折れた剣   作:Furfur

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1話

 

 

 

さて、この世界と俺のかつていた世界の違いは、《魔法》の存在だろう。

俺のいた世界では【魔術】は隠匿されるべきものだったが、この世界、ミッドチルダを中心とした《次元世界》は《魔法》文明に支えられており、《魔法》は一般的に用いられる技術だった。

驚くべきことに、異世界への転移も技術として完全に確立しているのだ。

 

ただし、調べた限りでは【魔術】のような《魔法》系統は存在しないらしい。

ということは、【第二魔法】での転移可能範囲と次元世界の転移魔法で行ける範囲とは異なるのかもしれない。

 

魔法文明の最も発達した世界であるミッドチルダを中心とした百万の天球とでも言うべき異世界群、衛宮士郎の生きる新たなステージ、それが次元世界だった。

 

歴史を振り返ればおおよそ150年近くの昔、質量兵器、つまりミサイルや核技術を初めとする科学兵器の乱用と戦争によって次元世界の主要なほとんどの世界は荒廃していた。

言わば、混沌と戦乱の時代とでも言うべきか。

それから数十年の時をかけて質量兵器の禁止と根絶を成し遂げ、次元世界を統括することに成功したのが時空管理局である。

その成立が新暦の始まり。伝説の三提督を初めとする英雄の時代、新たな秩序の時代の幕開け。

 

次元世界は広すぎて、時空管理局とて全ての世界の秩序を完璧なものに出来たわけではない。

だが、多くの世界の平和は確かに守られたのだ。

そして、平和は《魔法》文明の発達と繁栄をもたらした。

 

ヒュードラ事件があったのはその約40年後。

時代的には日本の高度経済成長期・バブル期のようなものか。

いかにもその時代らしい事件だったのだろう。

 

そして、俺が再び目覚め、活動を始めたのは新暦の60年代。

夢や理想が現実に取って喰われ、再び混沌の時代の影が差し始める―――そんな時代だった。

人々は、空が夕暮れ色に赤く染まりあがるのを恐れながらも遊び続ける子供達のように、表面上の平和に耽溺していた。

 

 

独り立ちしてからの毎日は、今までに増して密度の濃い日々だった。

プレシアの居場所を探す傍ら、命を懸けてもろくに身につかない《魔法》の特訓をし、また、目に付いた次元犯罪組織と戦い続けた。

ミッドチルダの近辺で活動をしていたときには何度か時空管理局の民間協力者として事件の報告書に名を連ねることもあったようだ。

ただ、褒賞や表彰は頑として断ったが。

 

時空管理局。次元世界の平和を守るため、多くの優秀な魔導師が働く巨大にして人類最大の機関。

以前いた世界を思えば、なんて美しい世界、なんと素晴らしい組織だろうか。

だが、彼らと何度か接触して、その実態には失望せざるを得なかった。

理想は風化し、組織は硬直するものなのだろうか? そう思わざるを得ない事件が数回あった。

設立数十年にしてあちこち硬直した体制。各部隊の縄張り意識の強さ。

何より気になったのが、彼らは幼い子供でさえ前線に投入するということだ。

もともとミッドは就業年齢が低いこともあるし、今の俺が言えたことではないだろうが、このことには抵抗があった。

戦力として優秀な人材は幼いうちから前線で危険な任務につき、円熟期にある大魔導師はたいてい、既に出世して後方に下がっている。

彼らの任務には殉職の危険性もあるというのに。

 

まあ、欠点があるとはいえ、とても良い組織ではあるのは確かだ。

矛盾のない組織などないと割り切ったほうが良いのかも知れない。

しかし、俺は管理局に入ろうとは思わなかった。独りで戦う方が性に合っていたのかもしれない。

 

ある事件に際して、管理局がらみで嫌な事があったのも、理由の一つだった。

 

 

 

次元犯罪は、人の命など微塵に見えるほどに莫大な利益と、被害にあった世界にはパワーバランスの崩壊や破滅をもたらす、あらゆる意味でスケールの大きい犯罪だ。

 

