折れた剣   作:Furfur

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序章

序章  "新生"

 

 

それは、届かぬ悲願だった

 

欲しかったのはみんなの笑顔

築いたのは屍の山

 

大切なものはみんな掌から零れ落ちて

目指したものには指先さえ届かない

 

黄金の別離からはや7年

数多の命を奪い、その数百倍、数千倍もの命を救ってきた

 

全ては救えなかったけれど、後悔はない

世界の不条理に、自分の出来たことはちっぽけだったけれど

それでも確かに、この手で救えた人たちはいたのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

などと、走馬灯―――に思考を委ねていたものの、

頑丈すぎる体が災いし、神経は健気にも全身の痛みを脳に訴えかけてくる。

身体はすでに満身創痍。

 

だが、この衛宮士郎にとって肉体の損傷などたいした問題ではない。

魔力さえ底をついていなければ、かの騎士王との絆を頼りにしかるべき魔力を偽造し、それを模造した聖剣の鞘に流し込むことにより致命傷ですら容易に治癒してしまう。

聖杯戦争当時に比べればその速度こそ半減したものの、なお破格に過ぎる再生力だ。

 

しかし、先ほどの戦いでその鞘を防御のために使ってしまったため、傷を癒すには再び鞘を投影しなければならず、もう剣一振りを投影する魔力さえ残ってはいない今の自分には傷を癒す術が無い。

魔術回路も焼け焦げてショート寸前だ。

加えて問題なのが、身体中いたるところに、その内側から生えてきている無数の刃。

そのうちいくつかは、重要な血管に傷をつけてしまっている。

……訂正、重要な血管をぶった切りまくっている。

だが、出血をしているのはある意味、救いかもしれない。

もうしばらくすれば身体の感覚がなくなっていき、眠るように死んでしまえるだろう。

 

無念がないといえば嘘になる。

この身はついに、全てを救う正義の味方にはなれなかった。

戦いの中、全てを救うことなど出来ないと何度も思い知らされ、それでも正義の味方を目指し、生き急ぐように駆け抜けてきた。

 

それでも冷然とした現実を打ち破る答えは見つからず、全てを救うことを目指しながらも、ついには9を助けるために1を殺戮し殺戮し殺戮する虐殺者として在り続けた。

 

家族は捨て、友は去り、同じ理想を抱く仲間はどこにもいなかった。

異郷の戦いの中にこの身を埋没させ、知らぬうちに大切な人を何人も見殺しにしてしまった。

 

――――だが、それでも――――それでもこの手は確かに多くの人々を救うことが出来たのだ。

だから、今までの自分が、間違ってなどいなかったと、信じている。

 

――――後悔はない。

自分の戦いが、正義の味方を目指す道程がもう終わってしまうことだけは残念だったけれど、

それでも、地獄に落ちようとも、この胸に抱いた理想が綺麗だったと、胸を張って信じて逝ける――――

セイバーもきっと、最期の刻はこんな気持ちで――――

 

 

 

 

もう、目が見えない。

 

今まで何者をも見逃さなかった、自分の戦歴を支え続けたこの目が何も映さなくなったのを知って、衛宮士郎は自分の最期を実感した。

 

………………………………………

 

……………………………………………

 

…………………………………………………

 

 

――――いや

 

何かが

 

『視える』

 

宝石で出来た、一振りの、剣――――?

 

 

「やっぱり、こういう最期を迎えるのね、アンタは。アーチャーとは違う――――彼よりはいくらか早いけれど、でも、全く同じ最期」

 

 

――――この、声、は――――遠坂――――?

