冴えない中年平社員、見た技と異能をコピーして企業代理戦で成り上がる 作:パラレル・ゲーマー
羽田玲奈の加入が決まった翌日。
俺と水瀬、そして玲奈の三人は、ネクサス・マッチングのオフィス内にある小会議室へと再び集まっていた。
昨日の段階では、八咫烏に対する「メンバーの追加」という暫定的な手続きを済ませただけだ。
チームとしての正式な法人・団体登録をネクサス上で完了させるには、まだいくつかの必須項目を埋めなければならない。
『チーム名』
『代表者』
『連絡担当者』
『主な活動分野』
『報酬の受取方法』
『活動拠点』
代表者の欄には、チーム結成の発起人である『佐伯直人』の名前がすでに入っている。
連絡担当者は、事務を統括する水瀬蓮花。
問題は、画面の一番上に表示されている『完全に空白のチーム名』だった。
テーブルの上には、ネクサスの登録用端末と、水瀬が持ち込んだノートパソコン、そして文字を書くためのホワイトボードが置かれている。
俺は、パイプ椅子に背中を預けながら、軽い気持ちで口を開いた。
「とりあえず、適当に名前さえ決めて入力すれば、登録自体は終わりだろ」
その瞬間。
左に座る水瀬と、右に座る玲奈の二人が、全く同時に俺の顔をジッと見た。
二人のその冷ややかな反応を見て、俺は「あ、これ適当に決めちゃ駄目なやつだ」と即座に察した。
◆
玲奈が、自分の手元のタブレットをテーブルの中央へと滑らせた。
「佐伯さん。私は加入を希望する前から、ネクサス・マッチングのデータベースに登録されている既存チームのリストを、かなり徹底的に調べていました」
画面には、現在活動している能力者チームの名称と規模が、一覧表になってズラリと表示されていた。
「チーム名の傾向は、大きく分けて三種類に分類されます」
玲奈の指が、画面のリストをスクロールする。
「一つ目は、『企業名をそのまま使用する直属団体』」
『○○警備保障能力戦術部』『△△バイオ特務チーム』『東都開発ダンジョン事業課』『神代重工実働班』。
「企業が能力者を自社の社員として直接雇用し、代理戦、ダンジョン探索、要人護衛、捕獲任務などに派遣する形式です。登録人数も多く、十人から数十人規模の大所帯ですね」
「二つ目は、『企業風の名前を使用する独立団体』」
『グランド・セキュリティ』『アーク・ソリューションズ』『クロスロード・リサーチ』『フロンティア・ワークス』。
「実際には三人から七人程度の小規模チームなんですが、表の企業に対して営業しやすいように、あえて株式会社っぽい名称を選んでいる堅実なタイプです」
「そして三つ目が、『能力の系統や戦闘のスタイルを前面に出す団体』」
『鉄壁衆』『赤狼』『千刃会』『ナイト・レイダーズ』『霊装結社月読』。
「格闘系、術式系、宗教系、古流の伝統系などに多いですね。いかにも能力者って感じの、中二病っぽい名前です」
玲奈は、一覧表を見せながら解説を終えた。
「調べた限りだと、依頼を安定して受注しているチームは、企業名みたいな名前をつけているところが多いですね。それに、思っていたより規模の大きい団体もたくさんあります。十人、二十人単位で所属しているところも珍しくありません」
俺は、内心で冷や汗をかいていた。
俺はただ、自分たち三人が集まって活動するための『サークル名』を決めるくらいの軽い感覚でいたのだ。
しかし玲奈は、すでに将来的なチームの規模拡大や、企業からの見え方までを計算して、名前に注文をつけようとしている。
「だからこそ、安易に三人の名前の頭文字を組み合わせたような名前にしてしまうと、後から四人目、五人目と人を増やしづらくなります」
「それに、企業から護衛や探索の依頼を直接受けるなら、法人の請求書に書かれても浮かない、社会的に変じゃない名前がいいです」
二十二歳の配送会社勤務の言葉としては、あまりにも現実的でシビアな視点だ。
俺は、彼女が面談の時に答えた加入理由が「純粋に副業として稼ぎたいから」だったことを思い出し、妙に納得していた。
◆
水瀬が立ち上がり、ホワイトボードの前へ移動した。