例えば密輸。

希少資源・有用資源・その世界で利用できる資源と利用できない資源。

管理外世界においてこれら資源の密貿易を何往復か行うだけで、膨大な富や資源を得ることが出来る。

だが、不正に得た富や資源を管理世界で換金することは困難。

よって、大抵は汎用性の高い即物的な品に替えることが多い。最もポピュラーなものは、人間だ。

さらに二次被害として、彼らが大規模な密輸を行った世界では、取引相手となった国や組織が異常に肥え太り、世界のバランスの崩壊、つまりは戦争を招くことも多い。

また、管理外世界の中で莫大な富を手にした密輸犯罪者たちがほしいままに振る舞い、犠牲者を生むこともある。

管理外世界の征服など、あまりに大きな暴挙に出れば時空管理局に感づかれる。

だが逆を言えばそこまで大それたことでなければまさにやりたい放題だ。

 

そんな彼らを、俺は見過ごすことが出来なかった。

魔導師として3流である衛宮士郎が彼らと戦うにはやはり《魔法》では不足だった。

ひょっとするとこの広い次元世界でも俺だけが使える異端の《魔法》、【魔術】をもって戦うしか術はなかった。

《魔法》戦闘と【魔術】戦闘の根本的な違いは、前者が『倒す』ための技術であるのに対し、後者は『殺す』ためのものであることだ。

肉体にではなく魔力にダメージを与えて気絶させる《非殺傷設定》をほぼ全ての攻撃魔法に設定することの出来る《魔法》で戦うということは、死者を出さずに敵を無力化しうるということだ。

だが、【魔術】を使う俺の戦い方では、『殺す』ことしかできない。手加減して戦う余裕など滅多になかった。

時空管理局とて、この広い次元世界全ての犯罪者たちに目を向けられるほどの人的資源は持っていない。

だから、俺がやらなければ、多くの犠牲者が出ることは疑いのない事実だった。

だから、俺が殺さなければ、無数の死傷者が出ることは揺るがない事実だった。

 

全てを救うことを諦めたわけじゃない。

あの大火の中、誰一人救えずに唯一人救われてしまった衛宮士郎は、

あの事件の中、アリシアを見殺しにして生き延びた衛宮士郎は、

10の全てを救うことで世界の不条理を正す正義の味方にならなければならなかった。

でも、この世界でも結局、10の全てを救うことなど出来はしなかった。

衛宮士郎に出来たことは、切り捨てるべき最小限の1を速やかに見定め、それを切り捨てることで最大限の9を救うことだけだった。

9の安全を確保した後に全力で一度切り捨てた1を救おうとしても、それが叶うことは一度もなかった。

それでもなお10を救うことは諦めなかったが、それが成功することもなかった。

 

いつの間にか俺は一部で、9を救うために1を切り捨てる非情の魔導師として知られるようになっていた。

世界という天秤の、切り捨てるべきものを載せる小さな皿と救うべきものを載せる大きな皿に、試行錯誤しながら10の衆生を載せて測る者。

そして、小さな皿が最も軽くなったと見るや、手にした剣でそれを切り払う剣士であると。

その見解は間違ってはいないだろう。実際、何度も何度も繰り返したことだったのだ。

 

凶悪な犯罪者を殺すだけならまだ割り切れたのだろうか?

だが切り捨てるべき小さな皿の上には、何の罪もない子供、悲しい理由から罪を犯した青年、憎みきれない男女が必ずいた。

俺は彼らをも見捨て、あるいは斬り殺さなければならなかった。

 

そうやって俺は、殺して殺して殺して殺して殺して殺し、その数百倍から数十万倍ほどの人々を救ってきた。

昔より世界が広がっただけあって救える人数も爆発的に増えたが、同時に救えない人数も増えていた。

 

 

むろん、プレシアのことを忘れたわけではない。

プレシアの拠点の探索も続けていたし、手が空いたときにはもう20年以上昔になる、アリシアの悲劇を招いた事件の調査も行っていた。

調べてみると、あの企業も、発注元も、主任補佐の男も、昔から、あの時代から何も変わっていないようだった。

利益と効率重視の運営から、あの後も何度も事故を起こしかけ、あるいは事故を起こし、その都度巧妙にもみ消し、その巧妙さだけを進歩させていた。

俺は地道にそれらの証拠と証人、さらには上層部の弱みを探し続けた。

彼らを告発し、プレシアの名誉を今更ながらも取り戻すことが出来るかもしれないと考えたからであり、彼らを放置しておけなかったからでもある。

これについては、俺一人では到底無理だっただろう。

今まで泣き寝入りしていた被害者達、奴らの不正を暴こうとして敗北した者達、彼らの協力が得られなければ、何十年かかったか分からない。

極論すれば、今まで各事件間を越えて彼らの間を結ぶ者がいなかっただけで、俺はその役目を果たしただけにすぎない。

自身、調査は行ったが、いくらか効率が良いというだけで代替の利くものだった。

 