 

――――アーチャー。

 

聖杯戦争を遠坂と共に駆け抜け、狂戦士との一騎打ちにて散った赤き騎士。

今の俺は、背が伸び、無茶な【投影】の反動で肌は黒く変色し、髪と瞳の色が抜けたために、あの男そっくりの容貌になっている。

 

今はもうボロボロになってしまったが、マルティーンの聖骸布から拵えた俺のコートの色も赤。奴の外套と同じだ。

気がついたのはいつだったか――――不本意だが、悟らざるを得なかった。

きっと、あの男は俺の可能性の一つだったのだと。

あいつは何と戦い、何を見て、あの英霊に成り果てたのだろうか。

 

物思いにふけるのも一瞬、返事をするまもなく遠坂が語りかけてきた。

 

 

「久しぶりね、士郎」

 

 

「……そうだな、本当に、久しぶりだ」

 

 

「ああ、初めに誤解のないよう言っておくけど、わたしが今ここで貴方の命を助けたとしても、いずれ士郎は殺されるわ。

いよいよ魔術協会は神秘の秘匿を軽視するアンタを処分することに決めたの。

いずれ、これまでに何度かあった以上の刺客がアンタを襲う。

 

アンタが一時期、あくまでごく一部の連中となんでしょうけれど、教会と仲良くしてたのも、協会としては気に喰わなかったみたいね。

もういっそ教会に入っちゃえば良かったのかもしれないけれど――――言っても無駄か。

やっぱり違ったんでしょう? 貴方の理想とは」

 

 

「――――ああ」

 

 

シエルさんたちには世話になったもんだ。

懐かしい、な。

でも、遠坂の言うとおりだった。

教会は教会の利益に反することは出来ない、だから――――

 

 

「でもね、分かっていたんでしょう?

士郎の望むものは、この世界のどこにもない。

神秘の隠匿そっちのけで弱者を救うために戦う、正義の味方を目指す魔術使いなんて、協会にとっても教会にとっても邪魔者でしかない。

世界そのものが、アンタの敵なんだから」

 

 

「――――それは、知っている―――けれど――――」

 

 

だからって、諦めるわけにはいかないじゃないか。

 

 

「うん。でもね、他の世界になら、ひょっとしたら希望があるかもしれない。

 

ここからが本題。

取引をしない?

わたしの頼みを聞いてもらう代わりに、貴方を生かし、また戦っていけるようにしてあげるわ。

協会や教会のしがらみなしにね。

まあ、別のしがらみはあるかもしれないけれど、今よりマシになる可能性は十分にあるわ」

 

 

「――――何?」

 

 

遠坂が何を言っているのか意味が分からない。

だけど、それが本当にできるなら願ったり叶ったりだ。

ここで死んでも構わないつもりだったけれど、まだ戦えるというなら……

理想を追っていけるというのなら、

 

 

「でも、それってどういう―――くっ―――」

 

 

声と共に肺の中から血が漏れ、むせる。

 

 

「アンタを、他の世界に吹っ飛ばすの。

わりと危ない賭けなんだけど、やってみる価値は十分にあるはずよ、どう?」

 

 

柔らかな布が口元を撫でた。

しなやかな遠坂の指先が俺の胸を這い回り――――呼吸が少し楽になる。

何らかの魔術行使を感じた。

 

 

「――――悪いな、助かる」

 

 

ん。と短い応え。遠坂は俺に返事を求めている。

 

第二魔法。ついに累代の念願に届いたのか、遠坂は。

そのことに不思議は感じない。遠坂ならば、いずれ彼女の望むものを手に入れると信じていた。

彼女にとって、きっと一番大切だった最後の肉親を失ったからには、なおさら――――

 

――――そう、だな。

この世界から、セイバーと共に眺めた星空の下から消え去ることは、躊躇われるが――――それでも。

 

 

「―――頼む。俺はまだ、戦い足りないんだ。

……この戦いってのは、武器とか魔術とかの戦いじゃなくて――――

敢えて言えば、きっと―――運命との戦い、かな。

それに、遠坂と違って俺はまだ、指先も届いていないんだ。目指すところに」

 

 

遠坂が深いため息をつく。

俺の理想について、口論になったことは聖杯戦争の後も一度ではなかった。

でも、それを蒸し返すつもりはないみたいだ。

それに彼女は、俺の理想を、理解はできなくても分かってくれる希少な一人。

 

 

「オーケー、取引は成立ね。

もう取り消しは利かないわよ?」

 

 

「ああ、頼む」

 

 

再び遠坂が深いため息をついた。

 

 

「はぁ、しっかし――――何を等価交換にするかは、聞かないのね、やっぱり」

 

 

