晴風の医務室入ると、そこで座っていた一人の少女を見る。
「…其方は?」
「あっ、さっきのドイツ艦の艦長と記録員の方…」
「艦長のアレクサンドラ・イレーネだ」
「記録員のアンネリー・フォン・ヴィッテルスバッハです」
そこで敬礼をすると、そこで少女は答える。
「晴風衛生長、鏑木美波だ」
「「えっ…」」
その時、名前を聞いてアレクサンドラ達は驚いた。
「(飛び級した天才児?)」
「(え?何で晴風に乗っているんですか?)」
困惑気味にアレクサンドラ達は驚きつつも、平静を装ってから彼女に話しかける。
「それで、救助したシュペーの乗組員とは?」
「このベッドだ」
そう言い、鏑木は医務室のカーテンを開けると、そこでパジャマに着替えさせられてベッドで眠っていた一人の少女を見せた。
「「(ミーナ!!?)」」
そこでベッドで寝かされていた少女を見て二人は驚いた。
それは一昨日に見送ったばかりの顔馴染みの姿だったからだ。
「知り合いですか?」
「…まあ、そうですね」
彼女はそこで晴風が安全であると認識していたので特に嘘をつくこともなく答えると、アレクサンドラは聞いた。
「失礼ながら、彼女は動かせられますか?」
「いや、此奴はシュペーの砲弾で小型艇から弾き出された。暫くは安静にしておかなければならない」
鏑木は手短に状況と状態を伝えると、アレクサンドラは言った。
「しかし、アーダルベルトの方が医務室の設備は充実していますよ?」
「動かすのはあまり進めない。彼女は気絶状態にある」
「…分かりました」
ミーナは動かせられないと分かると、アレクサンドラはこの名医を前に一歩引く。
「では、我々はここで失礼いたします」
そこでアレクサンドラはアンネリーと共に医務室を後にすると、晴風の甲板からアーダルベルトに帰還する。
「お帰りなさい」
「うむ、聴取の状況は聞いたか?」
「はい。艦長のタイピンのカメラから確認しました」
そこで艦長帽を受け取りながらエーリカと
「しかし俄には信じられません…事前に通達のあった遅刻で、妥当な理由があるにもかかわらず発砲を行うなど…」
「しかも榴弾を撃ってる。擦り傷だが、怪我人も出ている」
艦長帽を被って彼女は晴風を見ると、そこでは電装機器の修復を優先して行なっていた。
「海賊に占拠されたわけではないのですね…」
「そのようだ。ただ、他に失踪した学生艦が晴風と同様の状況とは言えない可能性もある」
晴風には叛乱疑惑があり、聴取で判明したが、彼女達の言うことは概ね同じであることがより信憑性を高めていた。
「全員が似たような報告ですね。ただ信用に値するのかは…」
「いや、だからこそ彼女達の言うことは事実なのだろう」
「…何故でしょうか?」
エーリカはアレクサンドラに首を傾げると、彼女はその訳を話す。
「考えてもみろ。もし晴風側が我々を騙そうとするのであれば、何かしらの口裏合わせを行うはずだ。そしたら我々の聴取にも
「っ!!…成程」
晴風が攻撃を行った場合、その事実を隠蔽するために嘘の事実を作る。そしてもし聴取などの行為を受けた際に、自らの潔癖を証明するために同じ内容を話すように命令を受けるはずだ。
「
彼女は言うと、エーリカに命令する。
「晴風より返信があり次第、我々は横須賀港に帰港する」
「はっ、了解しました」
そこで彼女は敬礼をして答えると、準備を下命する。
「マイン・カイザー」
すると立ち替わりでヴェンデルガルトがタブレットを片手に報告をしてくる。
「晴風の修理を完了させました。取り敢えず通信の送受信は可能です」
「了解した」
アーダルベルトから人員と予備パーツを送ったことで晴風の通信機能を回復させると、アレクサンドラは試しにインカムを通して連絡を行う。
「岬艦長、聞こえているか?」
『はい。通信の送受信は可能です』
そこで艦橋で配置についた明乃は頷いた。通信に問題がない事を確認すると、彼女は早速言う。
「まずは艦内の灯りを全て消灯せよ。これでは我々も視界不良になる」
『え?あ、はい!分かりました』
岬は少し意外な指示に驚きつつも艦橋の灯りを消した。
「うわ!何にも見えない!!」
『健康的な食生活であれば一〇分ほどで慣れる。窓も全て閉鎖し、夜間航行に備えよ』
西崎は赤色灯を点灯して暗くなった艦橋に驚くと、その言葉を聞いていたかのようにアレクサンドラは言った。
「ああ、だからアーダルベルトは我々の居場所が分かったんですね」
「次から夜になったら灯りを落とそう…」
そこで納沙はこの艦橋の照明が、アーダルベルトがすぐに居場所が分かった理由を察し、宗谷はこの反省を次に生かそうと経験を学んでいた。しかし実際はヘリコプターの哨戒飛行とレーダー探知によるもので、夜に接近をしたのは夜襲による制圧を行うためであった。
『岬艦長。今後の貴艦の航路は決まったか?』
「はい。我々はこのまま、横須賀に向かいます。アーダルベルトとの同行をお願いしてもよろしいですか?」
『了解した。指揮権はこちらが持つ事でよろしいか?』
