テアが母親のマリアと出会った後、彼女はそのまま静かに自分の艦に乗り込んでアメリカに旅立っていった。
それから三日後の四月六日。
母親との蟠りも解消されたテアは、笑顔を以前に比べて多く見せるようになった気がした。
「諸君!我らの艦はこれより日本の実習艦と共に海洋実習に入る!」
艦橋に立ってテアは言う。
「聞けば向こうの実習艦は新入生ばかりだそうだ!」
そして
「プリンツ・アーダルベルトは残念ながらこの海洋実習には参加できない!」
おかげで彼女はマイクも無しで自分の声を甲板の隅々まで届けられるようになっていた。
「彼女達の分も含め、絶対に遅れをとるな!アドミラル・シュペー、出港するぞ!!!」
「「「「はい!!」」」」
彼女の言葉に突き動かされるように乗組員達も答える。
そして乗組員は先に横須賀女子海洋学校所属の学生艦艦隊が汽笛を鳴らして出航していくのを確認していた。
「艦長」
アーダルベルトの艦長室でドアをノックされた後に許可を得てエーリカが入ってくると、汽笛を鳴らして出港をするシュペーを伝える。
「シュペー、出港していきます」
「…うむ」
彼女はウルズラに淹れてもらったコーヒーを片手に椅子に座っていた。
すると徐に彼女は手元に持っていた蓄音機の電源を入れると、外のスピーカーに繋がるマイクを近づける。
『〜♪』
そしてマイクを伝って最大音量で流れたのは『Muss i denn』。元は彼女の故郷でもあるシュヴァーベン地方の民謡だったものだが、ドイツでは軍艦の出港する際に使用する別れの歌としても著名な歌であった。
「この歌は…」
「ザーシャだな」
シュペーでその音楽が流れ始めたことを聞いていると、ミーナは反応をしてテアは彼女らしいセンスに思わず笑みが溢れてしまう。
「手隙要員は甲板に集合せよ」
そしてエーリカが言うと、甲板にアーダルベルトの乗組員が上がってきて出港をしていくシュペーを見送っていく。
「気をつけて!」
「行ってらっしゃ〜い!」
彼女達は横須賀女子海洋学校に残って新型機の試験飛行の実証実験をしなければならないため、ここでシュペーとは別れることになる。
「頑張ってこいよ!」
「先輩の意地見せたれ〜!」
大声でアーダルベルトの乗組員達はシュペーを見送ると、シュペーでも手を振って手隙要員が答える。
「行ってくるぞ〜!」
お互い、欧州からここまで助け合った仲である。両艦の乗組員の親密度は他の艦艇と隔絶していると言っても過言ではなかった。
戦友とも呼べる彼女達を盛大に見送ると、シュペーは汽笛を鳴らして横須賀校の学生艦艦隊の最後尾を追従していった。
四月七日 〇五〇〇
西之島新島近海
横須賀出港から一日が経過した。
「現在西ノ島新島近海を航行中、あと一時間で合流地点です」
ローザが報告を入れると、当直であったミーナは言う。
「ご苦労、到着するまでこのまま航海を続ける」
「了解しました」
そして順調に航海を行えていることに安堵しながらミーナは言う。
「予定通りのようだな」
するとテアが艦橋に上がってきた。
「おはようございます。艦長」
「おはよう。お陰で良い睡眠がとれた」
彼女は健康的な様子を見せて聞いてきた。
「私が休んでいる間、問題はなかったか?」
「問題ですか…」
そこでミーナは聞かれて心底面倒くさそうにして言う。
「それならさっきから隣の艦が煩くて困っています」
『アハハハハ!!』
そして隣を見ると、そこでは海上基地の頃と同様に異常な距離まで接近していたビスマルクの姿があった。
彼女達、ヴィルヘルムスハーフェン校の学生艦は今回の横須賀校の生徒達の二週間の海洋実習に付き添いの為にハワイに向かう途中で西之島新島に向かっていた。
「ごめんなさ〜い、ちょっとそこ退いてくれない?豆艦艇は小さくて潰してしまいそうで、怖くて怖くて」
ビスマルクはこの後このままハワイに向かう予定であったのだが、途中までこうした手の込んだ嫌がらせをしていた。
「お前らの方から近寄ってきたんだろうが…!!」
「相変わらずですね」
「畜生、ここにザーシャでもいれば危険行為でアイツをしょっぴけると言うのに…!!」
むき出しの敵対心を虎のように唸らせて見せつけていたミーナに、ローザ達はもはやスルーしそうな勢いで見ていた。
以前の海上基地の際はアレクサンドラがビスマルクの初航海時の危険行動をバッチリカメラに収めていたことで軽く注意を受けていたが、今回は後ろから撮られた映像がないために学校に満足に報告ができるか自信がなかった。
「まあ…ほどほどにしておけ」
「!」
そんな様子を前にテアは一言言ってから艦長帽を被る。
