皆様、お盆はいかがお過ごしでしょうか?
私の人生には「お盆休み」という言葉は存在していません。
東の川神学園、西の天神館。
武を嗜む者であれば、誰もが知っている高等学校の名前である。
卒業生は現役で様々な活躍をしており、その姿に憧れて文武両道を目指す多くの者が両校に入学してくる。
だが、世間一般の見方では東の川神学園の方が知名度は高い。
全国各地で街ゆく人々にインタビューすれば、ほとんどの人が川神学園の名を知っている。
対して、天神館の西日本での知名度は同等かそれ以上だが、東日本における認知度がまだまだ低い。
それもそのはず、川神には生きた伝説である川神鉄心がいるからだ。
武の頂点を目指す数多の武道家が彼に教えを請うために、川神院の門を叩く。
師にも恵まれ、互いに切磋琢磨できる環境。
そんな川神の地に文武問わず人が多く集まるのは自然の理であるだろう。
その状況を一新したいと考える者が一人、西の天神館の館長である鍋島正である。
この男は鉄心の高弟の一人であり、元々は鉄心の教えをより日本全土に広めるべく、川神と距離が離れた西の福岡の地に天神館を設立した。
西日本を中心に才ある若者を積極的にスカウトし、独自のやり方で人材の育成に力を注いでいる。
強面の外見通りの豪快な気質と力強さを持つ鍋島は、西日本の風土や文化も相まって学園の生徒から惹かれ、崇敬されている。
その天神館に在籍する学生の内、一部の素質ある学生は館長である鍋島が自らスカウトを受けて入学している。
ただ、鍋島が直接出向くレベルの素質を持った学生は、せいぜい毎年に2、3人程度であり、そのルートで入学する者はごく僅かである。
ーーーしかし、この年だけは違ったのだ。
鍋島自身がキセキの黄金世代と評する現2年生の代。
天神館が開設されて以来、初めて10名もの人数を直接スカウトしている。
その10名こそが「西方十勇士」である。
互いが切磋琢磨し、これからの日本を牽引する存在として頭角を現していく。
事実、天神館は彼らが入学してから何倍も強くなり、知名度も右肩上がりだった。
鍋島も、この西方十勇士がきっかけとなって、日本全土に天神館の名がより広まっていくだろうと考えていた。
しかし、それでも西方十勇士の名は東の地で轟いている「川神四天王」の名に及ばなかった。
九鬼財閥の誇る当主の一番娘にて、文武両道の名を表す存在である九鬼揚羽。
日本の守護神である鉄陣内を祖父に持ち、自身も超越した武の素質を持つ鉄乙女。
圧倒的な速度を活かした武術で、スピードクィーンの異名を持つ橘天衣。
そして、川神鉄心の孫であり、圧倒的な武で相手を蹂躙する武神こと川神百代。
一人一人が壁越えの達人であり、武道家であれば全員が知っている名前だ。
西方十勇士の名前は良いものの、この4名の持つ武力と知名度には全く敵わないのが現実であった。
だが、彼らの持つ素質の高さは鍋島の目から見ても確かであり、何より武の実力は個人だけでなく集団戦においても評価される。
来月に開催される川神学園と天神館の間で行われる「東西交流戦」が、世間の評価を変えるきっかけになるという思惑があった。
「これだけの才が揃っちゃあ、惜しいと思うのが普通だ。そうだろう?"雷狼"」
「...その名前で呼ぶのはやめてくれ」
「おっと、すまねえ。どうもお前さんのことは、そう呼んじまう癖がある。まあ、明日からもよろしく頼むぜ、雷」
天神館の館長室で向かい合って座っている両者。
今は転入して一ヶ月が経過しており、明日から始まる東西交流戦に向けて最終の話を進めている最中である。
「改めて礼を言う。東西交流戦の前に、あいつらの高慢な鼻を片っ端から折ってもらえて助かった。俺じゃできねえことだったからな」
実は鍋島から要請を受けて、この1か月の間で西方十勇士との交流はもちろんのこと、特別な"稽古"も完了させている。
