大西洋洋上に建造されたドイツ管轄の海上基地。今回の実習はここを中心に行われる予定であった。
「へぇ、綺麗なところだな。流石はドイツ最高峰」
「おーっ、初めて見ると感動するものだな」
下船したレターナとミーナは海上基地を見上げて感心した様子で見ていた。
施設自体は事前に聞かされていたが、艦隊が丸々入る大きさに感嘆していた。
「ミーナ〜」
「ザーシャ」
反対の岸壁で停船したプリンツ・アーダルベルトからアレクサンドラや他の乗組員達も降りてくる。
「?」
その時、ミーナはアレクサンドラを見て首を傾げた。
「ザーシャ、そのレイピアは何だ?」
出港時には身につけていなかった装備品を見て首を傾げると、彼女は答える。
「余のレイピアだ。大叔父に一〇歳の誕生日に作ってもらった」
「へぇ、すごいな」
「勝手にそんなの付けていいんですか?」
ローザが驚いた様子でアレクサンドラに聞くと、彼女は言う。
「校長に許可は貰った。流石に余とて確認は取るぞ?」
根本の銘板を隠すように白い鞘を握って彼女はレイピアを見せると、生徒達は海上基地の中に入っていく。
「全教育艦。初航海お疲れ様でした」
施設の中で教官が入港を確認した教育艦の生徒達を案内していく。
「それでは早速ですが、これから一ヶ月。この基地で基礎を培ってもらいます。各専科に別れて指定の教室へ向かってください」
教官はそう話し、生徒達を誘導していく。
「ただし、艦長とそれ以外の艦橋要員は別行動となります」
「別行動?」
その時、艦長だけ単独で別行動をすることに首を傾げる。
「それでは艦長とはここで一旦お別れですね」
「そのようだな」
そこでアレクサンドラはエーリカ達と別れてテアと共に艦長だけが集められた講義室に入る。
「どうしたのか…」
「艦長は多様な仕事を必要とする。そうした専門の担当官が付くのだろう」
隣同士で座って話していると、テアの右隣にドサリと音を立ててクローナが座った。
「やぁ、さっきはどうも」
『相変わらず面倒臭いなこいつ』と内心で思いつつ、アレクサンドラは知らないふりをして前を見つめる。
これでもビスマルクの艦長をするのだから、やっぱ頭は優秀なんだよな…コイツ。性格は断じて褒められるべきではないが。
「無事に着いたようで何よりね」
「ああ、おかげさまで三番乗りだった」
そんな煽りに無論テアは乗るはずがなかった。フルシカトをして過ごすと、クローナは小さくため息をした。
「…テア艦長は喰えないねぇ」
「皆!注目!」
その時、教官の声が講義室に響き渡った。
「それでは君たちの教育にあたる先生を紹介する」
「と言っても必要ないだろうがーー」
そこで教壇の奥から一人の教師が出てくる。
「学長のロッテンベルクだ。よろしく」
その時、この学校の学生であれば誰もが見覚えのある顔に部屋がざわついた。
「静かに!」
そして静止させられると、ロッテンベルクは手袋を軽く嵌め直す。
「まずは初航海おめでとう。どうだったかね、海を渡った感想は?」
その問いかけに多くの生徒達はこう答えた。
「えっと…凄く楽しかったです」
「ほうほう、そっちの君は?」
「最高でした!」
初めての海。しかも憧れの教育艦を使っての航海。無論、気分が高揚しないわけがない。
概ねそのような回答がされ、アレクサンドラも頷く。だが彼女はその傍ら、自分の指示で教育艦を動かすという重圧に強い重積を感じていた。
今回は全てにおいて平穏な海であったが、時化に当たっていたらと思うとゾッとする。するとロッテンベルクは一瞬、こちらを一瞥してから話す。
「そうか、それは良かった。何とも安全な航海だったようだね」
そこで一拍。
「だが、悪いが今の質問に答えた艦長は失格だ」
「「!?」」
「失格…」
彼女の冷徹なあっさりとした言葉に、思わずテアたちもわずかに目を見開く。そして続けてロッテンベルクは言う。
「海というのはな、怖いものだ」
まずは断言すると、彼女は彼女から見える海の話をする。
その頃、基地内のトイレ。
「うぅ…」
壁に手を当ててミーナはややげっそりしていた。
「やと治った…」
彼女は昼間に激辛ブルストを友人のレターナと食べたのだが、おそらくそれが原因で下痢を起こしていた。しかし被害に遭ったのはミーナだけで、レターナは無傷であったために困惑していた。
『大人しいようで牙を持ち、美しい様で底なしの闇を持つ』
その時、彼女の耳に艦長達が集った講義室の会話が聞こえた。
「舐めた行動をとれば命を失う。艦長は海の怖さを一番に理解しなければ失格だ」
ロッテンベルクは集った艦長達に叱責をするわけでもなく、ただ諭すように。しかし艦長という艦を預かる身としての覚悟をしろと重圧をかけた。
「だが安心したまえ。君達は此処で貴重な体験を得る事ができるだろう」
そこで彼女は艦長達にある試験を与える。
「君たち艦長のミスで一ヶ月間遭難してきなさい。そして乗員に口外しない事。それが次の課題だ」
しかしその試験はアレクサンドラにとっても、他の艦長達にとっても愕然とする内容であった。
