24 帰還者〈リターナー〉
『快斗!!!』
「!!!」
キッドの顔が、初めて驚愕に染まる。動きが止まる。目が見開かれ、唇が震える。
彼がこの声を知っていることを、コナンは知っている。だから叫んだ。あの人の――中森青子の声で。
そしてもう一度。
『快斗……!』
次の瞬間、キッドが叫んだ。
「その声をやめろっっ!!」
洗脳キッド、すなわち"月下の傀儡"が、初めて自らの意思で発した言葉。悲鳴のごとき叫び。
コナンが悪人めいた笑みを浮かべる。
「この声をやめろ? 要するにお前は知ってんだろ、これが誰の声なのか! 当たり前だ、この世で一番大切な人の声なんだからなっ!!」
「……!!」
キッドの指が震える。瞳が震える。何かが、壊れようとしていた。
背後から小夜子が叫んだ。
「……月下の傀儡よ! もうそいつを捕える必要はない! すぐに殺しなさい!!」
「ぐう……!」
一瞬うつむいたキッドが、迷いや混乱を振り払うかのように首を振る。そして、コナンめがけて走り出す。
コナンは動かない。正面からキッドを見据え、声を張り上げる。
「この声を覚えてるなら迷う必要はねえ!! 誰がお前の敵なのか、もうわかってんだろうが!!」
「がああ……!!」
キッドが拳を振りかぶる。技でもなんでもない、子どもの喧嘩のような大ぶりのパンチ。
コナンは避けなかった。瞬きさえしなかった。
その拳が、止まるとわかっていたから。
震える手が、コナンの目の前で行き場を失った。
「あお……こ……。ゆづ……き」
涙。
キッドの目から、一粒の水滴がこぼれ落ちる。
そしてもう一粒。
コナンは静かに、しかしまっすぐに告げた。
「……もう終わりにしようぜ、キッド」
そして、キッドは膝をついた。まるで"支配"が崩れ落ちた、その象徴のように。
だが、その光景を必死に拒む者が声を張り上げる。
「世迷い言は無視しなさい、月下の傀儡よ! お前は"作品番号1412、月下の傀儡"!! それだけがお前の名前よ!!」
小夜子が叫んだその名前、"作品番号1412、月下の傀儡"こそが、キッドの洗脳を再起動する
6年の歳月を費やして精神の最も深くに植え込んだこのトリガーが、破られるはずがない。そんなはずがない。
「ぐ……あ……!」
キッドが立ち上がる。震える脚で、しかし天を向いて立つ。
小夜子の口端が歓喜に歪む。勝利の笑み。
キッドが叫ぶ。腹の底から、魂の底から。
「オレは……! オレは怪盗キッド……! オレは、黒羽快斗だっっっ!!!!」
身を翻す。
右手、ゴム弾銃。
弾丸が、小夜子の肩口で爆ぜた。
「があっ!!」
肩を押さえて倒れ込む小夜子。急所ではないが、老婦人が耐えられるような
その小夜子に、一歩一歩近づいていくキッド。その手には銃ではなく、
「キッド、やめろ! その人は生きて裁きを受けるべきだ!!」
「怪盗さん! あなたのゴールはそっちじゃないわ!」
キッドは止まらない。
ふらつく足取りで、一歩ずつかつての"主"に近づいていく。
小夜子の顔は蒼白に染まり、恐怖の目で"傀儡"を見上げる。
「う……あ……」
手が届く距離。
怒り、憎悪、すべてがこもった目で小夜子を見下ろすキッド。
歯が軋む。
カードを持つ手からは汗がしたたり落ちる。
そして――
その手から、カードが滑り落ちた。
「――血まみれの手じゃあ、あいつらを抱きしめられねえ」
立ち止まり、天を仰ぐキッド。
そしてコナンに瞳を向ける。
「……キッド……」
「……ケッ、おめーらの甘さが
その時だった。
スピーカーから馴染みある声が聞こえてきたのは。
『みなさん、聞こえてますか! こちらコントロールルームです!』
「光彦!」「円谷くん!」
『こちら、ビルの制御システムを奪回しました! 停電も電波妨害もすべて解除……警察にも通報済みです! もう大丈夫ですよ!』
『皆さま、私は鈴木園子です。鈴木家を代表し、今ここに復旧を宣言します! 皆様におかれましては身の安全を最優先したうえで、これから来てくださる警察・消防の方々に全面協力することを要請します』
コナンの顔から思わず笑みがこぼれる。
「さすがだぜ光彦……!」
「さすがは探偵団の
「……そのアホみてーな役職名、どーにかなんねーのか?」
「あら、不満なら自分からみんなに言ってみたら?」
「ハハ……」
苦笑するコナン。
しかしその他愛もない会話を破ったのは、乾いた高笑いだった。
「アハハ……ハハハ!!」