「ふぅ…」
その艦長帽は真新しいもので、ミーナは首を傾げた。
「艦長、その艦長帽は…?」
「ああ、元々の私の艦長帽だ」
テアはそう答え、真新しい艦長帽を前に話す。
「母上を超えると言った手前、私もこの艦長帽に相応しくならねばなるまい」
「今でも充分お似合いですよ」
「艦長、航海科から連絡です」
ミーナはテアに言うと、新たに報告が入った。
「レーダーや無線の調子がおかしいようです」
「不調の原因は?」
「わかりません」
報告をあげたローザは首を横に振った。
「レーダーは突然ホワイトアウトして…。無線は送受信が出来ず、ノイズが激しいようです」
「私が行って差し上げますわ」
「リーゼロッテ」
するとこの電子機器の不調にリーゼロッテが率先して進言をした。
「電子機器もそれなりにわかりますし。アウレリア、あなたも来なさい」
「はいっ」
そしてリーゼロッテとアウレリアは、まるで主人と執事のような絶妙な関係を見せつけながら艦橋を後にしていく。
「最近一段と仲が良いな、あの二人?」
「何だか、雰囲気が変わりましたよね」
ミーナとローザはそこでトリポリ以来、仲の良さげな雰囲気の二人にそんなことを言うと、知り合いに
「ファ〜、さ~て。引き継ぎも終わったし、私ら休憩に入るよー」
そこで丸一日艦橋に立っていたレターナがあくび混じりに言った。
「ああ、ご苦労だった。副長も交代だ。少しだが休んでくれ」
「分かりました」
ミーナは頷くと、そのまま艦橋を降りていく。そこで彼女は他の乗組員の話を聞き取っていた。
「折角ですから、日本艦と交流しませんか?」
「良いですね!!」
甲板ではレオナとロミルダがそんな話をしていた。日本オタクであるレオナは特に日本に来れた事に歓喜しており、これから学生艦で同様のオタクを探す様子であった。
「如何したんですか?ニコニコして」
「ローザ」
そんな乗組員の様子を見て思わず微笑んでしまったミーナにローザが首を傾げた。
「いや、艦長の悩みも晴れて、すべてうまくいっているなと思ってな、これからの航海が楽しみで仕方ない」
「そうですね。私もです」
テアは母親との蟠りが解消され、この数ヶ月の航海で乗組員同士の結束力というのも高まっている。全てが明るい方向に進んでいるように見えていた。
「あっ、副長」
そこで人を探している様子のアレクサンドラが話しかけてきた。
「艦長、見ませんでした?」
そこでアレクサンドラが聞いてきた。
「艦長なら艦橋に戻ったが、如何した?」
彼女がテアに用事とは何だろうかと首を傾げながら聞いた。
「次の補充品のリストを確認してもらいたかったんですが…困ったな…」
そこで彼女は海洋実習後に横須賀校から補給される物資を前に先に艦橋に上がってしまった事に少しどうしたものかと考えていた。
「それなら私がやろう」
「えっ!?でもミーナさんは今から休憩では?」
そこで当直を終えたばかりのミーナが言ったのでローザはやや驚いて見た。
「これぐらいすぐ済む。艦長の手を煩わせるのもなんだからな」
しかしミーナはそれほど気にした様子もなく言うので無茶をやり出さないようにローザも監視を兼ねて言う。
「私も手伝います」
「助かる」
ローザも手伝ってくれる事に感謝をすると、ちょうど水平線上から太陽が昇って水面を煌めかせていた。
「んっ!」
「空が明るんできたな…」
その景色は、まるでこれからの光景を予言してくれそうな、そんな予感をミーナは感じていた。
「(艦の上から見る朝日は綺麗だな)」
ミーナはこれからのシュペーの行先が幸あるものだと信じて疑わない様子で船内に入っていく。
「ん?今、物音が…」
その時、アレクサンドラは甲板で不思議な物音に首を傾げた。
「ーーー」
その時、暗闇の中で声が聞こえた。
「…ナさん!」
その後に体を揺さぶられ、声をかけられているの認識する。
「起きてくださいミーナさん!」
「はっ」
そして自分に言われているのだと理解すると、ミーナは顔を上げた。
「いかん…眠ってしまったか」
当直明けが祟って居眠りをしてしまったかと彼女は推察すると、起こしてくれたローザを見た。
「すまないな、全部やらせてしまったか」
「それどころじゃないです!」
すると自分を起こしたローザは顔を蒼白させ、何かに怯えるようにミーナを見ていた。
「皆の様子が変なんです…!」
「…どう言う事だ?」
その尋常でない怯え具合から、何か異常なことが起こっていると言うのは理解できた。そして緊急事態であると言うことも。
「それはわからないんですが…無線も通信不可になっていて……」
ドンドンドン!!
