大変励みになります。
雷が九鬼の従者となり、1年が経過した。
現在の序列は、299位。
つい先日、「このままだと300位以下に落ちる」と焦っていた従者が、その時に300位付近の評価であった雷に目を付けて勝負を挑んでしまったことで、雷が順当に繰り上がり300位以内へ到達した。
この1年間のうち、大半はヒュームに連れられて世界中を飛び回っており、1ヶ月に2.3日は待機時間として極東本部に滞在していたが、その際はクラウディオに完璧な執事たる作法を、マープルからは座学として様々な知識を習うブラック企業も真っ青な過密スケジュールをこなしていた。
そんな中でも空白の時間は仕事の合間合間に点在していたため、そこで実践訓練も並行して続けている。
ヒュームとの稽古もその時間で行われていた。毎月の連敗記録は継続中で、ついに両手で数え切れなくなってしまったが。
「ふむ、今日はこのあたりで切り上げか。小僧、明日は明朝に任務開始で現地集合とする。詳細は、あそこで隠れている奴にも伝えておけ」
「っ...了解」
(勝機が見えたと思って行動すると、毎回必殺のカウンターを食らうし、いなしても次の迎撃が致命傷になる。現時点では、まだまだフィジカルと経験の差を縮める他ない)
組織のNo.1がトリガーを複数持つ最高難易度のボスであり、まともに食らったら一撃でダウンさせられる理不尽さに嫌気が差すが、明日の任務に意識を切り替え立ち上がると、稽古を覗き見していた明日の仕事仲間がこちらに近づいてくる。
「よ~う、ライ。お疲れさん。よくヒュームとの稽古が嫌にならねぇのな」
ヒュームにスカウトされた従者の一人であるステイシー・コナーだ。
彼女は雷が九鬼の従者となって半年後ぐらいに入隊した。
実は、雷がアメリカ軍にいた頃に中東の戦場で複数回背中を合わせて戦い抜いてきた数少ない知り合いであった。
当時のあだ名は「血まみれのステイシー」と呼ばれ、中東の荒れ続けた戦場を生き抜いてきた猛者である。雷が新兵の時に傭兵部隊の彼女と合流して敵の一部隊の殲滅に成功させて以来、「ロックンロ~ル、やるじゃねぇか!」と絡まれるようになった。
そんな彼女と九鬼の従者として再び遭遇した時には雷もさすがに驚いた。
九鬼の組織内ではステイシーは雷の後輩にあたるが、戦場の経験歴では彼女の方が上であるため、従者部隊でも軍の時代と変わらないノリで絡まれ続けることとなる。
余談だが、ステイシーは傭兵時代の知り合いが九鬼財閥のメイドになったと聞いてからかいに行ったところ、金髪ジジイに執事をなめるなと串刺しにされ、目が覚めると従者部隊に強制入隊させられていたらしい。
「いずれ超えなければならない壁だからな。それより、明日の任務について軽く打ち合わせを頼む」
「相変わらずのロックな向上心だぜ!この時間ならあいつらもいつもの所にいるだろうし、続きの話は飲みながらやろうぜ~」
「...毎度のことだが、こっちは未成年なんだ。遠慮してもらうことはできないのか?」
「そいつは無理な相談ってやつだぜ!おっし、いくぞ~」
ケタケタと笑いながら肩を組まれ、会議の場へ連行される。
軍の時からステイシーはパーソナルスペースを気にせずに雷に突っかかっていたため...雷は彼女のアメリカンな膨らみの感触に慣れてしまっていた。
一度、本気で振り払おうとした際に彼女のフラッシュバックが発動しかけたため、雷も抵抗は諦めてある程度許容している。
ステイシーの一方的な雑談が繰り出されていると、目的地であるバーに辿り着く。
このバーは九鬼財閥の関係者が住む九鬼ビルからほど近い場所に位置しており、夜な夜な任務を終えた従者の憩いの場となっている。
慣れた様子でステイシーを引っ剥がしながら扉を開く。
西洋のような空間が広がり、落ち着いた照明とクラシックな装飾に迎えられる。
「いらっしゃい、向こうでいつもの嬢さんたちがあんたらを待ってたぜ」
渋い声で眼帯をした男性であるこのバーのマスターから、そう案内される。
軽く会釈してそちらに意識を向けると、二人のメイドが席に着いていた。
「ようやく来たか。遅いぞ雷、ステイシー」
黒糖焼酎のロックを片手に持ったメイドが忍足あずみ。
ステイシーがからかいに行ったメイドとは彼女のことである。雷も傭兵時代のあずみとは知り合いであった。
当時、彼女たちが所属する傭兵部隊をまとめていた大佐に雷が目をかけられ、何度かあずみやステイシーと一緒に(強制的に)戦場で鍛えられた過去がある。
