檻の中で、君を待つ   作:かるご

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反旗を翻す者

夕暮れ時の港は、鉄と潮の匂いに満ちていた。

フードを深く被った白髪の少年──シドは、アイゼンライヒ行きの船を予約しようとして、受付に止められていた。

 

「悪いな、兄ちゃん。この国は今は行けないんだ。何せここに行った奴らはみんな帰ってこれなかったし、何しろ悪い噂が山程でてくる。何しに行くのか知らんが、命が惜しかったらやめときな」

 

 

浅黒い肌の男が、善意からの忠告をシドに投げかける。

 

 

「船に乗りたい。金はないが」

 

「はあ? 金がないならなおさら無理だ。密航でもして行きたいんなら勝手にしろ。あの国の部隊に見つかったら、何をされるか分かったもんじゃねえ。ほら、帰った帰った」

 

 

シドは特に感情を動かすこともなく、「そうか」とだけ呟いて足を引いた。

普通に行くのが無理なら、別の手段を考えるまでだ。シドの思考は至って合理的であり、同時にどこか致命的にズレていた。

夜になり、冷たい潮風が吹き荒れる頃。シドは人目を避けて薄暗い砂浜へと足を運んでいた。

強硬手段に出るために、周囲に人がいないかを周囲を確認すると、遠くの闇に蠢くいくつかの人影を捉える。

物陰に身を潜め、音もなく近づいて様子を伺う。

そこにいたのは五人の人間。中心にいるのは、体型に対して明らかにサイズの大きい、ボロボロのタクティカルコートを羽織った紺青の髪の少年だった。そして少年が乗るのを待っている4人の男が乗っている小さな小舟が一艘。

彼らは周囲を激しく警戒しながら、手際よく荷物を船に積み込んでいた。

シドはその積み荷をじっと観察する。

被せられた布の隙間から見えたのは、大量の食料、そして医療品だった。

 

 

(あの船に乗れば、向こう岸に行ける)

 

 

どうすればあの船に乗れるか、シドはいくつかシュミレーションし、これなら穏便にすませれる可能性が高いとと革新した。直後、夜の闇に溶けるようにして彼はその場から姿を消した。

 

 

 

─────

 

 

 

「急げ。月が雲に隠れているうちに行くぞ」

 

 

ルカは顔や手首に刻まれた古い傷跡を夜風に晒しながら、押し殺した声で仲間に指示を出した。彼が着ている大きなコートは、かつて自分たちを逃がすために命を落とした、前リーダーの形見だ。その重みを背負いながら、ルカはアイゼンライヒで苦しむ人々、そして囚われた実の姉のために命を懸けていた。

五人全員が小さな小舟に乗り込み、いよいよ岸を離れようとしたその時。

 

──ゴトッ

 

船の後部、積み込まれた野菜の袋のあたりから、鈍い衝撃音が響いた。

ルカ達は一瞬で全身の神経を尖らせ、コートの内側に隠した銃に手をかけながら振り返る。

 

 

「誰だ」

 

 

鋭い視線で音のした場所を睨みつける。しかし、そこにいたのは袋から零れ落ち、転がっている野菜だけだった。

 

 

「何かいたか?」

「……いや。物資が少し崩れただけだ。気のせいだな。出すぞ」

 

 

ルカは警戒を解き、小舟は静かに滑り出した。

 

 

 

冷たい夜の海を渡り、小舟は独裁国の暗い浜辺へと静かに接岸した。

 

 

「よし、上陸だ。アジトまで一気に運ぶぞ」

 

 

ルカの指示の元、レジスタンスたちは手際よく物資を背負い、夜闇に紛れて歩き出す。

アジトまであと一歩。街外れの廃墟群に差し掛かったその時、突如として夜の闇を裂く強い光が彼らを照らし出した。

 

 

「動くな! 手をゆっくり上げてこちれに振り向くけ」

 

 

