それから、トップである九鬼帝のいる所へ挨拶に向かうため、日本までプライベートジェット機にてひとっ飛びすることになった。
日本の川神に所在する九鬼財閥極東本部にいるとのことで、雷は思わぬ形で故郷であった日本に帰ることになる。
(日本か...)
日本に着くまでに時間があるため、少しでも仮眠を取るべきであろうが、目を閉じるのみで自身の考えや心情を整理するのに時間を使っていた。
「着くぞ」
ヒュームの一言で意識を窓の外に向けると、人口島に一際目立つ建物が見えてくる。
凱旋門のような形をした建物が中央にあり、周りにビルが点々とそびえ立っていることが確認でき、建物を見るだけで九鬼財閥の規模の大きさを感じる。
ジェット機から下りて、入口に向かう。
入口には執事服とメイド服を着た人物が2人いたが、ヒュームを見ると途端に背筋を伸ばしこちらに敬礼する。
「気を緩めていたな。...今度の訓練は強度を上げるようクラウディオに言っておくとしよう」
そのつぶやきに絶望した様子の2人。
雷は、そのやり取りを見て金髪ヒゲ男が相当上の位にいることを改めて認識する。
若い世代からしたら老害にあたる年齢であろう彼が、かなり権限を与えられているだろうことも。
(...もしやここの上層部は、大抵がこの年代なのか?徹底した能力主義を謳っていると聞いたが)
まだ見ぬ組織に対して、(主にヒュームのせいで)年功序列制を疑いつつも施設の案内を受けながら九鬼帝のいる部屋まで大きいエレベーターで高層に向かう。
道中こちらに挨拶してきた執事服・メイド服の人らを振り返りながら思考を続けていると、エレベーターが到着し開く。
「分かっているとは思うが小僧。これから会うお方には最大限の敬意を持って接することだ。道中のメイド共のように気を緩めていたら即串刺しにする」
「...分かっている」
うるさい小言を右から左へ流しながら、過剰なまでに気が集結している部屋の扉の前まで来た。
扉の様子が他とは違い見るからに高級そうな装飾が施されており、気を感じられずともここが明らかに最重要な部屋であることが伺える。
ヒュームがノックして扉を開く。
「よう。お前がヒュームの言ってた男か」
部屋に入るとすぐに対面の中央に座っている人物から声をかけられる。
王座のような椅子に、額にバツが入った白髪オールバックの男が飄々とした様子でこちらを見ている。
なるほど。一目見てこの男がこの組織のトップであることが直感で分かる。
なぜ、バツが額に入っているのかは気になるところだが、その思考を早々に放棄して脳をフル稼働していく。
雷としては無理に気に入られようとする必要は無いが、相手が世界有数の九鬼財閥のトップである以上、ファーストコンタクトであるこの機会は慎重であるべきだと考える。
...彼の側近らしき人物から強烈な殺気が叩きつけられているが、気づかないふりをしてスルーすることにした。
「ふぅん?ヒュームからの珍しい紹介だったからハズレなことは無いと思っていたが。...いいねぇ」
(...この瞬間に何か評価されたのか?)
何かした訳ではないが、まずまずの印象の評価からスタートしているようだ。
軍隊で強烈な上下関係を最初に叩き込まれたこともあり、上の立場である人物と会話をする際は相手から話を明確に振られるまでは勝手に話出すことはしないスタンスであるため、そこを評価されたのかもしれない。
「察しているだろうが、俺が九鬼帝ってな。お前、名はなんて言うんだ?」
最上級の身分でありながら、表面上は一切感じさせることのない、それどころか馴れ馴れしい様子で名前を聞かれる。
「蒼井雷です」
毅然とした態度で、名前のみ答える。
余分な自己紹介は蛇足になると推測していた。
「雷か。良い名前じゃねえか」
不思議と彼にそのセリフを言われると、引き込まれる感覚があった。
人々を惹きつけるカリスマを持つ人物は、言葉だけで圧倒する気を持っている。
「気に入った。ヒューム」
「はっ」
「お前の管轄で一人空きが出ていたって言ってたな?そこで自由にやらせてみろ。」
「御意」
(...おい、それはまずいだろう。平穏と静寂が1ミクロンもなくなりそうだが。)