そんな彼女の戦場でのあだ名は小太刀を華麗に振り回す様子から「女王蜂」と呼ばれており、珍しい風魔の里出身の忍者でもある。
あずみは雷が入隊する前から九鬼帝の息子である九鬼英雄の専属従者であり、雷も複数回英雄の管轄で仕事をする機会があったが、豹変したメイドモードの彼女を初めて見た時には驚愕の表情を抑えきれなかった。
なお、その時の表情はバッチリとあずみに見られ、後に英雄の見えない所でしっかりと蹴られている。
「お疲れ様です。既に焼酎で爆笑中、ですよ。ふふふ」
黒髪の清楚な雰囲気を纏ったメイドが李静初。
仕事中は表情変化が乏しく無表情がデフォルトであるため、初見では雷と同じくクールなイメージを持たれる彼女だが、隙あらばクラウディオ仕込みのギャグをお見舞いしてくる奇人である。
彼女もステイシーと同じ時期に入隊したが、経緯が少々特殊である。
元々の経歴は凄腕の暗殺者だったが、九鬼帝の暗殺を実行しようとしたところをクラウディオに取り押さえられた後、改心してクラウディオ管轄の執事部隊に組み込まれた。
暗殺しようとした人物すら従者として採用する、九鬼の懐の広さを体現するような履歴である。
若手の従者の中ではトップクラスに仕事が出来て優秀だが、死んだふり世界大会の上位入賞者とかいう謎の実績を持っていたりと、従者部隊の中でも個性的であるため、雷としては適切な距離を持つ方針で関係性を保っている。
「ライとヒュームの稽古が長引いてたんだよ~、私らだと稽古どころかすぐに蹂躙されて終わりだってのに」
「胸張って言うことではありませんよステイシー。この前も、もっと守備を意識しろと散々言われてたでしょう?」
「ファック!酒の場でヒュームの説教を聞きたくないね!ほら、さっさと飲むぞ~」
注文をマスターに伝えながら席に着く。
雷はいつもの川神水を片手に、明日の予定についてすぐに詳細を共有する。
酒が回る前に伝えなければ、明日ヒュームから串刺しにされるターゲットが自分になってしまうからだ。
3分程度で打ち合わせを終えてしばらくすると、話題は酒の場に相応しく仕事の愚痴に変わっていった。
「序列が上のやつらってほんといちいちうるせえよな!”気が緩んでいる”だの、”昔はよかったねぇ”だと!?ちゃんとノルマはこなしているんだから文句言うなってんだ!」
「ふんっ、全くだ。あたいの所なんか、しょっちゅう入れ替わりで様子を見に来やがるぜ。嫌味を言うことがお前らの仕事なのかってな」
「まあまあ、そういった環境で耐えることで、己を鍛える。なんて言いますし。...ふふふっ、今のは我ながら上手かったですね」
「いつもつまらねぇんだよ、そのダジャレ!」
「相変わらず、上から目をつけられているな。特にあずみは」
「一番目ぇつけられているお前が言うな、雷。あたいんとこのやつら全員、その状況でピンピンしているお前にドン引きだぜ」
前提として、九鬼の組織内では九鬼一族の他に序列番号が1番から4番までの4名には、独自で管轄が置かれている。
もちろんヒュームの管轄が一番厳しく、入れ替わりも激しい。1年どころか、半年続く人すらほとんどいない。
戦闘面に自信のある従者ですら敬遠し、配属される従者を憐れむ”花形部署”である。
それもそのはず、ヒュームの部署には戦闘の厳しさを叩き込み、敵襲等に備えるための構えができるようになれば良いという別の思惑もあった。
”どんな状況であれ、気を緩めるな”ーーーこれが、ヒュームの絶対的な教えである。
上位の序列になれば、九鬼一族に同行する任務が割り振られることもある。
ヒュームの管轄は、初めて九鬼の要人に同行する任務を与えられる従者が、必ず事前に配属される先でもあるのだ。
そんな魔境とも呼べる部署で1年間、それも配属されたばかりの新人が特に問題も無くこなしているのは、周りからしたら驚愕の事実であろう。
その仕事以外にも、ヒュームからは毎月必ず稽古をつけられ、クラウディオと一緒に九鬼の重要な取引先との会席に滞在したり、マープルからは事あるごとに座学に連れ出される。
大半の従者が涙目で逃げ出す環境である。
ちなみに、序列4番であるゾズマとは一度戦場における実践訓練を組んで以来、会ったら雑談するレベルの関係を築けている。
その時に彼が周りから皮肉屋と呼ばれている理由を知ったが、雷に対してはあまり皮肉を飛ばす様子も最初から無かった。
