冴えない中年平社員、見た技と異能をコピーして企業代理戦で成り上がる   作:パラレル・ゲーマー

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第7話 一試合百万円の夜の仕事

 月曜日の朝。

 

 じめじめとした湿気と他人の体温が入り混じる満員電車の中で、俺は吊り革につかまりながら、小さく息を吐いた。

 

 黒瀬拓海との死闘から、すでに二日が経過している。

 

 それでも、スーツの下にある俺の肉体には、あの日の生々しい痕跡が残っていた。

 

 黒瀬のローキックをまともに受けた左太腿は、歩くたびに鈍い痛みを主張してくる。

 

 ミドルキックをもらった脇腹は、少し深く呼吸をするだけで、ちくりと刺さるような違和感があった。

 

 電車が揺れて他人の肩がぶつかるたび、俺は顔をしかめる代わりに、あのオクタゴンの中で響いた歓声を思い出していた。

 

『勝者――赤側、佐伯直人!』

 

 審判に腕を高く掲げられた時の、あの浮遊感。

 

 《動体視の魔眼》を発動した瞬間、世界が鮮明に開け、黒瀬の放つすべての打撃の軌道が、一本の線として俺の頭に流れ込んできた感覚。

 

 電車の窓ガラスに映る自分を見る。

 

 くたびれたスーツを着て、見知らぬ会社員たちの背中に押し潰されそうになっている、三十五歳の冴えない男。

 

 たった二日前、俺は数百人の観客の前で、本物の能力者をリングの上で殴り倒した。

 

 それなのに今は、誰にも注目されることなく、こうして社会の歯車の一つとして電車に揺られている。

 

 あまりの落差に、思わず声を出して笑いそうになった。

 

 周囲の乗客から変な目で見られないよう、俺は慌てて口元を引き締め、目的の駅へ着くのを待った。

 

     ◆

 

 出社して自分のデスクに鞄を置くや否や、いつものように課長が不機嫌そうな顔で近づいてきた。

 

「おい、佐伯。悪いがこれ、午前中までにまとめておいてくれ」

 

「……分かりました」

 

 押しつけられたのは、複数部署から上がってきた先月分の交通費と出張経費のデータだった。

 

 ファイルを開いてみると、案の定、入力形式はばらばら。

 

 日付が文字列として認識されている。

 

 金額欄には『円』という余計な文字が混ざっている。

 

 同じ社員の名前が、漢字とひらがなで重複登録されている。

 

 以前の俺なら、半泣きになりながら一件ずつ修正し、午前中を丸ごと潰していただろう。

 

 だが、今の俺には《表計算ソフト操作》Lv.2がある。

 

 キーボードへ手を置く。

 

 何をどう直せばいいのか、自然と手順が頭に浮かんだ。

 

 不要な文字列を一括置換。

 

 データ形式を統一。

 

 条件付き書式で異常値を浮かび上がらせる。

 

 関数を組み合わせ、別シートの社員名簿と照合。

 

 最後にピボットテーブルで部署ごとの集計表を作れば終わりだ。

 

 三十分ほどで、ほぼ完璧な資料が完成した。

 

 しかし、俺はすぐに課長へ提出しなかった。

 

 早く終わらせたところで、評価が上がるわけではない。

 

 それどころか、

 

『時間が余っているなら、こっちも頼む』

 

 と、誰かの尻拭いを追加されるだけだ。

 

 能力を手に入れたばかりの頃に、その罠には一度引っかかっている。

 

 俺は完成したファイルを最小化し、別の過去資料を画面へ開いた。

 

 いかにも真面目に作業しているように装いながら、適度にニュースサイトを巡回する。

 

 午前十一時を回った頃合いを見計らい、課長へ社内チャットを送った。

 

「課長、先ほどの経費データ、できました」

 

「お? もう終わったのか。……最近、お前なんか仕事が早くなったな」

 

「似たような作業が続いたので、少し慣れてきたんですよ」

 

 課長は「ふーん」と気のない返事をし、深く追及してくることはなかった。

 

 数百人の観客から熱狂的に名前を叫ばれた男が、二日後には他人の交通費を計算し、提出時間を偽装してサボっている。

 

 自席へ戻った俺は、自分の両手を見つめた。

 

 拳を握れば、黒瀬の顎を打ち抜いた時の、骨と骨がぶつかる硬い感触が蘇る。

 

 指を開けば、いつものようにキーボードを叩く、ただの平凡な手へ戻る。

 

 どちらも、同じ俺の手なんだよな。

 

 俺は誰に聞かせるでもなく、内心で静かにつぶやいた。

 

     ◆

 

 仕事中も、俺の意識は時折、オクタゴンの中へ引き戻された。

 

 単に勝利の余韻へ浸っているわけではない。

 

 黒瀬のローキックを受けた時の、骨まで響くような痛み。

 

