冴えない中年平社員、見た技と異能をコピーして企業代理戦で成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第29話 空荷のトラックが、一番重かった

 午前一時過ぎ。

 

 旧研究棟の大型シャッターが開き、深夜の冷たい空気が流れ込んできた。

 

《荷重移送装置アトラス》を載せた巨大な低床搬送台車が、ゆっくりと建物の外へと動き出す。

 

 通常なら、十八・八トン。大型重量物として、専用の搬送車両や荷役設備を必要とする、二十トン近い機械の塊を運ぶのだ。搬送用の台車や工場の床には、目に見えて大きな負荷がかかるはずだった。

 

 しかし今、《荷重移送》の因果律改変能力によって、十八・八トンのうち約十六トン分の荷重が別の車両へ移されている。本体側に残る負荷は、約二・八トン。巨大な台車は金属の微かな軋み音を立てるだけで、二十トン近い機械とは思えないほど滑らかに動いていた。

 

 一方。建物の外の暗がりに待機している、能力の『移送先』である受荷車両。

 

 外見は空荷に近いその多軸式の専用受荷車両は、約十六トンもの見えない荷重を引き受け、後部の車高を低く沈ませていた。荷台には大きな積み荷が見えないのに、足回りだけは重量物を満載した車両そのものだった。

 

 俺の視界の端では、《ライブラリ》の青白い表示が静かに観測を続けていた。

 

『未登録の因果律改変現象:荷重移送を観測中』

 

『移送元:《ATLAS A-03》本体』

 

『移送先:外部の受荷ユニット』

 

 ただし、正式な能力の登録はまだ完了していない。俺は表示を完全に無視するふりをしながら、車列の最終確認へと走った。

 

     ◆

 

 俺は、外に停まっている白い大型ウイング車(《アトラス》の搬送車)の周囲を、ライトで照らしながら早歩きで一周した。

 

 荷台へ載せられた《アトラス》本体の固定ベルトの張り、床のラッシングレールの固定金具、車輪止めの位置、荷台と装置の高さのバランス。すべてを自分の目で確認する。

 

 依頼主の搬送責任者が、横から不思議そうに言った。

 

「佐伯さん。アトラスの荷重はすでに別の車両へ移してあります。ですから、通常よりも非常に簡単に、揺れなく運べますよ」

 

 俺は、固定ベルトのテンションを力任せに確認しながら、釘を刺すように返した。

 

「軽くなっているように見えているだけです。……それは、固定金具の数を減らしていい理由にはなりません」

 

「……」

 

「走行中に急ブレーキをかければ、下に押しつける荷重の移送先が別の車両になっていても、《アトラス》自体が前方へ飛び出そうとする『慣性』までは消えていない可能性がある。……能力の詳細が完全には分からない以上、通常の重量設備以上に厳重に固定してください」

 

 俺の昼間の本業である、建築設備や重量物搬入の知識からの指摘だった。責任者はハッとした顔になり、「おっしゃる通りです」と固定器具の追加を指示した。

 

     ◆

 

《アトラス》を実際に運転して運ぶドライバーの紹介を受けた。

 

 東央特殊搬送技研の物流主任である、八木という四十代後半の男だった。特殊搬送の現場に二十年以上携わる大ベテランだという。

 

 会社の身元確認も、大型免許の運転資格も、今夜の守秘契約もすべて問題なし。先ほどの襲撃による「緊急変更」の後に呼び出された、信頼できる社内要員の一人だ。

 

 八木は、非常に愛想の良い笑顔で俺へ挨拶した。

 

「佐伯さんのような、現場の物理的な動きを分かっている方が護衛してくださるなら、運転する側としても安心です。よろしくお願いします」

 

「ええ。安全運転でお願いします」

 

 水瀬も、監視室から彼の名簿、顔写真、社員証のデータを照合していた。

 

 すべて、正真正銘の本物。

 

 偽装した犯罪者ではなく、本物のベテラン社員。だからこそ、この事前の顔合わせの段階では、彼が『内通者』であることなど、誰にも見抜くことはできなかったのだ。

 

     ◆

 

 出発前の、最終の車両配置の確認。

 

 今回の緊急搬出には、四台の車両を使用する。

 

 第一車両。先導警備車(社用SUV)。水瀬の本体と、依頼主の危機管理担当者が乗る。

 

 第二車両。《アトラス》搬送車(大型ウイング車)。運転手は八木。助手席には、《アトラス》の認証操作者が同乗する。

 

 第三車両。多軸式の専用受荷車両。《アトラス》から移された約十六トン分の荷重を、鋼製架台と受荷ユニットで分散して引き受ける重要な車だ。水瀬の『分身』が一体だけ同乗し、挙動と技術者を監視する。

 

