「みんな言い終わったか?」
そこでミーナが聞くと、一人が一歩前に出た。
「余からも一つ良いかな?」
そこでアレクサンドラが前に出た。意外な人物の登場であったが、ミーナは頷いた。
そして許可を受けて彼女はよく見える場所に移動をすると、ずっと腕に抱えていたエリザベートは察したように彼女の傍に降りた。
「え?」
「すごっ」
そんな猫の対応にシュペー乗組員からは驚かれていたが、エリザベートはアレクサンドラ足元で綺麗に座り込んで毛繕いをしていた。
するとそこでアレクサンドラはテアの前に立った。そして彼女は言う。
「諸君は知っての通り、私はドイツ皇帝の末裔だ」
彼女はそう話し、テアを前に話す。それはすでに既成事実として学内外を問わずによく知られている話であった。
本来はデビュタントと同時に発表される話であったが、彼女はホーエンツォレルン家の直系に養子入りすることもなぜか広まっていた。
「この家柄故、我儘を通すにも多くの人間を巻き込む。現に先代の学校長やロッテンベルク学校長には骨を折ってもらった」
そこで彼女は入学の際に散々家族と大喧嘩した記憶を振り返りながらゆっくりと話す。
「事実、私が皇帝一家の家計に連なる者ということで諸君らの中には親から言われた者もいるはずだ」
そう話した時、一瞬ここにいた面々の中でその言葉に反応する者もいた。
元々高貴なドイツ皇帝の末裔というのは、良い意味でも悪い意味でも近づくには十分な理由であるからだ。事実、その話が広まった後から彼女に話しかけようとする他艦艇の生徒達は多く、その対応にアーダルベルト乗組員達は追われることもあった。
「本来であれば、私のような者は海軍士官学校か寄宿学校に通うべきなのだろう」
そこで彼女は一拍置き、こんな自分を庇おうと努力をしてくれている愛すべき乗組員達を見る。
彼女達はアレクサンドラを前にまるでかつてのドイツ騎士団のように主君を他の存在から守っていた。邪な感情を持って近づいてきた者には厳格な対応をとっていた。それは一種の尊敬の表れであり、狂気的な愛でもあった。
「だが、それでも私はこの海洋学校の道を選んだ。元々、通うときには家名など捨てる覚悟だったしな」
「「「えっ!?」」」
その時、シュペーやアーダルベルトの乗組員達からやや驚いた声が漏れた。すると彼女はぶっちゃけた本音を漏らす。
「貴族というのは実に面倒でな。十六歳になったらデビュタントと言って、社交界に出てお見合いを始めなければならない。それが面倒だから私もこの海洋学校に来たようなものだ」
彼女は軽く笑って言った。するとアーダルベルトに多かった現役の貴族のご令嬢達を中心に苦笑と同情の様子が噴き出た。
結局は海が好きだなんだと言っておきながら、結局はお見合いが嫌でブッチして来たのだ。自分たちと同じ穴の狢であったかと彼女達は笑っていた。
「私とて大学にはいきたいし、自由に結婚もしたい。しかし王族の血筋というのは結婚相手は親が選ぶものだ。だからこそロミオとジュリエットのような作品が生まれる」
例え話を持ち込み、その話にミーナ達も失笑を誘った。しかし貴族の現実も混ざっており、ただの失笑では済まされないようなこともあった。
「しかし海に出たかったのは本当だぞ?余の生まれは南ドイツで、周りは山と湖、それから川だ。こんな場所にいてはキノコのように腐ってしまうと思って私は低地に出てきたのだ」
訂正するように彼女は言うと、その生まれや故郷の場所。そして何より彼女の性格をよく知っている、ここにいるほとんどの面々はその光景がありありと想像できた。
「すまんな。わざわざ時間を作ってもらったにも関わらずこんな平凡な理由で。私からは以上だ」
彼女はそう話すと、満足したようにその場を後にしてエリザベートもそれに付いて行った。イギリス王室の友人から贈られたと言う話だが、よく懐いて、よく調教されていると思っていた。
「よし、これで最後だな」
そこでミーナは改めて確認をするとそこで息を整える。
「おほん、では私から最後に一言」
最後にミーナはテアの前に立って彼女に話しかける。
「私たちには艦長の悩みを解決できないと言いましたが、同志としてそばに立つことができます」
そして彼女は少し目をキラつかせる。
「最近学んでいる日本語で言うならーー
『ワシらの命は艦長のもんじゃけぇ!!背中は預けてつかぁさいっ!!』」
「っ…!!」
その時、聞いていた者達は空気が痺れるような気がした。それほどの覇気が今の言葉にはあった。すると彼女は言い切ってから少し恥ずかしげに顔を赤くさせた。
「どうですか?なんだか勇気が出るイントネーションじゃないですか?腹の底から出さなきゃ出ないんで気合いが入ります」
そう言ってから彼女はテアに近づく。
「艦長。私たちが付いてます。艦長はいつも通り前だけ進んで見てください」
彼女はそう言うと、テアは他の乗組員達を見回す。
彼女達は全員がテアを見て笑っており、それは海洋準備校からの中であるアレクサンドラ達も同様であった。
「ーーああ…ありがとう…」
彼女はそんな友人や部下達を前に、少し制帽を目深く被って目元の涙を隠しながら答えた。
「私は良い
そしてテアのその言葉を持って、このサプライズパーティーは大成功に終わった。