「―――今ここで遠坂の出す条件なら、なんでもいいさ」

 

 

「そう。

じゃあ、わたしの出す条件。

 

『向こうで誰か、大切な人ができたら、その人のことを大事にすること』

 

イリヤや、桜みたいなことは、もう繰り返さないで。以上よ」

 

 

耳に痛い言葉で、そして、重みのある条件だった。

だが、それでも思わず口元がほころんだのは――――

 

 

「――――わかったよ。

でも、やっぱり、遠坂は遠坂なんだな……」

 

 

「そんなの、あたりまえでしょう?」

 

 

今、遠坂がどんな顔をしているのか、目が見えないのに、はっきりと判った。

こいつは本当に、どこまでも華麗で、誇り高い魔術師で、情に厚い、お人よしな一人の人間だった。

その表情を、脳裏に刻み込む。

 

 

「――――ぐっ」

 

 

遠坂の魔力が流れ込んでくる。

身体が輪郭を失い、融けていくような感触。

既に喪失した視覚以外の五感も曖昧になり、意識が薄れていくのがわかる。

 

 

「――――士郎は、向こうで自分の答えを探しなさい――――

 

――――今のわたしの【魔法】では不完全――――個を維持するために身体には何か影響が――――。

けれど、計算――――なら治癒する手間がはぶけて――――

――――精神のほうはイリヤの置き土産が――――大丈夫――――

 

――――しっかし本当に、えらい出費」

 

 

「――――ごめん、な」

 

 

「いいのよ、良い実験にもなるし。――――それに、違うでしょ、アンタ」

 

 

「――――ありがとう、遠坂」

 

 

そして、さよなら、セイバー。

行って来るよ、別の星空の下へ。

 

 

「さよなら、士郎、良い旅を」

 

 

かくして赤い魔女は剣の男を送り

衛宮士郎は世界から消えうせた

 

今度こそは、目指したものに手が届くことを信じて。

 

 

 

 

 

*   

 

 

 

 

気が付くと、目の前には澄み切った青空。

次いで、混乱と衝撃が俺を襲った。

強烈な違和感。

自分の身体が、2/3以下に縮んでいたのだ。

その上、全身に深い倦怠感があり、頭も思うように動いてくれない。

自分の置かれている状況を把握するまで、ずいぶん時間がかかった。

そうやってわかったことは、まず、自分の身体が子供になっていること。

しかも、ただ若返っただけでなく遠坂が俺をこの世界に送ったときの身体を無理矢理子供にしたような様子になったということだ。

手足や身体の色は褐色で、髪の毛を一本引き抜いてみると白髪だった。

肉体年齢はたぶん、かなり幼い。5歳にも達していないのではないだろうかと思われた。

服はそのままで、ぶかぶか――――というより、ズタボロになった布切れをまとっている状態。

霧がかかったように思考が鈍っているのは、第二魔法による転移の反動なのか、それとも脳味噌まで子供になったことによって思考力が低下したのか、どちらのせいなのか判別がつかなかった。

 

聖杯戦争当時からお守りのように持っていた赤い宝石があることに気が付いて、少し安心する。

周囲の状況を確かめようとしてよたよたと立ち上がり、草原のど真ん中にいるとだけわかったところで倒れた。

全身の傷は癒えていたが、全く身体に力が入らなかったのだ。

倦怠感のせいだけではない。筋肉や、反射などの脳神経系まで若返っているようだ。

これから全てを鍛え直さなければならないと考えると気が遠くなったが、そもそもこのままでは野垂れ死にするのではないかということに気がつき、肝が冷えた。

 

手足を少しずつ動かして若返り過ぎた身体の感覚に慣れようとしていると、突如、女の子の悲鳴が響いた。

目をやるとそこには、一対の母娘が驚いたように俺を見下ろしていて――――

 

 

 

 

 

*   

 

 

 

 

