四月七日 一〇三〇
横須賀女子海洋学校 猿島フロート
一年生の海洋実習を見送ったプリンツ・アーダルベルトは、この学校内で実証実験を行なっていた。
「…」
その様子を見ていたのは横須賀女子海洋学校学校長の宗谷真雪やブルーマーメイド安全監督室情報調査室室長、宗谷真霜以下数名のブルーマーメイド隊員とホワイトドルフィン幹部。
「すごい音ね」
「ですが性能は積載量を除いて飛行船を圧倒しています。これなら、空からの強襲もやり易くなりますね」
巨大なローターを回転させて着陸をしてくる機体を見てそんな感想を呟く。
「この機体は現在、艦載機運用を前提とした量産体制が進められています。既にヨーロッパ支部では従来飛行船で行われた捜索・救難活動を行っています」
そこで猿島フロートに臨時で設営されたヘリポートに着陸をするドラッヘ。その説明をアレクサンドラやエリーミルが行なっていた。
「これより試験飛行を行います。どうぞ皆様、足元にお気を付けて」
そこでアレクサンドラはまだ正式採用前の機体に緊張と興味の眼差しを向けながら着陸して開けられた扉から中に乗り込む。
アーダルベルトが横須賀に持ち込んだヘリコプターは、もともとドイツが開発に成功して売り込みをかけた代物だ。ブルーマーメイドの他、技術修得をしようとする日本政府から派遣された者もいた。
ドイツでは日本の新たな通信技術やフロート動力関係の技術交換としてこのヘリコプターを提案していた。
「やや中は狭いですね」
機内に乗り込んだブルーマーメイド隊員である平賀倫子は座席数が十一人しかない機内を見てそんな感想を溢した。
「でも浮き袋を使わずに飛ぶと言うのは、俄には信じられません」
そこで招致された福内典子はそんな狭い機内の座席に案内されて座り込む。こちらの機体にはブルーマーメイド関係者や導入を考えている日本政府の役人などを乗せて一時間ほどの遊覧飛行を行う予定であった。
「おっと」
「お気を付けください。羽布張りで外装は弱いです」
そこで不用意に壁面に触れた役人がその柔らかさに一瞬驚いてしまうと、軽くアレクサンドラは注意を入れた。
「全員乗ったわ」
「了解しました」
そこでロジーネは頷くと、アレクサンドラは乗員席に座った。
「ではみなさん、お手元の無線を装着してください。飛行中は騒音の関係で会話は不可能となります。鼓膜破裂の危険もあるため、必ず着用をお願いいたします。今回は安全のためにシートベルトも閉めてください」
その忠告を聞いて乗員は全員が備え付けのヘッドホンを装着する。
『無線は座席ごとにチャンネルを用意しました。座席番号に合わせて連絡をお願いします』
機内無線でアレクサンドラは言うと、乗り込んだ八名は少し緊張気味で無線で確認をとり始めた。
「離陸して頂戴」
「了解」
本来はクルーチーフが座る座席に座ってアレクサンドラはコックピットに向かって言うと、パイロットはエンジンの点火ボタンを押す。
「各種事前チェック良し、エンジン点火」
そしてエンジンが轟音を立てて回転翼が動き始めると、梁の先のエンジンが回転を始める。
「ミスって事故らないでよ?」
「勿論、お偉い様方を乗せて楽しい遊覧飛行をして見せますよ」
ロジーネは不敵に笑って操縦桿を操作すると、
「う、浮いたぞ…!?」
「つ、墜落しないだろうな…」
窓の外から見える明らかに地面との角度が深くなったのを見てやや顔を青くさせて呟く役人達。
「ご安心ください。当機は安全な飛行機をお届けいたします」
和かに彼女が言うので、乗っていた者達は彼女がどう言う家の生まれであるかも当然知っていた。ただ彼女は学生という身分で入国をしてきたため、出迎える必要は無いと当人から言われていた。
『本当に浮いたわ』
『ええ、しかも飛行船と違って上昇速度もまるで違う…』
そこで真雪と真霜の両名は離陸をしたドラッヘの機内から眼下に広がる猿島フロートを見る。
『移動速度も速い。これは革命ね…』
『この速度なら、強制執行課が求める『空からの強襲』も視野に入れられそうね』
そこで猿島フロートから東京湾に向かって飛行を行うコースを飛んでブルーマーメイド、ホワイトドルフィン関係者はその速度、上昇性能に目を見張っていた。
『わぁ、すごい速度ですね』
『飛行船では考えられないほど速い』
初めは怖がっていた役人達も、次第に慣れてくると中々お目にかかれない速度での移動に感嘆し、次第に欲しい欲求に駆られるようになる。
『これは便利だ』
『この機体であれば既存の飛行船基地を流用できます。導入する価値は…』
『ドイツとの技術交換だ。この航空技術は我が造船技術と交換するに値するのか?』
無線でそんな前向きな会話がされている中、アレクサンドラはロジーネに聞く。
「調子は?」
「十分です!整備班の賜物ですよ」
二基の巨大なローターを回転させて飛行するドラッヘは、表向きは新型飛行船としてドイツと友好関係にある日本に優先して納入がされることがほぼ確定していた。コリブリも要人連絡用機体としての艦載機導入を画策されていた。
あっという間に一時間の飛行を終えてドラッヘ二機編隊は学内のヘリポートに着陸をすると、そこで待機していたエーリカが着陸をした機体のドアを開けた。
