10年以上も前の作品ですので、当時の最高気温の記載を見ると少しノスタルジーな気持ちになりますね。
6月末日の土曜日。
梅雨で長い間どんよりとした雨模様が続いていたが、この日はピタリとやんだ。
気温も高く、文句無しに夏日である。
「良かったぁ、今日雨だったら泣いてたぜ」
「これは晴れ乞いの生け贄が効いたな」
昨日から多馬大橋で不良30人が、百代によって逆さまに吊り下げられていた。
雨天の視界の悪さを利用して百代を倒そうと不意打ちした連中だったので、当然の末路である。
「さぁ、待ちに待った水上体育祭だぜーー!!」
水上体育祭とは近場の海で行われる、生徒達はスクール水着の着用が必須の体育祭である。
男子生徒達のテンションは既にMAXであった。
「もちろん俺は撮影班だ、任せておけ」
「さっきカメラを先生に取り上げられてなかった?」
「あんなんダミーよ、水中に潜って撮影してくっから!」
小型の酸素ボンベを岩陰から取り出すと、福本は一目散に海へ潜っていった。
「水中用カメラをあらかじめ海に隠していた訳か」
「ヨンパチの女体への執念は、相変わらず凄まじいものがあるね」
「モロも演劇部なら、女装してスク水着るとかしろよな」
「そんなのただの変態でしょうが!」
「ようし、私も思う存分ねーちゃん達の水着をねっちりと視姦するか!!」
「少しは自重しなよ、姉さんは」
「それは無理な相談だな弟よ。どうせジジイ共も、そこら中の水着を見漁っているだろうし」
百代の予感は的中しており、教師陣も生徒達の様子を見て歓喜していた。
「素晴らしいデース!スクール水着で体育祭!時代の最先端を行ってマスねー!」
「長生きの秘訣はコレじゃよ、メモっとけゲイツ」
「なるほど長寿の秘訣は枯れてないこと。うーん、シンプルだけど重要な要素っぽいね」
「皆様はもう少し、教師として節度を保たれたらどうです」
しれっと教師達の中にいるクラウディオが、色めき立つ男性陣を見て苦言を呈した。
「かてぇことを言うなよ爺さん。ほら、小島先生を見てみろ」
梅子先生も例に漏れず、紫の水着で参戦していた。
周りがスクール水着の中で一際目立っており、大人としての魅力を引き上げる素晴らしいデザインの水着であった。
「あの体に節度なんかねぇだろ、とんだ無法地帯じゃねぇか...俺が秩序をもたらしたいねぇ」
「ウェストがあと30センチあれば、私の好みでしたがね」
「相変わらずの趣味嗜好じゃの」
こうして、皆の欲望が交錯する水上体育祭がはじまった。
照りつける太陽の下、海辺ならではの競技が続いていく。
「わーい!貝拾い全体でいちばーん!!」
「水の中であそこまで動けるとは...犬め、やるな!」
「ワン子は水中適性高いからね」
「クマちゃん、はい採れた貝」
「ありがとう。砂抜きしておくから、体育祭が終わる頃に皆で食べようね」
2ーFは点数稼ぎと並行して、海鮮パーティーの準備も進められていた。
「これ、川神貝ですよね。お醤油が大変合いますよ」
「塩と醤油と味噌は用意してあるぜ!宿題は忘れても、これだけは忘れられねぇな!」
「宿題も忘れちゃ駄目ですよぅ」
水上体育際であっても、委員長は委員長である。
2ーSに一人、先ほどからこちらに目線を向けて拝んでいる者がいるが、当の本人は気づいていなかった。
「それにしても、S組が思ってたより勝負をふっかけてこないわね」
「確かに、これはこれで物足りないな」
「皆、水着を見るのに忙しいんじゃない?...しょーもない」
そのまま雑談していると、2ーSの方向から偵察に行っていた大和とガクトが戻ってくる。
「Sクラスの偵察をしてきたぞ」
「弁慶さんの水着姿が凄かった...ドッカーンって感じ!」
「お前は何を見て来たんだ、そこじゃないだろう」
呆れた様子でガクトに文句を言うクリスであるが...
