冴えない中年平社員、見た技と異能をコピーして企業代理戦で成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第9話 コピーより先に異能を攻略した

 もうもうと立ち込める粉塵の中、荒木宗介が再び身軽なステップで跳躍した。

 

 軽量状態への移行。

 

 散乱したデスクの残骸を軽々と蹴り上げ、彼は天井近くの鉄骨へ、しがみつくようにして飛び乗った。

 

 次の狙いは分かっている。

 

 あの高さから最大質量へ切り替えての落下攻撃。

 

 《ヘビードロップ》だ。

 

 前回は、ただ荒木の巨体だけを見て、反射的に横へ逃げた。

 

 だが、今回は違う。

 

 俺の目は、彼の一挙手一投足と、周囲の地形を冷静に観察していた。

 

 天井の鉄骨に張りついた荒木の視線。

 

 そこからの落下角度。

 

 俺の足元にあるコンクリートのひび割れ。

 

 散乱する廃材の配置。

 

 そして、彼が軽量状態から重くなる、その決定的な瞬間。

 

 俺は両拳を構えたまま、落下地点から一歩も動かずに荒木を見上げた。

 

 荒木から見れば、俺が攻撃を真っ向から受け止める覚悟を決めたように見えただろう。

 

「もう一発、行くっすよ!」

 

 空中で荒木が叫ぶ。

 

 彼が俺の真上へ差しかかった、その時。

 

 荒木の身体が、急激に沈み込んだ。

 

 最大質量への変更。

 

 まだ接触していないというのに、周囲の空気が押し潰され、床がミシミシと悲鳴を上げる。

 

 その瞬間。

 

 俺は横へ飛ぶのではなく、あえて前へ鋭く踏み込んだ。

 

 荒木の落下軌道の真下を、すり抜けるようにして斜め前へ駆け抜ける。

 

 すでに最大質量へ変化し、数百キロの鉄塊と化した荒木には、空中で軌道を修正する手段がない。

 

 ドゴォォォォンッ!

 

 凄まじい爆発音。

 

 荒木の両足が、俺の立っていた床へ激突した。

 

 五階のコンクリートに巨大なクレーターが穿たれ、無数の亀裂が放射状に走る。

 

 俺は飛び散る瓦礫を避けながら、素早く振り返った。

 

 回避は成功した。

 

 だが、逃げるだけでは終わらせない。

 

 床を砕いて着地した荒木は、現在、最大質量状態だ。

 

(……一)

 

 心の中で、静かに秒数を数える。

 

 荒木が砂埃の中から、重々しい動作で上体を起こそうとする。

 

(……二)

 

 俺はすでに身体強化の速度を全開にし、立ち上がろうとする荒木の側面へ回り込んでいた。

 

 放つのは、ジムで繰り返し練習した左のボディーブロー。

 

 荒木の質量が、最大から通常へ戻ろうとする隙間。

 

 完全な重量状態ではない。

 

 俺の拳が、荒木の無防備な脇腹へ深く食い込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 荒木の口から、苦悶の声が漏れる。

 

 この試合が始まって以来、俺の打撃が初めて、明確なダメージを通した瞬間だった。

 

     ◆

 

 荒木は顔を歪めながら、素早く後方へ距離を取ろうとした。

 

 だが、彼の足取りは先ほどまでのように軽くない。

 

 まだ軽量化への移行が間に合っていない。

 

 俺は踏み込み、追撃の右ストレートを顔面へ放つ。

 

 荒木は両腕を交差し、ガードした。

 

 今回は、俺の拳が弾き返されるような絶望的な硬さはない。

 

 だが、吹き飛ばせるほど軽くもない。

 

 ズンッ、と鈍い音が響き、荒木がガードの上から数歩後退する。

 

 俺は、それ以上深追いしなかった。

 

 俺のカウントが二秒を超えた瞬間。

 

 荒木の身体が、ふっと軽くなる。

 

 倒れたパーティションを蹴り、十メートル以上も後方へ離脱した。

 

 俺は構えを解かず、その着地点をにらむ。

 

 仮説が、確信へ変わった。

 

 やっぱりだ。

 

 質量を切り替えた直後、荒木は次の変化を行うまでに、必ず空白の時間がある。

 

『状態遷移後の再発動制限を観測』

 

『解析率:77%』

 

 視界の端で、《ライブラリ》の解析が進んだ。

 

 俺はまだ、クールタイムというゲーム用語を明確には意識していなかった。

 

 だが、戦術的な事実として理解した。

 

 約二秒間。

 

 その間だけ、荒木は次の質量変化を使えない。

 

     ◆

 

 遠隔観戦ホールでは、実況の熱を帯びた声が響いていた。

 

「佐伯選手、激しい攻防の中、ついに荒木選手へ明確な一撃をクリーンヒットさせました!」

 

 俺を雇った企業の社長が、興奮した様子で解説者へ身を乗り出す。

 

「どうして今の攻撃は通ったんですか!? さっきまでは、殴ってもびくともしなかったじゃないですか!」

 

