前話の規約に関する感想もありがとうございました、大変助かりました。
10月に入りましたが、まだまだ暑い日や雨天が続きます。
皆様、体調にはお気をつけください。
期末試験が近づき、川神学園の生徒達が休日の大部分を勉強に費やす中。
休日の川神院では、二つの影が熾烈なぶつかり合いを繰り広げていた。
松永燕と川神百代である。
燕の転入から継続して稽古は行われており、組み手の内容は日に日に激しさを増していた。
「うわぁっと!」
百代との攻防に競り負け、弾き飛ばされる燕。
「燕の動きは綺麗だが、パワー不足だぞ」
「いたた...相変わらずモモちゃんがパワフルすぎるよ、手が痺れる~」
「どうする、続けるか燕?私はお願いしたいが」
「ふふ、武神のお誘いを断るほど野暮じゃなくてよ。じゃ、もう1回いってみますか!」
(...感覚をつかむには、あと数回やらないと)
そのまま流れるように飛び膝蹴りをお見舞いする燕に対し、難なく正拳突きで相殺する。
その後はすぐさま乱打戦に移行した。
「うわぁ、お姉さま気合入ってるわね~」
そんな二人の稽古を近くで観戦している一子からも、百代が遠慮なく力を燕に対してぶつけていることが見て取れた。
「その気合...チョット入り過ぎかもしれないネ」
「モモの気が荒々しいんで、様子を見に来たぞい」
「じーちゃん、師範代」
百代の様子は、ルーと鉄心も気がかりのようであった。
「あれじゃ組み手稽古の範疇ギリギリだかラ、超えないか見ててハラハラするネ」
「なんとか節度は保っているようじゃが...」
そうこうしている内に丁度稽古も一区切りついたようで、小休止の片手間に燕が観戦していた三人に向かってくる。
「こんにちは、稽古参加させてもらってます」
「ちとモモがエキサイトしているようじゃが、大丈夫かの?」
「むしろ望むところですよ、大変勉強になります」
「そうかい。ならば、互いに存分磨き合うんじゃぞ」
「しかし、何ダッテ百代はあんなに攻撃が荒くなっているのかネ」
「何かに心を揺さぶられているようじゃな...精神鍛錬をもっとさせねばのぅ」
(そいえば、大和とお姉様が放課後に燕先輩の家へお邪魔したって金曜集会の時に言ってたわね...その時に、お姉様の苦手な怖い映画でも見せられたのかしら?)
一子の推察も当たらずとも遠からずといったところで、実際に大和と燕は一緒の空間にいる時間が増えていた。
基本的には燕の方から大和を揶揄う事から始まり、そのまま会話を続けたり何かの用事を共にしたりといった内容だが、不思議と学校内外共に目撃者が少なかった。
まるで特定の人物の前でのみ意図的に交流しているかのような振る舞いであるが、一番目撃しているであろう百代には効果が出始めていた。
(弟め、燕にデレデレし過ぎなんだ。...このモヤモヤを晴らすのに、燕との稽古は丁度良い)
通常の精神状態であれば使わないような技も、威力を抑えながらも連発していた。
見せたことのない技を披露すれば燕には確実に通るため、均衡状態になった時に使う癖になりつつあった。
「ほら、これを凌げるか!?無双正拳突き乱れ撃ち!」
単発でも強力な百代の正拳突きが、個々の威力が多少落ちているとはいえ連続で繰り出される。
これには、初見の燕も対応する術もなく...