"あいつらのしょうもないプライドをへし折って欲しい"と依頼された時は驚いたものの、純粋に彼らの成長を促すための機会として交流戦の前に行う必要があったのだ。
「...おっと、そろそろあいつらは出発か」
そう呟きながら、立ち上がって窓辺に立ち校庭を見る鍋島。
視線をやると、天神館の生徒を乗せたバスが丁度出発を始めたようだ。
鍋島達は天神館の生徒とは別行動のため、出発までにまだ時間がある。
その光景を見ながら葉巻に火をつけた鍋島は、この1ヶ月を改めて振り返ることにした。
ーーー鉄心と鍋島の間で、東西交流戦を開催するにあたって日付や場所含め詳細が決まった日から一週間が経過した日のこと。
鍋島はこのまま何もせずに東西交流戦を迎えた場合、川神学園に負ける可能性が高いと危惧していた。
今度の修学旅行で川神の地へ滞在する際に、川神学園と交流戦を開催することを全校集会で伝えた後、西方十勇士が属する2年生の代は"所詮、軟弱な東の者達だ。かの武神もいない学年に負けるはずがない"と、どうも相手を舐めくさっている様子。
当の西方十勇士である本人達も、大したことはないと高を括っていた。
...これではいけない。
相手のことを見くびり、戦略や対策を考えずに対戦することは、武の世界であってはならないことだ。
(いっそのこと、このまま何もせずに対戦させて増大したプライドをへし折ってもらうか?...いや、それは惜しい)
交流戦で挫折を味わせることも考えた。が、自分が直接集めた天神館の誇るべきキセキの世代だ。それでは少し面白くないという感情が芽生えるのは、致し方ないだろう。
交流戦について思案を続けていると、机上の携帯電話から着信音が鳴り始める。表示された相手名を見て怪訝な表情をするも、ボタンを押して電話に出る。
「やあ、鍋島。息災かい?」
かかってきた相手は、九鬼序列2番のマープルであった。
裏仕事の関係で九鬼と鍋島は繋がりがあるため、マープルと鍋島の間にも交流があった。
「久しいじゃないの、マープルの姐さん。...それで、何か依頼か?」
「話が早くて助かるよ。協力して欲しいことがあってねえ。今度の"東西交流戦"のことだ」
思わずギョッとした。
自身が今まさに悩んでいる東西交流戦という言葉が、電話相手から出るとは思ってもいなかった。
「相変わらず耳が早いこって。協力といっても、ウチの天神館に不利なことは呑めないが」
「なに、アンタにもメリットのある悪くない話さね。...分かってると思うが、この件は他言無用だよ」
そうしてマープルは武士道プランの概要から話し始め、今回の交流戦について依頼する内容を伝えた。
「...なるほど、ねえ。クローンとして復活させた過去の偉人を交流戦に参戦させる。そして、川神学園が窮地のタイミングで登場させて戦局をひっくり返す。...文字通り"英雄"登場として強い印象を与えたいと」
九鬼の情報網にひっかかる情報に、鮮度が落ちたものは存在しない。
マープルは東西交流戦が開催されるという情報を聞いて、すぐにクローン組の内代表の一人を川神学園の助っ人として登場させることを川神鉄心に連絡しており、許可をもらっていた。
元々、転入の手続きを進めていたのだ。お祭り好きの鉄心に、断る理由はなかった。
「そのために、イレギュラーを取り除く必要があるのさ。仮に川神学園と天神館の間がこのまま戦った時、少々分が悪いとアンタも思っているだろう?手と手を取り合って、"対等"な交流戦にしないかい?」
(...ほんと、この婆さんは食えねえな。こちらの心中を完全に把握されている気分だぜ)
「対等にしたいとは上手い表現で。...要は勝敗はどちらでも良いが、クローンが参加するまでの戦局を都合の良い様にコントロールしたいんだろう?」
「解釈は自由だよ。でも、別に違法ではなく正規の手段しか使っていないだろう?ただ、お互いにとって実りのある良い東西交流戦にしたいだけさ」
(...どうせ利用されるなら、こちらも良いように利用してやるか)