 第四車両。後方警備車(業務用SUV)。俺と玲奈、そして企業の警備員一名が乗る。

 

 俺は、助手席の無線を取り、全車両へ向けて出発前の指示を飛ばした。

 

「佐伯です。……車間距離は詰めすぎず、広げすぎないこと。独断での経路変更は厳禁。信号や検問で停車する際も、二台の特殊車両(第二と第三)は絶対に離さないでください」

 

『了解しました』

 

「不審な車両が接近してきても、焦って競争したり、強引な追い越しはしないでください。一般人の車両を巻き込まないことが最優先です」

 

 搬送車の八木が、無線越しに『任せてください』と、ごく自然で頼もしい声で返答した。

 

 この時点では、彼の様子に怪しさは全くなかった。

 

     ◆

 

 午前一時半。

 

 車列が、ひっそりと旧研究棟を出発した。

 

 目的地は、同じ企業グループが所有する、別の強固な特殊搬送施設だ。距離は約十八キロ。深夜の交通量が少ない湾岸産業道路を中心に走れば、三十分ほどで到着するはずだ。

 

 八咫烏と警察の担当部署には、この緊急搬送のルートをすでに連絡済みだった。

 

 ただし、公的な警察の白バイによる『完全な道路封鎖』を行うほどの国家的な案件ではない。あくまで民間の極秘搬送だ。

 

 周辺の警察署のパトロールカーには、「不審車両、偽装した深夜工事、交通事故を装った襲撃に注意するよう」手配されている。

 

 八咫烏のシステムも周辺の因果反応を監視しているが、現時点でTier3以上の強力な能力者の接近反応はない。

 

 俺は、後方警備車の助手席から、前を走る二台の特殊車両の挙動を、目を細めてジッと観察していた。

 

 第二車両の《アトラス》搬送車は、荷台に二十トン近い巨大な機械を積んでいるのに、発進時の加速が異様に軽い。

 

 対して、第三車両の受荷車両は、外から見れば大した荷物などない空荷に見えるのに、発進のエンジンの唸りが重苦しい。

 

 道路の段差を越える時も、搬送車はフワッと軽く跳ねるが、受荷車両はズシッと重く沈み込み、タイヤには十六トン分の荷重を受けた明確なたわみが生じている。

 

 後部座席から窓の外を見ていた玲奈が、不思議そうに呟いた。

 

「……なんか、外からの見た目と実際の重さが、完全に逆転してますね」

 

「ああ。積んでいる車が軽くて、空荷に見える車の方が重い。能力の仕組みを知らなければ、絶対に勘違いする挙動だ」

 

 俺の言葉が、その後の展開の重要な伏線になることなど、この時はまだ分かっていなかった。

 

     ◆

 

 俺の視界の《ライブラリ》が、搬送中の能力の解析を少しずつ進めていた。

 

『荷重移送は、対象物の質量(物質の存在)そのものを変化・消滅させていません』

 

『対象を地球上へ支持・加速・接地させるために発生する「負荷」の成立先だけを、因果的に別の対象へと変更しています』

 

 俺は、その説明を見て、自分の持つ《自己質量操作》との決定的な違いを完全に理解した。

 

 俺の能力は、自分自身の『質量(重さ)』そのものを増減させるものだ。

 

 だが《荷重移送》は、物質の質量は一切変えずに、ただ重力によってかかる『荷重が成立する場所(負担)』だけを、見えないパイプで別の場所へと転送しているのだ。

 

 似ているが、全くの別系統の能力。

 

 だが、まだ「移送先の切り替え」「最大有効距離」「強制的な解除」「荷重の返還プロセス」を直接観測していないため、正式登録は保留状態だった。

 

     ◆

 

 出発から約十分後。

 

 先頭を走っていた先導車の水瀬から、緊張した声で無線が入った。

 

『佐伯さん。先導車の車載端末へ、当社の運行管理システムから緊急通知が入りました』

 

「緊急通知?」

 

『はい。「前方道路で大型車両の事故発生。第二予備ルートへ変更せよ。次の交差点を右折し、旧湾岸貨物道路を使用しろ」とのことです』

 

 俺は眉をひそめた。

 

「偽装の通信じゃありませんか?」

 

『電子署名も確認しました。送信元は間違いなく、東央特殊搬送技研の社内の正規の運行管理端末からです』

 

 同乗している依頼主の危機管理担当者も、

 

「社内からの正規のルート変更指示です」

 

 と認めた。ただし、その指示を出したはずの本社の運行管理担当者へは、なぜか電話が繋がらないという。

 

     ◆

 

 水瀬が、全車へルート変更の無線を流そうとした瞬間。

 

 俺は手元のタブレットで車載地図を拡大し、その指示された『旧湾岸貨物道路』のルートを確認した。

 