「あいたっ!」
そのまま場外に弾き飛ばされてしまった。
起き上がる体力も削られてしまい、その場で大の字になって息を整えることしかできない。
「はーっ、はーっ...さ、さすがにしんどいね」
「ふふん。まだまだだな、燕」
「くうっ~、立てないからぐうの音も出ないなぁ...」
「お姉様相手に、あそこまでやれるのが凄いですよ」
「いやぁ、本当勉強になるよ。モモちゃんとの稽古は」
数巡して息を整えると、立ち上がりつつブルマに付着した砂を払い落とす。
「やられっぱなしもシャクだから、期末でお返しするね☆」
ニマニマと笑顔を浮かべながら、勉強の苦手な川神姉妹を前に宣言した。
「うっ、嫌な単語を...せっかく忘れてたのに」
「いやいや、週明けの月曜日からスタートだからね」
「き、きまつ...アタシも大ピンチなのよね~どうしよう」
効果は抜群であり、先程までとは一転して無表情で遠い目をする百代と焦った表情で頭を抱える一子。
「ワン子はいいじゃないか、同年代に京や大和がいるんだから。...Sの秀才達の知識を吸収する技とかあれば無敵なのにな~」
「モモちゃんは本気で会得しそうだから怖いねぇ...」
「あっ、お姉様は燕先輩に教えてもらえばいいじゃない」
「...転入したてだし、荷が重いんじゃないか?」
燕に頼る選択肢は一子に指摘されるまでもなく頭に浮かんでいたが、何かモヤモヤとひっかかり行動に移せていなかった。
「そんな事ないよん?いくらでも教えてあ・げ・る」
「本当か?それは助かるな~...この出来すぎちゃんめ」
「遠慮なく頼ってね。モモちゃんのために、何かしてあげたいなと思ってたから」
その発言を聞いて、百代の中にあったモヤモヤは消え去った。
代わりに、どこか罪悪感のような感覚が心の中に広がっていく。
「燕...なんかごめんな。今日、ちょっと攻撃荒かったかな?」
「ん?全然気にしてないけど...ほら、時間もお昼になるし。ちゃちゃっと昼ごはん食べて、勉強の時間に切り替えしよっ!」
「あぁ、ありがとな。燕、まだ歩くのしんどいだろ?肩貸すぞ」
「やっぱり気づいてた?気遣いありがとね~モモちゃん」
先程までの稽古の激しさから一転して、二人は仲睦まじい感じで道場の方へ歩いていった。
(お姉様と対等に語り合う強敵と書いてとも...か。アタシがなりたいポジションだわ、より頑張らないと)
そんな二人を見て、一子の気合は増々高まる。
(あ~でも、まずは現実問題の期末だわ。どうしよう...)
気合が入ったからといって、期末テストが解けるようになる訳もなく。
内心で、大和達に電話で連絡する心の準備を進める一子であった。
いよいよ試験当日となった月曜日。
2ーSでは既にピリピリとした雰囲気が教室内に張り詰めており、クローン組もその空気を感じ取っていた。
「やはり期末試験だけあって、かなりの緊張感だな」
「嫌いじゃないけどね、この空気。...与一、悪い点とったらコブラツイストからの源氏式卍固めだぞ」
「分かっている姉御、何度も言わないでくれ」
「ならいいけど。Sクラス落ちなんて、許せないからな」
「俺の魂が汚れていく...再度光を取り戻すために、特異点は凡夫共の基準点を凌駕せねばなるまい」
「また訳のわからぬことを」
周りの生徒達が必死に教科書や参考書を見返している中、冬馬や準は普段と変わらない様子で話しかけてきた。
「義経さん、なんだか緊張しているようですね。その強ばり、いやらしく揉みほぐしましょうか?」
「だ、大丈夫だ。それにしても、葵君達は余裕だな」
「ま、若は大学まで先取りしてるし。俺の脳内にはお助けキャラがいるから、問題ないな」
「お助けキャラ?」
「分からない問題が出てきた時、小さな女の子がこう頼んでくるんだ。"兄チャマこれ解いて"と...すると大抵の問題は、つるりっと解けちまう」
「はんっ。その光り輝く頭のように、ってか?」
「それは余計です」
珍しく与一がツッコミを入れるも、いつの間にか義経は期末範囲の復習に集中していた。
そんな主の頭を、弁慶はよしよしと撫で続けている。