「わかった。ただし、一つ条件がある。実行役を従者から派遣するんだろう?なら、その従者は"雷狼"を指名させてもらう。もう一人のお気に入りはごめんだ」
「雷ね、いいよ。何ならこちらから手配する予定だったさ。アンタの嫌っている桐山だと、ちょっと荷が重いだろうからね」
あっさりと許可が降りる。
全てマープルの手の平で踊らされている気がするが、この条件は鍋島にとっては重要なことだった。
(交流戦の前に、あいつらのプライドをへし折ってもらい、その上で雷狼と稽古させる。...我ながら、良いプランじゃねえの)
西方十勇士と同年代である雷は、彼らの鼻を折るには適任であり、その後の成長に大きな要因となると考えたのだ。
「...おっと、別件で対応しないといけないことができた。すまないが、詳細はまた明日に連絡するよ」
「ああ、分かった。よろしく頼むぜ」
電話を切り、来賓用のソファに深く座り込み一息つく。
「あの婆さんにも困ったもんだ。...だが、結果としては悪くないだろう」
唐突な交渉が終わり、どっと疲れを感じる。
鍋島の心中はマープルに筒抜けであったため、そこを利用された形にはなったが、彼女から聞かされた計画の核となる実行役を雷にすることができたのは、天神館にとって追い風になる一手だった。
鍋島は雷と何度か仕事をしており、彼のことを九鬼の従者にしては珍しく一本筋が通っていて好ましい人間だと感じていた。
他者を圧倒する実力の持ち主で、依頼された任務は全て完璧にこなす男。
九鬼の従者にしておくには惜しい傑物。それが、鍋島の雷に対する評価であった。
「東西交流戦までの一ヶ月、あいつらに鍛錬をつけてもらうとするか。...ふっ、来月は鉄心に良い土産話ができそうだ」
そうして迎えた雷の天神館への転入初日。
放課後になり、珍しく館長に招集の指示を受けた西方十勇士は、合流して天神館の敷地内にある修練場へ向かった。
到着すると、話題の転入生が腕を組んで壁にもたれかかっていた。
十勇士達は皆、朝の全校集会で彼を見た時から只者ではないと薄々感じていた。佇まいからも、相当腕が立つだろうと。
しかし、今回は何の用で呼ばれたのか誰一人として事前に理由を聞かされていなかった。
十勇士の総大将である石田は、彼を新たな西方十勇士の一人として加えるつもりなのか、と見当違いな視線を向ける。
そのまま修練場の入口付近で一旦待機させられると、鍋島が全体が見渡せる審判の位置に立つ。
「急で悪いな。今回招集したのは、この男を紹介するためだ。...今度の東西交流戦の助っ人としてな」
唐突な鍋島の申し出に一同は困惑する。
そんな中、大将たる石田は鍋島に苛立った様子で、ふんっと鼻を鳴らした。
「館長よ、見損なったぞ。その男は確か我々と同じ2年生の代のはずだ。...まさか、我らだけでは東の連中には勝てないとでも言う気か?」
その言葉を受け、想定通りだと言わんばかりに口角を上げて葉巻に火をつける。
「そう言うと思ったぜ。だから、一つ条件をつけてやる。今からてめえらでこの男を倒せ。それができたら、この話はなかったことにしてやる」
「お言葉ですが、その条件は我々を舐め過ぎではありませんか?いくら尊敬する館長でも」
「やるのかやらないのか、どっちだ?やらないなら、無条件で参戦させる」
獰猛な気を発して、こちらに有無を言わさず畳み掛ける鍋島。
石田は小さく舌打ちをした後、十勇士に合図をして構えさせる。
「蒼井雷とやら、後悔させてやるぞ。我らを相手にすると、こうなるのだと」
(能力はあるようだが、頭に血が上りやすいタイプか。それ以外の奴も、"あの男"以外は大したレベルでもない)
「...鍋島、開始の合図を」
「ああ。それでは...始め!」
十勇士は皆、鍋島のその言葉を聞いた瞬間に一歩突入した。いや、踏み出してしまったというべきか。
瞬間、前方から膨大な気が放たれ、コンマ0.1秒にも満たない内に光が修練場を包み込む。
(!これは触れたらまずいっ。しかし、避けられない!)