「名前は、依頼主である企業の担当者が、一度聞いたらすぐ覚えられるものがいいですね♡」
「それに、その団体が普段『何をするチーム』なのかが一発で分かると、企業側も安心して依頼を出しやすくなりますよ」
水瀬が、ホワイトボードにチーム名に必要な条件を箇条書きで書き出していく。
・覚えやすい
・読みやすい(難読漢字や長すぎる横文字は避ける)
・企業へ提出する公的な書類に書いても恥ずかしくない
・特定の能力(炎や剣など)だけを限定して示さない
・代理戦とダンジョン探索の両方の業務に使える
・将来、メンバーが増えたり入れ替わったりしても違和感がない
・他の登録チームと名称が重複しない
玲奈も、その条件に強く同意して頷いた。
「名前を見ただけで、ダンジョンの探索も、対人戦闘の代理戦も、両方請け負ってくれるチームだと分かるとベストですね。あと、ネットでの検索しやすい名前であることも重要です。ありがちな名前だと、他の業者に埋もれちゃいますから」
俺は、ホワイトボードの文字を見つめながらため息をついた。
ただのチーム名を決めるだけのはずが、なんだか企業の本格的なブランド戦略会議みたいになってきたぞ。
◆
最初は、ブレインストーミングとして軽い候補をいくつか出していくことになった。
《佐伯チーム》
俺が一番簡単で分かりやすいだろうと思って出した案だ。
玲奈が即座に冷たい声で却下した。
「佐伯さんが怪我して引退したら、その時点で終わる名前です。それに、街の個人商店みたいでスケール感がありません」
俺は、そこまで長期的なリスク管理を考えていなかった。
《トリニティ》
水瀬が、「三人組だから」という理由で冗談半分に提案した。
玲奈が手元のタブレットで即座に検索をかける。
「同名のチームがネクサスに複数存在します。能力者業界に限らず、一般の会社、飲食店、地下アイドル、ゲームのタイトル、分譲マンションの名前まで大量に出てきますね」
玲奈がバツ印を出す。
「検索性が最悪です。却下で」
《ナイトワーカーズ》
俺たち三人は、全員が昼間は表の仕事をしており、夜に集まって活動する。だから俺が提案してみた。
水瀬は「夜のお仕事っぽくて少し面白いですね♡」と笑ったが、玲奈は真顔のままだった。
「夜間労働者そのものじゃないですか。ブラック企業みたいで嫌です。夢がありません」
俺は、自分が元からサービス残業まみれの夜間労働者寄りだったことを思い出し、黙り込んだ。
《ライブラリ》
水瀬が、ペンの裏で頬を突きながら意味深に言った。
「佐伯さんは、何か色々なものを『集める』のがすごく得意そうなので、《ライブラリ(図書館)》なんてどうですか?♡」
俺の心臓が跳ねた。即座に却下する。
「駄目だ。それは……俺の個人的な趣味の領域だからな。チーム名には合わない」
俺の能力の最大の秘密である『本名』に近すぎる。
玲奈は、俺がなぜそこまで過剰に反応したのか意味が分からず、「戦闘系のチームなのに、図書館の指定管理事業の会社だと思われませんか?」と首を傾げていた。
◆
なかなか決まらない空気を変えるため、俺はホワイトボードの前に立ち、三人の能力と共通点を整理してみることにした。
「俺は、相手の能力や状況に応じて戦い方を柔軟に変える前衛だ」
「水瀬さんは、《分身》を使って現場全体の情報を事前に集めてくれる」
「羽田さんは、《圧縮射出》でその場にある地形や周囲の物体を利用して戦う後衛だ」
俺は、ホワイトボードに三人の特徴を書き込む。
「俺たち三人とも、あらかじめ固定された一つの戦法や武器に頼るのではなく、『現場の状況に合わせて』即興で仕事をするタイプだ」
俺たちの活動する場所も、リングやケージの中だけではない。
異界ダンジョン、廃倉庫、廃ビル、深夜の商業施設、模擬市街地、企業代理戦用のアリーナ。
依頼があれば、どこへでも出向く可能性がある。
さらに言えば、俺たち三人は全員、昼間は普通に社会人として働いている。
能力者としての活動も、結局のところ、依頼を受けて現場(フィールド)へ向かい、成果を上げて帰ってくる『仕事(ワーク)』なのだ。