「相変わらず、あの二人は仲良し小好しじゃのう」
「義経と弁慶...こりゃあ冬に薄い本が出るな」
何だかんだいつもとそう変わらない様子で各々が雑談したり復習に時間を割いていると、登校時間の終わりが近づいてくる。
しかし、一名だけまだ登校していないようであった。
「そういえば。登校時間の3分前なのに、珍しく雷君がまだ来ていないようですね。何かありましたか、英雄」
「我も事情は知らぬが、朝は何やら立て込んでいる様子であったな。あずみ、何か知っているか?」
「私も詳しくは知らないですが、ここ最近はいつにも増して超人的なスケジュールをこなしているみたいですね。恐らく、直前まで業務を対応しているのかと☆」
話をしていると、件の人物が教室に入ってきた。
登校時間の1分前と、ギリギリ間に合っている。
「おはようございます、雷君。珍しいですね、もうHRが始まりますよ」
「おはよう。ちょっと仕事を詰め込み過ぎてな、間に合う直前まで作業していた」
「ほ~う。期末試験前というのに、ずいぶんと余裕じゃのう」
「フハハ!不死川よ、雷は我と同じく世界を相手に戦っているのだ。期末試験の問題で躓くようなことはあり得ぬ」
「ほっほっ。なら、その世界の知識を見せてもらうとするかのう。結果を楽しみにしてるぞ」
にょほっほっ、といつもの様子で心は扇子を片手に自席に戻っていった。
「とはいえ、雷。時間ギリギリなのはお前らしくもない、気を引き締めろよ」
「あぁ、すまない。気をつけるさ」
「お~い、お前ら席につけ。期末試験の説明するぞ」
HRのチャイムが鳴って宇佐美先生が登壇する。
早足で席につくと期末試験の準備を整えつつ、宇佐美の話に耳を傾けていった。
これから金曜日までの5日間かけて期末試験は続いていく。
1日に2.3科目の実施のため、終わればこの一週間は昼過ぎに帰宅できることもあり、雷は放課後のスケジュールまで九鬼の業務で過密になっていた。
今までにない速度で仕事をこなしているのには、もちろん理由があるのだが...
「時間だ、はじめっ!」
(高校のカリキュラムは九鬼で叩き込まれている。試験範囲を見返したが、内容に問題はない)
問題文を一通り目を通し、優先順位を定めた上で解き進めていく。
余った時間で帰還後の業務について脳内で組み立てすることも考えたが、何かケアレスミスを起こしたまま提出する訳にもいかない。
終了時間まで見直しを徹底して期末試験に臨む雷であった。
長丁場の期末試験を終えて迎える休日は、テストからの解放感もあって普段勉強に力をいれているような生徒でさえもリラックスした時間を過ごすことができる。
川神市でもこの土日で納涼祭が開催されており、川神院や商店街の通りでは露店も出て中々の賑わいをみせている。
日曜日の昼下がりの中で久方ぶりの休暇を手にした雷はというと、そんな川神から離れて七浜まで足を運んでいた。
七浜は都市部ということもあってショッピングモールやアミューズメントが豊富にあり、人通りは平日と休日問わず地元民や観光客で溢れている。
そんな大勢の人の合間を縫って目的地まで最短ルートで辿り着くと、直前になって珍しく少し緊張した様子で目を瞑る。
数巡して迷いを振り切り、一呼吸置いてから店のドアを開けると...
「「「ワンワン!!!」」」
「いらっしゃいませ~!」
(ようやく来ることができた...犬カフェ)
雷の入った店は通称犬カフェと呼ばれる、犬と触れ合うことができるカフェである。
先月の任務に同行していた従者達との雑談の中で七浜に新しくオープンしたという話を耳にし、その日の内に直近で休みを取れる日を調整した。
いつ寝ているのか分からないと言われる程のスケジュールをこなしていたのは、全てこの日のためであった。
直前まで序列上位組(主に金髪ジジイ)との接触を可能な限り避け続け、何とか無事にたどり着いたという訳である。
「ご予約の蒼井さんですね、こちらへどうぞ~」
案内されたソファ席に腰掛けると、周りの客と犬達の様子を見ていつになくそわそわしている。
