折れた剣   作:Furfur

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9話

 

 

Side アルフ

 

なんだか、むしゃくしゃする。

 

原因はわかってる。アイツ――――シロウのせいだ。

いや、ちょっとだけだけどアイツにも感謝はしてるんだ。

 

それは間違いない。

 

あたしもはじめは少し警戒してたけど、アイツの作るご飯は凄く美味しいし、アイツが来てからフェイトもあんまり無茶をしなくなって、規則正しい生活をするようになった。

お陰で最近のフェイトはずいぶん顔色が良い。

 

そして、フェイトの仮面のような暗くて冷たい顔、リニスが消えてからはずっとそれしか見せてくれなかったその表情も、だんだんと崩れることが多くなってきた。

うん、ちょっとだけじゃないや。アイツには本当に感謝しないといけない。

 

じゃあ、なんであたしはこんなにむしゃくしゃしているんだろう。

 

えっと――――それは、アイツが何か隠しているからだ。

そりゃああたしだって、いろいろ事情がありそうなアイツに、踏み込んだことを迂闊に聞いちゃ悪いかもってのは判る。

それにしたって、秘密が多すぎだ。特にアイツの使う魔法なんかは全然わけが判らない。

アイツの使う魔法の中であたしたちにも使えるような魔法はどれも酷いへっぽこで―――その一方、アイツだけの魔法は本当に意味不明なものばっかりだ。

 

頭を使うより身体を動かすほうが性にあってるあたしなりに考えてみたけど、アイツが妙なロストロギアをいくつか持っていて、それを必要なときに出したりしまったりしていると考えれば道理が通るかもしれない。

 

でもそれにしたって量が多すぎだし、ロストロギアを使っているってわりには、アイツはそれらをまるで自分の力のように言っていた。

 

傷を癒す鞘。魔力を遮る布と、同じ材質のコート。

 

よくわからないけどジュエルシードの封印のために使ったっていう槍。

 

そしてあの、たくさんの剣。

 

どれもたいした魔力が込められてないわりには、意外と便利っぽい。

まあ、ロストロギアをたくさん持っているっていうほうがやばいから、嘘をついてこれが自分の魔法なんだって言っているだけかもしれないけど。

あれ? そういえばアイツはモノを複製するのが得意なんだって言ってたっけ? 

じゃあひょっとするとあの剣は―――

ああ、でもそれはないか。あの子の使い魔の防御魔法はかなり硬かった。

いや、使い魔じゃないんだっけか? どうでもいいけど。

あの防御を破れる剣を何本も創り出すなんて、ありえない。アイツ、魔力はたいしたことないのに。

あ、でも魔法じゃなくて純粋な科学で作られてるのかもしれない。科学であんなもんが作れるのかは知らないけど。

 

まあいいや、とにかくアイツは嘘つきだ。アイツの魔法についてとか、きっと色んなことで嘘をついてる。

いや、嘘をついてるって言うのは違うか。

あいつ自身、事実を四捨五入した適当なことで説明を濁してるっていうようなことを言っていた。

そりゃ、聞いたってあたしにゃよくわかんないし、知ったって意味の無いことばかりなんだろうけどさ。

 

……違う。あたしがムカついてるのはそんなことじゃない。

 

うん、本当にそれだけならあたしだって気にしたりなんかしないさ。

あたしにとっちゃどうでもいいことだよ。

なんていうのか―――えっと―――そう、アイツの本心だ。

アイツは自分の本心を、本音をあたし達に見せてくれていない気がするんだ。

 

報酬がどうのとか言ってたけど、アイツは何であたしたちと一緒にいるのか。いてくれるのか。

 

あたしたちはそれすらも知らないじゃないか。

 

アイツが普段どんなことをしているのかもろくに知らない。何でも屋みたいなことをしているって話だったけど……本当にそれだけだろうか?

アイツは一体何を考えているんだろう?