「マルギッテも負けてなかった!チュドーンって感じだ!」
「ふふん。マルさんは、とにかくなんでも凄いからな!」
ガクトのアホな感想でも、マルギッテの話題では何故かクリスが誇らしげにしていた。
「クリスも少し分けてもらえるといいのにな」
「失礼な事を言うな、バカ!」
「冗談だよ。...話を元に戻すけど、S組は義経達とクラス内で勝負している感じだったかな。外部にちょっかい出してくるとしたら、午後からとみた」
「なるほど、まずは内部で競っているのか」
「あ、3年生の水上借り物競走がはじまりましたよ!」
水上借り物競走ルールは、普通の借り物競走と全く同じである。
お題は海上の特設ステージに置いてある箱から取り出す必要があり、海に落ちないためには体幹も要求される。
「これは得点が高いから頑張って欲しいわね、京極先輩ファイトー!」
「今回3ーSは敵だろ、3ーFを応援しないか?」
「3ーFは一番のイケメンがモモ先輩だからねぇ...とはいえ、点数高くて重要だし。きちんと応援しなきゃね」
「...3年生のお姉様達は元気だねぇ」
「東西交流戦で負傷者ゼロだったからな...ん?」
レース出場者の3年生の一人が、2ーFの陣地に向かって来ていた。
「あ、部長だ」
京が所属する弓道部の部長である矢場弓子が到着すると、早々に2ーFの生徒達に声掛けをする。
「苗字に、"お"がつく男子の後輩。力を貸すで候!私とゴールまで走るで候」
「あ、モロお前そうじゃね?ちっくしょう、うらやましいぜ。島尾だったら行けたのに!」
「そ、そうだけど。僕は足遅いし...ええと」
モロがもじもじとしている間に、矢場は該当者の顔見知りを見つける。
「!お前は直江、該当者で候。力を貸すで候」
「ご指名とあらば、全力で頑張ります」
指名を受けて大和はしゅたっと立ち上がり、そのまま全速力でゴールに走る矢場に着いていった。
「あーあー、名乗り出れば良かったのに」
「いいよ、恥ずかしいから。...あーでも、こういう照れ屋はいけないねぇ、はぁ」
「やっぱり女装して度胸をつけるしかないんじゃないか?」
「なんでそうなるのさ!?」
2ーFの拠点からゴールまでの距離はおよそ300メートルほど。
ただし足場が砂場のため、思うように速度は出ない上に体力を削られる環境である。
「遅れずについてくるで候!私が1位をとれば、総合点で青龍軍がトップに立つで候!」
「はい!...このままなら1着もらいですね!貴重な一戦に貢献できて良かった!」
とはいえ、他の走者はお題を探すのに一苦労している様子。
後は残り半分ほど走ってゴールのエリアに飛び込むだけ、と気を緩める大和であったが。
「喜ぶのは早いで候、後ろを見てみるで候!」
「ん...?げっ!」
「待って待って〜!」
敵の赤龍軍である葉桜清楚が、ザッザッと砂場を意に介していない様子で追いかけてきていた。
なお、葉桜については今回の水上体育祭を運動着で参加している。
体が最近になってグンと成長しており、転入前に採寸したスクール水着ではサイズが合わなくなっていたからだ。
「雷君も、ラストスパートだよ〜!」
「こっちは大丈夫だ、急ぐぞ」
その横でぴったりと並走している雷が今回の借り物なのだと把握し、大和達は一転して焦り始めた。
「まずい葉桜先輩、何気に足がスゲェ速いっ!」
「あの足運び...文学少女とはかけ離れているで候!」
「うぉぉン...あの走り方清楚ちゃん清楚だよぉっ!」
「文学少女は体育もできる!ニッポンポン、アーンタイ!」
葉桜応援団は文学少女の快速ぶりに、なんの疑念も抱いていないようであった。
「はぁっはぁっ、もうすぐゴールだけど...!」
後ろから来るプレッシャーが背中を突き刺してくる。
弓子の方は大和よりも足が早く、先にゴールしていた。
(これじゃゴールに着く前に...ん!?)
「ほらあとちょっとだよ、頑張れ!」
「弟よ、1着なら私に飛び込んできていいぞ!」
ゴールを見ると、矢場と同じ3ーFである松永燕と川神百代の2人が並んで大和に応援を送っていた。
「ははっ、そんな安直な応援でこの俺が...うおおおおおっっ!!!」
声援を受け、大和は目に見えて加速していた。
「おおっ、本当に加速するとは男の子だねぇ」
「あいつは基本、結構エロスだからな。こういうのは割と効果あるのさ」
「うわっ、あれじゃ届かないっ...!」
「...仕方がない。清楚、文句は後で聞く!」
「えっ...きゃっ!?」
雷は走る清楚の手を引っ張り抱えると、足に気を纏って猛追する姿勢に切り替えた。
俗に言うお姫様抱っこの姿勢である。
「なっ、全校の前でなんて羨ま...大胆な奴だ!」
「護衛君に抱っこされている清楚ちゃんも清楚だよぉっ~」
そのまま、二つの影はゴールテープに吸い寄せられていき...