俺達はこれらの事件や関連企業の問題体質をひっくるめてヒュードラ事件と仮称した。

ヒュードラ事件の同士たちの中には俺よりも積極的に調査や証拠固めに乗り出す人物もいたため、俺にとってヒュードラ事件はたいした負担にならずに済んだ。

 

 

プレシアの居城を発見したのは、独り立ちして1年半が経ったときのことだった。

俺の肉体年齢でだいたい8歳のころになる。

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

ミッドチルダ辺境アルトセイム地方の山中。未だ人の手の入らぬ自然の楽園に、その移動庭園はあった。

 

 

「プレシアが探知結界を張っていた場合、これ以上近づくと探知される恐れがあるな」

 

 

独りごちる。さてここからどうするか。

状況を整理する。問題は、何故プレシアが俺の意思を無視して俺を冷凍睡眠させたか、ということだ。

それがわからずにプレシアに会った場合、下手をするとまた同じことになる恐れがある。

冷凍されたまま永久に解凍されない可能性を考えると、ちょっと遠慮したいものだ。

交渉材料としては、俺がヒュードラ事件の調査をしていることくらいしかない。

とすると、まずは様子見か。

魔術で投影した赤い布、マルティーンの聖骸布で身体をぐるぐる巻きにする。

昔から着込んでいるコートの素材と同じもので、高い抗魔力作用を持つ布だ。

コートを着た上にさらに投影した聖骸布で全身をほぼ隙間なく埋め尽くすと、相当検出レベルの高い術式で無い限り抵抗レジストしてしまうため、《魔法》による感知にはかからない。

【魔術】による探知は究極的には一息で対象の核心を掴むところにその本質がある。だが、《魔法》による探知は高速化した全体スキャンだ。その感度にも強度にも限界がある。俺程度の魔力の持ち主ならこの手法で十分に隠れてしまえるのだ。

たとえSランクオーバー魔導師のプレシアによるものだとしても、広範囲の探索・感知術式ならばこの状態の俺を発見することは出来ないだろう。

調査や裏世界での戦いにおける、非常に強力な手札の一つだ。

まあ、光学探知や熱源探知にはきっちりひっかかるわけだが、一般的な広域探知・監視は対象範囲をスキャンして怪しい箇所をピックアップし、その地点に光学・熱源探知機能の付いた魔力ビットサーチャー―――要は魔法で作られたカメラ―――を転送でばらまくスタイルが主流だから問題はない。

 

さて……庭園の方からは見えないように慎重に接近する。

探知結界はどうやらなさそうだ。聖骸布は無駄だったかもしれない。

監視に適した高台の岩陰を見つけると、俺は魔術強化した瞳でしばらくの間、庭園を監視しようと決める。

 

外縁部の窓から、人を発見。

茶色い髪の上に白い帽子を被った、白・黒・鶯色を基調とした服を着た女性。

どうやら食事中の様子で……

 

クロワッサンとバター

星型の目玉焼き(半熟)とベーコン、ソーセージに付け合せの野菜

野菜ジュース(人参とリンゴ。無農薬のものを用い、皮は剥かずにミキサーにかけたもの)

そしてコーンポタージュは……

 

料理が視覚に入ったとたん、料理のレシピが目から脳内に流れ込んでくる。

……反射的に全力で【解析】してしまった。反省。

これは某カレー好きシスターのおかげ(せい)だ。

何せ有名店のカレーレシピと引き換えにいろんな取引に応じてくれる人だったからな、あの人は。

そのために妙なことに熟練してしまった……

まあ、料理がカレーでなくて良かった。もしそうだったらスパイス一種一種に至るまで解析しつくしていたところだ。

 

頭を振って、気を取り直す。

人物をもう2人発見。

一人は、使い魔だろうか? 桃色の髪に、同色の耳と尻尾をはやした少女。

その少女の口が、もう一人の少女を向いて動く。

読唇術で読み解くと『フェイト』……その少女の名前だろうか?

フェイトと呼ばれた少女は、長い豊かな金髪の一部をツーテールにまとめ、秀麗な顔立ちに赤い瞳が印象的な……

 

 

「アリシア……?」

 

 

その姿は、もう20年以上前にこの世を去ったはずのアリシア=テスタロッサに酷似していた。

 

 

一応、プレシアの居場所を調べるために俺が眠ってからのプレシアの軌跡についても少しは調べていた。

ジェイル=スカリエッティ博士が基礎理論を創り、プレシアが完成させたというプロジェクト。

確か、人造生命の創造がその目的だったはずだ。

そのプロジェクトの名は――――F.A.T.E.

