冴えない中年平社員、見た技と異能をコピーして企業代理戦で成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第4話 能力測定で身体強化が二十回になった

 週末の土曜日、午前十時前。

 

 俺はスマートフォンに表示された地図と、目の前にある建物を交互に見比べていた。

 

 指定された住所は、都心から電車で少し外れた場所にある、官庁の関連施設や古い研究所が点在する静かな地域だった。

 

 能力者を管理する組織の施設と聞き、勝手に地下要塞のような物々しい場所を想像していたのだが、現実は随分と違った。

 

 目の前に建っているのは、灰色のタイルで覆われた四角い建物。

 

 地方自治体の研修センターか、健康診断を受けるための公的施設にしか見えない、特徴のないビルだった。

 

 入口脇のステンレス製の看板には、

 

『特殊災害対策研修センター』

 

 とだけ、素っ気なく刻まれている。

 

「……まあ、目立たないに越したことはないか」

 

 少し拍子抜けしながら、自動ドアをくぐる。

 

 ロビーには制服姿の警備員が立っていた。

 

 霧島から渡された名刺と運転免許証を見せると、すでに話が通っていたらしく、手続きは滞りなく進んだ。

 

 身分証の確認。

 

 ゲート式の金属探知機。

 

 鞄の中身の目視検査。

 

 厳重ではあるが、空港の手荷物検査と大きくは変わらない。

 

 能力を強制的に封じ込めるような、SFじみた装置は少なくとも入口には見当たらなかった。

 

 受付の奥にあるゲートを抜けると、エレベーターホールの前で霧島が待っていた。

 

 今日の彼女は、夜に俺の部屋へ来た時の堅いパンツスーツではない。

 

 動きやすそうな黒いジャケットに、伸縮性のあるスラックスという格好だった。

 

 手には相変わらず、薄型のタブレット端末を抱えている。

 

「おはようございます、佐伯さん」

 

「おはようございます。霧島さんも、休みなのに出勤なんですね」

 

「佐伯さんにも、貴重な休日にお越しいただいていますので。お互い様です」

 

 相変わらず愛想笑いの一つもない、事務的な挨拶だった。

 

 霧島はタブレットを操作しながら歩き出す。

 

「本日は身体強化系能力者の合同測定枠となります。まず魂の定数測定を行い、続いて通常時の基礎身体検査、最後に能力発動中の出力を測定します」

 

「それで、俺の能力の正体が全部分かるんですか?」

 

「正確に言えば、外部から観測して分かる範囲を記録するだけです」

 

 歩調を合わせながら、霧島が淡々と補足する。

 

「魂の定数は、その方が能力者であるかどうかと、おおまかな出力帯を把握するための目安です。能力の名称や、詳細な性質まで読み取れる魔法の機械ではありません」

 

 俺は内心で、深く安堵した。

 

 つまり機械にかけた途端、

 

『あなたの能力は、他人の異能や技能をコピーする《ライブラリ》です』

 

 などと表示されるわけではない。

 

「それに、測定値を意図的に低く見せる能力者も存在します。そのため、私どもも機械の数値だけを絶対視してはいません」

 

「ああ……詐欺下位、でしたっけ」

 

「ええ。よく覚えていらっしゃいましたね」

 

 霧島が少しだけ意外そうに目を細める。

 

 俺は曖昧に頷き、それ以上余計なことを口にしないよう黙った。

 

     ◆

 

 最初に案内されたのは、病院の検査室を少し広くしたような小部屋だった。

 

 中央には、両手を置くためのくぼみが設けられた金属製の測定台が置かれている。

 

 頭へ電極を貼られたり、巨大な機械へ入れられたりするのかと身構えていたが、思ったより簡素な装置だった。

 

 手のひらや指先の反応、心拍などから、能力者特有の波形を測定するらしい。

 

「では、こちらへ両手を置いてください。三十秒ほど、そのまま動かないようお願いします。能力を発動させる必要はありません」

 

 白衣を着た中年の技師に指示され、冷たい金属板へ手を乗せる。

 

 ブーン、という低い駆動音が室内へ響いた。

 

 視界の端で《ライブラリ》が何か警告を出さないか警戒したが、青白い文字が浮かぶ様子はない。

 

 やがて短い電子音が鳴り、技師がモニターに表示された波形を確認した。

 

「能力反応あり。魂の定数はTier4域です」

 

「防犯映像からの暫定評価と一致していますね」

 

 霧島がタブレットへ数値を入力していく。

 