俺は、ホワイトボードの中央に、黒いマーカーで大きく文字を書いた。
『FIELD WORKS(フィールドワークス)』
玲奈が、その文字を口に出して読み上げた。
「フィールドワークス?」
「ああ。現場に出て、汗をかいて仕事をするチームだからな」
俺はペンを置いて説明した。
「ダンジョンの探索も、血みどろの代理戦も、捕獲任務も、俺たちにとっては全部、自分たちの足で立つ『フィールド(現場)』だろ。それに、特定の能力や戦い方にも縛られていない、汎用性の高い名前だと思う」
◆
水瀬は、ホワイトボードの文字を少し見つめて考えた後、パチンと手を叩いて肯定した。
「分かりやすくて、すごくいいですね♡」
「探索、調査、戦闘、捕獲。どれも現場仕事ですから、私たちの活動内容にもピッタリ合っています」
玲奈も、企業へ提出した場合のシミュレーションを頭の中で行っているようだった。
「株式会社という冠はついていませんけど、十分に『企業名っぽく』聞こえる堅実な響きです」
「請求書や契約書の宛名に『フィールドワークス御中』と書かれてあっても、全く変じゃないですね」
さらに、玲奈が利点をポンポンと挙げていく。
「将来メンバーが増えても違和感なく使えます。ダンジョン専門にも見えすぎないし、格闘専門の脳筋チームにも見えない。英語表記が簡単で、ロゴマークを作りやすいのもいいですね。略称を『FW』にできるのも便利です」
玲奈が、手元のタブレットでネクサスのデータベースを最終検索する。
数秒後、彼女は顔を上げた。
「能力者登録チームとしての同名団体は、現在一つも存在しません。完全に空いています」
三人の意見が、ここで完全に一致した。
俺たちが結成するチームの正式名称は、
《FIELD WORKS》
(読み:フィールドワークス)
に決定した。
◆
俺は、ネクサス・マッチングの登録用端末の画面に向かい、決定した事項を入力していった。
『代表者:佐伯直人』
『事務・連絡担当:水瀬蓮花』
『所属メンバー:羽田玲奈』
『主な活動分野:
・企業代理戦
・異界ダンジョン探索
・特殊対象の捕獲任務
・現地調査任務
・要人護衛および拠点制圧』
確認画面を表示し、最後に右下の『正式登録』のボタンをタップする。
画面が切り替わり、緑色のチェックマークと共にシステムメッセージが表示された。
『チーム《FIELD WORKS》を正式登録しました』
『登録人数:三名』
『チームランク:新規登録』
『チーム戦への参加資格が、新たに解禁されました』
俺は、画面に俺たち三人の名前がチームとして並んでいるのを見て、胸の奥に少しだけ熱いものが込み上げるのを感じた。
これまでは、俺が個人として一人で試合を受け、水瀬がサポートとして同行してくれていただけだった。
だが今日、俺たちは正式に一つの『チーム』として、ネクサスのシステム上に産声を上げたのだ。
俺が感慨に浸っていると、玲奈がタブレットを操作しながら、すぐさま次の実務の話へと進んだ。
「名前と登録が終わりましたね。じゃあ佐伯さん。次は、オフィスの契約ですね!」
◆
俺は、ポカンとして聞き返した。
「……オフィス?」
「はい、活動拠点となるオフィスです」
玲奈は、何を当たり前のことを、という顔で俺を見た。
「私が調べた既存のチームの多くは、規模の大小にかかわらず、必ず自分たちの活動拠点を持っていました」
「大規模な団体なら、自社ビルやフロア貸しの支社。小規模なチームでも、商業利用可能なレンタルオフィス、倉庫付きの事務所、複数チームでの共同事務所、あるいはネクサスの提携施設内の一室などを必ず契約しています」
玲奈が、オフィスが必要な理由を論理的に羅列していく。
「武器や防具の装備を安全に保管する場所が必要です。ダンジョン用の消耗品や物資を管理するスペースも要ります」
「毎回、こうしてネクサスの小会議室を時間貸しで予約してメンバー会議を行うのは、経費と手間の無駄です」
