「私の専属メカニック…ですか」
沙耶の父親、勇からそんな提案を受けた千景は目を一瞬見開きながら驚いた表情を見せていく。
基本は自分でメンテナンスすることが多いため、専属メカニックなんて必要ないと今まで思っていた。
もちろん雰囲気でそれは勇もわかってはいるものの、それでもなんとなく凄い雰囲気を醸し出しているFDドライバーに専属メカニックがいないのはもったいないと思っていたらしい。
「もちろん君には必要ないことはわかってる、FDを一人でオーバーホールしたなら尚更。でもそれも含めて専属のメカニックがいないのはもったいないと思うんだ」
ちなみにそう思った理由は他にもあり、主に沙耶に走り屋専属のメカニックの経験をさせたいという思いが勇にはあるようだ。
だがそれならそのへんの走り屋を捕まえさせてればいいわけだが…父親曰くそれでは成長しないとのことで…
むしろ車の事を隅から隅まで知り尽くしたドライバーである千景と組んだほうがいい経験になるし娘の知らないメカの世界をもっと奥深く見せれるかもしれない…そう思っているようだ。
「…まあそう思った理由は他にもある、君みたいな車の事を知り尽くしたドライバーにあの子をつかせたらいい経験になると思ってね。丁度専属メカニックの経験をさせたかったし」
「…でもそれなら他のやつのそれぽい人と組ませれば…」
「残念だがそれでは成長しない、専属メカニックってのは理由があって専属やってるんだ。そのへんのやつらじゃ娘の相手にもならん」
「千景ちゃんー、プラグあったよー」
そうこう話しているうちに沙耶が戻ってきたため、引き受けるか引き受けないかは自由なのでまた会った時に回答でも聞かせてくれ…そう告げた勇は右手をひらひらさせながらその場を後にする。
変な人だな…そう内心思いながら見送っていると、沙耶が何か話してたのか?と取ってきた清掃道具や新品プラグを自分のキャリーに置きながら尋ねていく。
「まっ無理にとは言わん、ゆっくり考えてまた答えでも聞かせてくれ」
ー…いやそう言われても…、明らかに今のテンポはしてほしいオーラ全開じゃない…、変なオーナー…ー
「そういえばお父さんと何か話してたの?真剣な感じだったけど…」
もちろん隠すことではないためつつ見隠さず話すと、それを聞いた沙耶があー…という表情を浮かべながらお父さんのいつもの悪い癖だから気にしないでと古いプラグを外しながらそう答える。
どうやら娘に今の松田レーシングの経営をいつか継がせたいと思っている関係で色々と経験させようとしている一環らしい。
「…ってことが…」
「あー…、気にしなくていいよ。あれうちのお父さんの悪い癖だから」
「悪い癖…?」
「そっ、いつかはここ松田レーシングの経営を引き継がせたいって思ってるらしくて経験を積ませようとしてるんだよね。恐らく専属メカニックもそれ関連」
私は継ぐつもりはないんだけどなー、そんなことを口にしながらプラスの交換と清掃を行っている沙耶を横目に見ていた千景は、少し考えるともし自分が専属メカニックをやってほしいと言われたらどうするのかと尋ねていく。
「私は全然継ぐつもりはないんだけどなー、ってか大学卒業したらディーラーで働くつもりだもん。給料とか手当いいしっ」
「…あの、沙耶さん…でしたっけ?」
「うんっ、どっかした?」
「あっいえ…その…、もし私が専属メカニックやってほしいって言ったら…どうしますか?」
するとまさかそんな質問が来るとは思っても見なかったのか思わずえ?という表情を浮かべながら沙耶が作業をしていた手を上げて顔を上げていく。
その後しばらく千景の顔を見つめた後、再び作業を開始しながらもしやってほしいって頼まれたらそりゃできる限りのことはやるけどねーと答える。
「えっ?私が?」
「あっはい…」
「うーん…、もしやってほしいって言われたらやるかなー。千景さんの頼みなら」
とはいえ自分でオーバーホールできるなら専属メカニックなんていらないとは思うんだけどねーと苦笑いを浮かべながらそう沙耶は告げつつ、そういえば作業日程伝えてなかった…と思い出したようにハッとした表情になった。