 俺は心の中で首をかしげた。

 

 測定されたTier4という数値は、俺の本体である《ライブラリ》自体の評価なのだろうか。

 

 それとも、現在ライブラリへ登録されている《身体能力強化》の数値が表へ出ているだけなのか。

 

 答えは分からない。

 

 ライブラリにも、魂の定数に関する説明は表示されていなかった。

 

 ただ、異常に高い数値が出て、周囲を騒がせる事態にならなかっただけでも、今の俺には十分だった。

 

     ◆

 

 続いて案内されたのは、地下にある巨大な測定室だった。

 

 体育館と大学の研究施設を足して二で割ったような空間で、床一面には分厚い衝撃吸収素材が敷かれている。

 

 壁沿いには、太いケーブルにつながれた握力測定器。

 

 短距離走用のレーン。

 

 巨大なサンドバッグに似た打撃測定器。

 

 垂直跳びを計測する装置。

 

 反応速度を調べるための発光パネル。

 

 能力者の力を安全に数値化するための器具が、ずらりと並んでいた。

 

 測定室には、俺のほかに四人の男女がいた。

 

 全員が身体強化系能力者として、初回測定や定期測定を受けに来た人間らしい。

 

 一人は、能力を使うのが楽しみで仕方ないといった様子の大学生くらいの若い男。

 

 もう一人は、運送業か現場仕事をしていそうな、引き締まった体格の三十代の女性。

 

 三人目は、無口で測定に慣れている様子の、作業着姿をした四十代の男性。

 

 四人目は、能力へ目覚める前からジムへ通っていたことが一目で分かる、筋肉質な二十代後半の男だった。

 

 四人とも、見た目だけならどこにでもいる普通の人間だ。

 

 昨日まで満員電車で隣に立っていたとしても、彼らが能力者だとは絶対に気づかなかっただろう。

 

 社会の裏側というものは、案外こんな風に、日常の皮を被って紛れ込んでいるらしい。

 

「佐伯さんの測定前に、先に来られていた方々の検査を行います」

 

 霧島が説明する。

 

「同系統の能力者が、どのように能力を発動し、制御しているかを見ることは、ご自身の力を理解する上でも参考になるはずです」

 

「そうですね」

 

 俺は真面目な顔を作って頷いた。

 

 だが内心では、心臓が早鐘を打っていた。

 

 俺にとって、それは喉から手が出るほど望んでいた状況だったからだ。

 

 やがて、一人目の若い男が走行レーンの開始位置へ立った。

 

「発動します」

 

 男が短く宣言する。

 

 次の瞬間、床を強く蹴り、レーンを疾風のような速度で駆け抜けた。

 

 明らかに常人の短距離走ではない。

 

 その瞬間、俺の視界へ青白い文字が浮かび上がる。

 

『《類似異能の発動を確認しました》』

 

『《身体能力強化》Tier4』

 

『再観測情報を登録します』

 

 やはり反応した。

 

 俺は表情を変えず、息を殺して表示を見守った。

 

 続いて、三十代の女性が能力を発動する。

 

 大型の重量器具を、成人男性でも持ち上げるのに苦労しそうな重さへ設定し、それを軽々と床から浮かせた。

 

『《類似異能の発動を確認しました》』

 

『《身体能力強化》Tier4』

 

『再観測情報を登録します』

 

 三人目の作業着姿の男が、打撃測定器へ重い拳を叩き込む。

 

 ドンッ、と腹に響く衝撃音が広い室内へ反響した。

 

 最後に、筋肉質な男が能力を発動し、驚異的な跳躍力と反応速度を披露する。

 

 発光パネルが点灯した瞬間、ほとんど遅れなく手が伸びていく。

 

 四人すべての能力発動を直接観測した直後。

 

 《ライブラリ》の表示が大きく更新された。

 

『《同系統異能を複数回観測しました》』

 

『《身体能力強化》Tier4』

 

『再観測情報を統合します』

 

『使用可能回数上限を拡張しました』

 

『使用可能回数上限:20回』

 

『現在使用可能回数:20回』

 

『※再現出力に変化はありません』

 

 思わず変な声が漏れそうになるのを、必死にこらえた。

 

 出力自体は上がっていない。

 

 コンビニ強盗を殴り飛ばした時と同じ、Tier4相当の力のままだ。

 

 だが、使用可能回数が、残り二回から一気に二十回まで増えた。

 

 一回の発動につき、持続時間は三分。

 