 俺の渾身の攻撃が、見えない壁に阻まれるように空を切った時の焦燥感。

 

 そして何より、初めて《動体視の魔眼》を発動した時に得た、あの膨大な視覚情報。

 

 人間の身体が次にどう動くのか。

 

 それを予測ではなく、目の前にある情報として理解できた感覚が、脳裏に焼きついていた。

 

 そのせいか、日常風景を見る時の意識も少し変わっていた。

 

 斜め前の席の同僚が立ち上がろうとする時、足へ重心を移す動作が目につく。

 

 誰かがデスクからボールペンを落とせば、床へ弾む方向を無意識に予想する。

 

 廊下で人とすれ違う時も、相手が右へ避けるか左へ避けるかを、肩の傾きから考えてしまう。

 

 もちろん、今は魔眼を使っていない。

 

 貴重な残り一回のストックを、こんな退屈なオフィスで消費する馬鹿はいない。

 

 素の動体視力や脳の処理能力が、異能によって恒久的に上がったわけでもない。

 

 ただ、一度あの視界を経験したことで、人間のどこを見れば次の動きを読みやすいのか。

 

 その着眼点だけが、俺の頭の中に残っているらしい。

 

 また、あの世界を見たい。

 

 それは単なる闘争心や、勝利への執着ではなかった。

 

 未知の能力。

 

 未知の戦術。

 

 そして、自分の中に眠っていた、昨日まで知る由もなかった可能性。

 

 それに触れる瞬間の、ひりつくような熱を、俺の身体はすでに求め始めていた。

 

     ◆

 

 黒瀬との試合を経て、俺は自分の明確な弱点も自覚していた。

 

 基礎体力の不足だ。

 

 《ボクシング》や《キックボクシング》の技能をコピーし、身体の動かし方は理解している。

 

 だが、俺の肉体そのものは、十年以上まともな運動をしていない三十五歳のままだ。

 

 《身体能力強化》を発動している間は、超人のように動ける。

 

 だが、能力の継続を止めれば、一気に疲労が押し寄せ、足がもつれる。

 

 今後、さらに長い戦いになったら。

 

 強化状態の激しい運動へ、素の肉体が耐えられなくなったら。

 

 能力の残り回数があっても、身体の方が先に限界を迎える可能性はある。

 

 その危機感から、俺は試合の翌日から、ささやかなトレーニングを始めていた。

 

 筋肉痛と打撲がひどかった日曜日は、近所の公園を三十分ほど歩くだけ。

 

 月曜日は無理をせず休養。

 

 そして火曜日の夜から、仕事後にランニングウェアへ着替え、夜の街を走り始めた。

 

 もちろん、身体能力強化は使わない。

 

 能力を使えば、数キロ程度の道のりなど、息一つ乱さず走り切れるだろう。

 

 だが、それでは俺自身の体力は少しも向上しない。

 

 現実は残酷だった。

 

 走り始めて十分も経たないうちに、息はぜえぜえと上がり、脇腹がずきずきと痛み始めた。

 

 後ろから軽快な足音で近づいてきた年配のランナーに、あっさりと追い抜かれる。

 

 信号待ちで止まるたび、俺は膝へ手をついて、荒い呼吸を整えた。

 

 能力だけは一丁前に強い。

 

 だが、本体は少し走っただけで息切れする中年。

 

 客観的に見て、いくらなんでも格好が悪すぎる。

 

 三十五歳の大人としては、少し子供っぽい見栄かもしれない。

 

 だが、重い足を前へ進め続けるには、それで十分な理由だった。

 

     ◆

 

 水曜日の昼休み。

 

 俺は社員食堂の片隅の席へ座り、ワンコインの日替わり定食を食べていた。

 

 ぱさぱさした鶏肉の炒め物。

 

 だしの薄い味噌汁。

 

 少し固めに炊かれた白米。

 

 美味いとは言えない。

 

 腹を満たすためだけの作業に近かった。

 

 味噌汁をすすっていると、テーブルの上のスマートフォンが短く振動した。

 

 霧島からのメッセージだ。

 

『お疲れさまです。先日のエントリー戦を観戦していた企業、および能力者チームから、佐伯さん宛てに合計十一件の面談希望が届いております』

 

「ぶっ……!」

 

 危うく、薄い味噌汁をテーブルへ噴き出すところだった。

 

 慌てて口元を紙ナプキンで押さえる。

 

 試合直後は数件だった。

 

 それが二日で十一件。

 

 おそらく、俺の試合映像や評価記録が能力者業界の内部ネットワークで共有され、本格的な勧誘が始まったのだろう。

 

 続けて、霧島から長めの文章が届く。

 

『私の方で、提示された契約条件、過去の試合実績、安全管理体制等を確認し、現実的な候補を三社まで絞り込みました』

 