 

ああ、なんか頭がぐるぐるする。細かいことをうだうだ考えるのは苦手なんだ。

でも、フェイトがアイツのことを信じきっちゃってるみたいだから、あたしが代わりに考えて――――何かあったとき、フェイトが傷つかないようにしてあげなくちゃいけない。フェイトの心と身体を守ると、そう誓ったのだから。

 

ごろんとソファーの上に身体を横たえる。

 

あたしだってアイツを信じたい。

でも、どうしても引っかかるんだ。

それは、アイツのことがわからないから。

アイツのことが知りたい。それはきっとフェイトも同じ。

 

今まで、何度かアイツのことを聞こうとしてみたけど、いつもはぐらかされてしまっている。

フェイトはそれで遠慮して――――シロウに嫌われるのを怖がって?――――最近じゃ、あたしがアイツに個人的な話を聞こうとすると、念話とかでこっそり、静かに嗜めてくることがある。

シロウが誤魔化したら深追いしないことが今のとこのルールだ。

シロウは妙なところで鋭いけど、これまた妙なところで鈍いからそのことには気がついていないみたいだ。気がつかれても困るけどさ。

 

そもそもあたし達は、アイツがいつまであたしたちといてくれるのかだって判らないんだ。

この任務が終わったら――――プレシアに約束させた報酬ってヤツを受け取ったら、もういなくなっちゃうんじゃないか?

そんな疑問も、フェイトは怖くて聞けないでいる。

その思いは精神リンクを伝って使い魔であるあたしにまで伝わってくるくらいだ。

そう、ここのとこの毎日は、今までに比べてどれだけマシだったか。

フェイトにとって――――そしてあたしにとっても。

こんな毎日が終わる日が来るなんて、確かに考えたくもない。

 

さっきから堂々巡りの、ぐちゃぐちゃした思考が不快感をさらに増す。

ああ、もうやめだやめだ。

これ以上考えても答えなんか出っこない。これから次第だ。

 

少なくともアイツが、フェイトに酷いことをするところなんて想像できない。

今は、それでいい――――はず。

 

ああ、あたしは、アイツのことを信じたいだけなんだ。

チクショウ。なんでアイツはあんなにも――――『遠い』んだろう。

 

 

 

 

 

Side 士郎

 

 

前回のジュエルシード取得ともう一組のジュエルシード探索者との戦闘から、数日が経過した。

あの日以降、得られたジュエルシードは俺が再び見つけた1つだけ。

達成率はまだ14個中の5個。

しかも開けていて人目につかない地域はほとんど探しつくしてしまったので、これからは俺の探索効率もだいぶ落ちるだろう。

プレシアはまだかまだかと痺れを切らしているだろうが、こればかりは焦って無理をしても始まらない。

それに、人間食わねば生きていけないのだ。

何よりこの任務は、広域探知魔法を使えるフェイトの魔力回復スピード、つまり体調が鍵を握る。

ならば、そのためになるべく良い環境を整えるのが俺の役目だろう。

 

というわけで、今日も今日とて夕食の支度である。

 

 

「えっと、次はこれを切ればいいんだよね?」

 

 

ごぼうと人参の乗ったまな板を前に、危なげなく包丁の柄を握りながらフェイトが尋ねた。

 

 

「ああ、乱切りにしてくれ――――乱切り、わかるよな?」

 

 

生真面目な表情で頷くフェイト。

 

 

「うん、野菜の切り方とか、基本的なことはリニスが教えてくれたから」

 

 

「そっか」

 

 

今日はフェイトが料理の手伝いを買って出ていた。

午前の探索結果から明日には次のジュエルシードが手に入る見込みとなったため、フェイトには半日の休息を通達したのだが当人は無為に時間を潰すのは苦手な性分らしい。

 

そういうわけで、さきほどから二人で夕食の支度をしているわけだ。

 

そんな中、ふと思い出したように――――と言うより、ふと思い出したという様子を作って、フェイトがなにやら控えめに質問をしてきた。

 

 

「あの、シロウ。ちょっと、シロウの魔法のことで聞きたいことがあるんだけど……いいかな?

