19 結集〈ギャザリング〉
とある立体駐車場。外の光が差し込む一角に、3人の少年少女――と呼ぶには1人は少々巨体すぎるけど――が佇んでいた。
元太。歩美。光彦。
3人はかれこれ数十分ほどもそこで時間を潰していた。そしてこらえ性のないリーダーが苛立ちを隠せなくなってきたころ、ようやく待望の"音"が聞こえてきた。
現代的な車とは大違いの無骨な騒音。今どきこんな音を立てる車は
助手席から出てきたのは、あくびを浮かべるインテリ美女。運転席からはくたびれた顔のメガネ探偵。3人は一様に安堵の息を漏らした。
「居眠り運転は事故の元ですよ」
「バーロ、ちゃんと仮眠してきたっつーの」
髪を掻きむしりながら口端を釣り上げるコナン。光彦もあきれ混じりに笑みを浮かべた。
そして元太がすかさず本題に入る。
「で、結局なにがわかったんだ?」
全員の目がコナンに集まる。探偵団の"下っ端"であるコナンは、大きく一息ついてから口を開いた。
「キッドを洗脳していた黒幕は村雲小夜子さんだ。今、キッドは改めて洗脳されて、小夜子さんごとどこかに去った」
「……!!」
コナンは順を追ってあらましを話した。キッドの過去、コナンと哀がキッドといかに共闘し、そしていかに小夜子に捕らえられたのか。
3人は驚きの表情を浮かべていたが、しかしその驚きの度合いは少々控えめに感じられた。
「……まったくの想定外ってわけでもねえってツラしてんな」
光彦に視線を向けるコナン。
「ええ、ひとつの可能性としては考えていました。キッドが奪ったお宝のうち、少なくともいくつかはかつて村雲家が所有していた履歴があるという事実に辿りついたからです。偶然にしては奇妙な一致でした」
「さすがだな」
「洗脳装置というのは、さすがに耳を疑うような話ですけどね。……ま、君がその目で確かめてくれたんです。もはや疑いの余地はありません」
「話が早くて助かるぜ」
すると光彦は自嘲気味に肩をすくめる。
「それに、ギャラリーでのキッドが僕の仕掛けたトラップをことごとく見破った不気味さもこれで納得できましたよ。なにしろトラップの設置位置は小夜子さんに逐一報告してましたからね。他人の家なんだから当然ですが……」
「見破られたんじゃなくて、筒抜けだった」と哀。
「まったく、馬鹿馬鹿しい話ですよ」
「よーするにだ!」
元太がデカい顔で割り込み、コナンと光彦の背中を同時にバンバンと叩く。
「おめーらが手分けして捜査したのは大正解だったっつーわけだ。これぞ探偵団のチームワークってやつだろ?」
要するに、手分けすればいいだろと言ったのはオレだぞ、と言いたいのだろう。そして、いちいち意地を張り合うな、とも。
コナンは肩をすくめて笑った。
「ああ、その通りだよ団長」
「……さて、そうなると重要なのは彼らがどこに行ったのかということですが……」
「今夜、鈴木エンタープライズタワーでパーティーがある」
「!」
コナンの言葉に3人が息を呑む。
「美術館フロアの開業記念パーティーだ。おそらく小夜子さんもそこに招かれている。自分で言ってたのさ、『素敵なパーティーに行きましょう』ってな」
「……そのパーティーでは、鈴木家秘蔵のお宝・
「ああ、それもおそらくは元村雲家の所蔵品だろうよ」
「ええ、その通りです。かつて村雲家が経済難で手放した
小さな、しかし満足げな笑みとともにコナンがうなずく。
「小夜子さんをパーティーに招いたのは、その経緯を知ったうえであくまで感謝と友好の意を込めて……ってとこだろうが、小夜子さんときたら相当にひねくれてるからな。たぶん内心では面白くないんだろうぜ」
歩美がひとりしょぼんと肩を落とす。
「ショックだなあ、素敵なおばあさんだったのに……。それに桔梗さんも……」
「人の本性なんて見た目じゃわからないものよ」
「うん、そうだね……。あっ、でも哀ちゃんは見た目も中身もとっても素敵な人だってあたしわかってるよ!」
「ふふっ、ありがと」
コナンは「よし」と拳を固め、全員に向けて宣言する。
「作戦タイムだ。オレは正面から会場に乗り込む。おめーらには陰からサポートしてほしい。……もしかしたら、物騒な事態になるかもしれねーしな」
「おっしゃあ任せとけ!!」
「うん! あたし頑張る!」
「僕もできるだけ道具を揃えておきますよ」
「ああ、頼りにしてるぜみんな」
うなずくコナンに、拳を突きつける元太。完璧な歯並びを輝かせている。
「大手柄が近づいてきたみてえだな」
「もぎ取ってやるのさ、オレ達全員の力で」