肩口を押さえながらかろうじて身を起こした小夜子が、妙に強気な笑みを向ける。痛みをこらえながらも、まるで勝ち誇っているかのように。
「認めましょう……私の計画が敗れたことを」
キッドが冷たい目で見下ろす。
「今さら逃げられるとでも思ってんのか? てめーはもう終わりだよ」
「逃げる? アハハハハ!! 誰が逃げるものですか!!」
「!?」
「手に入らない芸術など、いっそ壊してしまったほうがまし……。ふふふ、世の傲慢な収集家どもの気持ちが、今ならよくわかるわ。たとえ我が身を巻き込んでも、ね……」
「……!! てめえ、まさか……!!」
血の気が引くキッド。
コナンがキッドの肩を掴む。
「おい、どういうことだ!?」
「……オレが仕掛けた爆弾……」
「!!?」
邪悪な笑みを向ける小夜子。
「あの爆弾は、本来証拠隠滅と偽装テロのためのもの。目撃者をすべて殺し、完全犯罪を完成させる計画だった……。だけどもし計画に万が一のことがあれば、そのときは爆弾が起動してすべてを清算するようあらかじめ設定してあったのよ。
「……!!!」
「あのエンジニアの坊やはまるで気づいてないでしょうね。良かれと思ってやったことが、あなた達全員を死なせる引き金になるなんて」
「くそがっっっ!!!」
キッドが駆け出す。小夜子など無視して、一直線に部屋の出口へ。
「キッドッ!!」
「無駄よ。タイマーの残り時間はほんのわずか……。もうすぐ、私たち全員がこの悪趣味な建物とともに亡骸に変わる」
「知るかよそんなこと……っ!!」
コナンが飛び出し、全速力でキッドの後を追う。
第2サーバールームの外の通路へ、そしてロビーへ。歩美と桔梗が闇で戦ったそのロビーは、照明が復旧したことで明るく照らされていた。
その片隅、インテリアとして置かれた観葉植物の陰。
黒く、大きい、異様な存在感の塊。
怪盗キッドがその塊の前で立ち尽くしているのを、コナンは目の当たりにした。
「……!!」
小さな液晶モニターに表示されたタイマーが、無慈悲に時を刻む。
血の気が引く。
コナンにはわかる。これは半端な爆弾ではない。こんなものがここで爆発すれば、主柱が壊れることで上層部が崩れ落ちる。最悪の場合は連鎖的な崩落が始まるだろう。
そしてこの残り時間では、ここから階を下って外に運び出そうとしても到底間に合わないだろう――。
「キッド……こいつは……!」
振り返るキッド。
自嘲の笑み。
「オレが仕掛けたんだ、こいつは。操り人形として……」小さく首を振る。「それでも……やったのは、オレだ」
「……それは……!」
キッドは微笑んでいた。まるで、なにかを悟ったように。
そしてその目を、外にへと向けた。
月。
海。
先刻までは遮光シャッターによって覆われていたガラスウォールが、その美しい景色を映し出している。
水平線上の鮮やかな満月が、夜の海を照らして光の柱を浮かべていた。
キッドが口端を吊り上げる。
「月が沈む舞台、か……」
「え?」
そして、静かに告げた。
「名探偵……あのガラス、割ってくれ」
「……? こんな強烈な爆弾、窓から捨てても被害は防げねえぞ!?」
「……いいから、頼む」
そのとき、コナンは気づいた。月を見つめるキッドの意思を。彼の覚悟を。
「キッド……お前……」
「さっさとしろ。もう時間がねえ」
「……くっそお……!」
一人掛けのソファーに狙いを定める。キック力増強シューズの一撃。唸りを上げたソファーがガラスウォールに激突し、けたたましい音とともに大きな穴を開ける。
そのとき、キッドはベルトを爆弾に巻き付けて、腰だけでなく胸と肩へと回していた。重い塊が、グライダーのハーネスに一体化する。
「へっ、自分で自分のケツを拭くってのも結構重いもんだな」
「……大バカ野郎が……!」
「……名探偵」
キッドは外を向いたまま、瞳だけをコナンに向けた。
そして、笑った。
「ありがとよ」
キッドが走り出す。
あの美しい満月に向かって。
悠々と。堂々と。
これが本当の最後の仕事だと、翼は知っていた。
そして、
飛び立った。
風を切る音が耳を叩く。
(いつだって、ポーカーフェイスを忘れるな……。そうだよな、父さん。別れのときだって同じさ)
夜の海を眼下に見つめながら、キッドは微笑んだ。
残り時間はおそらく10秒に満たない。ようやくじゅうぶんに距離が取れた。自分の仕事はここまでだ。
(あとは……生き残ることだっ!!!)