『概要をまとめた資料を専用アプリに送信しますので、お時間のある時にご確認ください』

 

 俺は箸を置いた。

 

 周囲に画面をのぞき込んでいる人間がいないか確認してから、指定されたアプリを開く。

 

     ◆

 

 送られてきた資料には、霧島が選んだ三社だけでなく、候補から除外した企業の一覧まで添えられていた。

 

 それを読むと、彼女がどれほど事務的に、そして容赦なく俺の安全を確保してくれているかがよく分かった。

 

 ある能力者チームの条件。

 

『二年間の専属契約必須。他社経由での試合出場禁止。期間中の移籍不可。自己都合での契約解除には三千万円の違約金が発生。月二試合以上の出場を義務づける』

 

 それに対する霧島の評価。

 

『新規登録者へ提示する条件として、不当な拘束が強すぎます』

 

 別の企業。

 

『初戦から報酬三百万円を提示。ただし、試合以外の役員護衛任務あり。取引先との交渉時における同行業務を含む。業務内容の定義が意図的に曖昧』

 

 霧島の評価。

 

『合法な代理戦以外の、不法な威圧や暴力行為へ利用される危険性が極めて高いです』

 

 さらに、報酬は悪くないが、補償が薄い会社。

 

『試合時の医療費負担に五十万円の上限あり。後遺症が残った場合の補償規定なし。選手側に対し、過剰に広い免責への同意を要求』

 

 霧島の評価。

 

『選手の安全管理および人命に対する意識に、重大な懸念があります』

 

 俺は画面を見つめながら、小さく息を吐いた。

 

 霧島は、目の前にぶら下げられた報酬額だけで判断していない。

 

 法的な危険。

 

 使い潰される可能性。

 

 そして何より、俺が自分の意思で動けなくなるような首輪をつけようとする企業を、最初から弾いてくれている。

 

 先日の試合では、セコンドのように付き添ってくれた。

 

 そして今は、本当に優秀なマネージャーのように、冷静な目で契約内容を精査している。

 

 彼女が、ただの無表情なお役所人間ではないことを、俺は改めて実感していた。

 

     ◆

 

 霧島が絞り込んだ三社の中で、最も評価が高かった会社。

 

 それが、

 

『株式会社ネクサス・マッチング』

 

 だった。

 

 企業説明欄には、こう記されている。

 

『Tier4登録能力者を主要なマネジメント対象とする、企業代理戦マッチング業界における国内最大手企業の一つ』

 

 俺は昼食を早々に切り上げ、人の少ない非常階段の踊り場へ移動した。

 

 霧島へ電話をかける。

 

「霧島さん。資料、見ました」

 

『確認ありがとうございます。疑問点はありますか?』

 

「このネクサスっていう会社なんですけど。Tier4専門ってことは、俺たちみたいな最下位等級ばかりを扱っているんですよね?」

 

『はい』

 

「最下位の能力者ばかり集めているのに、どうして業界大手になれるんですか?」

 

 俺の疑問に、霧島はよどみなく答えた。

 

『能力者人口の大部分を占めているのがTier4だからです。そして、日々発生する企業代理戦の件数も、Tier4同士による小規模から中規模の案件が最も多くなっています』

 

 Tier1やTier2の上位能力者は、そもそもの人数が極端に少ない。

 

 国家機関や巨大企業が直接囲い込んでいるため、民間の仲介会社が自由に扱える市場へ出てくることも、ほとんどない。

 

 一方、Tier4が扱う案件は、規模こそ上位Tierほど大きくない。

 

 だが、全国で無数に発生している。

 

 地方企業の納入権。

 

 特定地域の物流網への参入権。

 

 小規模再開発への参加権。

 

 そうした、一般人の生活に密接した権益を巡る争いは絶えることがない。

 

「つまり、薄利多売みたいなものですか?」

 

『能力者を売り物へ例える表現は推奨しませんが、会社の収益構造としては近いでしょう』

 

 相変わらず、事務的で隙のない切り返しだった。

 

「その会社、信用できるんですか?」

 

『私ども特殊事象管理局――通称「八咫烏」とも、長年にわたって取引がある企業です』

 

 ネクサスは単なる試合仲介だけでなく、八咫烏が行う新規能力者向けの模擬戦、安全講習、対人制御訓練、代理戦記録の提供など、公的機関の業務にも協力しているらしい。

 

『ただし、完全に無垢な善良企業だとは申し上げません。問題を起こさない会社ではないからです』

 

「……問題って、例えば?」

 

『能力者同士を物理的に戦わせる仕事です。負傷、契約条件の認識違い、対戦相手の事前情報との食い違いなど、トラブルは避けられません』

 

「それ、全然大丈夫じゃない気がするんですけど」

 

『重要なのは、問題が起きた際に、責任の所在を明確にし、逃げずに補償と報告を行う会社であるという点です。この業界では、それ以上に信用できる要素はありません』

 