3月4日

郊外に次元漂流者が漂着。

発見者の通報によりその少年を保護。

年齢は細胞検査により3~4歳程度と判明。

本人は、自分のことについては名前以外、沈黙を保っている。

所持品はかろうじて身にまとっていたボロボロの服の切れ端と、大きな赤い宝石のみ。

出身世界は不明、次元世界及びミッドチルダに関する知識は無し。

日常レベルの知識は豊富だが、偏りがある。

発見者は、―――社研究開発者プレシア・テスタロッサ女史。

件の少年は名前を『エミヤ・シロウ』と自称。

なお、ファミリーネームが先となっている。

ミッドチルダ中のエミヤの姓を持つ市民数名に連絡を取ったものの、少年の縁故はなし。

 

4月4日

一ヶ月前に保護された少年の、出身世界、身寄りについての情報が得られる見込みがないと判断。

調査を打ち切ることが決定された。

少年は、発見者であるプレシア・テスタロッサ女史の希望により、彼女が保護者となり引き取ることとなった。

プレシア・テスタロッサ女史の家庭は母子家庭であり彼女自身も有能な研究開発者であるため多忙ではあるが、少年の家庭生活力は成人レベルであり、問題はないものと判断された。

 

補足:

この資料はヒュードラの事故による混乱で破損し欠損多数。

日誌自体は事故の1年数ヶ月前のものである。

 

ミッドチルダ ―――工業地帯 第3交番 新暦39年の日誌より

 

P・T事件概要レポート添付資料

 

 

 

 

 

プレシアに拾われて、平和だった日々は長く続かなかった。

素性の知れない、素性を言えない自分を引き取ってくれた彼女にはいくら感謝しても足りないと思う。

当初預けられていた施設で見せた家事全般の腕を買ったのだと彼女は言っていたが、それだけではなかった。

プレシア=テスタロッサは確かに頭の回る女性で、彼女は自分の仕事かいずれ忙しくなってしまうことを計算し、その上で俺を引き取ることに意義を見出した面があるのは確かだろう。

だが、彼女は自分をちゃんと家族の一員として扱ってくれた。

彼女は娘であるアリシアを溺愛していたが、俺にも十分な愛情を注いでくれていたことは疑いようが無いことだ。

アリシアにも最初は警戒されていたが、次第に自分を兄のように慕ってくれるようになった。

だから、テスタロッサの姓を名乗らないかと言われたときに、その誘いを断ることには気が引けてならなかった。

俺は、あくまで衛宮士郎でいたかったのだ。

過去の全てから断絶されたこの身だ。爺さんから貰った名はどうしても捨てられなかった。

 

身体の倦怠感と思考にかかる靄は少しずつマシになったが、大部分は残り続けた。

筋肉や脳神経と同様に鈍ってしまった魔術回路をなんとか起動して身体を解析してみたが、何らかの魔術的作用によるものであり、何年かすればいずれなくなるであろうということしかわからなかった。

やはり第二魔法の後遺症らしい。

無理に魔力を流し込んで解呪を行うことはできるだろうけれど、ある程度身体が成長するのを待たなければならないのは確かなことだったから、それは敢えてやらなかった。

危険だったし、何より、これが異世界を渡るという反則の代償ならば、甘んじて受けるべきだった。

それに、せいぜい時折意識が真っ白になったり、頭痛がしたり、真っ直ぐな道を歩いていてこけそうになるくらいで、大したものでもなかったのだ。

 

そうして、日々が過ぎていった。

家事を手伝いながらミッドチルダの常識と魔法の知識を学び、休日にはプレシア、アリシアの二人とペットの山猫リニスらのピクニックにお供した。

いつまでも――――少なくとも、俺がいつか旅立つその日まで、こんな日常が続くと思っていた。

 

自分はプレシアとアリシアから一歩退いて仲睦まじい母娘を眺めながら、この家族の平和を守ろうと、誓ったのだ。

 

衛宮士郎はいつかこの家を出て旅立つことになるだろう。

だが、遠坂との約束どおりに、いや、約束がなくても、この家族の平和を守る。

そして同時に正義の味方としても戦い続ける。

この2つの折り合いをどうつけていくかは悩みどころだったが、頻繁に連絡を取り、ときおりプレシアたちのもとに足を運べばなんとかなるだろうと、漠然と考えていた。

 

 

