冴えない中年平社員、見た技と異能をコピーして企業代理戦で成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
カタカタ、と無機質なキーボードの打鍵音だけが、薄暗いオフィスに響いていた。
時刻は午後九時四十分。
フロアに居残っているのは、俺を含めても三人しかいない。空調はとうに弱められ、淀んだ空気が足元に滞留しているような感覚があった。
「よし……これで最後だ」
目の前で光るモニターの右下。
そこに表示された時刻を恨めしく見つめながら、俺は保存のショートカットキーを叩いた。
佐伯直人(さえき・なおと)。三十五歳。独身。肩書きなし。
この会社に入って、それなりの年月が経った。
無能の烙印を押されているわけではない。だが、会社を引っ張るような能力も熱意もなく、出世コースからはとうに外れている。
パソコンをシャットダウンし、重い身体を椅子から持ち上げようとした時だった。
背後から、わざとらしい足音が近づいてくる。
「佐伯、悪い。ちょっといいか?」
振り向くより先に、どさりと分厚いクリアファイルがデスクの隅へ置かれた。
直属の課長だった。
スーツのジャケットを片手に持ち、すっかり帰る気満々の顔をしている。
「……なんでしょうか」
「これ、明日の朝一の会議で使うデータなんだけどさ。ざっとでいいから、数字の整合性だけ確認しておいてくれないか」
「明日の朝ですか? もう十時前ですが……」
「そうなんだけどさあ。大輔のやつが作った資料、どうにも抜けが多くて不安なんだよ。お前、今日はこのあと外せない予定とかないだろ? 頼むよ」
俺が断らないことを前提とした頼み方だった。
若手社員の尻拭い。
誰にでもできるが、誰もやりたがらない地味な確認作業。
以前の俺なら、ここで頑張れば評価してもらえるかもしれないと気合を入れ直しただろう。
だが、今はもう知っている。
引き受けても評価は上がらない。
ただ「文句を言わずに雑用をこなす便利な人間」として、次の仕事が回ってくるだけだ。
「……分かりました。見ておきます」
「助かるわ。じゃ、お疲れさん」
課長は軽い足取りでオフィスを出ていった。
俺は再びパソコンの電源を入れる。
文句を言って仕事を突き返すほどの反骨心はない。
辞めてやると啖呵を切る勇気も、転職を勝ち抜く自信もない。
ただ、こんなものだろうと諦めている。
作業の合間、ふと視線を落とし、一番下の引き出しを少しだけ開けた。
そこには、一念発起して半年前に買った資格試験の参考書が眠っていた。
最初の三十ページほどにだけ、カラフルな付箋が貼られている。
残りの数百ページは真新しいまま、開かれた形跡すらない。
何かを変えようとして、結局続かなかった残骸。
俺はそっと引き出しを閉め、作業に戻った。
修正を終え、課長へデータを送付したのは、午後十時半を回ってからだった。
すぐに社内チャットへ返信が届く。
『確認した。明日は遅れるなよ』
労いの言葉はない。
俺は無言で画面を閉じ、今度こそ会社を出た。
◆
駅を降りると、生ぬるい夜の空気が全身にまとわりついてきた。
帰って自炊する気力など残っていない。
足は自然と、駅からアパートまでの道沿いにあるコンビニエンスストアへ向かっていた。
煌々と白い光を放つその店は、俺の代わり映えしない日常の象徴でもあった。
自動ドアをくぐり、入店音を聞きながら店内を見渡す。
客は、雑誌コーナーで立ち読みをしているスーツ姿の男が一人だけ。
レジには、店長らしき中年の男性と、二十代前半くらいの若い女性店員が立っていた。
「いらっしゃいませー」
女性店員が品出しの手を止め、こちらを見て軽く会釈した。
俺の顔を覚えているらしい。
「あ……こんばんは。今日も遅かったんですね」
