帝丹高校の生徒会室は、学園の豊かさのわりには簡素で実用的な部屋として知られている。実際、そこは安物の会議室にしか見えない。
窓からおだやかな陽の光が差し込むその部屋で、コナンは中央テーブルを挟んで男女2人の生徒と対峙していた。
正面に座っているのは才色兼備の生徒会長として知られる白鷺美玲。彼女の隣りの仏頂面は――なんて名前だったか――? とにかく副会長だ。
この部屋の主である美玲は手元に視線を落とし、一枚の書類をすらすらと読み上げた。
「――活動内容は『探偵業』。……これって要するに何をやってるの?」
コナンは斜め上を見上げて平坦に答える。
「ええっと、普段はみんなでミステリー小説を読んで推理を披露しあったり、時には人から依頼を受けて捜査をしたり……」
「捜査、って言ってもあなたたち高校生でしょう? 何を捜査するの。彼氏の浮気? 迷子のペット?」
「それもありますし、探し物とか……」
「紛失物?」
「まあそんな感じです」
「ふうん」
つまらなそうに書類を手放す美玲。
コナンは壁時計にちらりと目をやり、次いでスマホの待ち受け画面に視線を落とす。指先がこめかみの火傷痕を撫で回し、テーブルの下では貧乏ゆすりがひとりでに始まる。
(大丈夫かな、あいつら……)
要するに、彼の心はまるっきりここにあらずだった。
同時刻、とある狭くて薄暗い通路を一人の男が歩いていた。男は見張りとしてその場所を受け持っていたが、実際には見張りとしてのプロ意識は乏しい。ただ決められた場所をだらだら往復しているだけだ。
だから彼がT字路に差し掛かったとき、背後から何者かに急襲されてあっさりと壁に押しつけられたのも当然の末路だった。
「いてて……なにすんだよ!」
関節を極められつつ背後から体重をかけられ、身動きの取れない彼がかろうじて口に出せたのはそれぐらいだ。可憐な襲撃者――吉田歩美は、彼の耳元で語気を強めた。
「盗んだ品物はどこ?」
「し、知らねえよ」
「じゃあ寝てて」
歩美は即座に絞め技に移行し、数秒後には彼を失神させた。その手際の巧みさときたら、彼にはかすり傷ひとつ残らなかったほどだ。
生徒会室。
美玲はテーブルに置かれた書類の1点をとんとんと指で叩く。
「そもそも部長は小嶋元太と書かれてるけど、どうしてあなたが出てくるの。部長さんはどこに?」
「
コナンの返答に、これまで美玲の脇で黙っていた副会長が鼻で笑う。
「依頼? フン、負け犬らしい言い訳だな……」
「福田」
美玲にひと睨みされると、副会長はすぐに目を逸らして黙りこくる。かなりバツの悪そうな表情だ。どうやら肩書以上に立場の差がありそうだなとコナンは察した。
美玲はコナンに向き直して静かに微笑む。
「クラブ活動審査の対応なんて新入りのあなたでじゅうぶんだと」
「それは言いすぎなんですけど、いやまあ、はい」
「この面談はあなたたち探偵クラブが部費と部室を維持できるかどうかの重要な判断材料だってこと、部長さんは承知してるの?」
「部費は最悪仕方ないけど、部室がなくなるのは困るぞって言ってます」
「ずいぶん正直だこと」
美玲は天井を仰いで笑みをこぼす。
「団長はいつでもバカ正直ですから」
「でしょうね」
倉庫室の入口。
その扉の前には門番として屈強な大男がいた。
「いた」と過去形なのは、その大男は別の大男によって投げ倒されたからだ。もう少し正確に言うと、門番に襲いかかった大男――小嶋元太――は、即断即決でタックルをかますと門番の巨体を思いきり持ち上げ、ハンマー代わりに扉に叩きつけてこじ開けたのだった。
こうして元太が倉庫室に突入すると、後ろから歩美も走って追いついてきた。さらに後方からは光彦。
「むこうは空っぽだったよ!」と歩美。元太は「じゃあこっちが当たりだな!!」と声を張り上げる。
その部屋は学校の教室ぐらいの広さがあって薄暗く、壁際には所狭しといろんなモノが置かれている。元太と歩美の視線は部屋の真ん中、パイプ椅子に腰掛けている一人の女性に注がれた。どうやら後ろ手を縛られ、捕らえられているようだ。
彼女――灰原哀はゆっくりと顔をもたげ、ジト目で2人を睨んだ。
「待ちくたびれたんだけど」
「哀ちゃんごめーん!」
両手を合わせて舌をぺろりと出す歩美の声色はいたって明るい。囚われの身となっていた哀にも、まるで恐れの色は見られない。
「なあ、こいつがここのボスか?」
元太の指さした先にいるのは、ナイフを構えた人相の悪い男。歯ぎしりをして元太を睨みつけていたが、妙に距離を取っているうえ少々腰がひけている。
「ええ、そうよ」
哀は興味なさげに答える。
「おい、おめーらなんだその態度は……!」
ボスの男が元太に向けてナイフを突きつける。彼の周囲には、同じく腰のひけた男が3人。
「弱そうだなこいつら」
「なっ……!」
血管をヒクつかせる男たち。しかし元太に挑発するつもりはない。彼はただバカ正直なだけなのだ。
生徒会室。
コナンはテーブルに両手を置き身を乗り出していた。
「会長さん、オレ達の協力的姿勢は明確です。年3回の活動報告と、文化祭でクラブの意義を発信する展示を行うこと。新人勧誘にも手を抜かないこと。全面的に受け入れています」
しばらく沈黙していた美玲は、小さく息を吐いてコナンを横目で見上げる。