 冷静だが、極めて現実的な評価だった。

 

 俺が一番気にしていたことを尋ねる。

 

「ネクサスと契約したら、俺は専属になるんですか?」

 

『いいえ。ネクサスが佐伯さんへ提示しているのは、非専属登録能力者マネジメント契約です』

 

 霧島が読み上げた条件は、俺にとって都合がよかった。

 

 現在の会社員生活を、そのまま続けられる。

 

 ネクサス以外の会社から紹介された試合へ出てもいい。

 

 将来、別のチームやマネジメント会社へ移っても、違約金はない。

 

 月に何試合以上出ろ、という最低ノルマもない。

 

 提示された案件が危険だと判断すれば、断ることも自由。

 

「かなり自由度が高いですね」

 

『その代わり、ネクサス側にも、佐伯さんへ優先的に条件のいい案件を回す義務はありません。自由である分、すべては佐伯さんの実力と実績次第です』

 

「勝てなければ、仕事が来なくなる」

 

『はい』

 

「実力主義ってことですね」

 

 分かりやすい。

 

 俺は少し考えてから答えた。

 

「とりあえず、その会社の人から直接話を聞いてみたいです」

 

『承知しました。本日の仕事後は空いていますか?』

 

「はい。定時で上がれます」

 

『では、午後七時で面談を調整します。詳しい住所は後ほど送ります』

 

     ◆

 

 夕方。

 

 俺は手持ちの仕事を、猛烈な勢いで片づけていた。

 

 未処理のメールはゼロ。

 

 提出すべき資料もすべて送信済み。

 

 急ぎで対応しなければならない案件も残っていない。

 

 午後五時半。

 

 定時を知らせる社内チャットの通知が鳴った直後、俺は席を立ち、課長へ声をかけた。

 

「課長。今日の担当分はすべて終わりましたので、定時で上がります」

 

 課長がパソコンから顔を上げ、露骨に不満そうな表情を浮かべた。

 

「ええ? お前、ここ最近、定時で帰ること多くないか?」

 

 以前の俺なら、ここで空気を読んでいた。

 

『何か手伝うことはありますか?』

 

 と、自分から残業を増やしていただろう。

 

 だが、今の俺の頭は、これから向かう能力者業界のことでいっぱいだった。

 

「急ぎの確認事項があれば対応しますが、なければ失礼します」

 

「……」

 

 課長は、俺の提出した資料を不満そうに確認した。

 

 だが、ミスもなく、すべて処理されている。

 

 無理に引き止める理由はない。

 

「……まあ、やるべき仕事はやってるからいいけどさぁ。あんまり周りのモチベーションを下げるなよ」

 

「お先に失礼します」

 

 不満げな言葉を背中で受け流し、俺はデスクを離れた。

 

 エレベーターへ向かおうとすると、後輩の若手社員が、にやにやしながら近づいてくる。

 

「佐伯さん、最近帰るのめっちゃ早いっすね」

 

「やることは終わってるからね」

 

「またまた。絶対、彼女でもできたんでしょう?」

 

「違う違う。そんなわけないって」

 

「本当ですか? 最近、なんか雰囲気変わりましたよ。前より背筋が伸びてるっていうか……夜にランニングも始めたんですよね?」

 

 俺は少しだけどきりとした。

 

 筋肉痛や打撲の痛みを誤魔化すため、

 

『最近、健康のために走っている』

 

 と社内で話したことがあった。

 

「この前の健康診断の数値が少し悪くてさ。三十五歳だし、腹も出てきたから気にしてるんだよ」

 

「ああ、三十五歳っすもんね。リアルな理由だ」

 

「急に現実を突きつけるなよ」

 

 二人で軽く笑い合う。

 

 後輩は、俺が遅咲きの婚活か恋愛に目覚めたと思っているらしい。

 

 俺は内心で苦笑した。

 

 これから、能力者同士で殴り合い、企業の権利を決める仕事の契約へ向かう。

 

 そう正直に言ったところで、こいつが信じるわけがない。

 

     ◆

 

 会社を出た俺は、スーツ姿のまま電車を乗り継ぎ、都心の一等地へ降り立った。

 

 普段の通勤先とは、街の空気から違う。

 

 立ち並ぶ高級ホテル。

 

 世界的企業の本社ビル。

 

 ガラス張りのブランドショップ。

 

 入り口に警備員が常駐している、見上げるような高層オフィスビル。

 

 指定された住所は、そのうちの一棟の三十二階だった。

 

 エントランスは広大な吹き抜けになっており、大理石の床は自分の姿が映るほど磨かれている。

 

 受付で、スマートフォンへ送られてきたQRコードを提示する。

 

 専用のセキュリティゲートを通らなければ、エレベーターホールにすら入れない。

 