 元Tier3の解説者は、手元のモニターで直近の映像を確認しながら答えた。

 

「荒木選手は、最大質量での落下攻撃から、すぐに回避用の軽量状態へ移行できませんでした。佐伯選手は、その隙を正確に突いたのです」

 

「隙……能力に制限があるということですか?」

 

「おそらくは」

 

 メインモニターへ、過去数分間の荒木の動きが並べられる。

 

 角材を受け止めた直後。

 

 重い体当たりを放った直後。

 

 膝蹴りを当てた直後。

 

 どの場面でも、荒木が質量を大きく変化させた後、次の大きな動きへ移行するまでに、わずかな間が存在する。

 

「佐伯選手は、荒木選手の攻撃を受ける恐怖の中で、あの空白の秒数を数えていたのでしょう」

 

 荒木側企業の専務が組んでいた腕を解き、不機嫌そうに舌打ちした。

 

 先ほどまで浮かべていた余裕の笑みは、消えていた。

 

「荒木。遊んでる場合じゃないぞ」

 

 その声は当然、防音された観戦ホールの外へは届かない。

 

     ◆

 

 廃ビルの五階。

 

 俺は一度の成功だけで、自分の仮説を過信するつもりはなかった。

 

 検証が必要だ。

 

 荒木が軽量状態で、再び横から回り込むように接近してくる。

 

 俺は足元に転がっていた鉄製のパイプ椅子を拾い、荒木の顔面へ投げつけた。

 

 荒木は空中で即座に重量化し、顔の前へ出した両腕で椅子を受け止める。

 

 ガシャァン!

 

 太いパイプがひしゃげ、荒木の足元へ落ちた。

 

 その瞬間、俺はすでに彼の懐へ入り込んでいた。

 

 狙うのは、軸足へのローキック。

 

 一秒目。

 

 荒木は、まだ重い。

 

 俺の蹴りが決まるが、岩のように固定された脚はびくともしない。

 

 だが、ダメージを与えることが目的ではない。

 

 即座にステップバックし、距離を取る。

 

 二秒目。

 

 荒木の身体の緊張が、ふっと解ける。

 

 軽くなった。

 

 仮説と一致している。

 

 次は、荒木が軽量化した直後を狙う。

 

 荒木が倒れたデスクを踏み台にし、空中へ跳び上がった。

 

 俺は背を向けて逃げるふりをする。

 

 荒木が軽い身体で軌道を変え、俺の背後へ迫る。

 

 その瞬間。

 

 靴底を床へ擦りつけて急停止。

 

 身体強化の出力差を生かし、振り返りざまに全力のタックルを荒木の胴体へ叩き込んだ。

 

 接触の直前、荒木が顔をしかめる。

 

 重量化しようとしたのだろう。

 

 だが、軽量化したばかりだ。

 

 二秒の空白は、まだ終わっていない。

 

 約十八キロ相当まで軽くなった荒木の身体が、俺のタックルをまともに受ける。

 

 ゴムまりのように、大きく後方へ吹き飛んだ。

 

「うおっ!?」

 

 荒木は机の上を派手に転がり、壁際まで弾き飛ばされる。

 

 二度目の成功。

 

 俺の中で、仮説は絶対の確信へ変わった。

 

 質量を切り替えた直後、約二秒。

 

 その間、荒木は次の質量を選べない。

 

『複数回の状態遷移制限を確認』

 

『解析率:82%』

 

     ◆

 

 荒木が、壁際でゆっくりと立ち上がった。

 

 口元の血を手の甲で拭い、人懐っこかった笑顔が少しだけ引き締まる。

 

「……もしかして、あんた。俺のスキルの間隔、測ってます?」

 

 俺は構えを崩さず、息を整えながら答える。

 

「何のことですか?」

 

「いやいや、その反応は絶対に分かってる人の反応っすよ」

 

 荒木は楽しそうに笑った。

 

 だが、その瞳には明確な警戒と、俺に対する評価の色が宿っている。

 

「初見でそこまで見抜かれたの、久しぶりっすよ。まさかデビューしたばかりの新人相手に、ここまで削られるとは」

 

「やっぱり、すぐには連続で質量を変えられないんですね」

 

「さあ、どうでしょうね」

 

 荒木は答えをはぐらかした。

 

 しかし、否定もしない。

 

 それが答えだった。

 

     ◆

 

 俺は、立ち上がった荒木をじっと観察した。

 

 試合開始から、彼はかなりの運動量をこなしている。

 

 デスクを飛び越える跳躍。

 

 最大質量での防御。

 

 肩からの重い体当たり。

 

 強烈な膝蹴り。

 

 階段での追跡。

 

 二度にわたる《ヘビードロップ》。

 

 そして、床の崩落。

 

 これだけ激しい動きを繰り返せば、いくら身体強化を使っていても、確実に疲労が蓄積するはずだ。

 

 しかし。

 

 荒木の呼吸は、ほとんど乱れていない。

 

 額に汗は浮かんでいるが、肩を上下させるような苦しさはない。

 

 脚の動きも鈍っていない。

 

 肉体的には、まだ十分に余裕があるように見える。

 

 それなのに、なぜ荒木は連続攻撃を仕掛けてこない?

