかったぞ。土産もある」
そこで目元を暗くさせて驚愕するミーナにテアは淡々と話す。
「お、お帰りなさい…」
「ど、どう…でしたか?」
「うむ、最高であったぞ」
その時、二人は満面の笑みを見せており、その時ミーナ達は同じことを思った。
「「「(くそっ、手を握っているだと??!)」」」
人の感情を扱うと言うのは、どんな荒天操船よりも難しいと感じる彼女達であった。