「「...ゴールっっ!!」」
大和は勢いのまま百代の所へ飛び込んだ。
かなりの速度だったが、武神によって難なく受け止められる。
対して雷はゴールと同時に砂場の山に背を向けるように身を捩り、清楚への衝撃を和らげるため即座に受け身を取っていた。
「うわっ、どっちだ!?」
「凄く白熱してたね!...同時に飛び込んだように見えたけど」
観戦していた生徒達目線では両者全く同時にゴールへ辿り着いていたように見えており、どちらが勝ったのか分からなかった。
皆固唾をのんで、審判の判定を待っていると。
「ふむ...これはタッチの差で、3ーFが1位じゃ!」
審判である鉄心がそう告げると同時に、今日一番の歓声が湧いた。
自分達が勝利した事実を確認すると、大和はどっと疲れが来てそのまま脱力する。
「はい、お疲れさん。よく凌いだな弟」
「頑張ったね!粘りがある子は好きだよん」
3ーFの勝利で大和は百代から労いの言葉をもらい、そのまま頭を燕に撫でられていた。
「ふぅ...1位で候。責任は果たしたで候」
矢場も期待された通りの活躍をすることができ、嬉しさを隠しきれていない。
一方で、あと一歩及ばずの結果に終わった雷は珍しく悔しさを表情に出していた。
「くっ、届かなかったか。...すまない、清楚。強引な方法を取った上に、責務を果たせなかった」
「う、ううん。あの場面でそのまま走っていたらどのみち負けてたし...全力の雷君で負けちゃったら、しょうがないよ!」
結果を知って申し訳ないと謝る雷に対し、運動した火照りからか頬を赤らめた葉桜が手を振って返答する。
お姫様抱っこの体勢は、受け身を取った後すぐに解除されたが...
(こ、これがお姫様抱っこかぁ...すっごくドキドキした...抱きかかえられた時に、雷君から良い匂いがしたし...)
先ほどの感触を振り返りつつ、顔を隠すように手を覆いながら雷に慰めの言葉をかけていた。
なお、その後ろで大和の頭を撫でていた人物も、どこか黒いオーラを出してその様子をじっくりと観察している。
(...ふーん。雷君もそんな表情をするんだねぇ、初めて見たよ)
最初は抱きかかえられた葉桜に嫉妬する心が先行していたが、雷の悔しさに顔を歪めた表情を見た瞬間にゾクゾクする感覚が背筋を走った。
雷を見つめる燕のハイライトが段々と濁っていく。
(...?)
背中に突き刺す気配を感じて燕の方をちらりと見ると、当の本人は丁度こちらを見ていたらしく、周囲に気付かれないようにウインクしてきた。
そのまま視線を外して笑顔で大和の頭を撫でつつ百代達と談笑している様子を確認すると、いつの間にか先ほど感じた不穏な気配は霧散していた。
(...気のせいか)
気持ちの切り替えを終えて立ち上がると、今度は己の敗北に対して嬉々として詰めてくるであろう猟犬や忍者メイド達への対応を考えることにした。
ーーークローン組も例に漏れず観戦していたようで。
「くぅー、清楚先輩や雷が1着を取れなかったのは悔しいが...義経は見ててドキドキした!」
未だ胸に手を当てて明るい様子の義経とは対照的に、傍に控えていた弁慶の周りには殺伐とした空気が滲み出ていた。
(借り物兼護衛とはいえ...ちょーーーっと距離が近すぎじゃないかな、雷は)
2人の後ろで、先程からポーズを決めたままじっと固まっている与一は...
(兄貴、早く来てくれっ。姉御の殺気がやばい!動いたら、俺が処刑される...っ!)