 

 必ず、

 

 攻撃。

 

 離脱。

 

 待機。

 

 再接近。

 

 という、区切られた流れを作る。

 

 俺の中で、二秒の空白とは別の仮説が生まれた。

 

 体力が尽きて休んでいるんじゃない。

 

 肉体とは別に、能力を使うための何かを回復させているんじゃないか?

 

 よく見れば、荒木は時折、自分の左上にある虚空へ視線を向けている。

 

 試合開始前から続いている、不自然な動作。

 

 何かを確認している。

 

 俺には見えない何かを。

 

 残り時間。

 

 使用回数。

 

 あるいは、残量。

 

 こいつには、俺には見えない数字が見えている。

 

     ◆

 

 俺は戦い方を変えた。

 

 荒木を倒すための決定打を狙うのではない。

 

 威力の低い、小さな攻撃を執拗に繰り返す。

 

 目的は一つ。

 

 荒木に、無駄な能力を使わせることだ。

 

 一回目。

 

 足元のコンクリート片を拾い、荒木の顔面へ投げる。

 

 荒木は重量化し、腕を盾にして弾いた。

 

 二回目。

 

 低い姿勢から、足首を狙ってタックルに入る。

 

 荒木は投げられないように重量化し、床へ張りつく。

 

 三回目。

 

 大型のパーティションを、荒木へ向かって蹴り倒す。

 

 荒木は軽量化し、飛び越えた。

 

 四回目。

 

 着地点を狙った牽制のローキック。

 

 荒木は重量化し、軸を固定する。

 

 五回目。

 

 俺が後方へ離脱する。

 

 荒木は軽量化し、距離を詰めてくる。

 

 一見すれば、荒木が俺のすべての攻撃へ完璧に対応し、優位に立っているように見えるだろう。

 

 だが、俺には少しずつ生じている変化が見えていた。

 

 荒木が質量を変えず、通常状態でいる時間が長くなっている。

 

 俺のジャブや牽制に対し、重くも軽くもならず、普通にガードする場面が増えた。

 

 軽量化した時の跳躍距離も、少しずつ短くなっている。

 

 最大重量状態を維持する時間も短い。

 

 それでも、呼吸は乱れていない。

 

 肉体は疲れていないのだ。

 

 疲弊しているのは、身体じゃない。

 

 能力を使うための残量を削られている。

 

『能力行使に伴う独立資源の消費を確認』

 

『解析率:88%』

 

 視界に表示された『独立資源』という文字を見て、俺は確信した。

 

 こいつには、肉体の体力とは別に、能力専用のスタミナが存在する。

 

     ◆

 

 遠隔観戦ホールでも、その異変に気づき始めていた。

 

「佐伯選手、決定打を狙いません! 細かく荒木選手へ仕掛け続けています!」

 

 実況の声に、依頼側の社長が苛立ったように叫ぶ。

 

「おい、あれじゃ駄目だろ! さっきから攻撃がほとんど効いていないじゃないか!」

 

 しかし、解説者は真剣な表情でメインモニターを分析していた。

 

「いえ。佐伯選手は、荒木選手本人を倒そうとしているのではありません」

 

「では、何をしていると言うんですか?」

 

「能力を削っているんです」

 

 解説者が、画面の端に表示された荒木のバイタルデータを示す。

 

「心拍数は安定。体温の異常な上昇もありません。肉体的には、荒木選手はまだ元気です。しかし、能力を使う頻度だけが、先ほどから明確に低下している」

 

「体力が残っているのに、能力を出し渋っている?」

 

「荒木選手には、肉体疲労とは別の使用コストが設定されているのでしょう。佐伯選手は、それを見抜いて枯渇させようとしている」

 

 荒木側企業の専務は、完全に笑みを消してモニターをにらんでいた。

 

 霧島も、誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやく。

 

「能力の行使自体に、独立した消費資源が設定されている……?」

 

     ◆

 

 試合開始から六分。

 

 俺の視界に、二度目の通知が浮かぶ。

 

『《身体能力強化》の効果時間が終了します』

 

『効果を継続しますか?』

 

 迷わず【YES】を選ぶ。

 

『使用可能回数:残り17回』

 

 能力の使用回数には、まだ余裕がある。

 

 問題は、俺自身の肉体だ。

 

 荒木の重い打撃。

 

 廃ビルを走り回った疲労。

 

 受け身を取った左肩。

 

 腹へ突き刺さった膝蹴り。

 

 身体強化を使っていても、それらの負担が消えるわけではない。

 

 呼吸は荒い。

 

 肺が痛い。

 

 全身の筋肉が悲鳴を上げている。

 

 対して荒木は、まだ呼吸が安定していた。

 

 しかし、能力を使えなくなりつつある。

 

 肉体は、俺の方が疲れている。

 

 だが、能力の残量は、向こうの方が底へ近づいている。

 