と内心げんなりしながらやり取りを聞いていると、殺気に重ねて視線を感じたため意識をそちらに向ける。
「まだ年端のいかないガキがヒュームの直下にねぇ...大丈夫なのかい?」
「帝様よろしいのですか?若輩の子供がヒュームの扱きに耐えられるとは思いませんが」
真っ黒なドレスを着た老婆と、何やら皮肉めいたセリフを放つ先ほどから殺気を向け続けていたアフリカ系の中年男。
どうやらこの部屋には濃い面子しかいないようだ。そもそもすれ違う従者が全員男は執事服で女はメイド服の時点で変わっている組織であることは間違いないが。
残りの一人は、こちらを微笑んで見つめるのみの執事を絵に描いたような白髭の翁。
九鬼財閥はやはり年功序列なのではと考え直す必要がありそうだ。...少し殺気が乱れた気がしたが。
「マープル、ゾズマ黙れ。俺が許可してんだ」
「...はいはい、わかったよ」
「...出過ぎた真似を失礼いたしました」
ついつい口出しをしたような感じだが、帝の一言で即座に撤回している。
同時に、ゾズマから突きつけられていた殺気が収まるが、反省する素振りも見せず態度は全く変わっていない。
(マープルとかいう老婆の方に武力の気は感じなかったが一癖も二癖もありそうだ。...ゾズマとかいう男は色んな意味で厄介そうだな)
「さて雷。今日からお前はうちの従者部隊だ。ま、気楽にやれよ。何かあったら近くの従者にでも聞け」
九鬼のトップである帝からそう宣言される。気楽にやれるかは雷次第だが、まずは返事を迅速に返すところからだ。
「ありがとうございます」
「じゃあヒューム、後のことは任せる」
「承知いたしました」
ヒュームに続き一礼して部屋から退出する。
(それにしても、あの傲慢な金髪男が一言も悪態をつかずここまで従順だとはな。権威に尻尾を振るタイプには到底見えないから何か過去があるんだろう...まあ知りたくもないが)
そこからはヒュームについていきながら諸々の施設や従者の制度といった説明を受ける。
従者の制度とは、九鬼内部でそれぞれ従者に対して序列をつける体制で運用されているとのこと。
従者は世界各国に点在しているが、明確に順位がつけられるのが1000位からで従者部隊に入ったものは過去の実績や経緯などは関係無く等しく1000位からのスタートとなるらしい。...大抵は最初の数年間1000位より下に位置することがほとんどだとか。
この序列が上がっていくことで権威が上がっていき、施設の優先利用権やら仕事への斡旋やらが有利に働く。
給料も順位と仕事の出来高で評価されきっちり支給されるとのことだ。
ちなみにこの金髪傲慢男は1位らしい。...言った時のこちらを見る時の憎たらしい顔は早急に記憶から消し去りたい。
道理でトップからあの扱いを受けているようだ。解せない。
「後に紹介することになるが帝様のご息女・ご子息に対しても九鬼は等しく特別扱いをしない。序列を上げたければ成果を他人より示すことだ。そうすればお前の欲しているものが何であれ自ずと手に入ることだろう」
これだけ聞くと完全な能力主義に聞こえるが、先程の部屋にいた人物達を考慮すると上位陣は平均年齢が高すぎる。
マープルが2位でゾズマが4位。こちらを微笑むのみであった執事の翁はクラウディオという名で3位。
その上で、九鬼帝がトップになって以降この4者の順位は不動であるとのこと。
この4位より上に行くには、通常の査定では不可能であることを嫌でも察する。
しかし、序列に考慮される能力のうち、戦闘面の技能すなわち武力のウェイトはかなり大きいとのこと。
実際に順位が上の従者に模擬戦を挑むこともできるため、自由度はそこそこ大きい。
今まですれ違ってきた従者の武力や気を振り返るが、雷の目線では現段階ですら自分に敵うであろう人物は皆無であろうと推測している。
ーーーそもそも、ゾズマに殺気を数秒間叩きつけれられた時点で大抵の従者はスルーして平然と振る舞うことはできないのだが。気を感知できない人間であれば即気絶するほどの威力である。
(しばらくは、目先の仕事をこなした上で上位の序列に最速で昇進することが最優先か...)