一瞬のうちに光が消え失せると、気づいた時には各々が地面に倒れ伏していた。
...警戒していた一人を除いて。
皆意識はあるが、ビリビリと稲妻の気がそれぞれの身体を捕縛しており、その場から動くことができない。
これは雷が軍時代に編み出した、対複数用の必殺技である。
相手の能力が一定以上無ければ、光に触れた瞬間に稲妻の鎖に囚われてその場から動けなくなる。
武の素質がない一般人であれば、その瞬間に気絶させることも可能だ。
倒れている十勇士も、身体を動かすことはできる。
だが、脱出しようと無理に動かして稲妻の鎖に接触した瞬間、自分がどうなるのか。
...想像するだけで身震いがした。
今までに経験することのなかった未知の恐怖が人を襲う時、本能から自身の身体を動かすことができなくなる。
故に、その場で固まるしか選択肢がないのだ。
「怪物め、サイクロンスマ...ッ!」
この技を受けて倒れなかったのは幸か不幸か。
無事だった一人が、状況を理解してマスクを外し戦闘態勢になる。
そのまま必殺技を繰り出そうとするが、繰り出すことは叶わなかった。
その怪物が、既に後ろで構えていたからだ。
「良い力を持っている。だが、遅かったな」
「がっ...!」
そのまま手刀を首に叩き込まれ、一瞬でゲームセットとなる。
「大村っ!」
「...そこまで!この勝負、蒼井雷の勝ちだ」
宣言を受け、雷は捕縛に使用していた気を解除した。
稲妻の鎖から解放され、各々が恐る恐るその場に座り始める。
僅か数秒の間に、目の前の男が自分達では敵わない存在であることを、その意識に刻まれてしまった。
「...蒼井雷。噂で聞いた程度やったけど、こりゃ本物やね」
「奴を知っていたのか、宇喜多?」
「知ってたも何も、業界じゃ有名人や。破竹の勢いで序列を伸ばす、九鬼従者の精鋭中の精鋭のはずや」
「某も知っている。仕事で耳にしたが、我らと同い年にして最近九鬼の序列5番になった男だ。今朝見たときは大した気の大きさじゃないと思ったが...不覚、意図的に隠していた」
「中々見どころのある男じゃないか。最も、美しさはこの私に敵わないがね」
会話を聞く限り、思った以上に自分の存在は世間に認知されているようだ。
こういうところからも、九鬼財閥が持つ影響力の大きさを感じる。
「ふんっ。...このような勝負、俺は認めないぞ」
「御大将、某らは負けたのです。大将は時に、潔く負けを認めることも重要です」
勝負がついた上で認めないと不貞腐れる石田に対して、副将である島が諭す。
その様子を見ながら吸い始めたばかりの葉巻を咥え直し、鍋島は改めて十勇士全体へ目線を向けた。
「そうだ、てめえらは負けた。たった一人に、何もできずにな。...さて、再度問うとしよう。今度の交流戦で、お前らは川神学園に勝てるのか?こんな奴が東にいるかもしれないぜ?」
その言葉に、全員苦々しく視線を落とす。
東の軟弱者達には負けるはずがないと、高を括って特に作戦や戦術を考えることもなく日々を過ごしていた故に、今回の敗北には十勇士としてのプライドも粉々に砕かれてしまった。
「ぐっ...確かに我々は慢心していました。認めましょう」
「ヨッシー!?...大丈夫なのか?」
随分と可愛いあだ名だな...と、雷の脳裏に場違いな感想が浮かんでいた。