巡回中の兵士だった。ライトの向こう側で、銃口がルカたちに向けられる。

 

 

「クソッ……!」

 

 

ルカは動じることなく、背後の仲間に向かって小声で素早く告げた。

 

 

「前へ行け。ここは俺が止める」

 

 

物資を抱えた仲間たちが、ルカの指示に従ってアジトの方角へと一斉に走り出す。

それを見た兵士が、警告を響かせながら銃の引き金に指をかけた。

 

 

「止まれ! 止まらなければ撃つ!」

 

 

ルカは抵抗の意思がないことを示すように、両手をゆっくりと上げて兵士の方へと振り向く。深い紺青の髪が揺れ、兵士と視線が真っ正面から交錯した。

次の瞬間、兵士の周囲の空間に局所的な重力が発生する。

兵士は何が起こったのかを理解する暇すらなかった。彼が構えていた銃が、そして彼自身の肉体が、目に見えない強大な圧力によって「ギュッ」と中心の一点へと引き寄せられ、一瞬にして圧縮される。

ボキボキと骨の砕ける生々しい音が響き、兵士は悲鳴を上げることも許されずに絶命した。

ルカは一瞥もくれず、すぐに反転して仲間たちの後を追う。衣服に付着した埃を払う余裕すらなく、彼は夜の闇をアジトへと全速力で駆け抜けていった。

 

 

 

─────

 

 

 

廃墟の奥に隠された地下アジトの鉄扉が、重々しい音を立てて閉まった。

 

 

「ふぅ……っ、なんとか、撒けたか……!」

 

 

物資を床に下ろした仲間たちが、一斉にその場にへたり込む。張り詰めていた緊張が解け、誰もが荒い息を吐きながら安堵の表情を浮かべていた。

だが、リーダーであるルカだけは、冷たい汗を拭うこともなく、すぐに鋭い声を響かせた。

 

 

「全員、一息ついたらすぐに荷物をまとめ直せ。三分で出る。別のアジトへ移るぞ」

 

 

その言葉に、アジト内の空気が凍りついた。

せっかく国境を越え、安全な場所にたどり着いたと思った矢先の即時移動の指示。当然、疲弊しきった仲間の一人が、不満を隠そうともせずに声を荒らげた。

 

 

「おいおい、冗談だろ? やっと戻れたんだぞ。物資を運ぶだけでもう全員限界だ。さっきの奴は、お前が綺麗に消したんだろ? 少しは休ませてくれよ!」

 

 

ルカは身を切るような仲間の疲労を誰よりも理解していた。だが、彼は前リーダーの形見である大きめのコートを強く握りしめ、感情を殺した理知的な瞳で仲間を見据えた。

 

 

「一週間近く前には、この辺りに兵士はいなかった。今日、あの場所に兵士がいたってことは、このエリア一帯の警戒レベルが上がっている証拠だ。血痕は残らないようにしたが現場が見つかるのも時間の問題だし、敵が近くにいる状態でここに留まるのはリスクが高すぎる」

 

 

ルカの言葉は、冷酷なほどに正論だった。

 

 

「……前リーダーが繋いでくれたこの灯火を消すわけにはいかない。命を無駄にしたくないなら、動け」

 

 

前リーダーの名を出され、反発した男はぐっと言葉を詰まらせた。ルカの紺青の瞳に宿る、全員を生き延びさせるという絶対の覚悟。それに気圧されるように、男は決まずそうに視線を外すと、「……ちくしょう、わかったよ」と吐き捨てて準備を始めた。

張り詰めた空気の中、アジトが慌ただしく動き出す。

ルカは周囲の状況に目を配りながら、コートのポケットにそっと手を入れ、一枚の古びた写真を取り出した。

写真に写っているのは、今よりも少し幼い自分と、穏やかに微笑む大好きな姉の姿。

 

 

(待っていて姉さん。必ず、僕が救い出すから……)

 

 