 そして、ゾッと背筋が寒くなった。

 

「水瀬さん、待ってください。無線を止めて!」

 

『……どうしました?』

 

「その旧湾岸貨物道路の途中に、車両総重量二十五トン制限の古い橋があります。《アトラス》搬送車は、今の荷重移送状態なら車両と装置を合わせた実質総重量が約十四・三トンだから通れる」

 

「ですが、受荷車両は車体と受荷ユニット、鋼製架台だけで約十三・二トンです。そこへ約十六トン分の荷重を引き受けている。実質二十九・二トンを超える車両を、あの橋へ入れるつもりですか!」

 

 危機管理担当者が、無線越しに戸惑った声を上げた。

 

『ですが、社内のシステムからの正規の指示です!』

 

 俺は、助手席のダッシュボードを強く叩きながら断言した。

 

「その指示を出した人間は、《アトラス》搬送車の帳簿上の重量だけを見て経路を作っています! 追加の荷重を受けている『受荷車両の実際の総重量』を、完全に無視したルートだ。……特殊搬送の実務を理解している本物の担当者なら、絶対にこんな指示は出さない!」

 

 つまり、社内の正規システムからこの通知を出した人物は。

 

 本物の担当者ではなく、《アトラス》の搬送をどうしても止めたいか、あるいは車列を人気のない特定の場所へ誘導したい『内通者(犯罪者)』なのだ。

 

「全車、その場で減速して停止しろ! 交差点を右折しないでください!」

 

 俺が叫ぶように全車へ停止指示を出した、その直後だった。

 

     ◆

 

 先導車の水瀬と、第三車両の受荷車両、そして俺たちの後方車は、指示通りにブレーキランプを光らせて減速した。

 

 だが。第二車両の《アトラス》搬送車だけが、急に右ウインカーを点滅させ、交差点を速度を落とさずに強引に右折したのだ。

 

 運転手の八木が、無線の向こうで非常に落ち着いた声で言った。

 

『佐伯さん。こんな交差点のど真ん中で止まる方が危険です。私は、指示通りに先に退避場所のルートへ入ります』

 

「八木さん、止まってください! その経路へは絶対に入るな!」

 

 俺が怒鳴るが、八木はもう応答しなかった。

 

 搬送車からの無線の通信がプツンと切られ、さらに彼らが積んでいたGPSの追跡信号も、同時にロストして消滅した。

 

 ここで初めて、俺たちは理解した。

 

 あの愛想の良いベテラン運転手である八木こそが、この襲撃計画の『本命の内通者』だったのだ。

 

     ◆

 

 搬送車が右折して消えた、その直後。

 

 交差点の脇道から、巨大な大型のコンテナ車が猛スピードで飛び出してきて、俺たちの車列の中央へと斜めに突っ込むようにして急停車した。

 

《アトラス》搬送車と、残りの三台の車両が、物理的に完全に分断されてしまった。

 

 さらに前方では、道路脇にあった工事用のバリケードが意図的に倒され、先導車の進路を完全に塞いだ。

 

 道路の両脇から、ブシュゥゥゥッ!と大量の煙幕が展開される。

 

 煙の中から、夜間作業員を装ったヘルメット姿の複数の犯罪者たちが姿を現した。

 

 彼らの目的は、俺たちFIELD WORKSと正面から戦闘して倒すことではない。

 

 強力な発泡硬化剤、車両のエンジンを止めるための大型ジャマー、目を眩ませる強力な投光器、道路封鎖用の可動柵、そして盗難車両。

 

 それらの『準備された設備』を使って、俺たちをこの場に数分間だけ完全に足止めすることが目的なのだ。

 

     ◆

 

 分断された直後。

 

 第三車両の正規の受荷車両に乗っていた水瀬の分身から、緊急の報告が入った。

 

『本体へ! 受荷車両に異変です!』

 

 分身の目の前で。

 

 約十六トンもの見えない荷重で低く沈んでいた専用受荷車両のサスペンションが、急にフワリと浮き上がり、空荷時の高さへと持ち上がった。

 

 助手席の技術者が、血相を変えて受荷ユニットのモニターの表示を見て叫んだ。

 

「こちらから操作して切り替えていません!!」

 

 モニターには、赤い警告文字が点滅していた。

 

『荷重移送先の強制変更中』

 

『認証済みの代替ユニットへ、接続を切り替えました』

 

《アトラス》の巨大な荷重が、この正規の受荷ユニットから、どこか遠くにある別の受荷ユニットへと、勝手に『移された』のだ。

 

 それは本来、高度な権限を持った認証操作者しかできない操作だ。犯罪者側が、正規の保守用の認証情報(マスターキー)まで完全に手に入れている証拠だった。

 