「何とか、な。それより、この敗北は我らが西方十勇士にとって自分達を見つめ直す機会になったのではないか?このまま何もせずに東西交流戦を迎えてはいけないと」
「...それは大友も思っていた。あっけなくやられたことは悔しいけど」
「俺も同じ気持ちだぜ。このままでは、四国の兄弟達に笑われてしまう」
「東の女を口説く前にやられてはどうしようもないか。...なら、俺も立ち上がるとしよう」
大村の言葉をきっかけに一人一人の魂に熱が入り始めた。
その様子を見て、大将である石田も一息つく。
「敗者は従うのみ、か。館長、西方十勇士は蒼井雷を受け入れる。だが、これを機に我々も再度鍛え直す。蒼井の力を借りずとも、川神学園を圧倒してみせるさ」
「御大将、賢明な判断です。某はどこまでもお供します」
西方十勇士の意見が一つになった瞬間であった。
確かに広がるその熱に、見つめる鍋島も思わず微笑みを浮かべる。
「東西交流戦まで時間はあまりないが、せいぜい気張れよ。あと、雷にはてめえらの面倒をみるように言ってある。九鬼の5番から教わる機会など滅多にないだろう、うまく使えよ」
その言葉に、雷は十勇士の大将である石田の元へ向かった。
「交流戦までの短い間だが、よろしく頼む。九鬼の従者ではあるが、今の俺は天神館の一生徒。遠慮は不要だ」
そう言いながら右手を差し出すと、石田は大胆不敵な笑みを浮かべながらその手を取った。
「ふっ、改めて自己紹介してやろう。俺の名は石田三郎、天下への出世街道を行く者だ。お前のその力、総大将である俺がせいぜい使ってやる」
"丁度良い、他の奴らも改めて自己紹介しておけ"と鍋島の言葉を皮切りに、修練場が自己紹介の場に変わっていった。
その後は、スカウトされた者同士で共同生活しているという天神館の寮へ夕飯の招待を受けて同席したが、福岡の地だけあって料理の美味しさは流石であった。
こうして、交流戦までの残り1か月は雷と十勇士の間で毎日のように鍛錬を繰り返す日々となった。
余談だが、その翌日に転入生の儀式だとか言って一度ヤンキー集団に喧嘩をふっかけられた。一瞬で片をつけて帰宅したが。
次の日には、そのボコボコにした集団が全員、"雷の兄貴、おはようございます!"と舎弟のような挨拶をするようになっていた。
その様子を見た他の生徒からは、絶対に逆らってはいけない人物であると認定されることになる。
その後は、十勇士との交流も進んでおり、ある程度信頼関係は築けていた。
女性陣の中では、常に花火の筒を背負っている大友焔との会話が一番話が弾んでいた。
彼女の実家が花火工場を経営していて、日常的に火薬を取り扱っていることもあり、火器使い同士話題に花を咲かせていた。
男性陣では、意外にも総大将である石田との交流が比較的多かった。
趣味の鉄道模型を見せてもらうこともあった。
今までは、島以外に趣味の話をすることもなかったらしい。
石田本人も自身の性格に難があるという自覚があったのだろう。その性格故に、人が離れていく経験を何度もしたと。
だからこそ、幼い頃から自分についている側近の島には絶大な信頼を置いているようだ。
"御大将、ご立派になられて..."と、話を聞いた島が感涙していた時は、流石の雷も引いたが。
風格も完全に成人男性であるため、島が本当に同年代なのか未だに怪しんでいる。
本人は悩みと捉えていないだろうが、アドバイス程度に"性格は変えられないが、力はつけることができる。その性格に見合った実力になれば、勝手に人が着いていくだろう"と伝えたら、何秒かフリーズしていた。