だが、破綻は、素早く、静かに訪れた。

全ては、プレシアが大型魔力駆動炉《ヒュードラ》の設計主任を、辞職した前任者から引き継いだことが始まりだった。

次第に忙しくなるプレシアに代わり、家事は俺が全て受け持ち、プレシアの弁当も毎日作った。

寂しそうにしているアリシアの遊び相手も務めたが、彼女は母親が相手をしてくれないことに拗ねて、一人で絵を描いていることが多かった。

それでもプレシアにわがままを言わなかったのは、彼女が本当に忙しそうで、帰ってくるときにはいつも酷く疲れていたのがわかったからだろう。

 

ある日、弁当を忘れていったプレシアの仕事場に行った。

そのとき、モニターに映されていた動力炉の設計図案を見た俺は、プレシアに1つの異能を見せた。

設計図を元に、実際の機能を持たない駆動炉のミニチュアを【投影】してみせたのだ。

さらに俺は設計図案から、それを起動した場合の仮想シミュレートを、朦朧とする思考と異なる魔法(魔術)体系に苦心しながら数日かけてなんとか行い、その問題点を指摘することができた。

この設計図からの仮想シミュレートは以前、聖杯戦争後まもなく、遠坂に魔術を習っていた頃に【解析】と【投影】のバリエーションとして特訓させられたものだった。

たぶんあの特訓は、俺に【魔術使い】だけでなく【魔術師】としての道をも選択肢として示す、彼女の心遣いだったのだろう。

 

俺には後になってわかったことだったが、このプロジェクトはきわめつけに無茶な代物だった。

資料管理のいい加減だった前任者、最低限の日数すら与えられなかった引継ぎ期間、無謀なスケジュール、上のほうから一方的に与えられる出鱈目な追加・修正案、次々やめていくチームスタッフ……

プロジェクトは、最初から絶望的状況におかれていたのだ。

こんなプロジェクトをよくもここまでひっぱってこれたものだと、このことがわかってから俺はプレシアの有能さに感嘆したものだ。

正直、最初に設計図を解析したときには発狂するかと思ったものだった。

大気中の酸素を消費して魔力を生み出す新機軸のエネルギーを使った魔力駆動炉ヒュードラ。

最も基礎となる理論こそしっかりしていたが、その設計とシステムにはまとまりのない無数の意思が働いていた。

一貫性などあったものではなく、使われるべき技術はちぐはぐで、創造の理念は根本から何度も変更されていた形跡があった。

 

シミュレート結果をプレシアに見せた日から、俺は非公式の開発員となった。

俺に出来るのは設計図からミニチュアを創り出すことと、その機能や問題点を指摘することだけで、理論面や改善案となるとさっぱりだった。

だから、いつもプレシアの職場にいなくてはならないわけではなかったが、毎日顔を出して、自分でもできる雑用は引き受けた。

ほんの少しでもプレシアの負担を軽くしたかったのだ。

 

アリシアには以前にもまして寂しい思いをさせるようになってしまったが、このプロジェクトさえ終わればプレシアはもっと余裕のある管理部門につけるから今は我慢してもらうしかない、そうプレシア自身に聞かされれば、俺には彼女に従う以外の選択肢がなかった。

この仕事が終われば、前よりももっとたくさん一緒にいられるんだと、自分からもプレシアからもアリシアに言い聞かせた。

アリシアはそのたびに拗ねたが、自分達の手を焼かせるようなことはしなかった。

感情では納得できなくても、子供心にプレシアも大変なんだとわかっていたからだ。

俺もアリシアも、そして誰よりプレシアも、いつかその日が来ることだけを願っていた。

本当に、切実に。

 

それから2ヶ月もすると、状況はさらに一変した。

企業の本部から主任補佐という名目でプレシアの下につけられた男がプロジェクトの実質上のリーダーとなったのだ。

彼によって厳重な確認の必要なチェック機構はギリギリにまでそぎ落とされ、立ち入り検査の無い安全基準は無視されることになった。

無論、これにはスタッフから猛烈な反発があったが、反抗するものは全て異動させられ、後釜には主任補佐の息のかかった人物がつけられた。

むしろ、このときにプレシアも異動させられるなり、解任させられればよかったのだ。

だが、企業も有能なプレシアを手放したくはなかったのだろう。

強く反発し何度も上層部への説得を行ったにもかかわらず、プレシアはその地位を追われなかっただけでなく、綿密な安全マニュアルを作成した功績を認められて安全基準責任者の役職を与えられた。