ガクガク震える手を抑えるのに必死なだけであった。
借り物競争が午前の部最後の競技ということもあって、ゴールした大和達はその場で雑談をしていた。
「それにしても、途中で雷に変わってからの圧が凄かったよ」
「大和こそ凄い加速だった。よく鍛えられてるな」
「目の前にお姉ちゃん出てきたら、それは加速もするさ」
「...なるほど、大和は案外好色ということか」
「改めて言われると恥ずかしいので、それ以上言うのは止めてください」
百代に後ろから抱かれている状態では否定しても説得力がないと、大和は赤らむ頬を自覚しつつも諦めることしかできなかった。
「ちなみに、清楚ちゃんのお題はなんだったんだ?」
「え~とね..."海外に5年以上在留していたことのある人"だったよ!」
「中々癖のあるお題ですね、とはいえ特進科なら帰国子女とかで全然いそうですけど」
「そう思ったんだけどね...3ーSの皆にお題の紙を見せた時に気づいたんだけど、後ろに"同じ学年の人はNG"って書いてあったんだ~」
「あー、なるほど。うちの2ーFにはクリスがいるけど...あれ?それなら雷と同じ2ーSのマルさんも該当者だね」
「あぁ。実際、俺とマルギッテが手を上げたが...」
「選ばれたのは雷だった、ってことだね」
「護衛で転入前からの関係性もあるだろうし、必然の選択だな」
(...該当者は雷君しか頭に浮かんでなかったから、マルギッテさんが視界に入っていなかったとか言えないよぉ)
雷を選んだ部分を深く追求されることもなく、どこか安堵した様子の葉桜であった。
「さて、ちょうどお昼になるけど...せっかく大和クン捕まえてるなら、拠点に連れて帰らない?」
「そうだな。退屈だったんだ、3ーFの陣地に来い」
まずいと思った瞬間にはがっしりとホールドされており、そのまま百代に抱えられる。
「うわあぁ、人さらいだ!」
「ま、観念するで候」
「...どうやら大和は、年上から好かれるタイプのようだな。先輩方からすれば、格好の戦利品という訳か」
「その感想は止めてー!」
「あはは、実際そうなっちゃってるもんね」
葉桜と雷に見送られ、3ーFに戦利品として連れ去られる大和であった。
ランチタイムになると、料理部による臨時の海の家が開店していた。
「さぁ、料理部が運営するスク水だらけの海の家開店よぉ」
「どうぞ、順番にお並びください」
男子生徒が大半なので、九鬼のメイド達が接客していた。
中でも李が積極的に対応を行っている。
「くぅっ、こんな美人を店員にするなんて料理部汚いぞ!」
「しかも見ろ、食べ物のグレードによって運んでくる店員のクオリティが違う!...一番高いのを頼まねば」
「あっ、店員に雷君いる!さっきの借り物競争の走り、カッコよかったよ~」
「先輩方、ありがとうございます。...4名様ですね、こちらへどうぞ」
当然女子生徒も利用する者がいるため、その対応は九鬼従者でもある雷が行っていた。
なお、雷自身のランチは九鬼従者向けに用意されている賄いである。
「紋様助かるわぁ、手際の良い従者を貸してくれて」
「良いのだ、李は無愛想な部分を緩和したがっている。ならば、こういう催しには積極的に参加しないとな!」
配膳を続ける雷に、李が近寄ってくる。
「最後の
「?この料理にパセリは置かな...はぁ~、そういうことか」
「うふふ。いつもなら気づかれた上でスルーされますが、今回は成功しましたね」
李が海の家で稼働することが決まってから、ずっと考え込んでいた自信作であった。
「気遣うフリしてダジャレを織り込んでくるのは厄介だな...」
「ちなみにこの水上体育祭も録画されているそうなので、後でステイシー達から揶揄われると思いますよ。貴方の珍しい隙ですからね」
「なら、あいつらに一つ伝言を頼む。"訓練は明日だ、分かっているな?"と」
盛り付けを終えて配膳の準備を整えると、李との話に区切りをつけテーブル席に向かっていった。
(うーん。あの様子なら本人に言っても言わなくても厳しさは変わらなそうなので、揶揄った方がお得ですね)
ーーー余談だが、その訓練は過去一で熾烈な内容となり、参加者全員が担架で医務室まで運ばれる内容になった。
「おー、海の家すんげぇ繁盛してるなぁ」
「もう10分待ちらしいぜ、商売上手なことで」
早々に昼ご飯を食べ終わった風間達は、遠目に海の家を眺めていた。
「スグルは料理部なんでしょ、いいの手伝わなくて」
「部活動なんてゴーストに決まってるだろ。親がどっかに入部してねーとうるさくてな...」
「親のそういう考え方、ありかた迷惑なトコあるよな~」
「ウチの教育方針は、風の如く自由に生きるだぜ!」
「教育方針ねぇ、特にない気がする...いちいち普通だなぁ」
「だから普通が嫌なら女装しろっての」
「ほんと引っ張るねそのネタ...」
「ところで、何で井上がナチュラルにここにいるんだ」
「下心なんてないぜ?...あぁ委員長、可愛いよ委員長」
「ほんとしょーもねぇタコだな...」
井上が2ーFに紛れている理由は一つであった。
そんな井上と雷のいない2ーSでは。
「ヘリから降下された荷物の受領完了、英雄様!新鮮な食材をお持ちしました!」
「うむ。盛大に飲み食いして、力をつけるとしよう!」
「弁慶、もうそんなに川神水を飲んでいるのか?これ以上は午後に出る種目に影響が...」
「飲まなきゃやってられない時もあるの。それが今」
「与一も気づいたらどこかに行ってしまったし...」
(あの場にいたら組織の奴と戦闘になる前に、俺のMPが底をついちまう)
昼休憩になると、与一は早々に離脱し岩陰で過ごしていた。
「雷君は海の家でお手伝いですか。慰めて距離を縮めようと思いましたが、もう行列ができてますね」
「寂しいなら僕が一緒にランチしてあげるトーマ!」
「そうですね、ではユキと食べましょう」
「ウェーイ♪」
「やはり葵君は、心なしか最近明るくなっとるのう」
抜けた井上の事など誰も気にしておらず、各々が自由な時間を過ごしていた。
教師陣はランチの時間を早々に終わらせて、周辺の見回りを行っている。
「ここから盗撮しているような輩はいないですな」
「ゲーイツ、浜辺が見えるポイント他にアリマスカ?」
「もう大丈夫だね、あらかた見回ったよ兄さん」
「あーあ、俺も海の家でビールでも飲みてぇな。小島先生と」
ランチの同席も打診していたが、いつもの通り術なく断られていた。
「Oh、小島先生を狙っているのデスカ」
「まぁ誘っちゃあつれなくされて...の連続だけどね」
「いいじゃないか。大切なのは失敗から学んで行く事さ」
「...なんかありがたい事を言われた気がするな」
「どれ告白に成功する確率を計算してみよう」
「おうよ、ドンと来い。低くても覚悟はできているぜ」
ゲイツのコンピューターで弾き出された確率は...