えっとね、ひょっとしたら、私も何かシロウのお役に立てることがあるんじゃないかなって思って、それで――――その、前にシロウ、時空間転移をするだけで大変なことになるって言ってたよね」

 

 

何故か慌てながら一気にまくし立てるフェイト。

ああ、そう言えばそんなことも言ったな。

俺は時空間転移をするだけで死にかけるって。

困ったことに正真正銘の事実である。

 

ふむ――――どこまで話したものか。

 

 

「そ、それでね、その解決のために、何か相談に乗れるんじゃないかなって思って――――

シロウは私のこと仲間だからっていってくれるけど、それでもシロウのお陰で、その、最近は体調も魔力の調子だって良いし、何かお返しできないかなって――――あの、もしかすると失礼なことだったり――――」

 

 

真っ赤な顔をしてぶすぶすと頭から煙を上げるフェイト。更に半泣きになって――――

 

 

「――――って、ちょっと待て。落ち着けフェイト。言いたいことはわかったし、失礼でもなんでもないから――――」

 

 

怯えた兎のようにあたふたするフェイトを安心させるように、なるべく穏やかに笑って先を促す。

どうも対人関係では引っ込み思案が目立つな、この子は。

まあ、年齢を考えればそう不自然でもない、か。

 

あう――――と今度は俯いたまま黙りこくってしまうフェイト。赤い瞳がその前髪に隠れてしまう。

 

 

「えっとな、俺、細かい理論はほとんどデバイス任せでかなり感覚的に魔法使っててさ」

 

 

うん、と頷くフェイト。

 

 

「あんまり理論的なことは言えないんだけど、ほら、世界と世界の壁みたいな感触の、あるだろ?」

 

 

え? と首を傾げるフェイト。

衝撃の事実。そんな壁は実在しないらしい。

 

 

「えーっと、まあ、俺が時空間転移しようとすると、そんな感じのにどうしても引っかかっちゃうんだよ」

 

 

術式がおかしいのか、魔導師としての俺に時空間転移をするための何らかの要素が欠けているのか。要は才能がないのだろうな。

そもそもCランク以下の魔導師が単独で次元転移を試みることが既に間違っているし。

 

 

「力任せに突破しようとすると、ずぶずぶとめり込む感じはあるんだけどな。

で、しょうがないから、俺が使える反則技の一つを使って、壁に小さな細い穴をあけるんだ。

でもその反則技を使うのに、かなり身体がボロボロになっちゃってな」

 

 

遠坂凛製の宝石剣・影打ちの投影である。

正確には試作品と言うべきだろうけれど、剣なんだから影打ちと呼んでもいいだろう。

ちなみにシュバインオーグの系譜でない俺に宝石剣は使いこなせないので、初めから起動している宝石剣の投影という荒業だ。

維持にも魔力を消費するので早くしないと起動が停止し、『起動した宝石剣』のイメージが崩れて消滅してしまうので、かなり手際よくやらないといけない。

まあ、俺の世界の【魔法】や【魔術】とこの次元世界の《魔法》のロジックは根本から異なり、このあたりは説明しても意味が無いのでパスだ。

 

 

「それで、デバイスに転移を任せて、その穴に強引に俺を押し込むわけだ。

簡単には通らないけど、ゴムの壁があったとして、それにただ指を突っ込むよりは、ものすごく小さな穴でも開いてたほうが、指も通りやすそうだろ?