「「っ!!」」
その時、部屋のドアを強く叩きつける音が聞こえ、二人はギョッとなって驚いた。
「鍵を掛けているのか?」
しかしこれほど強く叩いてもドアが開けられなかったので、ローザが鍵をかけたのかと推察した。
「ちょっと様子を見てくる」
「扉を開けちゃダメです!ミーナさん!!」
そして立ち上がって鍵を開けたところをローザはハッとなってミーナに叫んだ。
「誰かいるのか…?」
しかしミーナはその静止を聞く前にドアを開けてしまった。
「レターナっ!!お前か…」
するとそこではやや力が抜けた様子で幼馴染のレターナが立っていた。目の前に立っていたことやさっきのドアを叩いていた事などから彼女のドッキリの類かとミーナは思っていた。
「驚かせるな、他の皆はいるか?」
まあどうせいつものイタズラだなと脳が考える前にそう答えた時、
「うがああっ!!!」
突如レターナな襲いかかるように唸り声を上げてきたのだ。
「この馬鹿者…冗談が過ぎるぞ!」
そんな彼女の様子にミーナは冗談抜きで彼女は危険を感じ取ると、思わず彼女に全力で背負い投げをしてしまった。
「ミーナさん!大丈夫ですか!?」
「私は、大丈夫だ。あっ、気絶したな…」
そして地面に叩きつけたことでレターナは伸びてしまうと、そこで廊下に出て彼女は当惑していた。
「しかし、一体何が起こっているんだ…!?」
その時、通路の先で見知った顔が立っていた。
「レオナ!サンドラ!」
レオナとアレクサンドラはまるでどこぞのホラー映画の人形のように無言で立ち尽くしており、顔色もやや悪いように見えた。
「良かった。この状況はいったい…」
「「…」」
ミーナはそんな二人に安堵して話しかけようとしたが、二人は人形のように棒立ちで、その後に無言で近づいてきた。
「っ!?」
「…こっちだ!ローザ!」
その無言にミーナは明らかに尋常ではない何かを感じ取ると、咄嗟にローザの手を取って甲板に上がった。
「もう西之島新島に着いているのか!」
そして甲板に上がると、視線の先で目的地の島と他の学生艦が集っているのを見た。
「ローザ、外の艦と通信は取れないのか!?」
「だめです…ビスマルクも、他の教員艦にも通信できません!」
ミーナの問いかけにレターナは答えると、一切の通信ができていない現状に訳が分からずに困惑していた。
「本当に如何なって…」
この明らかな異常事態。静かすぎる海。
全てが何かおかしくなってしまったこの艦橋に彼女は次に底知れない恐怖と不安を覚えた。
「(艦長は…如何なったんだ?嫌な予感がする…)」
彼女の脳裏には艦橋に上がったままであるはずのテアの姿が思い浮かんだ。
「ミーナさん!!」
「ローザ!」
そこで挟まれる形で彼女達は他の乗組員達を見ていた。
「ここは私が防ぎます!ミーナさんは艦長を…!!」
「わかった!!すぐ戻る!!」
そこで豹変してゾンビのように不気味な乗組員達をローザが代わりに押さえ込んでくれると、彼女は艦橋を駆け上がる。
「艦長…テア…!」
そして射撃指揮所に繋がるハッチを開ける。
「テア!!」
そこで叫んで周りを見回す。
「…誰もいない!?どこに…!?」
ミーナは頭を回して探した。
「正気なら早く上がれ、副長」
「テア!!」
すると射撃指揮所の上からよく知った声がして、その後にテアが射撃指揮所の上から顔を覗かせた。
「お前の声がしたから鍵を開けていた。無事で良かった…」
「私も艦長が無事で良かったです」
ミーナは心底安堵しながら射撃指揮所に上がると、ハッチを閉じて鍵をかけた。
「ああ…皆が守ってくれてな、私だけなんとかな…」
「…」
そして二人は艦の最も高い場所で座り込んで眼下に広がる地獄のような光景を見る。
「この異変の原因は分からないが…我らの艦からの通信が途絶えたら普通はもっと動きがある筈だ…」
そこで甲板を見下ろすと、先ほどまで他の生徒を押さえ込んでいたローザも徘徊をし始めていた。
「周りの艦も同じ状況になっている可能性がある。…もしかしたら、正気なのは私達だけかもしれないな…」
そこでテアは他にも停泊していた他艦艇を見てそんな懸念をする。すでに地獄のような環境が眼下には広がっており、救難信号の類も出ていない現状で彼女はため息を漏らし、手詰まりの現状にどうしようもなくなっていた。