F.A.T.E.……フェイト。

まさか、彼女がその成果だというのだろうか?

 

――――脳裏に浮かぶのは、冬の少女。イリヤ。見殺しにしてしまったも同然の、俺の(あね)――――

 

プレシアは、再び幸せを手にしたのだろうか?

一般論からすれば正しいことじゃないことは分かっている。

でも、俺には人造生命の創出そのものを否定することは出来ない。

 

プレシアたち母娘が今幸せに暮らしているのなら、この日常に異分子が立ち入るのは野暮と言うものだろう。

俺が眠らされたことなどささいなこと。変に話をこじらせたくはない。

ならば俺はこのまま去って――――

 

何かが、引っかかった。

幸せな家族の光景のはずだ。

でも、何かが足りない。

再び観察に戻る。

 

何故あの娘は、プレシアが忙しかった時期、俺と遊びながらも寂しさを隠せなかったアリシアと同じ悲しい瞳をしている?

何故プレシアは、この食卓にいない?

何故プレシアは、この娘にフェイトと名づけた? プロジェクト名そのままの名を?

プレシア、アリシアと来てフェイトという名は浮いていないか?

 

プレシアがいないのは今日だけだったのかもしれない。だが、嫌な予感がしてならなかった。

 

だから――――リスクを冒してでも、プレシアに会いたくなった。

 

朝食が終わるのを待って聖骸布を解くと、見晴らしの良いルートを選んで庭園に近づく。

庭園まであと100メートル程度に近づくと、白い帽子の女性が飛行呪文で駆けつけてきた。

かなり早い。当然だが、飛行に特化したデバイスを使ってやっと飛べる自分とは比べ物にならない。

 

 

「どちらさまでしょうか? 主は多忙のためお客人には……」

 

 

女性は慇懃に話しかけてきて……何故か、驚きに目を見開いた。

 

 

「俺は衛宮士郎。プレシア=テスタロッサ女史には昔とてもお世話になりました。

ここにいらっしゃると知って訪ねて来たのですが、ご迷惑でしたでしょうか?」

 

 

こちらも失礼のないよう慇懃に返事を返す。

 

 

「失礼しました。私はプレシアの使い魔、リニスと申します。

今、主に伺いますので、少々お待ちください」

 

 

女性、リニスは丁寧にお辞儀をすると目蓋を閉じた。

おそらく念話でプレシアと話をしているのだろう。

 

リニス、か。

プレシアの使い魔で、リニスということはアリシアの愛猫だったあのリニスが素体となっているのだろうか。

 

 

「プレシアは、お会いになられるそうです。ご案内しますね」

 

 

「そうですか、ありがとう」

 

 

リニスに案内されて、プレシアの元へ向かう。

その道すがら、気になったことを聞いてみる。

 

 

「リニスって、あのリニスだよな。

俺のことは覚えているかな?

ほら、餌をよく……」

 

 

「いえ、使い魔の魂は素体となった動物とは別の魂を持ちます。

なので、申し訳ありませんが、貴方のことは直接は知りません」

 

 

リニスはにこりと笑って、答えを返してくれた。

うわっ。これはかなり恥ずかしい。しかも、魔法に不勉強なことをあっさり露呈してしまった。

実は使い魔についてはほとんど知識がなかったりする。

 

 

「いや、それは……失礼しました」

 

 

「かしこまらなくて結構ですよ?

貴方のことはマスターの記憶と共感した際に知りましたし。

 

それに、何か変でやりづらいでしょう?