少なくとも目指す方向は間違わない」

 

 

そうすると、全身複雑骨折、内臓破裂、脳以外の毛細血管があらかた千切れとび、魔力もほとんど底をついた俺が無事、もとい、有事に目標となる世界に転移できるわけである。

本来の【第二魔法】から外れ、あくまでこの次元世界における次元間転移魔法の補助に【宝石剣】を堕しているあたり、どうしようもなくもったいない転移方法だったりする。

遠坂に知られたら金属バットで頭をどやされかねん。

 

とはいえ、【宝石剣】を本来の用途で使うための素質も知識もないのだから仕方ない。

つまり俺には【宝石剣】で穴をあけて繋げた、向こう側の世界を知覚することが出来ないのだ。

だから、デバイスが認識できる座標の世界――――つまり次元世界にしか繋げられない。繋げても意味がない。

よって、こんな使い方しか出来ないのである。

 

ふとフェイトに目をやると完全に硬直していた。やば。

エグイ部分は伏せたんだが――――いや、俺よりもよほど魔法理論を得意とするフェイトだ。

俺のみょうちくりんな表現で混乱させてしまったか。

 

 

「えっとほら、元々どうしようもない窮地に追いやられたときに自爆覚悟でやった方法でさ、それでたまたま上手くいったからずっとその方法を――――」

 

 

いかん、少し考えてから物言おうな、俺。何のフォローにもなってないぞ。

 

 

「えと……えと……」

 

 

ブスブスと頭から煙を噴出したかと思うと、フェイトはついに頭を抱えてしまった。

このままぺたんとへたり込んでしまいそうな勢いだ。

 

 

「あー、フェイト……さん? 大丈夫か? おーい」

 

 

目の前で掌を振ってみる。

それでも反応が無いので目の前でパチンと猫騙しを一発。

 

するとフェイトはびくりと飛び跳ねて――――体の動きから一瞬遅れてツインテールが逆立った。

うわ、面白い。

 

 

「え――――あ、うん。ごめん、ちょっと考えてて――――でもよくわからなくて――――

あとシロウがとんでもなくて――――」

 

 

まだパニックになったままのようだが、話しているうちに落ち着きを取り戻しつつあるようだ。

 

フェイトはきっと俺を睨んで、

 

 

「そ、その、私がいる間――――――

わ、私がいる間は、ちゃんと私がシロウの転移をするから、あんまり無茶しないで――――下さい」

 

 

そう、俺に懇願した。

 

 

「あ――――うん。世話かけるな」

 

 

それと、心配も、か。

 

 

「ううん。

あと、そう。

デバイスのほう見せてくれれば何かわかるかもしれないから、後で見せて――――くれる、かな?」

 

 

再び不安げにこちらを覗き込んで来る。

まあ、別に問題はないだろう。

 

 

「ああ、いいぞ。時空転移周りだけなら――――ただ、それぞれの詳細座標は申し訳ないけど、伏せさせてくれな」

 

 

次元犯罪組織がらみの場所とか、紛争地帯とか、もっとダイレクトに管理外世界の戦場とか、転移履歴にはヤバイ場所が目白押しだ。

 

 

「うん、ありがとう」

 

 

「いや、礼を言うのはこっちだろ?」

 

 

「あれ? ――――そ、そうだよね、ごめんなさい」

 

 

「だから、何でそこで謝るんだって」

 

 

「あぅ――――」

 

 

再び俯くフェイト。

見てて可愛いんだが、埒が明かないな――――狭い人間関係の中で育ってきているから他人(ひと)と話すのはまだ苦手なんだろうか。

 

長い沈黙の後、再びフェイトが意を決したように口を開いた。

 

 

「ねえ、――――その、お話ついでにもう一つ聞きたいんだけど、い、いいかな?」

 

 

そんな中、また唐突にフェイトが尋ねてきた。

 

 

「あ、その、面倒だったら別に、教えてくれなくても――――」

 

 

「いや、たいしたことじゃなけりゃ、別に構わないって」

 

 

再び怒涛の如くまくしたてようとするのをすんでのところで止める。

 

 

「……えっとね、あのときの魔法、たぶんもの凄いレアスキルか何かだとは思うんだけど、分からないことがあって――――

あのとき、あの子の使い魔も言っていたけど、彼の防御魔法を貫通した剣、防御魔法に弾かれた剣より明らかに《魔力》が低いものがあった―――よね?