「契約書や請求書の原本を保管する鍵付きのキャビネットが必要です。依頼主である企業の担当者との事前面談の場所にもなります」
「そして何より、チームの正式な連絡先(住所)として使える場所がないと、企業に対して個人の自宅住所を晒すことになります」
玲奈が、俺の目を見て力強く言った。
「チームのお財布と私物を分けるためにも、絶対にオフィスは欲しいです! 自分たちの城があった方が、仕事のモチベーションも上がりますよ!」
俺は、チーム名を決めるだけの軽い打ち合わせのつもりだったはずが、急に不動産契約の初期投資という重い話にまで広がっていることに、完全に戸惑っていた。
◆
玲奈が最初にタブレットの検索で見せてきたのは、シャワールーム完備、広い装備庫、仮眠ができる休憩室までついた、かなり立派なテナント物件だった。
当然、月の家賃も敷金も目が飛び出るほど高い。
俺は慌ててストップをかけた。
「待ってくれ。まだ俺たちは、チームとして一件の仕事も受けてないんだぞ。いきなりこんな家賃の高い大きいところを借りるのは無理だ。赤字で即解散になる」
水瀬も、俺の意見に同意した。
「そうですね。最初は見栄を張らずに、小規模な商用レンタルオフィスの個室で十分だと思います。固定費は極限まで削るべきです」
水瀬が、ネクサス・マッチングの提携先不動産のリストから、条件に合う物件を絞り込んで表示させた。
『商業登記・利用可能』
『法人・団体名での郵便物受取可能』
『二十四時間セキュリティ・入退室可能』
『防音性のある小会議スペース確保』
『鍵付きの備品収納庫あり』
『主要駅から徒歩圏内』
画面に映し出されたのは、都内の雑居ビルにある、広さ十数平方メートルほどの小型物件だった。
三人用のデスクがギリギリ置けるスペース。壁際に鍵付きのロッカー。小型の冷蔵庫。小さなホワイトボード。装備一式を保管できる頑丈なスチール製の収納棚。
決して豪華ではないが、秘密基地感があって、スタートアップチームの拠点としては十分すぎる機能が揃っていた。
玲奈は写真を見て、少しだけ不満そうに唇を尖らせた。
「えー、でも……。もう少し広くてもいいんじゃないですか?」
「月の家賃と管理費、これくらいかかるぞ」
俺が、画面の右下に表示されている月額費用の数字を指差した。
玲奈は、その金額を一瞥した瞬間、即座に真顔になって言った。
「最初は、絶対にここでいいです。身の丈に合っています」
「……判断が早くて助かるよ」
◆
オフィスの場所が決まると、次は最も重要な『費用の扱い』についてのルール決めだ。
「月々の家賃と管理費は、当然チームの共通経費になります。最初の契約金と当面の維持費は、私たち三人で均等に一定額を出資して出し合いましょう」
水瀬が、ホワイトボードに新しい項目を書き出していく。
「今後は、受けた案件の報酬の中から、一定の割合を『チームの維持・積立費』として天引きし、プールしていきます」
ホワイトボードに、暫定的な金銭の計算式が書かれる。
『案件の総報酬額 マイナス ネクサスの仲介手数料』
『マイナス 装備の修理・消耗品費』
『マイナス 治療費・保険の掛け金』
『マイナス オフィスの家賃・維持費』
『マイナス チームの緊急積立金(五%〜十%)』
『= 残った純利益を、参加したメンバーで貢献度に応じて分配』
水瀬が、ペンを回しながら補足する。
「個人がチームを通さず、単独で試合や依頼に出た場合のファイトマネーは、基本的には本人の完全な取り分とします。ただし、チームの収集した情報、共有の装備、あるいは私や玲奈さんの事前の分析支援を利用した場合は、一定の割合をチームへ納めてもらいます」
「ダンジョンで得た素材やドロップ品の売却益も同様です。売却後に、参加した人数と危険度を基準にして分配します」
玲奈は、水瀬の説明を一言も聞き漏らすまいと、自分のノートに真剣な表情でメモを取っていた。
俺は、能力者チームの結成会議というより、まるでベンチャー企業の創業会議に参加しているような気分になっていた。
◆
俺たち三人のうち、俺は表では不動産管理会社の営業だ。玲奈も配送会社に勤務している。