何を隠そう雷はかなりの動物好きであり、中でも犬が大好きであった。
「こちら、ルイボスティーとワンちゃん用のおやつになります。今、ワンちゃんを連れてきますので少々お待ちくださいね~」
事前に予約したドリンクと犬用のおやつを受け取り、これから犬と触れ合うことができると頬を緩める。
...しかし、3分程経っても一向に犬の来る気配がなかった。
代わりに、申し訳なさそうな顔をした店員がこちらに向かって来る。
「お待たせして申し訳ありません、今空いているワンちゃんを連れて行こうとしたのですが...どうも、お客様に近づくと無性に怯えてしまうようでして...他のお客様に付いている子が空いたら試してみますので、しばらくお時間いただけますでしょうか?」
「...はい、大丈夫です」
ペコリとお辞儀をする店員が奥に戻っていくのを見届けると、人知れずため息をついた。
雷は犬を大好きな気持ちとは裏腹に、動物に怯えられてしまう悲しい性質を持っていたのだ。
過去にも何度かチャレンジしたが、モフモフな体に触れる前にサッと逃げられたり威嚇されたりと散々な結果で終わっている。
(やはり駄目か...今日こそは、と思ったのだが)
店員の案内があるまで現実逃避するしかないと俯く雷に、ワンちゃんを抱えた一人の少女が近づいてきた。
「その姿、やっぱりライだ!久しぶりだな~~!!」
「!その声はコジマか、久しいな。...何かの任務で日本に来たのか?」
その少女は、コジマ・ロルバッハである。
マルギッテ率いる猟犬部隊のメンバーであり、雷とはかつての戦場で共にアタッカーとして駆け巡った戦友でもあった。
「向こうでの任務がひと区切りついたから、まとまった休みを取ってマルギッテに会いに来たんだ!」
「そうだったのか、ということは...やはりお前もいるか、フィーネ」
「コジマが急に走っていったから何かと思えば。久しぶりに会えて嬉しいぞ、ライ」
後ろから現れた眼鏡をかけた女性が、フィーネ・ベルグマンだ。
同じく猟犬部隊に副将として所属しており、卓越した情報分析でマルギッテ達をサポートする優秀な部隊の頭脳でもある。
過去の作戦計画時には何度も彼女と打ち合わせを行っており、お互いに力量を認めている間柄だ。
「このカフェにいるのはコジマとフィーネだけなんだな。...約1名の予想は着くが、他のメンバーはどうした?」
「その1名はお察しの通りだな。リザの奴は競馬場で、テルマとジークはショッピングモールで買い物中だ」
「コジマは会えて嬉しいぞ~!ヴァロも喜んでるな~、ヨシヨシ」
「くぅ~ん」
コジマから頭を撫でられ、"ヴァロ"と記載されたネームプレートの首輪つける犬は腕の中で気持ちよさそうな表情でうっとりしている。
(...可愛すぎる。こんな至近距離でリラックスした犬を見れるとは、この子を好きにできるコジマが羨ましい)
思いもよらぬ知り合いと再会して嬉しい気持ちもあるが、それ以上に犬をなすがままにあやしている目の前の少女を羨ましいと思う気持ちの方が強かった。
「そういえば、ライも動物好きだったもんな。それなら、一緒にヴァロをもふもふしよう!」
「!...いいのか?でも、リラックスしているこの子を怖がらせてしまわないだろうか」
「大丈夫!まずは顔に手を差し伸べて、ヴァロにライの匂いを教えるんだよ」
アドバイスを聞いて、その通りにゆっくりと顔に手を差し出していく。
ヴァロは雷の雰囲気を感じ取り、コジマの腕の中でビクッとして顔を背けようとするが。
「おっと!ヴァロ大丈夫、この人は安心できるよ...だから、ね?」
コジマは落ち着く姿勢で抱え直し、安心する音色と言葉であやしていく。
すると、ヴァロは恐る恐る雷の手に鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぎ始める。
(!驚いたな、本当に近づいてくれたぞ)
本当に安心できる人物なのかヴァロに認められる必要があるため、ただ無心で犬が好きである気持ちだけを頭に浮かべる。
戦場の時以上に目の前の事に集中していたこともあって、嗅がれている時間の感覚がとても長く感じた。