シロウは角度が悪かったって言ってたけど――――どれも、防御魔法に対して垂直に、同じ速度で放たれていた――――と、思うんだけど……」

 

 

なかなか良く見ているな――――だが。

 

 

「まあ、ステルスみたいなものだと思ってくれて構わない。

普通の《魔力》と俺以外の魔導師には感知しづらい性質の魔力を同時に含んでいるから、どっちが強いかわかりにくくしてあるんだ」

 

 

いつものように真実を四捨五入して伝える。

これは、俺が戦いの中で気がついたことであり、俺の戦闘者、もしくはエージェントとしてのウリでもある。

だが、詳細に説明したところで何の意味があるわけでもないだろう――――これは特殊すぎる例外、異端なのだから。

 

どうも、ほとんどの《魔導師》にとって【神秘】は知覚しにくいものであるらしい。

俺からすれば大きな魔力を感じる【宝具】でさえ、《魔導師》には大した魔力を感じられないことが多々あるようなのだ。

まあ、たまにその《魔導師》自身が大方の【宝具】以上のとてつもない魔力を持っていることもあるわけだが――――フェイトやあの少女のように。

 

《魔導師》が【神秘】――――つまり、【宝具】から全く魔力を感じ取れないというわけではない。

だが、その感じ取れる魔力量にはばらつきがある。

基本的に古いものや、【魔術】と縁の薄いものほど《魔導師》には魔力を感知しづらいらしい。

 

これが戦闘でどういうことを招くかというと、《魔導師》には俺の投影した剣の強弱を見極められないのだ。

古刀など、【宝具】によっては《魔導師》に一切の魔力を感知されないものすらある。

故に、ただ戦うだけで俺は《魔導師》の不意を突くことが出来る。

真名解放などによって周囲の魔力を喰いでもしなければ【宝具】であろうともなかなか気付かれない。

実際にこの前の少女やフェレットと戦ったときに宝具を投影しても気付かれなかった。まあ、彼女らがアルフに気を取られたためでもあるのだろうが。

 

【神秘】を知覚することは、不思議なことに、《魔法》を扱うために自身を鍛え上げた《魔導師》には難しい。

勘の良い一般人のほうが遥かにマシな場合もある。あるいは、《魔導師》であっても、巫女のような感性に頼る原始魔法を使う者も良いようだ。

そもそも、『魔力』を用いるという共通点を除けば《魔法》と【魔術】はほとんど別物と言っていい。

この次元世界の《魔法》は科学と同様、未来に向かって進むもの。人類の文明や進化と共に歩むものだ。超科学と言ってもいい。

何せ、魔力を制御する機械なんてものが普通にゴロゴロ転がっているくらいなのだ。

だが、俺の使う【魔術】は過去に向かって進むもの。人類の文明や進化とは一線を画し、本来は秘匿されるべきものなのである。

――――そこに何らかの理由があるのだろう。

 

《魔導師》にとっては、【神秘】は魔力とは全く違う何か別の形態であり、【魔術】とは魔力を【神秘】に変換するもの、なのかもしれない。

もっともこれは、等価交換に即したまともな【魔術】をろくに行使できない俺では確認しようもないことだ。

 

幼少時からリニスによって魔法の英才教育を受けていたフェイトは完全に一般的な《魔導師》の典型のようだな。

ユーノというフェレットも、おそらくは似たようなものだろう。

だが、あの少女――――会話と私見から察するに名前は高町なのは――――彼女は《魔法》の経験が浅く、生まれ持っての《魔力》と素質、天性の勘で《魔法》を行使しているのだろう。