山猫だったころを知ってる使い魔に敬語を使うのは」

 

 

うわ、出来た人(猫?)だ。

だが、その好意に甘えるわけにもいかない。

 

 

「いえ、実質初対面の人にざっくばらんに話しかけるわけにはいかないでしょう。

おいおい慣れるかもしれませんが、今はそれなりにかしこまるとします」

 

 

リニスはくすりと笑うと、背筋を伸ばしてこちらを見た。

 

 

「わかりました、はじめましてエミヤシロウさん。

よろしくお願いしますね」

 

 

「ああ、こちらこそよろしく、リニス。

俺はプレシアにとても世話になりました。

だから、リニスとも仲良くやっていきたいと思っています」

 

 

あれ? 何か間違っている気がしてならない。

 

 

「っと、いけませんね。

私はプレシアと貴方が家族だったことを知っていて、貴方は私の素体を知っているから

ついこれから私たちが親しくなることを前提に会話を進めてしまいました

ですが、プレシアが貴方を勝手に冷凍睡眠させた事実がありますし、プレシアが今の貴方にどう対応するかも、貴方がプレシアをどう思っているかもわからないことを忘れていましたね」

 

 

すらすらと要点を整理すると、リニスは探るような視線を送ってきた。

本音で話したかったから少しだけ言葉を崩して応える。

と同時に、止めた足を再び歩かせ庭園の内部に入った。

 

 

「うん、そうだな……リニスは俺が敵か味方かまだ決まっていないと思ってるんだろうけれど、プレシアが再び俺を冷凍睡眠させようとでもしない限り、俺は彼女の味方側の人間だよ。

何故俺を眠らせたのか興味が無いわけじゃないわけじゃないが、無理に聞き出す気も無い」

 

 

「ずいぶん淡白なんですね。

ここはもっと問い詰めるものだと思いますが」

 

 

「同じことをされるんでなければ、別にたいした問題でもないさ。

とりあえず、プレシアに会ってからだな。

できれば彼女とは仲良くしたい。

彼女が今何をしているのかはわからないが、場合によっては手伝えることもあるかもしれない」

 

 

「……ふぅ、マスターの記憶で既に知っていたことですが、貴方は途方もないお人よしですね。

今のマスターは貴方の知っていたプレシアとは違いますよ? きっと」

 

 

「だろうな。

でも、俺も昔と違って、今の俺にはそれなりに力がある。

裏の世界にもなじんでいるし、便利屋みたいなことだってできる。

俺は、プレシアに何か報いたいんだ」

 

 

俺にとって大切な人といえば、今やこの世界には彼女しかいないのだから。

 

 

「そうですか……

ならば、もしプレシアの説得が必要になりましたら、及ばずながら私ことリニスもご助力いたしましょう」

 

 

リニスがおどけたような、それでいて生真面目さの抜けない口調でそう言ったところで、扉が道をふさいだ。

 

 

「着きました。マスターはこちらでお待ちです」

 

 

そこは研究室だった。

四方には本棚が立ち並び、中央の机にはデータ整理用のデバイスが置かれ、

その周囲に書物や書類が山と積まれている。

 

 

「久しぶり。

ずいぶん背が伸びたのね、シロウ」

 

 

不機嫌そうに言いながら、プレシアは憮然とした冷たい瞳で俺を見た。

一瞬、誰だ? と言いそうになったが抑える。

プレシアはアリシアの死後半年でずいぶんすさんでいったが、俺が眠ってからの24年間もそのペースで驀進したようだ。

 

部屋の隅の鏡が目に入る――――いや、俺も同じか。

自分もプレシアたちと暮らしていたころから背が高かったとはいえ、この2年半でさらに身長が18センチ伸び、体重が13キロも増えた。

筋肉もついて当時の面影はあまり残っていない。

俺もプレシアも、平和だったころとはずいぶん違ってしまった。

 

ふと思う。

プレシアが俺を眠らせたのは、幸せだったころの名残をそのままにしておきたかったからではないだろうか。

リニスがここにいるということ自体、プレシアがあの事件の後で山猫であったリニスの遺体を保存していたという証拠に他ならない。

だとすれば、変わってしまった俺に失望して、俺を再び眠らせようとは思わないかもしれない。

 

 

「ああ、このところずいぶん成長が早いみたいでな。

これであんたが俺を再びコールドスリープさせようという気がなくなればありがたいんだけれど」

 

 

声に出して思いつきの確認をしておく。

プレシアは気だるげな視線を俺の頭から足までに這わせ、数秒ほど黙考すると、問いに応えた。

 

 

「………ふ…ん、そうね。

……ええ、確かに、今は貴方がどこでのたれ死のうが興味は無いわ。

で、今日は恨み言を言いに来たのかしら?

だとしたら、忙しいから帰って欲しいのだけれど」

 

 

「まさか。俺はあんたに恩義がある。

 

本題だが、昔と違って今の俺にはそれなりの調査能力や伝手があってな。

24年前のあの事件。その真相の証拠と証人、そしてやつらの今までの不正、安全基準違反、個人的弱みをあさっている。仲間と共に。

もうたぶん2、3年くらい時間をかければ、十分手札がそろいそうなんだ。

あんたの名誉を回復することだって……」

 

 

「勝手にやったらどう?