 現実の体力と、ゲーム的なスタミナ。

 

 違う二つの資源を削り合っている。

 

 これが、この戦いの正体だ。

 

     ◆

 

 荒木も、自分の能力用スタミナが削られていることには気づいていた。

 

 細かい質量変更をやめる。

 

 通常質量のまま、《身体能力強化》と地形利用だけで戦い始めた。

 

 倒れたスチール机を盾にして突進。

 

 壁際へ俺を誘導する。

 

 半開きの防火扉を蹴り倒し、逃げ道を塞ぐ。

 

 純粋な地形戦の経験では、荒木の方が何枚も上だった。

 

「これ以上、ちまちまと無駄にスキルを使わされるのは嫌なんでね!」

 

 通常状態のまま、強烈な右フックを放ってくる。

 

 俺は鉄製ラックを盾にして防いだが、ラックごと吹き飛ばされそうになった。

 

 腕が痺れ、ラックを握る手が震える。

 

 質量変化を使わなくても、荒木には強力な身体強化がある。

 

 能力の弱点を見抜いたからといって、本人の地力が消えるわけではない。

 

 俺はラックを投げ捨て、改めて構え直した。

 

     ◆

 

 戦場は、五階から四階へ移っていた。

 

 荒木の誘導によって、俺は広いエントランスホールへ追い詰められていた。

 

 かつて総合受付があったらしい空間。

 

 大理石風の受付カウンターは倒れ、床のタイルは剥がれている。

 

 自動ドアのガラスは砕け、天井からは太い配線が垂れ下がっていた。

 

 俺の背後には、ひび割れた壁。

 

 正面には荒木。

 

 荒木が、にやりと笑う。

 

「能力の制限が分かったみたいっすけど、それで俺の身体強化まで消えるわけじゃないっすよ」

 

「それは、さっきのパンチでよく分かりました」

 

「あんた、身体強化の出力は俺より高い。でも、こっちはこの手の廃ビル戦を三回やって生き残ってる」

 

「それも分かってます」

 

「じゃあ、泥仕合になる前に、そろそろ終わりにしましょうか」

 

 荒木はスタミナを温存したまま、通常状態でじりじりと接近してくる。

 

     ◆

 

 俺は足元に落ちていた、アルミ製のパーティションフレームを拾った。

 

 長さは二メートルほど。

 

 長槍のように構え、荒木へ鋭く突き出す。

 

 顔面への突き。

 

 膝への突き。

 

 脇腹への薙ぎ払い。

 

 荒木は能力を使わず、ステップと最小限の体さばきで避けていく。

 

 だが、俺の目的はフレームを当てることではない。

 

 荒木を、特定の位置へ誘導することだ。

 

 荒木の背後には、倒れた大型ロッカーがある。

 

 俺はパーティションフレームを、荒木の足元へ滑らせるように横薙ぎに振った。

 

 荒木が避けるため、一瞬だけ足場を乱す。

 

 その隙を逃さず、フレームを捨てた。

 

 柔道の組み手の速度で、一気に懐へ飛び込む。

 

 荒木の腕をつかみ、背負い投げの初動へ入った。

 

 投げられる。

 

 そう判断した荒木は、反射的に能力を使う。

 

「それは、もう通じないって!」

 

 荒木の身体が最大質量へ切り替わる。

 

 四百キロを超える重しとなり、床へ両足を固定した。

 

 だが。

 

 俺は最初から、荒木を投げるつもりなどなかった。

 

 つかんでいた腕を即座に放し、全力で後方へ跳ぶ。

 

 狙いはただ一つ。

 

 最大質量化という、高消費の能力を無駄に使わせること。

 

 俺の意図に気づいた荒木が、顔を歪める。

 

「しまっ――!」

 

 だが、すでに発動した後だ。

 

 大量の能力用スタミナが、無駄に消費されている。

 

『高負荷状態への移行を確認』

 

『独立資源残量の低下を検出』

 

『解析率:93%』

 

     ◆

 

 勝負を決める時だ。

 

 俺は、これ見よがしに荒い呼吸を繰り返した。

 

 壁際へ追い込まれたように見せる。

 

 右脚を引きずり、肩を落とし、視線を床へ向けた。

 

 荒木から見れば、疲労困憊し、立っているのもやっとのように見えたはずだ。

 

 実際、すべてが演技というわけではない。

 

 俺の肉体も、限界に近い。

 

 荒木が、深く息を吐いた。

 

 彼にしか見えない能力用スタミナは、かなり減っているはずだ。

 

 《ヘビードロップ》をもう一度使えば、ほとんど空になる。

 

 だが、手負いの俺を仕留めるには、それで十分だと判断したらしい。

 

 荒木が動いた。

 

 軽量化。

 

 倒れた受付カウンターを踏み台にし、エントランスホールの高い天井へ跳び上がる。

 

「これで、終わりっす!」

 

 俺は動かない。

 

 荒木が空中で、残されたスタミナを注ぎ込み、最大質量へ切り替える。

 

 最後の《ヘビードロップ》。

 

 俺は荒木の落下地点ではなく、能力を切り替えた瞬間だけを見ていた。

 

 落下が始まる直前。

 

 斜め前へ鋭く踏み込む。

 

 巨大な質量の真下を、すれ違うようにして抜けた。

 

 ドゴォォォォンッ!

