折れた剣 作:Furfur
Side 士郎
現地に来て驚いた。
第97管理外世界――――その正体はなんと地球だったのだ。
しかも活動拠点が日本の一都市にあるとは、少し運命的なものを感じてしまう。
とはいえ、俺の来た地球とは似て非なる地球、似て非なる日本である可能性が高い。
第一の根拠として、この海鳴市というという名称に、俺は聞き覚えがない。単に知らなかっただけという可能性もあるが、違和感はある。
第二の根拠は、この世界に《魔法》が存在しないということだ。少なくとも管理局の調査ではそうなっているらしい。
俺の生まれた地球でも【魔術】は秘匿されていたし、【魔術】には探知魔法にかかりにくい理由があるが、管理局の広域魔力探査が誤魔化されるはずがない。
世界中に【魔術師】が存在する以上、秘匿に長けた魔術師が自分に関わる全ての痕跡を探知魔法から誤魔化せたとしても、大半の魔術師や魔術の残滓、魔力の存在のうち、その一部は管理局に気付かれるはずなのだ。
つまりこの世界は、『表』だけがありえないほど俺の出身世界にそっくりで、『裏』つまり【魔術】が存在しない世界――――ということになる。
ありていに言って、そのほうがありがたい。
もしここが俺の出身の地球と同一だったらこの任務の危険性も跳ね上がるし、死徒27祖を初めとする厄介な連中が次元世界に出てくる可能性に頭を悩ませなければならないところだった。
安心して良いとは思うが、本当にこの地球は俺の知る地球と違うのか、裏づけ調査は必要だろう。
俺のいた世界に刻み込まれているはずの魔術基盤を用いた【魔術】を試してみれば一発で判るのだろうが――――幸か不幸か、俺の使える【魔術】は俺特有のもののみだ。
「立派なマンションだな」
「そうかい?
普通っぽいのを選んだつもりなんだけどね」
体格の良い赤毛の女性―――アルフが首をかしげる。俺もこの1年でさらに背が伸びたものだが、使い魔であるアルフはもう大人の姿になっていて、俺の身長を抜かしてしまっていた。少し悔しい。
「2人暮らしでこの広さは、この国じゃ豪勢な部類に入るぞ。
……使ってない部屋まであるのか」
アルフは意外そうに首をかしげた。
日本という国をよく理解していないな。
まあ、彼女にとってはどうでもいいことなんだろう。
フェイトは寝室で眠っている。
彼女自身はすぐに探索に移ろうとしたのだが、アルフと二人掛りで止めた。
彼女はずいぶん任務達成を焦っていたようだが魔力回復に直結する体調のコンディションを整えるのは、魔導師として当然の心得だと無理やりに説得した。
このことはリニスからもきちんと教わっていたようだ。
リニス――――
俺もリニスには何だかんだと世話になったものだ。
だが、彼女がいればフェイトがここまで酷い扱いを受けることはありえない。
彼女なら、フェイトを庇ってプレシアに抗議をするはずだ。
それが姿を現さなかったということは即ち――――
もはや確信に変わっていた嫌な予感に突き動かされて、聞くべきでないかもしれないことを口にする。
「リニスは―――」
「……使い魔ってのはさ、魔導師が自分の目的のために創るもので、用が済んだら消しちまうのが普通なんだって―――
そう、あの鬼婆は言ってたよ。
フェイトはそんな普通の魔導師とは違うけどさ。
リニスはバルディッシュ、フェイトの杖デバイスを造ってから―――」
アルフが淡々とした感情のこもらない声で俺の疑問に答える。
「そう、なのか」
やはり――――フェイトを愛したあの女性はもういないのか。
フェイトの師にして、たぶん育ての親とも言うべきプレシアの使い魔。
彼女の愛情があったからこそ、フェイトやアルフも今のように真っ直ぐに育ったのだろうに。
自分はリニスに世話になりっぱなしだった。
リニスの生前にはその恩を返せなかった。
そして、リニスの最期の頼みは、フェイトとアルフのこと。
ならば衛宮士郎には彼女らを守らねばならない義務がある。
リニスが愛し、育てたフェイトやアルフが、彼女のいなくなった後で生き方を間違えるなんてことはあってはならない――――
リニスの望みは、俺の望みでもあった。
だからその望み、衛宮士郎が受け継ごう。
そう、俺が彼女らのために戦う理由は、本当に、いくらでもあるのだ。
フェイトのため、アルフのため、プレシアのため――――プレシアとフェイトの絆のため。
そして、遠坂との約束のため。つまり、俺のためにも、だ。
* * * * * * * * * *
さて、リニスがいないということは、食事はフェイトたちで自炊しているのか?