「でも自分でオーバーホールできるなら要らないような気がするんだよねー、ってやば。そういえば作業日程伝えてなかった…」
プラグ交換自体は30分〜1時間程度で済むもののそれに加えてISCバルブ(ISCV)の取り外し・洗浄もあるため作業時間的には2時間ほどかかるらしい。
特に手伝ってもらうこともないため、あれならエアコンの効いたお店の中で待っててもいいよと沙耶が告げると、それなら…ということでお言葉に甘えることに。
「一応プラグ交換が30分〜1時間程度、それに今回はISCバルブ(ISCV)の取り外し・洗浄もあるからざっと2時間ほどかしら」
「2時間…」
「うん、それよりは早めに終わるようにはするけど…あれならお店の中で待ってていいわよ、今そんなお客さんいないだろうし」
「…なら…」
普段なら断るのだがやはりユキと出会う前暑い中作業していたのが応えていたらしく、エアコンの効いた部屋で涼むついでに飲み物も貰おうと考えているようだ。
するとそれを察してか沙耶が見送ったあと、ユキにその旨を伝えて飲み物を先に用意するようにインカム伝えていくのであった。
「それじゃ…終わったら一言言ってもらえたら…」
ー丁度よかった…さっきから暑いとこいるからいい加減涼みたい…あと飲み物もいただこうー
「ほーい、工場内気をつけてねー」
ピッ
『ユキー、千景さんそっちに行くから冷えた飲み物の準備してあげてー』
『りょーかいですー』
整備工場を後にする形でお店の中へとやってきた千景は、沙耶から事前に聞いた通りまばらな店内を軽く見渡しながら窓際の適当な位置へと腰掛けていく。
するとそのタイミングでキンキンに冷えたジュースのコップをお椀に乗せたユキがこちらに向けてやってきて、テーブルの上に置いてくれた。
「よっと…」
「千景さん、飲み物どうぞ」
ありがとう…そう答えながら一口冷えたジュースを飲んだ千景だったが、流石に仕事中は群ちゃんと呼ばないのね…と指摘していき、ユキも他のお客さんがいるからねーと答える。
出来れば普段からそう呼んで欲しいわ…そう愚痴を零す千景に対して、それは無理です☆と言わんばかりの笑みをユキは浮かべた。
「…そういえば流石にアルバイト中は群ちゃんとか言わないのね…」
「流石に他のお客さんの目もあるし…千景さんもお客さんの扱いだから、ここは」
「…普段からそう呼んで欲しいものね」ハァ
「それは無理です☆私生活はバンバン呼ばせてもらいます♪」
そんなやり取りをしているとフロントに設置された受話器がけたたましく鳴り響いたため、ちょっと失礼するねっと告げながらフロントへと戻ったユキは、電話へと出ていく。
その様子を見ていた千景は、出会った際との印象が全く違う上にコミュニケーションが高い彼女を見て、道理で私みたいな人でもテンポをつかめるわけだ…と納得の表情を見せる。
プルルル
「あっ電話、ごめんちょっと失礼するね…!(タタタッ ガチャ)あっもしもし大変おまたせしました、松田レーシングの霧野ユキです」
「……」
「あーはいはい、お車の点検予約のご連絡ですね?ちなみにお車の調子は……そーですか♪それは良かったです!んで日程なんですが…はい」
ー出会った時と全然印象が違う…ってかコミュニケーション能力がめっちゃ高い…、…道理で私相手に話せるわけだ…ー
そう思いながらふと外の景色に視線を向けた千景だったがふと、あの子は何をやっているだろうか…そんなことを思っていく。
まあ車好きなのは間違いない上に高校も自分と違ってちゃんと通っているだろうから、それ関連の場所で働いて友だちもたくさんいるんだろうな…と懐かしさと自分を忘れているだろうか…そんな寂しさを見せていくのであった。
ー…そういえば…あの子何やってるのかな…今…、まあ普通に高校通ってアルバイトして…友達もたくさんいるんだろうな……。私のこと…覚えてるかな…ー
パパーッ!!
ウォンウォン!!
ブォォォォンン!!