その後は、前以上に鍛錬や稽古に励む姿を見るようになったので、多少は彼の考え方が変わった要因になったようだ。
最終的に彼から"気が変わることがあれば、俺の家業を手伝え"と言われた時には、周りの十勇士も驚いていた。
段取りや当日の流れについて確認を終えると、辺りはすっかり夕方であった。
生徒を乗せたバスはとっくに出発しており、天神館の校内は昼間と打って変わり静かな空間が生まれていた。
ようやく一息つくと、鍋島と雷は珈琲を飲みながら雑談を交わしていた。
「ふう、これで問題ないか。ははっ、ほんとお前さんがいて助かったぜ。...あいつらも、1か月前より良い顔をしていた」
「構わない。才ある者が堕ちていった末路は知っているからな。ならないとは思うが、知り合いがそうなる姿は想像したくない」
「...ああ、釈迦堂のことか。九鬼が川神の地を掃除していると聞いていたが、あいつもお前さんが対処したのか?」
「いや、釈迦堂はヒュームが担当だった。その後は、梅屋でバイトしているらしい」
「くくっ、あの男が牛丼屋でバイトか。今度の交流戦ついでに、顔でも見に行ってやるか」
九鬼による川神の掃除は、迅速に進められた。
既に対象の掃除は完了しており、武士道プランのための環境整備は万全に整っているという状況だ。
雷は葵紋病院の院長達と、彼らと繋がっていた輩の対処を担当として割り当てられていた。
葵院長らは裏で違法薬物の流通に手を出そうと計画しており、市場に出回る前に輩共々に排除し彼らの証拠を早々に押さえた。その後、2人は不幸にも階段から落ちて大怪我をしてしまったということだ。全治には、しばらく時間がかかるだろう。
任務完了の報告をヒュームに電話でしたところ、"丁度良い、お前もこちらへ来い"と言われてしまった。
渋々ながら現場へ向かうと、川神院の元師範代である釈迦堂刑部と彼が面倒を見ている板垣家がヒュームと相対していた。
呼ばれたからには自分に対応させる気かと思ったが、到着早々に"気のバリアを貼って見学でもしておけ。"と言われた時は帰りたくなった。
要は都合の良い審判役として招集されただけだ。こいつは、序列5番を何だと思っているのか。
やはり、この金髪ジジイはどこかで一度わからせる必要がある。
そもそも、一瞬で勝敗がつくだろうに審判など必要あるのか。とバリアを張りながら内心思った瞬間に釈迦堂が動き出す。
大きな気を纏った渾身のパンチをヒュームにお見舞いする。が、ヒュームに彼の攻撃は効かなかった。
そのまま回避不能の蹴りを受けて一発ダウンし、勝敗は呆気なく決着した。
"昔より強くなってるじゃねえか..."と呻く釈迦堂に対し、"ハンデで一発打たせてもこの程度だったな"と間髪入れずに煽っている。
("長期戦は前よりも苦手になったが、瞬間の鋭さは増すばかり"、か。そもそも、アンタと長期戦になる相手など片手で収まるだろう)
雷から見ても、ヒュームは年齢とともに技が洗練されており、稽古の度に前より切れ味が鋭くなっていた。
油断すれば初撃で落とされてしまうだろう。
運良く初撃を避けたとしても、大半の者が長期戦に持ち込む前に吹き飛ばされて終了する。
(長期戦か...。回避不能かつガード必須の攻撃を何分、何時間とあいつに継続できれば崩れるのだろうか?)