そう疑問に思い、台所に足を運ぶ。
瞬間、心音が停止した。
基本的なI型のシステムキッチン。
しかしそこにはありとあらゆるものが足りていなかった。
ビルドインタイプのガスコンロにはやかんを除いて鍋やフライパンの姿は影も形も見当たらない。
上下の収納棚にはマンションに人が入ってから一度たりとも空けられた痕跡がなく、当然中は空だ。
そもそも、包丁もまな板も存在しない台所など台所と言えるのか。
食器はスプーン・ナイフ・フォークと大皿・スープ皿が2組ずつあるだけ。
見通しの良いワゴンの上に堂々と鎮座している電子レンジと、コンロの上に寂しくぽつんと置かれている小ぶりなやかんが、この台所の全てを物語っていた。
ーーーー台所が泣いている。
成長に至る経験も、年月の蓄積も与えられず、ただ錆びゆくのを静かに待っている。
創造の理念も、基本となる骨子も、構成された材質も、製作に及ぶ技術も、その全てが無駄になってしまう、そんな孤独、許せない―――!
――――じゃなくて、台所は日常の元本だ。
それがこんな有様では、彼女らの今までの生活のありようも知れたというものだ。
早急に立て直さなくては。
うん、そういうことだ。多分。
「アルフ――――」
「な、なんだいっ!? なんかシロウ顔が怖いよ?」
「料理は――――今までどうしていた?」
さっきからアルフが怯えたような引きつった笑顔を向けている。
うん、笑顔が戻ったのはいいことだ。何でか引きつってるけど。
「えっと、フェイトの食事はNOWSONってコンビニで買ったのとインスタントで。
あたしは商店街のフレンズって店で買ったドッグフードで済ませてたけど………」
聞くまでもない答えだった――――いや、外食中心というもう少しマシな可能性もあったのだが、その希望も潰えた。
「これからは俺が作る、それでいいな?」
「そ、それはありがたいけどあんた料理なんて出来るのかい?
ドッグフードも結構美味しいから、あたしは別にこのままでも……」
どこからかプツーン、とピアノ線がキレた様な音がした。
アルフの顔がさらに引きつる。
「――――俺の料理が狗の餌以下だと言うのかね。
よろしい、その言葉覚えておけ。必ず後悔させてやるからな」
「いや、何がなんだか――――」
引きつりすぎて笑顔でなくなってしまったアルフの顔を精一杯の想いを込めて見つめること0.5秒。
振り返って台所の各収納棚を手早く清掃すると、まずは台所に仮初めの魂を吹き込む作業に入る。
――――投影、重装トレース フラクタル――――
穴あき万能包丁、出刃包丁、薄刃包丁、刺身包丁。
行平鍋、中華鍋、圧力鍋、坊主鍋、親子鍋。
フライパンは通常の鉄製と卵料理専用の2種。
まな板、洗い桶、三角コーナーetc
これらを次々投影し、台所の各所に配置していく。
包丁はともかく鍋やフライパンの投影重装には少量とはいえ魔力消費を考慮せねばならない。
馬鹿なことをしているのは分かっている、だが――――退くわけには行かない!
コンロの調子は問題なし。
次は、食材だ。
「町の偵察ついでに買出しに行ってくる。財布を借りるぞ」
テーブルの上に投げ出してあった財布を掴む。
俺はバリアジャケットを解除して私服に戻ると、魔術強化した足で一気に屋上まで階段を駆け上がった。
「…………いや、偵察って絶対嘘だろ?」
独り部屋に残されたアルフが何か言っていたようだが、俺には知る由のないことだった。
屋上から屋上に跳び移り、あたりで一番高いビルの屋上に立って町全体を見渡す。
時間は黄昏時、人の流れから町の様子を知るにも良い時間帯だ。
鷹の目を駆使して町の構造を可能な限り完璧に把握する。
しばらくここを拠点に探索するのだからこれは魔導師として基本的な行為だ。
各区画の種類、道路網、その他の交通網、人通りの多い施設や店。
ついでに商店街の配置と、人気の飲食店も確認……よし。
非常階段を駆け下りて全力で商店街へと向かう。
食材の解析は、刀剣や構造物ほどではないがこの衛宮士郎の特技となってしまっている。畜生、シエルさんめ。
店を何件か回って近隣の農家や酪農家の皆さんが丹精込めて作った良質の食材を選んで買っていく。
昔ながらの商店街で肉屋から骨付き肉を買えたのがありがたい。アルフにはこれがいいだろう。
途中、つい脊椎反射的にご老人の荷物持ちを2、3回していた気もするが、日常事過ぎてよく覚えていない。