 切れ目なく継続できるなら、理論上は最長六十分も超人的な身体能力を維持できる計算になる。

 

 威力が上がらなくても、使える回数が増えただけで価値はまるで違う。

 

 いざという時の継戦能力が、文字どおり桁違いになった。

 

     ◆

 

 四人の測定が終わり、機材の調整が行われている間。

 

 先ほどの大学生風の若い男が、スポーツドリンクを片手に俺の方へ近づいてきた。

 

「お疲れさまです。そっちの人も、身体強化っすか?」

 

「あ、はい。多分、そうらしいです」

 

「多分?」

 

「最近覚醒したばかりで、まだ自分の力がよく分かってなくて」

 

 霧島へ説明した内容と同じ設定を口にする。

 

 若い男は特に不審がることもなく、人懐っこく笑った。

 

「分かります、分かります。俺も最初は酷かったっすよ。駅の階段を一気に上っただけで、能力が切れた瞬間に酸欠で倒れそうになりましたから。力の入れ方が分からないんですよね」

 

 その声を聞きつけ、近くにいた作業着姿の男も苦笑しながら会話へ加わった。

 

「あんたはまだいい。俺なんか、覚醒した日に自宅のドアノブを引きちぎったぞ」

 

「俺はスマホを握り潰しましたよ。機種変更した直後だったんで、あれは泣けました」

 

 筋肉質な男まで話へ入ってきて、ちょっとした失敗談の共有会になった。

 

 彼らもまた、突然得た力に振り回され、悩みながら折り合いをつけている普通の人間なのだ。

 

 そう思うと少し親近感が湧いた。

 

 同時に、ここにいる全員が、俺の《ライブラリ》へ自分たちの能力情報が登録されたことを知らない。

 

 その事実には、わずかな後ろめたさを覚えた。

 

     ◆

 

「次、佐伯さん。お願いします」

 

 技師の声に呼ばれ、俺は測定位置へ向かった。

 

 まずは能力を使用しない、素の状態での基礎身体測定からだ。

 

 結果は、見事なまでに平均的な三十五歳の会社員だった。

 

 握力。

 

 背筋力。

 

 垂直跳び。

 

 短距離走。

 

 反応速度。

 

 どれも、特筆すべき数値は出ない。

 

 日頃の運動不足が響き、持久力に関しては同年代の平均を少し下回っていた。

 

「基礎身体能力は平均域ですね。これまで、何か特別な運動歴や武道経験はありますか?」

 

「いいえ。高校の体育の授業くらいです」

 

「経験がないわりには、先ほどの打撃のフォームは悪くありませんでした。拳の握り方や、腰の使い方がそれなりに整っています」

 

 《空手》Lv.1の効果が、こんなところで現れたらしい。

 

 俺は照れ隠しをするように頭をかいた。

 

「テレビでボクシングの試合を見るのが好きなので、見よう見まねです」

 

「なるほど。身体の使い方を感覚的につかむのが上手いのかもしれませんね」

 

 技師はそれ以上追及しなかった。

 

 別の能力を持っているとは疑われていないようだ。

 

「では、佐伯さん」

 

 霧島の静かな声が飛ぶ。

 

「可能であれば、能力を発動してください」

 

「……やってみます」

 

 深く息を吸い、頭の中で《ライブラリ》を開く。

 

『《身体能力強化》Tier4』

 

『使用可能回数:20回』

 

『最大持続時間:3分』

 

『使用しますか?』

 

『【YES】 【NO】』

 

 迷わず【YES】を選択した。

 

『《身体能力強化を発動します》』

 

『残り時間:2分59秒』

 

 ドクン、と心臓が大きく跳ねる。

 

 全身の血流が一気に熱を帯び、足の裏から爆発的な力が湧き上がってきた。

 

 筋肉が目に見えて膨れ上がるような変化はない。

 

 だが、自分の肉体が、強靱なバネへ丸ごと置き換わったような感覚があった。

 

「発動反応を確認しました」

 

「魂の定数変動はごく小。身体出力のみ上昇しています」

 

 技師と霧島が、モニターを見ながら言葉を交わす。

 

 能力を発動しても、《ライブラリ》の正体が見破られる様子はない。

 

 外部から観測すれば、ごく普通の身体強化能力にしか見えないらしい。

 

 三分しかないため、測定は駆け足で進められた。

 

 最初は握力。

 

 測定器を握り込むと、ギリギリと嫌な軋み音が鳴り、表示された数値が一気に跳ね上がった。

 