既に人外の領域に足を踏み込んでいる雷とヒュームだが、例の修行場大損壊事件の影響で中々お互いが満足する稽古ができていない。
ヒュームが前に、"本気でやるなら宇宙空間だな"などと至って大真面目に宇宙開発計画へ参画しようとしていたが、流石に帝様に止められていた。
あの時、周りは冗談だと決めつけていたが、雷には分かってしまった。
あれは、本気の目だ。
(いつか起きたら宇宙にいた、なんてことが有り得るな。...平然と受け入れている俺も、九鬼に染まっているのだろうか)
そんなこんなで、武士道プランの実行前の環境作りの任務は完了していた。
「それにしても、武士道プランはヤバいな。初めて聞いた時は、歴史好きが一線超えてとうとう頭がおかしくなったのかと思ったぜ」
(そりゃそうだろう。俺も思わず聞き返したからな)
「クローンのお披露目場として、同年代の東西交流戦を利用したいってのは分かるんだが。あの婆さんが対等な勝負を望んでいるとはねえ」
皮肉を葉巻の煙と共に吐き出しながら、鍋島は窓に目線を向けた。
「...マープルは知能が高いが故に、何でもコントロールして進めようとする癖があるからな」
ちなみに、クローン組の内で東西交流戦に参戦させる人物は源義経に決定した。
後は、川神学園がピンチの時に彼女が颯爽と現れて活躍することで、クローンの存在と武士道プランを強くアピールできるだろう。
自然とそういう展開になれば良いのだが、東西の戦力を考えた時に川神学園の2年生の代には諸事情で同年代ではない他とは卓越した実力を持つ者が二人在籍している。
その二人こそが、マープルの考える対等な交流戦において、取り除くべきイレギュラーであった。
ーーー同年代の交流戦であるのに年齢が異なる者がいるという、最もらしい理由をつけて。
一人は、雷の同僚である忍足あずみ。
彼女が川神学園に在籍する九鬼英雄の専属従者であるため、鉄心から特別に許可を得て同じ学年に在籍している。
もちろん他を寄せ付けない強さであるが...年齢のことを考えると普通にアウトというかズルだった。
よく一部のクラスメイトに年齢を冷やかされているようだが、その度に蹴り飛ばしていると酒の場で聞いたことがある。
確か、病院送りにした例の副院長の息子だったはず。彼女曰く、"救いようのないロリコン"だそうだが。
もう一人は、マルギッテ・エーベルバッハ。
ドイツ軍の精鋭である猟犬部隊の隊長であるが、実は雷のアメリカ軍時代の知り合いでもあった。
当時は彼女からよくお互いの殲滅した部隊数で勝負を挑まれたり、強制的に彼女との組手に参加させられたりと"猟犬"のあだ名の通りの好戦的な性格をしていた。
今回の任務時にその名前を聞いて驚いた。世間は狭いな、と。
彼女は、ドイツ軍の中将であるフランク・フリードリヒの愛娘であるクリスという少女が川神学園に留学で転入した際に、クリスの護衛兼監視(主に娘に男の手が忍び寄らないか)として許可されて同じ学年に在籍しているとのこと。
年齢は21歳であり、残念ながらアウトだ。
...字面だけ見ると、あの副院長の息子と考えていることが一緒である。
仮に、この成人組二人が率先して東西交流戦で活躍した場合、いくら西方十勇士がいるとはいえ、川神学園の一方的な展開のまま、義経が参戦する機会もなく終了してしまう恐れがある。
壁越え付近まで歩みを進めている両名は、今回の計画において邪魔な存在とマープルに判断された訳だ。
仮にもあずみは九鬼の従者かつ序列1番であるのにも関わらず、この思惑が全く知らされていない。
(交流戦でこの二人を無力化するより、終わった後の対処の方が絶対に面倒なことになるな...)