企業からの依頼の受注、契約書の確認、報酬の請求、税務処理、そしてメンバーのスケジュール管理を、誰か一人が責任を持って統括しなければならない。
「代表の責任者は俺がやるとして。……実際の細かい事務処理の担当は、どうする?」
俺が尋ねると、水瀬が即座にピンと右手を挙げた。
「事務長は、私に任せてください♡」
彼女が担当すると宣言した範囲は、多岐にわたった。
ネクサス・マッチングとの連絡窓口。案件資料の精査と整理。メンバーの出勤可能な予定管理。契約書の法的な不備の確認。報酬の配分計算と振込。経費のレシート記録。装備の台帳管理。企業への請求処理。そして、年に一度の税務申告資料の作成。
俺は、自分の会社で使っている《表計算ソフト操作》や《事務機器操作》の技能を使えば、処理自体はできると思っていた。
しかし、本業の残業まみれの仕事を終えた後、さらにチームの膨大な事務処理まで全部俺が一人で背負い込むのは、体力的にかなり厳しい。
水瀬が自信満々に立候補してくれたので、俺は大人しく彼女に全権を委ねることにした。
◆
玲奈が、水瀬の宣言を聞いて露骨に安堵の息を吐いた。
「税務処理まで、全部やってくれるんですか?」
「はい。もちろんです」
「良かった……。ダンジョンで拾った素材の売却益と、捕獲任務の特別報酬と、試合のファイトマネーを、それぞれどの勘定科目で分けて確定申告すればいいのか、すごく面倒だったんですよ」
俺は、その会話を聞いてビクッと反応した。
「ああ……そうか。裏の世界の金にも、ちゃんと税金とか申告の義務があるんだ」
これまで俺は、命を懸けて受け取った手取りの報酬額ばかりを見て喜んでいた。
しかし、企業代理戦のファイトマネーも、ダンジョンの売却益も、当然ながら個人の収入だ。八咫烏の監視下にある以上、脱税は致命的なペナルティになる。
破損した装備費、遠征の移動費、裏情報料、そして俺が先週払った『五十万円の観戦料』などを、どこまで経費として落として扱えるのかも、きっちり整理が必要になる。
水瀬は、涼しい顔で微笑んだ。
「大丈夫ですよ。税務処理と経費の圧縮は、私の最も得意とする分野ですから♡」
玲奈が、純粋な疑問を口にした。
「……なんで、そんなことが得意なんですか? 水瀬さん、まだ十八歳ですよね?」
水瀬は、笑顔のまま胸を張って答えた。
「これでも、裏の業界の税金対策には、経験豊富なんで!」
俺は、思わず水瀬の顔をジッと見た。
見た目も、公的な八咫烏の登録年齢も、彼女は間違いなく十八歳の少女だ。
(……十八歳という設定じゃねーの?)
(裏の税務処理が経験豊富で得意な十八歳って、なんだよ。どんな修羅場を潜り抜けてきたんだ)
明らかに、深く追及して矛盾を突くべき発言だ。
しかし、ここで追及してしまえば、もっと聞きたくない、知りたくないヤバい答えが返ってきそうな気がした。俺の《ライブラリ》のレッドアラートが、無意識に警鐘を鳴らしている。
俺は、何も聞かなかったことにして目を逸らした。
玲奈も、一瞬だけ水瀬を不思議そうにジッと観察したが、「まあ、面倒なことを丸投げして任せられるなら助かります」と、実利を優先してそれ以上は踏み込まなかった。
◆
数日後。
俺たち三人は、ネクサス提携の商業利用可能な小型オフィスを正式に契約した。
ビルの入り口の郵便受けには、しっかりと『FIELD WORKS事務所』というプレートが差し込まれている。
俺が、真新しい鍵を回してドアを開けた。
中は、内見の写真で見た通り、まだ空っぽに近い空間だった。
三人分の簡素なデスク。折り畳み椅子。壁に掛けられたホワイトボード。鍵付きの背の高いロッカー。隅にある小型冷蔵庫。電源のタップと、通信環境のルーターだけがポツンと置かれている。
玲奈は、さっそくロッカーの扉を開け閉めして確認した。
「よし、頑丈ですね。これで、射出に使う重いワッシャーや特殊なボルトを、自分の部屋に置かずにここに保管しておけます」
水瀬は、三つ並んだデスクのうち、最も書類棚と電源に近い奥の席を素早く確保した。