ルカは写真を見つめ、胸の奥で静かに、しかし激しく誓いを新たにした。写真を丁寧にポケットの奥へしまい込むと、彼の表情は再び冷徹な指導者のものへと戻る。

 

 

「準備を急げ。外に用意してある車を使う。国境の包囲網が狭まる前に、ここを脱出するぞ」

 

 

短く指示を出し、ルカは仲間たちを率いて、再び夜の闇へと足を踏み出していった。

 

 

 

─────

 

 

 

深夜の静まり返った舗装路を、一台の車がヘッドライトを消したまま、月明かりだけを頼りに疾走していた。

車内の空気は、アジトにいた時以上に張り詰めている。

助手席に座るルカは、窓の外の暗闇へ鋭い視線を走らせ、常に周囲の気配を警戒していた。後部座席には、先ほど命懸けで運び込んだ食料や医療品の袋が詰め込まれており、仲間たちはそれぞれの武器を抱え、声を潜めて押し黙っている。

エンジン音だけが低く響く、不気味なほどの静寂。

目的地である別のアジトまで、まだ時間がかかる。このまま何事もなく切り抜けられるかと思われた、その瞬間だった。

 

──ガガガガガガッ!

 

突如として、夜闇を切り裂く激しい銃声が響き渡った。

伏兵だ。あらかじめルカたちの移動ルートを予測していたかのような、容赦のない待ち伏せ。闇の奥から無数の火線が走り、車のボディを激しく叩く。

 

 

「待ち伏せだ! 飛ばせ!!」

 

 

ルカが叫ぶのと同時に、運転席の仲間が狂ったようにアクセルを踏み込む。しかし、敵の狙いはあまりにも正確だった。

激しい金属音と共に、一発の銃弾が車の前輪タイヤへと直撃する。

パァン! という凄まじい破裂音が車内に響き渡った。

タイヤを失った車体は、一瞬にしてバランスを崩す。制御を失った金属の塊は、荒々しく路面を滑り、火花を散らしながら激しく横転した。

天地が逆転する。

凄まじい衝撃がルカたちを襲い、車内には割れたガラスの破片と、積み荷の野菜が激しく飛び散った。視界がぐにゃりと歪み、凄まじい金属の軋み声のあと、車は上下逆さまになった状態で、地面に激しく叩きつけられた。

立ち込める白煙と、ガソリンの臭い。

先ほどまでの疾走感が嘘のように、現場には痛々しい静寂が広がっていた。

キチキチと、横転した車から不気味な金属音が響く。

 

 

「……う、ぐ……っ」

 

 

衝撃で歪んだドアを蹴破り、いち早く車外へと這い出たのはルカだった。頭部から血を流し、全身に強烈な打撲の痛みが走る。しかし、自分の体など気にしている余裕はなかった。

 

 

「みんな、無事か……っ!」

 

 

車内を覗き込むと、何人かの仲間が意識を失い、あるいは足の骨を折って身動きが取れなくなっていた。積み荷の多くが血と硝煙にまみれて散乱している。

その時、夜の闇を裂いて、容赦のない複数のサーチライトが横転した車を一斉に照らし出した。あまりの眩しさに、ルカは思わず片手で顔を覆う。

 

 

「アッハハハハハ! 泣かせるヒロイズムね、泥ネズミめ!」

 

 

高らかで、しかし刃物のように冷酷な笑い声が響き渡った。

ライトの向こうから軍靴の音を響かせて姿を現したのは、アイゼンライヒの治安維持部隊を率いる隊長だった。その背後には、完全にルカたちを包囲した完全武装の兵士たちが並んでいる。

 

 

「クソっ……!」

 

 

ルカは悔しさに歯を食いしばり、声を漏らした。完全に嵌められた。

車内には動けない仲間たちがいる。ここで全員で戦っても全滅は免れない。ルカは一瞬で覚悟を決めた。自分が囮になって敵を引きつければ、わずかでも仲間が生き残る確率が上がる。