「ほんとだよな~。あのヒュームの下でもう一年になるんだろ?私なら絶対途中で逃げ出してるね」
「私の部署でも話題になってましたよ。クラウ様も、たまに嬉しそうに話してますし」
「クラウディオのところならともかく、金髪スパルタジジイと黒服ババアの下なんかあたいは絶対に御免だね」
「あずみはそもそも”英雄様ぁっ!”じゃないと無理だろ~...っと!」
「ちっ。次に揶揄ったら確実に突き刺す」
「マスター、川神水をもう一杯頼む」
「私もお願いしますね。満杯が近いのでマンハッタンで、うふふ」
「(スルー)そいえば、雷。英雄様がこの前のアメリカの市場調査結果について意見を聞きたいそうだ。時間はもちろんあるよなァ...?」
「...あぁ、そういうことなら。また、日程候補を連絡しておいてくれ」
「ギャグのスルーだけはしないでくださいよ...」
「いや、ツッコミ入れても事故るのこっちだし。そこがなければ李もモテるだろうに、な!ライもそう思うだろ~?」
「知らん。好きにやれば良いだろう」
「なるほど、もっとセンスを磨けということですね」
「絶対違うからな、李。あ~あ、あたいも英雄様からモテたいぜ。雷は良いよなぁ?いつの間にか、呼び捨てを許可されてたし。...ムカついてきたから、目立たない程度に突き刺していいか?」
「男に嫉妬するな。...心配しなくても、英雄はあずみのことを一番頼りにしている」
「っ!!良いこと言うじゃねぇか!何が欲しいんだ、お姉さんに言ってみろよ」
「(ひそひそ)ああやって、人を誑しているんですよ。どう思いますかステイシー」
「(ひそひそ)無意識にやってんのがタチ悪いよな。成人したらどうなるか、考えただけで恐ろしいぜ...」
完全に飲みの場の光景になっている。
雷としては、あまりこの場の時間を有意義とは感じていないが、情報収集の一環として割り切り、生粋の面倒見の良さもあって一度参加したら逃げ出すようなことはしない。
こうして、九鬼従者達の一夜は過ぎていった。
それからさらに半年が経過し、雷の序列は丁度100位に到達した。
その後も特に任務の失敗もなく破竹の勢いで実績を積み重ねており、序列上位陣も彼を高く評価していることが理由である。
中でも一つ、序列100番たるに相応しい出来事があった。
ヒュームとの稽古で雷はいつものように叩き潰されることなく、何と逃げ切りに成功したのだ。
...かなりギリギリの瀬戸際で、あと3秒あれば間違いなく壁に埋め込まれていたが。
既にヒュームの予定を把握するようになった雷はその情報を逆手に取って、次のヒュームとの稽古で時間切れを狙うことにしたのだ。
時間内に決着をつけられなかった、と金髪ジジイに苛つきの感情を与えて次の任務に行かせようと計画した。
完全に私怨の混じった思惑である。
ただし、雷の考えは完全にヒュームにバレていたようで、苛つくどころか途中から楽しげな様子でギアを1段上げてきた時はさすがに雷も肝を冷やしたが、そこで完成させたばかりの技を出し惜しみせず解き放つ。
「スロー・キル」
地面に向けて唐突に射撃が行われると、練り上げられた雷撃のエネルギー弾がビリビリとバウンドしてターゲットに向かい攻撃を進める。
今まではターゲットへの到達スピードを上げることに尽力していたが、それとは別に飛び道具としての機能を銃に持たせるべく編み出した技だ。
スピードはフラメクの雷より落ちるものの、気をコントロールすることで任意のタイミングで誘爆が可能であり、足止めして視界を遮ることも、相手の意識外から急襲することもできる。放置してそのまま食らうと、感電して一定時間行動不能になるため、その場合は追撃してゲームセットだ。
完成させたばかりのため気の消耗は激しく、再度発動するのにクールダウンが必要なのが課題だが、初見で放たれるこの技は後手の対応を相手に押し付けることができるため、1on1の時には戦局の流れを変える大きな一手となる。
「!...ふっ、中々面白い技だ。だが、この俺が対応を失敗するなど有り得ないこと」
そうヒュームが語りながら、ジグザグとバウンドしながらこちらに向かう雷撃に意識を向ける。
誘爆されようと、読めない軌道で攻撃されようと、その前に対処すれば何も問題はない。
気の変化を瞬時に感じ取り、大気を抉り取るような素早さで蹴りを放つと雷撃のエネルギーはヒュームに届く前に爆発して消える。