雷はそう結論付け、引き続きヒュームからの説明に耳を傾ける。
...全ての従者から地獄と評されるヒュームの管轄に置かれることから、模擬戦を仕掛けることはしばらく叶わないことを雷は現時点では知る由もなかった。
雷の紹介を終え、ヒュームはお気に入りのワインの一つを片手に自室へ向かう。
道中、限りなく薄い気配を感じて意識を向けると、同僚であるクラウディオがこちらに近づいてきていることを確認する。
もちろん後ろからだ。
「お疲れ様でございます。私もご一緒させていただいてもよろしいですか?」
「相変わらず貴様は突然現れるな」
「いつも気づいていらっしゃるでしょうに」
「ふっ、いいだろう」
軽いやり取りを経て自室に入り、相好を少し崩した後に晩酌の準備に入ろうとするが、気づいた時にはクラウディオが準備を始めていた。
ミスター・パーフェクトの名を持つ彼は、執事学校を歴代最高の首席で卒業しており、戦闘面では他者に劣るものの、仕える者としての所作や気配りは完璧であり、ヒュームと並ぶ九鬼の誇りである。
なればと、椅子に腰を下ろすヒュームに対してクラウディオは気品溢れる様でグラスにサーブしながら語りかけた。
「今回の件は少々驚きました。貴方が人材をスカウトするのも珍しいことですが、これまでのように段階を踏むのではなく急遽話を通すことは今までにございませんでしたから」
「その価値がある、それだけのことだ」
「ふふふ。私はただ眺めていただけでしたが、ここ数年の間では中々見ないほどの素質をお持ちのようでしたね。...しかし、貴方がそこまで評価されているとは」
「俺は評価に色をつけることはしない。俺から見た相対評価が絶対評価となる。...その上で、あの小僧には少々興が湧いた」
ヒュームの評価基準はもちろん高いが、九鬼の従者部隊のレベルは常に把握しているため、基準となるレベルを用いてその者の素質が足るか評価をする。しかし、ヒュームとしての評価は必ず自身の経験...即ちその者との戦闘を通じて相対評価を下す。故に周りがその者を天才と評そうが、実績が輝いていようが、関係しない。
その相対評価でふるいにかけた時、大半の人間は取るに足らない赤子として落ちていく。
「それはそれは、このクラウディオも彼を磨きたくなりますねえ。貴方の下す評価の価値は絶対ですから」
クラウディオが流れるように2つのグラスのサーブを終えて優雅に対面の席に座る。
そのままグラスを片手に静かに乾杯し、ゆっくりとワインを流し込む。
「差し支え無ければ、お眼鏡にかなった点をお聞きしても?」
クラウディオが新人の内情に対してここまでヒュームに話を進めるのは珍しい。
それほどまでに彼がヒュームを評価し、前例のなかった経緯で参画する雷のことに興味を持っているのだろう。
「いいだろう、遠からずお前の所でも奴の面倒をみることになるだろうからな」
クラウディオの追求に機嫌を崩すこともなく、むしろ上機嫌な様子でヒュームは語り出した。
ヒュームはヘルジング家というヴァンパイア討伐を完遂した一族の出自であり、若かりし頃から最強であった。
血気盛んに世界各地で名を馳せる武道家達を探し回っては稽古(という名の蹂躙)を仕掛けては鍛錬を繰り返す日々。
いつしか高みに君臨し続けることがヒュームにとって当たり前となり、気づいた時には自身に挑む者を向かえ評価する立場となる。武の世界で頂上まで辿り着くには、残酷なまでに圧倒的な才能が必要であり、類まれなる才能を持つと早い段階で孤独を味わうこととなる。
そんなヒュームにもライバルと認める者が幸運なことに一人いる。
その名を川神鉄心。
数十年前、世界最強はこの二人のどちらか武道家の間で日々論争になる程に他を超越した実力である二人は、数え切れないほどぶつかり合い勝敗を刻んでいく中で互いに強さを認め合いライバルとして肩を並べる存在となった。
その後、ヒュームは九鬼帝を仕えるに値するとして九鬼の従者となり、鉄心は後進の育成に専念するとして川神院という名で道場を運営する。
そんな鉄心を見て心情に変化があったのか、ヒュームも帝に頼まれていたこともあって九鬼の従者に稽古をつけて見込みのある者を中心に鍛えることになった。
そんな中、帝と正妻である局の間で生まれた娘の揚羽の持つ武の才を感じ取り、弟子として鍛えることとなる。
帝の子供とは思えない程に揚羽は真面目で実直であった。