ルカは怪我の痛みを押し殺し、ボロボロの体でライトの前へと歩み出た。

 

 

「……俺の異能が目当てなら、好きにしろ。けど、こいつらには手を出すな」

 

「あら、交渉のつもり? 命乞いではなく自分を差し出すなんて、反吐が出るほど安っぽいわ」

 

 

隊長は嗜虐的な笑みを浮かべ、侮蔑の眼差しをルカに向ける。

 

 

「黙れ……! 力で人を抑えつけ、高い税金を払っても俺達には使われず、挙句の果てに人拐いして人体実験する国の何が正義だ! お前たちの上層部がどれだけ腐りきっているか──」

 

「腐っている? 違うわね。それを『国家の発展』と呼ぶのよ」

 

 

ルカの言葉を遮り、女性隊長は愉しげに肩をすくめた。

 

 

「優れた異能を効率よく抽出して軍事力に変換する……我が国はこれから、さらに強く美しく進化するわ。現に、最近も軍事部を飛躍的に躍進させる、優秀な人材が手に入ったのよ。」

 

「……何を言って──」

 

「脳天から奇妙な突起が生えている、無口なガキよ。ああ、あの子がこれからどんな研究結果を出して、どれほどの兵器に役立てくれるのか……これからの国の発展を思えば、胸が高鳴るわ!」

 

 

彼女の言葉は、独裁国の狂気そのものだった。ルカは怒り、拳を血がにじむほど握りしめる。

同時刻、シドは隊長の言葉をすべて聞いていた。

 

 

(──頭から、突起)

(──シルバか?)

 

 

そんなシドの心の動きなど露知らず、隊長は退屈そうに手を振った。

 

 

「まぁいいわ。お喋りは終わりよ……車ごと奴らを吹き飛ばしなさい」

 

 

隊長の非情な命令が下る。数人の兵士がロケットランチャーを肩に構え、同時に引き金が引かれた。

放たれたロケット弾が、凄まじい尾を引いてルカと車へ肉薄する。死を覚悟し、目を瞑るルカ。

 

だが──

 

ズズズズズズズッ!!!

 

地響きと共に、地面から異常な速度で巨大な樹木が何本も隆起した。木々は生き物のようにのたうち回り、横転した車とルカを完全に覆い隠すように、強固なドーム状の壁を形成した。

 

ドゴォォォォォン!!!

 

激しい爆鳴とともに、ロケット弾が植物の壁に直撃する。凄まじい爆炎と土煙が辺り一面に立ち込めた。

 

 

「アハハハ! 跡形もなく消し飛んだわね!」

 

 

立ち上る炎を見つめ、隊長は勝利を確信して高らかに笑った。

 

しかし。

まだ晴れぬ濃密な煙の奥から風切り音が響く。

直後、煙を突き破って、槍のように鋭く硬質化した木の枝が弾丸のような速度で飛び出してきた。

 

 

グサッ!!

 

「が、あ……っ!?」

 

 

鋭利な枝は、ロケットランチャーを構えていた複数の兵士を貫いた。兵士は血を吐き、そのまま崩れ落ちた。

 

 

「なっ……!?貴様、 一体どこから……!」

 

 

女性隊長の笑いが凍りつき、驚愕に目を見開く。

周囲を覆っていた植物のドームが、静かにほどけていく。

立ち込める煙の向こうから、フードを被った白髪の少年──シドが、ゆっくりと無表情のまま歩み出てくる。

突然現れた人物に、兵士たちも、生き延びたルカすらも、言葉を失って呆然と立ち尽くす。

シドは死体にも、一斉に自分へ向けられた銃口にも一切の興味を示さない。その冷徹な瞳で、まっすぐに隊長だけを見据え、淡々と告げた。

 

 

「……さっきの話」

 

 

夜風が、彼の髪を揺らす。

 

 

「シルバについて、詳しく教えてほしい」

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