だが、雷はそこも織り込み済みだった。
爆発の瞬間に、充填完了させていたフラメクの雷を構え、矢継ぎ早にお見舞いしていく。
スロー・キルに込められた雷撃のエネルギーが、爆発によって大気中に霧散している状態。
対処されても問題がないのは、この環境を作り出せることにある。
雷の見立てでは、この環境下であれば30秒間、フラメクの雷を絶え間なく対象に降り注ぐことを可能にする。
いかに最強たるヒュームでさえも、この意図に気づいた時には驚きの表情を見せた。
...だが、最強はどんな状況でも対処できる力を持っているから最強なのだ。
「ふっ...ハッハッハッ!」
(おい、獰猛すぎるだろう。九鬼のお客様には、とてもお見せできない顔だ)
「失礼、このような感覚は久しくてな。...やはり、お前は俺の見込み通りの小僧、いや人間という訳だ」
ヒュームの性格を知る者が見ていれば大層驚いただろう。
戦いの最中で、ヒュームが雷を人間として認めた瞬間である。
文字に起こすとひどいものだが、大多数が赤子の評価のまま終わる中で、これは歴史的な出来事である。
「カタトゥンボの灯台を知っているか?...かつて、あそこにいた化物に使った技だ」
そう言い放つと、とんでもない気のエネルギーがヒュームの手のひらに集中していく。
次の瞬間に、それはピンク色のエネルギー弾へと変わり四方の稲妻に向かって放たれる。
「どんなに激しい稲妻でも、相殺すれば何も問題ないだろう?...”覇王咆哮拳”!」
放たれたエネルギー弾が絶え間なく向かってくる稲妻とぶつかり、次々と衝撃波が発生する。
世界最高峰の耐久値を誇る九鬼の修行場でさえも衝撃を吸収し切れず、壁の至るところがミシミシとひび割れ始めた。
ーーーこの時、日本のみならず、宇宙を飛ぶ衛星でさえも、その気のぶつかり合いを検知した。
気の流れを感じることのできる達人クラスの者達が、こぞって川神に所在する九鬼財閥本社の方向へ意識を向けてしまう程であった。
その後、雷の見込み通り30秒間が経過して稲妻の猛攻が下火になる。が、気づいた時にはヒュームが後ろで構えを取っていた。
「良い攻撃だった、雷。この俺で無ければ、致命傷は免れなかっただろう」
(!これを無傷で終えたのか?相変わらず怪物すぎるだろう...っ!)
「だが、これで終わりだ。ジェノサイドチェン」
「これは一体何事ですか。ヒューム、雷」
神がかったタイミングで、修行場のドアが開く。
騒ぎを感知したクラウディオが突入してきたようであった。
その瞬間には、ヒュームは既に緩んでいたネクタイを締めて、入口に立つクラウディオに向かって歩いていた。
「久しぶりに興が乗ってな。老体に鞭打って、稽古を張り切りすぎてしまった、という訳だ」
「自身のことを老体などと言うような器じゃないでしょう、貴方は?...はぁ、大方想像はつきますが、規則ですので始末書を提出してください。もちろん雷、貴方もですよ?」
「...了解です」
始末書の処罰を受けるが、あの必殺技を受けることなく稽古を終えることができたため、今の雷の内心はクラウディオへの感謝で100%だ。
もしかしたら、間に入るタイミングまでミスター・パーフェクトたる彼にとっては、簡単なことなのかもしれない。
もう一度、視線を向けるとこちらにウインクしてきたため、疑問は確信に変わる。
修行場を後にした雷は、先刻の戦闘を振り返りながら、消耗した身体の疲れを取るべく自室へ向かう。
数分経ってようやく、あのヒュームの猛攻から逃げ切れたという事実を実感する。
今日という日は記念になる...明日は入隊してから一度も消化することのなかった有給を始末書と合わせて申請してやろう、と心に決めた。
その日の深夜、帝との謁見室にて序列上位の人物が集まっていた。
その場には、珍しく時間の都合が合った帝の正妻である九鬼局の姿もあった。
”既に用意してあった”始末書を提出し終えたヒュームが部屋をノックして入ると、すぐに帝様から声がかかる。
「聞いたぞ~、ヒューム。雷がついに、お前と互角にやり合ったんだって?」
からかうような表情で、ニヤニヤと嬉しそうにこちらへ話かけられる。
帝以外がそのようなセリフを言った瞬間に、即串刺しにされ彼の標本に加えられるだろうが、ヒュームは特に意に介した様子もなく淡々と答える。
「相変わらず耳が早いですね。まだまだ詰めの甘い部分も多いですが、”稽古の時間内”では仕留めることができなかったのも事実です」