「……こんな所、来たことないな」

 

 スーツを着ているにもかかわらず、自分だけが場違いな格好で迷い込んだような気分になる。

 

 普段勤めている、古びたオフィスとの落差が激しすぎる。

 

 高速エレベーターで三十二階へ上がる。

 

 扉が開くと、ガラス張りの広々とした受付前に、灰色のパンツスーツ姿の霧島が待っていた。

 

「お疲れさまです、佐伯さん」

 

「お疲れさまです。……なんというか、随分すごい会社ですね」

 

「申し上げた通り、Tier4案件の仲介会社としては国内有数の規模ですから」

 

「最下位等級の試合を仲介して、こんな高層ビルへオフィスを構えられるくらい儲かるんですね」

 

「最下位等級という言葉を、弱い、あるいは価値がないという意味で捉えない方がいいでしょう」

 

 霧島が少しだけ声を低くする。

 

「Tier4であっても、一般の方から見れば十分に危険な能力者です。そして、代理戦市場において、最も多くの試合と金銭が動いているのがTier4の階層です。一件ごとの規模が小さくても、数を束ねれば巨大な市場になります」

 

「なるほど。ちりも積もればってやつですね」

 

「先方の担当者もお待ちです。行きましょうか」

 

「はい」

 

 霧島に案内され、俺は分厚いガラス扉の奥へ足を踏み入れた。

 

     ◆

 

 ネクサス・マッチングのオフィス内部は、一見すると外資系の金融会社か、勢いのあるIT企業のようだった。

 

 ガラスで仕切られた会議室。

 

 壁面に設置された大型モニター。

 

 キーボードを忙しなく叩き、インカムで誰かと交渉している社員たち。

 

 だが、彼らの画面へ並んでいる情報は、一般企業とは決定的に違っていた。

 

『登録能力者:コードA-77』

 

『Tier4』

 

『能力系統:肉体変化系・硬化』

 

『希望報酬額:百五十万円』

 

『対戦企業:東亜ロジスティクス対京浜運輸』

 

『契約対象:第三ターミナル優先使用権』

 

『会場候補:第四廃工場、または川崎地下訓練区画』

 

 廊下の壁には、過去に行われた代理戦の写真が、アートパネルのように飾られていた。

 

 血飛沫が飛ぶ八角形のリング。

 

 シャッターが閉ざされた夜のショッピングモール。

 

 月明かりに照らされた、建設途中の高層ビルの骨組み。

 

 それらを見て、俺は背筋が粟立つような感覚を覚えた。

 

 超人同士の戦いが、ここでは完全に一つの産業として成立し、管理されている。

 

     ◆

 

 案内された応接室で待っていたのは、四十代半ばほどの、柔和な営業スマイルを浮かべた男性だった。

 

 男は立ち上がり、両手で丁寧に名刺を差し出す。

 

「どうもどうも。夜分にお越しいただき、ありがとうございます。株式会社ネクサス・マッチング、Tier4マネジメント部の部長を務めております、真鍋と申します」

 

「佐伯です。よろしくお願いします」

 

 名刺を受け取りながら、俺は真鍋を観察した。

 

 高級だが、嫌味のないスーツ。

 

 物腰は柔らかい。

 

 だが、瞳の奥には計算高さがある。

 

 本人から能力者らしい威圧感はない。

 

 おそらく、非能力者のビジネスマンだ。

 

「先日のエントリー戦、拝見しましたよ。いやあ、非常に面白い試合でした」

 

「……ありがとうございます」

 

「特に後半。黒瀬選手の攻撃へ急速に適応し、完全に見切ったあの瞬間。弊社内でも、あの新人は何者だと話題になりましてね」

 

 俺は少し警戒し、隣に座った霧島を一瞥した。

 

 だが真鍋は、それ以上、

 

『あれは何の能力だったのか』

 

 と探ってくることはなかった。

 

 あくまで、公開情報と試合記録の範囲で俺を評価しているようだ。

 

「私どもは、企業と登録能力者の間に入り、対戦相手の選定、契約、ファイトマネーの交渉、会場手配、そして安全管理までを一括して代行するマネジメント会社です」

 

 真鍋が流れるような口調で説明を始める。

 

 俺は、先ほどから気になっていたことを率直に聞いた。

 

「Tier4専門ということは、上位のTier2やTier1の能力者は扱わないんですか?」

 

「まったく扱わないわけではありません。弊社へ登録していた選手が実績を積み、Tier3へ再評価された後も、そのまま支援を続ける場合はあります」

 

 真鍋は笑みを崩さず、続ける。

 

「ですが、Tier3以上となると事情が変わります。大企業が直接、巨額の専属契約で囲い込むか、大規模な能力者チームの看板選手として活動することが多い。一件ごとの政治的価値も高く、八咫烏の監督も厳しくなります」

 