それから何秒か経過した後にーーーー
「...ペロッ」
「!舐めて、くれたのか」
「やったな、ライ!この子に認められたみたいだぞ~」
そのまま、コジマの腕から飛び出しライの元へジャンプするヴァロ。
急な行動にも鍛え上げられた体幹で難なく受け止めるが、一旦後ろのソファに腰掛けるとそのまま押し倒されて顔中を舐め回される。
「お、おいっ...嬉しいが、ちょっと落ち着いてくれっ」
「アハハ、完全に懐かれたね!よ~し、コジマも参戦するぞ~!」
さらに太腿の上にコジマが乗っかかってきて、一緒になってヴァロを撫で回しはじめた。
「ふっ。戦場で恐れられた雷狼も、犬が絡めばただの少年だな...これは写真に撮ってマル達にも送っておくとしよう」
未だ犬に舐め回され、少し焦った様子の雷とヴァロを撫で回しながら一緒にはしゃぐコジマ。
フィーネの取った写真の中の雷は、普段の様子とは異なる年相応の笑顔で写っていた。
(昔の縁がこんな形に昇華するなんてな...コジマ達には感謝だ)
そのまま時間ギリギリになるまで、ヴァロと触れ合いを続ける雷であった。
期末試験明けの月曜日。
今日はテストの返却や解説などがメインで、全体順位含めた成績は明日の朝に発表されるとのこと。
2ーSの教室に入ると、こちらを待っていた様子のマルギッテが近づいてくる。
「昨日はコジマ達が世話になりましたね、ライ。夜遅くまで面倒を見てもらったと聞きました、感謝します」
「いや、気にしなくていい。むしろ、俺の方こそ良い時間を過ごさせてもらった」
「ふっ、あの写真のことか。良かったですね、念願の犬と触れ合うことができて」
そう話しながら、昨日フィーネが撮ったヴァロと戯れる雷とコジマの写真をこちらに見せてくる。
あの後も何枚か撮られていたようで、雷もしっかりと写真データはもらっていた。
「最初送られた時は何かと思いましたが。コジマも嬉しそうな笑顔をしている、良い写真ですね」
「その後は散々連れ回されて荷物持ちだ。...ただ、ドタバタのまま解散になってしまったから、改めてコジマにも礼は言っておいてくれ」
「えぇ、その本人はまだぐっすりホテルで寝ているとフィーネから連絡がありましたが...全くあの子は」
「あぁ...お礼としてコジマが満腹になるまで奢ったからな、その影響もあるだろう。あまり責めないでやってくれ」
そのまま雷とマルギッテが話を続けていると、横からツルツル頭の男が視界に入ってきた。
「!雷、何だこのロリは...っ!?まさかお前も、ロリコニアの一員だったということかっ!!」
目ざとく新たなロリのオーラを感じ取ったのか、写真のコジマを確認するや雷の両肩に手を置き興奮した様子の準。
「井上準、人のプライベートを盗み見るとは失礼な!」
マルギッテが即座に注意するも、耳には届いていないようだ。
「勘違いしているようだが...彼女はマルギッテと同じ昔の仕事仲間で、昨日たまたま再会しただけだ」
「わかっているさ、雷。皆まで言わなくていいんだ」
説明する雷に対して、うんうんと頷き仏のような顔をして目を瞑る。
その後くわっと目を見開いたかと思えば、ゆっくりと天を仰ぎ涙を流していた。
「...井上、話を聞け」
肩を揺さぶってこちらの声を届けようにも、時は既に遅く効果はないようだった。
「夕陽の見える丘でロリコニアの建国を決意した2人、か...どうやら俺達は親友のようだな」
「何を言っているんだ、お前は」
「あ~あ、暴走モードに入っちゃったぁ」
「こうなった準は、私達でも止められませんからねぇ」
(とてつもなく面倒な勘違いをされた気がする。しかし、どうすればいい?...考えても仕方がない、順を追って説明する他ないか)
「お~い、お前ら席につけよ~。HRの時間だぞ」
すぐさま誤解を解こうとしたが、タイミングが悪くHRの時間になってしまった。
仕方なく席に戻りながら、厄介な事になったと内心ため息をつく。
案の定というべきか、その後の合間に事情を説明しても準の耳に言葉が届くことはなく...