「ぜ、0%...こんな結果が出るなんて、ある意味凄いね」
「とほほ...泣けてくるぜ。でも、俺はアタックし続けるぞ...!」
それでも諦めきれない宇佐美であった。
そんな中、大和が連れ去られた3ーFでは。
「おべんとおべんと♪...じゃーん、納豆オムレツ!匂いも気にならないよ」
「おぉ...自作ですか?」
「ちゃちゃっとね。おとんと交代でやってるの」
オムレツを割っても、傍から見た限りは納豆の存在感は感じられない。
美味しそうな匂いがその場に漂っていく。
「美味しそうじゃないか、後で一口欲しいなぁ...ごほん。私は経費節約のため、川神院で握ってきたおにぎりだ」
「あれ、自炊珍しいね」
「自炊とは珍しいで候」
「モモちゃん、自炊ってイメージないなぁ」
「お前らよってたかって美少女にひどいぞ~」
とはいえ自炊とは程遠い生活をしているのは事実であるため、その場で遠い目をする他なかった。
「この浜辺限定での食事になるだろ?じじい達の目が行き届いてるだろうしな...奢りで食べると色々危険そうなんだ、説教フラグ的な意味で」
そのまま2個目のおにぎりに手をかけると、何か妙案を思いついたようだ。
「それはそうと...売ったら金になりそうだな、このおにぎり。美少女が丹精込めて握りましたって事でさ」
「駄目だよ、そーいう風な商売は」
「ははっ、大和ヤキモチ?お姉ちゃんの手で握ったものを他のヤツに喰わせるなって?」
「そこまでは言ってないけど」
「仕方ないなぁ、ヤキモチ妬いてるお前に半分やろうホラ」
「ぬぐっ!...ごくん。...塩っ気が程よく効いてて美味しいよ」
抵抗も虚しく目に見えない速度で突っ込まれたが、修行僧向けに塩が多めに入っているため、運動した後の体には嬉しいエネルギーだった。
「あはは、2人は仲良しだねぇ~」
「そういえば、燕先輩は午後の部は何か出るんですか?」
「自分から志願した競技があるんだよん、水上歌合戦!」
「おお...歌うんですね」
「私も楽しみにしてるで候」
「それにしても大和良かったな、帰ったら自慢できるぞ〜。3ーFのお姉さん達に囲まれてましたってな」
「...それは、余計な恨みを買うだけでは」
「どうせ居場所はバレてるんだから、遅かれ早かれだろ」
そんなこんなで、学生達のランチタイムは緩やかに過ぎていった。
昼休憩が終わり、午後の部の競技が始まった。
船渡りアスレチックでは、ゴール前の難所として海上に浮かんでいるボートを自慢の脚力でジャンプして進んでいく必要があった。
「ここは、本家が決めなければっ!」
一番乗りで辿り着いた義経が、揺れる足場をものともせず次々に跳躍していく。
「おーっ、船から船へ実に見事なジャンブだネ」
「八艘飛びの伝説を再現できるとは、嬉しいのぅ」
「素晴らしい身のこなし...いいものを見られました」
「オラ達もアクロバティックにいこうぜ!」
その様子を冷静に観察していたまゆっちも、揺れる松風と共に見様見真似で跳躍していく。
「おーっと、これも義経に劣らない華麗な跳躍だネ!」
「うわ〜、黛さん思ったよりやるじゃない...!」
「まゆまゆの強さが明るみになっていくな、良い傾向だ」
同時並行で進められている大遠投の競技では。
「バレーボールを浜辺からどこまで投げられるかの勝負。...上等だわ、分かりやすい方が熱くなるってものよ」
「頑張れワン子ー!地球1周させて自分にぶつけちまえー!」
「フフン。日付変更線があるから、それは無理よ」
「おっと、アナタ。ワン子がなんか変な事言いましてよ」
「京さんや、後で地理のお勉強の準備が必要じゃの」
「今だワン子!強い風の流れにボールを乗せろ!」
「チェェェェストォォォォーー!!」
風間の風読みの掛け声に合わせて、思いっきりボールを投げつけると。
ざぶーーん!!