翌日、艦艇の点検も終えてスエズ運河に向かう前、テアは艦長室で窓辺に用意していたあの制帽を前に立つ。
「よし」
そして母親から言い渡された約束を果たすためにその制帽を頭に被る。
「いやぁ〜、楽しかったな〜」
そして岸壁では、港で修理をしていてまだ動けないリンチェを前にアンネッタが昨晩のパーティーのことで満足げに笑みを浮かべていた。
「また日本で会おうぜ!」
「「「「「いいえ、お断りさせてもらいます!!」」」」」
そこでアレクサンドラ達は全員が同時に同じ返答をした。するとその息ぴったりは返答にアンネッタは心底残念そうにしていた。
そしてアンネッタと別れて各艦艇に次々と乗組員が乗艦していく。
「…全乗組員、搭乗しました」
「乗り忘れはいないな?」
その問いかけにアンネリーはフッと笑った。
「私がミスをすると思いますか?」
「…そうだな」
返えされたアレクサンドラも笑うと、改めて制帽を被り直す。
「よし…出港用意!」
そして操舵環境から手を伸ばして指示を出すと乗組員各員は揚錨を始めた。
その後、二隻はスエズ運河を越え、ジャバル・アリーやコロンボ、シンガポール、上海などに寄港をして補給を受けて一路、日本は横須賀に向かう。
「シンガポールか…」
「何か欲しいものが?」
艦橋でエーリカが話しかけてきたので、アレクサンドラは頷く。
「カヤ・トーストというものがあるらしい。頼めるか?」
「かしこまりました。マイン・カイザー」
「うむ、皆の分も買ってきてくれ」
笑顔で彼女は言うと、そこでアーダルベルトはシンガポールで補給中に必要な物資の補給を行なって次の寄港地の上海に向かう。
その道中でセイロン島では紅茶を購入したりしており、遠洋実習の中で彼女は少し遠出の旅行をしているようでもあった。
「大部来ましたね」
「上海は『東洋のパリ』とも言われた都市だ。マカオに並ぶ南部有数のカジノ街でもあるらしい」
彼女はそう話すと、彼女達が常につけているインカムでマリアが話しかけて来た。
『艦長、青島に駐留している国際停戦監視軍から制限海域の通達です』
「了解した。制限海域航行中は警戒配置発令。以降、常時警戒体制を維持して航行せよ」
「宜候!」
エーリカは敬礼をすると、そこで無線を使って連絡を行う。
「航空管制長、定時飛行訓練を実施せよ」
『了解しました艦長。一二三〇より定時発着訓練、並びに飛行訓練を実施します』
エリーミルは頷くと、後部甲板でコリブリの発艦作業が行われる。先の海賊対策として投下した航空爆雷は効果有りとの報告書を上げており、その結果を受けて本国では色々と本格的な動きがあるとか聞いていた。
「後続のシュペーにも伝達せよ」
「了解。シュペーに打電します」
そして飛行訓練を行う旨を通達する。
「アーダルベルトで飛行訓練だって?」
「あの時は夜で全然見えなかったのよね」
飛行訓練と聞いて艦橋や甲板にゾロゾロとシュペーの乗組員が上がってくる。彼女達はアーダルベルトに艦載されていたフープシュラウバーに興味津々で見ており、発艦を行う様子を見ていた。
「あれが話に聞く新型機か」
「そうです艦長。あれが新型の高速飛行船です」
「…それにしては随分と胴体が細いな」
双眼鏡を使って彼女は後部甲板のヘリポートで燃料補給と最終点検が行われている様を見ていた。
地中海では夜間発艦ということもありほぼ何も見えなかった訳だが、航空爆雷を投下して行ったという。
「改装というのは、
「副砲も我がシュペーの改良発展型の高角砲を装備しています。対空砲もより防空を意識した改良が加えられていますね」
常に後部甲板に露天駐機され、塩害シートを被せて防錆を行っていた機体を見て彼女達は発艦作業を見ていた。
「各部最終点検良し!」
「安全確認良し、エンジン点火する」
そこで計器の確認を諸々行うと、二つある回転軸が交互にゆっくりとエンジンの点火と共に回転を始め、次第にその回転速度は向上してあっという間に離陸可能速度まで上昇する。
「回転数良し。発艦準備良し」
『了解。発艦始め!発艦始め〜!』
そこで後部艦橋に設置された航空管制室から航空管制官が無線で指示を出すと、マーシャラーが両手にライト棒を持って発艦を許可するサインを送る。するとコリブリは主脚の油圧サスペンションが伸びて甲板から離陸を始めた。
「「おぉ…」」
その様子を見てテア達は感嘆した様子で発艦作業を見ていた。
その後、寄港地を経由して艦隊は横須賀の猿島フロートに到着する。
「ようやく着いたな」
「はい!日本です!」
念願の日本を前にテアとミーナは少々意気込んで目的地の一つの猿島フロートを見つめながら、誘導とタグボートに従って入港を行う。
「ようやく着いたな」
「はい。なんとか無事にここまで来れました」
トリポリからここまで平穏に来れたことに心底彼女達は安堵していた。
「よし、入国審査後は乗組員に十分な休暇を与えてくれ」
「了解しました」
アンネリーは敬礼をして答えると、シフト表を作成する。
その様子を猿島フロートの岸壁から見ている生徒がいた。
「あれ?」
その生徒は横須賀女子海洋学校の制服を纏い、その両手には入学案内が握られていた。
「横須賀港にドイツ艦だ。珍しいな?」
その氏名欄には『知名もえか』と印刷されていた。