「ブラザーがいれば、ロリコニア建国の日も近い。世間の目は極寒だが、必ず成し遂げると俺達はあの夕焼けに誓い合ったからな!」
あろうことか、存在しない何人目かの兄弟認定を受けてしまった。
「誓っていないし、俺にそんな趣味はないと言って...おいっ、話は終わっていないぞ!待て、井上!」
結局この日は誤解を解けず、放課後になって早々に準は何処かへ走り去ってしまった。
さらに間の悪いことに、休みをとっていた間で業務上のトラブルが発生していると報告を受けているため、今日の放課後は速やかに九鬼本社へ帰還する必要があった。
(昨日の今日で何なんだこれは...やはり癒しはヴァロだけか。あの馬鹿の事よりも、トラブルを片して次の休みを調整する方が優先だ)
暴走を続ける準の鎮火を半ば諦めた。
気持ちを切り替えるべく、携帯の待ち受けにしたヴァロを見た後に九鬼へ駆け足で向かう。
「さっきも写真を見て微笑んでたね、雷って意外にも犬が好きなんだ~。それか、準の言うことが合ってる可能性もある?」
「ギャップ萌えでますます素敵ですね。後者に関してはそんなはずはないと信じたいですが...でないと、私に勝ち目はありませんから」
「う~ん。雷に関して言うと、冬馬の勝ち目は最初から無いんじゃないかな~?」
果たして、準の誤解を解くことができる日は来るのだろうかーーー
九鬼本社に帰還すると、早々にトラブル対応に取り掛かった。
発生した事象を確認し内容の修正作業と再発防止の対策まで終えると、久しぶりに九鬼帝から招集がかかる。
序列5番になって以降、通信端末間で帝と直接やり取りすることは増えたが、対面するのは前回から大分期間が経っていた。
部屋に入室すると同時に、中央の王座の帝から声をかけられる。
後ろには当たり前のようにヒューム達が控えていたが、隣には珍しく局も同席していた。
「よう雷、久しぶりだな。何かトラブってたか?」
「お久しぶりです。トラブルについては問題ないですね、先程までに全て解決しました」
「ひゅ~っ、流石だな。とはいえ、お前が一日いないだけで穴が見つかるのも考えもんだよなぁ。もうこれからの事業はまず雷にやらせて、その後抜けた時の対策を考える流れに持っていった方がいいんじゃねぇの?」
「今月新たに始めた事業だけで二桁ありますので、自分が2人いないと無理ですね」
「2人いればできるのかよ...いっそのこと、風魔かなんかに弟子入りして分身できるようになったらどうだ?費用は出すぞ」
「...お言葉はありがたいのですが、自分がいなくても回るシステムを作る方にコストを使うべきかと」
「...ハッ、冗談だ。流石に雷の比重がデカすぎる」
(冗談にしては、目が本気すぎる...もしかして、前にあずみが風魔の里への招待状を投げつけてきたのも帝の進言だったのか?)
「雷、先日の業務では有用な人員を派遣してもらって助かったぞ。今度の重役との打ち合わせの時は、同席を頼めるか?」
「もちろんです。先方の情報は既にリストアップしておりますので、後に共有いたします」
「うむ。頼りにしているぞ」
帝と局とのいくつかの小気味よいやり取りを終えて配置につくと同時に、ノックの後に気配察知していた通りのメンバーが入ってきた。
揚羽を先頭に英雄・紋白が入室し、後ろで控えていたあずみに李とステイシー、ドミンゲスに桐山といった若手従者の中でも上位陣の面々も呼ばれている。
...なぜか先程までこの部屋にいたはずのヒュームがいつの間にか紋白の隣に移動しており、しれっと一緒に入室している。
「フハハ!九鬼揚羽、顕現である。父上も母上も、お変わりないようであるな」
揚羽の隣には、専属従者である小十郎が少し震えながら荷物を持っていた。
本人は気づいていないが、クラウディオの視線が鋭い眼差しに変わっている。
「フハハ、久方ぶりに皆と会えて嬉しいですぞ!」
「フハハ、我も同じ気持ちです!兄上!」
この部屋の密度が色々な意味で一気に高まる。
全世界で今一番高貴な空間なのではないかと、呼び出された若手従者達は内心思っていた。
事前に窓際へ移動していた雷も、外部からの狙撃や急襲にも対応できるよう改めて警戒度を上げている。
とはいえ他の若手従者とは異なり、雷は既に今日の議題の内容は一から十まで知っていた。
「お~お前達、元気そうで何よりだ。とはいえ皆忙しい身で時間も惜しいだろうから、早速本題に入るぞ。クラウディオ」
「はい。皆様には今度九鬼がスポンサーとなって開催する、"ある大会"に助力いただきます」