 真鍋がタブレットを操作し、テーブル上のモニターへ資料を表示した。

 

「Tier1やTier2の戦いは、確かに一試合で国家予算規模の権利を動かすことがあります。しかし、選手の絶対数が少なく、試合自体も滅多に行われません」

 

「それに比べて、Tier4の試合は多い」

 

「ええ。全国で、毎日のように行われています。弊社は、それらを大量に、そして安全に仲介することで成長してきました」

 

「最下位等級でも、そんなに需要があるんですね」

 

「むしろ、世の中で最も需要があるのがTier4です」

 

 真鍋は少し身を乗り出した。

 

「Tier4だから価値が低い、ということではありません。Tier4の能力者にしか任せられない規模と価格の仕事が、世の中には一番多いのです」

 

     ◆

 

 真鍋は次に、契約の概要を画面へ映し出した。

 

「まず、佐伯さんに安心していただきたいのですが、弊社は専属契約を求めません」

 

「他社から紹介された試合に出ても、問題ないんですか?」

 

「まったく構いません」

 

「将来、別のマネジメント会社やチームへ移りたいと言い出したら?」

 

「ご自由に移籍してください。移籍金も、法外な違約金も請求しません」

 

「引き抜き禁止の条項は?」

 

「ありません。それに、月に最低何試合以上出場しろ、といったノルマも設けておりません」

 

 俺は少し拍子抜けした。

 

 能力者を商品として囲い込み、骨の髄まで利用するような会社を想像していたからだ。

 

「随分、俺たちに甘いんですね」

 

「甘いのではありません。合理的なのです」

 

 真鍋は肩をすくめる。

 

「能力者の方が嫌がる試合へ無理に出場させても、いい結果にはなりません。意欲のない状態で負けられたり、試合直前に逃亡され、契約不履行になったりする方が、弊社の信用に傷がつきます」

 

「納得した案件だけを受けさせる方が、会社としても安全だと」

 

「その通りです」

 

 ただし、と真鍋が表情を引き締めた。

 

「一度受諾し、企業間で正式契約が締結された試合の無断欠場だけは厳禁です。能力者一人の欠場で、企業へ莫大な損害が発生する可能性がありますから」

 

「それは分かります。今の会社員を続けながら、土日や夜だけ試合へ出る形でも大丈夫ですか?」

 

「もちろんです。平日の夜と休日だけ活動する兼業ファイターも、弊社には多数登録されています」

 

     ◆

 

 真鍋がタブレットを操作し、報酬について書かれた資料を表示した。

 

「佐伯さんの場合、エントリー戦での評価を考慮し、最初は一試合あたり、ファイトマネー百万円ほどからのスタートになるでしょう」

 

 俺は、一瞬だけ呼吸が止まった。

 

「……百万円?」

 

「はい。標準的なTier4同士の一対一で、基本報酬は百万円前後。案件の重要度によっては、さらに勝利報酬が加算されます」

 

 エントリー戦の報酬は十万円だった。

 

 それが本戦へ出るだけで、十倍に跳ね上がる。

 

 ネクサスへの手数料。

 

 税金。

 

 保険料。

 

 それらを差し引かれたとしても、手元へ残る金額は大きい。

 

 俺が満員電車に揺られ、頭を下げながら数か月働いて、ようやく得る金額に近い。

 

 表の仕事でちまちま働くのが、馬鹿らしくなる額だな。

 

 だが、今すぐ会社を辞めて、能力者一本で生きようとは思わなかった。

 

 俺は何とか平静を装う。

 

「それは……すごい金額ですね」

 

「いえいえ。これでも、評価の高いTier4新人へ提示する標準的な金額ですよ」

 

「百万円が標準?」

 

「ええ。Tier4でも連勝し、実績や人気がつけば、一試合三百万、五百万と単価は上がります」

 

 真鍋は、さらに上の世界についても説明する。

 

「Tier3へ再評価されれば、扱う案件の規模が変わります。Tier2やTier1ともなれば、一試合で一億円以上のファイトマネーが動くことも、決して珍しくありません」

 

「一億……」

 

「まあ、弊社はそこまで上位の案件を主戦場にはしておりませんがね」

 

 Tierの数字が小さくなるほど、能力者の価値と動く金額が跳ね上がる。

 

 俺は改めて、能力者業界の金銭感覚に圧倒されていた。

 

     ◆

 

 真鍋が話題を変える。

 

「ところで佐伯さんは、どのような形式の試合をご希望ですか?」

 

「試合の種類を、こちらで選べるんですか?」

 

「完全に自由というわけではありません。依頼企業から指定される場合もあります。ただ、ご自身が希望する形式や、避けたい条件を事前に登録することはできます」

 

 真鍋が端末を操作する。

 

 壁の大型モニターへ、異なる試合映像が並んだ。

 