爆弾を巻き付けるベルトを、カードの刃で切りつける。重みが消える。黒い塊が、暗い海に落ちていく。
水しぶき。
(離れろ……早くっ!)
高く。もっと高く。月に向かって。
彼の者は、月下の奇術師。
彼の名は、怪盗キッド。
――。
巨大な轟音。全身を揺らす衝撃。
闇の海の真ん中で水柱が立ち上がり、獰猛な白がすべてを呑み込んでいく。
翼が制御を失う。
暴風がフレームをへし折り、折れた翼もその主も、でたらめに宙をのたうち回る。
海という魔物が口を開ける。
怪盗は、
意識を失い、
呑まれていった。
――。
――――。
――――――。
遠いどこかから、小さな音が聞こえた。
爆発の音。
だけど建物は揺れていない。
なにも起きていない。
床に座り込んだまま小夜子は悟った。
計画が、終わったということを。
「馬鹿な……なぜ……」
呆然と壁を見つめる。
生気の抜けた顔。たった数分で、十数年老けたような顔。
コツリ。
背後で足音が鳴った。
「……小夜子様」
「!!!」
その声に、歓喜が背骨を突き抜けた。
その場で立ち上がり、後ろを向く。
美しき黒髪のメイドがそこに立っていた。いつもどおりの、無感情の顔で。
老婦人のやつれた顔から喜びが溢れ出す。
「おお桔梗! わが最初の傑作よ!! お前さえいれば、私の計画はまだ終わらない……!」
手のひらを、最も忠実な
「さあ、まずは私の邪魔をする者どもを皆殺しに……!」
小夜子の言葉はそこで止まった。
みぞおちに、手刀。
「か……は……!」
肺から、かすれた悲鳴が漏れる。前のめりに崩れ落ちる。
桔梗の表情は、なんら変わっていなかった。静かな瞳。怒りも憎悪も、何もない。ただ冷静に、己が"主"の体を抱きとめ、そして告げた。いつものように、淡々と。ただ淡々と。
「小夜子様……私たちは、負けました。大人しく降伏し、裁きを受けましょう」
意識を失った小夜子の体を支え、桔梗はそのまま立ち尽くす。
その彼女に、背後から誰かが声をかけた。
「ありがとう、桔梗さん」
「……灰原さん」
かつて自由なき存在だった哀が、ずっと自由を奪われてきた桔梗に微笑みかける。
「もう、あなたはその人の人形じゃないわ」
「……本当にそうでしょうか。小夜子様のいない自分が何になれるのか、私にはわかりません」
笑みとともに首を横に振る哀。
「何になれるかなんて、そんなこと問題じゃないわ。だって、あなたは……人間だから」
「……人間」
己の胸に手を当てる。
「たとえ誰かの道具にされていたとしても。たとえ、その手がどれほど罪で汚れていたとしても。……人はいつだって、次の一歩を自分の意思で選べる」
哀は微笑んだ。精いっぱい、微笑んだ。
「あなたは選んだ。それが……あなたが“人間”であることの証よ」
桔梗もまた、初めて笑みを返した。
「……ありがとうございます」
静寂の夜。
ささやかな波が寄せては返すコンクリートの海岸に、一度だけ大きな水音が響き渡った。
誰かが誰かを抱え、海から這い出てきたのだ。
「はあっ! はあっ……! ゴホッ、ゴホッ!」
地面に突っ伏し、大きく息を切らすコナン。全身の疲労が凄まじい。あともう少し海岸が遠かったら、おそらくたどり着けなかっただろう。
ずぶ濡れの髪から水が垂れ落ち、目の前に水たまりを作る。
やがて隣で仰向けの男が、口から水を吐き出した。
「ガハッ! ガハッ……! ……ハア、ハア……」
あきれたような笑い声がコナンの口からこぼれ出る。
「ははっ、やっぱり生きてやがったか! マジでしぶといヤローだぜ」
そして、座り込んで深く息をついた。
「……ま、こんなところで死なれたんじゃあ骨折り損だけどよ」
目を覚ましたキッドが、顔だけをおずおずとコナンに向ける。
「……名探偵……」
「誰譲りなんだろうな、おめーの悪運の強さは」
「……」
力の入らぬ体を一生懸命動かして、キッドは無理やり膝立ちになった。
顔を上げる。
巨大なビルがそびえ立っている。
爆破の跡どころか、傷ひとつ残っていない。無数の窓からいくつもの灯りが漏れている。