「力を入れすぎないでください。機器の測定上限があります」

 

 技師が慌てて制止する。

 

 続いて短距離走。

 

 発光パネルの合図に合わせ、床を蹴る。

 

 コンビニの時と同じだった。

 

 軽く一歩踏み出しただけで、周囲の景色が線になって後方へ流れていく。

 

 ただし、走る技術そのものは素人のままだ。

 

 ゴール地点でブレーキをかけきれず、前のめりに転びそうになった。

 

「停止も含めて測定です。速度を出すだけではなく、止まることも意識してください」

 

「分かってますけど、身体が想像より先に進むんですよ」

 

 次は垂直跳び。

 

 軽く膝を曲げ、床を蹴った。

 

 直後、身体が予想以上の勢いで持ち上がる。

 

「うおっ!?」

 

 長い滞空時間の末、天井近くの鉄骨へ手が届きそうになった。

 

「頭上に注意してください」

 

「跳ぶ前に言ってくださいよ!」

 

 着地で少しよろけながら抗議する。

 

 最後は打撃出力の測定だった。

 

 コンビニで人間を殴り飛ばした時の感触が、まだ右手に残っている。

 

 俺は無意識に力を抑え、八割程度の感覚で打撃測定器へ拳を打ち込んだ。

 

 ドゴンッ!

 

 腹の底へ響く衝撃音が鳴り、巨大な測定器が大きく揺れた。

 

「……まだ余力がありますね」

 

 モニターを見ていた技師が、すぐに見抜いた。

 

 俺は苦笑し、右手を開いてからもう一度握った。

 

「この前、人を殴り飛ばした時の感触が残っていて……全力を出すのは、少し怖いです」

 

「無理もありません。能力の出力調整は、徐々に覚えていけばいいでしょう」

 

 そのやり取りをしている間にも、視界の隅では残り時間が減り続けていた。

 

『残り時間:10秒』

 

『9秒』

 

『8秒』

 

 そして、発動から三分が経過する。

 

『《身体能力強化の効果時間が終了します》』

 

『使用可能回数を一回消費し、継続しますか?』

 

『【YES】 【NO】』

 

 俺は【NO】を選んだ。

 

 一回分の測定結果は、もう十分に取れているはずだ。

 

 次の瞬間。

 

 全身を巡っていた熱が、嘘のように消えた。

 

 軽かった身体へ、元の三十五歳の重さが一気に戻ってくる。

 

 急激な感覚の落差に膝が折れそうになったが、どうにか踏みとどまった。

 

 自然に振る舞ったつもりだった。

 

 だが、測定機器の前に立っていた霧島の目は誤魔化せなかった。

 

「佐伯さん」

 

「……はい?」

 

「今、ご自身の意思で能力を解除しましたか?」

 

 鋭い問いだった。

 

 運動直後にもかかわらず、出力値がなだらかに低下するのではなく、崖から落ちるように一瞬で通常値へ戻った。

 

 その変化を見逃さなかったらしい。

 

「あ……はい。切れました」

 

「発動開始から、ちょうど三分です」

 

 よく見ているな、と内心で舌を巻く。

 

 ここで無理に嘘をつく必要はない。

 

 《ライブラリ》の存在さえ隠せればいい。

 

「ええと……三分経過した時点で、そのまま持続させるか、一度終了するかを感覚で選べるみたいです」

 

「選べる?」

 

「はい。続けようと思えば、もう一度発動するような感覚で、そのまま力を維持できると思います」

 

 霧島がタブレットへ素早く入力する。

 

「クールタイム、つまり再発動までの待機時間はありますか?」

 

「今のところは、ないみたいです」

 

「三分ごとに発動単位が区切られ、任意で継続を選択可能。待機時間は確認されず、と」

 

 霧島は一度入力を止め、俺を見る。

 

「最大で何回、連続発動できますか?」

 

「そこまでは、まだ試していないので分かりません」

 

 これも嘘ではない。

 

 二十回分のストックがあっても、実際に二十回連続で使った経験はない。

 

 霧島は納得したように頷いた。

 

「無理に限界を試す必要はありません。能力者本人が認識していない、肉体的な制限が存在する場合があります」

 

 タブレットから顔を上げ、注意を促す。

 

「理論上は連続使用できても、一定回数を超えた時点で急激な疲労が発生する。翌日まで再発動できなくなる。あるいは、内臓や筋肉へ蓄積した負荷が一気に表面化する。そういった条件が後から判明することもあります」