「それでこそだぜ」
彼らの横で、哀は腰に手を当ててあきれ顔を浮かべていた。
「……それはいいけど、あなたパーティー用のスーツなんて持ってた?」
「必要ねえよ。オレはゲストじゃねえし」
「だからってその格好はみすぼらしすぎるでしょ」
「み、みすぼらしいって……」
言い淀みながらコナンは自分の服をつまむ。昨日から一日中駆け回り、夜中には村雲邸に侵入して捕まり、地下牢に閉じ込められたままの服だ。確かにひどく汚れているし、正直かなり臭う。服そのものだっておよそ上流階級の集うパーティーには似つかわしくない。
コナンはしばし押し黙り、それからニヤリと笑った。
「だったら、あの服が一番さ」
鈴木エンタープライズタワー低層部、美術館フロアに併設された多目的ホール。ガラスウォールからは夜空と海を照らす満月が目に映る。
今夜、そこは上流階級のゲスト達が集う優雅なパーティー会場となっていた。
なにしろ、かの鈴木財閥が長年にわたって収集してきた美術品や希少品が大々的に常設展示される初めての美術館である。業界人からの期待は大きなものだった。
そういうわけだから、主催者サイドの代表を任じられた園子がこのパーティーにかける意気込みは並々ならぬものだった。
昨夜から会場の設営に奔走していた園子は、開会時間を前に招待客への挨拶回りに余念がない。
そしてその招待客の中に、年齢を感じさせぬ堂々とした立ち姿で優雅に辺りを見回している老婦人の姿があった。
「小夜子さん! ご足労いただきありがとうございます」
「こちらこそ、こんな素敵なパーティーに招いていただいて本当に嬉しいわ。あの小さかった娘さんがこんなに立派になられて、お父様も鼻が高いでしょうね」
「ありがとうございます。鈴木家と村雲家のご縁については、父からかねがね聞いています。……ところで、話は変わるんですけど」
突然小声で小夜子に耳打ちする園子。
「あいつらに、キッド様……じゃなくて、怪盗キッドからの警備を依頼した件、あれからどうなりました?」
小夜子は穏やかな笑みを浮かべた。
「ふふふ、あんな優秀な探偵さん達を紹介してもらえて本当に感謝しているわ。皆さん素晴らしい素質の持ち主ばかり。今日は彼らのことで園子さんにお礼を言いたいと思っていたのよ」
「ご迷惑をおかけしていないなら何よりです」
「ええまったく。それに園子さんも、ますます聡明になられて……。あなたが鈴木財閥の
「あ、ありがとうございます。光栄です」
思わず背筋を伸ばす園子。
「本当はもっと園子さんとお話したいのだけど、そろそろセレモニーの時間でしょう? パーティーが始まったら、また声をかけてくださいね」
「はい、ぜひ!」
礼とともに小夜子と別れた直後、園子に駆け寄る若い声。
「園子お姉さま!」
「あら、美玲ちゃん? 綺麗になったわね~、見違えたじゃない!」
「あ、ありがとうございます! お姉様にお褒めいただいて光栄です! なにより、こんな素晴らしいパーティーに招いていただけるなんて……!」
帝丹高校生徒会長の白鷺美玲。校内では才色兼備の優等生として知られる彼女も、遠い親戚にして憧れの存在である園子の前ではハイテンションを隠せない。
「いいのよいいのよ。あなたもそろそろこういう場に慣れといた方がいい歳だからね」
「ううう、早く園子お姉さまのおそばについてお力添えしたいです……」
「ふふふ、そういう話はまた今度にしましょ? 今日はあたしの晴れ姿を見といてね」
それから数分後、園子は壇上のスタンドマイクで堂々とした声を会場中に響き渡らせた。
『ご来場の皆様、本日はお忙しい中はるばるご足労いただきまして誠にありがとうございます。わが鈴木財閥が総力を上げて実現しました当美術館、そのレセプションパーティーの開催を、今ここに宣言いたします!!』
場内の隅々から温かい拍手が巻き起こり、笑顔を浮かべる園子。彼女の後ろに置かれたガラスケースには、展示品の中でも目玉のひとつである月冠《ムーンクラウン》が据えられている。
しかし彼女が次の段落に進もうとしたその時、耳をつんざくような大声が響き渡った。
「皆さん!! 聞いてください!!!」
人混みの中央、誰かが大声を張り上げていた。
園子はその声を知っていた。そして声の主の顔も。
「げっ」という言葉が漏れ出たのは致し方のないことだった。
声の主は――コナンは、人々の注目が自分に集まったことを確認して再び声を張り上げた。