「大きく分けて、三つの形式があります。まず一つ目が、標準決闘型です」

 

 映像には、俺がエントリー戦で戦ったのと同じ、透明な壁で囲まれたオクタゴンが映っている。

 

「いわゆる、よーいドンで始まる正面からの戦いですね。一対一で向かい合い、審判の合図で開始。武器の持ち込みは原則禁止。格闘技経験者や、佐伯さんのような身体強化系が得意とする形式です」

 

 黒瀬拓海は、明らかにこの形式向きだ。

 

「二つ目が、地形利用型です」

 

 映像が切り替わる。

 

 廃工場。

 

 建設途中のビル。

 

 立体駐車場。

 

「リングではなく、閉鎖予定のオフィスビル、立体駐車場、廃工場、時には使われていない貨物船などを会場として使用します」

 

「建物の中にある物も使えるんですか?」

 

「規定の範囲内であれば。机、椅子、消火器、工具、ロープ。案件によっては、鉄パイプのような物も使用できます」

 

 勝利条件も、相手の気絶だけではない。

 

 指定地点の占領。

 

 重要物品の奪取。

 

 要人役の護衛。

 

 一定時間の防衛。

 

 純粋な身体能力だけでなく、地形を利用する判断力が求められる。

 

「そして三つ目が、遭遇戦です」

 

 モニターへ、営業終了後のショッピングモールが映し出された。

 

 照明の落ちた無人の通路。

 

 暗い吹き抜け。

 

 閉ざされた店舗。

 

「遭遇戦では、二人の能力者は施設内の離れた場所から開始します。互いの初期位置は知らされません」

 

「相手を探すところから試合なんですか?」

 

「ええ」

 

 索敵。

 

 隠密。

 

 追跡。

 

 奇襲。

 

 罠。

 

 逃走。

 

 リングの上での殴り合いとは、まったく違う。

 

「規則上の禁止事項を除けば、遭遇戦はほぼ何でもありのサバイバルです」

 

 俺は無意識に身を乗り出していた。

 

 標準決闘なら、相手の異能を目の前で見ることができる。

 

 《ライブラリ》の登録条件を満たしやすい。

 

 遭遇戦では、相手を見つける前に、背後から奇襲される危険がある。

 

 能力を観測する前に倒される可能性すらある。

 

 だが、リングでは見る機会の少ない、索敵、隠密、罠といった異能を観測できるかもしれない。

 

     ◆

 

「相手を見つけた時点で、ほとんど勝負が決まるような能力もあるんですか?」

 

 俺の質問に、真鍋は静かに頷いた。

 

「ありますよ。能力者によっては、見られた時点で終わりというケースも珍しくありません」

 

「目を合わせたら発動するような能力ですか?」

 

「ええ。黒瀬選手の魔眼は純粋な視覚強化型でしたが、もっと直接的な能力も存在します」

 

 視線が合った瞬間、身体の自由を奪う。

 

 幻覚を見せる。

 

 恐怖を植えつける。

 

 位置を追跡する。

 

 相手の弱点を見抜く。

 

「そうした能力者との遭遇戦では、相手を見つける行為そのものが命取りになります」

 

 深夜の広いモールを、一人で歩く自分を想像する。

 

 どこに相手が潜んでいるか分からない。

 

 何の能力を持っているのかも、完全には知らされない。

 

 異能の発動を直接目にできれば、《ライブラリ》へ登録できる。

 

 だが、俺が観測するより先に、相手の術中へ落ちれば終わりだ。

 

 恐怖よりも先に、得体の知れない高揚感が胸の奥から湧き上がった。

 

「佐伯さんは、どうされますか?」

 

「どう、というと?」

 

「安全に実力を発揮しやすい標準決闘型へ絞るか。それとも、危険度の高い地形利用型や遭遇戦も希望へ含めるかです」

 

 隣に座る霧島が、すっと俺へ視線を向けた。

 

 これまでの戦い方だけを見れば、俺は明らかに接近戦型だ。

 

 身体強化。

 

 ボクシング。

 

 キックボクシング。

 

 柔道。

 

 常識的には、標準決闘型へ絞るのが合理的だろう。

 

 俺は少し考えた後、答えた。

 

「両方、やってみたいです」

 

「両方ですか?」

 

「はい。正面から戦う試合も、相手を探すところから始まる試合も。いろいろな形式を経験して、自分に何が向いているのか試してみたいです」

 

 表向きは、自分の適性を知るため。

 

 本音は、より多くの能力と戦い方を観測し、《ライブラリ》を拡張するためだ。

 

 真鍋が満足そうに笑う。

 

「それはよかった。弊社は地形利用型や遭遇戦の案件も、数多く扱っていますから」

 

 霧島が、少しだけ冷ややかな声で口を挟んだ。

 

「標準戦より、不測の事態へ陥る危険性が高くなりますよ」

 