むろん、あの強力なインテリジェントデバイスの助力があってこそのことだろうが。

彼女はひょっとしたら、フェイトやユーノに比べればまだ【神秘】を感じ取る本能が残っているかもしれない。

多少厄介ではあるが――――既に強点と弱点は把握した。

例え彼女が勇敢おろかにもフェイトの前に立ちふさがろうとするならば――――少々痛い教訓を学ぶことになるだろう。

 

 

「へー、そうなんだ……

シロウって、やっぱり戦い慣れ………あ、えと、その、凄いよね」

 

 

何やら俺が戦い慣れている、と言おうとして遠慮したらしいフェイト。

基本的にはありがたいことなのだが………こう遠慮されすぎるとフェイトに悪い気がする。

 

いやしかし……フェイトってここまで内気だったっけか?

環境が環境とはいえ、ちょっと度を越している気がする。

そもそも、ついこの間再会したころよりもさらに内気になってないか?

 

 

「まぁな。経験ではフェイトをフォローできると思うよ」

 

 

「あ、うん。ありがとう……」

 

 

「だからいいって」

 

 

このやりとり何度目だ? とは思うがしかし、やはり深入りしたくない話題だ。別の話題を求めて手元に意識を戻す。

今日は意表をついて、今まで洋食が続いたのもあり、今晩は和食に挑戦してみることにした。

フェイトもまるっきり食べたことがないわけじゃないらしい。

最初は2人が箸を使えないかもしれないと思っていたのだが、聞いてみたらフェイトもアルフも一応は箸が使えるというので、当初考えていた問題はなくなった。

 

次元世界の各世界はそれぞれが異世界であると同時に平行世界でもある。

それぞれの間で全く同じ世界というのはないが、似たような文化や習慣があることはそう珍しくない。

さらにいえば、管理外世界に対する観測や文化の研究も行われていないわけではない。

地球の習慣や文化がどこかでミッドに流入してもそう不思議ではないのだ。

だから、和食や箸はややマイナーながらもちゃんとミッドに存在する文化である。

 

 

「これでよし……と。シロウ、終わったよ」

 

 

話しながらもフェイトは既にごぼうと人参を切り終えていた。

 

 

「上手いもんだな―――フェイトはきっと将来、良いお嫁さんになれるぞ」

 

 

「えっ?」

 

 

フェイトはあっけにとられた表情をしている。それでも包丁の刃先が動かないのは流石というところか。

意外なことを聞いた、という感じだ。

 

 

「将来だよ。しょうらい」

 

 

「しょう……らい?」

 

 

表情を凍らせたまま、曖昧な返事をするフェイト。

やはり以前危惧したように、今の彼女は目の前しか見えていない。

どうにかしてプレシアに微笑んでもらうことしか考えられない。

そのさらに未来のことはもう視界に入れることすらできないのだ。

そして、自分の望みは叶わないんじゃないかと、薄々感づいている。

でも、子供は、漠然と将来の夢に憧れるているようでなきゃいけないと思う。

その具体性とかはどうでもいい。自分の未来に憧れる、そうでなきゃいけない。

 

フェイト、君には輝かしい未来があるはずだ。そうあるべきなんだ。どうかそのことを忘れないで欲しい……

 

そう、喉まででかかった言葉を飲み込んで、鍋に火をかける。中火。

 

 

「こっちもこれでよし、と」

 

 

飲み込んだ言葉を整理しながら、フェイトに話しかける。

 

 

「ま、今はそういう未来は想像できないだろうけどな。

でも将来の夢はあるんだろ?」

 

 

「……私はただ、母さんが昔の母さんに戻って欲しいだけだよ……」

 

 

「ほら、あるじゃないか。優しい頃に戻ったお母さんと末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし……って夢がさ」

 

 

「あ………うん」

 

 

「君にはちゃんと素敵な夢があるんだ。将来って言われてそんな唖然としなくてもいいじゃないか。

これからは俺も応援するからさ。

何が出来るかわからないけど、昔みたいにやったら喧嘩してフェイトを悲しませるようなことはなるべく避けるから」

 