「今夜、このパーティーに怪盗キッドが潜入しています! 確かな筋からの情報です!」
会場にざわめきが走る。
「キッドだって?」「怪盗キッドがここに来てるのか?」「江戸川コナン!? どうしてここに……?」
キッドが復活したというニュースを知らぬものはいない。誰とも知れぬ乱入者の世迷い言であったとしても、会場をどよめかせるには充分なインパクト。
壇上の園子はマイクスタンドを握りしめたまま、しばしの間だけ口を固く閉じ立ち尽くしていた。
(あのナマガキ、よりによってこんな時に! でも……)
コナンのいるところに事件あり。園子はそれを骨身に染みて知っている。
すなわち、コナンがここに現れたということは
園子の腹は決まった。
そして、汗にじむ拳を握りしめた。
『皆様、落ち着いてください! 彼は鈴木財閥が雇った優秀な探偵です! 皆様、彼の指示に従ってください!』
注目が一斉に園子に注がれる。
口々に挙がる声。「じゃあキッドの話は本当なのか?」「まさか、あのムーンクラウンが狙いか?」「江戸川コナンが、お姉さまの雇った探偵……?」
心臓がバクバクと高鳴る。それでも園子は、まるで平静を装ったまま人々を見渡し、悠然と微笑んだ。
そして壇上に上がってきたコナンを手招きし、他の誰にも聞こえぬようそっと耳打ちした。
「これがデタラメだったら、あたしは左遷よ?」
「わかってる。ありがとう、園子姉ちゃん」
青いジャケット、赤い蝶ネクタイ、グレーのパンツ。
"名探偵・江戸川コナン"本来のトレードマークとも言うべき彼の服装は、格式高いドレスコードからは少々浮いている。
それでも彼は堂々とマイクを握り、その声を響かせた。
『オレは江戸川コナン。探偵です。皆さんの中にはひょっとしたら、オレが昔"キッドキラー"と呼ばれていたことを知っている方もいるかも知れません』
会場の中に、いくつかのどよめきの声。ほんの数人ではあったが、気づいた人は確かにいた。
一瞬だけうつむいて目を閉じるコナン。
なんてこった、とうとう大勢の人の前で名乗りを上げちまった。
かつて一度は探偵であることを捨て、それでもまた戻ってきた。そして今、江戸川コナンが初めて探偵として公の場に立つ。もはや、なかったことにはできない。
再び顔を上げ、人々を見渡す。
『ご存知のとおり、怪盗キッドは変装の名人です。私たち全員で調べましょう。同性同士でペアを作って、お互いがキッドの変装でないかを確かめてください。顔を引っ張ればそれがマスクでないことがわかります。そして確認が終わった後も、次の指示まではペアを離れないでください』
「皆様! 彼の言葉に従ってください!」
園子のフォローのおかげで、人々はコナンの指示通りにペアを作り始めた。それぞれが互いの顔を引っ張り合うという、ある種のコメディのような景色が広がっていく。
そんな中、ペアを組まずに会場の様子をじっと見ていた園子の隣に、いつの間にか老婦人が立っていた。
「それでしたら園子さん、私とペアを組みませんか?」
小夜子が笑みを浮かべる。いつの間に小夜子が隣にいたのか気づかなかった園子は少しだけ驚くが、すぐに「え? あ、はい。喜んで」と答える。
だがそんな二人の間に、突如コナンが割って入った。
「いえ、小夜子さん。実はオレの連れが来てるので、そいつとペアを組んでほしいんです」
「連れ……?」
小夜子の背後に、笑顔の女性。
「お久しぶりです、小夜子さん」
その笑顔の主は、灰原哀その人だった。
小夜子が目を丸く広げるが、あからさまな動揺は表に出さない。
哀は無遠慮に小夜子の頬を両手でつねり、思い切り横に引っ張った。満面の笑顔で。
「若々しいですね、小夜子さん。まるで若者の生き血を吸っているみたい」
「……あなた方、どうやってここに来たのかしら?」
あくまで余裕の表情を崩さない小夜子。だが、その額には青筋が浮いている。
「あら、来ること自体は簡単でしたよ? 苦労したのは陰気な地下室から出ることだけです」
「まあ。ずいぶん変わったところにお住まいなのね」
「村雲家ほど立派な家ではありませんので」
そのやり取りの最中、コナンは小夜子に近づいてそっと耳打ちした。
「何を企んでいるとしても、もう諦めてください」
哀が小夜子の顔から手を離す。
コナンと哀によって囲まれた小夜子。しかし、彼女に動揺の色はない。それどころか、うつむきながらもかすかに笑みを浮かべている。
そして、つぶやいた。
冷たいナイフのような声で。
「
その言葉と同時に、会場を白い煙が包み始めた。