……そうね、確かに憂さ晴らしにはなるわ。

でも、今の私にそんなこと気にしてる暇は無いの」

 

 

強い口調で俺の口上を遮ると、少し間をおいてプレシアの口元にサディスティックな笑みが浮かんだ。

少しは興味があるとみていいのだろうか?

 

だが、彼女と俺はもう家族ではないのだな。会話をしているうちにそのことが良くわかって、一抹の寂しさを覚えた。

 

 

「ああ、勝手にやるさ。

別にあんたの助力を期待してたわけじゃない。

あんたは今は何をやっているんだ?

手伝えることがあれば……」

 

 

「貴方の知ることでは無いわ。

もう用件が済んだなら帰って頂戴」

 

 

にべもない言葉を返すプレシアに、リニスが割り込んできた。

 

 

「プレシア、衛宮士郎は信用の置ける人物です。

彼は便利屋のようなこともやっているそうですので、実験材料調達や資料調達など、彼に頼ることにしてはいかがでしょう?

他の便利屋に頼むよりよほど合理的です」

 

 

「……そうね、確かにそれは助かるわ。

でも、今はお願いすることもないから。

さようなら、シロウ」

 

 

プレシアはそう言って顎で俺に帰るように促すと、情報デバイスに向かって俺に背を向けてしまった。

だが、リニスはその後、何か依頼があればまっさきに俺に回すと確約してくれた。

今のプレシアはきっと、救われなければならない人だと思う。

でも、何からどう救えばいいのか、それがわからなかった俺は、今は引き下がるしかなかった……

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

それからは、再び今までと同じ、訓練と、戦いと、調査の日々が続いた。

違ったのは、たまにプレシアから実験材料や資料の入手依頼が来たこと。

そしてその都度、リニスとフェイト、アルフ達のもとを訪れるようになったことだ。

彼女らと話すのはせいぜい30分かそこら、客人としてだったが、彼女らの元を訪れることは俺にとってとても―――ひょっとすると唯一の―――楽しいひとときだった。

フェイトはアリシアとはずいぶん違う子だった。

右利きで、勉強熱心で、素直で聞き分けがよく、高い魔力を持っていた。

そして、アリシアと同じようにプレシアを愛していた。

 

リニスはフェイトに魔法戦闘の手ほどきもしていたため、俺にフェイトと模擬戦をしてくれと頼んでくることあったが、非殺傷設定魔法の苦手な俺は、その頼みだけは断り続けた。

一応使えるという程度に過ぎない俺の攻撃《魔法》で魔力と才気に溢れるフェイトを相手にして真っ当な戦いができるとは思えなかった。

ちなみに、女の子が戦うのは感心しないという俺の意見は苦笑いとともにスルーされてしまった。

まあ、魔法の才能で遥かに劣る俺が言っても説得力がないのは仕方なかったし、フェイトの真剣さは本物だった。

 

寂しげだが健気なフェイト、フェイトを慕う腕白なアルフ、彼女らを優しく導くリニス。

彼女らを見ていると、不思議と心が安らいだ。

それは、俺にとって彼女らが、守るべき平和の象徴であり、失った日常との邂逅であったからだろうか。

 

 

気がかりが一つあった。

プレシアが、フェイトを遠ざけているようだったのだ。

フェイトはあんなにもプレシアを深く愛し、慕っているのに。

俺はプレシアに会う機会さえあればそのことを訴え、フェイトに愛情を示してやるよう説得しようとした。

だが、彼女は一向に聞く耳を持ってはくれなかった。

何故プレシアがフェイトを愛せないのか、俺にはわからなかった。

フェイトの魔力光―――魔法行使の際に放出される魔力の光―――の色がアリシアの命を奪った金色の魔力光と同じなのがいけないのかもしれなかった。

だが、フェイト自身に向き合えば、彼女が愛すべき人間なのは間違いない。

創られた命とはいえ、彼女は確かにアリシアの妹なのだ。

……プレシアも、そのために彼女を『創った』のだろうに。

―――当時の俺のこの勘違いは、プレシアと俺の間の溝を深めるだけだった。

 