内心、ため息をついている。
ある意味、九鬼の従者になってから一番面倒な任務になる予感がしていた。
「壁付近の実力者で成人済みの奴が二人もいれば、戦局が左右されちまうのはまあ、分かる。その言い分が通ると判断して、条件付きで了承したんだからよ。純粋な同年代同士でぶつかり合って勝つことも重要だからな」
マープルの要求を受け入れる条件として、鍋島は二つ条件を提示した。
一つ目は、雷はあずみとマルギッテ両名以外の学生と戦闘しないこと。
二つ目は、東西交流戦までに西方十勇士に稽古をつけること。
前者は想定済み、というより元々雷としてもそのつもりであった。あくまでマープルが建前で言っている年齢のフィルターで二人を弾くこと以外に稼働する理由はない。...改めて、文字に起こすとひどいものである。
後者については、当初は想定していなかったものの、結果としては良かったと振り返っている。
1か月と限られた時間であったが、各々と稽古や休日の交流を通じて関係を築くことができ、雷としても様々な戦闘スタイルや知見を得ることができた。
結果としては、"少し"天神館の戦力を底上げしてしまったが、マープルの理想は川神学園と天神館が拮抗する展開のため、想定の範囲内として良しとする。
「俺の読みでは、2年生の交流戦が両校の勝負を分けると踏んでいる。3年生は、百代が大将の時点で無理だ。1年生にも、あの黛大成の娘がいるから厳しいと思ったが、どうやら大将は別の娘になったらしい。それならば、集団の力が強い天神館が勝てる」
東西交流戦は、各学年で両校から選出した200名によって三本勝負で行われる。勝負は三日間に及び開戦されるが、両校の諸事情などを踏まえて1年生→3年生→2年生の順番で進められる。
勝敗は、それぞれが敵大将を倒した時点で勝ちとなり、ルール無用の実戦形式である。
故に、武神である川神百代が大将の時点で天神館の三年生に勝ち目はない。
逆に、1年生は黛の娘ではなく、何故か目立ちたがり屋の小娘が大将になったとのことで、集団戦に持ち込めば天神館の一年生が勝つだろう。
「ああ、こちらの見立ても同じだ。力が拮抗する2年生が全体の勝敗を決めることになる、と。...だが、途中で参戦する義経は強い。故に、参戦後は川神学園が有利になるのは間違いないと言える」
「そこは仕方ないだろう。英雄のクローンとはいえ、同年代の川神学園に転入する予定の生徒だからな。お前さんがあの二人を無力化するんだから、それでもお釣りが出る。それに、だ」
しみじみと夕陽を見つめて、珍しく心の内をこぼすように鍋島は語る。
「もしその義経を討ち取った上で川神学園に勝つことができれば、それこそ天神館の名が全国に轟くことになる。...俺も年をとったもんだ。柄にもなく、期待しちまっている。"キセキの世代"によ」
この天神館で過ごした1ヶ月間、雷としても、何も思わない訳ではなかった。
鍋島の教育者としての在り方を見て。
天神館で努力を積み重ねる生徒を見て。
そして、彼らの中心にいる西方十勇士を見て。
「...鍛錬とは別に、あいつらには戦場の基本をこの1ヶ月間で叩き込んだ。そこまでする必要はなかっただろうがな」
心の油断が一番の敵である。
違和感があれば、指揮官への報告を怠ることなかれ。
戦力が拮抗している戦場では、司令塔を潰した方が勝つ。
雷が、軍時代に徹底して叩き込まれその身に刻まれた意識の数々である。
「九鬼の従者である以上、本来は義経達が転入する川神学園の勝ちを願わないといけないだろう。だが、今の俺は"天神館の生徒"だ。あいつらがどんな立ち回りをするのか。西方の心を持って、特等席で見せてもらう」
そう告げて、館長室から出ていく。
雷が出ていってしばらくした後、鍋島は椅子に座り込んで目を瞑った。
「やはり良い男だな。過去の俺は惜しいことをしたもんだ。...海外までスカウトの範囲を広げるべきだったな」
すっかり冷めてしまった珈琲を一気に飲み干すと、鍋島も川神の地へ向かう準備を始めた。
明日からの東西交流戦で勝利の女神が微笑むのはどちらなのか。
神のみぞ知る勝敗だが、どちらに転んでも間違いなく歴史に残る一戦となるだろう。