 水瀬本体が、無線で俺へ緊迫した声で伝えた。

 

『佐伯さん。《アトラス》の重さが、こちらの受荷車両から完全に消えました!』

 

 俺は、歯を食いしばって事態を理解した。

 

 荷重移送の最大有効距離は、五百メートル。

 

 搬送車がこの交差点から五百メートル以上離れてしまえば、移送先の接続が切れ、受荷側へ預けていた約十六トン分の荷重が本体側へ戻る。そうなれば搬送車が支える総負荷は、元の約十八・八トンに戻る。荷重移送中の運搬だけを前提にしたあのウイング車では、とても支えきれずに止まるはずだった。

 

 だが、止まらない。

 

 なぜなら、犯罪者側が逃走ルートの先に、『彼ら自身の用意した別の受荷ユニット(逃走車両)』を待機させていたからだ。

 

 俺の視界の《ライブラリ》に、新たな解析結果が表示された。

 

『荷重移送先の変更を確認しました』

 

『複数の受荷対象から選択可能。認証手順を介すことで、移送中の切り替えが可能です』

 

 俺の《荷重移送》への理解が、また一段深く進んだ。

 

 だが、俺には今それを喜んでいる余裕など一秒もなかった。このままでは、能力が正式に登録される前に、《アトラス》そのものを完全に奪われてしまう。

 

     ◆

 

 玲奈が、後方警備車の窓から身を乗り出し、愛用の狙撃銃(圧縮射出器)を構えた。

 

 彼女は、煙幕の中から現れた人間の犯罪者たちを直接は狙わない。

 

 俺たちを足止めしている『封鎖設備』だけを的確に狙い撃ちした。

 

 シュガァンッ! シュガァンッ!

 

 可動柵の金属の固定ボルト。コンテナ車の前後へ噛ませてあった鋼製車輪止めの固定金具。発泡硬化剤の噴射機のノズル。そして、俺たちの目を眩ませている道路照明の投光器のレンズ。

 

 それらを、次々と正確に破壊していく。

 

 コンテナ車のブレーキ系統やタイヤには決して撃ち込まない。大型車は空気圧が失われれば安全装置によってブレーキがかかり、かえって動かせなくなる。玲奈は、誰かが運転席から正規に動かせる状態を残したまま、周囲の封鎖器具だけを取り除いていた。

 

 犯罪者の一人が、玲奈へ向かって発砲してきた。

 

 玲奈は即座に車体の陰へと隠れ、銃口だけを出して、相手の持っている武器だけを正確に撃ち落とした。

 

「人間を撃たずに無力化して止める方が、よっぽど難しいんですからね!」

 

 玲奈は苛立ちながらも、プロとして一般人や犯罪者を殺さないための射撃を続けた。

 

     ◆

 

 道路封鎖の横から、前夜の襲撃で見たような《身体能力強化》を持つ犯罪者が、警棒を振り上げて俺へ襲いかかってきた。

 

 前夜に捕らえた男よりは、少しだけ格闘慣れしている動きだ。

 

 しかし、俺がこれまで企業代理戦で相手にしてきた化け物のような選手たちに比べれば、児戯にも等しい。

 

 俺は《身体能力強化》を発動し、《動体視の魔眼》で相手の動きの軌道を完全に読み切った。

 

 派手な大技は見せない。

 

 相手の警棒の軌道を最小限の動きでかわし、手首を極めて投げ飛ばし、そのまま道路脇のガードレールへと身体を押しつけ、強化拘束具で数秒で固定した。

 

 敵を追い回して全員を捕まえるより、車列が追跡するための『通路を空けること』を最優先する。

 

 その間に企業の警備員が、エンジンのかかったまま放置されていたコンテナ車の運転席へ飛び乗った。玲奈が車輪止めを外していたため、警備員が駐車ブレーキを解除して車体を数メートル前進させると、追跡車が一台通れるだけの隙間が開いた。

 

 先導車の水瀬も、即座に判断を下した。

 

「追跡経路を確保しました。逃げた残りの侵入者は、後から来る警察へ任せます。FIELD WORKSは、全車で《アトラス》を追います!」

 

     ◆

 

 一方その頃。

 

 内通者の八木が運転する《アトラス》搬送車は、指示された旧湾岸貨物道路を抜け、すでに閉鎖されている古びた『旧貨物集積所』の倉庫内へと入っていた。

 

 そこには、犯罪者たちの本隊が、完璧な準備を整えて待ち構えていた。

 

 搬送車と全く同じ高さに設計された荷役ホーム。重量物を横へスライドさせるための電動搬送ローラー。盗んできた互換性のある受荷ユニット。そして、外見が搬送車と『全く同じ型の白いウイング車』が、三台。すべてに偽造ナンバープレートが付けられている。