「お帰りなさいませ」
「ああ、十分な飛行だったよ」
彼女はそう話すと、前向きな導入を話している乗客達を見る。
元々契約前の試乗なのだが、あの顔から分かる契約が順調に行われそうな雰囲気に安堵していた。
「明日からは捜索・救難訓練を実演する。部隊編成を考えなければならない」
「やる気のある面々を集めさせます。その後の爆雷投下訓練、物資輸送訓練、諸々の作業を考えると、二週間の海洋実習には参加できそうにありませんが…」
「仕方あるまい。これは我々に与えられた任務だ」
アレクサンドラは質問対応を終えたエリーミルにため息混じりに残念そうに答えると、エーリカが言う。
「これなら売れそうですね」
「まず間違いないだろうな」
そこで機体整備を早速始める航空科整備班に後の事を託そうとした時、
「ん?」
ブルーマーメイドやホワイトドルフィンの関係者の方で何やら騒ぎになっていた。初めはヘリコプター導入の話かと思ったが、雰囲気がそれを否定していた。
「学生艦が?」
「どういう事…?!」
「事実確認を急いで」
騒然としている様子の隊員達を見てアレクサンドラ達は首を傾げると、アンネリーが走ってきた。
「艦長」
「?」
彼女は深刻な、顔を青くさせた様子でタブレットを差し出してきた。
「これを」
「…」
そこで渡された情報を読んでアレクサンドラは目を見開いた。
「学生艦が叛乱だと…?」
その文章はこの横須賀女子海洋学校から出港した学生艦の一つ、航洋直接教育艦の『晴風』が西之島新島沖合の集合海域にて教員艦『さるしま』に魚雷攻撃を行い大破。これを『さるしま』は叛乱行為として連絡を送ってきたと言う。
「学生艦が叛乱ですって?」
「意味がわかりませんね」
その連絡を読んだエーリカとエリーミルも困惑気味にその連絡を見ていた。
「…至急、シュペーに連絡は取れるか?」
「わかりました」
そこでアレクサンドラはすぐにアンネリーに、周辺海域にいるはずのシュペーに連絡を取るように指示をすると、アンネリーは頷いてインカムを通して通信を試みる。
彼女達であれば、何が起こったかすぐに把握できるはずだ。
「プロイセン艦長」
「はっ!」
そこで真雪達が話しかけてきた。無論、何を言われるのかは予想がついた。
「申し訳ないけど、我々は明日からの予定はキャンセルさせてもらうわ」
「了解しました」
アレクサンドラも分かっていたのですぐに承諾をすると、次に真雪は言った。
「もしもの事態に備えて、アーダルベルトもすぐに出港できるように準備してくれる?」
「承知しました」
アレクサンドラは承諾をするとすぐに総員に出航準備を下命した。
あれから一夜を射撃指揮所の屋根で過ごした。
ミーナとテアは寒空の元を過ごしており、まだ春の季節で良かったと安堵していた。
「(もう丸一日経ったか、夢なら醒めて欲しかったが…)」
彼女は悪夢を見たよな気持ちで昨日からの出来事を振り返る。あれからシュペーは遊弋を始めており、どこに向かっているのかも分からない航海を始めていた。
その時、突如シュペーの主砲が旋回をして砲撃を始めた。
「砲撃しているのか!?何を狙って…」
彼女はそこでその砲撃が向かう先を見ると、そこではシュペーからの砲撃に晒されている一隻の航洋艦の姿があった。
「艦長見てください!艦です!日本の艦のようですが…、これで助けを…!!」
その時、ミーナはテアを見て砲撃に晒されている航洋艦を見て言った。
「艦長?」
しかしその時のテアは手に力がこもっており、何かに耐えているような雰囲気が見受けられた。
「副長、今から私の言うことをよく聞くんだ」
「はい。大丈夫ですか?」
そして絞り出すようにテアから言われたため、ミーナは首を傾げながら砲撃の最中で首を傾げた。
「お前はこの現状を外に伝えるために、シュペーから下船しろ」
「えっ、艦長は…」
そこでテアは立ち上がって言う。
「私はここに残る艦長が船を置いて逃げるわけにはいかないからな」
「そんなこと…!できるわけありません!!」
テアから言われた言葉にミーナは信じられない、本心からから拒絶が口から出てしまう。
「艦長命令だ」
「命令でもそれだけは嫌です!!一緒じゃないと私は…」
「副長」
そんなミーナにテアは諌める。
「…私は命を捨てる訳ではない」
そう言ってから帽子を外す。
「この状況をザーシャに伝えてくれ。彼女なら必ず理解してくれる」
彼女はそう話すと、少し強がるように親友の渾名で言う。
「私はお前と
「…」
そこでミーナは海洋準備校からの旧友であり、今も横須賀にいるはずの親友を思い浮かべる。そして同時に彼女であれば、何とかなるかもしれないと漠然的にミーナも感じた。
「これをお前に預ける」
彼女はそう言い、被っていた彼女の艦長帽をミーナの胸元に渡す。
「私がこの艦ーーーシュペーの艦長である証だ。必ずここに戻って私に返してくれ」
「…」
その命令をミーナは承諾すると、そのまま船体の艦載艇格納庫まで死ぬ気で飛び出した。
「(必ず、必ず助けに戻るから)」
そして副砲弾の攻撃の中、彼女はかろうじて動かせた小型艇を操作して大海原を進む。
「(待っててくれ、テア)」
そこで彼女の記憶は一時的にここで途絶えた。