「手順は学校側で考えてある。君たち艦長はそれに従って自艦を遭難させるのだ。簡単だろう?まぁ、多少の罪悪感はあると思うがね」
眼鏡のブリッジに指を当ててしれっととんでも無いことを言い連ねていくロッテンベルク。その話を盗み聞きしていたミーナは『何を言っているんだこの校長!?』と困惑していた。
「さぁ、話はこれでおしまいだ。行きたまえ」
ロッテンベルクはそう言うと、教官は紙を持ってくる。
「連絡方法は暗号通信です。用紙を予め確認しておいてください」
そして艦長達に配り始めると彼女達は部屋を出始める。そして彼女達が出てきたのでミーナは慌てて隠れた。
「テア・クロイツェル、アレクサンドラ・イレーネの両名は残りたまえ」
そしてロッテンベルクは出ていく生徒達の中で二人を呼び止めた。
「あなた達、何かしたの?」
クローナは残される二人に軽く笑ってから出て行った。
「いかがされましたか?」「なんでしょう?」
二人は同時に聞くと、思わずお互いに顔を見合わせてしまった。
「テア・クロイツェル。母親は元気か?」
ロッテンベルクはそこでまずテアに聞いた。
「元気……だと思います」
「だと思う?」
「最後に会ったのは二年前なので……」
その時、彼女の目元は悲しげであった。寂しげであったと言うべきか。
「なるほど、相変わらず世界中の海を航海しているのか」
「??」
そこで困惑気味に彼女は首を傾げるとロッテンベルクは呼び止めた訳を話す。
「私は元担任でな、当時の問題児の娘が入学していると聞いて気になっていたのだ」
ロッテンベルクは事情を理解すると、彼女はそれで終わる。
「呼び止めてすまなかった。健闘を祈る」
テアはそこで頷いてから講義室を後にした。そして次に彼女はアレクサンドラを見た。
「…ロッテンベルク校長」
「アレクサンドラ・イレーネ。君の噂は予々、先代校長からも聞いている」
「…その節はご迷惑をおかけしました」
アレクサンドラはロッテンベルクに言うと、彼女は言う。
「何の、教育の自由は憲法にも記載された権利だ。たとえどのような血筋でも、教育を受けたいと願う者を拒む理由はない」
彼女はそう断言し、アレクサンドラに聞いた。
「君はこのことを話すのか?」
「一応、この後に考えている親睦会で乗組員には…」
「…そうか」
ロッテンベルクはそこで頷くと、彼女にも退室を促した。
許可を受けて彼女は講義室のドアを開けると、そこでクローナとテアは話していた。
「ふーん、まぁいいけど。
それにしても面倒な課題が出されたわね。まあ向こうが見たいのは大失態した場合の立ち振る舞いや艦長としての器なんでしょうけど、艦長が信頼を失うってのは想像以上に命取りになる」
そこで彼女は態とらしく言う。
「あっ、でも他人に無関心なあなたには元から信頼なんてないか」
「…はぁ」
「それじゃあ、一ヶ月後が楽しみだわ~ハハハハ……」
クローナは高笑いをして去り、その様子にアレクサンドラは思わず本音が漏れる。
「…暇な奴よの」
「ああ、同感だ」
テアも大いに同感すると、彼女は興味本位で聞いてきた。
「ところで、ザーシャはなぜ?」
「ああ、お父上のことでな。まぁ、色々とこの学校に入る際には迷惑をかけたのだ」
「そう言うことか…」
テアはアレクサンドラの家のことを詳しくは知らない。しかし今までの付き合いから相応に大きな家の一族の娘なのだろうと予想できた。
「余は動くだけで周りの人間も動いてしまうからの。わがまま一つ通すのも苦労してしまう」
「…そうだったのか」
「幸い、親には恵まれていたと思っておる。家を出る時も、わざわざ学校まで見送りに来てくれるほどだったからな」
「…」
その時、少しだけテアは羨ましいと思ってしまった。しかし隣に立つ少女はそれもお構いなしに話す。
「まぁ、何事にも言えるのは『上に立つときの景色は、下から見たときよりも狭い』と言ったところかな」
「?」
「何、生まれた時に感じたこと。まあ戯言と思っていてくれ、いずれ分かる」
彼女は意味不明な言葉を残して去っていった。
その頃の別室。
「…」
各専科ごとに別れた生徒達の中でエーリカは片耳のイヤホンを頬杖をついて隠していた。聞いていたのは、艦長班の話。
発信元はアレクサンドラが着ている士官服の襟の裏。髪を梳かしている時に取り付けたのだ。
「(なるほど。新しい校長になったから、カリキュラムも点で違うってところかしらね)」
話を聞く限りでは少なくとも次の航海、彼女は孤立を余儀なくされると言うことだ。
「(なるほど、校長も鬼ですね…)」
まだ始まって五日しか経過していないクラスメイトだ。そんなことをすればあっさりとクラスメイトの友情は崩壊することとなるだろう。
しかしあくまでも艦長に課せられた任務であり、このことを広げるわけにはいかない。広げて仕舞えば校長が課題を与えた意味がないからだ。
「(しかし、態と失態を犯しての漂流…一ヶ月は無理かもしれませんね)」
エーリカはそこで状況を把握すると、イヤホンを片付けてため息をする。
「(次の航海は荒れますね…)」
確信した様子で彼女は今度の航海に、彼女が気が付かない程度に補佐をしようと模索し始めた。