 

最後のだけは約束していいものか微妙だが、今はそう言うしかない。

我ながら未熟な励まし方だ。こういう不器用さは聖杯戦争の頃から変わってないな。

 

 

「そう………だよね。

うん、ありがとう、士郎」

 

 

ちょっとだけ明るくなった瞳で俺を見上げるフェイト。

その澄んだ赤い瞳は、あのペンダントに取り付けられた宝石を連想させた。

 

 

「そ、それと……これからって……シロウ、ひょっとして、この任務が終わった後も……」

 

 

「ああ、しばらくはプレシアの依頼を専らこなすつもりだよ。

当分はフェイトと一緒だな」

 

 

また、嘘……だ。

だが、フェイトに負い目を持たせるわけには行かない。対等の関係を崩したくない。

だから、フェイトとプレシアを見守ることそのものが目的とは明かせない。

 

フェイトが、ふと目を泳がせた。視線の先は壁だが、その向こうにはアルフがいる。

念話で何かを話しているらしい。ちょっと、嬉しそうに。

 

 

「あ、えと……アルフに、シロウが当分一緒にいてくれるって……」

 

 

俺の視線に気がついたフェイトが、両手の指をもじもじさせながらそう答える。

 

良かった。どうやらこんな未熟な励まししかできない俺でも、彼女にとっては傍にいて欲しい存在であるらしい。

珍しく嬉しそうな様子のフェイトを見て、この子が心底から明るい笑顔を浮かべられたら、どれだけ可憐だろうか………と、ふと思った。

 

思い出すのは、もうずいぶん昔、プレシアが幸せだった頃の、アリシアの満面の笑み。

ああ、あの笑顔も、ついに最後まで取り戻すことが出来なかったのだ。

 

でも……違うな。あの頃のアリシアの笑みは、幸せな世界に生きる無垢な少女の、満面のわらい顔だった。

フェイトは顔こそアリシアにそっくりだが、その精神はアリシアとは大きく異なる個性だ。

辛苦と哀しみ、そして孤独を乗り越えたフェイトの笑みは、きっと荒れ果てた世界に咲く一輪の花を見つけた少女の微笑だろうか。

 

 

「シロウ?」

 

 

急にフェイトに声をかけられ、思わず顔に血が上る。

らしくもなく詩的(ポエミー)なことを考えていたような気がする。

 

 

「悪い、ちょっと考え事してた」

 

 

「考え……ごと?」

 

 

突っ込まれても返答に困る………でも、ここで濁してまた遠慮させてしまうのも気が引ける。

 

だから、今定まった、一つの覚悟を口にした。

 

 

「いつか、フェイトを笑わせてやろうと思ったんだ」

 

 

「?」

 

 

俺が何を言っているのかわからずに首をかしげるフェイト。

曖昧な苦笑を返す。

これは、一つの誓い。フェイト本人が立会人だ。

だが、誓いの意味を説明する必要も無いし、その気もない。

俺一人の身勝手な宣誓は、ここになされた。

 

いつも寂しげな瞳をした少女を、心の底から笑わせてみせよう、と。

 

 

そして、あの赤い弓兵を想う。

あの男はきっと、どこかで全てを救うのを諦めてしまった俺だった。

だが、俺はまだ――――いや、絶対に諦めたりなんかしない。

時空管理局、そしてバリアジャケットや非殺傷設定などと言う御都合主義(デウス・エクス・マキナ)めいたものまであるこの次元世界だ。

遠坂に骨を折ってもらった手前、これで正義の味方になってみせないと、格好がつかないじゃないか。

だからこそ――――フェイトもアルフも、プレシアも助け、そしてジュエルシードによって一人の重傷者も死者も出さない。

今度こそは――――そう、今度こそは。

 

フェイトを笑わせる、『今度こそは』全てを救う。

この二つが――――此度の衛宮士郎の、勝利条件となる。

 

正義の味方になるための――――

 

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