 

 エントランスの床が陥没し、凄まじい衝撃波と粉塵が吹き荒れる。

 

 俺はそれを避け、即座に振り返った。

 

(……一)

 

 砂埃の中で、荒木が膝をついた状態から上体を起こす。

 

(……二)

 

 クールタイムは終わった。

 

 だが、荒木は軽量化して飛び退かない。

 

 スタミナが残っていないからだ。

 

 俺は、その瞬間を狙って踏み込んだ。

 

     ◆

 

 荒木は、普通に立ち上がった。

 

 呼吸は、まだ安定している。

 

 脚も震えていない。

 

 肉体的には、まだ戦える。

 

 だが、いつものように軽く後方へ飛び退くことができない。

 

 荒木が、自分の左上にある虚空を見た。

 

 俺には見えない残量を確認したのだろう。

 

 その表情が、一瞬だけ固まる。

 

 俺は見逃さなかった。

 

 肉体は動く。

 

 だが、能力を起動するための資源が空だ。

 

 荒木は通常状態のまま、右ストレートを振る。

 

 ボクシングのスウェーで避ける。

 

 二発目の左フックは、両腕でガード。

 

 同じ通常状態。

 

 身体強化同士の殴り合いなら、出力は俺の方が上だ。

 

 防御から反撃へ転じる。

 

 ジャブ。

 

 右のボディーブロー。

 

 左のローキック。

 

 三つの打撃を、短く正確に叩き込む。

 

 荒木が後退した。

 

 彼は、軽量化に必要な最低限のスタミナが回復するまでの時間を稼ごうとしている。

 

 俺にも分かる。

 

 重量化できるまで回復されたら、また防がれる。

 

 その前に決める。

 

     ◆

 

 数秒後。

 

 荒木の能力用スタミナが、最低限の量まで回復した。

 

 最大重量へ移るには足りない。

 

 だが、消費の少ない軽量化なら使える。

 

 荒木は俺の攻撃から離脱するため、《ウェイトシフト》を発動した。

 

 身体の重圧が消え、羽根のように軽くなる。

 

 俺は、その瞬間を待っていた。

 

『低残量時の状態選択を確認』

 

『軽量状態への移行を観測』

 

『解析率:97%』

 

 荒木が後方へ跳ぼうと床を蹴る。

 

 俺は身体強化の出力を全開にし、軽くなった荒木よりも速く踏み込んだ。

 

 右腕と胴体へ組みつく。

 

 約十八キロ相当まで軽くなった身体は、驚くほど簡単に動いた。

 

「うわっ、待っ――!」

 

 荒木が焦った声を上げる。

 

 後方へ逃げようとする力を利用する。

 

 柔道の谷落としに近い形で、荒木を背中から床へ引き倒した。

 

     ◆

 

 ドォンッ!

 

 床へ叩きつけられながら、荒木は重量化して防御しようとする。

 

 だが、軽量化した直後だ。

 

 二秒のクールタイムは、まだ終わっていない。

 

 さらに、最大重量へ移るだけのスタミナも残っていない。

 

 荒木の身体は、軽いまま床へ押さえつけられた。

 

 俺は、その一連の流れをすべて観測した。

 

 軽量化の発動。

 

 逃走への使用。

 

 次の変化ができない時間。

 

 スタミナ不足による重量化の不発。

 

 軽量状態の解除。

 

 通常状態への復帰。

 

 視界の中で、青白い文字が点滅した。

 

『状態遷移の全工程を確認しました』

 

『再発動制限を確認しました』

 

『独立消費資源の存在を確認しました』

 

『複合因果構造の解析を完了しました』

 

『《自己質量操作》Tier4』

 

『登録しました』

 

『使用可能回数:1回』

 

 ついに、コピーが完了した。

 

 だが、俺は発動しなかった。

 

 今さら、手に入れたばかりの能力を使う必要はない。

 

 すでに、勝利の形へ入っている。

 

     ◆

 

 荒木を床へ引き倒した直後、流れるように背後へ回る。

 

 腰へ両脚を絡める。

 

 右腕を首へ回す。

 

 完全なバックマウントからの裸絞め。

 

 荒木は俺の腕を両手でつかみ、必死に引き剥がそうとする。

 

 身体能力強化同士の、純粋な腕力勝負。

 

 出力は俺が上だ。

 

 荒木は肉体的にはまだ元気で、腕力も残っている。

 

 だが、能力用スタミナは空。

 

 重量化して俺を押し潰すことも、軽量化して隙間から逃げることもできない。

 

 俺は荒木の耳元で、静かに言った。

 

「次に重くなれるまで、まだ時間がかかりますよね?」

 

 荒木が、苦しそうに、それでもどこか呆れたように笑う。

 