 

《アトラス》の荷重は、すでに彼らの用意した受荷ユニットへと移され、本体側に残る負荷は約二・八トンまで低下していた。

 

 通常なら巨大なクレーンが必要な機械の移し替えが、電動ローラーを使って数人で押すだけで、別の白いウイング車へとあっという間に横移動されていく。

 

 所要時間は、わずか一分半程度。

 

 元の搬送車は、集積所の片隅に放置された。

 

 八木は、犯罪者側の準備した別の車両の運転席へと乗り換える。

 

 そして、三台の全く同じ白いウイング車が、倉庫の別々の出口から、三方向へ向けて一斉に出発していった。

 

 どの車の中に本物の《アトラス》が積まれているか、外見の荷台からは完全に判別不可能な状態になっていた。

 

     ◆

 

 数分遅れて、俺たちFIELD WORKSの車列が旧貨物集積所へと到着した。

 

 倉庫の奥に、乗り捨てられた元の搬送車を発見する。

 

 荷台のウイングを開けると、そこは完全にもぬけの空だった。

 

 助手席に同乗していた正規の『認証操作者』の技術者が、手足をガムテープで縛られた状態で車内へ残されていた。殺害はされていない。窃盗団は無駄な殺人を目的としておらず、彼から必要な操作だけを強制して生かしておいたのだ。

 

 技術者が、震える声で証言した。

 

「走行中に、八木さんが突然こちらへ銃を向けて脅してきたんです……! そして、彼が持っていた保守用のマスターキーをシステムに差し込まされ、別の受荷ユニットへ強制的に切り替えさせられました……!」

 

 八木が、計画の根幹に関わる完全な内通者であったことが、これで確定した。

 

     ◆

 

 水瀬が、タブレットで周辺の監視カメラ、交通カメラ、企業施設の出入口の記録をハッキングまがいの速度で解析していく。

 

「……見つけました。この集積所から、ごく短時間の間に、外見が全く同じ『三台の白いウイング車』が別の方向へ出ています」

 

 第一車両は、北方向。高速道路の入り口へ向かっている。

 

 第二車両は、東方向。迷路のような倉庫街と、運河沿いの道路へ向かっている。

 

 第三車両は、南方向。海底を抜ける臨海トンネルの方面へ向かっている。

 

 すべて偽装ナンバー。荷台は密閉されており、外見の沈み込みの挙動からは、どれに本物が積まれているか全く分からない。

 

 企業側は、《アトラス》の内部に秘密の位置発信器(ビーコン)を取り付けていた。

 

 しかし、水瀬の画面には、北、東、南の『三方向すべて』から、全く同じビーコンの信号が発信されているのが表示されていた。

 

 犯罪者たちは、企業側が昨夜の下見の段階で追跡システムを使うことまで把握しており、完璧に偽装した『複製ビーコン』を二つ用意して、三台の車に散らせていたのだ。

 

「位置情報だけでは、どれが本物か判別できません」

 

 水瀬が苦々しく報告する。

 

 企業の危機管理担当者が焦って叫んだ。

 

「三方向すべてに、すぐに追跡の車を出すべきだ!」

 

 しかし、現在即応して戦闘できるFIELD WORKSの戦力は、俺たち一組しかいない。三分割してしまえば、本命に追いついても奪還するだけの戦力が足りなくなる。

 

 俺は、車両の外見やビーコンの信号に惑わされず、《アトラス》という能力の『因果の制約』から逆算して考えた。

 

     ◆

 

 俺は、タブレットの地図を睨みながら整理した。

 

「《アトラス》を積んでいる本物のウイング車は、重くありません。荷重を別の『受荷車両』へと完全に移しているからです」

 

「……」

 

「つまり、本物のウイング車を外見から見ても絶対に判別できない。……だが。約十六トン分もの異常な荷重を押し付けられている『受荷車両』の方は、必ずこの周辺のどこかに存在しているはずだ」

 

 俺は、出発時の二台の挙動の違いを思い出していた。

 

「その車両は、外から見れば荷物を積んでいない空荷のトラックに見えても、挙動を隠すことはできない。……約十六トンは、大型ダンプの通常の積載量を明らかに超える。サスペンションが不自然に沈み、タイヤが大きくたわみ、発進の加速が重く、制動距離も伸びる。段差を極端に避け、重量制限のある道へは入れない」

 

 俺は、水瀬の画面を指差した。

 

「《アトラス》を積んだ白い車を探すな。……何も積んでいないように見えるのに、この周辺で『一番重そうに走っている車』を探してください」

 

     ◆

 

 水瀬が、凄まじい速度で交通カメラの映像の絞り込み条件を変更した。

 