「私はここにしますね。チームの端末と、予定管理のファイルはここに置きます」
俺は、まだ何もない空いている壁を眺めながら、深く息を吸い込んだ。
本当に、自分たちのチームが、自分たちの城ができたのだ。
少しだけ、現実感が湧いてきた。
◆
水瀬のデスクの上には、すでにいくつものファイルが整然と並べられていた。
ネクサスから支給されたチーム専用端末。会計用のノートパソコン。三人の予定を書き込むカレンダー。契約書のバインダー。メンバー別の案件記録ファイル。
玲奈が、その手際の良さを見て感心したように言った。
「もう完全に、裏の組織の事務長ですね、水瀬さん」
俺は、自分が一応このチームの代表のはずなのに、実質的に水瀬の方が組織のすべてを完全に支配し、コントロールしているように見えて、少しだけ不安になってきた。
「……なあ、水瀬さん。俺の知らないところで、勝手にやばい契約とか結ばないでくれよ?」
水瀬は、デスクから振り返って満面の笑顔を見せた。
「何を言ってるんですか。チームの全責任を負う代表は、佐伯さんですよ♡」
「……」
「私はただ、チームの『情報』と『お金』と『メンバーの予定』を、裏から管理して握っているだけです」
俺は、額に冷や汗をかいた。
(……それって、組織において一番権力を持ってる強い立場なんじゃないか?)
俺はそう思ったが、口に出すのはやめておいた。
◆
一通りのオフィスへの荷物搬入と、事務的な登録確認が終わった後。
水瀬が、自分のデスクのチーム専用端末を操作し、ネクサス・マッチングのページを開いた。
画面には、これまで俺が見ていた『個人戦』のオファーリストとは別に、『チームバトル参加申請』という新しい項目が解禁されていた。
水瀬が、俺と玲奈を振り返って提案した。
「せっかく三人のメンバーが揃って、オフィスも稼働しましたし。さっそく、チームバトルの案件にも応募の登録をしておきますか?」
玲奈が、即座に目を輝かせて反応した。
「チームバトル、いいですね! やりましょう!」
俺だけが、少し慎重になってブレーキをかけた。
「おいおい、ちょっと待て。俺たちは今日、正式なチームになったばかりだぞ。まだ三人で一度も合同訓練をしていないし、連携のテストすらしてない。俺が玲奈さんの能力を見たのも、面談の時のドローン撃ちの一度だけだ。いきなり実戦の試合へ出て、大丈夫なのか?」
玲奈は、全く気にした様子もなく前向きに答えた。
「システムに条件を登録したからといって、即日すぐに試合が決まるわけじゃないですよね? マッチングして相手が決まるまでの間に、みっちり訓練して連携を合わせればいいだけです」
「そうですよ、代表」と水瀬も後押しする。「こちらの希望条件を出して、それに合う相手を探してもらうだけです。早めに登録して網を張っておく方が、時間効率的にも絶対にいいです♡」
二人に押し切られる形で、俺は渋々承諾した。
◆
ネクサスのチーム戦登録画面を開く。
選択項目は、細かく分かれていた。
『参加人数』『平均Tier』『勝敗条件』『武器使用の可否』『致死攻撃の禁止ルールの有無』『希望する戦場』『出場可能な曜日と時間帯』『報酬の最低希望額』『公開試合または非公開試合』。
俺たち《FIELD WORKS》は三人なので、当然『三対三』を希望する。
登録能力は、三人とも偶然にもTier4だ。
基本条件は、『Tier4帯・三対三・非殺傷ルール』に設定した。
勝敗条件は、単純な『全員の戦闘不能』や『降参』のほかに、『一定時間の指定エリア制圧』や『指定目標物の確保』など、案件によって様々なバリエーションが選べる。
玲奈は、純粋な殴り合いになるリング戦よりも、環境を利用しやすい『目標確保型』や『拠点制圧型』のルールを強く希望した。
◆
次に、『戦場希望』の欄を見る。
選択可能な施設の例が、ズラリと並んでいる。
通常リング。金網ケージ。廃倉庫。廃工場。オフィスビル。閉鎖された廃商業施設。地下駐車場。模擬市街地。森林区画。
玲奈が、画面を見るなり即座に言った。