 

 もっともな話だった。

 

 《ライブラリ》の表示上は、身体強化を十九回続けて使用できる。

 

 だが、生身の肉体が五倍の出力を一時間近く維持する負荷へ耐えられる保証はない。

 

 限界は慎重に見極める必要がある。

 

     ◆

 

 すべての検査が終了したあと。

 

 俺は霧島とともに、測定室脇の小さな面談室へ移動した。

 

 パイプ椅子へ腰を下ろすと、霧島がタブレットの画面をこちらへ向ける。

 

「お疲れさまでした。今回の測定結果ですが、能力発動時の佐伯さんの総合的な身体出力は、通常時のおよそ五倍でした」

 

「五倍……」

 

 思わず身を乗り出す。

 

「それって、かなり強いんじゃないですか?」

 

「一般の方を基準にすれば、十分に強力です。加減を誤れば、人間へ容易に重傷を負わせられる出力です」

 

 そこで一拍置き、霧島は淡々と続けた。

 

「ただし、身体強化系能力者の中で比較した場合は、平均より少し上という評価になります」

 

「これで、少し上なんですか……」

 

「身体強化系は、能力の効果が比較的単純な分、高い出力を持つ方も多いので」

 

 少し複雑な気分になった。

 

 あのコンビニの夜。

 

 俺は、無敵のヒーローにでもなったような感覚を味わった。

 

 だが、能力者たちの基準へ当てはめれば、俺は少し強い新人にすぎないらしい。

 

「過信は禁物です」

 

「……はい」

 

 霧島が、最終的な登録内容を画面へ表示する。

 

『能力系統:身体強化系』

 

『魂の定数:Tier4域』

 

『観測出力:成人男性基準の約五倍』

 

『基本持続時間:三分』

 

『クールタイム:確認されず』

 

『連続発動上限:未確認』

 

「現時点での暫定記録として、こちらの内容で登録します。今後、使用経験が増え、新たな特性や制限が判明した場合には更新されます」

 

「分かりました」

 

 いくつかの書類へ電子署名を行い、登録手続きは完了した。

 

 能力者としての証明書は、仰々しいライセンスカードではない。

 

 スマートフォンへ専用の電子証明が送られてきた。

 

 画面に表示されているのは、顔写真と登録番号、緊急連絡先。

 

 そして、

 

『特殊災害協力者証』

 

 という、当たり障りのない名称だけだった。

 

 一般人が見ても、能力者であることを示す証明書だとは気づかないだろう。

 

「これで、本日の手続きは終了です」

 

 霧島がタブレットを鞄へ戻しながら言った。

 

「何度もお伝えしていますが、一般の方の前で、必要なく能力を使用しないでください」

 

「昨日みたいな強盗に出くわした場合は?」

 

「人命を守るための緊急使用まで禁止しているわけではありません。ただし、能力を使用した場合は、可能な範囲で私へ報告してください」

 

「分かりました」

 

 俺は素直に頷いた。

 

 もちろん、《ライブラリ》の仕様まで馬鹿正直に報告するつもりはない。

 

     ◆

 

 退館の手続きを待つ間。

 

 俺は人目のない廊下の隅へ移動し、こっそり《ライブラリ》を開いた。

 

『《身体能力強化》Tier4』

 

『使用可能回数上限:20回』

 

『使用可能回数:19回』

 

『最大持続時間:3分』

 

『※効果終了時、使用可能回数を一回消費することで継続可能』

 

『※再現出力:変化なし』

 

 測定で一回消費したため、残りは十九回。

 

 改めて、この能力の異常さを噛み締める。

 

 四人の身体強化能力を見ただけで、使用可能回数が十倍近くまで増えた。

 

 出力そのものは変わっていない。

 

 それでも、戦える時間が延びるだけで価値はまるで違う。

 

 そして、気づいてしまった。

 

 この施設は、能力者を観察するには最高の場所なのではないか。

 

 もちろん、施設内を勝手に歩き回り、他人の能力を盗み見るような真似はできない。

 

 そんな不審な行動をすれば、すぐに霧島へ目をつけられる。

 

 だが、正当な理由で能力者と関わる機会を増やせれば。

 

 《ライブラリ》へ登録できる異能も、さらに増えていく。

 

 俺は受付へ戻り、霧島に声をかけた。

 

「あの、最後に少しだけ聞いてもいいですか?」

 

「何でしょうか」

 