「分かっています」

 

「本当に?」

 

「多分」

 

「……そこは断言してください」

 

 霧島の小さなため息が、会議室に響いた。

 

     ◆

 

 大型モニターへ、正式な契約書が表示された。

 

『非専属登録能力者マネジメント契約』

 

 霧島が、条項を一つずつ確認していく。

 

 専属義務なし。

 

 他社案件への参加可能。

 

 移籍自由。

 

 案件の拒否権あり。

 

 受諾後の無断欠場禁止。

 

 ファイトマネーと手数料の事前明示。

 

 指定医療機関での保険適用。

 

 秘密保持義務。

 

 一般社会への選手情報の非公開。

 

 極端に不利な条件や、不自然な文言はない。

 

「内容に問題がなければ、こちらのタブレットへ電子署名をお願いします」

 

 真鍋から端末を渡される。

 

 昼間は、社内の経費申請へ『佐伯直人』と入力していた。

 

 そして今は、一試合百万円の金が動き、能力者を相手に戦うための契約書へ、同じ名前を書き込もうとしている。

 

 どちらも、これから俺が続けていく仕事になる。

 

 その事実が、まだどこか現実離れして感じられた。

 

 俺は署名欄へ指を走らせる。

 

「よろしくお願いします」

 

「ええ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

 真鍋が深く頭を下げた。

 

 契約成立だ。

 

     ◆

 

 すべての手続きを終え、帰ろうとした時。

 

 真鍋が雑談のように尋ねてきた。

 

「ところで佐伯さん。本業の会社員は、今後も続けられる予定ですか?」

 

「はい。今のところは、辞めるつもりはありません」

 

「それは賢明です。一試合百万円と聞いて、すぐ会社へ辞表を出す新人の方も多いのですがね」

 

 俺も、その気持ちはよく分かる。

 

 だが、能力者の試合は毎日あるわけではない。

 

 大怪我をすれば、数か月は出場できない。

 

 負けが続けば、依頼そのものが減る。

 

 危険な案件を断り続ければ、収入は途絶える。

 

 それに、俺は。

 

 昼間は誰にも注目されず、会社の雑務をこなす平凡な会社員。

 

 夜になれば、企業から大金で求められ、能力者と戦うファイター。

 

 この極端な二重生活を、密かに気に入り始めていた。

 

「会社は続けます。今の仕事に、特別な愛着があるわけじゃないですけど」

 

「結構です。では、佐伯さんの予定に合わせ、休日と平日の夜を中心に案件をお送りします」

 

「お願いします」

 

 この瞬間、俺の日常と非日常の二重生活が、正式に始まった。

 

     ◆

 

 ネクサスの高層ビルを出る。

 

 夜の街には、残業を終えた会社帰りの人々が、足早に行き交っていた。

 

 すれ違う彼らは誰も、隣を歩く俺が、たった今、一試合百万円で能力者と戦う契約を結んできたとは思わないだろう。

 

 明日になれば、俺もまた、くたびれたスーツを着て満員電車へ乗る。

 

 課長から面倒な仕事を押しつけられ、後輩から的外れな恋愛事情を詮索される日常が待っている。

 

 ふと、ポケットの中のスマートフォンが振動した。

 

 専用アプリからの通知だ。

 

『ネクサス・マッチング:ファイター本登録が完了しました』

 

 続けて、もう一件の通知が表示される。

 

『適合する案件候補があります』

 

 俺は駅へ向かう足を止めた。

 

「……もう、試合の話ですか?」

 

 隣を歩いていた霧島も足を止め、俺の画面をのぞき込む。

 

「先日のエントリー戦を観戦していた企業から、ネクサス経由で早期に指名が入ったのでしょう」

 

 画面に表示されているのは、まだ概要だけだった。

 

『試合形式:地形利用型』

 

『会場:閉鎖予定のオフィスビル』

 

『対戦人数:一対一』

 

『基本報酬:百二十万円』

 

『対戦相手:登録Tier4』

 

『能力系統:一部非公開』

 

『依頼企業:審査中』

 

 リングではない。

 

 次の戦場は、閉鎖されたビルの中。

 

 相手の能力系統には、一部非公開の文字。

 

 心臓が、どくんと大きく高鳴った。

 

 霧島が、俺の表情を見て静かに釘を刺す。

 

「まだ受諾しないでくださいね。私が依頼企業の背景と、詳細な契約条件を確認するまでは」

 

「分かっていますよ」

 

 口ではそう答えながらも、俺の視線は『百二十万円』という数字と、『一部非公開』という文字から離れなかった。

 

 翌朝も俺は、何食わぬ顔で満員電車へ乗り、平凡な会社員として出社するだろう。

 

 だが、そのスーツのポケットの中には。

 

 百二十万円の、血の匂いがする招待状が、確かに忍ばされていた。

 




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