「おーっ、バレーボールがブイの所まで飛んでいったわ!」
「さすがワン子ちゃんですね、これまでの最高記録ですよ」
2位に10メートル程離して首位の記録に躍り出たが...
「次は私か。これ、あまり動かないで済むから選んだんだけど...」
ひょいっとバレーボールを片手で掴む弁慶。
何故かその様子を見ただけで、与一は震えていた。
「丁度良かった、モヤモヤはこういう時に発散しなきゃね...そぉぉぉい!!」
ヒューーーン...キラッ☆
「球が遥か彼方に消えた...与一の言う通り、弁慶は怒らせない方がいいな」
「あーあー、回収大変だぞこりゃあ」
「むぅ...一子殿でも、弁慶相手のパワー勝負では分が悪いか」
「どちらの応援をしている。S組である事を忘れるな」
弁慶の記録は測定不能とされ、堂々の1位として決着した。
「がーん...あっさり抜き返されたわ」
「どんまい、2位でも得点はかなり大きいからね」
「だいたい、こういうパワー系こそ羽黒の出番なのに。楽しみにしすぎて寝不足で体調不良とか...子供かっつの」
「羽黒のスクール水着に需要はないから、観戦メインの俺らからすれば助かるけどな」
赤龍軍と青龍軍が互いに一歩も譲らない展開の中、唯一の華舞台ともいえる種目の時間となる。
「さぁついにこの種目が来たぞい、水上体育祭の華...水上歌合戦!」
「なお、ルールは普通の歌合戦と一緒だヨ」
「違いと言えば、歌手がスク水という事だけじゃの。ふぉっふぉふぉ!」
鉄心の宣言を聞き、最初の生徒がステージに登場していく。
「2ーF、クリスティアーネ・フリードリヒ。1番手で推参!」
最初から美少女の登場となり、ギャラリーが湧いた。
「お嬢様ーー!ファイトでーーす!!!」
「おぉい!お前自身がさっき九鬼に言った事を忘れたか!」
「肉弾戦ならまだしも、こういう場ならば無条件でお嬢様を応援するというもの!...心、お前もお嬢様を応援しなさい」
「なんでじゃ!」
「しなさい!!!」
「にょわぁ!なんじゃこいつ、目が本気すぎるのじゃ」
「こっこっが、勝負っ〜勝負の時なのだー♪」
「ハイハイ!!...ライ、貴方もですよ!借り物で負けたんですから、しっかりとやりなさい」
「渡されたペンライトでちゃんと振り付けしているだろう...それよりも、しっかりとクリス嬢を見てやれ」
「...まぁ、良しとしましょう。私は撮影でも忙しい、これ以上手を煩わせないように!」
「だったら、撮影だけしてればいいのじゃ!」
鉄心は先ほどから頬を緩め、満面の笑みで女子生徒達を眺めていた。
「うーん、いいのう。若い娘が水着で歌合戦...若返るのう」
「まったク...総代は少し自重してくださいヨ」
「自重して枯れたら、ボケちゃうけどいいんかの?」
「極端すぎまス!」
それからは、与えられた持ち時間の中参加者が次々と披露していた。
「それでは7番、忍足あずみ。歌いまーす☆」
(負けたことをあまり揶揄って来なかったのはこれが理由か)
「まさか彼女が出るとは、思いもしませんでしたね」
「フハハハ、我がリクエストした!お前の歌が聴きたいとな」
「マジな恋も、マジな夢も、全部手に入れたーい♪」
「英雄からの依頼を断る訳がないか。...井上、あまり揶揄ってやるなよ?」
「いやぁ、流石に今回は絞め技かけられるだけじゃ済まなそうだしな。目に見えたタブーに突っ込む程、俺に勇気はないね」
(九鬼から要注意人物として一生徒の立場で目をつけられているお前は、相当な勇者だがな...)