結局、俺の説得は何の意味も持たなかった。

フェイトには母さんを責めないでやってくれとたしなめられ、プレシアには敬遠されて次第に依頼も少なくなっていった。

俺も、自分がいると空気が悪くなるだろうと思い、彼女らの元を用もなく立ち寄ることは控えた。

 

 

 

そうやって2年が経ち、俺の身体が10歳くらい、フェイトは9歳になるころ。

俺はもう1年近く、プレシアの元を訪れていないことに気づいた。

 

これにはプレシアが俺を敬遠した以外にも理由がある。

もし依頼がなくても、俺はせめて半年に一度は彼女らの元を訪れるつもりだった。

だが間の悪いことに、俺は丁度7ヶ月前から次元転送が不可能な状態にあったのだ。

 

『深淵の防壁』と呼ばれる次元移動干渉型のロストロギア―――滅んだ世界が文明の終焉に生み遺したアーティファクト―――を手に入れた犯罪組織による辺境世界の征服事件。

彼らはロストロギアの力によってある管理外世界に対する次元移動を不可能にし、その世界を征服することを試みたのだ。

それに単身で立ち向かい、『深淵の防壁』を破壊し、管理局の時空航行艦がやってこれるようになるまで、それだけの時間を要した。

戦いの中、またたくさんの助けられなかった人々がいた。その中には自分を助けてくれた少女もいた。

そして事件は、管理局が介入するとあっさりと終わってしまった。

 

急速に秩序を取り戻そうとする世界の中、俺は死にかけながら次元転送をして、久方ぶりに自分の小さなアジトに戻った。

……【魔術使い】にしてへっぽこ魔導師である自分は、デバイスや『起動した遠坂凛製【宝石剣】・影打ち』の投影やらを駆使してやっと次元間転移ができるが、代償として魔力がほとんど底をつく上に身体もズタボロになってしまうのだ。

『深淵の防壁』事件に手間取ったのも転移直後の半死体状態でいきなり敵の奇襲を受けたからに他ならない。

とかく、そうやってアジトに戻り、端末で留守中の連絡を確認すると、ヒュードラ事件の同士からと、情報屋から連絡があったことがわかった。

そして、もう何ヶ月も前に来ていた、リニスからの連絡が一件だけ。

 

――――フェイトとアルフを頼みます――――

 

端末に遺されたメッセージはそれだけだった。

 

―――情報屋には以前からヒュードラ事件に関して、ちょっとした調べ物を頼んでいた。

その情報を得ると、ヒュードラ事件の同士たちと会い、情報を交換した。

もうあと少しで十分な情報が出揃う。そう結論を出すと、同志たちは珍しくはしゃぎ、ささやかな宴を催すことになったが、俺は年齢を理由に固辞した。

彼らは残念がり、俺の様子に何故か心配する人もいたが、俺は振り切ってアジトに帰った。

俺は報告のため、久しぶりにプレシアに会いに、時の庭園に向かうことにした。

――――リニスのメッセージが気になったし、どうしてか、フェイトたちの顔を見たくてたまらなかった。

 

 

 

――――そして、今に至る――――

 

 

 

時空転送を終えると俺は時の庭園内部にある『衛宮士郎の召喚陣』の中央に立っていた。

 

この召喚陣は、リニスが設計したものを、俺がシミュレートし、俺が材料を集め、リニスが創ったもので、この位置に対する俺の次元移動をほぼ全て引き受けてくれる代物だ。

 

毎回毎回血みどろになりながら次元転移を行う俺に見かねたリニスがこれの製作を提案してくれたのだ。

 

返す返すリニスには感謝である……

 

外を見ると、見知らぬ空間だった。

 

 

「アルトセイムじゃない……というか、次元間移動中なのか?」

 

 

確かに『時の庭園』は移動庭園で、文字通り次元航空システムをつんでいるが、実際にこうして移動しているのを見るのは初めてだった。

ともあれ、プレシアの元へ向かう。

 

妙な音が聞こえる。

まるで、鞭の音のような……

嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * *

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

 

豪奢で広く、縦に真っ直ぐ赤い絨毯の敷かれた暗い玉座の間に、鞭の音が響く。

 

 

「まだ、1つ!!?」

 

 

鞭の音が響く。

私の両腕はバインドで縛られ、部屋の真ん中につるされている。

 

 

「悪い冗談ね、フェイト。

私はもう、あなたが少なくとも4つは集めていると思っていたのだけど!?」

 

 

鞭の音が響く。

ああ、ごめんなさい、母さん。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……

 

 