その灯りが、彼ら2人を照らしていた。
「……おめーが守ったんだ、キッド」
「……そうか……」
静かにつばを呑む。
更に遠くの方で、警察車両の赤い光が点灯しサイレンが鳴り響いていた。
キッドは改めて座り込み、コナンと並んで海を見つめた。
月はもう、沈みかけていた。
しばしの沈黙。
それを破ったのはコナンだった。
「なあキッド、おめーこれからどうすんだ?」
「え?」
キッドが振り向く。
「操られていたとはいえ、おめーが手配犯ってことは変わらねえ」
「……ああ、わかってる。"怪盗キッド"はもうおしまいさ。オレがキッドをやってたのは遊びなんかじゃなかった。……でも、今のオレにはもっと大切なものがある」
目を閉じてうつむくキッド。満たされたような笑み。
「お前と会うのも、これが最後さ」
コナンは少しだけ黙り込み、それから目を細めた。
「正直言うぜキッド。ちょっとだけ寂しくなりそうだ。……ちょっとだけな」
「ははっ、ありがとよ。オレも同じさ。お前との鬼ごっこ、結構楽しかったぜ」
「……ああ、オレもだ」
それからキッドは膝に手をつき、ゆっくりと立ち上がった。
そしてコナンを見下ろした。兄が弟に向けるような、上から目線のキザったらしい笑みで。
「……なあ名探偵。オレ達がなんで
それはずっと長い間、この上なくあからさまでありながら決して深く追求されたことのない問いだった。
かつて怪盗キッドが工藤新一に変装するのに、顔をいじる必要なんてこれっぽっちもなかった。可笑しいぐらいに同じ顔をした2人の他人。もちろん、江戸川コナンとも同じ顔。
その長年の問いを前に、コナンの態度は冷めたものだった。何をつまらないことをとでも言いたげに、鼻で笑い飛ばしたのだ。
「バァーロ。とっくに気づいてるよ。オレ達の親父は……」
「ああ」
コナンの言葉を途中で遮りながら、キッドは上着の内ポケットに手を差し入れた。
取り出したのは、一枚の写真。ずぶ濡れだが、形は保たれている。小さなクリアファイルに、大切に挟まれていた。
コナンの手を掴み、その写真を強引に手渡す。
「大切にしろよ」
「……?」
手に取った写真に目を落とす。
古びた写真。
身なりの良い人々が、笑顔で並んでいる。大人に囲まれた中央に、タキシード姿の少年が2人。
思わず目を奪われる。
コナンはそれが誰か知っていた。その2人の少年の、少なくとも片方のことは、誰よりもよく知っていた。
工藤優作。
コナンの――工藤新一の――たったひとりの父親。その父の晴れ姿。知的で育ちのいい、小憎らしい笑顔。
そして優作の隣には、彼と瓜二つの少年が写っていた。同じタキシード、同じ背格好、同じ顔。まったく同じ、キザな笑顔。
自然と、笑い声が漏れた。
「へっ、こんな古いもん持ってやがったのかよ。今となっちゃあこの写真一枚が、オレ達の真実を証明するたったひとつの……」
顔を上げたコナン。
だけど、そこにキッドはいなかった。
周囲を見渡す。
彼はもうどこにもいなかった。
あきれたような笑みとともに再び写真を見つめ、それからそっと胸にしまいこんだ。
「これが最後の目眩ましかよ。バーロ……」
月を見る。水平線という名の舞台にゆっくりと沈みゆく月を、静かに見届ける。
そして、微笑んだ。
「あばよ、キッド」
ややあって。
誰かが走って近寄ってきたことに、コナンは音で気づいた。
その足音の主が誰かということも、音だけでわかった。
「工藤くんっ……!」
その場で立ち上がり、振り向く。
勢いよく抱きつかれ、思わずたたらを踏んだ。
「危ねーだろ、バーロ」
「よかった、無事で……」
華奢な肩をぎゅっと抱きしめ、互いの体温を感じ合う。しばらくそうしていると、ようやく哀が顔を上げた。
「……キッドはどうなったの?」
不安げな顔。
だけどコナンは彼女の前髪を指ですくって、そっと微笑んだ。
「あいつはもう行っちまったよ。"怪盗キッド"は……死んだのさ」
「死んだ?」
「ああ」