「がはっ……そこまで……分かるんすか……!」

 

 荒木が最後の力で身体をひねる。

 

 俺は柔道の技能で位置を維持し、首への圧迫を強めた。

 

 荒木の視界では、今も能力用スタミナが少しずつ回復しているのだろう。

 

 重量化に必要な量まで回復するのが先か。

 

 脳への血流を止められ、意識を失うのが先か。

 

 勝負は明らかだった。

 

 十秒後。

 

 荒木の右手が、コンクリートの床を二度叩いた。

 

 タン、タン。

 

 タップアウト。

 

     ◆

 

 エントランスホールへ、スピーカーからの放送が響く。

 

『降参を確認しました』

 

『試合終了』

 

『勝者、佐伯直人』

 

 俺は即座に腕を緩め、絞めを解いた。

 

 荒木が仰向けに大の字となり、大きく空気を吸い込む。

 

「あー……っ! 負けたぁ!」

 

 俺もその場へ座り込んだ。

 

 全身の疲労が押し寄せ、指先を動かすのもつらい。

 

「……疲れた……」

 

 荒木が横目で俺を見て、苦笑した。

 

「俺より、あんたの方がよっぽど疲れてボロボロじゃないっすか」

 

「そっちは能力のスタミナで、俺は自分の体力を使ってましたからね。割に合わないですよ」

 

 荒木が、驚いたように目を丸くした。

 

「……マジっすか。もう、そこまで完全に分かってるんすか」

 

     ◆

 

 遠隔観戦ホールは、大騒ぎになっていた。

 

「勝った……! 勝ったぞ!」

 

 依頼側の社長が立ち上がり、社員や法務担当者と喜び合っている。

 

 これで、五年間の物流センター設備管理・夜間警備契約は、俺を雇った企業が獲得する。

 

 荒木側の企業幹部たちも、苦い表情を浮かべながら、事前の契約に従って結果を受け入れていた。

 

 実況が叫ぶ。

 

「佐伯直人、これで企業代理戦、デビューから二連勝です!」

 

「荒木選手の変幻自在な質量変化を見切り、最後は見事な寝技で降参を奪いました!」

 

 解説者が、感嘆のため息を漏らす。

 

「これは、能力の出力だけで勝った試合ではありません」

 

「と、言いますと?」

 

「佐伯選手は、試合中に相手が能力を使えない空白の時間と、能力専用の消費資源の存在を見抜いた。彼の最大の武器は、身体能力だけではありません。状況を観察し、戦い方を修正する力でしょう」

 

 荒木側企業の専務も、悔しそうにつぶやく。

 

「能力を力で破られたというより、戦い方そのものを丸裸にされたか……大した新人だ」

 

 運営席の霧島は、誰にも気づかれないように小さく息を吐いた。

 

 タブレットの評価欄へ、記録を打ち込んでいく。

 

『状況観察能力:極めて高い』

 

『複合能力への初見対応力:あり』

 

『地形利用型適性:高い』

 

     ◆

 

 廃ビルの一階エントランス。

 

 待機していた医療班による、簡易的な検査が行われた。

 

 俺の診断結果は、全身の打撲、左肩の軽い捻挫、腹部の打撲、強い筋肉疲労、口内の軽い裂傷。

 

 荒木は、首周辺の圧迫痕、胸部の打撲、軽い擦過傷。

 

 二人とも、大きな骨折や内臓損傷はなかった。

 

 荒木の能力用スタミナの枯渇は、当然ながら医療機器では測定できない。

 

 本人の申告として、記録の隅へ書かれただけだった。

 

 検査を終え、冷えたスポーツドリンクを渡された俺たちは、並んでビルの出口へ向かった。

 

     ◆

 

 天井から粉塵が落ちる廊下を歩きながら、荒木が戦闘の跡を見上げて笑う。

 

「いやあ、改めて見ると、派手にぶっ壊しましたねえ」

 

「主に荒木さんが、重さに任せて壊したんですけどね」

 

「佐伯さんも、結構派手に壁へ突っ込んで穴を開けてたじゃないっすか」

 

「好きで突っ込んだわけじゃありませんよ」

 

 二人で軽く笑う。

 

 しばらく歩いたところで、荒木が真面目な顔になり、俺の方を向いた。

 

「で、佐伯さん。結局、俺の能力の正体は分かりました?」

 

 俺はスポーツドリンクのボトルを指で回しながら答える。

 

「自分の身体の質量を変える能力」

 

「ほう」

 

「軽くなって移動し、攻撃や防御の直前に重くなる。それから、質量を変更した直後は、次の変更まで約二秒の間がある」

 

 荒木の顔に、嬉しそうな笑みが広がる。

 

「大当たり!」

 

「やっぱり《自己質量操作》ですか」

 

 荒木が、人差し指を左右へ振った。

 

「ただ、正確に言うと少し違うんすよ。俺の能力の正体は、質量操作じゃなくて、《ゲーム》なんすよね」

 

     ◆

 

 俺は思わず足を止めた。

 

「……ゲーム?」

 