「……いいわ。今期は様子見しておきましょう」
「会長!」
副会長は不服の声を上げたが会長は首ひとつ動かさない。
「潰すなんていつでもできるもの」
皮肉めいた笑みを浮かべる美玲に対し、コナンは満面の笑顔で頭を下げる。
「感謝します!」
「……それにしても……あなたが
頬杖をつきながら手元の書類を手に取る美玲。
「得意スポーツはサッカー、苦手は野球。絶対音感持ちだけど致命的な音痴。……なにそれ? 本当に優秀な探偵なのかしらね」
「オレが、というよりも、チームが優秀なんですよ」
「チームが、ね」
美玲は隣の副会長に一瞬だけ視線を送り、すぐにコナンに向き直る。
「どんな難事件でも解決できるぐらい?」
「ええ、そのとおりです」
倉庫室に元太と歩美が突入したわずか数分後、そこは完全に制圧されていた。足元には失神した男たちが転がっている。
哀は切り捨てられた結束バンドを踏んづけつつ、手首に残るその跡を苦々しく見つめている。
「やになっちゃうわ。こんなにきつく縛らなくてもいいのに」
「跡が残っちゃったら超メーワクだよね~! でも哀ちゃんが無事でよかった♪」
「ええ、ありがとう歩美」
再会を喜び合う女子2人。その一方で、倉庫室の隅で片っ端から物品を調べていた光彦が大きく声を上げた。
「ありましたよ、探し物が!」
「おっしゃ、これで事件解決だな!」と拳を握る元太。
「それはいいんだけど、わざわざ私がわざと捕まる必要あった?」
哀は大きくため息をつき、それから首を軽く横に振って言葉を続けた。
「まあいいわ、作戦を立てたのは彼だし。私がOK出したんだし」
わははと笑う元太。
「メーワク料としてコナンになんか買ってもらったらどうだ?」
「ええ、フサエブランドの新作をおねだりしておくわ」
目を光らせる哀の不敵な笑みに、探偵団3人は引きつり笑いを浮かべるばかりだった。
「な、なんかいま嫌な予感がしたような……」
「?」
窓の外に顔を向けるコナンの不可解な表情に美玲が眉間を寄せる。
直後、スマホから通知音。バナー表示の冒頭にはURLの文字列。そのURLがフサエ公式サイトのものであることをひと目で把握したコナンの背中に冷たい汗が流れる。
「どうかしたの?」
「な、なにも!」
背筋をぴんと伸ばして美玲に向き直るコナン。
「と、とにかく、うちのチームは本当に優秀ですから。帝丹高校の自慢にだってなりますよ」
「あら頼もしい。もっとも、生徒会として部を公認できるかの基準は優秀か否かじゃなくて、義務と説明責任の問題だけど」
「はい、承知してます」
落ち着きを取り戻した様子のコナンに対し、美玲は身を乗り出して不敵に微笑む。
「……会長権限であなた達の活動を締め上げるのは簡単だけど、そんな安易な手段は取らないわ。いずれ実力で、私のほうが上だと園子お姉様に証明してみせるから」
「ハハハ……お手柔らかに……」
放課後、帰路についたコナンは電話を片手に街中を歩いていた。
「そっちはどうなった? ……そうか、わかった。灰原、おめーは怪我してねーか?」
『誰かさんのおかげで手首が赤いわ』
「うぐっ……。そ、それはすげーわりぃんだが、あの新作バッグはちょっと……」
くすりと微笑みの音。
『わかってるわよ。単に私の好みを伝えただけ』
「お、おう……」
電話先の彼女はさぞかし楽しそうに目を細めているに違いない。
「ああそれと、こっちも一応片付いたぜ。心配いらねえってみんなに伝えといてくれ」
『ええ、ありがと』
歩き電話の途中、コナンは街角の人混みに行き当たって戸惑う。なんでこんなところに人が溜まってるんだ? そしてなぜか誰もが視線を上方に向けている。
彼らの視線につられて顔を上げるコナン。なんてことのない街頭モニター。そのニュース映像に、コナンは息を呑んだ。
『繰り返し速報をお伝えします。6年間その消息が途絶えていた怪盗キッドが、昨夜、活動を再開した模様です』
続くニュース映像では、キッドがかつてのような華麗な怪盗ではなく暴力的な犯罪者に堕ちたとセンセーショナルに報じられていた。幸いにも死者は出なかったが、重症者多数だという。
砕けたガラス、大理石に残る血の跡、怪我人を運ぶ担架の数々……。その光景に、月下の奇術師の華麗な手口を想起させるものは何ひとつない。「高価な宝石めあての野蛮な犯行」とキャスターが語気を強めた。
映像が、顔半分を包帯で覆った警備員のインタビューに切り替わる。名を佐山といい、かつてキッドと対面したこともある男だという。彼は苦々しい顔で吐き捨てた。
『おれはあいつの素顔を見た。おれが見間違えるはずがない。奴は怪盗キッドだ。だが奴はもう月下の奇術師なんかじゃない……。ただのイカれた犯罪者だ』
動きの固まっていたコナンは、電話からの声でハッと我に帰る。
『どうしたの? 何かあった?』
「……ああ……。どうやらデカいヤマになりそうだ」
コナンの表情にいつもの生意気な笑みはない。スマホを固く握りしめ、そのニュースが終わるまで街頭モニターから目を逸らすことはなかった。
本作は既にほぼ書き上がっていますので、完結まで定期更新します。
まずは最初の区切りとなる第5話まで毎日更新予定です。
感想、評価などいただければ大変喜びます。
それでは、完結までしばらくの間お付き合いください。