言葉とは裏腹の満足げな笑顔。
何度か目をぱちくりさせた哀は、「ふふっ」と目を細めた。
「寂しくなるわね」
「ああ」
素直に頷くコナン。
「ちょっとだけな」
エピローグ
村雲小夜子の事件は世間を震撼させた。
名家の老婦人による、恐ろしく大規模で大胆な犯行。あの怪盗キッドが彼女の手下だったという事実。
だが、事件の核とも言うべき「洗脳装置」について、表社会には一切情報が出回ることはなかった。あの装置の存在は、社会に与える動揺があまりにも大きい――事件を担当した警察幹部は、重要証人であるコナンにそう告げた。そして、警察はあの装置の出どころを徹底的に解明すると強調した。
そこから先は探偵の領分ではない。コナンはすべての情報を――ただし、怪盗キッドの正体と行方を除いて——警察に渡し、事件から手を引いた。
ひとつ誤算があるとすれば、あの事件によって「少年探偵団」と「江戸川コナン」がちょっとした有名人になってしまったことだろう。コナンについては、幼少期にキッドキラーとして少々名が売れたことも取り沙汰された。
「オレ達有名人だぜ!」と盛り上がる元太に対し、コナンは「探偵の顔が売れてどうすんだよ」とぼやいたが、工藤新一時代の目立ちっぷりを思い出してどうにも歯切れが悪くなってしまったのも事実だ。
それとは逆に、嬉しい誤算もひとつあった。生徒会長の白鷺美玲から直々に、「探偵クラブの活動審査は終了した」との通達があったのだ。
自分自身と園子の危機を救ってくれた探偵団に難癖をつけるわけにはいかない――おそらくはそんなところだろうと推測できるが、真意のほどは定かではない。
いずれにせよ、部費と部室を巡る攻防から解放された探偵団にしばしの平和が訪れたと言えるだろう。
一連の功績を称えられ、コナンは見事「下っ端」から「ヒラ団員」に昇進することとなった。「なんだそれ」と言ってはいけない。
ある晴れた日。
コナンは公園のベンチで本を読んでいた。気温は低くとも、陽の当たる場所はほのかに暖かい。彼の隣では、哀がうつむいて静かに寝息を立てている。
ふと、足元にピンク色のボールが転がってきた。
「ボールとってくださ~い」
舌っ足らずの可愛らしい声が聞こえた。思わず笑みをこぼしたコナンは、両手でボールを掴んで立ち上がる。
「はい、どうぞ」
駆け寄ってきた幼い女の子にボールを手渡す。
「おにいちゃん、ありがとう」
にこにこと笑う、ツーサイドアップの女の子。彼女はボールを受け取ると唐突に立ち止まり、コナンの顔をきょとんと眺めた。
「?」
誰だろう。この子の顔、どこかで見たことがあるような。
そんな疑問がコナンの頭に浮かんだ直後、女の子は首をかしげてつぶやいた。
「お兄ちゃん、あたしのパパにそっくり」
コナンの目が丸く広がった。
直後、遠方から女性の声が届く。
「結月~! もう帰るわよ~!」
「うん! お兄ちゃん、ありがとね!」
走り出した女の子は、もう振り返ることはなかった。
少し遠くで両親が彼女を出迎え、母親が女の子の手を握った。
「ちゃんとお礼言った?」
「うん!」
母親の隣で父親がしゃがみ込み、我が子と同じ目線で頭を撫でた。
「えらいぞ~結月」
父親は、確かにコナンに瓜二つだった。眼鏡がない以外は同じ顔。同じ体格。声までもが同じ響き。
だけど彼は、コナンを一瞥もしようとはしなかった。彼の優しい眼差しは、ただ家族だけに向けられている。
コナンもまた、決して彼らに声をかけようとはしなかった。
父親は女の子を肩車し、そしてコナンに背を向けて歩き出した。
「今日はパパがキーマカレーを作ってあげるぞ~、結月」
「やった~! パパのキーマカレー大好き!」
「ふふっ、快斗ったら、いつも結月の好きなものばかり作るんだから」
少しずつ姿が小さくなっていく家族を、コナンはただ静かに微笑んで見送った。
ご愛読ありがとうございます。本作はこれにて完結となります。
感想、評価などいただければとても嬉しいです。
それでは、またどこかでお会いしましょう。