食材は一通りそろった。
残念ながら、流石にデザートまで自作する余裕はないので、どこかに良い店がないものか……あった。
喫茶店プラス洋菓子店のようだが、広さも人の出入りの多さもなかなかのものだ。
学生客の多さからしておそらく値段も手ごろだろう。
「いらっしゃいませー」
店の中に入ると、体格のいい男性店員――――いや、店長か?――――から声をかけられる。
ガラスケースの中に並ぶケーキやシュークリームを解析―――素晴らしい。
材料比、甘味、生地の焼き時間……どれも単純だが完璧なバランスを保っている。
高い技術力を手ごろな値段で美味しいお菓子を作ることに注ぎ込んでいるのだ。
そのパティシエの在り方には惹かれざるを得ない。
「苺パイと、バナナパイ、フルーツタルトをそれぞれ一つ。
あと、シュークリームとチョコシューを2つずつ、お願いします」
包んでもらう間、周りの様子を見てみる。
やはり学生が多いが、それ以外にも様々な年代の人々がボックス席やカウンター席に座って談笑しながらケーキや飲み物を食べている。
店員達は忙しそうにしているが活気があり、どこか楽しそうな気配が感じられた。
日常の幸せという一風景の一つ。
それがこの店だった。
「はい、二千百六十三円になります」
包装が終わったようだ。
財布を開けて丁度で代金を払う。
「お客さんは初めてだね? お使いかな? えらいね」
挙動から初見の客だと分かったのだろう。
俺が両手にさげている、食料品がいっぱいに詰まったビニール袋を見て親しげに話しかけてくる。
「まあ、そんなものです。 うちは俺が料理を作るので」
決めたのはさっきだが、譲るつもりは無いので確定事項だ。
「そうかぁ……じゃあ、今度ご家族と来てくれたら、サービスするよっ」
親しげで、暖かい声だ。
年齢からして子供もいるのだろうか。
良い親に違いない。
こういう親を持った子は幸せだな、と思う。
「はい、いつか、きっと」
フェイトは任務が終わるまではこういう店には来てくれない気がする。
任務が終わって、拠点の整理をするときにでも誘うか。
――――もし無事に終われば、だけどな。
思考を振り切る。
それを考えるのは今晩、実際にジュエルシードを見てからでいい。
ケーキの入った袋を受け取り……男の腕、その袖の奥に、刀傷がちらりと見え、思わず観察しなおす。
筋肉のつき方、指のタコ。呼吸の仕方。どれも平和な一般人のそれではない。
しかし、歩き方や発散する雰囲気、手の運びは洗練された店員ではあっても、戦闘者のそれではない。
ただの一般人を装った……いや、成りきった戦闘のプロ。
それも一流の剣士だ。
そこまで考えて、あわてて受け取る。
その様子を怪訝に思ったかもしれないが、男は俺を安心させるようににこりと笑った。
この男は店に、この平和な幸せの風景の中に溶け込んでいる。
いや、その風景の一部と言っていいだろう。
これは、現役の戦士や暗殺者にできる芸当ではない。
おそらくは、今は引退した、かつての一流の戦士だろうか?
何でだかその笑顔は眩しすぎて、一礼するとつい照れたように顔を背け、足早に店を去ってしまった。
「だいたい必要なものはそろったか……しっかし」
やはり妙なものだ。この世界、寸分と狂いなく、自分の知る日本に間違いない。
にもかかわらず、微妙な違いは確実にあるのだ。
買い物の途中で本屋に寄って地図帳を見てきたが、衛宮士郎の出身地である冬木市はどうやらこの日本には存在しないらしい。
ついでに、この海鳴市や隣の遠見市があった場所には、別の名前の市があったはずだと自分の記憶が告げていた。
古本屋に売っていた古い地図を見ても、その事実に変わりはない。
時間軸も違う。俺が眠っていた間を考えればこちらの地球は30年以上も時間が遅れていることになる。
セイバーや遠坂、イリヤ、桜、藤ねえのいた世界ではないのかと思うと一抹の寂しさはある。
だが、どのみちセイバーたちに会えるわけではないし、会わす面もない。遠坂に対しても同様。
だから、これで良いのだと安心する思いも強かった。
しかし、何故ここまでこの2つの世界は酷似しているのか――――この世界と俺の出身世界の間にはどんな関係があるのか。
「まあ、今はいいか」
『裏』の危険がない以上、もはやこんなことはどうでもいいことだ。
それより今は、為すべきことがある。