「はい。指揮権はイレーネ艦長に委任します」
岬は淡々と確認を行うと、アレクサンドラは頷く。
『宜しい。晴風は先行し、横須賀に向かう最短航路で距離一〇マイルを維持せよ』
「了解しました」
事細かく指示を受けながら岬は頷くと、見ていた真白は隣に接舷した巡洋戦艦を見上げる。
「大丈夫なんだろうか…」
「まあ銃を突きつけてきたとは言え、事情を理解してくれた様子でレーダーの修理もしてくれましたし、お陰で通信の送受信はできていますから」
「だと良いんだが…」
納沙から言われるも、真白はそれでもこの二日間の出来事を思い出して不安になっていた。
「こちらは機関の修理中で巡航以上が出せないので、横須賀に着くのは暫く先になりそうですね〜」
「一日でも早く横須賀に帰らないと…」
そこでアレクサンドラから提案されたような形ではあるが、横須賀に帰港する方針が晴風の中で明確に固まると、彼女達はゆっくりと動き出す。
『晴風、機関始動を確認』
「了解した」
そこでゆっくりと進み始めた晴風を確認してアーダルベルトの艦橋でフローラが言った。
「砲術長」
「はっ。常時晴風を測距します」
そこで先行をさせた晴風を確認してマリーは頷く。
アーダルベルトはその武装配置から、正面に主砲塔二基と副砲塔二基を指向できる。
彼女達はまだ完全に晴風の叛乱を最悪の想定に入れ、いつでも晴風が敵対的行動を取った際に対処できるようにしていた。
「これより昼夜問わず常時警戒。横須賀まで帰港する間、晴風の護衛を行う」
「了解」
彼女達は淡々と宗谷校長から指示を受けた晴風の捜索と護衛の極秘任務を思い出す。
「しかし、横須賀校の学校長も人の親。ですか」
そこでやや苦笑気味に晴風の乗員名簿を見てアンネリーは苦笑した。
かの晴風の副艦長は宗谷真白、宗谷真雪校長の実子にして宗谷家の三女だ。アンネリーは態々晴風を探させたのはこれが理由だったかと納得していた。
「いや、あの方は公私を分ける方だ。私情で探させたとは思えない」
しかしアレクサンドラは直接顔を合わせて話した真雪の印象から確実視していた。
彼女は公私を分別できる人間であり、今回の晴風捜索は一方的に叛乱の疑惑をかけられ、弁解の余地すらない状況に憤りを覚えたからだろう。
『ビーコンはこのままにしますか?』
「ああ、ついでに学校側に聴取のデータを諸々送信してくれ」
『了解しました』
マリアは承諾をすると、学校側に連絡を取ってから晴風を経由しない方法で学校側に連絡を行なった。すると学校側から極秘伝でアーダルベルトのビーコンを頼りに学校から補給艦を差し向ける旨が返ってきた。
「くれぐれもブルーマーメイドやホワイトドルフィンに見つかるな。晴風は半ばお尋ね者だ」
「了解しました」
そこで航行する晴風を見ながら当直以外の者は休憩に入る中、射撃指揮所にアレクサンドラは上がった。
「寝不足になってしまいますよ。ザーシャ」
するとエーリカが上がって話しかけてきた。
「何を考えていたんです?」
「少し…シュペーの事をな」
彼女の質問にアレクサンドラは晴風を見ながら言う。
「あの艦にはミーナが乗っている」
「ええ、まさかシュペーから脱出したと聞いた時は耳を疑いましたが…」
「彼女が目覚めない事には、我々も動けない…な」
本当は晴風から移乗をさせて、こちらで管理を行いたかった。そうすれば晴風を撃つ事になった場合に躊躇無く撃てた。そして彼女を目覚めさせて事情聴取をしたかった。
「艦長、あまり無理はなさらず」
「ああ、分かっている」
そこで前方を航行する晴風を見つめる。
この日の深夜の太平洋は、深淵を覗き込んでいるような、不気味な昏さがあった。
その頃、横須賀女子海洋学校では、アーダルベルトが晴風と接触した報告を受けていた。
「プリンツ・アーダルベルトが晴風と接触。接舷し、事情聴取を行ったそうです」
秘書の老松からの報告を受け、真雪はアーダルベルトからの聴取の報告と音声データを確認してから大きく溜息をついた。
「…この様子だと、晴風は自衛目的で模擬魚雷を発射したと推定できますね」
「ええ、これなら十分な証拠になる」
真雪は安堵した様子で西之島新島で起こった晴風の叛乱容疑を晴らすことができると確信していた。
そもそも沈まないと豪語する模擬魚雷を一発しか保有していなかった晴風が重防護を施されている教員艦を沈めることなど、本来は不可能であるはずなのだ。
「しかしシュペーから無警告での射撃?そんな報告は受けていないけど…」
「アドミラル・シュペーは現在、通信が途絶しています。通信機器が損傷した可能性も考えられます」
そこで他にも通信途絶で行方不明となった学生艦を前に老松は報告を次々と読んでいく。
「晴風へは、海賊が占拠した可能性を考慮して回転翼機を使用した突入を行ったそうです」
「怪我人は?」
「ゼロ人です。全員が一時拘束の後に解放され、横須賀に進路を取っています」
老松はそう報告すると、部屋の扉が強く開けられる。
「校長!」
そこで慌てた様子で教頭が部屋に入ってきた。