どうやら期末試験が終わり夏休み間近となっても、川神に平穏は訪れないようだ。
翌日になると、朝礼前から期末考査の結果が廊下に張り出されていた。
成績優秀者は、この掲示板に順位と名前が記載される。
「1位葵冬馬、2位が同点で九鬼英雄と蒼井雷、4位は武蔵坊弁慶...か。さすがに宣言したことはやり通すね」
「6位源義経で...9位に那須与一か、流石だなぁ」
「全員きっきり10位以内に入ってくるとはね」
「まぁマルさんは5位だけどな!」
「京も35位じゃない」
「クク...大和が34位、ぴったりと寄り添う。名前も横並びで、夫婦みたいだね」
「毎回思うけど、良く後ろを寸分違わず狙えるよな...お友達です」
「あはは...そういえば、3年生の結果はどうだったんだろうね」
「気になるな、ちょっと見に行ってくるよ」
大和は3年生の成績が貼り出されている廊下まで足を運んだ。
同じような考えをした生徒もいるようで、他学年の生徒もちょくちょく掲示板の前に集まっている。
「げっ、2位京極彦一、3位松永燕...燕先輩、Sじゃないのに3位に入ってる」
(葉桜先輩は4位か、でも2位から4位は点差がほとんどない)
「お、大和じゃないか」
「やっほ~、どうよ大和君。私の成績見てくれた?」
掲示板から少し離れると、百代と燕も近くで話していたようで大和に話しかけてきた。
「姉さんに燕先輩。いやぁ、お見それしました...」
「まぁ1位じゃないからね、謙虚に頑張ったよん。この学校もやるね~、そう簡単には1位をとれないや」
(1位の最上さんは評議会の人か...2年の時も1位じゃなかったっけ)
葵冬馬と同じく、この最上という人物が3年の代で成績最上位に位置しているようだ。
「いやいや。転入してすぐのテストで、この順位は十分すぎますよ」
「ほんとだよな~。おかげで私も平均点で終われたし、燕様様だ!」
「ふふ、二人とも褒めてくれてありがとねん。でも、モモちゃんの成績はモモちゃんが頑張った結果だから!」
「燕...好きだ。もうこの手を離さないぞ!」
「おっと。ふふ...気持ちはうれしいけど、そろそろ全校朝礼だよん」
「今朝からグラウンドが騒がしいですよね、何か発表でもあるのか...」
生徒達の流れに従って、全校朝礼に向かう。
そこには、いつもの朝礼とは違った光景が広がっていた。
「おいテレビが来てるぞ?雪広アナじゃないか」
「ワォ、エグゾエルの龍造寺もいるわよ」
「ほんとじゃん、あの夜のリベンジしたい系」
「あの面子はニュースDEドゥーンの撮影か」
「義経達の取材かな?...なーんか嫌な予感がするね」
テレビカメラを前に多数の生徒達がソワソワしている中、鉄心による朝礼が始まった。
「おはよう諸君、楽しい夏休みが目前じゃのう。生水には気をつけるんじゃぞ...さぁここからが本番。テレビの連中はよく撮っておくんじゃ」
一つ咳払いをすると、構えていたカメラマン達が続々と放送を繋いでいった。
「さて夏といえば祭じゃが...今年はデカいのがあるぞい。川神院の恒例行事として8月に川神武闘会を開催しているのは知っての通りじゃの、今年も普通にコレをやろうとしたんじゃ、が!」
くわっと目を見開く鉄心。
テレビ用に自分で盛り上がり用の場面を作っているのだろう。
「せっかく義経達も現れた事じゃし、今年は特別!規模をでかくしてやってみることにしたぞい」
「なるほど、TVはその発表会という訳か」
「でもその予算ってどこから出てるのかしら?」
「至る所に九鬼の従者もいるし、多分スポンサーが九鬼財閥なんじゃないか」
テレビクルーの面々だけでなく、もはや見慣れた執事服やメイド服を来た従者も控えていた。
川神院を九鬼財閥がスポンサーとして出資をして開催されるということなのだろうと推測できる。
「名付けて...若獅子タッグマッチトーナメントの開催じゃ!」
「若獅子...?」
「タッグ...?」
「シングル系じゃなくて、ダブル系で戦う系?」
開催される名前を聞き、ざわざわと考察が生徒間で広がっていく。
「この大会のテーマは絆じゃ。だからペアという縛りにしたんじゃよ...自分が信じるペアと勝ち進んでほしいぞい」
鉄心が大会の概要を話し終えると、矢継ぎ早にルー先生が登壇する。
「この大会は次の日曜日に、七浜スタジアムで行われまス...詳しいルールについては、スポンサーである九鬼財閥から説明されますヨ」
その言葉を皮切りに、しゅたっと朝礼台に現れるヒュームとクラウディオ。
九鬼の思惑が交差する今大会は、今後の川神の潮目をどのように変えていくのだろうか。