「モールか、廃ビルのどちらかでお願いします!」
俺が理由を聞くまでもなかった。
商品棚。案内板。ガラス。手すり。消火設備。照明。シャッター。放置された台車。天井の配管設備。
それらの場所には、玲奈の《圧縮射出》の弾薬として、あるいは戦術的なギミックとして利用できる環境物が、文字通り山のように大量に存在するからだ。
玲奈は、少し興奮気味に言葉を続けた。
「ああ、でも別に、最初から物がたくさん置いてなくてもいいですね。佐伯さんが前衛で戦いながら、壁や床を殴って適当に『瓦礫』を量産してくれれば、それがそのまま私の弾になりますから!」
「……俺を、弾薬の製造機扱いするなよ」
「私の《身体能力強化》の出力じゃ、コンクリートの壁を簡単に壊せるほどの筋力はないですから。佐伯さんに頼るしかないんです!」
俺は少し考えた。
「まあ、壊していい会場なら、俺が壁を壊して弾を作るくらい別にいいけど」
俺が壁を殴って破片を作り、玲奈がそれを射出する。単純な連携だが、即席の無尽蔵な弾薬補給システムになる。
さらに、俺が意図的に『壊す場所』を選べば、遮蔽物の作成、敵の逃走経路の封鎖、粉塵による視界の遮断、足場の悪化、天井からの落下物の生成など、複数の戦術的なメリットを同時に生み出せる。
水瀬が、冷静な声で忠告した。
「会場によっては、過度な施設損壊分が、後からファイトマネーの報酬から天引きされて引かれる契約の場所もありますよ♡」
玲奈の言葉が、ピタリと止まった。
「……絶対に、壊してもお金を取られない会場にしましょう。佐伯さん、無駄に壁を壊さないでくださいね」
俺は、玲奈のすべての行動判断基準が、一貫して『金銭と利益』にあることを再確認し、苦笑した。
◆
チームバトルにおける、三人の大まかな『役割』もシステムに入力する。
『佐伯直人』
役割:前衛・近接戦闘・状況対応。
・敵の前衛のヘイトを引きつける。
・地形を意図的に破壊し、加工する。
・状況に応じて、複数の格闘スタイルを変更して対応。
・味方の後衛へ接近する敵を、物理的に止める。
『水瀬蓮花』
役割:索敵・情報支援・攪乱。
・分身体による安全な事前偵察。
・敵の位置情報のリアルタイム共有。
・死角の監視。
・複数方向からの分身による陽動。
・玲奈が利用可能な環境物の配置確認。
『羽田玲奈』
役割:後衛・環境利用・遠距離制圧。
・即席弾薬による遠距離からの射撃と牽制。
・罠や環境設備の起動。
・敵の進路の誘導。
・対象の捕獲と制圧。
・直人が作った瓦礫の再利用。
三人の役割が、見事なまでに明確に分かれている。
ただし、俺と水瀬は、玲奈に対して釘を刺すことを忘れなかった。
「条件に合う試合が決まっても、実戦の前に、一度は必ず三人で合同訓練をする。そこで連携が全く成立しなければ、条件が合っていても試合のオファーは受けない」
玲奈も、真剣な顔で了承した。
彼女は稼ぎたいからこそ、準備不足で無駄に負けたり、怪我をしたりするつもりは毛頭ないのだ。
◆
すべての項目の入力が終わり、水瀬が最終的な登録内容を読み上げた。
「チーム名:《FIELD WORKS》」
「参加形式:三対三。参加Tier:Tier4」
「希望ルール:非殺傷。戦闘不能または降参」
「希望戦場:第一希望・廃商業施設。第二希望・廃ビル。第三希望・廃倉庫および工場」
「希望案件:拠点制圧、目標物確保、純粋なチーム戦闘、模擬捕獲戦」
「出場可能時間:平日夜、および土日祝日の終日」
俺が画面を確認して頷く。玲奈も画面を覗き込んで確認した。
水瀬が、登録ボタンを力強くタップする。
『チーム《FIELD WORKS》』
『三対三チームバトルへの参加申請を受理しました』
『条件の一致する対戦チームを、システムが検索します』
これで、俺たちフィールドワークスは、正式に最初のチームバトルへと名乗りを上げた。
◆
玲奈が最初に見つめたのは、いつマッチングするかの状況画面ではなかった。
彼女の目は、画面の隅に表示されている『予想報酬額』の欄に釘付けになっていた。