「ええ、まあ……いつものことです」
愛想笑いを浮かべて短く返す。
彼女に特別な感情を抱いているわけではない。
ただ、殺伐とした毎日の中で、俺を風景の一部ではなく「毎日来る客」として認識してくれている存在。
それだけのやり取りでも、ほんの少しだけ息がつける気がした。
惣菜コーナーへ向かい、見慣れたパッケージの幕の内弁当と、ペットボトルのウーロン茶を手に取る。
会社で誰かの尻拭いをして、夜遅くに帰り、この店で似たような弁当を買う。
明日もきっと同じだろう。
来月も、来年も。
そんな停滞感を噛み殺しながら、レジへ向かおうとした時だった。
――ウィーン。
再び自動ドアが開く。
入ってきたのは、二人組の男だった。
一人はがっちりとした体格。
もう一人は、ひょろりと痩せている。
二人とも深くキャップを被り、黒いマスクとパーカーのフードで顔を隠していた。
どこか様子がおかしい。
足取りに、不自然な高揚感がある。
俺は陳列棚の陰で足を止めた。
痩せた男が迷いなくレジカウンターへ歩み寄る。
そして、信じられない行動に出た。
何も存在しない空中へ、右手を差し入れたのだ。
手品や見間違いではない。
間違いなく何もなかった空間が、水面のようにわずかに波打った。
男が腕を引き抜く。
その手には、ぎらりと鈍く光るサバイバルナイフが握られていた。
ポケットや袖に隠せるような大きさではない。
その瞬間。
俺の視界の中央に、青白い文字が浮かび上がった。
『《異能の発動を確認しました》』
『《アイテムボックス》Tier4』
『登録条件を満たしました』
『ライブラリに登録します』
「……は?」
恐怖による幻覚か?
目を瞬かせても、半透明の文字は視界に残り続けている。
「おい、あるだけ金を出せ! 妙な真似して警報鳴らしたら、こいつをぶち込むぞ!」
痩せた男がナイフの切っ先を女性店員へ突きつけ、嗄れた声で怒鳴った。
女性店員が「ひっ」と短い悲鳴を上げ、後ずさる。
奥で作業をしていた中年の男性店員が、血相を変えて飛び出してきた。
「や、やめろ! 金なら出すから!」
男性店員が女性を庇うように前へ出た瞬間、今度は体格のいい男が動いた。
ずん、と重い足音を立てて距離を詰め、男性店員の胸ぐらを片手で掴み上げる。
「邪魔すんじゃねえよ、ジジイ」
「がっ……!」
次の瞬間。
大の大人が、まるで軽い荷物のように投げ飛ばされた。
男性店員の身体が数メートル宙を舞い、日用品の陳列棚へ激突する。
ガシャンッ、とけたたましい音を立てて棚が崩れ、洗剤やシャンプーのボトルが床へ散乱した。
普通ではない。
人間の力ではない。
そして再び、視界の文字が更新された。
『《異能の発動を確認しました》』
『《身体能力強化》Tier4』
『登録条件を満たしました』
『ライブラリに登録します』
俺は弁当を落としそうになるのを必死に堪え、棚の陰へ身を隠した。
雑誌コーナーにいた客は、いつの間にか逃げ出したのか姿が見えない。
心臓が早鐘を打ち始める。
床に倒れた男性店員へ、体格のいい男が歩み寄る。
「変な気起こすんじゃねえぞ」
見せつけるように足を上げ、男性店員の腹部へ前蹴りを放った。
単なる乱暴な蹴りではない。
腰と体重が乗った、明らかに武道をかじった人間の動きだった。
『《技能の使用を確認しました》』
『《空手》Lv.1』
『習得しました』
直後。
俺の頭ではなく、肉体の奥底へ奇妙な感覚が流れ込んできた。
拳の握り方。
重心の落とし方。
踏み込む時の足の運び。
腰を回転させ、打撃の力を拳へ伝える感覚。
空手など一度も習ったことがない。
それなのに今の俺には、素人なりにどう構え、どう拳を打ち出せばいいのかが理解できていた。