 三台の白いウイング車だけでなく、その周辺の半径五百メートル以内を走っている『すべての大型車』の挙動を解析する。

 

 北方向。大型車の走行なし。

 

 南方向。タンクローリーがいるが、液体の揺れを伴う通常の積載車らしい挙動だ。

 

 東方向。

 

 白いウイング車の、約二百メートル後方を走っている『一台の大型ダンプ』。

 

 映像を見ると、荷台には砂利一つ積まれておらず、完全に空荷だ。

 

 だが。

 

 後輪が、見えない何かに押し潰されるように不自然に深く沈んでいる。

 

 信号からの発進時に、車体後部が重苦しく下がる。

 

 小さな段差を越えるだけでも、車体全体が巨大な質量を抱えているように重く鈍く揺れる。

 

 マンホールの蓋のわずかな凹凸を、極度に避けるように慎重に車線変更をしている。

 

 そして何より、前方を走る白いウイング車と、必ず『五百メートル以内の一定の距離』を保ち続けている。

 

 水瀬が、その映像をメインモニターへ拡大した。

 

「……完全に空荷に見えます。でも、どう見てもあのダンプは『重い』です」

 

「間違いない。あれが犯罪者側の用意した『受荷車両』だ」

 

 俺が断定すると、玲奈がハッとして言った。

 

「なら、前を走っている東方向の白いトラックこそが、本物の《アトラス》を積んだ車ですね!」

 

     ◆

 

 俺と玲奈、そして水瀬の本体が、後方警備車(SUV)へと素早く乗り込んだ。

 

 水瀬の分身一体は、襲撃された現場に取り残された正規の受荷車両と、拘束を解かれた認証操作者の保護のためにその場に残した。

 

 公の場で水瀬が同時に見せている分身は、今回も八咫烏への登録どおり一体だけだ。

 

 SUVが急発進する。

 

 助手席の企業担当者が、戸惑ったように聞いた。

 

「前を走っている、アトラスを積んだ本物の白い車の方を直接追うべきでは!?」

 

 俺は、ハンドルを握る警備員へ「受荷ダンプのケツを追え」と指示しながら説明した。

 

「もし途中で白い車を見失っても、後ろの受荷車両さえ追っていれば、『距離制限(五百メートル)』の限界から、自動的に本体の位置を絞り込めます」

 

「……」

 

「逆に、《アトラス》だけを追って、後ろの受荷車両を見失って逃がせば、どうなるか分かりますか? 奴らは安全圏から、好きなタイミングで《アトラス》へ『移している約十六トンの荷重を戻す』ことができるんです。そうなれば、高速走行中のトラックは元の約十八・八トンを支えることになり、荷台も車軸も耐えきれず大事故になります」

 

 だから、俺たちはまず、能力の心臓部であり生命線である『受荷側』を確実に射程圏内へ収める必要があったのだ。

 

     ◆

 

 俺たちのSUVは、東方向の運河沿いの道路へと入った。

 

 深夜で交通量は少ないが、完全な無人の道路ではない。

 

 犯罪者側は、時折走っている一般の乗用車を意図的に盾にするようにして、巧みに車線を変更しながら逃走を続けていた。

 

 俺は運転手の警備員へ、

 

「一般車がいる場所では、絶対に無理な追い越しや体当たりをさせるな」

 

 と厳しく指示した。

 

 玲奈が、走行中の車の窓から身を乗り出し、スコープ越しに受荷ダンプの後輪を確認した。

 

「……確かに、ただの空荷じゃありません。あのダンプのタイヤ、見えない巨大な何かに押し潰されてます」

 

 玲奈が、銃口をダンプのタイヤへ向けようとした。俺が咄嗟にその腕を掴んで止める。

 

「撃つな。あの車がタイヤを撃たれて横転したら、移している『荷重』がどうなるか分からないぞ!」

 

「……っ!」

 

「受荷ユニットが衝撃で破壊されたり接続が切れたりすれば、約十六トンの荷重が、高速走行中の前方の《アトラス》へ一気に戻る。装置が壊れるだけじゃなく、周囲の一般車両を巻き込んで大惨事になる」

 

 玲奈は、銃口を下げて悔しそうに聞いた。

 

「じゃあ、撃てないならどうやって止めるんですか!」

 

「今は撃たない。まず、本物の本体の位置と距離を完全に確定する」

 

     ◆

 

 受荷ダンプの荷台から、金属製のパイプや資材、小型の障害物が、バラバラと道路へ向けて落とされ始めた。

 

 後続車を事故に巻き込もうとする、極めて危険で悪質な妨害だ。

 

 玲奈が、即座に《圧縮射出》を連射し、落下してきた障害物を弾き飛ばして道路脇へと追いやる。

 