 

俺は致命的なミスを犯した。いつの間にか組織人としての思考がうつり、外部告発という発想が抜けてしまっていたのだろうか。

プレシアや他の研究員達に呑まれた、というべきか。

当然の発想を忘れてしまっていた。

このときもまだ俺を悩ませていた倦怠感と意識の靄は言い訳にはならないだろう。

無理にでも魔力を流し込んで第二魔法の後遺症を流し去ってしまっていればよかったのだから。

そうすれば、当然の選択肢を思いつくことも、身体は子供の身でありながらも外部告発を成功させることもできたかもしれない。

あるいは、聖剣の鞘を投影していれば後遺症を治癒できただろう。

だが、このときはまだ宝具の投影は試していなかったのだ。

鈍った魔術回路と肉体が耐えられるか不安なのもあった。

何より、戦う力を手に入れたとき、俺はこの家を去ると思っていたから――――まだ、そのときではないと、そう、思っていたのだ。

当時の俺は、今の自分はまだプレシアとアリシアの為だけにあるべきだと考えていた――――だが、彼女らの為に戦う力を得ようと思わなかったのが、そもそもの過ちだったのかもしれない。

 

とにかく、こうしてヒュードラは完成した。

その日、俺は下っ端のスタッフたちと共にヒュードラの起動に立ち会ったが、正式なスタッフではなかったため駆動炉本体を見ることはできなかった。

今更言っても後の祭りだが、俺は無理にでも駆動炉を見るべきだった。

そして、駆動炉本体を解析してみるべきだったのだ。

 

なんて――――無様。

らしくもなく、後悔の列挙のようになってしまった。

 

――――結果だけ言おう。

 

完成した駆動炉・ヒュードラは、あっけないほど簡単に暴走した。

プレシアの手による安全措置は現物の作成に当たり、プロジェクトの高速化のためにほぼ完全に無視されていたのだ。

プレシアが急ぎ申請した駆動炉本体の強制転送も上層部に却下され、暴走して次元震を発生させるのと同時に駆動炉本体をたやすく爆砕したエネルギーは大気中に拡散し、反応した。

 

このプロジェクトで開発していたものは『大気中の酸素を消費して魔力を生み出す新機軸のエネルギーを使った魔力駆動炉』だ。

 

忌まわしき金色の魔力光と共に反応したエネルギーは、周辺の大気中から酸素を奪いつくした。

 

俺をはじめスタッフや見学者たちはプレシアの張った結界によって暴走による被害からも酸素の消滅からも守られた。

 

だが、結界の外は――――

 

寮の一室で、アリシアとリニスはまるで遊びつかれて眠っているようだった。

でも俺には一目で判ってしまった。

 

これは、死体だ、と。

 

ヒュードラから漏れて拡散したエネルギーの微粒子は、生物の体内からも酸素を略奪するのだ。

 

プレシアが真っ白な顔をして、呆然と娘の亡骸をじっと見詰めているのを、俺は3歩後ろに下がって眺めていた。

 

脳髄が沸騰しているのに思考は氷のように落ち着いていた。俺は空気のようにその場に立っていた。

 

ふと、プレシアは落ちていたスケッチブックを取って、開いた。

 

このスケッチブックを、アリシアはいつも恥ずかしがって俺やプレシアには見せてくれなかったものだった。

 

そこにはリニスや俺、そして何よりたくさん描かれた、笑顔のプレシアが――――

 

このときの彼女の慟哭を、俺は生涯忘れられないだろう。

 

俺は、守れなかったのだ。

俺は、そのとき、何も出来なかったのにヒュードラの起動に立会い、結果―――死なずに済んだ。

 

俺は、『また』生き残ってしまったのだ――――

 