それから2時間が経ち、丁度お昼時に差し掛かろうとしていた頃、松田レーシングの整備工場の外、完成車両置き場では清掃やプラグ交換を終えた千景のFDが沙耶がアクセルを吹かしていることによって元気咆哮させていた。
その近くにはオーナーである千景と父親の勇、お昼時なのでフロントを抜けてきたユキの姿があり、3人に見られる形でFDから降りてきた沙耶が、調子は大丈夫だと答えていく。
「よしっ、調子は絶好調に良くなったわよ千景さん。これならしばらくは大丈夫かしら」
「すみません…ありがとう御座います」
治ってよかったね、横でそう告げるユキに対してうんと答える千景に対して、沙耶がエンジンかけっぱなしにしてあるからそのまま乗って帰っていいよと告げていき、修理代とレッカー代はユキに支払わせるから要らないとも話す。
…が千景はそれは流石に申しわけないので、改めてきた際に修理代は自分から支払わせて貰いますと答えていき、それを聞いたユキがぱっと嬉しそうな表情を浮かべた。
「エンジンはかけっぱなしにしてあるからそのまま乗って帰ってもらっても大丈夫よ、あっ修理代とかはユキに支払わせるからそのへんは気にしなくても…」
「…いえ、流石にその…申しわけないので…また改めて支払いに来ようと思います」
「えっ!?いいの!」
確かに結果的には勝手に呼ばれたもののお陰で助かったのも事実であり、同時に流石に人に支払ってもらうのは申しわけない感情になったらしい。
良かったなーと話す勇に対してうん!と答えながら、千景にありがとうと御礼を告げながら勢いよく抱きついていく。
「まあ確かに勝手に呼ばれたけど…お陰で助かったのも事実ですし…、何より人に支払ってもらうのは申しわけないので…」
「良かったなーユキ、余計な出費出なくて済むぞー」
「ありがとう群ちゃん!!」ギュ
相変わらず距離感がバグっておるうえにお客さんという他人の目がなければ呼ばれる群ちゃん呼びに突っ込みながらも、本気で嫌がってない様子を見抜いていた沙耶はこれはいいコンビになりそうね…と内心笑みを見せながらそう思う。
「あっば…近い…!あとその呼び名やめなさい…!?」
「えーいいじゃん群ちゃん呼び!可愛いし」
「なっ…!?///」
ーふふっ、千景さん。なんだかんだいって嬉しそう。…こりゃいいコンビになりそうねー
そんなこんな話しているとそれじゃそろそろ失礼します…とどうにかこうにかしてユキを振り払った千景が、ありがとう御座いましたと御礼を述べながら車へと乗り込む。
「えっとそれじゃ私はそろそろこれで……ありがとう御座いました…お忙しい中」ペコリ
「全然、困ったときはお互い様だよー」
「よくいうわよ、相手の意見も聞かずに電話してきたくせに」
「むー、結果的には良かったじゃんー!」
その後見送られる形でお店を後にした千景は、幹線道路を行き交う車の間に入るかたちで合流し、そのまま走り去っていく。
「それでは…これで…」
「バイバイー、またうちに来てねー」
「またのご来店お待ちしています」
「何かあったらまたうちに来てくれ、伊達にロータリーも専門にやってからな」
ブロロロロ
そうして千景を見送った3人はお店ともどっていくのだが、その道中で沙耶が父親に千景へ専属メカニックを提案したことを触れて、初対面の人に変なこと言わないのと注意していく。
勇もそのことについては謝りつつ、あんな凄い走り屋の専属メカニックをしたらいい経験になるかもしれないんだぞと反論する。
「あーあと父さん?初対面の千景さんに専属メカニックなんて提案しちゃ駄目だからね、困ってたよあの子」
「いやー、それは申しわけないんだが…あんな走り屋の専属メカニックさせたら沙耶だって成長すると思ってな…」
とはいえあれだけの走り屋に専属メカニックがいるかと言われるとそれは疑問であり、どうせ断られるとは思うけどねーと沙耶はそんなことを呟く。
しかしその横で聞いていたユキは、またお店に来てくれたり峠で出会えるかな…そんな期待を旨にウキウキした表情で歩みを進めていくのであった。
「いやーオーバーホールできる走り屋なら専属メカニックなんて必要ないと思うんだけどねー…、頼んだところで断れるよ」やれやれ
「…♪」
ー群ちゃん…、また来てくれるかな…♪もしくは峠で出会えるなら……ふふっ楽しみだなー♪ー