「この能力を使って、何かできる仕事ってあるんですか?」

 

 霧島が、わずかに目を見開いた。

 

「今のお仕事を、お辞めになるおつもりですか?」

 

「いえ、そこまでは考えていません。会社は普通に続けます。ただ……せっかくこういう力があるなら、休日や空いた時間にできることがあるのかと思って」

 

 霧島は少し考える素振りを見せたあと、静かな声で答えた。

 

「代表的なものを、三つだけ挙げます」

 

「お願いします」

 

「一つ目は、異界ダンジョンと呼ばれる異空間の探索です」

 

「異界……ダンジョン?」

 

「はい。特定の地点へ出現する異空間へ入り、内部に存在する怪異を討伐します。そこで回収した物品は、指定業者を通して売却できます」

 

 俺は思わず霧島の顔を見返した。

 

「本当に、ゲームみたいなダンジョンがあるんですか?」

 

「あります。詳しい仕組みを説明すると長くなりますので、今はそういった仕事が存在するとだけ覚えてください」

 

 霧島は俺の驚きをあっさり切り捨て、次の説明へ移る。

 

「二つ目は、能力犯罪者の捕獲補助です。警察、あるいは私どもの局から、登録能力者へ協力を依頼することがあります」

 

「警察の仕事を手伝うんですか?」

 

「能力犯罪者の捜索、監視、逃走経路の封鎖、捕獲の補助です。逮捕そのものは警察が行います」

 

「なるほど……」

 

 これはまだ想像できる。

 

 能力者を捕まえるなら、同じ能力者の力が必要になる場面もあるのだろう。

 

「そして三つ目」

 

 霧島は、そこで少しだけ間を置いた。

 

「企業の代理として、能力者同士で戦う仕事があります」

 

 俺の眉が、わずかに動いた。

 

「能力者同士で、戦う?」

 

「はい。企業間で争われている権利や契約について、双方の合意に基づき、代表となる能力者同士の勝敗で決着させる制度です」

 

「そんなことが、社会的に認められているんですか?」

 

「一定の条件と、監督のもとでは」

 

 霧島はそれ以上、詳しく語ろうとしなかった。

 

 だが、俺がその言葉へ興味を持ったことを、彼女の観察眼は見逃さなかった。

 

「念のため申し上げておきますが、私は佐伯さんに、企業代理戦への参加をお勧めしません」

 

「どうしてです?」

 

「相手が怪異ではなく、同じ人間であり、能力者だからです」

 

 霧島の声が、ほんの少しだけ硬くなる。

 

「彼らは、事前にこちらの能力を調査します。対策を立て、意図的に弱点を狙います。佐伯さんの身体出力は低くありませんが、能力者同士の対人戦闘経験はありません」

 

 正論だった。

 

 何一つ間違っていない。

 

 だが、俺の胸の奥に湧いたのは、恐怖とは少し違う感情だった。

 

 能力者と戦えば、相手が異能を使う瞬間を正面から見られる。

 

 直接見ることができれば、《ライブラリ》へ新しい能力を登録できる。

 

「……登録能力者向けの仕事について、もう少し詳しく話を聞くことはできますか?」

 

 俺が尋ねると、霧島は数秒間、じっとこちらを見つめた。

 

「可能です。次回、関連する資料を用意します」

 

「お願いします」

 

「ただし、企業代理戦はお勧めしません」

 

「それは、さっき聞きました」

 

「重要なことですので、二度申し上げました」

 

 霧島はそれだけ言うと、小さく頭を下げた。

 

     ◆

 

 施設を出ると、休日の明るい日差しが容赦なく降り注いでいた。

 

 ポケットの中でスマートフォンが短く震える。

 

 能力者としての正式登録が完了したという通知だった。

 

 同時に、俺の意思へ応えるように、視界へ《ライブラリ》の文字が浮かぶ。

 

『《身体能力強化》Tier4』

 

『使用可能回数:19回』

 

 昨日まで、二回しか使えなかった力。

 

 それが今では、十九回も残っている。

 

 出力は変わらない。

 

 能力者の中では、平均より少し強い程度。

 

 それでも、俺は間違いなく昨日より強くなった。

 

 自分から進んで危険へ首を突っ込むつもりなど、微塵もなかった。

 

 昨日までは。

 

 だが、企業の代理として、能力者と戦える仕事が存在すると知ってしまった今。

 

 俺はもう、その誘惑を完全に無視して生きていくことはできそうになかった。

 




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