日頃の鍛錬や所作からも才能を感じていたが、与えた課題に対し全力で努力をし続けることができる性格。
九鬼財閥のトップの子である以上、武のみならず礼儀作法や経営戦略などの多岐にわたる稽古を同時並行で毎日叩き込まれる訳だが、揚羽は一切弱音を吐くことなく吸収し続けていた。
そんな揚羽に対して、ヒュームがより一層稽古に励むことは言うまでもないだろう。
だが、そんな順風満帆に見える揚羽の成長も才を持つ者が必ず直面する壁に阻まれる。この壁を超えることができなければ、達人と呼ばれる域に足を踏み入ることはできないのだ。
この壁を一人で破壊できたヒュームでは、この問題は解決できない。
そこで、自身が唯一ライバルと認める鉄心に相談を持ちかけると、どうやら鉄心の孫娘も丁度壁の前で立ち止まっているとのこと。これは好都合だということで、鉄心に揚羽と孫娘である川神百代を引き合わせることにする。同世代同士で互いに研鑽して成長できるようにと。
互いに了承し、揚羽と共に川神院へ向かう。
道中に川神院の弟子の様子を見ながら、日頃の鍛錬レベルの高さを感じつつも圧倒的な気を持つ者が二人いる場所へ到着する。
ふむ...とヒュームは百代を見てすぐに才の高さを感じ取る。既に完成されつつある武の構えと何より百代が持つ圧倒的な気の総量。と同時に、川神院にいる並大抵の弟子共では百代には既に敵わないであろうことも悟る。
なるほどと百代に対する評価を結論付ける。
連絡した際に鉄心が憂慮していた性格面での危うさは、この環境であるが故に形成されているという訳だ。
揚羽と百代がお互いに軽く自己紹介を済ませると、すぐに両者構えて稽古の準備をする。
揚羽はこの戦いで一つでも成長の糧になるようにと、百代は目の前の存在がどのくらい自分を楽しませることができるのかと両者の考えていることが表情から読み取れる。
さて...とヒュームは鉄心に目配せとしてその場から距離を取る。
ヒュームにとって、まだまだ未熟な赤子である二人の勝敗は既にわかっているため、久しぶりに相対する鉄心に意識を切り替える。
「久しぶりだな、鉄心。孫娘にかまけてばかりかと思ったが、変わらず腕はなまっていないようで安心したぞ」
「バカを言うでないヒューム。ワシは生涯現役じゃよ、ほっほっ」
軽くやり取りを重ねて世間話に移ると、珍しく鉄心から海外の話題があがる。
「のうヒューム、覚えておるか?数年前にアメリカのホテルでテロリストの事件があったのじゃが...」
「あぁ、薄っすらだが覚えている。確かここ数年で一番死者が出た事件だったな」
当時世界中で大々的に報道されたニュース。
中東勢力のテロリストが、多国籍の人々がよく集るアメリカのホテルに目をつけて襲撃したという事件だ。
ホテルの従業員と宿泊客に多くの死者が出たが、駆けつけた軍隊によってテロリストは全員制圧したとされている。
「多くの罪無き人が亡くなった悲しい事件じゃった。...じゃが、あの時のテロリストが実は軍隊によって制圧された訳ではなかったそうじゃ」
「ほう?」
「ワシも伝手から聞いた話じゃが。...驚くことに、そのホテルの宿泊客が一人でテロリストを殲滅したそうじゃ」
「ふむ...宿泊客にバカンス中の武道家でもいたのか?」
「...その武道家は6歳じゃよ」
「...なんだと?」
「当時6歳の子供がテロリストを銃で制圧したらしいのう。...単騎でテロリストを制圧できる子供など映画でも見ないような話じゃが」
さすがのヒュームも話を聞いて眉をひそめる。
話を聞くと、日本人で両親と旅行に行っていた矢先に事件に巻き込まれ、その子供の両親は死亡しているとのことだ。
「軍隊が駆けつけた頃には殲滅されたテロリストと返り血を浴びた子供が銃を片手にただずんでいたらしいの。...話かけると同時に気を失ったからそのまま軍隊が保護することにしたとのことじゃが」
「...なるほど、事件を軍隊が解決したことにしたのはそういう理由か」
「そういうことじゃの。...その後、その子は1週間ぐらい昏睡状態じゃったらしいが、健康上の問題は何一つなかったそうじゃ。外傷も無く、病気を患っている訳でもない。...不思議なのは昏睡中の脳波が活動中の軍人より高かったことじゃと」
「聞くほど不可解な話だな...その様子、どこかで修行をしていた訳でもないのだろう?」
「その通りじゃ。その子は蒼井雷という名前じゃが、ワシの門下生にはもちろん、知り合いの武道家周りでも一切聞いたことがない。...白い死神の生まれ変わりとでも言われた方が信じられるのう」