その夜、俺はありったけの魔力を無理矢理全身の回路に流し込み、今まで俺を縛ってきた第二魔法の後遺症を洗い流した。

筋肉がちぎれ、全身の毛細血管がはぜたが、あっけないほど簡単に投影できた聖剣の鞘はその傷をたやすく癒してしまった。

 

倦怠感は去り、思考は晴れた。

やってみれば、本当に簡単なことだった。

 

だが、逆に考えればこういうことかもしれない。

つまり、劫火の中『衛宮士郎』が誕生の際に背負ったモノと同じ原罪を以って、衛宮士郎の次元世界への転移が完了したのだ、と。

 

 

次元世界を統括する《時空管理局》はこの事件に立ち入ってはこなかった。

エネルギーの暴走の際、中規模の次元震すら起こしたが事態は一見したところ明確であったし、この事件に割く人員にも時間にも余裕がなかったのだろう。

 

事件は、開発主任であり安全基準責任者であったプレシア一人のものとされた。

一時は裁判で争われたが決定的な証拠も証人もなく、結局プレシアはアリシアについての賠償金だけ受け取り、中央から去った。

 

その後、事件は安全基準よりもプロジェクトの達成を優先したプレシア個人が、違法な手段で違法なエネルギーを用いたためにおこったもの、プレシアは中央から追放、とされた。

まだミッドチルダの常識にも魔法にも疎かった俺には、結局、何も出来なかった。

 

地方に移ったプレシアは、何かの研究に就き、取り憑かれたように没頭した。

俺はプレシアのために家事全般をこなし、毎日弁当を作った。

 

夜には、隣の部屋からうなり声を上げるプレシアを起こしてやることが多かった。

プレシアは何も言わなかったが、あのときの夢を見ているのだろうと察せられた。

 

俺も、その日以来―――懐かしい夢をよく見るようになった。

真っ赤な焦土の中、助けを求める死人たち。

 

そして、その死人の中で、他の誰一人助けることも出来ずにただ一人助けられ、生き残ってしまった―――俺。

 

プレシアは、何日もの間一言も口を利かないことがざらだった。

俺も、そんなプレシアにかけられる言葉を多くは持てなかった。

 

それに俺は俺で、ミッドチルダの常識や魔法について勉強し続けていて、忙しかったのだ。

裁判の結果は出てしまったが、彼ら企業の上層部を告発することは出来ないか。

二度と同じ悲劇を起こさないためにできることはないか。

正攻法が無理なら、少々アンダーグラウンドよりの荒っぽいやり方でも、何か出来ないか。

知識を身につけると共に、【魔術使い】としての力を取り戻すための鍛錬も再開していた。

 

 

 

 

そんな生活が半年ほど続き、久しぶりの赤い夢から俺が目を覚ましたとき、事件は起きた。

 

いや違う、事件は、目覚めたときには既に20年以上前に終わっていたのだ。

 

プレシアは――――おそらく、幸福だった頃の思い出を全て保存しようとでもしたのだろうか?

よりにもよって俺を、寝ているうちに冷凍保存していたらしいのだ。20年以上も。

 

 

俺を解凍したのは、ルドルフという魔導師を首領とする義賊団『黒い禿鷹』を名乗る連中だった。

まあつまり、彼らがプレシアの拠点から盗み出した物の中に俺の入った棺があった、ということだ。

 

なんでも、便利屋として実験材料の入手を命じられた『黒い禿鷹』は、依頼主であるプレシアとの間に生じた些細ないざこざに腹を立てて移動庭園に盗みに入り、そして撃退されたが、かろうじていくらかの物品は盗み出すことが出来た……というのが、俺が救出された事件のあらましだ。

 

最高でもAランク、平均すればC+程度の力量しかなく、人数も20人かそこらのごろつき集団にすぎない『黒い禿鷹』がSランクオーバーの大魔導師であるプレシア=テスタロッサの工房に侵入して僅かなりとも盗みを成功させた上で死傷者無し、というのは奇跡的なことだが、『黒い禿鷹』は裏の道にはそれなりに長けた連中だったし、何よりそのときは運も良かったのだろう。

 