あずみの歌う様子は、1ーSの紋白とヒュームも観覧していた。
「おぉ...あずみも体を張っているではないか」
(やれやれ、あれが序列一位とは頼りない。奴がいるとはいえ、若手従者部隊を中心に切り替えていくやり方は、まだ早かったのだ...)
「あずみは兄上のリクエストに応えているだけだぞ?あまり責めるなよ」
「!」
「フフ...険しい表情をしていたから、カマかけてみたのだ」
「紋様に隠し事はできませんな」
「フッハハ、長いこと一緒にいるからな!」
自身の内心をズバリと当てる紋白の姿に、九鬼のカリスマ性を改めて再認識するヒュームであった。
水上歌合戦のプログラムは進んでいき、いよいよ本命の登場である。
「12番、松永燕!歌いまーーーす!!」
「うおおおっ、燕先輩キター!!!」
「これは、あの納豆の歌が来るんじゃないかな」
「しかし納豆の歌って...どんなんだ?」
「脱力系ソングってやつかしら」
「では聴いて下さい。私の持ち歌、納豆小町の"I♥ねばねば~らいふ"!!」
どこからともなくイントロが流れ出すと、堂々たる様子で歌い始めた。
「ねばねばパワーでっ、今日も張り切ってぇいきましょう~、らぶねば~らいふ♪」
「おっ、おおおー。こうくるのね」
「一日一食、家族の健康を約束~、あなたの笑顔のお供に〜ぃ、毎日松永納豆!」
歌が始まると同時にどこからか現れた納豆小町のファン達が、納豆コールの合いの手を入れてペンライトを振り出した。
「うーん、凄い!全力で納豆売りにいってる感じ」
「なんだか、クセになりそうな歌ですね」
「スルメ歌ってやつか...確かにな」
「おー、アリだな!な、モロ!」
「いいね、凄いじゃん!」
聞いている生徒達は、段々とメロディーにノリはじめていた。
「んー、いいなぁ。私もなんか歌作ろうかな」
「これは、かなりの洗脳ソングですね」
「この歌聴いてると、納豆とビールで1杯やりたくなるな!」
「いやぁ奇遇ですね、お供しますよ小島先生」
「ワタシ飲めないけど納豆食べたくなったネ、付き合うヨ」
「ほっほっ、皆で行くかのう」
「ちくしょー、やっぱりこういうオチか」
成功率0%の通り、梅子先生とサシの飲み場への道は遠いようだ。
「ふーむ。今度の弁当に、たまには納豆もいいかもしれんの」
「皆が納豆を欲している、恐ろしい女です」
不死川までも納豆の導入を検討している様子に、マルギッテは松永燕の恐ろしさを感じ取っていた。
「ほんと多芸なんだなぁ」
「すげぇ上手いというか、歌声に味があるんだよな」
「まさしく個性だよね。燕先輩、凄いなぁ」
「むむ...予定変更。私も歌おうっと」
大和の様子を見て、京がそう申し出た。
「えっ、お前人前で歌いたくないって...」
「いいの、対抗意識」
「京出るの?そりゃあクラスとして大助かりだぜ」
急遽参戦した京の件もあって、その後も盛り上がりを見せた水上歌合戦。
「優勝は2ーFの椎名京!準優勝は3ーFの松永燕じゃ!」
「ですよねー。京が歌で本気出すと、そら鬼ですよねー」
「京はしっとりしたの歌わせたら凄いよね」
「オンナの情念ってやつね。ナオっちも大変だ」
「お友達関係です」
水上歌合戦が終わると、次が最後の競技となる。
その名もクラス対抗怪物退治という、如何にも武道に力を入れている川神学園らしい種目である。
「それぞれのクラスごとで1匹づつ、怪物の着ぐるみを討伐してもらうぞい。怪物に参ったと言わせる速さを争う競技じゃ」
その言葉を皮切りに、ステージから次々と動物系の着ぐるみが登場してくる。
「ただし、中には川神院の修行僧が入っているので、クラスの力を合わせないといけない。チームワークが大切な競技じゃぞ」
種目は各クラス同時に開始された。
2ーFでは軍師である大和が指揮を取り、仲の良さを活かして連携を徹底していた。
「怪物の中の人はチームワークを吟味している!ワン子クリス京、せーので同時攻撃だ!絶対に通じるはず」
3人から繰り出される息の合った攻撃を受け、着ぐるみは守りをかためるが...