 俺は指示を出した。

 

「落ちてくる物や車両本体じゃなく、荷台にある『落としてくる投下装置』そのものを狙え!」

 

 玲奈が、ダンプの後部に取り付けられていた簡易的な投下機構のワイヤーを正確に撃ち抜いた。

 

 以後、ダンプからの障害物の投下は完全に停止した。

 

 水瀬が、後部座席で警察のホットラインへ現在の進路と状況を送り、前方の交差点にいる一般車両を、パトカーで一時的に脇道へ退避させるよう依頼をかけていた。

 

 俺たちチームの全員が、奪還を焦るのではなく、まずは『一般人の被害の防止』を最優先に行動していた。

 

     ◆

 

 受荷ダンプとの距離を保ちながらさらに進むと、前方の視界に、ついに『白いウイング車』の姿がハッキリと見えた。

 

 三台のうち、東方向へ逃げた車両。

 

 俺は、その車両の挙動を鋭く観察した。

 

 荷台に巨大な設備を積んでいるはずなのに、カーブを曲がる時の車体の沈み込みが全くなく、傾きもしない。直線での加速も異様に軽い。

 

《アトラス》の重い荷重が、後ろのダンプへと完全に移されている動かぬ証拠だった。

 

 本物で間違いない。

 

 運転席には、裏切った内通者の八木。助手席には、先ほど旧研究棟から逃げた指揮役(A)の男が乗っているのが見えた。

 

     ◆

 

 突然、俺たちのSUVの無線に、妨害電波をすり抜けて犯罪者側からの通信が入ってきた。

 

 八木、あるいは指揮役の男の声が、冷たく告げた。

 

『それ以上、近づくな』

 

「……」

 

『これ以上追ってくるなら、受荷の接続を切る。……移している十六トン近い荷重を、全部このトラックへ戻すぞ』

 

『高速走行中に荷台が重量で潰れれば、機械も、周囲の一般の車も、ただの事故じゃ済まないぞ』

 

 企業の担当者が、青ざめて動揺した。

 

 玲奈も、信じられないという顔で無線機を睨んだ。

 

「自分たちがこれから売って金にする大事な盗品を、自分で壊す気ですか?」

 

 俺は、冷静に状況を判断した。

 

「本気で壊すつもりはないはずだ。そんなことをすれば買い手に渡せなくなる。……だが、彼らが『事故を起こしてでも逃げる覚悟』が全くないとも言い切れない」

 

 犯罪者たちは、俺たちFIELD WORKSが一般人の被害を避けて行動していることを、先ほどの追跡の様子から正確に理解しているのだ。

 

 彼らは、《アトラス》そのものの価値と、その『重量の危険性』を、俺たちを脅すための人質にしているのだ。

 

     ◆

 

 前方の道路に、上下へと分かれる巨大な立体交差が見えてきた。

 

 白いウイング車は、迷わず下側のトンネルのルートへと進入した。

 

 一方、後ろを走る受荷ダンプは、車線を変更し、上側の高架道路へと進もうとしている。

 

 道路は上下に分かれるが、しばらくの間は並行して走っているため、二台の直線距離はまだ五百メートル以内に収まっている。

 

 犯罪者たちは、追跡してくる俺たちに、「どちらの車を追うか」の究極の二択を迫ってきているのだ。

 

 受荷ダンプの方を追えば、トンネルを抜けた先で本物の《アトラス》本体を見失う。

 

 白いウイング車の方を追えば、受荷車両が逃げてしまい、いつでも好きなタイミングで重量を戻される危険が残る。

 

 水瀬が、即座に聞いた。

 

「佐伯さん、私たちも二手に分かれますか?」

 

 しかし、俺たちFIELD WORKSは三人だけ。乗っている護衛車も一台しかない。走りながら分散すれば、どちらかに追いついたとしても制圧するための戦力が圧倒的に足りなくなる。

 

 俺は、タブレットの地図と道路構造を睨みつけた。

 

 高架とトンネルは、約一キロ先の合流地点で再び一本の道路に戻る。

 

 だが、その合流までの間に、二台の距離が『最大有効距離(五百メートル)』を確実に超えてしまう区間が存在している。

 

 犯罪者側も、プロなら当然それを計算して分かっているはずだ。

 

 つまり彼らは、この立体交差の途中で、

 

「荷重を《アトラス》本体へ一時的に戻す」

 

 か、あるいは、

 

「どこかに隠している別の受荷車両へと、接続を切り替える」

 

 そのどちらかの操作を、必ず行わなければならない。

 

     ◆

 

 トンネルへ入った白いウイング車と、高架へ上がった受荷ダンプの距離が、徐々に限界まで広がっていく。

 

《アトラス》の内部で、システム的な警告が発生しているはずだ。

 