「はい。俺にだけ、ゲームみたいなインターフェースが見えるんすよ」

 

 荒木が、自分の顔の斜め上にある何もない空間を指さす。

 

「この辺に、スタミナゲージとか、スキルのクールタイムとか、自分の状態とかが表示されてるんす」

 

「だから、試合中に何度も何もない所を見ていたんですか」

 

「そうっす。残りのスタミナを確認してました」

 

 試合中に荒木が繰り返していた、不自然な視線の動きを思い出す。

 

 あれは癖ではなく、本人にしか見えない表示を確認していたのだ。

 

「何か特定のRPGや格闘ゲームを再現している能力なんですか?」

 

「いや、そこまで厳密なものじゃないっすね」

 

 荒木が肩をすくめる。

 

「HPがゼロになったらゲームオーバーとか、セーブやロードができるとか、そういう一つのゲームを再現してるわけじゃないんす」

 

「ゲームっぽい仕組みだけが、現実へ乗っている?」

 

「そんな感じです。特に俺の場合、スタミナ管理がかなり重要なアクションゲーム寄りっすね。調子に乗ってスキルを連発すると、すぐ何もできなくなる」

 

     ◆

 

「荒木さん自身は、あれだけ動いていたのに、あまり疲れていませんでしたよね」

 

「よく見てましたね」

 

 荒木はスポーツドリンクを飲んだ。

 

「走ったり殴ったりした分の疲労は普通にあるんすよ。でも、質量を変えるスキルの消費は、肉体の体力とは別枠なんす」

 

「ゲーム内のスタミナを使う?」

 

「そういうことっす。軽量化は消費が少なくて、重量化は消費が大きい。最後のヘビードロップなんか、ゲージをほとんど持っていかれます」

 

 能力用スタミナがなくなれば、肉体が元気でもスキルを発動できない。

 

「最後のヘビードロップの後は、ほとんど空だったんですね」

 

「はい」

 

「でも、軽量化は一度使えた」

 

「軽量化は安いんで、数秒待って少し回復すれば使えるんす」

 

「でも、俺を押し潰すために重量化する分までは残っていなかった」

 

「完全に読まれてましたね」

 

     ◆

 

 俺は続ける。

 

「質量を変えた直後、二秒くらい次の変更ができない時間がある」

 

「《ウェイトシフト》のクールタイムっすね」

 

「それで、攻撃を連続させなかったんですね」

 

「できなかった、が正しいっす」

 

 重い体当たりを放った直後は、クールタイムが終わるまで軽量化して追撃できない。

 

 軽量状態で急接近した直後は、クールタイムが終わるまで重量化した一撃を放てない。

 

 荒木は、その空白を隠すために、

 

 一度攻撃したら距離を取る。

 

 地形を使って逃げる。

 

 余裕があるように見せる。

 

 という戦法を組み立てていた。

 

「普通は、最初の一発の理不尽な重さでビビって、向こうから動きを止めてくれるんすよ」

 

「一発目を受けた直後が、実は一番危険ではなかった」

 

「その通りっす。俺が一番強そうに見える瞬間が、実際には一番何もできない時間なんですよ」

 

     ◆

 

 荒木が、今度は俺をじっと見る。

 

「佐伯さんは、出力がかなり高めの《身体能力強化》ってところでしょ?」

 

 俺は少しだけ間を置いた。

 

「……登録上は、そうです」

 

「いやあ、単純な身体強化であそこまで粘られて、能力の仕様まで丸裸にされて、正直ビビりましたよ」

 

 荒木が首筋をさすりながら笑う。

 

「最初に角材を受け止めた時、完全に硬化能力だと思ったでしょ?」

 

「思いました」

 

「みんな、最初はそう思うんすよ。でも、佐伯さんは俺が軽くなったのを見て、すぐに変だと気づいた。そこからの修正が早かったっすね」

 

「最後は、軽量化しか使えなかったんですね」

 

「はい。軽くなって逃げながらスタミナを回復させて、重くなって反撃するつもりだったんすけど」

 

「回復する前に絞めた」

 

「その通りっす。いやあ、嫌な戦い方するなあ」

 

「……それ、褒めてます?」

 

「めちゃくちゃ褒めてますよ」

 

     ◆

 

 二人で正面玄関へ近づいていく。

 

 外から、夕暮れの光が差し込んでいた。

 

 俺は歩きながら考える。

 

 ゲーム。

 

 魔眼。

 

 身体強化。

 

 アイテムボックス。

 

 世間では同じ能力者という言葉でまとめられていても、能力の成り立ちも、本人の認識も、まるで違う。

 

 荒木にとっての異能は、スキル、ゲージ、クールタイムで構成されたゲーム。

 

 黒瀬にとっては、視覚を強化する魔眼。

 

 一般的な身体強化は、超能力や特異体質として扱われる。

 

 だが、八咫烏から見れば、どれも因果律改変現象という同じ分類へ入る。

 

(なるほど。ゲーム能力、か)

 

 そこで、ふと気づいた。

 