「怯んだっ、ガクト押さえ付けろ。男子そこ右10人、ガクトが飛ばされないように支えて!」
怪物が指示を出している大和に対して、砂の塊を投げつけるも。
「よっと、回避だけなら得意だぜ!...自慢じゃないけど、っと。動きが鈍った!縄をかけて捕獲という形にするぞ」
「せーのっ!」
「そいやっ、往生しやがれコラァ!」
「捕獲...完了」
抜群のコンビネーションを披露して、早々に着ぐるみの討伐を完了した。
その様子を見ていた3ーFでは、未だ決着が着いていなかった。
「おー、大和クンあざやかな指示だねぇ、もう攻略した!」
「そりゃ私の弟だからな、ふふん」
「ふふっ、なるほどなるほど」
「ほらほら2人とも、よそ見している暇はないぞい!」
女子生徒のスクール水着を見て英気を養った鉄心の鋭い一撃を、紙一重で躱す百代。
「よっと。...ったく、なんでウチのクラスはじじいが中入ってんだ」
「おかげであっさり倒す事ができないねぇ、この怪物」
「フェアに戦力を振り分けているにすぎんわい」
いかに武神のいるクラスとはいえ、生きる伝説である鉄心が相手とあって討伐までに時間がかかっていた。
そんな中、クローン組と雷の転入によって戦力が大幅にアップした2ーSでは。
「ロケットクロー!」
川神院の師範代で確かな実力者であるルー先生が、着ぐるみとして討伐対象となっていた。
「アシッドレイジ」
そんな実力者と1対1で対応にあたる雷が、自然体の構えで鋭いルー先生の攻撃を冷静に受け流しつつ、反撃を打ち込み後方離脱する。
「ぐっ、やるネ~雷。私の技を受け流して反撃してくるとハ。でも、いくら君とはいえ、徒手で一人じゃ無理だヨ」
「ふっ、そんな事はわかっていますよ。...今だ!」
「合図が来たっ、いくぞ皆!」
「!まずいッ、いつの間にか背後をとられていル!?」
「いきますよ弁慶!はあぁーーー!!!」
「はいよっ、クロスラリアットォーー!」
「ぐはぁッ!!」
強靭な肉体を持つ2人のラリアットによって、ルーは着ぐるみを貫通するダメージを負い体勢を崩した。
「今だ、義経に続いて上から抑え込め!」
その言葉に次々と2ーSの生徒達がルー先生の着ぐるみに全体重を乗せていった。
「あタタタタッ!ギ、ギブアップだヨ!...全く、してやられたネ」
「過剰戦力で申し訳ないとは思いますが...敗因は俺に注意を向けすぎたことですね」
「そうだネ...私もまだまだ修行が足りないヨ」
「フハハハ、流石だ雷よ!結果は、2ーFよりも数秒程早く決着できたようだぞ」
「よかったですねー☆...これでまた負けるようなことがあれば、根性焼きならぬ根性飲み会の開催でしたッ!」
(油断なく対応してギリギリだったか、危なかったな...これでさっきの借りは返したぞ、大和)
かなり早いタイムで攻略した2ーFだったが、数秒の差で2ーSに先を越されてしまった。
「あちゃ~、先に攻略されちゃってたか」
「とはいえ、2ーSってルー先生が着ぐるみの相手でしょ?よく私達よりも早く勝てたわねぇ...」
「僕も気になって見てたけど、雷君が強かったねぇ。ルー先生と素手の体術でやり合ってたよ」
「さっき大和達にタッチの差で負けたのをマルさんが嬉々として弄ってたし、最初から本気だったんだろうな」
「...ってことは、大和のせいか」
「おい、ガクト」
「冗談だっての。大和の指示がなければ、この時間でクリアはできなかっただろうし」
振り返っても、大和の方でどこか改善できるような指示もない。
改めて、クローン組や雷の持つ実力を見せつけられた形となった。
「いやぁ、借りを返されちゃったか。相手が強かった結果だし、これはしょうがないね」
「完璧な指示、カッコよかったよ大和。ますます好きになった」
「ありがとう京。...お友達で」
「!今、答えるまでに少し間があったね!?」
「し、しまった。疲れからか、京に隙を与えてしまった...!」
急接近する京に紙一重で回避することに成功すると、そのまま2人の追いかけっこが始まった。
「おっ、一歩前進か?」
「まずいっ、疲れで思うように走れない、追いつかれるっ!」
「逃さないよ大和。くくくっ、やはり恋は押して押して押し倒すのが正解なんだよね」
そうこうしている内に、電子掲示板に更新された両軍の点数が表示される。
「あ、というか。これで完全に赤青軍で同じ点数になったんだね、引き分けだコレ」
最終的には総合ポイントは引き分けの結果で終了し、盛り上がった水上体育祭もある意味平和な終わりを迎えた。
しかし、生徒達の学園生活は次なる試練が待ち受けている。
武の次は文ということで、期末試験が近づいていた。
松永納豆の歌を久しぶりに聴きましたが、謎の中毒性がありますね。
気になった方は、1度聴いてみてください。