「その赤子は今どうしている?」
「昏睡から目が覚めた後、そのままアメリカ軍に入隊したそうじゃよ。...その後の戦場ではめざましい活躍を挙げていると聞いておるが」
「!...そうか、軍の連中が口うるさく言っていた奴がこの赤子か」
現アメリカ軍のトップと若い頃から知り合いであり、ここ数年の飲みの場では毎度の如く褒められる人物を聞いていた。
...ここまで材料が揃うと興味が湧たない方がおかしいだろう。
「面白い。直々に俺がその赤子を見に行ってやる」
「...まあ、そうなるじゃろうな。止めはせんよ。年齢的には百代達と同じぐらいじゃからワシも気にはなっておったからのう。土産は高い酒を期待しておるぞ」
そうこうしているうちに、揚羽と百夜の稽古の区切りがついたようだ。
勝敗は想像通りだが、両者共に良い笑顔で握手をしている。
特に百代の方は同世代である程度本気を出せる相手が見つかって思いの外嬉しそうだ。
鉄心もその姿を見て、うんうんと頷きながら微笑んで見つめている。日露戦争から生きている鉄人だろうと、孫の前では見事なまでに孫バカになるのであった。
揚羽を九鬼に送り届けた後、すぐさま軍に連絡を取ってアメリカに向かう。
到着後、まずは蒼井雷という人物の視察に時間を費やすことになるが、戦場の活躍や普段の様子を見て一段階評価をあげることになる。
軍で叩き込まれたであろう礼儀作法や戦闘の構え、小学校高学年ぐらいの年齢で戦場を俯瞰して見て即座に有効な作戦を考え実行することのできる頭の回転の速さと経験に裏付けされた自信。
その能力や立場の高さをもってして、普段の生活ではそれを驕ることをせず謙虚な様子で立ち振る舞っており、上司と部下共に一定以上の信頼関係を築けていることが伺える。
寡黙なタイプだが、面倒見は良く、困っている人物に対して相談に乗っている姿は、鉄心が見ていたら川神学園に権力行使で即転入させるだろうと想像に容易い。
(ふむ...後は武の才を測るとしよう)
その後の展開は訓練場で繰り広げた組手の通りである。
だが、ヒュームの下した評価は雷の想像以上に高かった。
戦闘における状況判断能力、初手の身体の運び出しと一打までの流れ、必殺技を出すまでの躊躇いの無さとその場で自分ができることを100%出し切ることのできる力。
何より、ヒュームの出す威圧感をどこ吹く風と冷静に構えることができるメンタルを面白いと評価していた。
格上の相手と対戦する場合、どんなに才ある人物でさえも相手の醸し出す威圧感やプレッシャーには冷静さを多少なりとも欠いてしまう。
(間違いない。この小僧は十中八九、格上との対戦経験がある。...それも並大抵の数ではないだろう)
現序列4位のゾズマでさえ、ヒュームのプレッシャーには無意識に一歩後退りする程の効果がある。
人間は未知の存在、それも自分を脅かす可能性があるものに対して、恐怖を感じられずにはいられない。
その点、雷は未知の恐怖に対する耐性が高いのだと推測する。
(何故この小僧にここまでの経験がある...軍の戦場で経験できる内容などたかが知れているはずだが)
不可解な点はそこだ。
明らかに齢12の年で経験できる事象を遥かに凌駕している。
人生2週目で理論値を完璧に追求できたとして、ようやく届くようなレベルだろうか。
(だが、そこが面白い。この小僧がこのまま成長を続けた時にどこまで到達するのか興味がある。...くく、まさかこの俺が他人の行く末に関心を持つことになるとはな)
その後は、日本に向かう道中で帝様に連絡を取り、すぐに謁見できる機会を得る。
彼の人を見る目においては、神の領域であるセンサーが反応したのだろう。
すぐさま、従者になる許可を出しヒュームの管轄におくことを指令した。
雷は部屋内でゾズマに叩きつけられていた殺気にも、一切崩されることなかった。
それどころか、自己紹介を終えた後ちらっとゾズマの方に視線をやった時に稲妻のような威圧感を一瞬感じた。
途端に、ゾズマの殺気が少し崩れたのをヒュームは見逃さなかった。
帝様の回答に合わせて殺気を抑えるようにして誤魔化していたが、あれでは皮肉屋を卒業する時が近いうちに来るだろう。
部屋を出る前に帝様と目線が合う。
ーーー言葉はいらなかった。
予兆めいた感覚を共有して部屋を出る。
両者の口元は、確信めいた未来を予感して笑みを浮かべていたのであった。