自分の身体が、自分以外の何かに書き換えられたようで不気味だった。
だが、未知の現象を分析している余裕はない。
怖くて、一歩も動けない。
俺は震える手でポケットからスマートフォンを取り出した。
警察だ。
警察を呼ぶしかない。
俺が出ていったところで何ができる。
相手は超常的な力を持っている。
そのうえ、一人はナイフまで持っている。
余計な正義感を出して刺されたら、それで終わりだ。
見つからないように通報するのが、一番正しい大人の判断だ。
指が震え、パスコードの入力を一度間違える。
焦りながら通報画面を開こうとした時、レジの方から緊迫した声が聞こえた。
「おい。お前、今何しようとした?」
痩せた男の声だった。
女性店員が、隙を見てレジの下へ手を伸ばしていた。
非常用の警報ボタンを押そうとしたのだろう。
その手首を、痩せた男がきつく掴んでいた。
「痛っ……やめて……っ」
「こそこそしやがって。ムカつくんだよ」
男はカウンター越しに女性店員の腕を強引に引き、レジの外へ引きずり出した。
そのまま彼女の首筋へ、冷たいナイフの刃を近づける。
女性店員の顔から血の気が引き、恐怖で声すら出せていない。
体格のいい男が下卑た笑い声を上げた。
「だから余計なことすんなって言っただろ。ちょっとくらい痛い目見せた方が、大人しくなるんじゃねえか?」
痩せた男が、ナイフを振り上げる。
殺す気はないのかもしれない。
見せしめに、腕か脚を傷つけるだけなのかもしれない。
だが、そんなことは分からない。
このままでは、目の前で、毎日挨拶を交わしていた人間が刺される。
『今日も遅かったんですね』
ほんの数分前に交わした、たわいない会話が脳裏をよぎる。
名前も知らない。
友人でも恋人でもない。
それでも、疲れ切った俺を、一人の客として認識してくれた普通の女の子だ。
俺は、彼女を見殺しにするのか?
視界の中央に、新たな文字が浮かび上がった。
『《身体能力強化》Tier4』
『使用しますか?』
『【YES】 【NO】』
使う?
俺が?
あの男が使っていた、人を投げ飛ばすほどの力を?
痩せた男の腕が動く。
俺は考えるより先に、空間に浮かぶ【YES】へ震える指を突き出していた。
指先が光の文字に触れる。
『《身体能力強化を発動します》』
次の瞬間、世界が変わった。
全身を熱い血液が駆け巡る。
筋肉が膨れ上がったわけではない。
だが、身体の重さが消えていた。
床を蹴れば、どこまでも速く走れそうな感覚。
心臓が激しく脈打っているのに、頭は恐ろしいほど冷静だった。
「やめろ!」
俺は棚の陰から飛び出し、叫んだ。
「あ?」
声に反応し、ナイフを振り上げていた男の動きが止まる。
二人の視線が、一斉に俺へ向けられた。
「なんだ。まだ客が残ってたのかよ」
体格のいい男が、ナイフを持つ仲間を庇うように前へ出る。
俺と女性店員の間へ立ち塞がった。
こいつを退かさなければ、ナイフを持つ男へは近づけない。
コピーした《空手》の知識が、そう判断した。
俺は床を蹴った。
踏み込みは一歩。
普段の俺なら到底届かない距離が、一瞬で消える。
「なっ――」
男の表情が驚愕に歪む。
左足を踏み込み、右足で床を蹴る。
その力を腰から肩へつなげ、右拳を突き出した。
人を殴った経験など、ほとんどない。
それでも俺の拳は、それまでの自分なら決してできなかった無駄の少ない軌道を描き、男の鳩尾へ突き刺さった。
ドッ!
鈍い衝撃音が、店内に響く。
「ぐっ……!」
男の身体がくの字に折れ、そのまま大きく後方へ弾き飛ばされた。
背中から商品棚へ突っ込み、菓子や雑誌を撒き散らしながら床へ転がる。
男は腹を押さえ、息ができないのか声にならない呻きを漏らしていた。
俺自身が、一番驚いていた。
俺が、やったのか?