チーム戦の基本報酬は、俺がこれまで出ていた個人戦よりも、設定されているベースの金額が高い。
もちろん三人で分ける必要はあるが、ここで勝ってチームランキングを上げれば、企業からの高額な直接指名依頼や、長期的なスポンサー契約に繋がる可能性も十分にある。
玲奈が、心底満足そうに言った。
「これ、実績を積んで上のランクに行けば、かなり稼げそうですね」
「……まずは、最初の試合で勝てればな」
俺が現実に戻すように言うと、玲奈は自信ありげに胸を張った。
「私たちが利用できる環境(モノ)がある場所なら、絶対に勝ちますよ」
水瀬が、スケジュール帳を開きながら微笑んだ。
「では、相手が決まる前に、さっそく今週末は地下訓練場で三人の連携訓練ですね♡」
俺は、またしても平日の仕事終わりの休日の予定が、裏の世界の業務で完全に埋まってしまったことに気づき、小さくため息をついた。
◆
契約したばかりの、まだ少し埃っぽい匂いのする小さなオフィス。
俺は、真っ白なホワイトボードの上に、水瀬がプリンターで印刷した仮のチーム名の紙をマグネットで貼り付けた。
『FIELD WORKS』
その下に、手書きで三人の名前を書く。
『佐伯直人』
『水瀬蓮花』
『羽田玲奈』
さらに、その横のデスクの上には、『三対三チームバトル・対戦相手検索中』と青い文字で表示されたチーム専用端末が置かれている。
まだ、何の実績もない。ランキングの星もついていない。スポンサーの企業もついていない。オフィスの部屋も、息が詰まるほど狭い。
しかし。名前、拠点となる城、背中を預けるメンバー、そしてネクサスへの公式登録だけは、完全に揃った。
俺は、当初の「ちょっと副業で能力を使って稼いでみるか」という軽い気持ちから、想像以上に話が大きくなり、後戻りできないところまで来ていることを実感していた。
◆
玲奈が、狭い部屋を改めて見回しながら言った。
「ここから、もっとずっと広いオフィスビルの上の階に移れるくらい、ガンガン稼ぎましょうね」
「おいおい。まずは、今のこの狭い部屋の今月分の家賃を、確実に払えるくらい稼ごうな」
水瀬は、すでにパソコンで今月分のチームの収支予定表のエクセルを作り終えていた。
「大丈夫ですよ♡ 次のチーム戦の案件で無事に勝てば、仲介手数料を引いても、このオフィスの数ヶ月分の維持費と私たちの利益は十分に確保できます」
「……もし、負けた場合は?」
俺が最悪のケースを尋ねると、水瀬は満面の笑顔で答えた。
「その時は、初期費用の回収ができず、全員の財布からの完全な赤字持ち出しですね♡」
玲奈の表情が、一瞬にして修羅のように真剣なものへと変わった。
「……絶対に勝ちましょう。死んでも」
世界を救う正義でも、能力者としての名誉でもない。
最初のチーム戦へ向けて、俺たち三人の意見が初めて完全に一つに一致した理由は。
『オフィスの家賃を、自分たちの身銭を切って赤字にしないため』だった。
俺は、なんて自分たちらしい、血も涙もない泥臭いチームなんだろうと思いながら、深くため息をついた。
◆
その時。
俺のポケットのスマートフォンと、オフィスのデスクに置かれたチーム専用端末が、全く同時に短い通知音を鳴らした。
『株式会社ネクサス・マッチング』
『チーム《FIELD WORKS》の、対戦候補の検索を開始しました』
その下には、冷たいシステム文字でこう表示されている。
『条件に一致する対戦候補チームが見つかり次第、代表者および事務担当者の端末へ通知いたします』
俺が画面を見つめる。
水瀬は、楽しそうにクスクスと笑う。
玲奈は、すでに報酬条件の引き上げ交渉のページを開いている。
三人の視線が、初めて同じチームの端末の画面へと集まった。
チーム《FIELD WORKS》。
俺たちの、チームとしての最初の仕事が誰になるのかは、まだ決まっていない。
だが、俺たち三人は、すでにその未知の最初の戦いへ向けて、確実に歩みを進め始めていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!