「そうかそうか!お前から紹介された時に確信してたが、やはり俺の目に間違いなかったな!」
「ほう、ヒュームの稽古を耐え抜く者がいるとは?どうりで、我の管轄でも名前を聞くようになったということだな。その蒼井雷という者は」
「奥方様。お言葉ですが、あくまで”稽古”の話ですよ?そこをお忘れなきよう」
「されど稽古で空の青さを知ることはできる。...なに、本気のお前が最強であることはわかっておるから安心せよ」
ほほほ、とヒュームを手玉に取りながら機嫌を良くした様子で話を進める。
夫である帝と同じ空間にいるだけで機嫌が良かったのが、この問答によってさらに上機嫌になっていく。
これもヒュームにしかできない会話術である。
「にわかには信じられないねぇ。全ての従者が、ヒュームとの稽古の後には必ず医務室に駆け込んでいるというのに」
「このゾズマも、雷の持つ武の素質の高さは評価していましたが、よもやここまで成長するとは...改めて、帝様とヒューム殿の観察眼には感服いたします」
「皆様には、後ほど修行場の監視カメラの映像をお見せするといたしましょう。守秘義務はお守りくださいませ。それにしても、わざわざヒュームのスケジュールを雷に共有したかいがございましたね」
事の顛末はそういうことである。
わざと、ヒュームのスケジュールを雷だけが把握できるように仕向けたのだ。
そうすることで雷の性格上、このタイミングで時間稼ぎの戦術を仕掛けてくる。
そこまで読んだうえで、今回の稽古を開催したという訳だ。クラウディオはバッチリと監視カメラ越しに観戦していた。
「もちろん、くだらない技や戦術を繰り出した時点で即座に幕を下ろす予定でした。その点、奴は技の効果を最大限引き出し、環境も利用してくる。もはや並大抵の武道家では、銃の錆にすらならないでしょう」
「であろうな。さて、この評価を踏まえて、蒼井雷の次の序列を決めねばな」
「帝様は何位が適切だとお考えでしょうか?」
「5番でいいんじゃねぇの?ほら、うちって能力至上主義を謳ってるし」
「御冗談を。2桁に近いとはいえ、3桁台からいきなり5番にするのは無理があります」
「それに、いきなり5番だと他の従者からのやっかみが凄まじいだろうしねぇ。しばらくは、2桁台の門番として100位にいてもらう方が良いんじゃないかい?100はキリが良い番号ゆえ、上からはより注目され、下からは今以上に模擬戦に挑まれることになる。結果として実績と名声が右肩上がりになるんじゃないかい?」
マープルが妙案を思いついたといったような感じで、そう提案する。
「僭越ながら、100位は良い案かと思います。他の若い従者達のモチベーションにもつながるでしょう。現に、後輩からは結構慕われているようですし」
「あれでいて、意外と面倒見が良いタイプなんだろう?あいつも罪な色男だねえ~」
雷はこの1.2年で背丈・容姿と共に抜群に成長をしていた。
身長も170cm後半まで伸びており、特徴的な銀髪に右目が隠れた髪型が、彼の整った容姿の魅力を何段階も引き上げている。
年下好きの従者の間で、密かにファンクラブもできているようだ。なお、本人は一切気づいていない。
「彼は誠実なタイプですから、帝様の想像するような将来にはならないと思いますよ」
「クラウディオも分かってないねえ。ああいうタイプこそ、女を泣かせるのさ」
「おっと、一旦ストップだ。この話の続きは、酒とツマミがいる。局、何か軽く作ってくれねぇか?お前の料理で一杯やりたくなった」
夫である帝からの言葉に、局は嬉しそうな表情で答える。
「一杯と言わず、何杯でも召し上がってもらえるように腕を奮いますよ。クラウディオにも、たまに料理を教えてもらっていることですし」
「奥方様、私もお手伝いいたします。せっかくの機会ですし、先日ご教授させていただきました、アレを振る舞うとしましょうか」
そうして、九鬼上層部にも穏やかな一夜が過ぎていった。
雷という若き従者が、確かに九鬼に旋風を巻き起こしていっている。間違いなく良い方向に、だ。
(...例のプロジェクトのまとめ役に、雷は適任かもしれないねぇ。あの子達とも年が近いことだし。後でヒューム達にでも相談するとしよう)
星の図書館と呼ばれる黒き老婆は、思わぬ若き才能に高揚した感覚を久方ぶりに覚え、上機嫌な様子でグラスを傾けるのであった。