あんな大男を、一撃で?
女性店員を掴んでいた痩せた男が、慌てて彼女を突き放した。
血走った目で、ナイフの切っ先を俺へ向ける。
「て、てめえ……何者だ!」
答えられるわけがない。
俺が教えてほしいくらいだ。
棚へ突っ込んだ男も、咳き込みながらどうにか上体を起こした。
その目には、明らかな恐怖が浮かんでいる。
「やべえ……こいつ、能力者かよ……!」
能力者。
その言葉を聞き、こいつらが自分たちと同じ存在だと俺を誤認したことだけは理解できた。
俺は何も答えず、身についたばかりの空手の構えを取る。
足の震えを隠し、表情を殺して相手を睨む。
心臓は破裂しそうなほど鳴っている。
だが、今は強そうに見せるしかない。
こいつらは本格的な戦闘員ではない。
異常な力を使えば、普通の人間を脅せると思っていただけだ。
正体の分からない相手と命懸けで戦う覚悟などないはず。
俺の読みどおり、痩せた男が一歩後ずさった。
「おい、逃げるぞ!」
「ふ、ふざけんな。まだ金が――」
「いいから来い! 殺されるぞ!」
痩せた男は体格のいい男の腕を引き、転がるように店の外へ逃げ出した。
二人の姿が、暗い夜道へ消えていく。
追おうと思えば、今の身体能力なら追いつけたかもしれない。
だが、へたり込んでいる女性店員と、床に倒れている男性店員を置いてはいけなかった。
それに、刃物を持った人間を暗がりまで追いかけるほど、俺は勇敢ではない。
『《身体能力強化を終了しました》』
強盗の姿が見えなくなった直後。
視界に文字が浮かび、プツンと糸が切れたように全身から力が抜け落ちた。
ガクンと膝が折れそうになり、陳列棚へ手をついてどうにか耐える。
激しい疲労ではない。
常識外れの力を持った身体から、突然元の肉体へ戻されたことで、感覚が追いついていない。
強い目眩がした。
遅れて、男を殴った右手にじんじんとした痛みが走る。
「だ、大丈夫ですか!?」
女性店員が涙声で駆け寄ってきた。
「……俺は平気です。それより、あっちの人を」
俺が倒れている男性店員を指すと、彼女はハッとしてそちらへ走った。
慌ててスマートフォンを取り出し、救急車を呼び始める。
俺も床に落としていた自分のスマートフォンを拾い、今度こそ一一〇番を押した。
◆
十五分後。
赤色灯の光が、コンビニの駐車場を煌々と照らしていた。
救急隊員が男性店員の応急処置をし、ストレッチャーで運んでいく。
意識はあり、命に別状はないとのことだった。
店舗の外では、数人の警察官が現場の保存と事情聴取を行っている。
「――つまり、あなたが飛び出していって、犯人の一人を殴ったと?」
「はい。無我夢中でした」
手帳へペンを走らせる年配の警察官に向かって、俺は言葉を濁した。
視界に浮かんだ文字のこと。
他人の異常な力をコピーしたこと。
そんな話をしたところで、信じてもらえるとは思えない。
自分自身、まだ夢だったのではないかと疑っているくらいだ。
「防犯カメラの映像も確認しましたが、犯人の一人は被害者の男性を数メートル投げ飛ばしている。尋常な腕力ではありません」
警察官の視線が、俺へ向けられる。
「それを、あなたが素手で撃退した?」
「……必死だったので、自分でもよく分かりません」
警察官は値踏みするように俺を見た。
その奥。
パトカーの陰で、別の警察官二人が小声で話している。
「映像、確認したか?」
「ああ。通常案件じゃない。上に報告を回した方がいいな」
「そうだな。下手に管轄だけで処理するより、その方がいい」
上。
それが何を意味するのか、俺には分からない。
ただ、この事件が普通のコンビニ強盗として片づけられないことだけは察しがついた。
「現時点では、店員を守るために行動したものと見ています」