 俺の《ライブラリ》にも、能力名や残り回数、解析率を示す文字が表示される。

 

 荒木の《ゲーム》とは違う。

 

 俺には体力ゲージもレベルもない。

 

 現実へ、ゲームのルールが適用されているわけでもない。

 

 それでも、本人にしか見えない画面を通して能力を扱っている、という点では似ている。

 

 《ライブラリ》も、俺が理解しやすい形へ情報を置き換えているのだろうか。

 

 それとも――。

 

 そこまで考えて、俺は思考を止めた。

 

 今はまだ、判断する材料が足りない。

 

 何より《ライブラリ》については、誰にも話していない。

 

 荒木や霧島へ尋ねれば、自分の能力について説明する必要が出てくる。

 

 現段階で、その危険を冒すつもりはなかった。

 

 能力者という箱の中には、俺の想像を超えるほど、何でもありの現象が詰まっている。

 

 《ライブラリ》の正体について考えるのは、もう少し情報が集まってからでいい。

 

     ◆

 

 荒木と別れた後。

 

 ネクサスの送迎車へ乗る前に、俺は一人で《ライブラリ》を開いた。

 

『【異能】』

 

『《身体能力強化》Tier4 使用可能回数:17回』

 

『《アイテムボックス》Tier4 使用可能回数:2回』

 

『《動体視の魔眼》Tier4 使用可能回数:1回』

 

『《自己質量操作》Tier4 使用可能回数:1回』

 

『【技能】』

 

『《空手》Lv.1』

 

『《ボクシング》Lv.2』

 

『《キックボクシング》Lv.2』

 

『《柔道》Lv.2』

 

『《事務機器操作》Lv.1』

 

『《表計算ソフト操作》Lv.2』

 

『《電話応対》Lv.2』

 

 新しく異能の欄へ登録されたのは、《自己質量操作》だけだった。

 

 荒木の根源能力である《ゲーム》そのものは、登録されていない。

 

 当然だ。

 

 荒木にしか見えないスタミナゲージ。

 

 クールタイム表示。

 

 状態画面。

 

 行動ログ。

 

 そうした機能を、俺は直接観測できていない。

 

 《ライブラリ》は、能力の背景やシステムを丸ごとコピーするわけではない。

 

 発動の瞬間を直接見て、その現象がどのような結果を生むのかを最後まで解析できた部分だけを、俺の手札として複製する。

 

 俺の中で、《ライブラリ》のルールがまた一つ明確になった。

 

 だが、青白い文字を眺めながら、先ほどの疑問がわずかに頭をよぎる。

 

 荒木のゲーム画面。

 

 俺のライブラリ画面。

 

 二つは、どこまで同じで、どこから違うのか。

 

 答えは、まだ書庫のどこにも登録されていなかった。

 

     ◆

 

 送迎車の前で、霧島が待っていた。

 

「お疲れさまでした、佐伯さん」

 

「今回は、本当に疲れました。身体中が痛いです」

 

「医療班の指示に従い、明日は安静にしてください」

 

「月曜日は普通に仕事なんですけど」

 

「会社員としての仕事ではなく、ファイターとしての身体を休ませるという意味です」

 

 霧島がタブレットへ視線を落とす。

 

「試合中、荒木選手の能力の制限を見抜きましたね」

 

「さっき、本人から答え合わせをしてもらいました。ゲーム型の能力者だったそうです」

 

 霧島は、それほど驚かなかった。

 

「珍しい事例ではありますが、過去にも前例は存在します」

 

「あれで、珍しい程度なんですね」

 

「能力者の自己認識や精神構造によっては、異能がステータス画面、スキル、レベルといった形式を借りて発現することがあります」

 

「何でもありですね」

 

「因果律改変現象ですから。常識の枠には収まりません」

 

 俺は苦笑した。

 

 八咫烏にとっては、魔眼もゲームも、等しく分類対象となる現象らしい。

 

     ◆

 

 送迎車の後部座席へ深くもたれ、窓越しに遠ざかる廃ビルを見つめた。

 

 階段は崩れ。

 

 床は陥没し。

 

 壁には、俺が叩きつけられた穴が残っている。

 

 今回、《ライブラリ》の解析は遅かった。

 

 戦いの途中で、相手の能力をコピーして使うことはできなかった。

 

 解析が完了した時には、すでに荒木を絞め落とす形へ入っていた。

 

 《ライブラリ》は、確かに強い。

 

 見た能力を手札へ加え、俺の選択肢を増やしてくれる。

 

 だが、万能ではない。

 

 相手の能力の弱点や、攻略法まで教えてくれるわけではない。

 

 解析が終わるまで、ただ耐えているだけでは勝てない相手もいる。

 

 それなら、自分で見ればいい。

 

 自分で考えればいい。

 

 自分で弱点をこじ開ければいい。

 

 二度目の企業代理戦で、俺が手に入れた一番大きなものは、《自己質量操作》という新しい能力ではなかった。

 

 コピーが間に合わなくても、自分の頭と手足で能力者を攻略して勝てるという、確かな自信だった。




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