 俺の視界の《ライブラリ》にも、連動するように赤い警告表示が浮かび上がった。

 

『移送元と移送先の距離が、安全上限へと接近しています』

 

『荷重移送効率が低下』

 

『対象への、荷重の段階的返還を開始します』

 

 高架を走る受荷ダンプのサスペンションが、重りから解放されたように少しずつフワリと持ち上がり始めた。

 

 同時に。下側のトンネルを走る白いウイング車の後部が、見えない巨人に踏みつけられたように、ギシギシと嫌な音を立てて沈み込み始めた。

 

《アトラス》本体へと、受荷ダンプへ移されていた約十六トン分の荷重が、徐々に戻り始めているのだ。

 

 高速走行中のウイング車から、悲鳴のような金属の軋む音が響く。

 

 後輪が路面へと極端に強く押しつけられ、アスファルトと擦れてバチバチと激しい火花が散り始めた。

 

 犯罪者たちが用意した白いウイング車は、荷重移送中に残る約二・八トンを運ぶことしか想定していない。このまま約十六トンが戻りきれば、走行中の車両が突然十八・八トンの設備を支えることになる。荷台も車軸も耐えきれず、横転を伴う大事故になる。

 

     ◆

 

 俺の視界の《ライブラリ》が、その危険なプロセスを冷静に観測し続けていた。

 

『荷重の段階的返還プロセスを確認しました』

 

『移送解除時、負荷は本来の成立対象(アトラス本体)へと速やかに復帰します』

 

『能力構造の解析を継続中』

 

 これで、《荷重移送》の主要な工程である「移送開始」「維持」「移送先変更」「距離制限」、そして「段階的返還」のすべてのプロセスをほぼ観測できたことになる。

 

 だが、俺には今、その表示を悠長に眺めて喜んでいる余裕など微塵もなかった。

 

     ◆

 

 俺は、前方の沈み込み始めた白いウイング車を見据え、即座に作戦を決断した。

 

 上の高架を走る受荷ダンプを追って止めるだけでは、もう間に合わない。すでに荷重の返還プロセスは始まってしまっている。

 

 俺自身が、下のトンネルを走る《アトラス》搬送車へ直接乗り込み。

 

 無理やり速度を落とさせ、装置を安全な状態へ固定し、認証操作を強要して受荷の接続を再確立させるか、最悪の場合、路肩へ安全に停車させるしかない。

 

 俺は、後部座席の玲奈へ振り返って言った。

 

「上の受荷ダンプの追跡は、水瀬さんと玲奈に任せる」

 

「……」

 

「俺は、ここで車を降りて、前の白いウイング車へ直接移る」

 

 玲奈が、信じられないという顔で目を見開いた。

 

「バカなこと言わないでください! 時速八十キロで走ってる車ですよ!?」

 

「移していた荷重が完全に戻って止まるのを待っていたら、先に車軸が潰れて横転する。そうなれば終わりだ」

 

 俺は、助手席の窓を全開に開け、冷たい風が吹き込む車外へと半身を乗り出した。

 

     ◆

 

 俺たちの乗る後方警備車が、火花を散らす白いウイング車の真横へと強引に接近していく。

 

 二台の車の間隔が、ギリギリまで縮まる。

 

 時速はまだ、恐ろしいほど高い。

 

 ウイング車の後輪から上がる火花が激しさを増し、重さに耐えかねた車体が、左右へと危険な揺れ(スネーキング)を始めかけていた。

 

 俺は《身体能力強化》の出力を限界まで発動させた。

 

 猛烈な風圧が、全身を壁のように叩きつける。

 

 玲奈が、車内から叫んだ。

 

「失敗したら、深夜の道路のど真ん中へ真っ逆さまに落ちますよ!」

 

 俺は、揺れる前方のウイング車の荷台の縁をジッと見据えた。

 

「落ちるだけなら、昨日もビルの屋上でやった」

 

 高層ビルから怪異と一緒に引きずり落とされかけた昨夜の記憶を、冗談混じりに軽く思い出す。

 

 視界の《ライブラリ》が、無機質な赤い警告を出した。

 

『荷重返還率:三十一パーセント』

 

『搬送車両の許容限界荷重へと接近中』

 

 俺は、走るSUVの窓枠へ足をかけ、風圧に耐えながら姿勢を低くした。

 

「移していた約十六トンの荷重が戻りきる前に、あのトラックを俺が止める」

 

 次の瞬間。

 

 俺は、時速八十キロで並走する警備車から、火花を散らす《アトラス》を積んだ白いウイング車へ向かって、暗い道路の上へと決死の跳躍を見せた。

 

 俺の身体が、深夜のトンネルの空間へと、一直線に投げ出された。




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