年配の警察官が手帳を閉じる。
「ただ、詳しい確認のために、後日もう一度お話を伺うかもしれません。何か思い出したことがあれば、連絡してください」
「……分かりました」
ようやく事情聴取から解放される。
帰る前、俺は店内に置いたままになっていた弁当とウーロン茶の代金を支払った。
「お代は結構です」と女性店員は言ってくれたが、それとこれとは別だ。
温めますかと聞かれたが、もうそんな気力も残っていなかった。
袋を受け取り、帰路へ就こうとした時だった。
「あのっ……!」
背後から呼び止められ、振り返る。
女性店員だった。
彼女は泣きはらした目を真っ赤にして、俺の前に立った。
そして、深く頭を下げる。
「本当に……本当に、ありがとうございました。あなたが助けてくれなかったら、私、今頃どうなっていたか……」
震える声で紡がれる感謝の言葉。
その声を聞いた瞬間、俺の中で、ずっと凍りついていた何かが溶け出していくような感覚がした。
会社では、どんなに厄介な仕事を終わらせても感謝されることはなかった。
やって当然。
誰かの代わりにやって当たり前。
俺でなくてもいい。
そう思いながら、自分をすり減らして生きてきた。
だが今。
俺が行動したことで、目の前の人間が傷つくのを防げた。
力の正体は分からない。
誰かから奪った、借り物のような力なのかもしれない。
それでも、あの場で踏み出すと決めたのは俺だった。
誰かに命じられたわけではない。
誰かが代わりに立ち向かってくれたわけでもない。
俺が、俺の意志でこの人を助けた。
胸の奥から熱いものが込み上げてくる。
気の利いた言葉など思い浮かばなかった。
俺はただ、照れ隠しのように頭を掻いて答えた。
「……怪我がなくて、よかったです」
◆
古びたアパートの一室。
鍵を開けて中へ入ると、いつもの埃っぽい匂いが鼻をついた。
テーブルの上へコンビニの袋を置く。
騒動で乱暴に扱ったせいか、幕の内弁当の中身は片側へ寄り、ウーロン茶はすっかりぬるくなっている。
狭いユニットバスの鏡の前に立ち、自分の姿を見つめた。
くたびれたスーツ。
疲れた顔。
身体にも、特に筋肉がついたような変化はない。
右手を持ち上げ、何度か握り込んでみる。
今はただの、平凡な大人の手だ。
だが、試しにその場で軽く拳を突き出してみる。
足を置く位置。
重心の移動。
腰の回転。
空手の基本的な動きだけは、確かに身体へ染みついていた。
「……夢じゃなかったんだな」
暗い部屋に、俺の独り言が落ちる。
その言葉に呼応するように、視界へ再び青白い文字が浮かび上がった。
『《初回登録が完了しました》』
『異能登録数:2』
『技能登録数:1』
『管理機能の開放条件を満たしました』
『《ライブラリ》の閲覧機能を開放します』
「ライブラリ……」
俺は、その単語を声に出して読み上げた。
画面が切り替わる。
そこには、俺が目撃した能力の名前が並んでいた。
『《身体能力強化》Tier4』
『《アイテムボックス》Tier4』
『《空手》Lv.1』
詳しい使い方も、制限も、まだ何も分からない。
それでも俺は、確かな熱を帯びた目で、その文字を見つめ続けていた。
今日までの俺には、何もなかった。
誰かに誇れる仕事もなかった。
人より優れた才能もなかった。
自分でなければならないと、誰かに求められたこともなかった。
それでも今日、俺は一人を救えた。
俺が行動したことで、誰かの明日をつなぐことができた。
この力があれば。
もしかしたら、俺も――。
「少しは、変われるのかもしれないな」
俺は、誰に聞かせるでもなく、静かにそう呟いた。
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