ヴィラン連合を返り討ちにして警察の包囲網をも無力化して甚大な精神崩壊者を出した第三の劇場の事件から【遠野操】は行方を眩ましていた。
それからは事件は偶発的には起きてはいたがヴィラン連合が超常解放戦線となり社会を脅かすほどの脅威となっていたため市民の不安と絶望はヴィランと遠野操のごちゃ混ぜになっていた。
だが勢力としてはやはり超常解放戦線のが上のため全面戦争まではニュースや新聞の一面は超常解放戦線一色ではあったため操の捜査も後回しになっていたため足取りを掴めないままになっていた。
黒デクとなる少し前のデク。ダツゴクを探す傍ら彼女も探していた。
そして、…遭遇。より痛わしい姿となった彼女に。
場面の転換は最初に戻り遠野操と緑谷出久の対峙に戻る。落ち着いていたライジングが再びの対峙により再起動する。もう彼女の精神は限界だった。完全体となってはいたが微かにあった。世界は再び恐慌に堕ち始める。今ある世相の不安がより拍車をかける。
全世界の精神が完全体となった銀髪の幼女――フランチェスカの『玩具の世界』に呑み込まれ、赤紫色の絶望に染まる中。
その中心地である路地裏で奇跡のような、そしてこれ以上ないほどに哀しい「バグ」が起きた。
「あ、はは! あははははは!!」
くるくると踊り全世界の狂気を指揮するように両手を叩いていた銀髪の幼女の身体が、突然激しく痙攣した。
ガクガクと膝を震わせ自分の細い首を自分の両手で締め上げる。
「な、に……? 操ちゃん、何をしてるの……?」
フランチェスカの声が狼狽に揺れる。
肉体の遺伝子も髪の色も、骨格すらも完璧に上書きされ、消滅したはずだった。だが、全世界の脳を繋ぐという最悪の『ライジング』を果たしたその瞬間集合無意識の底の底から、「遠野操」という少女の最後の本当に最後の残り火が爆発的な出力でせり上がってきたのだ。
繋がった全世界の数億人の脳。その中には、彼女を「救いたい」と命がけで願った、緑谷出久の脳も含まれていた。
全世界の「遠野操」への認識が彼女の受信機に逆流し、その膨大なエネルギーを借りて少女の自我が怪物の支配を無理やり押し返したのだ。
「が、あ、あ、あああ……ッ!!」
操の口から血の泡が混ざった悲鳴が上がる。
その純白の銀髪の根元が、じわり、じわりと元の地味な「黒髪」へと急速に巻き戻っていく。骨格が伸び、17歳の高校生の身体へと、骨が軋む音を立てて肉体が激痛と共に再構成されていく。
「遠野、さん……!?」
精神汚染の激痛に耐えながら床を這っていたデクが、血走った目でを見上げた。
そこに立っていたのはボロボロのゴスロリ服を血と涙で汚し、必死に自分の身体を抱きしめてガタガタと震える、ただの17歳の女の子だった。
「デク……くん……」
操の口から、フランチェスカの狂笑ではない、擦り切れた彼女自身の地声が漏れた。
「私……サツキと、おにぎり、食べて……お家に、帰りたかった……。でも、もう、戻れない……。私が生きようとすると、あの人が、世界を、めちゃくちゃにしちゃうの……」
彼女は知ってしまった。自分の「死にたくない」という健気な生存本能こそが、フランチェスカを完全体にする最強の燃料(ガソリン)なのだと。自分が生き延びるためにサンドイッチを一つ食べるたび世界の誰かの脳が消し炭になるのだと。
だから、彼女の「生きたい」という願いは、今、完全に反転した。
怪物の燃料を自ら断つために。
「お願い……デクくん……」
操は泣きながら満面の笑みを浮かべた。
「私を……私のままで、殺して……?」
これ以上大好きな日常を壊さないために。次の399人目に呪いが移る前にこの世界で一番強い力を持つワン・フォー・オールの拳で私の脳ごとこのシステムを跡形もなく粉砕して。
「――そんなこと、できるわけないだろぉぉぉぉぉッ!!!」
デクは血を吐くような咆哮と共に床を蹴った。
ワン・フォー・オールの光がフルカウルを天元突破して爆発する。
「――ワン・フォー・オール、擬似200パーセントっ!!」
ヒーローは助けを求める人間を殺さない。たとえ世界を滅ぼす爆弾だろうと生きて日常へ連れ戻すのがヒーローだ。
発勁、変速、黒鞭、全ての歴代の力を同時に限界を超えて噛み合わせた超高圧のバースト。九人の魂が、一つの巨大な光の弾丸と化す。
「あはは! 素晴らしい! それだよデクくん! 君のその狂気的な正義のエネルギー、最高に甘美な燃料だよ!!」
再び銀髪へと染まりきったフランチェスカが『玩具の世界』を展開し、物理法則ごと出久の拳を拒絶し、押し潰そうと迫る。
だが、擬似200%の突撃は空間そのものをただの硝子細工のように粉々に砕け散らせ真正面から突き進んだ。
「遠野さん―――ッ!!」
閃光の速度で突入した出久の右拳が操の胸元へと突き出される。
出久は、拳を突き出す直前でその指をパッと開き彼女の胸ぐらをガシィッ!! と強烈な力で掴み取った。
その瞬間、ワン・フォー・オールの「九人の光」と、フランチェスカの「三百九十八人の呪い」が、精神の回路を通じてダイレクトに激突した。
――操の精神世界。
錆びついた無数の歯車が回り歴代300人以上の死霊が嗤う暗い底。出久の「面影」が天井を殴り破って着地する。
「お前のおもちゃ箱なんて僕たちのバトンで……全部、ブチ壊す!!」
出久の背後に歴代の八人の面影が巨人の如き光となって出現し操を縛る呪いの鎖へ向かって一斉に拳を叩き込んだ。
精神世界を揺るがす大爆発。フランチェスカの概念は、ワン・フォー・オールの「繋いできた意志」の熱量によって、根こそぎ焼き払われ、引き千切られていく。
『な……私の、システムが……バグ、る……!? ……でも、いいよ。あはは! じゃあねデクくん次の三百九十九人目で、また遊ぼうね――♪』
パリンと音を立てて頭の中のフランチェスカの概念が完全に粉砕された。
現実の世界。光の残骸がゆっくりと霧散していく。
全世界の空を覆っていた赤紫色の帳が消え去り元の静かな雨の夜空が戻ってくる。
「……あ、う……」
出久の手の中に力が抜けた身体が崩れ落ちる。
彼女の髪はあの眩い銀髪から元の地味な高校生の「黒髪」へと完全に巻き戻っていた。瞳を開ければそこにはただ涙で濡れた普通の17歳の遠野操の目が出久を見つめていた。
「……デク、くん……?」
「うん。……終わったよ、遠野さん」
出久は、精一杯の優しい笑顔を浮かべた。
「君のままで、ちゃんと救けたよ」
操の目から、本当の涙が溢れ出た。
「……ありがとう……ありがとう、デクくん……」
正義の意志を紡ぐ「九人」の光が最悪の悪夢を真っ向から捩じ伏せた。遠野操はついに一人の「救うべき女の子」として日常の光の中へと連れ戻されたのだった。
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