ちなみにいざこざの原因というのは本当に些細なことで、しかも一方の当事者であるルドルフの弁からしても両者の責任は五分五分としか思えなかった。

 

俺は結局、義賊団『黒い禿鷹』に入ることになった。

いろんな意味でダメな連中だったが、盗賊団としてはそれなりの正義感と十分以上の人間らしさ、ついでにどこか藤村組を連想させる任侠臭を持った連中で、俺としてもやましいことはせずに『義賊っぽい』ささやかな犯罪活動に従事していられたのはありがたかった。

 

その中で魔法の腕を磨いたり、ミッドチルダや次元世界について知識、果てにはこの次元世界の裏の道についても学ぶことができたのは特にありがたいことだった。

 

プレシアの元に戻らなかったのはこのときプレシアが移動庭園を本拠としていて、『黒い禿鷹』の襲撃の後、拠点の場所を移してしまったからだ。

 

プレシアに恨みはなかった。元々彼女以外、この世界に俺の知己はいなかったのだから。

 

彼女の行方は捜し続けたが、ここにいる間にプレシアの移動庭園の居場所を突き止めることは出来なかった。

 

俺は1年間『黒い禿鷹』にいた。

 

そのときには俺は、魔導師としてはCランクにすら届かない身でありながら、有力な手札をあらかた封じた上でもAランク魔道師であるルドルフと正面から戦っても負けない程度には成長していた。

 

俺の元々の戦い方では、空を自由に飛びまわりながら強力な魔法を連打し、洗練された戦闘スタイルを持つ高位の魔道師と正面切って戦うのは正直苦しかった。

この次元世界の魔導師との戦い方を確立し、魔法による戦闘スタイルや基礎的な《魔法》を学べたのは俺にとって大きなことだった。

 

俺が元来使う【魔術】だけでこの次元世界を渡り歩きながら戦い続けるのは正直、辛かっただろう。

 

元々、《魔法》は知識だけ学んでそのものを覚えるつもりはなかったのだが、この世界のほとんどの攻撃《魔法》にある一つの顕著な特性である《非殺傷設定》に心惹かれて本格的におぼえることになった。

《非殺傷設定》をつけた攻撃魔法は、相手を殺傷することなく、魔力にダメージを与えて気絶させることが出来る。

 

つまり、《非殺傷設定》の攻撃《魔法》を使いこなせれば、悪人すらも殺さずに10の全てを救う正義の味方になれるかもしれない。そう、思ったのだ。

 

だが結果は惨憺たるモノだった。

やはり衛宮士郎に真っ当な才能などないのだろう。

根本的に並みの魔力しかない自分には、自ずと限界があったのだ。

 

だから、攻撃魔法は一つ覚えただけでそれ以上の習得を止め、《魔法》戦闘の中で特に優れている《バリアジャケット》と飛行魔法、そしてそれらを補助するための《ストレージデバイス》の取得と、いくつかの必須魔法を習得するにとどまった。

 

飛行魔法は先天魔力が相当高くない限り習得困難で、文字通り死に物狂いの特訓で身体に叩き込まなければならなかった。

 

そうやって1年間でこの広い次元世界を一人で戦い生きていくだけの技術と知識を手に入れた俺は、『黒い禿鷹』を抜けることを皆に伝えた。

ほとんどのみんなは今や『黒い禿鷹』の主力となっていた俺が抜けることを厭い引き止めたが、首領のルドルフと、俺のデバイスを創ってくれた技師であるワルター老だけは頷いてくれた。

 

彼らとは今でもときどき連絡を取ったり、たまに仕事を依頼し依頼される間柄だ。

 

このときの俺の身体はたぶん7歳程度だっただろうか。

完全に思い通りとはいかなくとも、必要な動きと反射は可能になっていた。

 

『黒い禿鷹』の一員として動いているうちに、多くのことが見えた。

次元世界の中の多くの不条理、多くの危険――――そして、極めて悪質な次元犯罪者達。

 

衛宮士郎は、今度こそ10の全てを救う『正義の味方』にならなければならない。

 

そして同時に、プレシアを見つけ、過去に囚われているであろう彼女を救わなければならない。

 

それが、旅立ちの理由だった。

 

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