「この程度のことで報告に来るなんて……私をぬか喜びさせるために来たのかしら? 本っ当に駄目な子ね、あなたは!」

 

 

鞭の音が響く。

 

 

「はい、母さん……」

 

 

「いい、フェイト? これはおしおきなの、あなたが駄目な子だから、あなたのためにやっているのよ? わかっているのかしら?」

 

 

母さんが、腕を振り上げる。

鞭の音が響く。

 

 

「はい、母さん……」

 

 

母さんを失望してしまった。

私は駄目な子だ。

プレシア母さんから任務を受けて1週間。

 

ジュエルシードの落ちた世界の通貨を得るため、リニスから教わった方法で書類を偽造し、次元港で資金を両替し、その世界についての情報を入手。

 

その世界、第97管理外世界・地球に渡ってからは、同様にして住民票などの書類を偽造し、マンションを借りて部屋に探知防御の結界を張った。

もし時空管理局という人たちに見つかったとき、彼らから逃げるための多重転移の段取りを定め…….

 

ああ、準備だけにこんなに時間をかけてしまっている。

もっと手際よくやらなきゃいけなかったんだ。

 

それに、ひょっとしたらいらない手順がいくつかあったのかもしれない。

睡眠も、食事も、お風呂も、着替えも……もっと時間を切り詰めなきゃ…………。

 

だって母さんはこんなに急いでいるのに………大至急だって言われてたじゃないか。

 

 

「何をしているんだ、プレシア!」

 

 

突如、部屋に少年の声が響いた。

 

 

「あら……ひさしぶりね」

 

 

「私用で忙しくてな、あんたも依頼をくれなかったし……もう1年ぶりってとこか。で、何をしていたんだ? あんたは」

 

 

声のした方に顔を向ける。

肩の皮が引きつって鋭い痛みが走るけれど、こんなのたいした痛みじゃない。

 

そこには、一人の少年が立っていた。

なめし皮のような褐色の肌に白い髪。真っ直ぐに母さんを睨みつける黒い瞳。

 

背は私よりもずいぶん高い。160cm近いかもしれない。

 

まだ大人ではないと思うけれど、あまり男の人を見たことが無い私にはこの人が何歳くらいなのかはわからない。

 

けれど、その人とは何度か会ったことがあった。

 

私とアルフがまだリニスと一緒に暮らしていたころ、ときどきお菓子をお土産にやって来てくれた人だ。

 

名前は、シロウ。昔母さんに世話になったって言ってたっけ。

 

 

「お仕置きよ。子供が失敗をしたら、しかってあげなきゃいけないでしょう?」

 

 

「……くっ。ずいぶんエスカレートしたもんだな、アンタ」

 

 

シロウは歯を食いしばりながら、母さんを睨みつける。

そういえば、シロウは何度か私のことで母さんにしつこく食って掛かってたってリニスが言ってた。

 

私はそれを聞いて、自分は大丈夫だから今は母さんの邪魔をしないであげて下さいって言ったら、悲しそうな目をしていたのを覚えている。

 

そのときは私も今より幼かったから、私を心配してくれた人に少し酷い言い方をしてしまったかもしれない。

 

 

「そんなことより、丁度いいわ。

依頼があるのよ。受けてくれるかしら?」

 

 

「そんなこと!? ……いや、分かった。

こんなところで立ち話もなんだ、落ち着いて話をしたいんだが」

 

 

シロウは一瞬だけ怒った声を上げたけれど、すぐに声を押し殺して母さんに応えた。

 

いつもこの2人は喧嘩していたから、もう慣れっこのやり取りになるのを避けたのかもしれない。

 

 

「良いわ。貴方も何か用があったみたいだし、一応話くらいは聞いてあげる」

 

 

バインドが消え、支えを失った私の身体はドサッと音を立てて床に崩れ落ちる。

 

 

「貴女は廊下で待っていなさい」

 

 

「はい、母さん……」

 

 

私が答えるのを聞く前に母さんは奥に消えて……

シロウは一度、私のほうを悲しそうに見たけれど、そのまま母さんを追って奥に消えた。

 

 

「アルフのところに、戻らなきゃ……」

 

 

きっと心配をかけてしまった。

私は大丈夫だよって、アルフに安心させてあげないといけない。

ガクガク震える足を叱咤して立ち上がり、大きな扉を押して、部屋の外で待つアルフの元へ……

 

 

 

――――こうして、物語が始まる。

 

 

 

 

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